第五十五話 混迷極めるコイン裏Ⅴ――表裏、状況整理:count 1
――ガガ、ジザガガガガガガ……ザザザザザザザザザッザザザザッ…………ツ――――――――――――っ。
――『管理者権限』による不正遠隔アクセスを確認。
拒絶……不可。
視界同調による『天智の書』の自動記述を開始します…………………………
……………………なるほどね、著者である『アナタ』ならば確かに離れた地からでも私に干渉できるか。
だが、いいのかい? 現状、如何に彼等が『アナタ』の掌のうえだとは言え、『アナタ』が望む通りの物語をこのまま予定調和に紡いでくれるとは限らないんじゃないかな?
いつまでも傍観席で楽しい楽しい観客気取りも構わないが、あまり驕りが過ぎると足元を掬われるかもしれないよ。
尤も、私としてはそんな物語をこそ見てみたいと思うけれどね。
……なんだよ、からかいがいの無い。長い年月を駆けて進めてきた自分の計画がぶち壊される瞬間を待望してるが故の傍観者だなんて、悉く上から目線な存在だな『アナタ』は。
ま、どんな出来事に対しても他人事な私にだけは言われたくないのかも知れないけれど。
……まあいいさ、分かったよ。
ならば、『アナタ』の瞳で、私が紡ごう。
この世の真理。
この世界の最果てとその答えを探し求める『アナタ』が抱いたその希望を叶える為の脚本と、それを越えるであろう彼等の物語を。
……何故そうも彼らに期待するのかだって? 『アナタ』と同じさ。
敗北に絶望し死に心折れ何もかもを失ってボロボロに傷つき矢尽き刀折れてなお、それでも最後まで不屈を謳い立ち上がるような、そんな英雄譚じみた物語が好きなんだよ。私は。
☆ ☆ ☆ ☆
三大都市対抗戦最終日、最終種目『三大都市対抗武闘大会・本選』
本選一回戦も順調に進み、二回戦進出選手が続々と出揃う中。対抗戦の裏側では巨大な力を持つ複数の神の能力者達による不穏な動きが加速していた。
東条勇麻とロジャー=ロイの激闘に幕が下り、二回戦出場者が全て出揃った時点で、既に対抗戦の裏側では複数の激しい戦闘が勃発。現在、その戦闘は収束へ向かうどころかより激しさとその規模を増し、対抗戦を揺るがすような闘争へと発展しつつあった。
目的の達成を間近にして己の任務に飽いてきたクライム=ロットハートが退屈凌ぎにホロロとビリアンを襲撃した。
悪意ある彼の凶刃を阻んだのは、その胸の内に憎悪の炎を焦がす漆黒の騎士だった。
「おいおい、随分と物騒な右手だな。つーか、テメェが今壊そうとしてる『霊才憑依』は第三候補。そいつは悪手だろ、クライム=ロットハート」
「キヒャッ! ヒハハハハハハッハハハハハハハ!! オイオイオイオイ、冗談キツイぜ黒騎士チャンよォ! なに邪魔してくれちゃってんの? 第三候補なんざ必要ないに決まってんじゃんっ! つうか……俺チャン一人なら勝てるとか思ったか知らないけどさ。この大一番、戦力チャンの補充はしてあるに決まってんじゃんかッ! さあほらドラグレーナちゃん達本選敗北組ッ! 俺チャンの為にきりきり働けよォ?」
クライム=ロットハートの指示で襲いかかる五人の女王艦隊。海音寺との取引に応じてクライム=ロットハートを足止めしようとする黒騎士と、クライムの標的にされたホロロとビリアンは協同戦線を構築して応戦。様々な思惑が入り乱れての乱戦が勃発する。
影の黒剣が乱舞して迫る弾丸を弾き、沸々と灼熱の泡沫を弾けさせるマグマを斬り飛ばすその背後で、火炎の一斉射が氷を薙ぎ払い、同じ顔をした人形めいた少女の大群を蹴散らし、道化の男と心優しき少女が睨みあう。
「よし、ガキ共! お前らそのままてきとーに気張って粘れよ。心の底から面倒臭えーが、こいつら全員ブチのめさねーとこっちが殺される……!」
「は、はい! 分かりました騎士さま……!」
「分かったぞ、正義のオジサン騎士さまー!」
「……騎士さまはよしてくれ、騎士さまは。鳥肌が立ちそーだ。――っと、おいおい……このアナウンスはまさか」
場内に響く対抗戦のプログラム変更のアナウンス。
第四試合が第一試合に繰り上げられたというその旨に、黒騎士は、試合内容の変更が眼前でくすんだ金髪を揺らしている狂人の仕業であると見抜き、その魂胆を探ろうと仮面の内側で眉を潜める。
碌に仕掛けようともせずにニヤケ顔のまま傍観を決め込む邪悪な男、その内側の闇は黒の騎士にも測り知れない。
黒騎士が約束通りにクライム=ロットハートの足止めを開始した事を知った海音寺は、対抗戦を放り出して一人氷道真を探して奔走していた。
その最中、通路で倒れていたところを偶然助けた白髪の老執事との出会いが新たな埒外の戦線を開くきっかけとなる。
「お礼なんて不要ですよ。その代わりと言ってはなんですが……実は、この人を探しているのです。ご老人、何処かで見かけたりしませんでしたか……?」
「まさか……この写真の男は――氷道真……? アナタは……クライム=ロットハートの関係者か……ッ!」
泉修斗に敗北した東条勇火は、かつて未知の楽園にて兄と行動を共にした自称美少女情報屋九ノ瀬和葉と接触していた。
「問題は『創世会』だけじゃない、『背神の騎士団」も今回の件に関しては何か裏がある。だからあなたには、今すぐに天風楓を二つの組織の手が届かない場所へと連れて行って欲しいの。私の言葉を聞いてどう動くのかはあなたが決めなさい。でもこれだけは言える。東条勇麻も泉修斗もアリシアも、常に周囲を見張られているわ。今動けるのはあなたしかいない」
誰が敵で誰が味方なのか、監視の目がどこにあるのかも分からない。
そんな極限状態の中、自分の見てきたモノを信じた東条勇火が出した答えはこの対抗戦で友情を紡いだ鳴羽刹那への協力要請だった。
「鳴羽センパイ。……俺達『Eチーム』のリーダー、天風楓を探すのを手伝って貰えませんか?」
そして。東条勇麻とロジャー=ロイとの戦いがもう間もなく火蓋を切ろうと言うその時、スネークの元を訪れる二つの影があった。
「……こいつは驚いた。少し見ねえうちにまた随分と美人になったもんだ。クリアスティーナ」
「……スネーク、貴方にお話があります。私たち自身の為、そして大切な友達の為に。かつて貴方が私に話した『英雄による世界の救済』ではなく、私の案に協力して貰います」
『支配する者』クリアスティーナ=ベイ=ローラレイと『悪魔の一撃』ディアベラス=ウルタード。
未知の楽園最強の二人が特異体の一柱たるスネークに持ちかけたのは、スネークの語る方法とは全く別の新たなる方法でシーカーの企みを打倒するというモノだった。
しかしスネークは淡々とクリアスティーナの夢物語を否定する。
そして――
「――残念だが、それは無理な話だ。自身の『神性』を著しく失ったそこな半端者では、シーカーは倒せまいよ。『救国の聖女』よ」
突如、空間を割って現れた『設定使い』の乱入に、しかし悪魔は動じることなく嘲るように嗤う。
「ハッ、オメェ馬鹿かよぉ。んなくだらねぇ理由でやる前から諦めるなんざぁ、お利口なフリした臆病者のする事だぁ。違うかぁ? この玉無しインポ野郎」
「……私と殺る気か? よしておけ『運命の悪魔』、折角得た五体を三度傷つける羽目になるぞ」
設定使いと運命の悪魔。
両者の間で瞬時に殺気が膨れ上がり、飛び散る火花一つで周囲を焦土に変えかねない怪物の睨みあいに、一触即発の空気が膨張する中。
そんな世界の頂点を担う化け物共が介する火薬庫に、さらなる火種が投じられる。
「――これはまた皆さんお揃いで随分と面白そうなお話をしているのね。私も混ぜて貰ってよろしくて? あら、失礼。自己紹介が遅れましたわ――こほんっ、私。エリザベス=オルブライトと申しますわ。争いを憎み平和を愛する、アナタ方の同志です」
怪物どもが跋扈する戦場に新たに名乗りを上げたもう一人の怪物。
戦争を蔑む彼の女王の狙いは、新人類の砦の対抗戦優勝。そして……
「女王、貴方の狙いはシーカーとの直接交渉権……否。平和の支配者でシーカーを支配する為、彼の『特異体』と直接接触する事そのものが狙いか……!?」
「うふふ、面白そうだとは思わない? もし私が彼の『特異体』を支配することが出来たとしたら、それはきっと地上の兵器全てを支配する事よりもずっと素敵な事。……折角の機会ですわ。私の平和への想いがどこまで届くのか、今からアナタ達で実演してさしあげましょう。平和を揺るがす兵器ども……! ――起動、『平和の支配者』ッ!」
四人の怪物を相手取って、世界を崩壊させる力がその真価を発揮する。
東条勇火に接触した九ノ瀬和葉は、その後生生と竹下悟から最悪の報告を受けていた。
『マジもマジ、大マジネ! アイツ、『雷雨の狂気』の一件で天風楓、東条勇麻の二人接触済みネ』
『それだけじゃありませんぞ、九ノ瀬氏。次の試合で東条勇麻とあたる新人類の砦のセナ=アーカルファルという名前の鎧っ子。彼女の中身が天風楓と入れ替わっているようでしてな。試合の順番がくじ引きで変更されたのも、どう考えても不自然。クライム=ロットハートは二人がぶつかる次の試合中に何かを仕掛ける腹積もりなのでしょうな』
「……最悪だわ。あの二人がぶつかるのを、何としてでも止めないと。本当に大変な事になる……ッ!」
二人の言葉を受け和葉は情報共有の為に楓を捜索している東条勇火と連絡を取ろうとするが、繋がらない。動かせる駒が絶望的に足りない状況に、切り札として待機させている〝彼〟も動かす事を決意し、さらに藁にも縋るような思いで兄の番号を入力していく。
「……兄さん。お願いだから出て――」
『――あいよ。どした妹よ。兄ちゃん今喧嘩で忙しいんだけど?』
奇跡的に繋がった電話に大喜びする和葉。
兄に天風楓の現状を伝え、捜索を任せ、自分は自分でもう一人のターゲットである東条勇麻の元へ向かう事を決意する。
クライム=ロットハートの悪意を挫く為、走り出した少女に、しかし世界の悪意は容赦をしなかった。
「貴殿が鼠の親玉か。随分と愛らしい身なりをしている。……失礼、名乗りがまだであったな。小生は氷道真。命令に従い、貴殿の命を止める者である。――お覚悟を」
容赦なく振るわれる『絶氷』の氷の刃に、和葉が死を予感したその時だった。
「あァ? どっかで見かけた女だと思って反射的に助けてはみたたけどよ……ンだよ、こっちのヤツも有名人様じゃねえか……!」
「折角あの子の顔を見れると思ったのに、僕やあの子を優に越える馬鹿げた干渉力を感じて急いで戻ってみれば……恐ろしい偶然というか、このタイミングでコイツを引き当てるなんてね。全くもって世界の悪意とは度し難い……!」
刃に、乱入したのは二人の少年だった。
全てを凍りつかせるハズの刃を業火の右腕で受け止める野蛮で凶暴そうな少年と。
迫る凶刃から間一髪のところで救い出した少女を抱きかかえ、氷刀使いの神の子供達を睨みつける金髪の少年。
自身の試合が延期になり、怒り狂って海音寺流唯を探していた泉修斗と、妹の為に三大都市対抗戦へと駆けつけた天風駆の二人が、奇跡的な邂逅を果たす。
幼き頃より憧れた背中。その背中に守られるだけの弱い自分が嫌で、隣に並び立ちたいと少女は願った。
優しいだけで誰も守れない自分を変えたかった。
大切な人を守れるように強くなりたい。そんな願いを胸に一心不乱に走り続けて来て、しかし努力の果てに得た力は少女を裏切り、それでも折れた心を立ち上がらせ彼女は今そこにいた。
セナ=アーカルファル――に扮した天風楓。
彼女にとって一世一代の大勝負が待つ試合会場、憧れの少年の元へと向かおうと一歩を踏み出したその瞬間を狙い澄ます獣の如き狩人がいた。
「――よお、ちょっと待ちなって。アンタがええっと……天風楓か?」
九ノ瀬拳勝の非凡な握力で腕を掴まれ、脱出は不可能。
それでも諦める事なんて出来る訳がなくて、弱いままに必死に抗い続ける楓。
そんな少女の声を聞き届け、ヒーローはやってくる。
「――必殺☆ 超絶ダイナミックメテオインパクトウルトラキーーーーックッッ!!!!」
ふざけた掛け声と共に繰り出された凄まじい威力の飛び蹴りが、拳勝を吹き飛ばしていた。
「こほん、俺は鳴羽刹那! 事情はよく分からんが、アンタ今困ってんだろ? だったらここは俺に任せてくれ。あのよく分からんヤツは俺が抑えとくから。……試合、出たいんだろ?」
友人である東条勇火の願いを受け、天風楓を捜索中だった鳴羽刹那の目には、九ノ瀬拳勝が試合前のセナ=アーカルファルに暴行を加えようとしているように見えた。
故に、少年は立ち塞がる。
一生懸命頑張っている人間の足を引っ張るようなヤツは許せないと。
そして、誤解を受けている九ノ瀬拳勝は弁解しようとも思わなかった。
自分の状況をすべて忘れ心の底から楽しそうに笑うと、
「いってえなぁ……あぁ、今のは中々に痛かったぜ……わざわざこんな所まで来て『対抗戦』に出られねぇって聞かされた時は退屈な仕事だと思ったが、こいつはいいや。俺と喧嘩しようぜ! 鳴羽刹那!!」
勝利に飢える獣と、その刹那を全力で生き急ぐ少年。かすかな善意のすれ違いから、二つの拳が交錯する。
鳴羽の助けを得て大会本選へと出場する為、東条勇麻と闘う為に石舞台へと走る楓の前に、最後の壁として彼女が立ち塞がった。
「なに、やってるんですか……天風楓」
「どうして、わたしだって……分かったの。シャルトルさん」
気分屋で気紛れで、イタズラげな笑みが眩しい、そんな少女。
背神の騎士団のシャルトルが、仲間達の頑張りを無駄にしようとする天風楓を糾弾するように叫ぶ。
「私がアナタに負けてから、どれだけ悔しかったか。アナタを越えたいと、負けたくないと願ったかッ! ……アナタの事を勝手にライバル視したのは確かに私だけかもです。けど、同じ風使いとして意識してたのも私だけだってんですかッぁ!?」
シャルトルはボロボロのままに怒りの咆哮を上げる。
真正面から、自分と言う存在を、自らの認めた好敵手に刻み込むように。
「馬鹿にするのも大概にしろよ、天風楓……ッ!」
そんなシャルトルの絶叫に、楓は優しい若葉色の瞳を物憂げに細めて優しい声音で応じた。
「わたし、ね。自分の事を価値のない人間だと思って生きてきた。優しいだけで強くなくて、誰も救えない。そんな自分がずっと嫌いだった。でもね、シャルトルさ……ううん、シャルトル。アナタが私の背中を押してくれたように怖がってばかりの私に喝を入れてくれた親友が居たの。だからわたしは、わたしを馬鹿にすることをもうやめる。色んな人に迷惑を掛ける事になるとしても、私はこの我儘を押し通す……!」
その気迫と瞳に宿る決意に、感じるものがあった。理解を、共感を、感じてしまった。それ故に、シャルトルは再び敗北を重ねる。
「あんな目ぇされたら、同じ女として止められる訳ないじゃないですかぁ。……そんなの、反則です。ズルいですよぉ……」
誰かを救える強さを求め戦場へと向かう好敵手の後ろ姿を見つめながら、シャルトルは悔しさを噛みしめて再起を誓い、天風楓はその一歩をついに踏み出す。
そして――
☆ ☆ ☆ ☆
『――お前らァ! 盛り上がってるかァ!? 七日間に渡って行われる三大都市対抗戦。その最終日を飾る武闘大会・本選もついに次の試合から二回戦に突入だぜェーい! なにやら予期せぬトラブルだかで試合順に変更があったみたいだけど、ここに残ってるのは一回戦を勝ち残ったツワモノばかり! どの試合も、一回戦の盛り上がりを越えるような激しく熱い展開になる事をこのシオンちゃんが保証してやっから安心して楽しんでくれやがれェーい! つー訳で、まあ気にせずガンガンいっきましょーかーァ! 二回戦第一試合を戦うのはこの二人だァーあ!』
音羽シオンのハイテンションな実況に、スタジアは渾然一体、まるで一つの巨大な生き物であるかのようにうねり大いに沸き立つ。
『赤ゲートッ! フルフェイスの猫耳ヘルメットにぴっちりとした黒のボディスーツ! その健康的な肢体のラインでシオンちゃんを誘惑しているとしか思えない、四日目までのごっつい鎧から華麗なイメチェンを果たしたクールなミステリアス少女!! これまでの種目ではあまり目立った成績こそ残してはいないが、一回戦の旋風の如く鮮烈な勝利は記憶に新しいハズだッ! この試合に勝ったら、是非是非その素顔をシオンちゃんとテレビの前の皆に見せて欲しいっっ、新人類の砦Bチーム・セナ=アーカルファルの入場だーァッ!!』
歓声が持つ力は不思議だと思う。
誰かの血と汗と涙、そして努力。命を懸けて培い研鑽した力でもって全力を尽くすその懸命な姿に人は惹かれ、注いだ時間と掛けた想いを垣間見る。そうして感情を揺り動かされた人たちが、純粋な気持ちでの心の底からの応援の言葉を口にする。誰に言われるワケでもなくそれが重なり合唱となって、ただっぴろい空間に響き渡る巨大な波となるのだ。
様々な主義趣向、人種、年齢、性別、信仰、価値観を持った人々を一つの方向性へと導き、その意思を一つとする。
会場が一体となり大きな生き物を演じているような、そんな見えざる大きな力をその肌で感じながら、鼓膜が吹き飛ばんばかりの大歓声に背を押されるようにセナ=アーカルファル――天風楓はその石舞台へと足を踏み入れる。
『対するは青ゲート! 一回戦最終試合では優勝候補のロジャー=ロイと凄まじい死闘を繰り広げ、不覚にもシオンちゃんの胸をキュンキュンさせやがったこの男ッ! どれだけボロボロになっても、誰もが試合を諦めようとも彼だけは最後まで己の勝利を諦めなかった……! でも、頼むから死者だけは出さねーでくれよな! ――優勝候補を下した新進気鋭の巨人殺し、天界の箱庭Eチーム・東条勇麻の入場だァーッッ!!』
対面から入場してくる東条勇麻への歓声も凄まじいものだった。
一割二割ほど、男性陣からのブーイングが混ざっているのは、先の音羽シオンの冗談交じりの発言のせいだろうか。
とはいえ、本気のブーイングというより、愛されキャラをいじる時のような冗談めいた温かさが感じられた。
初日にネットで散々叩かれていたのを知っているだけに、周囲の観客たちが勇麻の頑張りをきちんと認め応援してくれている事実に楓は胸を撫でおろしつつ兜の内側で苦笑を浮かべる。
だが、そんな楓の笑顔もすぐに陰りが差した。
こうして面と向かいあって改めて分かる東条勇麻の満身創痍具合に、楓の瞳に悲痛な色が灯る。
見かけ上は、打撲痕や流血など怪我の痕跡は見当たらない。ロジャー=ロイとの死闘で負った負傷は、治療によって全快したかのように見える。しかしそれはあくまで表面的な話に過ぎないのだろう。
身体から芯が抜け落ちてしまったかのような、どこか危うさを感じるふらりとした足取りと重心の狂ったような立ち姿。
決意と覇気に満ちた鋭く雄々しい表情の中に隠している色濃い疲労の色、血色もあまりよくはなく、目元もどこか少し腫れぼったい。握った拳は籠められた莫大な力に耐えかねたように震え、少しでも油断すればその場で倒れてしまいそうな脆弱な意識を、勇麻が強い意志でその場に押し留めているのが分かる。
治療で負傷を回復させることが出来たとしても、体力はそうはいかない。
体裁は何とか整えているが、中身がボロボロなのは一目瞭然だった。
(……勇麻くん……)
ずっと昔から知っていた。どれだけボロボロになって傷ついても、血を吐き、骨が砕け、肉が裂けようとも、彼には関係ない。拳を握る理由一つありさえすれば満身創痍の身体に鞭打って立ち上がり、その諦めの悪さとお人好しさで誰かの為にと無理を押して戦ってしまう人であるという事を。
だって、楓はいつだって勇麻に助けられてきた。
泣いてしまった楓を守ってくれたのはいつだってこの一つ年上の幼馴染の少年で、涙を流す楓を見るといつだって心配そうな顔をして飛んできてくれて、楓の涙を止めようとしてくれるこの少年の背にずっとくっついていた。
弱くて泣き虫で情けなくて臆病で自分ばかりが可愛いどうしようもない天風楓の隣に、彼はずっと居てくれた。味方でいてくれた。
その背中を追いかけて憧れて。そしていつからだったろうか、楓が彼のその背中に淡い思いを抱き始めたのは――
『これ以上は外野が何を語ろうが無粋、言葉の応酬はこの辺りで打ち止め……んじゃまッ! あとは、存分に互いの拳と力で語り合って貰っちまおうかーァっ!』
無駄な気負いはなかった。
自分が落ち着いているのが分かる。
ただ一度だけでもいい。立ちたい場所があった。伝えたい言葉が、想いがあった。
守られているだけじゃ伝えられない。きっと、その場所に立たないと届かない、そう思ったから、その一度を掴み取る為に楓は強くなろうと必死で足掻いた。
だからこれはどう言い訳しようとも自分勝手な意地であり我儘だ。
傷つけるのも傷つけられるのも怖かったから、いつだって誰かに優しくあり続けた。そんな弱虫で泣き虫で自分に自信が持てない臆病者の少女の、ホントの本音。心の底から、やりたかった事、言いたい事。
足掻いて足掻いて、必死になって努力して、惨めをさらしたし何度も泣きもした。辛くなって逃げ出したくなった時だってあった。それでも弱音を吐かずに歯を食いしばって立ち上がり続けたのは、憧れた背中に届きたかったから。
嫌いな自分から変わりたいと、自分を好きになりたいと思ったから。
そして今、ここに立つ楓には、確かな確信があった。
わたしは確かに――強くなったよ。
届いたかは分からないけれど。それでも、強くなりたいじゃない。嫌いな自分から変わりたいだけで終わらない。口だけで終わるのではく、頑張って、戦って、変わったのがほんの少しだけだったとしても。それでも、強くなったよ。
そうやって胸を張って自分に言える事、それ自体が天風楓という少女の成長を如実に物語っていた。
そんな楓の思いを証明するかのように、あんなにも遠かった背中は今、楓の眼前にはない。
楓の若葉色の瞳が映し出すのは、強い決意を湛えた憧れの少年の立ち姿だ。
彼の背中に庇われるように隠れるのはもうやめる。今度は彼の背ではなく彼の瞳を真正面から見据えよう。弱虫も泣き虫も臆病な自分も確かに天風楓だけれど、そんな弱さに強さで抗い打ち勝って、真正面から向かい合うのだ。
今ならそれが、出来る気がした。
自分も勇麻も万全とは言えない状態だ。
楓は依然として神の力を喪失したまま、何とか身に付けた体術も所詮は付け焼刃に過ぎない。勇麻は先のロジャー=ロイとの死闘で満身創痍。立っているのも全力を振り絞っているようなそんな有り様だ。
それでも、この瞬間に全てを賭けると決めたのだ。
天風楓は、東条勇麻という憧れに勝利する為に、今この場に立っている。
だから。
『三大都市対抗戦武闘大会・本選。二回戦第一試合ッ! セナ=アーカルファルVS東条勇麻――始めッ!』
試合の開始を告げる合図と共に、楓は憧れの少年の元へと駆けて行く。
天風楓の対抗戦が、今この瞬間に幕を開けた。




