第六十六話 絶望共闘戦線Ⅱ――差し込む光明、覆う影:count 1
――コツコツ、と。通路に靴音が高らかに響く。
クライム=ロットハートから指示を受けた氷道真は泉修斗と天風駆との戦闘を中断、その場から離脱した。
追跡を避ける為、巨大な氷壁で自身と彼らの間を隔て、新たな主命を全うすべく北側の入場ゲートより石舞台へと向かう彼の前にその男が現れたのはどちらにとっての想定外であったのか。
「チッ、おいおいマジかよめんどくせー。勘弁しろっての……」
靴音の主。
挑発するように足音を響かせ自身の存在を神の子供達目掛け堂々とアピールするその命知らずは、全身黒一色で統一された悪夢か悪魔のような男であった。
その漆黒の騎士の名は黒騎士。
現在、氷道真の主であるクライム=ロットハートと対立している人物の一人だ。
大きな所属としては彼もまた『創世会』の一員であり、クライム=ロットハートと対立する動機はない筈なのだが、彼らはシーカーからの指令の解釈を巡り敵対関係にあった。
「俺はあの変態サディスト野郎を追ってただけだってのによー、よりにもよってこのタイミングでお前とかち合うかー」
不気味に笑う不吉な仮面で素顔を覆い隠したその男は面倒くさげに頭を掻き毟った後、天を仰いで落胆の溜め息を吐く。
どこまでもワザとらしい所作だった。
しかし氷道には対峙する相手の心情を推察する技能など要求されていない。無機質にただただ機械的に、眼前の男が主から下された主命を実行するうえで排除すべき敵か否かのみを判断する。
それが、それだけが氷道真に求められる正しさであるハズだから。
故に。
「神様ってヤツはどうも色々とやる気の欠片もねーアホらしいな。お前はどー思うよ、え? 氷道真」
「……黒騎士。貴殿は既に友軍登録から抹消されている。小生の邪魔をするならば排除するが?」
知り合いに軽口を叩くような気楽な調子の黒騎士に対し、氷道は無機質な返答を突きつける。
取りつく島もない神の子供達の様子に黒騎士は仮面の内側で愉快そうに鼻を鳴らして、
「あーあーあー、変にやる気だしてくれちゃってまーめんどくせー事になってんなー。……でもまあ、やる気が出てるのはこっちも同じなんだわ、実は」
戦意を爆発。己の影より、光りを吸い込むのっぺりとした影の黒の剣を抜刀。その黒光りする刃の切っ先を『絶氷』へ――自然系最強の神の子供達へと躊躇いなく突きつける。
しかし、仮面の奥で憎悪に燃ゆるその瞳は、氷道真を見てはいない。
最強へと突きつけたその刃が向かう先は、断じて氷道真などではなかった。
そう。醒めない悪夢が見据えるのはただ一つ、神の首。
そこへ至るまでの道のりで例え誰を滅ぼす事になろうとも、それは単なる通過点に過ぎない。
決して醒めない悪夢から解放されるその瞬間まで、黒騎士は悪魔にも鬼にもなると、そう決めたのだから。
故にこれは前哨戦。人の身で神へと挑む舞台を整える為の、絶対の牙城を崩す為の一手に過ぎないのだから。
「……貰い受けるぜ、お前の切り札」
仮面の内側では不敵な笑みが咲きほこり、胸の内では沸々とした怒りと憎悪が暴れ狂う。
黒騎士は腰を落とし、左足を二歩前。右足を一歩退いて重心を後ろへ。刀身が真っ直ぐ氷道の胸を射抜くように水平に構え、柄に左手を添える。
漏れ出る殺気に、刃から迸る黒々とした感情の切れ端に、氷道も警戒を強め鞘に納めた刀の柄に手を掛ける。
力まず、弛まず、どのタイミングでも抜刀できるな最適な体勢を維持する。
黒騎士は、弓に番えられ解き放たれる寸前の矢のように力を溜めこんで――
「――っ!」
静かだが苛烈な呼気を吐き出すと共に勢いよく大地を蹴りつけ――刹那、黒騎士は氷道真の懐に飛び込むのではなく眼前に伸びる柱の影に掻き消えるように沈み潜り込んだ。
「!?」
氷の刀身を解放し掛けた右腕が、意表を突かれ半端な位置で思わず停止する。
苛烈な殺意を見せつける事による意識の誘導。駆け引きでは完全に上をいかれた事を氷道真は遅れて理解する。
正面から一気呵成に懐に踏み込んでの速攻と見せかけた潜影で瞬時に氷道の視界から外れた黒騎士はそのまま氷道の影へと移動すると一気に浮上。
一瞬で氷道の背後を取るに至る。
そして――
「――『影幻』……っ!」
「『円斬氷弧』ッ!」
憎悪に身を焦がす漆黒の騎士と、氷のように感情の凍てついた『絶氷』とが激突する。
☆ ☆ ☆ ☆
東条勇麻は天風楓を助けたい。
これまでの全ての行いが自己満足の自慰行為に過ぎず己の正義信念理想その全てを否定されたとしても、この胸を締め付ける思いだけは。
彼女に泣いていて欲しくないと吠える心だけは、決して偽物なんかじゃないと断言できるのだから。
「……一先ず、状況を整理しようか」
言って、勇麻の横で優しくも力強い笑みを浮かべているのは 撫でつけた黒髪と爽やかなオーラが特徴的な南雲龍也の親友、海音寺流唯。
隣にいる者を安心させるその笑みが、迷いながらも幼馴染を救う為に立ち上がった勇麻の心を少しでも落ち着かせようとする彼なりの気遣いである事は鈍感な勇麻にでも理解できる。
安易な言葉を掛けるのではなく態度で示そうとする海音寺のそんな優しさが少しだけ眩しすぎるのと同時、揺らぎそうになる勇麻の心を確かに支えてもいた。
海音寺は至って冷静な口調で、一言ずつ口に出す事で自分の考えも整理するように言葉を続けていく。
「東条君と楓ちゃんはクライムの洗脳下にあり、精神状態の操作と幻覚を見せられることで強制的に殺し合いをさせられていた。僕の乱入で東条君の洗脳は解けたけど……楓ちゃんは依然として洗脳状態のまま。僕らの目的は、楓ちゃんに掛けられたままの洗脳を解く事。――ここまではいいね?」
「あ、ああ。けど、海音寺先輩。そもそも何で俺だけ洗脳が解けたんだ? それが分からない事にはどうしようも――」
……と、そこまで言いかけた所で勇麻は液化して再生したハズの海音寺の右腕から夥しい量の血が流れ出ている事に今更のように気が付いた。
「――海音寺先輩、……その腕の傷は……」
自身にも責があるだけに言い淀み言葉を濁す勇麻に、海音寺は大したことないとばかりに軽い調子で頷いて、
「ああ、僕の液化身体は便利だけど、万能な訳じゃない。僕と同等かそれ以上の干渉力が籠められた攻撃であれば、物理攻撃であってもダメージは完全に無効化できないんだよ。……まあ、跡形もなく腕が消し飛んでいても不思議じゃ無かったんだ、繋げられるだけ儲けものさ。それより、東条君だけ洗脳が解けた件に関しては一つ心当たりが――」
ある――、と。海音寺はそう言葉を続けようとして、突如彼の頭の中に鳴り響いた警鐘が未だクライムの洗脳下にある少女へと強引にその意識を向け直させた。
勢いよく視線をあげた海音寺につられるように勇麻も振り向く。勇麻もまた、何か嫌な気配のような物を感じ取り自身の背筋が粟立つのを感じたその直後の事だった。
それまで何故か拳を振り抜いた体勢のまま動きを停止していた天風楓が、この世の終焉と堕した地獄を一度に覗いてしまったかのような、喉奥を引き裂く悲痛な叫び声をあげたのだ。
『――い、や。…………………………、嫌ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
――干渉力が、爆発した。
「――『大海神の大海牢壁』ッ!!」
海音寺が咄嗟に展開した巨大な老海神を象った海域に包まれていなければ、超高密度の干渉力を叩きつけられてそのまま肉体が消し飛ばされていたかもしれない。
風となって少女を中心に放射状に拡散した莫大な圧に触れた途端、勇麻と海音寺を覆う干渉力を多大に含んだ絶対防御の水塊が一瞬で消し飛び蒸発する。
試合の流れ弾を防ぐために観客席に張り巡らされた結界が、一秒と持たずに木端微塵に砕け散った。
人々の叫喚が響き渡る前に暴力的な風音に全てが掻き消される。
神にただ己の無事を祈るように身を屈める人々の頭上を、莫大な力の塊が擦過していく。
客席から負傷者が発生しなかったのは、奇蹟のようなものだった。
原因は不明だが、吹き荒れた干渉力が明らかに人為的な不自然な流れでとある一点へと収束していた。もしそれがなければ、結界を破壊した超高密度の干渉力がそのまま観客へと襲いかかっていたに違いない。
海音寺流唯の誇る最大防御を用いてもその威力を殺しきる事が出来ず、勇麻と海音寺はそのまま場外へ吹き飛ばされ、観客席の壁に背中から叩き付けられる。
「なっ……ぁあああああああああああッ!」
「ぐっ、やっぱりそうか! 何か魅せられているな……ッ!」
光も音も何もかも。五感の悉くを風の轟々と荒ぶ風音が塗り潰していく。時間にしては一瞬、感覚的には永遠にも感じられる破壊の嵐が場を席巻して――
――気紛れな自然災害めいた破壊が通り過ぎた後、そこにいたのは天使の姿形をした絶望そのものだった。
「楓……、なのか?」
思わずそう零してしまう程に、それは勇麻の知る心優しき幼馴染からはかけ離れた存在であるように思えた。
頭上、勇麻たちから三メートル程上空に浮かぶ翼の生えた絶望が如き少女。
人の理、人の型から解き放たれ、神域へと踏み込んだ神の子供達が矮小な存在である勇麻たちを睥睨していた。
その背に展開された三対計六枚の竜巻の翼は、それぞれが意思を持つ竜か大蛇かのようにのたうちまわり荒れ狂い、鞭のように撓った先端が石舞台を僅か掠めただけで石畳を穿ち砕き大地にクレーターを刻み付ける。
少女の慟哭のように轟々と唸り泣きをあげる風の音色。肌を裂く風の質感と感触。燃え上がる心を恐怖に凍えさせる冷酷な神の風。
少女から全方位に吹き付ける暴風を前に、立っている事すら困難だった。まるで巨人の掌に身体を押されているかのような圧倒的な風圧に足裏が大地を離れそうになる。
その暴風の中心に立つ少女のみが一切不動。
自らを起点に吹き荒れる神威すら秘めた暴風を衣のようにその身に纏わせ、己に近づく不逞の輩の一切を徹底的に拒絶するその姿は、絶対不可侵の聖処女だ。
間違いない、これは。この同じ空間にいるだけで心臓が握りつぶされるような圧迫感を与えてくる生物として次元が異なるかの如き圧倒的存在感は……
「海音寺先輩、これって……」
「……ああ、間違いない。今の突風は『神化』直後の半暴走状態が巻き起こす余剰干渉力の放出現象。彼女は……天風楓は、壁を打ち破り神の子供達へと相成っている……ッ!」
全うな意識を感じさせない楓の視線が勇麻と海音寺を射抜く。
楓の高まる戦意に呼応して背中の翼が暴れ出し、真空刃が乱射される。
勇麻と海音寺は左右に割れるようにパっと別れ、二人で楓目掛けて弧を描くように疾走を開始する。
言い方を変えれば体裁も気にせず命からがらの全力疾走だった。
とはいえ、これはどうしようもない。遠距離での打ち合いになれば攻撃手段のない勇麻に勝ち目はなく、海音寺ですら純粋な出力では神の子供達と化した楓に適わない。
仮にこの状態の楓と戦うならば、ひとまず空を飛ぶ楓を地上に落とさなければ話にならないのだが……。
「海音寺センパイ! さっき言っていた心当たりっていうのは……!」
一つのミスが致命傷に直結する死の弾幕を上昇した身体能力を駆使して必死に掻い潜りながら、勇麻が風に掻き消されぬようにと大声をあげる。
答える海音寺も大声で、
「覚えていないかい? 『匣の記憶』だ!」
――『匣の記憶』、という単語に喚起されるのは対抗戦二日目に海音寺と共に忍び込んだ天空都市オリンピアシスの最下層。様々なケーブルやコードが血管のように乱雑に交わり合い足の踏み場もない空間にぽつんと設置された異様な雰囲気の台座。
その台座の上に浮かぶ一辺十センチほどの骨組みだけで組まれた立方体。
マトリョーシカのように一回り小さな立方体を内包し、それの積み重ねによって形成されたその『匣』の神器に触れた勇麻は己の過去に関する記憶らしき古びたスナップ写真の連続と謎の少女の悲痛な声を聞いて一瞬意識を失った。
あの現象は一体何だったのか、その答えは今となっても全く分からない。
忘れられていた記憶を呼び覚ますといわれる『神器』が、勇麻だけ洗脳が解けたことに関係していると、海音寺は言う。
「あれは記憶に干渉する『神器』だ。仮に、クライム=ロットハートが東条君に洗脳の〝タネ〟のような物を植え付けたのが対抗戦が始まるよりも前だとしたら、『匣の記憶』による影響で洗脳の深度が弱まる可能性は大いにある。だから東条君は外部からの衝撃だけで簡単に洗脳が解けたんだ……!」
海音寺の言葉は予想というよりは断言に近かった。
しかし、今更それに違和感を感じておかしいなどと指摘する必要は感じない。
元々海音寺は『匣の記憶』を目当てにオリンピアシスの最下層に潜っていた。『オリンピアシスの秘密を探る』などと、そんな言葉が建前である事は勇麻とて気付いている。
だから、海音寺の指摘は十中八九正しい。
それに勇麻だって感じたのだ。
『匣の記憶』と呼ばれるあの『神器』が忘れていた記憶を思い起こすだけに留まらず、封印したり喪失してしまった記憶の欠落や欠陥を呼び起こす『神器』であるという事を。
そうであれば、『洗脳』などという明らかな記憶の欠陥に対して作用する事も当然だ。
「じゃあ、楓と『匣の記憶』を接触させられれば――」
「ああ! 楓ちゃんの洗脳は解けるハズだッ!」
これで、救える。
理不尽に不条理に苦しめられ、涙を流す幼馴染を助けられる……!
楓を救う道筋が見えた。ようやく、微かながらも絶望に光が差したのだ。
勇麻の頬が希望に笑みを取り戻した、まさにその時だった。
AEGスタジアムを、巨大な黒い影が覆い包み込んだのは。
☆ ☆ ☆ ☆
――時間は天風楓の覚醒の少し前、東条勇麻の拳と楓の拳とが解き放たれた辺りまで巻き戻る。
☆ ☆ ☆ ☆
偶然目についた扉が半開きな立ち入り禁止の部屋。
そこでシャルトルが目にしたソレは、彼女にとっての最悪な戦場の一つであるとあるテーマパークでの記憶を刺激するモノであった。
「――む、し……? これは、寄操令示の……!」
カミキリ虫のような強靱な顎を持った複眼がギョロリと輝く頭部には、蛾のような産毛に覆われた触角が一対ついている。蜻蛉とバッタを足して二で割ったような、歪な禿げ茶色の縦長の胸部と腹部。百足のような他脚がずらりと並ぶも、胸部より伸びる脚は昆虫らしく三対六本に収まっている。腹部から伸びる脚のようにに見える器官は毒針が発達した物だ。胸部にあたる背中部分より生じる羽根は、これまたやはり多量の毒鱗粉で覆われた毒々しい蛾の羽毛羽。
人間の頭二つ分のサイズを誇る、見る者に生理的な嫌悪感を否応なしに突き付けてくる不気味なデザインの怪生物が、ずらりとスタッフルーム内を埋め尽くしていた。
悪寒に肌が粟立つ。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……!
見間違えるはずがない。依然見た寄操の虫とは見た目が異なっているものの、ここまで禍々しい昆虫がこの地球上に自然の種として存在するとは思えない。
「なんでコイツが、こんな所に……ッ!」
パニックに陥るシャルトルの叫び声に、数多の複眼が一斉に蠢きシャルトルを捉えたその瞬間――
「「「――キシャァアアアアアッッ!!?」」」
背筋を粟立たせる悍ましい叫喚と共に、ぶるりと毒鱗粉を撒き散らしながら気味の悪いキメラ虫達が背の羽根を広げ一気呵成にシャルトルへと飛びかかった。
――現在、スタジアム北側にいるシャルトルは南側の観客席にいるセルリア達と距離的にだいぶ離れた位置にいる。四人で一つの特殊な神の力であるシャルトルの『始祖四元素』の干渉レベルはその制約によってDマイナスにまで低下してしまっていた。
もしこれが寄操の操る昆虫群だと言うのなら迎撃は不可能、かと言って今から逃げきれるか……?
寄操の虫に襲われた人間がどのような末路を辿るか、それを知っているが故にシャルトルは咄嗟の判断を迷った、迷ってしまった。
時間も残された力もその全てを逃走に掛けてさえいれば助かったかも知れなかったのに、最後のチャンスを棒に振った少女の尊厳を醜悪な虫共が蹂躙して――
「――潰れろ」
一言。
気負いのないどころか棒読みですらある抑揚のない少年の声が響く。ただそれだけで三桁に迫る無数の奇怪な命が見えない力に押し潰され瞬時に圧死した。
空へ羽ばたく存在を強制的に地へ縫い付ける不可視の暴虐は、飛び散る紫の体液さえも跳ね除けその痕跡さえ自らに寄せ付けない。
自然界の弱肉強食じみた絶対的な力の差がそこにはあった。
「……あぁ、良かった。一応は無事だったようだね」
地面から僅かに浮遊し、靴音すら響かせずにシャルトルの背後より現れた少年は、その口から飛び出す安堵の言葉とは裏腹に一ミリも揺るがぬジトッとした半眼でシャルトルを見据えていた。
少女の危機を間一髪に救った少年の名は十徳十代。
幼くあどけない中性的な童顔と一直線に切り揃えられた前髪ぱっつんが特徴的な、どうあがいても第二次成長期前の小学生にしか見えない少年だった。
「天風楓――……あぁ、あちらのモニターに移る彼女が本物なんだったか。まあ何でもいい。君は僕らと対抗戦を共に戦った彼女なのだろう? だったら助けるのにそれ以上も以下もない。何はともあれ、急ぐとしよう。戦力は多いに越したことはない」
シャルトルに答えを求めるでもなく自身のみで会話を完結させると、唐突にシャルトルの身体を十徳の念動力が包み、有無を言わせぬ勢いで引っ張り始める。
自分の意思とは無関係に凄まじい勢いで空中を進み始める自身の身体に、状況に全く頭が追い付いていないシャルトルが素っ頓狂な声をあげる。
「ちょ、十徳十代!? アナタ一体何の話を――っていうか説明もなしに何処へ向ってるんですこれはぁー!?」
「……あぁ、すまないが詳しい説明をしている暇はない。既に完全に後手に回っている状況だ。手当たり次第可能な限り声は掛けてみたものの、依然として戦力は不足している。こうして道すがら戦力を確保しながら進まなければならない程にはね。ほら、君以外にも声を掛けたい子がいるんだ。急ぐよ。なにせ相手が相手だ。君も〝アレ〟を見たなら分かるだろう?」
公言している通り詳しい説明をする気のない十徳が何を言っているかはよく分からないが、十徳の言う〝アレ〟が何の事を指すかは一瞬で理解できた。
「寄操令示……」
「……あぁ、どんな形で蘇ったにせよ、もし〝アレ〟が本物なら状況は最悪と言っていい。無尽蔵の干渉力に無限の命、無制限に湧き上がり増殖を続ける戦力。その気になればたった一人で人類を滅ぼせる悪魔のような男の産み出す怪物だ。一万の兵力があろうと逆に億の軍勢で押し潰される。だから、〝アレ〟が本格的に活動を始める前に司令塔を叩く」
「それってまさかあの男が……!」
「……あぁ、それなら心配する必要はない。十中八九、寄操本体ではないと思うよ。ヤツの身体は新人類の砦との取引で天界の箱庭が手に入れている。つまり、今回〝アレ〟の手綱を握っているのは『創世会』だ。連中がアレを制御可能な人災として扱う気なら止める術くらいはあるさ」
背神の騎士団の一員として、シャルトルは『創世会』の企てを阻止する為にこの場にいる。相手がかつてこの天界の箱庭を恐怖のどん底に突き落とした寄操令示、ましてや『創世会』であるというのなら十徳に協力を惜しむ理由は見当たらなかった。
そして、十徳十代が立ち向かうべき相手は遥か昔よりただ一人と決まっている。
「……あぁ、黒騎士が訪れた時から嫌な予感はしていたが……。ヤツが来た以上、僕も逃げ続ける訳にはいかないか」




