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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 急 ???????
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第六十話 踏みにじられた想い/悪意の嘲笑Ⅰ――抱腹絶倒の喜劇《ぜつぼう》の幕開け:count 1

「一人で傷ついて全部背負って自分を犠牲に誰かを救うのが当たり前だなんて思っちゃ、嫌だよ……」


 それは少女から少年へのおよそ十二年ごしの宣戦布告となるハズだった。


「でもね、それでも勇麻くんはきっと、傷つく人を放っておけない人なんだってわたしは知ってる。そんな勇麻くんだったから、きっと――わたしはアナタを好きになったんだと思う。だから――」


 今はまだ強くはないけれど。相変わらず弱虫で自分の力だって取り戻せていないけれど。

 それでも、絶対にその隣に立つんだという強い決意を少女は見せる。

 戦う覚悟と、強くあろうとする決意。誰かの為に自分を傷つけ続ける少年を今度は自分が守るのだという宣戦布告。憧れを憧れで終わらせはしないと、声高らかに想いの丈を少女は叫ぶ。


「――勇麻くんのことはわたしがずっと守るよ。だから――勇麻くんは皆を守ってあげて?」


 ちょこんと首を傾げて微笑み、諭すように告げた少女の温かな言葉に、勇麻はただ茫然と見開いた瞳を震わせて――









「――ホンッットそれなー! ……確かに勇麻チャンってば色々と危なっかしいから誰かが守ってやらないとだよなー。うんうん、分かる分かるぅ。でもでもー、残ッ、念ッ、ショーッ!! 楓チャンてばちょっっっとばかし遅くね? 今更守るとか言われてもぉーなんつーか手遅れなんだけど的なッ!?」









 ――絶望を養分に膨れ上がる最悪の悪意が、少女の想いを踏みにじって開花した。



「………………アナタ、は。……誰、ですか……っ?」
















 『神ナリシ模倣者ト神門審判』 



 

 第六章 序 三大都市対戦編・上 第一話 新たなる舞台、新たなる幕開け:count error



 

 第六章 破 三大都市対抗戦・下 第二十九話 四日目、ひと時の休息Ⅰ――朝風呂と嵐のような一家団欒:count 4




 第六章 急 ??????? 第六十話 踏みにじられた想い/悪意の嘲笑Ⅰ――抱腹絶倒の喜劇ぜつぼうの幕開け:count 1











☆ ☆ ☆ ☆



 ――絶句。


 まさに、その言葉がぴたりと当て嵌まるような、そんな状況だった。


 いつの間にか、最愛の少年の姿はどこにも見えなくなっている。楓の告白せんせんふこくに答えを返したのは全く見知らぬ軽薄そうな金髪の男だった。

 あまりに不吉な目の前の光景に顔面蒼白になり混乱と途惑いに思考が真っ白に塗りつぶされる楓。

 震える声でどうにか漏らした質問に、先ほどまで勇麻が立っていた場所に立つその男は鎖をじゃらじゃらと鳴らしながらオーバーなリアクションで答える。

 

「楓チャンてばひっでー! 俺チャン、『狂気の雷雨事件』の時に楓チャンとも会った事あるんだぜぇ? あ、それともあれだ! 俺チャンのあまりのカッコよさに、照れちゃってるとか?」


 対峙した相手に本能的に嫌悪感を抱かせるような、顔中をピアスで蹂躙し首からぶら下げたチェーンやネックレスで不協和音を奏でる金髪の不健康そうな男だった。

 『創世会』シーカー直属の幹部『三本腕』が一本、クライム=ロットハートが軽薄な笑みを湛えて楓の眼前に立っていた。





 唖然とした。

 制御不能だった涙すら引っ込んでいた。

 たった今目の前で起こった出来事を、東条勇麻の頭が理解する事を拒んでいる。


「――あー、ほんっとそれねッ! いやぁー全くもってその通りっしょ、つか何だよ自分でちゃんと分かってんじゃんかよ~そうだよなぁそうなんだよなぁ! だぁぁあああああああああああああああああああれも救えない勇麻チャンには、やっぱその惨めで情けねえ絶望顔がお似合いっしょッッ!?」


 セナ=アーカルファルの……否。天風楓の姿が、気付けば歪んでいた。

 少女らしいボディラインを描く黒いライダースーツに身を纏った心優しき幼馴染の姿はどこにもなく、まるでボタン一つで入れ替わるように唐突に現れたその人物はただその場に存在するだけで否応なしに人の精神を逆なでし、意図的な悪意ある言動で拭い去れない嫌悪感を周囲に植え付けて行く。


「キヒャハハハハッハハハハハハハハハ!! 何だよそのぶっっっさいくな面ッ! やっぱおっもしれえじゃんよぉ勇麻チャンはよォォオオオオオ!! 驚き過ぎて言葉が出ないってカンジっしょ!? でもでも自分で言ってたじゃん? 俺はお前に尊敬されるような男じゃない、って。ま、ぶっちゃけその通りっしょ。勇麻チャンに楓チャンは守れやしねえよ、なぁにせ救えなかった事にすら未だに気づかない無能っぷりだものなぁああああああああああああああ!?」


 嗜虐に満ちたニヤケ顔で勇麻を見下ろす男が誰であるか、見間違えるはずがなかった。

 勇麻の弟である東条勇火を焚きつけ『雷雨の狂気』事件の発端を生み出した『創世会』幹部、シーカー直属の『三本腕』が一本クライム=ロットハート。

 人類の悪意を煮詰めたような最低最悪の男が、つい先ほどまで楓が居たハズの場所に立って東条勇麻を睥睨している。


「……楓を、どこにやった……? 何でお前がここにいるんだ、クライム=ロットハートッ!!」


 どうにかそれだけ絞り出した勇麻の声は、酷く震えていた。

 深い絶望と激しい怒りが同居する、不思議な感覚だった。

 この身に根付く醜悪なエゴに対する絶望や失望、罪悪感も恐怖も迷いも悔恨も羞恥も無力感も虚無感も寂しさも独占欲も承認欲求も何もかも。楓の言葉で気づかされ自覚したこの胸で渦巻くドス黒い感情の全てが、赤黒く燃え盛る別のナニカに塗り潰されていくのを感じる。

 それと同時に抜身の刃が腹の底に突き立てられたような、致命的な絶望感も喉に刺さった小骨のように、勇麻の心に無視できない波紋を立てている。

 まるで楓の危機(救済のチャンス)に対して血が滾っているかのような自らの反応に激しい嫌悪を覚えながら、それでも勇麻はその感情を燃やす事を止めようとは思わなかった。


「どこにやったか? はてさて、勇麻チャンもおかしな事を聞くじゃんよ。どこに行くも何も、最初っから楓チャン此処に来てないっしょ?」


 とぼけるように首を傾げ、肩を竦めるクライム=ロットハート。こちらの質問にまともに答えようとしない要領を得ない言葉と相手を小馬鹿にしたような態度に勇麻の怒りが限界値を越えた。


「いい加減にしろよ。さっきから、何を、言ってやがるッ! テメェは――」

「だーかーらー、いい加減分かってくれよ状況ってヤツをさァ!」


 勇麻の怒鳴り声に被せるような大声でクライム=ロットハートが叫び、勇麻の言葉を遮る。

 そして、その怒りを嘲笑うかのように、


「勇麻チャンてば実は馬鹿っしょ? はい、じゃあなぁあああんにも分かってないお馬鹿チャンがうっさいので全部ネタばらししまーす。俺チャンことクライム=ロットハートはー、勇麻チャンが気付かない内に楓チャンをぶち殺してぇ~、神の力(ゴッドスキル)を使ってずっと天風楓チャンと入れ替わってましたぁ!!! なあなあ、お望み通り、なぁああああああああああああああああああああああああああんも救えないクズでノロマな偽物ヒーロー東条勇麻チャン爆誕な訳だけど……ねえ、今どんな気分?」


 ネタばらしと称して告げられたクライムの悪意ある言葉が、呪いのように勇麻の心にじんわりと広がっていく。



☆ ☆ ☆ ☆



「……なあ、なんか東条勇麻の様子おかしくないか?」


 二人の動きが止まってしばらくした頃、客席でアリシアたちの護衛をしつつ東条勇麻の応援をするスカーレは遠慮がちに隣に座る姉妹に向けてそう零した。


「あらあら、ホントね~。何だか相手のセナ=アーカルファルって鎧の子と話しこんでいるみたいだけれど……何かヒートアップしてるみたいね~? 何を話しているかは流石に分からないけど……痴情のもつれかしら? ……はぁ、気になるわぁ~東条勇麻の浮気を知ったらシャルトルちゃんたらどんな面白い反応するのかしら~」

「いや、どこ気にしてんだよセルリア姉。そもそもシャルトルと東条勇麻はべつに付き合ってないだろ……」

「そうね~。でもそういう事にしておいた方が楽しいじゃない?」

「……あ、うん。何て言うか、セルリア姉らしいな」

「勿論スカーレちゃんと~、泉修斗もね~」

「ぶばっ!!? なんなななっ、なんでそこでアタシとアイツの名前が出てくんだよ!? 関係ないだろォ!!?」


 実際、セルリアの反応のせいでいまいちシリアスに乗りきれないスカーレではあったが、どこか二人の様子に異変を感じていたのは彼女だけではない。

 アリシアは心配そうな表情で試合を見つめながら、隣に座る東条佳奈美の裾を縋るように握りしめ。アリシアを安心させようとその手を握る東条佳奈美も、息子の様子にどこか不審げに眉根を寄せている。東条勇助は構えていたカメラを下ろし、何か険しい表情だ。

 試合を見守っていた観客達も、二人の様子にどこか異変を感じ始めている。

 途中、いきなり戦いを辞めて会話が始まった時はあまりにも長く続く二人のやり取りに野次や煽るような口笛ブーイングなどが起こったりもした。しかし、突然両者が殺気立ちその身に纏う雰囲気が一変してからは、ブーイングはざわめきへ変わった。

 時限爆弾を仕掛けられた火薬庫のような危うさを本能的に感じ取った人々は眉を潜め、スタジアムにはざわめきが波及しつつあった。


『いつまで話してんのこいつら』

『てか、東条勇麻の方めっちゃキレてね?』

『いきなり戦闘が止まったと思ったら場内が異様な空気にw』

『なになに、なんかトラブル?』

『顔分かんないけど、セナ=アーカルファルの方もなんか雰囲気変わったな』

『ちょ、え、よく分からないんだけど、大丈夫なのこれ……?』


 がやがやと、不特定多数の声が重なる。どこか不安を滲ませるようなその喧騒は、あまり心地のいいものではない。おそらくはSNS上でも似たようなやり取りがなされているのだろう。


「……おかしいと言えばシャルトルの奴もいつまで経っても戻って来ねえし、一体何がどうなってるんだぁ?」


 不意打ちでセルリアにからかわれ変に乾いた喉を潤そうとペットボトルを手に取りながら、何となく一人ごちる。

 モヤモヤとするハッキリしない展開が嫌いなスカーレは、どこか腑に落ちないと言いたげな苦い顔をしながらペットボトルの飲み口に口を付け一気に中身を流しこもうとする。と、セルリアとは反対側に座るセピアが唐突にスカーレの袖を引っ張った。


「ぶっ!!? ば、ばかお前っ……何しやがんだセピア! 思いっきし零しちまったじゃねえか! あーもう、カルピスで服がべとべと……」

「んな! な!」


 そんな事はどうでもいいからとばかりにセピアがぐいぐいとスカーレの袖を引く。ちゃっかりカルピス塗れのべとべと部分に触れないように袖の端を摘まむようにしてるあたりがセピアらしいが、今更過ぎて腹も立たない。

 どうやら誰かと通話をしていたらしく、セピアの手にはスマホが。握りしめたスマホの液晶画面を注視してみるとそこには『シャルトル』の文字が。スカーレは溜め息を一つついて、


「なんだよ、そんな急ぎの用なのか? で、シャルトルの馬鹿は何て?」


 スネークからの指示は特にないので、別段任務関係ではないだろうが、セピアがこれだけ慌てるというのも珍しい。とはいえシャルトルからの用件となるとあんまし気が進まないなー、などと面倒くさげな様子を隠しもせずにいると、


「――はぁ!? 天風がセナ=アーカルファルのフリして試合に出てるだあ!? んだよソレ、マジで言ってんのか!?」

「んな。んーな」


 セピアの言葉に目を剥いて舞台リング上のセナ=アーカルファルを凝視するスカーレ。

 激しく頷くセピアが伝言ゲーム的にシャルトルの言葉を歪めて伝え自分をからかっているのではないかと疑いかけたが、勢いよく客席に駆けこんで来た少女の言葉が、それ以上の異常事態が進行している事を告げた。


「あ、セルリアおねーちゃんにセピアおねーちゃんも! ねえ、大変。大変なの! 天風楓おねーさんも勇麻おにーちゃんも急におかしくなっちゃったよ!」

「ちょ、スピカ、落ち着けって。あいつらの様子がおかしいのはアタシらにも分かるけどよ、それじゃ何も分からねえって。お前が慌ててるって事は何か聞いたんだろ? 具体的に何が大変なんだ?」


 トイレに行くと言って席を外していたスピカの動転振りから大まかな事情を察したスカーレ。

 慌てすぎて肝心の中身が何も伝わってこないスピカに苦言を呈すと、素直な褐色盲目少女はハッとした様子で口元に手を当て、心を落ち着けるように一度深呼吸をした。


「そうなの、スカーレちゃん。あのね、スピカね、二人の様子がおかしかったから、あんまやっちゃダメって分かってたけど、どうしても気になって二人の話してる事聞いちゃって……そしたら、やっぱり変なの。二人とも、まるで別の誰かとケンカしてるみたいで。――クライム=ロットハートって……、『創世会』の悪い人の名前……だよね?」



☆ ☆ ☆ ☆



 そもそもの大前提が、粉微塵に粉砕される。

 自分の立っている足場がぐにゃりと歪み、身体中から全ての力が抜け落ちて行くような、嫌な脱力感だった。


「最初から……入れ替わって、いた……? 嘘。そんなの、嘘……」

「え~~~、じゃあさぁ、楓チャンは今の俺チャンが東条勇麻にでも見えるのでも言うの? んなワケねえよなぁ!? それだってのに今の今まで俺チャンの事を愛しの勇麻チャンだと思って愛の告白までしちまってんじゃん? ここんトコ一体どうやって説明してくれちゃうワケ? 俺チャンと勇麻チャン間違えるとか、どう考えてもおかしいっしょ?」


 クライムの言葉を決して認めないと嫌々と首を振る楓に、しかしクライム=ロットハートは楽しそうにその矛盾点を指摘する。そこに容赦などという生易しいものはなく、楓の心を壊す事しか考えていない。


 出来の悪い生徒に教えを垂れるように、懇切丁寧に現状を説明するクライム。

 楓の反応を愉しむようなニヤニヤとした三日月型の嫌らしい笑みを浮かべながら、楓の心をいたぶるべく嬉々として悪意ある言葉を重ねていく。まるで、傷口から少しずつ毒液を流し込んでじわじわと苦しめて殺していくかのように。


「事実として俺チャンと勇麻チャンは入れ替わっていて、楓チャンは俺チャンにタネ明かしされるまでその事に気付かなかった。……ほら、分れよ納得しろよ理解しろ受け入れろ聞き分けのない女は嫌われるっしょ。馬鹿なお前はとっくに死んだ男の幻影の為に必死こいてケツ振って努力して、対抗戦の公衆の面前でこっ恥ずかしい茶番あいのこくはくまでしてたんだ……ってさぁ?」


 そんな絶望を喚起するようなクライム=ロットハートの言葉に――


 

 ――思わず、乾いた笑いが漏れた。

 

「楓を殺した? はは、……あり得ねえ」


 だってそうだろ、馬鹿馬鹿しい。人の精神に干渉するしか能がない日陰者の卑怯者に、あのスネークを突破できる訳がない。

 自身の声の震えを棚に上げて、そんな事はあり得ないと吐き捨てる。本人は否定するであろう傍から見れば必死なその反応こそが、心のどこかでクライム=ロットハートの言葉を恐れている事の証明である事にも気が付かぬままに。


「楓には、スネーク達が付いてる。お前如きが、スネーク達の守りを潜り抜けるなんて不可能だ。傷つけるのは愚か、指一本触れられる訳が――」

「はぁ? 碌に楓チャンの傍にもいなかったヤツが何言っちゃってんの?」

「……っ」


 その一言に、何も言い返せない自分がいた。


「いい加減目の前の現実チャン見ようぜ勇麻チャン。こうしてまんまと出し抜かれておいてどこまでおめでたい頭してんだ? いやぁ、笑うわホント」


 クライムは悪意に満ちた笑みを浮かべながら、心の底から楽しそうに言葉を重ねて行く。少しずつ、じわじわと馬鹿で愚かな東条勇麻でも自身の愚かさが理解できるように。


「そもそもじゃんよぉ、楓チャンは一体どこの誰チャンに助けを求めたんだ? 背神の騎士団(アンチゴッドナイト)チャンにか? それともスネークちゃん? 設定使いチャン? 違うだろ、そうじゃない。天風楓は東条勇麻に助けを求めたはずっしょ。彼女が信じたのは最強の特異体でも神の子供達(ゴッドチルドレン)でもない。幼馴染にて憧憬の英雄ヒーロー、東条勇麻だ。だってのによぉ、何だって大切な女を他人に任せて満足してんのさ勇麻チャンてば。俺チャンから言わせて貰えば、その時点で意味ワカンネ―けどなぁ。実際」


 ……ああ、確かにそうだ。言われてみればその通りだ。天風楓はスネークではなく東条勇麻に助けを求めていた。

 それなのに、どうして自分は、楓をスネークに任せてのうのうと対抗戦などに興じていたのだ?

 心に深いトラウマを負って、血の滲むような努力の果てにやっと獲得した力を失って、対抗戦への出場を強制され、『創世会』にその身を狙われた。

 怖かったハズだ哀しかったハズだ絶望したハズだ不安だったハズだ泣きたかったハズだ。

 どうして彼女の隣にもっと居てやらなかった? 彼女の支えになってやらなかった?


 一度考え始めてしまえばきりがない。自らの思考によって自らを否定される。墓穴を掘った先でも墓穴を掘るような、最悪の負の連鎖が何処までも続き、自らの感情に囚われて自縄自縛へと陥っていく。

 まるで、良くない何かに心の動きを誘導されているかのように――、


 どこか既視感のある感覚、しかし記憶に靄が掛かったようにその正体が掴めない。そして一瞬抱いたその違和感さえも、爆発的に膨張する負の感情に呑みこまれ、見えなくなってしまう。

 自分を、自分の感情さえも見失っていく。

 

「結局そういうとこじゃん? ヒーローもどき。お前は楓チャンの信頼を裏切ったんだ。助けを求めるヒロインの元へ駆けつける事も出来ない程に、お前が英雄ヒーローの紛い物だったから、弱かったから。だから天風楓を助ける事が出来なかったんじゃねえの? なあ、そこんとこどうなのさ?」


 ……仮に、だ。もし本当に、東条勇麻の怠慢が、弱さが、紛い物である事が原因で楓を失うような事があれば。

 東条勇麻は――




 ――それでも、否定した。

 誰よりも信じる事の出来る幼馴染の少年の強さを、天風楓は信じているから。

 だから、勇麻が、正義が、クライム=ロットハートなどという邪悪に屈する事などあるハズがないと、堂々と胸を張り断言した。


「……勇麻くんは、アナタなんかに負けない……ッ! アナタみたいな人にッ、負ける訳がないッッ!!」

「だからさー、楓チャンとかのそういう期待が勇麻チャンを押し潰したんじゃないの?」 

「――ッ!?」


 たった一言だった。ただそれだけで、楓は返すべき言葉を失った。勇麻を信じる自分の心が折れた。

 あまりにもあっけなく。それこそ自分でも信じられないくらい簡単に。


「そんなにヒーロー性求められても重いだけっしょ。つうかアレ、別にそんな強くもなかったぜ? 俺チャンがメンタルちょちょっと揺さぶってやったら勇気の拳(ブレイヴハンド)とかあっという間に崩れてさぁー、いやー見ものだったぜ? アリシアだけは助けてくれ~って。泣きわめいて惚れた女の命乞い始めてよぉ。マジ、超ウケるっしょアイツ」


 クライム=ロットハートの口から紡がれる言葉は、その一つ一つが呪いの弾丸だ。楓の心に穴を穿ち、癒えない傷を刻み込む。生じた風穴から温かなものが全て流れ落ち、胸の中が空っぽになって萎れていくような恐怖に楓の心が泣き叫ぶ。

 ……楓の憧れが、期待が、信頼が、東条勇麻の枷にならなかったとどうして断言できようか。

 楓の笑顔に自己犠牲の救いを肯定されたからではない。

 東条勇麻が己を顧みずに誰かを助け続ける英雄ヒーローであり続けたのは、ただ、天風楓の弱い在り方が、東条勇麻にそうあり続ける事を言外に求め続けたからではないのか。


 まるで見えないナニカに誘導されていくように、どんどんと絶望の深淵に向かって進む自分の心を、しかし天風楓は止められなかった。


「あ、そいえば楓チャンの事は特に言ってなかったなぁ。キハ! キヒャハハハッハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハ!! ざんねーん楓チャンてば死んだ糞雑魚男に振られちまってやんのォー!」


 お前に英雄である事を強制されたから、東条勇麻は死んだのだ。

 クライム=ロットハートは万雷の侮蔑を込め天風楓を蔑み、腹を抱えて高らかに――

 



 ――嗤う。嗤う。嗤う。

 クライム=ロットハートの哄笑だけが世界に響き渡る。周囲の観客の歓声も、鳴り響く太鼓の音も、何も聞こえない。そんな歪な世界。しかしその歪さに意識が向かう前に、深い絶望が心を侵食していく。

 闇に呑み込まれ視界が閉ざされる。それでも認めない、抗おうともがく勇麻の心にトドメを刺すようにクライムの呪いが広がっていく。


「なぁ、勇気の拳(ブレイヴハンド)。認めようぜ? な? 天風楓は死んだんだよ。何故って? そんなの簡単じゃん。お前が弱かったからっしょ。お前が本物の英雄ヒーローだったなら。中途半端な紛い物じゃなかったら、お前の大事な幼馴染は俺チャンみたいなクズに殺される事もなかったんじゃねえの? だってそうだろ、不可能を乗り越えて絶体絶命を救うのが英雄ヒーローってヤツじゃん」


 突きつけられた絶望を、否定しなければならない。

 そうしなければならないのに、世界が遠のいていくような不思議な感覚に襲われる。音も、光も、匂いも、足場も、風の感触も、何もかもが遠く遠く東条勇麻という存在が現実から乖離していく。目の前が真っ暗に染めあげられていく。

 クライム=ロットハートの言葉を嘘だと一蹴できない自分がいる。楓が死んでしまったという現実が勇麻の心を冷たく蝕み始める。

 人を憎み、分かり合おうとする事を放棄し憎悪のままに殺意を解放する、己の罪を正当化する憎悪の殺人は単なる逃避であり人の心に巣くうの弱さへの敗北であると勇麻は知っている筈なのに、寄操令示を死なせる選択をした事を確かに後悔した筈なのに……

 

「……黙れ」


 楓が、死ぬ訳がない。そんな事、絶対にあってはならない。ありえない。認めない。そんな結末、認めていいワケがない。東条勇麻はそれだけは認めてはならないのだ。

 自分に言い聞かせるように頭の中で何度も何度もそう繰り返す。

 ……そんな勇麻の言葉を遮るように呪いを囁く目の前の男が、邪魔だ。心の底からそう思った。


 クライム=ロットハート。思えばこの男はいつだって自ら悲劇のタネを撒いては人の感情を弄んできた。遊び半分で幼いレインハート=カルヴァートの感情を奪い、イルミからナルミを奪い、東条勇火の劣等感を煽り、沢山の笑顔を奪ってきた。きっと、勇麻の知らないような悲劇だって沢山あったハズだ。

 諸悪の根源であり、反省も改心もしない真性の邪悪。

 この悪辣な悪党こそ東条勇麻が憎むべき敵以外の何者でもないだろう。


 急速に膨れ上がりつつあるとある感情に呼応し上昇する勇気の拳(ブレイヴハンド)の回転率が、東条勇麻を一歩。境界線の向こう側へと進ませる。

 それを拒むものは、どこにもなくて――




 ――諦観が、絶望が、憎悪が、殺意が、空になった心の隙間を埋めるように満ちて行く。


「お前のせいだ。お前が全部悪いんだ。お前の弱さが東条勇麻を殺したも同然っしょ。その弱さは罪だ。咎だ。過ちだ。天風楓。お前は許されざる邪悪じゃんよ。だって、ヒーローなんて求めたから、お前が誰より弱かったから、東条勇麻は死んだんだぜ?」


 指先が冷たい。唇が冷たい。頬が冷たい。両足が冷たい。つま先が冷たい。お腹が冷たい。心臓が、心が、頭が、瞳が、体温という体温が奪われ、すぅっと熱を失っていくような感覚。けれど、どうしようもなく燃え上がるものが胸に一つあった。

 それは、炎。

 目の前の存在を絶対に許さないという不倶戴天に燃ゆる焔が、楓の心を冷血な炎で包み込む。


 ――東条勇麻が死んでしまったというのならば、こんな世界生きている意味なんてない。生きている意味がないのならば、この力で全て滅ぼしてしまえばいいんだ。


 平時の天風楓ならば絶対に考えないような、そんな破滅的な考えが楓の頭を呪いのように何度も何度も繰り返し繰り返し過る。


「うるさい……」


 違う。そんなハズはない。自分が彼を信じないでどうする。彼に憧れ、彼のように誰かを助けて笑顔にできるようなそんな優しいだけじゃない強い天風楓になると誓ったのだ。だから、信じる。例え誰に何と言われようとも、天風楓が東条勇麻を信じなければ全て嘘ではないか。

 でも、そんな楓の無邪気で無責任な想いが、本当に勇麻を苦しませているとしたら……


 唐突に吹き始めた木枯らし(・・・・)が、少女の優しいブラウンの髪を激しく揺らし始めた――










 どこから虚構でどこまでが真実なのか。嘘と真。夢と現。幻影と現実。虚像と実像。その境目を意図的に歪め、意識的にあやふやにしてやるだけで、人間という生き物はいとも簡単に騙される。 

 自分の目で見たモノだけを盲目的に信じたがる彼等は、故に見落とすのだ。

 目に見えぬ悪意を。隠れ潜む邪悪を、悪逆を。闇に潜むようでいて、その実闇そのものである絶望を。


 ――いいね、いいね、いい感じじゃんか。あともうひと押し、あともう一歩で完全に堕ちるじゃんよ、コイツら。

 そうすりゃあ大切なものが何もかんも見えなくなって、怒りと憎悪と殺意が視界全部を真っ赤に染めあげるってワケ。

 自分の感情チャンが俺チャンに誘導されているとも知らず、胸の裡から湧き上がる崇高な感情サマに従ってとかなんとかそんな恥ずかしい勘違いをしたまま自分の手で大切なモン全部ぶっ壊すんだ。目が覚めてあ・ビックリ仰天、愉しい楽しいドッキリ大成功ってな!

 キヒッ、キハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハ!! あぁ……考えるだけで涎が止まんねえじゃんよぉ……!


 正義の味方も恋する乙女もチョロイのなんの。

 ヒトの心は酷く醜く、こんなにも脆く貧弱だ。犬が歩けば棒に当たるように、俺チャンが生きてるだけで人間は勝手に壊れてく。

 ……いやそりゃまあ確かに悪意しかねえけどさ、こんなの壊さずにいろって方が無理な話じゃね? 

 勝手に割れるシャボン玉を指で突きたくなるの分かるっしょ? 積もりたての新雪のうえには倒れ込みたい、綺麗な絵画にはペンキをぶちまけて台無しにしたい、仲良しこよしのカップルの雰囲気を台無しにしたい。ガラスの靴には金槌を振り下ろす、積み上げられた積み木の塔を見れば迷わずぶち壊す、誰かが一生懸命努力したことを努力もせぬまま踏み潰して馬鹿笑いして悦に浸りたい。

 人間をぶち壊すのもこれと同じ。単なる興味つーか好奇心っつうか、まあ趣味っしょ。好きなんだ、人がぶっ壊れるとこってのは眺めてて腹が捩りきれるくらいには愉快じゃん?

 つうか、お前らだって同じっしょ?

 人間なんざそんなもんじゃん。誰かを傷つけ優位に立つ事でしか自分を肯定できないクソみてえな生き物じゃん。


 そんなクソみたいな人間ってヤツは、要するに呈のいい大量生産大量消費の玩具なんだわ。

 俺チャンが壊しても壊しても掃いて捨てる程に後から後からまあ出てくるわ出てくるわ。

 だから別にちょっとくらい遊んでもいいっしょ? どうせつっかえねえゴミばっかなワケだし。折角俺チャン自ら掃除してやってるんだ。ちょっとは役に立って俺チャンの愉しみに貢献しろよ低能ども。


 そんなワケで、それじゃあ最後の一押し逝ってみようか!

 溜めに溜まった負の感情チャン、こいつに火を付け方向性を与えてやればあら不思議。



「「あー、もー。頑固チャンだなぁお前。まどろっこしいのは嫌いだし、仕方ないかぁ。最後の最後まで取っておきたかったんだけど……ほら、やるよ。お前にはとっておきのプレゼントを用意してあるっしょ!」」


 そう言ってクライムがどこからか取り出したのは赤いリボンで装飾された縦横三〇センチ四方の真っ白なケーキの箱だった。

 ぼとりと、なにか重たい音を立てる乱雑に足元目掛け放られた白い箱は、中で液体でも漏れているのかその底面が赤く滲み赤いペンキじみたぬめぬめが滴っている。

 箱本体と蓋の隙間から覗く数本の毛、その色に懐かしいくらい見覚えがあって、


 心臓の鼓動ばかりが鳴りひびき、他の音が一気にどこかへ遠ざかり死滅した世界の中。あまりに不吉であまりに魅惑的な贈り物。箱の中身など全くもって見たくないのに、その中身を確かめずにはいられない。抗いがたい衝動に突き動かされるように震える手でリボンの結び目を解いて、被せてあるだけの軽い蓋をゆっくりと外した。

 

 そして、

 

 そして。


 そして――――



 ――――絶望が、現実に流出した。


「「あ、あぁ……ぁぁ、うぁあ…………っ」」


 そこにあったのは、大切なヒト。



 だったものの首から上を切り取った物体で。




 鼻孔を突き刺す濃密で強烈な腐臭と、箱底を満たすぬめりとした赤い液体。






 既に光りを失った虚ろな一対の水晶体が、






「どうしてたすけてくれなかった?」



 







 なんて。こちらを恨めしげに見て語りかけてくるような、そんな気がして――――――









「「――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!?!」」



 何かが、崩壊した。



☆ ☆ ☆ ☆



「「キヒッ、ヒャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! 憐れだなあ、お前。なあ、自分のせいで本当に守りたかった大切な人間が死んじまうってどんな気分なワケ? 俺チャンそーいうのいないから分かんねえんだけどさ、自分で自分を殺したくなるの? あ、なんなら俺チャンがぶっ殺してやってもいいぜ。二人仲良く天国とかいうトコに行けるようにさぁ……! そこで幸せ? とかいうやつ掴めば満足っしょ? なあ? 仲良く逝って来いって、今なら俺チャンが案内してやっからさぁ、生きる価値もねえゴミクズ野郎(笑)」」


 涙すら流れない。流す事を許さない。怠惰で愚かで度し難い愚鈍な自分に、そんな物を流す資格はない。これは己の罪だ。許される事は決して許されない。胸を引き裂く、頭がどうにかなってしまいそうな痛みは、自分が受け取るべきものなのだから。

 

 ただ……


 ……耳障りなこの哄笑だけは、絶対に止めなければならない。と、そう思った。


「……確かに俺は大切なヒト一人救えない情けない男だよ。認めてやるよ、クライム=ロットハート。俺に生きる価値なんざねえ。それでも、それでも俺はなぁ……」


 許せなかった、弱い自分が。絶対に。

 どこまで鈍間で愚図でおめでたいのだ自分という人間は。

 いつだってそうだ。兄が攫われた時だって、その場に居合わせた癖に自分可愛さから逃げ出して、何もかもが手遅れになってから後悔して、傷ついて、涙を流した。手遅れになってから自己満足の周回遅れな努力をして自分を守り慰める。

 天風楓という人間は、いつだって致命的に手遅れだ。その努力に、その涙に、意味など無い。価値などない。


「わたしは……結局、勇麻くんを一度だって助けられなかったんだね。……あぁ、なんだか、疲れちゃったなぁ。なにやってるんだろ、わたし。こんなの……こんなのッッ! わたしは、わたしが許せない……許せないに決まってるよ!! でも、それでもわたしは……」


 大切な人を死へと追い込んだ自分は確かに許せない。けれど。それ以上に一番許せないのは誰だ。

 最も憎くて、心の底から殺してしまいたいと思う相手がいる。


 それは――



「「――お前だけは絶対に赦さない……ッッ!」」


 絶望が、悲しみが、慟哭が、反転した。


 行き場を求め渦巻く負の感情、自身へと向かっていたその真っ黒な感情の矛先が変更される。

 自己嫌悪と自責の念は激しい怒りと憎悪へ。瞋恚の焔は罪ある己ではなく目の前のクライム=ロットハートという敵を焼き尽くすべく燃え上がる。


 東条勇麻は、


 天風楓は、



 不倶戴天の仇敵を打倒すべく、想いを殺意の炎へとくべて一気呵成に駆け出して――









 ――クライム=ロットハートが、勝利に嘲笑った。


「ギヒッ、クヒャハハハハハハッハハハハハハハッ、ぶふっ、ブアッハハッハハハハハハハハハハハハハハッハ!!?」


 スタジアム内部の通路に設置されているモニターの映像を眺めながら、クライムは腹を抱えて床を転げまわっていた。

 

 ここまで全てが予定通り。思い通りに事が進み過ぎて、爆笑が止まらない。

 クライム=ロットハートの右目を直視した経験を持つ二人は、現在『心傷与奪ラピナーレ・クオレゼロ』の干渉化にある。洗脳の進行度は既に最終段階、クライム=ロットハートが直接触れるだけで感情の自由な付与と与奪が可能な段階まで進んでいた。


「あー、もーほっっんと笑えるっしょ!! 何が二代目だ! 何が最強の優等生だよ!! 赤子の手を捻るより簡単に堕ちちまいやがって……ぷっ、クフハハハッハハハハハハハハ!! なんだこの脆弱な生き物! ホント、俺チャンにぶっ壊される為に生きてんの!? お前らってさァ!!!」


 東条勇麻(二代目)天風楓(最強の優等生)も他の有象無象共と同じ、指先一つで踊らされる憐れな道化だ。

 己の胸の裡から沸き起こる尊い感情に従いクライム=ロットハートという悪へ牙を剥いているように思える二人は、結局の所クライム=ロットハートの掌のうえで踊らされているに過ぎない。

 だってその怒りは、憎悪は、殺意は、総てクライム=ロットハートがそうなるように仕向け、誘導し、造り上げた紛い物でしかないのだから。

 自分達が見えない糸によって良いように操られている事にも気が付かぬまま、絶対に負けられない戦いへと身を投じる二匹の玩具。そのの鬼気迫る表情と不退転の決意があまりに滑稽すぎて、クライムの運動不足の腹筋は今にも爆発四散しそうだった。


「キハハ、キヒヒッ、グギャヒハハハハハハハハハハハハハッハハハッハ!!? あー、なんだコレェ!! ひー、ひぃー、は、腹ァ……腹がいてぇ……っ!! さっきまでくっさいラブコメやってたのに、マージで殺し合ってるじゃんよォコイツらぁあ、あっはははははははは!! ブヒャハハ、フッヒャヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒャハッハハハハハハハハハハハハ!!」


 クライム=ロットハートの神の力(ゴッドスキル)心傷与奪ラピナーレ・クオレゼロ』の恐ろしい点はその発動条件の自由度にこそあった。

 彼の右目を直視した者に対して、クライムは時間や距離に関係なく任意のタイミングで幻影を見せて対象を洗脳する事が出来るのだ。

 クライムが洗脳を開始するまでは潜伏期とでも呼ぶべき状態になっており、クライムからの干渉の有無を察知する事も不可能。ステルス時限爆弾とでも呼ぶべき凶悪な神の力(ゴッドスキル)は、悪意に脆弱な少年少女の心を蝕み呑みこんでこれ以上ない程の勝利を齎した。


 彼らが現在その目で見ているクライム=ロットハートも、勿論彼の神の力(ゴッドスキル)によって映し出された単なる幻影である。

 そして同時に、その幻影は互いが向き合っている相手にピタリと重なるように映し出されている。 

 結果、互いに目の前の相手がクライム=ロットハートだと思い込んだ東条勇麻と天風楓は、大切な人を守りたかったその手で大切な人の為に大切な人をぶち殺さんと必死こいて戦っているのだ。



「あぁ、いいぜいいぜ、もっとだ、もっとじゃんよぉ……! もっと俺チャンを楽しませろッッ!」


 ああ、なんて健気で何て美しい思いの力。涙なしには語れない。笑い過ぎて涙が止まらないのだ。

 こんな愉快極まりない茶番劇、爆笑せずにはいられない。まさしく最高で最低のエンターテイメントだった。


「両者とも完全に俺チャンの干渉下にあるのを確認っと。『二代目』、東条勇麻はこの時点で終わったも同然。『起爆剤』天風楓の方も予定通り。感情への人為的な干渉による『神化』へ向けて一定の成果を確認っと……あと一息、もう一息で仕上げじゃんよぉ。何だよこの任務、楽勝すぎるっしょシーカーちゃん!? つーか、どこの誰が掛けたプロテクトだか知らねえけど甘すぎっしょ。こんなので俺チャンの『心傷与奪ラピナーレ・クオレゼロ』をどうにか出来るとか本気で思ってたとしたら片腹痛いし……っっ!」


 

 今宵、悪意に踊り愉悦に踊らされるは憐れな一組の男女の道化。

 怒りと憎悪と殺意に支配され、雁字搦めに縛られた心は、真実を見過ごし虚構に愛される。

 故にこれは、喜劇的な悲劇。悲劇的な喜劇。

 高らかな嘲笑で彩られた、史上最悪、最低最凶、最高に趣味の悪い人形劇だ。


 その目に映る怨敵、それこそが自分が求める幼馴染だとも知らずに、確かに互い想う筈の二人が、互いを仇敵と定めて怒り狂い殺し合う。



「ギヒ、キヒャハハハハハ……さぁ、ほら来るぜ来るぜぇ。いい声で啼いてくれよぉ、お前らぁ……!」




「「――クライム、ロットハートォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」」




「ヒヒャッ……! ぷ……くふふ……ふははははははははははは!!! はーーい!! はいはいはーい、俺チャンはこちらですけど呼びましたかァー!? ゲヒッ、フヘヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!! バアーカ!! こっちだっつってんじゃん!!! お前ら何殺し合ってんの!?? あ、俺チャンがそう仕向けたんだっけ??? ゲヒャ! フヒャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」 



 重なる絶叫を合図に終わりの幕は上がる。

 神聖な試合は穢され、少女の決意も想いも少年の苦悩も葛藤も全ては悪意に蹂躙され踏みにじられた。 


 東条勇麻と天風楓。


 邪悪の手に堕ちた二人は、作為的な殺意に導かれ、望まぬままに激突する。

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