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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 急 ???????
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俯瞰戦場

 悲劇を食い止める為に必要なピースがある。


 このオリンピアシスにおける最大のピースは、背神の騎士団(アンチゴッドナイト)団長、『特異体』が一柱であるスネークその人で間違いなかっただろう。

 

 ――故に、本来ならば。クライム=ロットハートが何を企みどんな悪辣を振るった所で、彼の『特異体』がその気になれば、邪悪が巻き起こす悲劇は慟哭を撒き散らすその直前に阻止されるハズなのである。


 確かにクライム=ロットハートは天風楓の神の子供達(ゴッドチルドレン)覚醒に関してはスネークの想像を凌駕してみせた。 

 しかし、そもそもスネーク達が『創世会』の企みを東条勇麻が希望足りえるか見極める為の試金石として利用しようとしなければ、いかに『三本腕』の一本であるクライム=ロットハートの計画であろうと、その悲願が叶う前に叩き潰されていたであろうことは想像に難くない。



「――まったくだ。だが、これで龍也のヤツもようやく安心できるだろう。……最後の最後にようやく、あいつの願いを叶えてやれた。英雄様からお叱りを受けずに済みそうだ。きっと世界は大丈夫だ、龍也ボウズの託した希望は、あの小さな背中に確かに残ってるよ」


 黒米からの通信に答えるスネークは、まるで遠くから子を見守る父親のような慈愛に満ちた瞳で、彼らのやり取りを眺めていた――とんとん、と。不意に誰かに肩を叩かれたのは、まさにその時だった。


「なっ――」

「――少し、邪魔だ」


 振り向きソレを視界に収める事さえ許されない。

 顔面を打擲された、そう理解した瞬間にはスネークの身体は遥か数百キロの彼方まで殴り飛ばされていた。


「蛇よ、君はそこで眺めていたまえ。私はこの見世物ショウを最後まで見てみたくなった」 



☆ ☆ ☆ ☆



 スタジアムの観客席で戦っていた神の能力者(ゴッドスキラー)達も、ようやく訪れた戦いの終わりに歓声があがる。

 そこに、肌の色や目の色、言葉の壁は存在せず、神の能力者(ゴッドスキラー)か否かも関係なかった。

 ただ濃密な死の恐怖渦巻く地獄の如き絶望を共に生き延びたのだという喜びが真っ先にあって、そこから互いの健闘を讃えあったり感謝しあったりと、人々の集団は幸福な感情と喜びに満ちていた。

 ――勿論、大切な者を失ってしまい悲しみに暮れ、死を悼む者も大勢いる。けれどもそれは彼らが生き延びたからこその感情であり、死というのはそんな当たり前の感情を抱く事すら奪っていくことなのだ。


 戦いは終わった。

 多くの人が犠牲になった。けれど、確かに私達は生きている。人々は笑い合い涙を流して死を嘆いて生を喜んで様々な感情を爆発させ、互いの生還を喜ぶように抱き合い、その幾重もの想いを分かち合っていた。


 そんな中で、懸命にデザインキメラと戦った天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)Aチーム所属の浦荻太一と和家梨仁志は、行方不明者を捜索する人々に混じり、同じチームに属するもう一人のメンバーの行方を捜していた。

 オリンピアシス墜落の衝撃でスタジアムの一部が崩れた際に発生したパニックで、観客席では多数の行方不明者が出てしまっていた。

 戌亥紗も、そのタイミングで離れ離れになったきり、連絡がつかなくなっていた。


「ダメだ、太一。こっちにもいない……」


 力無く首を振る和家梨太一に、浦荻は次の捜索場所を指示する。そうしながら自分もまた身体強化系の神の力(ゴッドスキル)を最大限活かして、瓦礫を掘り起こす作業を再開する。


「……どこに行ってしまったんだ、戌亥」


 後輩を心配するその呟きに、しかし返事はない。



☆ ☆ ☆ ☆



 デザインキメラの脅威は去った。

 洗脳による天風楓の暴走を食い止め、天空浮遊都市オリンピアシスにようやくの平穏が戻る――


 ――ハズだというのに。


「……ディアくん。これ、これって……!」

「やられた……」


 ようやく掴み取った平穏、絶望の中で抗い続けた笑顔の結末。その立役者の一人であるディアベラス=ウルタードは、戻ってきた記憶に戦慄しクリアスティーナと顔を見合わせその身を嚇怒に震わせていた。


「……そうだ、一体何をやってたんだぁ、俺達ぁ……ッ! 『創世会』の狙いは天風楓だが、背神の騎士団(アンチゴッドナイト)は違う。連中は今回の一件を東条勇麻を試す為に利用しようとしていやがった、俺とアスティはそれを止める為に動いてたってのに……ッ!」

 

 デザインキメラを完全に殲滅し、東条勇麻が天風楓を救い出すのを見届けて、ウロボロスの尾を接続して干渉力の供給源となっていた『設定使い』との繋がりを解除した今になってようやく自分達の本当の目的を思い出したディアベラスは、動揺する頭で素早く状況を整理する。


 単なる物忘れで説明できないのは明らか。であれば何者かの神の力(ゴッドスキル)による干渉があったのは間違いない。

 エリザベス=オルブライトの『平和の支配者(ルール・オブ・ピース)』によってディアベラスとクリアスティーナは一時的に彼女の支配下にあった。

 スネークがエリザベスに支配を解除させた後、ボロボロに傷ついた二人を治療したのは『設定使い』だ。


 ディアベラス達を治療する際に、二人の記憶に何らかの細工をする程度の事、あの男なら容易かったに違いない。

 干渉力供給の役目を終え、ディアベラスたちの前に悠々と現れたキザな白スーツに身を包んだ金髪碧眼の美男子に、ディアベラスは怒髪天を突く勢いで叫ぶ。

 

「『設定使い』……! テメェはァ……ッッ!」

「――落ち着け、『運命の悪魔』よ。貴方もだ、『救国の聖女』。無言で空間ごと私を捩じ切ろうとするのは結構だが、まずは話を聞いて欲しい」


 『設定使い』のふざけた物言いに、クリアスティーナは細い肩をぶるりと震わせる。

 彼女の真紅の瞳が薄く細められ、彼女の怒りが漏出する干渉力となって周囲の景色に薄くひび割れを走らせていく。


「……話? 私達に何の話も断りもなく、治療と称して記憶を改竄したアナタが、話を聞けと? そう宣うのですか?」

「それについては返す言葉もない。全てこちらに非がある、謝罪しよう。しかし私もスネークも、貴方達と争う設定つもり理由せっていもない。何故なら既に東条勇麻はその『希望』としての在り方を示している」

「なんだとぉ……?」

「憎悪に流されず、絶望に挫けず、己から逃げなかった。無力だからこそ他者を頼り、他者に助けられ、自分以外の〝誰か〟と共に道を切り開く事が出来るあの男にならば、世界を懸けるに値する。元より私は『英雄』否定派だ。『狡猾の蛇』も南雲龍也の選択を見届け、『新たな希望』に世界を託すだろう――





 ――時が凍り付く、という表現がある。


 各都市から選抜された猛者達も、神の子供達(ゴッドチルドレン)も、『特異体』ですらも。誰もが

ソレに最後まで気が付く事が出来ぬまま、その瞬間は訪れた。


 ――それはまさに、時が凍ったような一瞬の停滞。勝利の確信に満ちた『設定使い』の言葉が、不意に途切れた、まさにその刹那。




 

 ――そうして。

 あまりにも呆気なく、事態は急展開を迎えた。



☆ ☆ ☆ ☆



 行方不明者の捜索が行われる中、観客席は慟哭と歓喜とが入り乱れていた。

 生存した状態で瓦礫の中から救出される者。息を引き取った遺体として発見される者。生き残った喜びと同居する死の悲しみが、勝利の昂ぶりから落ち着いてきた人々の心に陰を刺す。


 デザインキメラを巡る戦いは一種の生存競争。互いの種の生き残りをかけた戦争だった。

 故に、この戦いには死者が存在するのは当然の事である。


 帰らぬ人となった故人に縋り滂沱と涙を流す者達の悲哀に、顔を覆い隠した少女のぽつりとしたつぶやきが混じる。

 

「……何故だ」


 女の子座りでその場にへたり込む全身を岩の甲冑で覆った少女、セナ=アーカルファルの目の前には、白い甲冑のうえから軍服を羽織った金髪碧眼の美丈夫が横たわっていた。

 クレボリック=シンボル。艦名を『曲がらぬもの(インフレキシブル)』。

 憎たらしいくらいに綺麗な顔をしているといつも思っていた。

 同じチームだからと何かと馴れ馴れしくて、何度私に構うなと言っても話しかけてくるところも鬱陶しい男だった。

 『夢限無敵リミット・オブ・インビジブル』――三分間限定の無敵だかなんだか知らないが、任務では事あるごとに危機に陥ったセナ=アーカルファルを庇い、女性を守るのは騎士の本懐だとか何とか言ってカッコつけて、一々言動がムカつく男だとずっと思っていた。

 嫌いだった。

 セナ=アーカルファルは、クレボリック=シンボルというこの男が、大嫌いだった。

 

「顔も知らない女を、何故守るんだ……」


 男なんて大嫌いだ。人間なんて大嫌いだ。皆、皆、嘘つきで、結局自分の事しか頭になくて、だからセナ=アーカルファルは、誰も信じず誰に心を開く事もなくずっと一人で生きて来たのに。


 なのにどうして……大嫌いな男との何気ないやり取りばかりが今更になって思い起こされるのだろう。


「……私の記憶を、こんなくだらないモノで埋め尽して……だから、大嫌いなのだ、お前は」


 純白の鎧に空いた風穴。

 心臓が収まっていた左胸はぽかりと空洞になっていて、そこにあるべきはずの物が収まっていない。

 溢れ出る赤い液体は最早決壊したダムのような勢いで周囲へ広がっていたが、セナ=アーカルファルは臀部が濡れるのも構わずに物言わぬ死体の傍らに座り込み続けた。 


 最後の最後、その瞬間まで。

 自分のようなつまらない女に対する態度ですら曲げることの無かった、馬鹿な一人の男の傍に。



☆ ☆ ☆ ☆



「そうか……『インフレキシブル』が逝きやがったか……」


 狙撃手のイヴァンナ=ロヴィシェヴァからの連絡を受けて、シーライル=マーキュラルは溜め息を吐いた。

 上司であるドラグレーナ=バーサルカルと連絡が付かない為、女王艦隊クイーン・フリート第三艦隊の旗艦を暫定で務める事になった彼は、どうしてこうなったと心の底からうんざりとした調子で客席に磔にされた死体に嫌々目をやっていた。

 

「ああ、こっちもダメだ。助からねえ、即死だ即死。……癇癪持ちのウチの上司が、これだけやられて姿見せないってのは最早殉死(アレ)だとしか思えねーし。あーあ、第三艦隊は壊滅だな、こりゃ……」


 まるで血の雨でも浴びたように真っ赤に染まった折れた日傘、しかも地面から雨でも降ったのかぬめる鮮血は傘の内側を汚している。

 ショッキングピンクのショートヘアーが特徴的な少女、シャロット=リーリー。艦名『輝くもの(アーガス)』。

 艦隊の旗艦であったドラグレーナ=バーサルカルを勝手に親友だと思い込んでいた、彼女の喧嘩相手筆頭。

 相手の注意を引きつけ、攻撃を自身に集中させる『小さき太陽(サン・リトル・グリム)』というタゲ集中の神の力(ゴッドスキル)以上に、地雷を踏み抜き歩く空気を読めない性格で無自覚に敵を増やしていた少女。

 そんな残念な同僚が、その女性らしい膨らみある胸にグロテスクな大穴を開け、見るも無残な姿になっていた。


 可愛さ優先のひらひら衣装も、こうなっちまえば死体の悍ましさを彩る死化粧でしかねえな、と。シーライルは生産性のない独り言を呟いて、それから頭のネジを自分が生き残る為の方向へとシフトする。


 ……真っ先に考えるべきは、この違和感しかない同僚の死についてだろう。

 何せ、ほんの数分前までこの女は生きていた。少なくともデザインキメラを掃討し終えた時点で、彼女が無事だったのは確かだ。

 呑気にドラグレーナの心配をしていた彼女と、最後に会話を交わしたのは他でもないシーライルだったのだから。


(この穴はデザインキメラの仕業じゃねえ。ヤツらの毒針や顎じゃ、こんな風に大穴を開けるなんて不可能だ。だったらこれをやりやがったのはどこのどいつだ……? スマートにスピーディーに、俺達の誰にも気づかれることなく一撃で心臓を奪い取ってくなんざ、普通じゃねえ。……マジで勘弁してくれ、戦いはまだ終わったワケじゃないってのか?)


 人生ことなかれ主義。長いモノには巻かれろ。川の流れには一番早くて楽そうなのに乗れ。

 それが信条だったというのに、本当にどうしてこうなった?

 ドラグレーナ=バーサルカルという狂犬を盾に、その陰にこそこそ隠れながらそこそこ出世して、甘い蜜を吸うだけ吸ってオサラバしてやるつもりが、上司死亡で繰り上げ出世とか考え得る中でも最悪のパターンの一つだ。


 そのうえまだ見ぬ脅威があるって? いやいや、スマートな展開じゃ無さすぎる。


「……いや、ほんと切り替えろ俺。マジで集中しないと死ぬヤツだわ」 


 危うく現実逃避に逸れかけた思考をどうにか立て直し、シーライル=マーキュラルは自分が生き残る為の行動を再開した。

 


☆ ☆ ☆ ☆



 ――悲劇を食い止めるための最大のピースが、スネークであるならば。当然、四人もの神の子供達(ゴッドチルドレン)が集まっている状況そのものさえも、悲劇の抑止力として機能する。



 時が凍り付く、という感覚を覚えた次の瞬間。眼下で起きた出来事に、『設定使い』は言い掛けの言葉を切って心の内で毒を吐いていた。


(……今のは、時の流れを凍てつか(・・・・・・・・・)せる事による時間停(・・・・・・・・・)()。『凍てつく時の零(セロ・シェンブレエ)』、氷道真か……ッ! ――私とした事が、何たる失態……ッ!)


 『設定使い』を含めた神の子供達(ゴッドチルドレン)達の反応は迅速だった。

 ディアベラスの距離を無視した『悪魔の一撃フォルティナ・ディアブロ』が、『支配する者ディメンション・オブ・ルーラ』を宿すクリアスティーナの空間斬撃が、『平和の支配者(ルール・オブ・ピース)』で数多の戦力を有するエリザベス=オルブライトの指示によるノータイムの精密狙撃が、『設定使い』の力によって行動不能状態を直接付与する不可避の設定改変が、東条勇麻とその仲間の命を脅かそうとする二人の外道をほぼ同時に襲う。



 ――ご覧のように。例え、彼らを一瞬出し抜く事が出来たとしても、その一秒後には空間も距離も設定をも無視した一斉射が下手人の元へ殺到し、悲劇がなされる前にその命は消滅する。四人もの神の子供達(ゴッドスキラー)を一度に相手取るとは、そういう次元の無謀なのだ。 



 しかし、現実にはそうはならなかった。

 


 彼らの放った一撃は、その全てが確かに全弾命中した。

 しかしそれは、狙った相手に対してではない。



「――全身:一定時間無敵・・・・・・×1+タゲ集中(・・・・)×1+飛行系×1+回避強化×2=『夢限の輝き陽光の如しリミット・オブ・インビジブル・サン』……っと、まあこんなもんかのぅ」

「ええ、これならばしばらくは持つでしょう。流石はコルライ様。便利な力を多数ストックなされている」

「ハッ、バカを言え。丁度いい感じのを偶(・・・・・・・・・)然近場で拾ってやっ(・・・・・・・・・)とだわい(・・・・)。……ったく、本物の不死者は気軽なもんだのぅ」


 コルライ=アクレピオス。そして、白衣の男。

 『創世会』の誇る幹部『三本腕』が、最強の存在である四人の神の子供達(ゴッドチルドレン)の前に立ち塞がる。

 旧知の老人を前に、『設定使い』の表情が怒りに歪む。


「……コルライ=アクレピオス殿。これは自殺の設定(マネごと)か何かか?」

「久しぶりだのぅ、『設定使い』。そう心配せんでも、死ぬまで気張るつもりも義理もないわい。儂らは単なる時間稼ぎ、貴様ら化け物相手に数秒稼げば御の字だわい。……ならばこっちにも勝機はあるよって」


 ニヤリ、と。己の時代を終わらせた新たなる万能者『設定使い』を前にして、コルライ=アクレピオスは皺だらけの相貌に不敵な笑みを刻み込んだ。




 ――四人もの神の子供達(ゴッドチルドレン)を相手に『三本腕』二本掛かりで全力の時間稼ぎに徹して、それで稼げた時間はおよそ三十秒。


 しかしその僅か三十秒が、この場にいる全ての者の運命を決定づけた。


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