第終話 ザ・エンディング――繋いだ手、幸せな笑顔
全てのデザインキメラを掃討し終えた後も、その男はスタジアムには戻らずこの街で最も高い尖塔のうえに立ち、その結末を眺めていた。
「ったく最後までヒヤヒヤさせやがる。だが、確かに見届けさせて貰ったぜ、東条勇麻。お前さんなりの答えってヤツを」
最後まで気の抜けない戦いだっただけに、今の今まで衝動に任せて飛びださなかった自分を褒め称えたいと、スネークは重たい吐息を吐き出した。
『お疲れ様です、スネーク。……その、色々な意味で』
「まったくだ。だが、これで龍也のヤツもようやく安心できるだろう。……最後の最後にようやく、あいつの願いを叶えてやれた。英雄様からお叱りを受けずに済みそうだ。きっと世界は大丈夫だ、龍也の託した希望は、あの小さな背中に確かに残ってるよ」
黒米からの通信に答えるスネークは、まるで遠くから子を見守る父親のような慈愛に満ちた瞳で、彼らのやり取りを眺めていた――
☆ ☆ ☆ ☆
天空浮遊都市オリンピアシスと三大都市対抗戦を襲った一連の騒動は収束に向かいつつあった。
都市を席巻し至る所で悲劇を撒き散らしたデザインキメラは、多くの神の能力者や観客達の協力もあり完全に死滅。
動力源を失ったオリンピアシスの地上墜落による大災害も海音寺流唯や『特異体』スネークの尽力によって未然に回避、見事不時着に成功した。
そして『創世会』幹部でありシーカー直属の部下でもある『三本腕』が一本クライム=ロットハートの『心傷与奪』による洗脳を受けて暴走状態にあった天風楓も、東条勇麻と彼を支えた多くの神の能力者達の活躍があり正気に戻す事が出来た。
心を苛む戦闘音は、耳を劈く阿鼻叫喚は、もうどこからも聞こえない。
スマホのメッセに、泉からの全員無事をというあいつらしい短い一文が届いた事で勇麻も完全に脱力していた。
全てが終わった天空浮遊都市オリンピアシスは、雲の切れ間へと沈みかけている太陽の最後の輝きに照らされて、橙色に明るく輝いていた。
取り戻した笑顔の結末。しかしそれは、手放しで称賛し喜んでいいものでもなかった。
ここに至るまでに払った犠牲は、あまりにも多すぎた。
『創世会』の企てによって沢山の命が失われた、その事実は変わらない。背神の騎士団は彼らの企みを阻止する事が出来ず、勇麻もまた、クライム=ロットハートの掌のうえで良いように踊らされてしまった。
だが、それでも。
今だけはこの手に取り戻した少女のボロボロの笑顔と共に、勝利を噛み締めていたい。
繋いだ手と手の温度に浸りながら、勇麻は心の底からそう思って――
「――ああ、馬鹿で愚かで間抜けな君など理想の世界を作る片手間にでもいくらでも助けてやろうだからいい加減にその手を離せそうじゃないと僕は君を許せなくなりそうだ」
「げっ、天風駆……ッ」
「お兄ちゃん……!?」
二人の間に割り込むようにして勇麻に肩を回してきた、やや色褪せた金髪のもみあげだけを黒染めにした美青年――天風駆に、勇麻と楓はほぼ同時に驚きの声をあげる。
駆は肩に回した腕で若干勇麻の首を締め上げながら、視線は最愛の妹の方へ。
「久しぶりだね、楓。……と言っても夏休みに会ったばかりだけど」
「お兄ちゃん、どうしてここに? もしかして、わたしの応援に来てくれてたの……?」
「……あー、いや。僕もたまたまこの街に用事があってそれで偶然――」
「――なにを今更になって照れてるのかしら、このお兄様、は……ッ!」
そんな呆れ声と共に駆の背中を背後から強襲したのは、勇麻もよく知る少女だった。
「……っ!」
「わ」
急に物理的な距離が縮まった兄妹、駆が息を呑み楓は素っ頓狂な声をあげる。
勇麻と肩を組んでいた駆を妹の方へと強引に押し出した少女は、兄に苦労させられる妹代表として、無駄にカッコつけようとする天風駆をネタばらしで辱め……もとい忠告を送る。
「ねえあなたって馬鹿なの? こういう時は素直に助けに来たって言って貰えた方が嬉しいものよ。……そもそも、何も告げずに立ち去る自分カッコいいって無駄に悦に浸りたいなら最初から顔出しちゃダメじゃないの。中途半端が一番ダサいって知らないのかしら?」
「いや、僕は別にそういうアレがあった訳では……」
「天風くんね、あなたに罪悪感を感じてるのか何なのか、あなたに秘密であなたを助けようとしてたのよ。ここに来たのもあなたが『創世会』に狙われている事を知ったから」
「おい九ノ瀬和葉それは――」
「――最も、彼に元からオリンピアシスに用事があったっていうのは本当よ。だってこの人、あなたが対抗戦に出場するって分かったその日のうちに対抗戦のチケット予約に走ったそうですもの」
ぺらぺらと、秘密にしておいてくれと駆に頼まれていたこと全てを楽しげに暴露する黒髪に白髪の混じった気紛れ猫のような少女、九ノ瀬和葉。
駆は居心地が悪そうに明後日の方向を向いて額に手を当てている。
未知の楽園一の(自称)美少女情報屋の前では、どこか陰のある系二枚目イケメン男も形無しなのだった。
しかしそれを聞いた楓は、
「お兄ちゃん……っ」
と、嬉しそうに瞳を潤ませて兄を見つめ――その妹の視線に耐えきれなくなった天風駆は、やや恥ずかしげに頬を赤くしながら両手をあげた。降参のサイン。それから改めて楓に向き直おると、やはり直視はできないのか視線を逸らしながら、
「……、はぁ。お手上げだよ、情報屋。色んな意味で僕の負けだ。……楓、お前が無事で良かった。これでも兄だからな、少しでもお前を助けたかったんだ」
「うん。助けに来てくれて、ありがとう……!」
溜め息を吐き、ぽんぽんと、ぎこちなく妹の頭を撫でる兄と、それを受け入れる妹。
そんな当たり前の、しかし二人の過去を思えば奇跡のようにすら思える光景に勇麻も優しく目を細めていたのだが――
「――うんうん、いいお話ね……。ぐすん。……久しぶりの東条くんの上腕二頭筋と三頭筋じゅるり……」
「……あの、和葉さん? なんで泣き真似しながら俺の腕をがっちりキャッチしてる訳?」
「あら、だって丁度空席だったんですもの。それとも、まさか天風くんの方が私より好みなのかしら? ……東条くんひょっとしてそういう趣味の方……? 男の人が好きなの?」
「いや全然全くこれっぽっちもそんな事ないけど!? 普通に俺は女の子が好きだしンなモンどう考えたって和葉の方がす――って、お前はお前でちゃっかり誘導尋問してんじゃねえよッ!! お前の場合迂闊な事言うと言質取ったとかで脅迫まがいの事されそうで怖いんだけどッ!?」
和葉の腕から逃れようとしながら言う勇麻に、天風駆を天風楓へと押しやる事で邪魔者二人を排除してみせたS級策士の九ノ瀬和葉は「チ、バレたか。流石は東条くんね、私への信頼度が段違いだわ」などと宣いながらポケットからボイスレコーダーを取り出していた。……ナニソレ冗談にしても怖いですよ和葉さん。
「えと、アナタもありがとね。お兄ちゃんと一緒に、『創世会』と戦ってくれたんだよね? えっと……」
「九ノ瀬和葉よ。ご覧の通り私は東条くんの……ねえ私って東条くんの何? 現地妻?」
「ぶっ!? な、お前は何を言っちゃってんの!?」
「あ、分かった。じゃあ〝都合のいい女〟って所かしら?」
「いや、そもそもなんで俺のって縛りなワケ!? つうかお前はさりげなくシャツの中に手を伸ばして筋肉触ってんじゃねえってッ! お願いホントやめて!!!!」
「えー、いいじゃないの、減るものじゃないのだし」
「痴漢のオッサンかお前はッ!!!」
「あ、あは……あはは……」
勇麻の本気の絶叫と、楓の本気の引き攣った笑いでようやく和葉は満足したらしい。
「そんな訳で美少女情報屋の九ノ瀬和葉よ。東条くんから聞いてるかもしれないけれど、未知の楽園では彼とその愉快な仲間達に色々とお世話になったわ」
さんざんからかって遊んで好き勝手に搔き回した場を、勝手にいい感じにまとめ始める。ちなみに相変わらず腕は取られているので状況はさほど変わっていない。
「だから今回のことはそれほど気にしないで頂戴、人として、当たり前の事をしただけなんですから。……なんちゃってね。まあ、なにはともあれよろしくね天風楓さん」
「え、あ、うん……! よ、よろしくね、九ノ瀬さん……!」
勇麻に密着したまま差し出されたその手を最初は驚き途惑いながら、しかし最終的には嬉しそうに握り返す楓に、和葉は内心思った。
……フ、チョロ甘だわ。この子。
「かえで―――――――――――ッ! かえで――――――――――っ!!」
ついで、大好きな親友の名を大声で叫びながら客席から駆け寄ってきたのは穢れなき純白の少女だ。
彼女の後ろでは、セルリア達に保護された東条佳奈美と東条勇助も、遠目から優しく自分の息子たちと娘たちを温かく見守っている。
首から下げた魔本をがたごとと盛大に揺らしながら、白髪碧眼の少女アリシアは楓のお腹に頭から突っ込んで行った。
「わ、アリシアちゃん……!?」
「うぅ、良がっだ、良がっだのだ。本当に、本当に心配したのだぞ、もう、かえでが、帰ってこないんじゃないがっで……っ かえで、かえでぇぇ……!」
嗚咽と共に鼻を鳴らしながら楓のお腹にぐりぐりと顔を押し付けるアリシアの髪を、楓は穏やかな笑みを浮かべながら優しく梳いた。
親友を安心させるように、ともすれば自分もまた泣き出してしまいそうな程に、その若葉色の瞳に涙を溜めながら。
「ごめん。ごめんね、アリシアちゃん。心配、かけて、でも、もう。大丈夫だから。ねえ、だから泣かないでよ。わ、わたし……ひく、ご、ごめんね……っっ!」
しかしそこは泣き虫姫。結局最後まで堪えることが出来ず、ボロボロと涙を流しながら、今度はアリシアの小さな胸に顔を埋めて周囲に憚ることなく大声をあげて少女は泣いた。
アリシアも楓を抱きしめながら声をあげて泣いた。感情の起伏の薄い彼女が、笑顔を浮かべるのが下手くそな彼女が、わんわんと年相応の子供のように泣いて泣いて笑っていた。
……アリシアはずっと楓が心配だったのだ。力の使えないことを酷く悩み思い詰めて、自分を卑下し責め立てていた楓を励まそうとして掛けた言葉と、それ以降明るくはなったがどこかおかしかった楓の様子に、アリシアはずっと心をすり減らし、自分が余計な事を言ったからではないのかと、そう考え込んでしまっていたのだから。
「ぐあー、ちょっと九ノ瀬和葉ぁー。何でアナタの兄を私が運ぶ羽目になってんですかぁー……っておいこのテメェ泥棒猫! 新参者風情がっ、ちゃっかり何していやがるんですかぁ!!?」
「……風情とか言われても、そもそも既存キャラって大抵は新参者に喰われる定めなんじゃないの?」
「ぐあー!? な、ナチュラルに一刀両断!?」
和葉の鋭い舌撃の衝撃に、引っ張り地面を引き摺っていた九ノ瀬拳勝の腕からシャルトルは手を離す。急に支えを失った哀れな兄はその場で頭を打ち、意識の復活が遠のいた。
実は久しぶりに勇麻に会えて変な方向にテンション振りきっちゃってる暴走気味の和葉と、試合前の楓とのやり取りで若干ヤケになってるシャルトル。テンションのおかしな二人の少女のヒートアップは止まらない。
と、そんな馬鹿騒ぎを座って眺める人影が一つ。
ド派手に吹っ飛ばされて壁に打ち付けられた勇火は、未だにダメージから立ち直れないのか、騒ぎには混ざろうとせずにその場に座り込んでぶつぶつと独り言を呟いている。
「……全く、ようやく全部終わったっていうのに、どいつもこいつも濃すぎるし騒がしすぎるんだよ。とくに兄貴周りとか何だアレ。せっかく楓センパイといい雰囲気だったってのに、何をどう拗らせたら最終的にあんなカオス空間が広がるんだよ……ったく、本当に世話の焼ける……」
「うむ。全くもって拙者も同意である」
「――ッ!? 」
独り言に思わぬ返事が返ってきて、勇火はびくんと身体を震わせた。声は真横から、反射的に振り返ると、
「しかし――喧騒もたまには悪くない」
「は、はぁ……?」
細めた糸目で騒ぎを傍観しながら、どこか満足げな北御門時宗に「いつから隣に居たんだ、この人……」と、若干びびりながら、勇火は曖昧な返事をするしかなかった。
……俺もあっちに混ざってこようかな。
微妙な居心地の悪さに勇火が意地を張るのを止めるのが先か、北御門がどこへなりと立ち去るのが先か、おかしな根比べが始まりそうだ。
「なあ……ブラッドフォードさんよぉ、これがアンタがユーリャを諭してまで掴みたかった勝利ってヤツか? 新人類の砦にその名を轟かせたアンタにしちゃあ、随分とまあ甘ったるい光景だな」
「……フン、そんな顔では嫌味を言われた所で何一つ響かんぞ、ロジャ=ロイ。貴殿こそ、心の奥底では誰よりもこの光景を欲していたのだろうに。あのような魔女に理想を売るなど、愚かな男だ」
老兵と一番槍はその光景を眩しそうに眺めながら軽口の応酬をしていた。
ボロボロの両者に肩を貸すユーリャは必然的にその言い合いに挟まれる事になる訳で、自分を挟んで行われる無駄な事この上ないやり取りに「ああもう喧しい事このうえない」と言ったウンザリとした表情で、
「いいから怪我人は黙っていてください! 二人とも普通に重傷なんですから、はしゃぐのは後回しです。さっさと女王と合流しますよ……!」
「へいへーい」
「……フン、この程度の傷。どうという事はないのである」
「ち・ゃ・ん・と・返・事・を・し・ろ・オ・ッ・サ・ン・ど・も・ッ!」
「(……聞いたか今の? ウチの秘書官ちょー怖いだろ?)」
「……、」
口パクでそんな事を伝えようとしたロジャー=ロイは普通にグーでブッ飛ばされて錐もみ回転し、ブラッドフォードは懸命な沈黙を死守した。
母なる乙女は逞しく、またその成長は圧巻の速度なのである。
☆ ☆ ☆ ☆
干渉力を使い果たした海音寺流唯は、勇麻たちから少し離れた場所でその賑やかな光景を眺めていた。
自分達が勝ち取ったものを、東条勇麻が勝ち取ったもの。親友が希望を託した少年が掴んだその結末を、その背中を確かにこの目で見届けた。
勇麻が楓の額に接触させた弾みに光と衝撃を放って少年の手から離れ、足元に転がってきた『匣の記憶』をその手に握りしめながら、海音寺は爽やかで人好きのする整った顔に穏やかな笑みを浮かべ目を細める。
「……これで良かった。良かったんだよな、龍也――」
その背中に、誰かの背中を重ねつつ、海音寺は返ってくるハズのない言葉を求めてそう呟いた。
独り言は空に溶け、跡形もなく消えてなくなる。そこに言葉があったのかすら、痕跡さえ茜色の空には残らない。
そんな当然を少しだけ寂しく思っている自分がいる事に気が付いて、
それがどうにもおかしくて、海音寺は苦笑した。
「――はは、そうか。僕は、寂しいと思っているのか……」
今まではそれが当たり前だと思っていた。
大切な二人を失ってしまった海音寺は、自分の本音の言葉に誰かの言葉が返ってくるという感覚を、長い間忘れていた。
戌亥紗や浦荻太一や和家梨仁志。彼らは大切な仲間だが、海音寺は彼らとの間に常に一線を引いて接してきた。
自分と深く関わり過ぎれば、何か被害を被る事になるかもしれない。
海音寺流唯の目的を考えれば、それは当然で。だから適切な距離感を保ち、最後の一歩は決して踏み込ませない。そんな関係を自然に構築し、維持していた。
――そんな関係は〝正しいだけで間違っている〟そんな事にはとっくに気付いておきながら、それでも海音寺は仲間に対して壁を作り続けた。
こうする事が彼等の為だから、自分と深く関わって、関係もない彼らを巻き込んでしまってはいけない。そんな言い訳を積み上げて自分の行為を正当化した。
確かにそれは、海音寺の優しい心遣い、相手への思いやりからくる行動だったのだろう。
けれど、壁を作られていると感じた仲間達は、関係ないと一方的に断じられた仲間達は、そんな海音寺の態度に傷つかない訳がなかったのに。
人は一人では生きていけない、なんて偉そうに後輩に説いておきながら、結局一人になろうとしていたのは自分の方だったのかもしれない。
「……相変わらず馬鹿だな、僕は。いつもそうだ。それらしい正論ばかり並べるのが得意で、本当に大切な事に気付くのはいつも遅い」
今更そんな事に気が付いたのは、東条勇麻と肩を並べて共に戦った時間が、海音寺にとって特別なものだったからに他ならない。
南雲龍也と肩を並べて天界の箱庭を駆け抜けた日々が、打てば響くような心地のいい関係が、東条勇麻と共に戦う中で、鮮明に思い起こされていったのだ。
何度も思わず〝龍也〟とその名を呼びそうになったかも分からない。この短時間で成長した少年の背中に、海音寺は確かに親友が託した希望を見た。
龍也が選んだ希望が、この少年で良かった。心の底から、そう思う。
これが運命だというのなら、あの日の自分の選択にも意味はあったのだとそう思える。
正しさの奴隷であった自分。でもそれだけではなかった自分。どっちつかずで中途半端な自分。
間に合わなかった不甲斐ない自分を、例え許せる日が未来永劫やっては来ないのだとしても。
それでも、この世界に南雲龍也が残した東条勇麻という希望がある限り、海音寺流唯は過去を抱いて未来に想いを馳せる事が出来る。
気が付いた時には全てが手遅れで、最後の最後で〝成りそこない〟〝蚊帳の外〟に追いやられた。
誰よりも彼と親しくなりながら、結局彼の物語に食い込む事の出来なかった■■■だったかも知れない誰かは、後悔も寂しさもその全てを呑み込んだ。
親友の期待に応えられなかったこんな情けない自分でも、彼の希望を支えて行く事は出来る。そう、自分を奮い立たせて。
……それと、忘れていた大切な事に気付けた感謝も胸に抱いて。
「……そうだね、今回ばかりは遅すぎたなんてことはない。君達が再び歩き始めたんだ。僕だって、勇気を出してやり直さなくちゃ」
まずはこれまでの事を謝ろう。壁をつくって向き合う事から逃げていた自分を認め、今度は真正面から隠し事をせずに彼らに向き合うのだ。
迷惑をかけることもあるだろう。傷つけてしまう事だって。それでも彼らと本当の仲間になりたいのなら、傷つける事から恐れずに向き合うしかない。
……散々心配をかけたし、紗あたりには泣いて怒られるだろうなぁ。
そうと決まれば、あれだけ格好つけて飛び出しておいて手ぶらというのも情けない話。
なによりやり直すなら、もう一度あの人も輪の中にいるべきだ。
なんて事を思い、海音寺は視線を左手の『匣の記憶』に落す。
「……だから、僕もあと少し、幸福な結末ってヤツにこだわるとするよ。これだけのものを見せて貰ったんだ。先輩として、僕にだって意地があるからね」
……諦めの悪さで君に負ける気はさらさらないよ、東条君。
幸福な結末とやらを手土産にする事を静かに決意する海音寺。
と、そこで混沌の様相を呈してきた馬鹿騒ぎの中から抜け出して、一人の少年がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
少年は座り込む海音寺の前で立ち止まり、
「海音寺先輩、なに独り寂しく黄昏てんだよ」
「……ん、ああ。僕も少し疲れてね。……それより、凄い騒ぎだけど、主役の君が抜けだしてしまっていいのかい?」
「あー、いや、シャルトルと和葉のヤツが止まらなくてさ。海音寺先輩なら、何とか宥められるかなって思って。……まあ、ぶっちゃけ。アンタをダシに一端逃げて来たんだけど」
「なるほど。さっそく助けを求める事を覚えて、僕を道ずれにしようって魂胆か」
後半、げっそりとした表情でそう零した勇麻に海音寺はからかうように言って苦笑する。
勇麻は、その顔に褒められるのを待つ子供のような達成感に満ちた笑みを浮かべて、
「――そういう訳だ。ほら、あの騒ぎからアンタだけ逃げようたってそうはいかないぜ」
ニッ、と笑って差し述べられた手に、
「ああ、すまない。今いくよ」
微笑で応じ、少年の手を借りて海音寺は酷使した身体をどうにか立ち上がらせた。
☆ ☆ ☆ ☆
こうして、物語は一つの区切りを、その結末を迎える。
自分を信じる事ができなかった臆病な少年が積み重ねたもの、これまでの道のりが確かにその背中を押した、いっそご都合主義的な逆転劇。
笑顔に満ちた幸福な結末。
だけど、これでいいのだ。これがいいのだ。
例え外野に何を言われようと、これくらいの幸せを望む権利は、度重なる絶望をその不屈でもって乗り越えた彼等には確かにあるハズなのだから。
「だからめでたしめでたしハッピーエンドこれでおしまいチャンかって? ――まさか、んなワケないじゃん。こんなんじゃまだまだ終われないっしょ。なあ、東条勇麻チャン……?」
☆ ☆ ☆ ☆
「ああ、すまない。今いくよ」
東条勇麻から差し出された手に微笑で応じ、海音寺は酷使したボロボロの身体をどうにか立ち上がらせた。その時だった。
「――っ!? 東条君ッ!」
背筋に、単なる怖気と呼ぶには冷たすぎる極寒の冷気を伴う絶望じみた悪寒を感じた海音寺は、咄嗟に正面の東条勇麻を突きとばす。
そうしながら自分も前方に倒れ込んで、ソレを回避しようとして。
真っ赤な仇花が、咲いた。
☆ ☆ ☆ ☆
――第終話 ザ・エンディング――繋いだ手、幸せな笑顔
――第終話 ザ・エンディング・■■・■■■■■■Ⅰ――繋いだ手、幸せな笑顔/凍てつく時:count 1




