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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 急 ???????
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第七十一話 絶望共闘戦線Ⅶ――耳朶を打つは阿鼻叫喚■■■、■■■■■■■■■■■:count 1

「――やっちゃえ、私のヒーロー(ロジャー=ロイ)……!」



 それが平和を望む想いである限り、例え世界が聞き逃そうとも、男はその祈りを逃すことはない。



 何故なら彼は英雄ではない。


 何故なら彼は正義の味方ではない。


 何故なら彼は物語の主人公ではない。




 何故なら彼は――物語の主人公が貫く、正義そのものであったから。




 自らの敬愛する女王の〝正義を貫く槍〟。

 彼女の正義そのものであろうとしたその男は、物語の登場人物ですらないが故に、誰かが定めた悲劇と絶望の物語の筋書などに左右されない。



 世界の誰かのご都合に合せた不運の偶然などに左右されることなく。ただ、女王の求める平和の為に、それを害する障害をただただ機械的に粉砕する。










「――『堕天槍落デグレデート・テクトーリア』」










 それは、天より齎された究極の破壊の一槍。


 天より墜ちた破壊の席巻に恐れおののいたのか、光と音すら遠のいた。


 衝突の寸前、タイミングを合わせ脱力し『蛇腹・連刹風牙(ゲイル・ベローズ)』の推進力に逆らうことなく脇に弾かれるように左右に大きく飛び退いたブラッドフォードと北御門。

 両者と入れ替わる形で嵐の蛇に真っ正面から喰らい付いたその破壊の槍の一撃は、隕石落下にも相当する純粋な破壊のエネルギーと、標的を特定の一対象のみに絞る事でその対象を破壊するのに必要な固有の振動数を強制的にぶつけ有機無機に関わらず神の力(ゴッドスキル)や事象すらにも破壊を付与する事が可能な概念的な必殺の一槍であった。


 破壊の恐怖に相手を震え上がらせる黄金の槍は、刹那『蛇腹・連刹風牙(ゲイル・ベローズ)』と拮抗し、その一秒後には蛇嵐の咢が木端微塵に粉砕される。 

 ユーリャが咄嗟に枝木を網のように張り巡らしクッションとしなければ四人とも破壊の衝撃波で壁際まで吹き飛ばされ血の染みになっていた事だろう。

 破壊された嵐の欠片が、局地的なつむじ風となって幾重にも巻き起こり、槍手の髪とイギリス海軍風の黒の軍服を揺らす。


 そのあまりに凄まじい圧巻の光景に、勇麻は空いた口が塞がらない。

 三人がかりでどうにもならなかった神の子供達(ゴッドチルドレン)の一撃を、空から降り注いだ流れ星のような破壊が見事その一撃で打ち砕いて見せたのだ。 

 そして勿論、そんな究極の破壊を齎す事が出来る者はこの対抗戦において一人しか存在しない。

 勇麻自身それを痛い程に分かっているからこそ、目の前の現実がなお信じられなかった。


「……なんで、アンタが俺を……」


 へたり込むように座り込んだ勇麻の視線の先、刈り上げた金髪と、無精ひげ、聡明な光りを宿した瞳。大人の色香と胡散臭さを同居させたような金髪碧眼の中年男が黄金の巨槍を手に勇麻の前に降り立っていた。


 新人類の砦アドバンスフォートレス所属、女王艦隊クイーン・フリート第一艦隊旗艦兼総旗艦代理『震え恐怖にモレキューラ・バイブレーション』ロジャー=ロイ。


 ――またの艦名を、『怖れ知らず(ドレッドノート)』。


 勇麻との壮絶な殴り合いのダメージを色濃く残す目蓋はどこか腫れぼったく、頭や体の至る所に包帯を巻いているのが分かる。

 それでも十全に動けて戦える分、勇麻の負傷具合と比べたら無傷も同然だろう。尤も、敗者がピンピンしていて勝者ばかりがボロボロなのは、東条勇麻の関わる戦闘ではよくある事ではあるのが……。


 勇麻の呟きを聞いていたのか、ロジャー=ロイは吐き捨てるようなぞんざいな口調で、


「……姫さんからの命令だ」

「え?」

「――『女王艦隊クイーン・フリート全艦に告ぐ。目下、世界に対する脅威である『デザインキメラ』群を早急に排除。人命保護を最優先とし、現在交戦中の各都市代表選手と協力しつつ事態の解決・収束に尽力せよ』……ってな」


 ロジャー=ロイの言葉に釣られ、跳ねあげるように観客席を見やる。




 そこにあった光景に、東条勇麻は今度こそ言葉を失った。





「………………………………あぁ、ああ……あああッ!!」


 目頭が熱い。

 勇気の拳(ブレイヴハンド)が、眼前に広がる光景に呼応するかの如く高鳴っている。

 勇麻の視線の先にあったのは――



 ☆ ☆ ☆ ☆



 ……ああ、私としては何ら問題はない。

 なに、干渉力については君達が心配する設定ひつようはない。

 これでも一応、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)最強を設定(じふ)している身だ。このせっていを用いれば干渉力の供給など造作ないこと。十五……いや二十分は確実に持たせてみせよう。

 ……我が名は『設定使い』。この設定せかいを遵守する者。

 目前に迫るは既に世界の危機だ、ならば、その程度の働き(せってい)は完璧にこなしてみせるとも。

 お互い、出し惜しみは無しだ。ここから先、世界の命運は我々の肩に掛かっていると知るがいい。



 ――『能力設定』・設定追加:【闇小人ドヴェルグ】。――創造『ウロボロスの尾』。疑似神器接続/認証:クリアスティーナ=ベイ=ローラレイ。ディアベラス=ウルタード。エリザベス=オルブライト。 

 以下三名と『ウロボロスの尾』との接続を確認。干渉力の供給を開始……。



 さあ、見せてくれたまえ救国の聖女よ。崩れ、沈みゆく未知の楽園(アンノウンエデン)から全ての人々を掬い上げたあの奇跡をもう一度。

 完全勝利、その再演と行こうではないか。



 ……さあ、共に設定せかいを守ろう。

 私のせっていは、その為にこそあるのだから。



☆ ☆ ☆ ☆



『……ったくよぉ、まだ頭がぼんやりしやがらぁ。つーか、状況が状況とはいえあの女と仲良く肩ぁ並べて戦えってのはぁ、どうも納得がいかねぇんだよなぁ』

『ディアくん、気持ちは分かりますが今は集中してください。お礼なら後でたっぷ(・・・・・・・・・)()二人で返せばいいじ(・・・・・・・・・)ゃないですか(・・・・・・)


 ディアベラスの悪魔の一撃フォルティナ・ディアブロを応用した距離を無視して響く念話に、クリアスティーナが柔らかくも強い怒気の籠った底冷えするような声が響く。

 そんな二人の会話にしれっと割り込むのは、自儘に平和を振りかざす空気を読まない最弱の神の子供達(ゴッドチルドレン)エリザベス=オルブライトだ。


『ディアベラスさんもクリアスティーナさんも、そんな風に一方的にお怒りにならないで? わたくしとしても折角手中に収めたアナタ方を手放すのは断腸の思いでしたのよ? 今は世界の危機、私の愛する平和の危機。ね? こんな時くらい、いがみ合わずに仲良くしましょう?』

『……エリザベス=オルブライト。喧嘩を売ってるつもりなら一応、忠告しておいてやるぁ。テメェが信じる正義ソレが何なのかは知らねぇがぁ、これ以上俺達を敵に回すつもりだってんなら覚悟しろぉ。俺ぁともかく、次アスティに手ぇ出した時点でウチの妹大好き軍団がテメェを殺しに動く。逃げられるなんざ思うんじゃねぇぞぉ、なにせこちとら逃げる事に関しちゃあ専門だぁ。テメェがどこにいようがどんな力を持っていようがぁ、逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)はクリアスティーナ=ベイ=ローラレイを脅かす存在を許しゃあしねぇ』


 基本的に空気を読まない……というか、読む必要がないと考えている女王の、面の皮が厚すぎる発言に強めの口調で釘を刺すディアベラス。

 彼と彼女がかつて未知の楽園(アンノウンエデン)の『特例研』で受けた仕打ちを考えれば、今もこうしてエリザベス=オルブライトがディアベラスとクリアスティーナの二人から生存を許されているだけ奇跡と言っても過言ではないような状況なのだが、エリザベスは自身のスタンスを崩すつもりはないらしい。

 世界の平和の為にスネークと協力する事に一切の迷いのない彼女ではあったが、それはそれこれはこれ。

 エリザベス=オルブライトは自身の判断は常に最善で正しいと信じているし、世界中の武力を神の能力者(ゴッドスキラー)含め全て支配下に収めようというその思想は変わらない。

 

 ディアベラスの隠そうともしない強い敵愾心にぽっと頬を染め、距離を超越する念話越しにしなをつくる。


『……まあ、いやだわ。そんなに熱い視線てきいで見つめられては、またわたくし兵器モノになってしまいますわよ?』


 そんな女王の態度に今度はクリアスティーナが黙っていなかった。


『エリザベス=オルブライト、貴女の力の特性を知った今、こちらには敵意を封じて貴女を安全に瞬殺するだけの力があるという事を忘れないでください。貴女は今、私とディアくんの温情で生きています。それから――』

『うふふ。あら、それならアナタたちを解放してあげたのも、わたくしの温情、という事になるのではくて?』

『――、それから……私のディアくんに手を出したら、許さないから』


 滲み出したクリアスティーナの〝素〟に、一瞬念話相手たちが一斉に押し黙る。しばしの間、静寂が三人の神の子供達(ゴッドチルドレン)の間に流れて、


『なあおい、聞いたか今のぉ!? 俺の可愛いアスティが私のディアくんっつったぞぉ、私のってぇ! ――なあおいアスティ、頼むから今のもっかい言ってくれもっかいっ!』

『まあ、本題はそっちね。うふふ、アスティさんたら可愛らしい』

『でぃ、ディアくんはうるさい! 真面目な所で茶化さないでよ、ばかばかばかっ! そっ、それから貴女もちゃっかりアスティ呼びしないでくださいッ!!』


 いきなり爆発するように盛り上がり始めた二人に、何だか釈然としないものを感じるクリアスティーナ。

 このままでは戦闘後にまたぞろ御小言を頂戴すると思ったディアベラスが、誤魔化すような苦笑いを返して、 



『……でもまあ、アレだぁ。水に流すつもりは微塵もねえがぁ、ひとまず今は――』


『ええ、そうですわね。アナタ方を諦めるつもりはありませんが、ひとまず今は――』






『この惨劇に幕を下ろすッ。私達の力で、この絶望オワリを覆す事が出来るのなら……ッ!』






☆ ☆ ☆ ☆



 ――怯え、逃げ惑い、途方に暮れ、恐怖に蹲るしかなかった人々が、今や呆然と目の前で起きる現象を眺めていた。

 デザインキメラが、人々に襲いかかろうとしては壁にぶつかったように見当違いの方向へと跳ね返されていくのだ。

 戦う力無き一般人を薄い無色透明の陽炎の揺らぎの如き膜のようなモノが覆っていた。厚さ一ミリに満たない本当にそこに在るのかどうかさえ定かではない頼りないその薄膜を、しかしデザインキメラは貫けない。

 迫りくる大量のデザインキメラの咢と毒針に自身の死を覚悟した彼らを、その薄膜の絶対防御が守っている。


 その薄膜の正体を、東条勇麻はよく知っていた。


 『次元障壁ラ・ティオ』。

 厚さ一ミリにも満たない、絶対的なその防壁をかつて勇麻は右の拳で打ち砕いてみせたことがある。

 しかし、今の彼女の守りならば例え東条勇麻の勇気の拳(ブレイヴハンド)であろうとも打ち砕けないに違いない。

 今の彼女は逃げる為ではなく、正真正銘その手で誰かを護るために――その手で世界を変える為に、その力を使っているのだから。


 スタジアム中央、その上空五十メートル。

 空中に浮遊する美しい救国の聖女の名を、どこにでもいるような家族思いの心優しき少女の名を、東条勇麻は泣いてしまいそうな程に知っていた。


「アスティ……ッッ!」


 本当にふざけるな。危うく、まだ何も終わっていないのに危うく涙を流してしまう所だった。

 ――クリアスティーナ=ベイ=ローラレイ。

 次元と空間を司る未知の楽園(アンノウンエデン)最強の神の子供達(ゴッドチルドレン)が、AEGスタジアムを優しき光で包み込むように守っていた。

 

 聖女でも悪魔でもない、家族思いの優しき少女の光りが世界を照らす。希望を照らす。未来を照らす。命を照らして明日を照らす。

 

 立ち上がったのは何も彼女だけではない。


 人類を蹂躙し尽すかに思えたデザインキメラ。醜悪で奇怪な歪な生命体によって繰り広げられた惨劇に、立ち向かう数多の人影があった。


 どいつもこいつも見知った顔ばかりだった。


 シャルトルを除いた四姉妹が、観客席でその凶悪な力を存分に振るって大暴れしている。セピアが石礫の散弾で打ち落とし、スカーレが灼熱の炎で焼きつくし、セルリアが操る優雅な水流が押し流しデザインキメラをまるで寄せ付けない。

 まさに天災の如く吹き荒れる四元素エレメントにデザインキメラは次々と灰塵と化していく。

 スピカが飛ぶように跳ねデザインキメラの襲撃を躱しながら声高々に謳いあげる。そんなスピカを指先より伸びる指糸で操り華麗な踊りを奏でさせているのは当然リリレット=パペッターだ。

 未知の楽園(アンノウンエデン)での文字通りの死闘を経て傍から見れば歪なけれどとても尊い友情を築き友達になった二人は互いを信頼し合い、襲い来る個性なき有象無象をその華麗なコンビネーションで圧倒する。

 そんな彼女らの傍では、アリシアが見たことのないような真剣で果敢な表情で、勇麻の両親を……東条佳奈美と東条勇助を護ろうとしてくれているのが分かる。


 女王艦隊クイーン・フリートの連中も負けじと連携でデザインキメラの数を減らしていく。

 柔らかなクリーム色の髪の毛をルーズサイドテールにしたほんわかした感じのメリー=コクランが歌を歌う。『子守唄の君(ララバイ)』の干渉力を込めた少女の歌声によってデザインキメラの判断力が鈍る。

 そこへ、場違いにふりふりの衣装と同じくらいヒラヒラのレースのついた日傘を指しているショッキングピンクのショートヘアの少女、『小さき太陽(サン・リトル・グリム)』シャロット=リーリーが掌サイズの太陽『この指とまれアテンション・プリーズ』を産み出せば判断力の鈍った虫たちの注意タゲが一気にその一点に集まる。

 飛んで火にいる夏の虫よろしく、一か所に集まったデザインキメラ達へ水流弾と火炎弾が殺到し一気に粉微塵に吹き飛ばす。

 打ち漏らし慌てて逃げ出す数匹の心臓を、正確無比な狙撃が打ち抜き逃亡を許さない。

 ミサイルヘッドみたいな特徴的なオールバックのシーライル=マーキュラルと、気難しく高慢ちきな炎使いのゲオルギー=ジトニコフ。そして仕事人のイヴァンナ=ロヴィシェヴァが微妙な表情で顔を見合わせ、ぎこちないながらもその相好を崩していた。


 『蒸気機関者ザ・スチーマー』ドルマルド=レジスチーナムが蒸気を上げ吠え声を上げながら豪快に戦う。踊り子のような衣装のアブリル=ソルスは、青紫の美しい長髪を鎖へ変換し振り回し、なにかと文句を言いながらも満更でもなさそうに大雑把かつ豪快なドルマルド傍に寄り添ってその戦いをサポートしている。

 そんな二人のやり取りを微笑ましげに盗み見ながら「もうさっさと結婚しろよお前ら」と言いたげなポニテ眼鏡のサマルド=ドレサーは、汗腺から発生する粘液を飛ばして淡々とデザインキメラの翅を潰していく。

 

 楓を巡る女王艦隊クイーン・フリートとの衝突や武闘大会予選で勇麻を苦しめた分身分裂少女、ルフィナ・アクロヴァが数には数だとばかりに複数人に分裂して対抗している。

 対抗戦一日目から大いに目立っていた紫の髪を三つ編みに纏めた胸の大きなおどおどした感じの少女『大地破断ガイアクラッシャー』のピア=ナルバエスが、右手の一振りで大地を隆起させ執拗にたかってくるデザインキメラを泣き喚きながら一掃している。

 気真面目そうな朴念仁っぽい顔を常に不機嫌気に歪めているしっとりとした髪の眉無しロシア人青年エバン=クシノフが、溜め息を吐きながらピア=ナルバエスの打ち漏らしを『氷結使い(アイスマン)』の力でもって冷静に凍てつかせていく。


 フルフェイスで顔を覆った全身鎧の少女『意志を纏いし者(ストーン・アーマー)』セナ=アーカルファルが怯える母子を護らんと孤軍奮闘する。

 他者となれ合わず常に独りで戦おうとする彼女の隣に強引に立つのは美しい金髪が眩しい白の騎士クレボリック=シンボルだ。

 自らに課した制約による対抗戦では使用することなく敗北を喫した女好きの白騎士は今がその時(女を護る時)だと自身の神の力(ゴッドスキル)夢限無敵リミット・オブ・インビジブル』を解放。

 干渉レベルBプラスを誇る強固な力で世界の法則を塗り替え、三分限定の全ダメージ無効化状態に突入、守りを捨て去った鬼神の如き勢いの騎士剣がデザインキメラを狩っていく。

 

 リコリスが自分も戦おうとする妹分のリヒリーを庇いながら『遠き掴み毒手(サイコキネシス)』で近づくデザインキメラを鷲掴みにしては引き千切っていく。チェンバーノも同様に、たまたま近くに居たのだろう美人の女性を守るためにはりきりまくって奮戦していた。彼の神の力(ゴッドスキル)点と点を繋ぐ者(トランスファー)』で全身の運動エネルギーを指先一点に集約させた恐ろしい指突がデザインキメラの体表に次々と風穴を穿っていく。


 

 弓酒愛雛の周りでは酩酊したように動きの精彩を欠いたデザインキメラを自称弓酒愛雛親衛隊隊長の薬淵圭、沖姫卯月、音無亜夢斗の三人が競い合うように撃破していく。

 海音寺のチームメンバーである戌亥紗、浦荻太一、和家梨仁志は三人一組の息のあった連携攻撃でデザインキメラを確実に刈り取っていく。

 離れていても心は一つとばかりに、海音寺先輩に少しでも楽をさせるんだと、そんな戌亥の健気な叫び声がここまで聞こえた気がした。

 伸縮自在の自慢の髪の毛を振り乱して戦う横森真理真と、そんな彼女の足元にしがみ付いて情けなく泣き叫びながら火炎と電撃で応戦する香江浅火と上久保七春の姿があった。……誰か忘れている気がしなくもないが、そんな事は気にならないくらいに彼らまでもが逃げずに懸命に戦ってくれている事が嬉しかった。

 

 ――さらにもっと上空を見上げれば、そこには鮮血の如き赤紫の光りの乱舞が咲き乱れている。

 ディアベラス=ウルタード。

 距離の概念を超越し、唐突に訪れる偶然の死を問答無用で叩きつける未知の楽園(アンノウンエデン)最強の神の子供達(ゴッドチルドレン)夫婦のその片割れが、縦横無尽にその力を発揮。

 たった一騎でもって全体の半数を超えるデザインキメラを相手取り、まるで消しゴムでノートの落書きを消していくみたいに、迸る鮮やかな光線がごっそりとデザインキメラの大群を削りとっていく。 


 放たれた『悪魔の一撃フォルティナ・ディアブロ』、その極大の一撃はデザインキメラの群れの中心に突き刺さりその一撃で一億六千万の奇怪な命を蒸発させてみせた。


 そして、その傍ら。

 従えた(・・・)デザインキメラ数十匹のうえに絨毯を引いて人工的に造り上げた空飛ぶ絨毯の上、そこに無防備に佇む燃えるような赤いドレスに身を包んだ気品に溢れる銀髪赤眼の貴族じみた少女がいた。

 戦う力の一切を持たず、相手を傷つける術を何一つとして知らない平和を愛する少女。

 戦争の只中でさえ暴力を振るわずに平和を訴えかけるような、人の善性を信じるという名の無謀な蛮勇を振りかざす愚者にも似たその少女へ、当然の如くデザインキメラは平等に襲いかかる。


 ディアベラスには敵わないと本能的に察知した賢い害虫の群れがその矛先を少女へと変える。結果、数千を越える大群へと膨れ上がった虫玉がそのまま殺到、少女の処女雪のような珠の肌がその身に纏うドレスの如き赤に染まり見るも無残な肉玉へと変わり果てるのを幻視して――





 ――牙を剥いたその数千匹のデザインキメラが、一瞬で気品あるその少女――『最大最弱マキシマム・ウィーカー』の支配下に下った。





 優雅な気品溢れる所作で、そのまま女王が掲げた右腕を振り下ろす。

 それだけで数千匹のデザインキメラが一斉に方向転換し、他のデザインキメラと醜悪な共食いを開始する。

 例え心がなかろうとも、敵意や害意、殺意がある時点で平和の支配者の檻からは逃れられない。

 女王艦隊クイーン・フリート総旗艦『戦争を軽蔑する者(ウォースパイト)』。戦力差を覆す女王(バランスブレイカー)が戦場に君臨する。




 東条勇麻の知る誰も彼もが諦める事無く投げ出すことなく懸命に戦っていた。




 ……いいや、何も顔を知っている者達だけではない。


 対抗戦には出場していない観客の中から勇気ある一人が立ち上がる。

 その一人に続くように、腕に覚えのある神の能力者(ゴッドスキラー)達が徒党を組んで抵抗を開始する。何の力もない普通の人間が、神の力(ゴッドスキル)によって造られた氷の棒や鉄の棒を握りしめ、震えながらも必死になって神の能力者(ゴッドスキラー)達と共に戦おうとそれを振り回す。


 もう、叫喚は慟哭は断末魔は聞こえない。


 絶望の血飛沫も、

 諦観の泣き声も、

 悲痛な怒号も、見当たらない。


 そんな悲劇を、惨劇を、絶望を、掻き消すだけの命の輝きがあった。


 光の意思があった。


 希望の戦いがあった。

 

 ……そうだ。今、耳朶を打ち、腹の底に響くこれは勝利の雄叫びだ。



 命の雄叫びだ。



 雄々しき咆哮だ。



 明日への全力だ。



 闘争への猛りだ。



 生きる事への滾りだ。 



 死への反逆だ。



 絶望への反撃の狼煙そのものだ。



 熱い、熱い、熱い……ッ!

 その命の輝きの熱量に、瞳を奪われる。耳も鼻も心も五感全てを奪われる。

 まだ終われないと、誰もが叫んでいた。心で、身体で、拳で、喉で、その響きが燃えるような合唱となってスタジアムを震わせる。

 まるでかつてのコロッセオのように、勝利への熱狂が世界を震わせているのだ。


 ――誰が先頭に立ってあげるまでもない、反撃の狼煙は既に上がっていた。

 戦いたいのは、救いたいのは、この状況を打破したいのは、決して東条勇麻だけじゃない。

 所属も言語も人種も思想も趣向も主義も宗教も只の人間か神の能力者(ゴッドスキラー)かどうかも。例え何もかもが異なっていようとも、皆が一様に同じ方向を向いている。

 

 そんな当たり前の事が、こんなにも嬉しくこんなにも幸せな事なのか。

 それを、改めて実感して噛み締める。

 

 対抗戦を、オリンピアシスを、皆を――大切なものを守りたい。

 その気持ちは、きっと変わらない。

 そんな綺麗事が、惨劇の中で実際に一つの形として明確に花開いていた。


「すげぇよ……ああ! 本当に、凄い……!」

「……これでもウチは平和を愛する組織なモンでな。こうも意外に思われるのはちっとばかし遺憾ってヤツなんだが……まあ、んな訳で、俺は別にお前個人を助けた訳じゃねえから勘違いすんじゃねえぞ。それから一応言っておくが負けたからってお前の正義を認めるつもりは毛頭ねえ。それは姫さんと共に歩んだ道のりを、俺という姫さんの槍を否定する事になる」


 東条勇麻と自分はこれから先も絶対に相容れない、そんな冷たい事実を改めて突きつけてくるロジャー=ロイ。

 認め合い分かり合う余地などありはしないのだと、そう冷たく言い放って勇麻を否定し拒絶する中年男は「だから――」と、勇麻の方を見もせずに心底嫌そうに言葉を続けた。


「――天風楓を殺すような平和なら壊してやる――あの時お前は確かにそう吠えた。なら証明してみせろ。その気持ちの悪い絵空事で、何かを救えるって事を。お前の掲げる正義とやらで、この絶望を覆す事が出来るってんなら今ここで俺に見せてみろよ、正義の味方」

「……!」


 虚を突く試すようなロジャー=ロイの言葉に、勇麻の喉が詰まり異音をあげる。


『楓を殺す平和なんざ、俺がこの手でぶち壊してやる……ッ!』


 それは、東条勇麻がロジャー=ロイという宿敵に向けて吠えた言葉だった。

 誰かを犠牲にする事を許容した先に得た未来に平和なんてありはしない。

 例え世界を救う資格がなかったとしても、当たり前の笑顔の為に平和を希う事が出来るのが人間である、と。

 いつまでも到底達成不可能な理想と正義を掲げ続ける東条勇麻に対し、個の理想と正義を無価値と断じ合理的に現実的な視点から女王の槍として平和を成そうとするロジャー=ロイ。

 両者はまさに水と油で、その衝突は対抗戦史上稀に見る激戦となった。


 現実と理想。


 大人と子供。


 ロジャー=ロイと東条勇麻。


 両者の言葉はきっとどちらも間違ってはいなくて、その出発点はじまりに同じ憧憬を抱いていたからこそ互いのことを嫌と言う程に理解できてしまう。


 それでもロジャーは自身を救った女王の正義を。


 勇麻は自身の抱く理想と我儘を。


 それぞれがそれぞれの信じるモノを貫きぶつかり合った。 

 あの時の勇麻はそれが心の底から正しいと、そう思えていた。


 だが、今はどうだ? 

 自分が誰かを救おうとするその根底にある感情の醜さ、独善的で醜い自己満足でしかなかった行いの数々。誰かの笑顔を求めていたハズなのに、東条勇麻のエゴは正義は我儘は、救いたかったハズの誰かを苦しめていた。


 大前提が崩れ去った今――自身の傲慢な我儘の果てに彼女達の笑顔は無かったかもしれないのだと知ってしまった今――自身の醜さ傲慢さ楓やアリシア達への依存を、それらを認めて呑み込んで立ち上がれるだけの強い東条勇麻は、もう此処にはいない。


 今、勇麻が立ち上がれているのは、クライム=ロットハートによって精神を弄ばれている楓が、明確に誰かの救いを求め泣いていると分かるからだ。

 このエゴを貫いた果てに少女の笑顔があると分かるからこそ、拳を握れる。迷いも負債も罪過もその全てを楓を理由に棚上げしているだけに過ぎない。


 ……そんな今の勇麻では、胸に生じた迷いが邪魔をして、ロジャー=ロイの言葉に即答する事ができない。

 それが悔しくて、情けなくて不甲斐なくて、こみ上げる敗北感に思わず俯き拳を握りしめる。


 宿敵のそんな冴えない表情を眉一つ動かさずに黙って眺めていたロジャー=ロイは、手にした黄金の巨槍を身体に這わせるように自由自在に回転させ腰だめに構えると、真剣な表情で天風楓を改めて見据え、


「……まあ、どんな事情があるかは何となく察しちゃいるがな。少なくとも俺は御嬢さんを殺すつもりでやるぜ」

「お前ッ! まだそんな事を――」

「当然だろ? 殺すつもりでやらねえとこっちが殺されるっつってんだよ、こんなの。それが嫌なら片が付く前にお前が何とかしてみせるんだな。……ったくよぉ、近頃の若造はオジサンの話をまるで聞きやしねぇ。言っただろうが、証明してみせろってな」


 怒りに眉根を吊り上げる勇麻を、不敵でふてぶてしい笑みでもって挑発するようにロジャー=ロイは横目に見て、


「……尤も、間に合わないなら間に合わないまでだ。お前が本当の意味で〝ただ一度の失敗の重み〟を知るってのも、結末としちゃ悪かねえ。なにせ、その気持ち悪い綺麗ごとが折れる瞬間が見れるってんならオジサン的には儲けモンな訳だしな」


 その言葉が、ぐじぐじと悩み迷っている東条勇麻に発破を掛けんとするものである事を、鈍い勇麻でさえ理解できた。

 決して分かり合えず相容れない、だからこそ嫌な程に理解できてしまう宿敵からも気を遣われた。

 ……ああ、全くもって情けない。この男にここまで言わせて――いいや、この場で共に戦う全ての仲間にこれだけ盛大に尻を蹴り飛ばして貰っておいて、強がりも虚勢も見栄も張れないようならば、東条勇麻は正義の味方云々依然に男を名乗る資格すらなくなるだろう。


 だから。

 解けた拳を握り締め、身体を苛む痛みを無視して自力でその場に立ち上がり、キッと鋭くロジャー=ロイを睨み付ける。そうして、売られた喧嘩を倍額で買うような威勢の良さで宿敵めがけて噛み付いくように吐き捨てた。


「……アンタに言われるまでもねえ、楓は俺が助ける」

「……そうかい、ならせいぜい急ぐんだな。自称正義の味方。もたもたしてると宣言通り俺と姫さんで世界を救っちまうぜ」



 ――今日誰かを(・・・・・)救えなかった(・・・・・・)ことは(・・・)明日誰かを(・・・・・)救っちゃいけない(・・・・・・・・)理由にはなら(・・・・・・)ない(・・)


 ロジャー=ロイに向けて叫んだほんの少し前の自分の言葉が、今の勇麻の背中を押しているような、そんな気がした。



「言ってろ、偽悪者気取り。アンタは俺が戻ってくるまでの足止め(脇役)だ。必死こいて場を繋ぐ事だけ考えてろ……!」

「――東条君! 道が出来た、行くぞッ!」 


 吐き捨て駆け出し、対岸の海音寺と合流する。

 石舞台リング上ではユーリャ=シャモフや北御門、そしてブラッドフォード=アルバーンが勇麻たちに襲いかかろうとするデザインキメラを一気に駆逐。生じた道を海音寺流唯と東条勇麻が振り返ることなく走り抜けていく。


「言いやがるぜ、青二才が。……せいぜい気張れよ、東条勇麻」

「……カッコつけやがって。――死ぬなよ、ロジャー=ロイ!」


 駆け出す背中へ。

 残す背中へ。

 それぞれがそれぞれ、感傷のようなナニカをぽつりと小さく吐き出す。

 それは互いに届くことなく自己完結する。


 けれど、それでいいと思った。

 

 だって、東条勇麻は匣の記憶を手にもう一度この石舞台リングに戻ってきて楓を救う。

 ロジャー=ロイはその結末を見届ける。


 そんな未来が待っているのなら、何を恐れる必要などありはしないだろう。


「――海音寺先輩」

「なんだい?」

「助けよう、楓を、皆を。俺達二人……いいや、俺達全員で……!」

「……ああ、そうだね……ッ!」


 目指すは『AEGスタジアム』の地下深く、天空浮遊都市オリンピアシスの最下層に存在する『動力室』。


 戦え、希望を抱きし者どもよ。戦場のあちこちから、そんな心の叫びが木霊している。

 そんな声なき声に背中を押され、東条勇麻は砕けるくらいに拳を握りしめた。

 

 ――その表情に、鬱屈とした感情はもう見当たらない。




 もう、ぐじぐじと迷い悩んでなんかいられない。

 絶対に掴み取るんだ、この全員で、誰一人欠ける事なく最高の勝利を……ッ!














 ――誰だって皆、幸福な結末(ハッピーエンド)を望んでいる。












☆ ☆ ☆ ☆




 第七十一話 絶望共闘戦線Ⅶ――耳朶を打つは阿鼻叫喚■■■、■■■■■■■■■■■:count 1








 第七十一話 絶望共闘戦線Ⅶ――耳朶を打つは阿鼻叫喚に非ず、明日へと猛る命の雄叫び:count 1


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