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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 急 ???????
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第六十五話 絶望共闘戦線Ⅰ――今、この瞬間だけはもう一度:count 1

 壊れたように慟哭するその少女は、巻き起こる破壊の暴風の中心と化していた。


 巻き起こるは世界へと干渉する力の付与された神の風。

 戦闘中の余波や流れ弾によって観客達に被害が及ばぬよう一流の神の能力者(ゴッドスキラー)達によって張り巡らされた結界が音を立てて軋み、一瞬で砕け散る。

 観客達の悲鳴が、爆発めいた吹き荒ぶ風の轟々という音が、全てを塗りつぶして地球最大の娯楽、笑顔溢れる三大都市対抗戦を恐怖と混乱の坩堝へと塗り変えて行く。

 逃げ出そうにも吹き荒れ叩きつけられる暴風の圧に、誰一人としてその場から身動き一つ取る事が出来ない。

 自然の暴威、天災そのものであるかのような圧倒的な暴力を目前に、自分にだけは被害が及ぶような事がありませんようにと、手すりにつかまり身を屈め神に祈るような低姿勢で身体を震わせている事しか出来ない。

 

 神の能力者(ゴッドスキラー)の『神化』の際に見られる暴走現象、急激に膨れ上がった自身の干渉力が器の許容量を超過した結果発生する、余剰干渉力を外部へと放出する現象が世界へと牙を剥く。


 ――しかし、世界へと放出された莫大な干渉力。世界の法則をも塗り替えるに足る干渉力というエネルギーの嵐は、少女を中心として全方位へ放射状に撒き散らされるかのように見え、最終的に一つの地点へと収束しつつあった。

 

 各都市の代表として選出された対抗戦出場選手達。彼らがその意地と誇りを賭けて戦う神聖な石舞台リングを見下ろすような位置に設置された祭壇。

 そこに黄金に輝く全長五十センチ程の巨大な優勝杯が置かれている。

 今年の対抗戦開幕よりそこにあり、数々の名勝負を見守ってきたその優勝杯を中心に、まるで栓を抜かれた風呂の湯のような不可視の流れが出来つつあった。

 ブラックホールが如く佇む空の杯目掛け、天風楓より発生する莫大なエネルギーが流れ込み注ぎ込まれていく。

 憎悪と怨嗟と悲哀と嘆き、人の悪感情の悉くによって膨れ上がった干渉力という巨大なエネルギーがその杯にどぷどぷと注がれていく様は、一目に異様。美しい黄金の杯を、醜悪な感情で染め上げていく光景は、穢れを知らぬ処女へ世界の膿を押し付けていくように冒涜的で背徳的な行いだった。 


 異変の中心から力を巻き上げ、新たな中心へと成り代わらんとするような輝き――結論から言ってしまうと、それは単なる杯ではない。 

 そもそもそれはかつて人間だった少女を加工して製造された代物であった。

 人間を……それも神の能力者(ゴッドスキラー)を材料に造り上げられたソレは、『神器』と呼ばれる超常の力を宿した神々が用いる神秘の機器の一つであった。

 


 干渉力を貪り喰らうように周囲から掻き集め溜めこむ黄金の杯。




 その材料元となった少女の名を――被験体〇五〇〇二。『万食晩餐オールイーター』咀道満漢と言う。



☆ ☆ ☆ ☆



 シャルトルは困惑していた。


「なんなんですか、これは……」


 互いに本年をぶつけあった天風楓との私闘の後、流石のシャルトルと言えど一人の時間は必要だった。

 しばらくトイレの個室に籠り、流石に背神の騎士団(アンチゴッドナイト)の一員としての役目を果たさねばと楓が対抗戦に参加している事を告げねばとセピアに一報を入れ(セルリアは涙声なのを目ざとく見抜かれそうだし、スカーレはそもそもリアクションがうるさくてうざいのでこの人選はシャルトル的には残当)トイレから出た彼女がモニターに見たのは、何故か全力で殺し合う天風楓と東条勇麻の姿だった。


 何をやってるんですかあの馬鹿二人はぁ……!

 モニター越しにも伝わってくる両者の尋常じゃない殺気が、現在進行形で異常事態が発生している事を告げる。セピアに電話をかけ直しても繋がらない。ただ意味も目的もなく走り出すシャルトルは、このッ状況が自分が楓を止められなかったが故に発生したものだと理解してしまう。

 焦燥、混乱、怒り、恐怖、自責の念、罪悪感。吐き気を催す理解不能な感情の大波に呑み込まれ、心の出口を見失いそうになる最中、シャルトルはそれを見てしまう。


 観客席に繋がる道とは、全く色合いの異なる関係者以外立ち入り禁止の部屋スタッフルーム。中途半端に開いた扉の隙間から、覗いたソレは――


「――む、し……? これは、寄操令示の……ッ!!」



☆ ☆ ☆ ☆



 通路を急ぎ足で進みながら、クライム=ロットハートは怒りに肩を震わせていた。


「あり得ねえ……こんなの、あり得ねえじゃんよぉ……!」


 全てがクライムの予定通りに進んでいた中、突如として発生した決して見過ごせない異常エラーに、クライムは怒りを隠しもせずに独り言を零し続ける。


 今回、シーカーよりクライム=ロットハートに命じられた仕事は全部で二つ。

 『起爆剤』天風楓の覚醒。

 そしているだけ邪魔にしかならない『二代目』東条勇麻の抹殺。

 その全てを一挙に片づけ、尚且つクライム自身が最大限愉しめる脚本を、クライム=ロットハートは完璧に組み上げ実演していた。

 東条勇麻も天風楓もその他大勢の有象無象どもも、三大都市対抗戦のその全てがクライム=ロットハートの掌のうえで踊らされているだけの哀れで惨めな道化に過ぎない、そのハズだったのに……。


 実際、途中までは全てが完璧だった。『心傷与奪ラピナーレ・クオレゼロ』によって東条勇麻と天風楓に幻影を見せ特定の感情を植え付け心理状態をこちらに都合よく誘導、洗脳状態にして二人を対抗戦の舞台でぶつけ合わせた。

 クライムの目論見通りに両者は憎悪と殺意に溺れ、殺し合いに発展。東条勇麻を殺害した(・・・・・・・・・)天風楓は予定通りに規定の感情値をオーバー。東条勇火モデルケース同様に人為的な干渉による『神化』を確認した。

 何もかもがクライム=ロットハートの思惑通りに進み、眼前で繰り広げられるどこにでもありふれた陳腐でくだらない愛憎劇に抱腹絶倒の愉快な思いをしていた所で――異常イレギュラーが発生した。

 これは一体何だ? 

 慌てて東条勇火などという勘違いモブとの遊びを切り上げて、苛立たしげに通路を走るクライムは、等間隔で設置されているモニターの映像を見ながら目を血走らせ、苛立ちを隠しもせずに毒々しく舌打ちをする。


 こんな展開は予定にはなかった。想定内ではあるが故に、途中でレールは切り替え破綻する事こそなかったものの、これは大幅なロスだ。

 そもそも、どうしてよりにもよってヤツが辿り着いたのだ。

 驚異度で言えばスネークや『設定使い』達の方が圧倒的に高い。

 そもそも、ヤツはこの件に関しては真っ先に氷道真に潰されていなければおかしいのだ。わざわざ氷道真に北側を任せてクライムが単独行動しているのは、ヤツを釣り上げる為でもあったというのに。


「クソッ! こっちがわざわざお前の為に労力割いてやったってのによぉ、取るに足らない雑魚如きが俺チャンの予定を狂わせてんじゃねえォ! あー、イライラすんなほんとさッ」


 羽虫の分際でクライム=ロットハートの思惑から逃れようなどと、そんな小賢しい真似を許せる訳がなかった。

 自分の完璧な計画を狂わせお楽しみの邪魔をした目障りな羽虫を全力で叩き潰すべく、クライム=ロットハートは既に己の切り札を解き放っていた。


「……あぁ、今回のは久しぶりに本気で苛ついたっしょ。けどまあいいぜ。まだ許容の範囲内だ、いくらでも修正は効くじゃん。それに……キヒヒッ! 俺チャンの楽しみを邪魔しやがったお前にはとっておきをぶつけてやろうじゃんよォ! 惨めで無価値なテメェの生を呪いながら命乞いの果てに身も心も全部ぶち殺してやるっしょ……!」

 


☆ ☆ ☆ ☆



 眼前の仇敵を、幼馴染の命を奪った憎きクライム=ロットハートを滅ぼす為の致死の一撃が、互いの右の拳に宿る。

 自らの手で大切な者を手に掛けようとしているとは思いもよらぬまま、少年と少女は絶望という終幕ゴール目掛けて駆け抜けていく。


 猛スピードで距離を縮める両者は、たった二歩の内にその間合いをゼロにまで削る。


 そして、大切な人を想う二つの拳が愛する者の命を打ち砕く為に解き放たれて――



「「――クライム、ロットハートォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」」



「――、―――――――-!!!」



 そんな両者の叫びに、重なるような誰かの声が響いた気がして。



 ――ぐじゃり。 


 飛沫が舞い、肉を抉るような水っぽい音が、こだました。



 ひゅるひゅるり。


 その風切り音に気付いた時、勇麻の視界の片隅を(・・・・・・・・・)、宿主から乖離した肉塊がコマのように回転しながら血吹雪を上げて吹き飛んでいくのがやけにスローモーションに見えた。

 飛翔する肉塊。まるでシュレッダーに掛けたかのようなそれは、ズタズラに切り裂かれた人の腕だった。


 それが、誰の腕であるのかは一目瞭然であった。

 しかし、どうしてこんな事になったのか。今の今まで自分が何をしていたのか。一体何が起きればこんな事になってしまうのか、それだけが勇麻には分からない。


「なんで……」


 何もかも分からなくて、意味不明で。けれど、目の前の光景は紛れもない現実だったから。 

 その名を、思わず叫んでいた。


「……どうして、海音寺先輩っ。アンタ、腕が……っ!」


 東条勇麻の勇気の拳(ブレイヴハンド)による一撃と、天風楓の『蛇腹・連刹風牙拳ゲイル・ベローズ・フィスト』。

 互いに目の前の仇敵を殺害すべく振り抜かれた拳と拳の間に割り込み、それぞれを真横に突っ張るように伸ばした左右の掌で受け止めた海音寺流唯の姿が、そこにはあった。


「ぐ、があぅ……っ!」


 楓の一撃を受け止め肘の先から切り飛ばされた海音寺の右腕は、鮮血を撒き散らしながら風車のように回転し、ぼとりと重たい音を立てて地面に落ちる。

 海音寺は屈するように膝を突きつつ、落下した腕をすぐさま液体へと変化させ自身もまた肘までしかない右腕を液状化。液体になった腕を回収し再び肉体へと融合させる。

 そのまま身体に水流を纏わせたまま、片手で水流を操り勇麻の身体を攫って大きく跳躍。石舞台リングの端まで飛び退き、暴風の中心点である楓から距離を取った。

 

「くっ……流石に、効くな……!」

「海音寺先輩! 一体、何が。どうしてアンタが此処に……」

「どうして、は……こっちの台詞だ。一体、何をやっているんだっ、君達は……ッ!」


 未だ混乱が収まらない頭で尋ねると、海音寺は声を荒げた。その怒声の意味が、直前までの記憶が抜け落ちている勇麻には理解できなくて、


「何って……俺は、対抗戦で楓と……………………………………あ、れ……? そうだ。俺は、俺は、楓がクライムに殺されたと思って、だから俺は――」

 

 苦しげに表情を歪める海音寺に怒鳴り付けられ、勇麻はようやく自分が楓と殺し合いをしていた事実を思い出す。

 雪崩のように連鎖し怒涛の如く押し寄せる洗脳時の記憶に、憎悪と殺意に呑まれていたあの時の感情に、勇麻の顔から血の気が引いていく。

 呼吸がおかしくなる。吸い込んでも吸い込んでも苦しい。息が出来ない。胸の内で燻る感情が、勇麻の意識を無視してひとりでに口から流れ落ちた。


「――あぁ……ああ、俺、は。うあああ、……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」


 ひとりでに涙が溢れ、頭を抱えた少年の喉奥から壊れた絶叫が迸った。

 力無くその場に膝から崩れ落ち、動揺に瞳が頼りなく震え、激しい頭痛と吐き気に襲われる勇麻の背を海音寺がやや強引に撫でつける。


「……すまない、分かり切った事を掘り返すべきじゃなかった。大丈夫、僕が来た。だから落ち着いて、深く息を吸い込むんだ。そう、ゆっくりでいい。大丈夫、大体の事情は分かっているつもりだ。アレが君達の意思じゃない事くらい、ちゃんと分かってるから。だから落ち着いて。……くそ、スネークは一体何をしている。東条君と楓ちゃんを殺し合わせる。いかにもクライム=ロットハートが好みそうな展開じゃないか……ッ!」

「……俺。海音寺、先輩……俺は、楓を。守りたかったのに、確かに守りたかったハズなのに! でも、そんな感情すら、ただの俺の独りよがりな偽物で。それなのに、こんな俺なんかを守りたいって、そう言ってくれたこの子を、俺は、この子は憧れだって、言ってくれたのに。なのに、俺は確かにいまさっきまで本気で殺そうとして……ッ! ああ……楓ッ、楓はァ……!!?」

「もういい、これ以上思い出そうとしちゃダメだ。東条君、自分を責めるな。これは君の責任じゃない。この事態を想定できなかった背神の騎士団(アンチゴッドナイト)に問題がある。大丈夫。楓ちゃんは無事だ。まだ洗脳は残っているが、怪我はない。……東条君? おい、しっかりしないか! 気を強く持て! 絶望しちゃダメだ。それに、まだ何もかも終わった訳じゃない。そうだろ!?」


 凍える子犬のように身体を震わせ、死人のように青ざめた顔で呆然と自責の言葉を吐き出し続ける勇麻の肩を海音寺が力強く掴んだ。

 凄まじい力で揺すり引き寄せ、強い意志を覗かせる瞳が勇麻の目を至近距離で真っ正面から見据える。勇麻が目を逸らす事を海音寺は決して許そうとしない。


「あの男が……クライム=ロットハートが本格的に動いていた以上、本来なら君はここで楓ちゃんに殺されていた筈なんだ。それが回避できただけ、幸いだと考えるべきだ。いいかい、此処からならまだ挽回出来る。楓ちゃんだって救う事が出来るッ。それなのに、君が弱気になっていてどうするんだ! そんなんじゃ、救えるモノも救えない。君は、たかが一度の失敗に挫けて君を信じてくれた女の子の信頼を裏切るつもりか!?」


 ……一度の失敗なんかじゃない。

 信頼なんて、最初から裏切っていた。

 そもそも、東条勇麻などという人間がこんな事になるまで英雄の真似事を続けていた事、それ自体が全て失敗で間違いだったと言うのに。これ以上、間違いを重ねてどうすると言うのだ。

 どうせ何も出来ないに決まっている。東条勇麻が救えるのは、醜い自身の心だけ。

 東条勇麻は誰も救えない。この醜いエゴの塊のしてきた事は、ただ単に自分の心を満たし、己の罪に苦しみ喘ぐ自己を肯定する為の自慰行為でしかなかったのだから。

 ……この拳で誰かを助けるなんて、出来る訳がない。

 

「俺には、……無理です。海音寺先輩、お願いします。どうか楓を――」


 ――助けてやってください。そう続けようとした勇麻に、


「ふざけるな……!!」


 鼓膜を震わすような絶叫と共に全力で振り抜かれた海音寺の拳が、その頬に深々と突き刺さった。

 勇麻の身体が、ゴム毬のように跳ね転がる。


「あの男は……南雲龍也は君を希望だと言っていたよ。僕は、あいつから君らの関係をちゃんと聞いた事はなかったけど、それでも分かる。龍也は君の事を、心の底から信じ、愛していた。それだけは確かだ。東条勇麻。君は、南雲龍也から託された思いを殺すつもりか?」

「俺、は――」


 ――そんな、誰かから信じて貰えるような価値のある人間じゃない。

 そう言って、否定したかった。

 だけど、出来ない。喉元まで出かかった言葉は、そこから先に飛び出す事を拒んでいるみたいに。

 南雲龍也の想いを否定する事だけは、出来ない。

 ……龍也が勇麻の事を信じていてくれた事を、他の誰でも無い、東条勇麻が誰よりもその身で知っていたから。

 

「迷いながらでもいい、立ち止まる事だってきっとある。負けて、間違って、失敗したって構わない。でも、諦めたらそれまでなんだ。これまでの歩みを、君が信じたもの全てを無意味だと断じて否定してしまったら、もう二度と前には進めなくなる。本当の意味で何もかも終わってしまう。こんな事、僕なんかに言われずとも君は分かっている筈だ。あのロジャー=ロイに啖呵を切った君なら……!」

「……っ!」

「たかが一度の失敗で諦めるな、確かに君はそう言った。でも、本当に君がそれを成し遂げたいと思うのなら、例え何度失敗しようと諦めちゃダメなんだ。……いつか、自分の選択を、生き方を後悔する時が来るかもしれない。でも、自分を許せなくなるような生き方だけはしていちゃダメなんだ。東条君、もう一度聞くよ。今からなら挽回できる。君の手で救う事が出来るかもしれない天風楓を、大切な幼馴染を、君を信じる全ての想いと共にここで見殺しにするのかい? それが君の正義なのかい?」


 正義。

 東条勇麻の、正義。この拳で貫くべき、信念。

 それが何であるのか、何が正しくて何が間違っていて、どんな答えを返すべきなのか、勇麻にはもう分からない。

 これまでの自分がしてきた事も、信じてきたモノも、今は全てがめちゃくちゃで、信じるべき芯が根本から抜け落ちてしまっている今の勇麻に、誰かを救うなんて出来る訳がなくて。


「俺に……正義なんか、だって、俺は……ダメだって分かってたのに、それが間違いだって、知っていたハズなのに、憎悪に流されて……。海音寺先輩、俺は逃げたんですよ。寄操令示の時と同じだ。俺は、自分の弱さに人を憎む人の心に勝てなかったッ。安易な殺意と憎悪に身を任せて……人を殺そうとして…………楓を、傷つけたッ! もう、俺に正義を掲げる事なんて……あの子を、救う事なんて――」

「――君は、間違ってないと思うよ」

「……え」

「人を憎む気持ちも、誰かを殺したいと思う事も、何もおかしな事じゃない。君がクライム=ロットハートを憎み、殺意を募らせたのは、君がそれだけ楓ちゃんを大切に思っているからだ。だったら、その想いは決して否定することはできない君の一部だよ」

「けど、……でも……ッ!! 人を、殺す事は、例え相手がどれだけの悪党でも、それは……罪で。少しも歩み寄る事もせず、何もかも諦めて楽な方に流されてるだけで、だから、だから俺は…………」

「ああ、そうだね。それはきっと、正しくはない。でも、人間は正し過ぎちゃダメなんだよ。東条君、大切なのは憎悪や殺意を自分の意志で律して御する事だ。君が心に抱いた感情に罪はない。いつだって、罪を犯すのは人間の行いなんだから。だから、自分の大切なモノを言い訳にして、その感情から逃げちゃダメだ。天風楓を大切だと思う自分の気持ちから、目を背けてはならないんだよ……!」


 けれど。


「まだ足りないって言うのなら。最後に一つ、先輩の僕が君に発破を掛けてやる――天風楓が泣く事を、これ以上君は許容できるのかい!?」


 これだけは言い切れる。


「俺」


 東条勇麻は天風楓に傷ついて欲しくない。泣かないで、笑っていて欲しい。


 彼女の味方であり続けたい。


「俺は……」


 その願いは、幼馴染の少女を大切だと思う心だけは、決して偽物ではない。

 それだけは、今、胸を張って断言する事が出来る。



 ……ああ、そうだ。結局、東条勇麻という愚か者は、その少女の涙を見て見ぬフリをする事など出来る訳がなかったのだ。



 例え、この想いの――この願いの始まりが、どうしようもなく醜い自己愛だったとしても。

 罪の意識に押しつぶされた自分を満たし、癒す為、誰かの笑顔が必要だったから誰かを救い続けたのだとしても。


「俺は……ッ!!」


 ボロボロの心でも、ボロボロの身体でも、例え英雄ヒーローになんかなれなくても。天風楓を、大切な幼馴染の少女を笑顔にしたかった。

 泣いている少女を、東条勇麻は助けてあげたかったのだ。


「…………………………海音寺先輩、」

「なんだい。まだ殴られたりないかい?」

「……助けてください。楓を助ける為に、俺に力を、貸してくれ……!!」

「……うん、悪くない答えだ。いや、龍也みたいに一人で勝手に突っ走らない分、僕としては最高の解だ……!」


 満足げな笑みと共に差し伸べられた手を、今度はしっかりと掴んだ。

 海音寺に力強く引っ張られ、東条勇麻は再び対抗戦の神聖な石舞台リングのうえに立つ。


 眼前、滂沱と涙を流しながら神威に満ちた風を撒き散らす愛しい幼馴染の少女の無惨な姿に、右の拳が赤熱する。

 弱体化していた四肢に力が漲る。

 折れ掛けていた心が、熱く燃える。


 回転率が、あがる。


 勇気の拳(ブレイヴハンド)が、一人の少女に襲いかかる不条理と理不尽を前に怒りの咆哮を復活の狼煙が如く掲げる。


 自分のしてきたエゴに満ちた行い。

 独善的な救い。 

 人の想いを踏みにじる自己満足。

 東条勇麻が変えてしまったモノ。背負うべき咎や、責任。

 そんな間違いを積み重ね恥を上塗りしてここまでやってきた全ての事。

 それらにどんな意味があって、価値があるのか。東条勇麻の正義は。拳を握る理由、大切なモノは、愚かな東条勇麻の行いは間違いでなかったのかどうか。

 手を掴んだ人達が、本当の意味で救われていたのか。

 それはまだ、よく分からないけれど。  

 

「……行きましょう、海音寺先輩。楓の涙は、もう……見たくない……!!」

「それが、君の正義かい……?」


 ニヤリと、試すような笑みを差し向ける海音寺に目をやる事なく。真っ正面の楓を見据えたまま、




 今だけは。今、この瞬間だけは……ッッ!










「――いいや、これは俺の正義ワガママだ……ッ!!」










 正しさなど糞喰らえと、吐き捨てるように断言する事が出来た。



 己の清算すべき罪、これまでの行い、その責任も失敗も間違いも敗北も。己の正義も信念も。

 その全てを棚上げに、東条勇麻はもう一度、自分の為だけに独善的な拳を振るう。


 「助けて」の声も出せずに一人泣いている少女を、彼女の心の雨(ナミダ)を止める為に。


 東条勇麻はもう一度、勇気の拳(ブレイヴハンド)を握りしめた。

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