第二話 日常Ⅱ──泉修斗と高見秀人
情緒酌量の余地も無く有罪の判決が下された。
「あー、アレな。反省文とそれから……放課後、会議室の掃除な。はい決定ー」
ボサボサの天然パーマと蓄えられた無精ひげ、死んだ魚のような目、やる気のない――否、生気すらまともに感じないその鉄仮面が、この法廷の裁判長だ。
見た目に違わぬその冷血な判断は、温厚的措置など一切無い、まさに氷のような裁決だった。
「……ちょっ、反省文はともかく掃除って遅刻が三回溜まったらでしょ! しかも会議室とかじゃなくて教室のハズだろ!?」
興奮のあまり敬語を忘れた東条勇麻の反論に、死んだ目の教師――槙原萌はぽりぽりと心底かったるげに頭を搔きながら、
「あー……、だってアレだ。お前が何回遅刻したかとか面倒くさくて数えてねーしなー。ま、もう三回分くらい溜まってんだろ。知らねーけど」
「掃除場所が会議室なのは何故!?」
「……あー、だってほら、教室はどーせ当番がやる訳だし? 罰なんだし俺の代わりに掃除やって貰ってもまーバチは当たらんだろ?」
「やっぱりアンタ自分の仕事俺に押し付けたいだけだろッ!?」
朝に職員会議のあった日は教職員の誰かが掃除をする事になっている。若い職員がやるのが通例だが、今日は槙原が担当する事になったのだろう。
槙原は罰掃除にかこつけて自分の仕事を勇麻に押し付けるつもりなのだった! 流石は学校一のダメ教師と名高いサボりの槙原。反面教師の面目躍如と言った所か。
「あー、うるっせえなー、なんでもいいじゃねーか面倒くせー。つーかお前、東条。さっきからタメ口になってるからな。目上の人間相手にはちゃんと敬語を使う癖つけろっつってんだろ。あー、アレだ。罰として俺が持ってくんの忘れたプリント職員室から取ってこい。俺の机の上乗ってるから。はい、ダッシュなー」
「くっそぉおお! なんか釈然としねえ!」
「よーし、さっさと行け。……おい、廊下走んじゃねーよアホ」
「アンタがダッシュでって言ったんじゃんっ!」
「アホ、急げって意味だ。走らず急げ」
理不尽な命令に文句を垂れながらも早足で職員室へ向かう勇麻。その後ろ姿に瞳に涙さえ貯めて爆笑しているのは、当然泉修斗。
「ぶはは! アホ勇麻のヤツ、槙原の使いっパやらされてやんの!」
「おい、なに自を分は無関係みたいな間抜け面してんだ泉修斗」
「……あ?」
「あ? じゃねーんだよアホ。お前も遅刻だ。東条と一緒に反省文と掃除に決まってんだろーが。……あ、つーかお前も職員室行って来い。お前らのノートも持ってくんの忘れたわ。東条一人じゃどっちもは無理だし。はいほら急げ、さっさと取り行く。三分以内なー」
「テメェ本当に教師か!?」
しっしと、出席簿で鬱陶しげに空間を払いながら言う槙原に、廊下を走る泉修斗の恨めしげな叫び声が聞こえる。隣のクラスで授業をしていた学年主任に怒鳴られながらも、勇麻の後を追って職員室に走り出す泉。
クラス中からクスクスと笑い声が漏れる中、やけに猿っぽい顔立ちの糸目の少年が肩を竦めて、
「やれやれ、ユーマもシュウちゃんも、この歳になって遅刻とか全くもって情けないったらないぜ。『魔の三馬鹿』とかいうセンス皆無な呼び名で一括りにされてる身としてはね? 少しはこう……真面目な俺っちを見習って欲しいと思う訳ですよ。二人のせいで風評被害を受けちゃってる訳ですからね、全く。高見秀人が遅刻なんてする訳ないのに、そういう風に見られちゃいますから困りもんだぜい。まあ、あの二人には今度俺っちの爪の垢飲ませておきますから! 大丈夫、俺っちがバッチリあの二人を更生させてみせますんで! じゃあさっそく授業続けましょうぜ――」
「――まー、なんだ。確かに高見。お前の言う通りではあるな。……お前ら三人の内の誰か一人が馬鹿やれば、大抵残り二人も同じような馬鹿やってる以上、風評被害でもなんでもない単なる事実だって事を除けば。――二人が教室出て行くドタバタに紛れて後ろの扉からこっそり入ってきたの、俺が見てねーとでも思ったか?」
ゴゴゴゴ……、と、そんな効果音を背後に響かせながら死んだ魚の目でこちらをねめつける槙原に、高見は笑顔のまま固まって多量の冷や汗を垂れ流しながら、
「……や、やだなー先生ってば。見てたんなら最初からそうと言ってくれれば良かったのにー。やー、不肖高見秀人、死んだ目ぇした槙原先生の眼力を見誤ってましたぜい。や、お見事! アンタが世界一!」
「高見……」
「……はい?」
「罰掃除、お前は一週間な」
ぽんと肩に静かに手が置かれて、「はい……」と、どこか憎めないお調子者なサル顔の少年――高見秀人の沈んだ返事がドッと教室を笑い声に沸かせたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
放課後。
監督役の先生にオッケーを頂き会議室の掃除が終わったのは、ホームルームが終わってから一時間半ほどの時間が経過した後のことだった。
「……あのくそ天パめ、俺達に掃除押し付けて自分一人だけ帰りやがって……」
掃除用具を片づけながら毒づく泉の言葉の通り、罰掃除を言い渡した本人である槙原萌は、監督を学年の先生に押し付け……もとい頼むと、教師の中で誰よりも早く帰宅してしまったらしい。
まさに帰宅部のエースにして名誉顧問という感じだった。
勇麻が生きてきた十七年という時間の中で、やはり反面教師役としては断トツでトップに立てる存在だと思った。
将来あんな風には絶対になりたくない。
「……泉お前、ほとんど掃除しなかった癖になに言ってんだよ。ここの掃除、殆ど俺がやってたんですけど?」
「あ? うっせえ。俺は昔っからチリトリ担当なんだよ。つうか、元はと言えばテメェが使いっパなんぞやらされて俺を笑わせるのが悪いんだろうが。アレで俺まで巻き込まれたんだぞ死んで詫びろやクソ勇麻」
「理不尽ッ! てかお前もお前で遅刻してたじゃんっ!? なにしれっと責任転嫁しちゃってんの!?」
「まあまあ、シュウちゃんもユーマも落ち着けって、な。怒りっぽいのはカルシウム不足なせいですぜ、シュウちゃんよ。リカルデントガム食べる?」
「いらねえ……つうかシュウちゃんって呼ぶんじゃねえよクソ猿」
割と酷い暴言と共に差し出されたガムを手で払う泉の代わりに「あ、じゃあ俺にくれ」と勇麻が受け取り、口の中にミント味を放り込む。クソ猿呼ばわりされた高見は、最早その仇名に慣れているのか特に反応を示す事もなく、
「つーか俺っちなんて一週間もコレやるんだぜ? それと比べたら二人ともマシじゃんか」
「……つうかよ、聞いたぞアホ猿。お前、俺らを囮にしてテメェ一人だけ罰掃除免れようとしたんだってなァ?」
「あ……あはは、ちょっと何言ってんのか分かんな……」
「そこになおれや猿ッ! いっつもいっつもテメェはふざけた真似しやがって……ッ!」
「おぉー! なんかぶちキレたシュウちゃんが織田信長っぽい! 『そこになおれや猿ッ! (キリッ)』って、わーっごめんごめん殴らないでぇふぐっ!?」
「……高見、お前に関しては全部自業自得だ」
「……ったた、酷いもんだぜー、ユーマまでそんなこと言っちゃう? あっ、さてはお前らやっぱり俺っちの事好きだろ? ついつい好きな子いじめちゃう小学生かよったくよ~」
「……」
「……」
人をイライラさせる事においては、右に出る者のいない高見のお茶目な態度と発言が、掃除で疲れきった二人の心をとても苛立たせた。
どうやら高見君の辞書には反省という言葉が足りていないらしい。
勇麻は泉と無言のままアイコンタクトを交わすと、うんうんと大きく二回頷く。そしてそのまま高見の真正面に回り込むと、勇麻はその肩を万力で押さえつけるようにがっしりと掴んで、
「え、アレ。急に黙り込んでどうしたの皆さ――」
「――テメェは、いつもいつも調子に乗りすぎなんだよッ!」
高速で背後に回り込んだ泉が、両の拳で高見の頭蓋を挟み込み、全力で高見の頭を潰しにかかっていた。
「ぎゃーっ! ちょっ、痛い痛い痛いっ! マジでごめんなさいすんません調子乗りましたもう許してぇえええーっ!」
「テメェはそう言っていっつもいっつもすぐ調子に乗るだろうが! アホ猿には調教が必要、だよなッ!」
「あだだだだだぁっ! ごめんってばシュウちゃんっ!!」
「だからその呼び方やめろ!」
泉にやられるお調子者の高見の絶叫が響く、そんないつも通りの光景。遅刻をしようと罰掃除をする羽目になろうと、特段代わり映えのない一日が、今日も勇麻の前を通り過ぎていく。
☆ ☆ ☆ ☆
泉達と別れた時、時刻はすでに六時を回っていた。
「暑い……」
一人、帰路につく勇麻の足取りは、このうだるような蒸した暑さもあって重い。
勇麻と泉は同じ寮に住んでいるのだが、泉はこれから用事があるらしく、寮とは全くの別方向に向かっていってしまった。
ならば途中まで高見と帰ろうとしたのだが、高見の方も用事があるとかで、結局学校を出てそうそう一人ぼっちになってしまった東条勇麻なのであった。
別に勇麻は一人での行動ができないような人種ではないが、このうだる暑さを共有する相手が欲しいのも事実だった。くだらない言葉を交わす相手の一人でもいないと、暑さにばかり神経が行ってしまう。
夏は嫌いじゃない、とは言ったが、暑いのが好きな訳ではない。
夏特有の心が高揚感と共に浮き足立つような雰囲気は好きなのだが、身体の芯から外側までありとあらゆる場所が蒸されたように感じるこの不快感ばかりは好きになりようがないだろう。
(くだらない雑談と言えば、ほんと、泉も好きだよなー、ああいう噂話、どっから拾ってくんだか……)
ふいに、掃除中の雑談を思い出す。暑さを少しでも紛らわすべく、勇麻は思考をほんの数時間前のやり取りへと遡らせていく――
――『「汚れた禿鷲」? ……なんだよ、ソレ』
突如泉の口から飛び出した聞き覚えのない単語を反芻するように繰り返して、勇麻は箒を繰る手を止めて眉を潜めた。
そんな勇麻の反応に、ちりとり用の箒を適当に動かす泉は、呆れたような表情を浮かべている。……呆れる奴はお前だ。泉が手にしたちりとりには、全然ゴミが溜まっていない。
『……お前マジか、「汚れた禿鷲」知らねえのかよ』
『ユーマってば、ほんとそういうの疎いよね。ま、シュウちゃんは逆に詳しすぎてちょっと引くレベルだけど。なに? 都市伝説オタクなの? って感じだし』
『黙れアホ猿。テメェだって似たようなモンだろうが。……まあいい、じゃあ流石に「背神の騎士団」は知ってんだろ?』
『それは……まあ、一応は』
勇麻は曖昧に頷きながら、頭の中からその単語に関する情報を引っ張り出す。
――「背神の騎士団」。
この街に住む人間なら誰でも一度は聞いた事がある単語だ。
その名はとある組織の名を表し、またその組織はこの『天界の箱庭』の裏社会で暗躍しているらしい。
故に、彼らに関する膨大な数の都市伝説がこの街には存在する。
例えば、そう。誰かは言った。
曰く──組織を構成するメンバーは人間ではないとか。
曰く──彼らに捕まったが最後、自らの存在を証明するもの全てがこの世から消されてしまうとか。
曰く──彼らはその気になれば世界を支配できる程の最強の戦力を保持しているとか。
曰く──彼らは『天界の箱庭』の崩壊を企んでいるとか。
おかしな噂ならいくらでも聞いたことはあるが、実際にそのような組織が活動しているのを見た事は一度も無いし、実際にそういう名称の犯罪組織のメンバーが逮捕された、というようなニュースを目にした事もない。
別に珍しくもなんとも無い、典型的な都市伝説だ――
――と、最初から否定してしまうのは簡単なのだが、『神の力』なんて超常の力が実在するこの街では、そういった秘密結社の存在でさえも、笑って一蹴できないから質が悪い。
この街ではそういった都市伝説が何かと信じられやすい傾向にあるのは間違いない。
『……確かアレだろ? 「背神の騎士団」って、反神の能力者のカルト教団みたいな連中だったっけ? なんでも「天界の箱庭」の崩壊を企んでるとか、そんな話だった気がするけど』
『まぁ他にもいろいろあるけど、一番メジャーなのはその辺だぜい』
反神の能力者を謳ってるわりに、全員強力な神の能力者らしいけどな、と高見は笑って付け足した。
『で、シュウちゃんが言ってるのは、その「背神の騎士団」を壊滅させる為にある組織が動き出したって噂の事。そうだろ?』
一時的に後ろで聞き役に徹していた泉が若干興奮した様子で頷く。
『ああ、そうだ。んで、その組織ってのがさっき言った「汚れた禿鷲」。この街の汚れ仕事を担う特殊部隊。なんでも、構成員全員が干渉レベル「B」クラスの怪物ぞろいって話だ。しかも、『創世会』直属の部隊なんだとよ』
『へぇー、『創世会』ねぇ……』
泉の興奮した声に反比例するかのような気の抜けた声が勇麻の口から出た。
予想と異なりテンション低めの勇麻を見て、泉はつまらなそうに唇を尖らせる。
『チッ、んだよ、反応薄くてつまらねえ、もっと驚けよクソ勇麻。「創世会」だぞ、「創世会」!』
『や、それは勿論分かってるけどさ……』
別に興味が無い訳では無い。
『……干渉レベル『B』クラス、か』
――例えば干渉レベル。
それは、「神の力」が持つ世界や周囲に対し干渉する力やその出力を十段階で示した値を指す言葉だ。
大きく分けて「E」~「A」までの五つのレベル分けがあり、さらに同じアルファベットでも上の文字に近い場合は「プラス」。下の文字に近いなら「マイナス」と場合分けされ、最終的には「Eマイナス」から「Aプラス」までの十段階で表される。
地震における震度のようなモノだと考えて貰っていいだろう。
最低レベルの「Eマイナス」で、戦闘力換算した時の脅威度は刃物と同程度。
逆に、最高レベルの「Aプラス」ならたった一人で戦局を大きく揺るがせるだけの力があるとか言われている。
……ちなみに、今朝勇麻の登校を邪魔した酔っ払いの剛太郎の干渉力がだいたい「Dプラス」くらいだろう。戦闘力に換算すると、拳銃持ちを相手にするのと同程度の脅威と言っていい。
もし仮に、軍隊の一旅団程度なら相手にできるらしい干渉レベル「B」クラスの怪物どもがウヨウヨ集まる組織が実在するとしたらそれだけで恐ろしい話だ。それに「創世会」が関わっているとなるとますますきな臭い。正義と悪云々に、裏で何をしているのか分かったものじゃないという気持ちも分かる。
――ただ、どの都市伝説にも言える事だが、どうにも納得できない所がある気がしてならないのだ。
少し勇麻は考える。
――例えば「創世会」。
「創世会」と言えば、世界に三つしかない実験都市――「天界の箱庭」開闢よりこの街を管理・運営している最高機関だ。
政治や経済やらの中心であると共に、世界最大の研究機関の一つとして数えられており、内部には一般人が目にしただけで消されてしまうような極秘の技術や資料が山のように積まれていると噂されている。
この街の頭脳であり心臓であり、全ての権力を集中させているもっとも重要な機関――この街を支配する組織だと言っていいだろう。
「創世会」が潰れれば、「天界の箱庭」はネジを抜いたゼンマイ人形のように内側から瓦解する。
誇張抜きに、それぐらいには重要な機関なのだ。当然セキュリティーにも気を使う。
「創世会」は徹底的な秘密主義の閉じた組織だ。
まず「創世会」を束ねている者の顔など誰も知らないし、「創世会」本部には一般人は誰一人として立ち入る事ができない。
そんな完全な秘密主義故に噂も立つ。
例えば、「創世会」にはこの街を創りあげた世界最高の頭脳を持つある人物が、トップとして君臨しているとか。
いわくその人物は研究の結果、不老不死の身体を得たとか。
噂が噂を呼ぶとはこのことだと勇麻は思った。そして、「創世会」はそんな根拠のない噂を意図的にばら撒かせる事で逆に本命の情報を守っているのではないか、とも。
『……やっぱり、何かおかしくないか? 「創世会」がその……ダーティーコンドル? だっけ、それを使って本気でカルト教団の野郎共を叩こうとしてんなら、情報が漏れちまってる時点でマズいだろ。極秘作戦なんだろ? それって』
仮に「汚れた禿鷲」が実在する「創世会」直属の組織ならば、自分達の名前がバレるようなヘマはやらかさないはずだ。
なにより秘密主義の「創世会」がそれを許さないだろう。
勇麻にはどうにも、流れてきた根拠のない噂が、本命を隠す為の隠れ蓑に思えてならない。
仮にこんな学生にさえ内部の事情が筒抜けであるようなら、「創世会」なんて組織は今日の今日まで残っていない。
そんな勇麻のもっともな疑問に、それまでやけに興奮気味だった泉も、そして高見もシンと黙ってしまう。
やや間を置いて、少し困ったような顔をしながら高見が口を開いた。
『……ま、十中八九今回のもガセネタっぽいなー。しょせんネットで拾った知識なんてそんなもんだぜ。そうガッカリするなって、シュウちゃん』
『あ? 俺は別にガッカリしてねぇよ。なんか面白い事がねえか探してただけだしな。……チッ、せっかくいい暇つぶしになると思ったのによ』
あーあー、つまんねぇーのー。と泉は本当につまらなそうに頭の後ろで手を組んだ。
その様子を見て、勇麻はあきれ果てたとばかりに。
『暇つぶしってお前……一体何する気だったんだよ』
『あ? 決まってんだろアホ。「汚れた禿鷲」の連中が「背神の騎士団」とヤリ合うとこを見学させてもらおうと思ってたんだよ。んで、この俺が乱入して、最終的にどっちもぶっ潰す……!」
握り拳と共に不敵な笑みを湛えて、泉修斗は真面目にそんな事を言い切った。
……こいつ本気でアホだ。
勇麻は相変わらずすぎる幼馴染の暴走っぷりに、思わず頭を抱えたくなった。
ちなみに高見は泉から見えない位置で、声を押し殺して腹を抱えて笑っている。
『……でもま、そんな噂話が本当かどうかはともかく、泉は自分から厄介な事件に首突っ込んでってホントに死んじまいそうで怖ええよ。頼むぜ、ホント。お前の葬式なんざ行ってやらねえからな、俺』
『えー。俺っちは逆に、シュウちゃんてばゴキブリみたいにしぶといタイプだと思うぜい。本筋には絡めないけど、事件に巻き込まれても何だかんだ最後まで生き残るタイプだな』
『おい高見、誰がゴキブリだコラ』
『あ、でもそもそも拾ってくる噂話が的外れ過ぎて一生そういうトラブルに遭遇できなそうだな。むしろユーマの方がそういうの巻き込まれそうまであるぜい』
『……おい、不吉な事言うんじゃねえよ。俺はそこのお祭り騒ぎ大好きトラブル馬鹿と違って、そういうのは別に求めてないっての』
『ハッ、どいつもこいつも言ってろ言ってろ。どうせ生きるなら人生おもしれえ方がいいだろうが。それによ、俺はお前らと違って強ええからな、誰が相手だろうが死にやしねえんだよ、バーカ』
そんな風に三人で軽口を叩きつつ、勇麻は頭の端で考える。
この街にいる人間は、みんな特殊な力を持った異能者だ。
とは言っても、それ以外は普通の人間となんら変わらない。自分だってただの一高校生にすぎない。送ってる日常だって、街の外の同世代と比べたら少し異常なのかもしれないが、毎日死にそうになったりする訳でもないし、都市伝説に語られるような事件に巻き込まれる訳でも無い。極めて平凡な日常を送っていると言えるだろう。
それでも。
……それでも、もし。
もし自分がこんな、都市伝説にでも出てくるような事態に直面したら。
この手は、今度は確かな何かを掴んでくれるのだろうか、と。
そんなことを考えていた。