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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 破 三大都市対抗戦・下
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第五十四話 混迷極めるコイン裏Ⅳ――悔しさ噛み締め進め乙女:count 1

 光を目掛けて走った。

 走る楓の眼前に現れたそれは、迷い込んだ迷宮の中で見つけた外の世界と繋がる出口より差し込む希望の光のように見える。

 あの光の先へと一歩を踏み出せば、そこが天風楓にとってのスタートラインと。天風楓という少女にとって三大都市対抗戦の決勝よりも尊く大切な戦いが待つ、決戦の地となるだろう。

 だからだろうか。

 光の眩さに目を焼かれ、楓は直前まで道を塞ぐように光の前に立ち尽くす少女の姿に気付かなかった。


「……、」


 その少女と最初に対峙した時の事を覚えている。

 夏休みの一幕。一組の兄妹の再会の物語に、彼女もまた楓の前に立ち塞がる障害として現れたのだ。

 

「なに、やってるんですか……」


 いつもイタズラげに笑う翠の瞳。流れるような綺麗なブロンドのセミロングをカチューシャで留めている。

 明るく活発で計算高く、自らの可愛さを強みとしてしっかりと理解しているような小悪魔めいた少女だった。

 

「天風楓。アナタの為に、アナタを守る為に沢山の人が力を尽くしてるんですよ? それなのに何なんですぅー? ソレ」


 気分屋で気紛れで、何かを企んでいるような笑顔が魅惑的で、けれど楓からしてみれば何を考えているのかよく分からず、初対面の印象もあって少し怖いなと思っていた女の子。


「……アナタが何をしたいのか、何でこんな事をしているのか、私にはさっぱり分かりませんし、いつもおちゃらけた私がこんな事言うのは我ながらどうかと思いますけどぉー。……一つだけ聞かせて下さい。天風楓、アナタが今からやろうとしている行為が、大勢の善意を裏切るモノだって事。全部分かっててやろうとしてるんですよねぇー?」


 けれど、平均より少し小さい胸のサイズを実は気にしているなんて話を聞いたり、姉妹仲良くじゃれ合ってるようなところを目にして、少しずつその印象も変わっていった。

 イタズラ好きで気分屋なところはあるけれど、仲間と認めた人間や姉妹に対しては深い愛情を持っているという事。

 そしてそれを真っすぐ表現するのが少しだけ苦手で、相手をからかったりするようなイタズラめいた言動に繋がっているという事。

 根本的なところで、シャルトルという少女は仲間思いの優しい女の子だという事を、楓も知っている。


 そんな彼女が、兜を被りセナ=アーカルファルを演じる楓の前に立ち塞がっていた。

 いつもは愉快そうな光を灯す翠の瞳に怒りの炎を灯して、天風楓を糾弾する。


「どうして、わたしだって……分かったの。シャルトルさん」


 楓は、掠れた声でそんな言葉を返す事しか出来なかった。

 そんな情けない天風楓の態度に、シャルトルは堪忍袋の緒が切れたように、目を剥いて酷薄に笑った。


 沸々と燃え滾る怒りを感じさせる恐ろしい笑み。

 彼女からここまで強い感情を直接的にぶつけられるのは、思えば楓はこれが初めての経験だった。

 基本的に人見知りで控えめな性格も相まって、楓はシャルトルという少女と言葉を交わした回数はそう多くない。



 ――しかし、言葉を交わした回数など彼女にとっては関係なかった。


「ハっ、どんな言い訳が飛んでくるのかと思ってみれば。『どうして分かったの?』と、そう来ましたかぁー……馬鹿にするのも大概にしろよ、天風楓……ッ!」


 真っ白になる程に拳を強く握りしめ、シャルトルは敗戦の屈辱を噛みしめるように唇を噛んでいた。


(……やめてください。そんな意外そうな顔で、驚愕と困惑に満ちた瞳で私を見ないでくださいよぉ……)


 視界に移る少女の困惑とした表情が、シャルトルの胸に沸々と毒のような感情を湧き上がらせる。

 生じた毒は体内に溶け入るように霧となってシャルトルの胸中を汚染する。制御不能の数多の毒が、その胸の苦しみを加速させていく。

 瑞々しく柔らかな唇に朱が差し、刺すような痛みが少女の表情を苦痛に歪めた。

 しかしそれは物理的な痛みによるものではないと少女は知っていた。

 けれど。知っているからと言って、その痛みに耐えられるとは限らない。

 もう我慢の限界だった。

 自分の全てを否定されているみたいで、どうしようもなく心が揺れ動く。このまま胸を埋め尽くしていくこの感情をため込め続ければ、どこかの瞬間に限界が訪れ心身が爆発四散するような予感だけがある。

 だからだろうか。


「私が……私達がアナタに負けてから、どれだけ悔しかったか。私がどれだけアナタを越えたいと、負けたくないと願ったかッ!」


 気づけばシャルトルは、叫ぶようにして喉元にせり上がって来た全てを吐き出していた。


「あの日の敗北が脳裏に張り付いて離れないんですよぉ……あの日の鮮烈な風が、幾度となく私の髪を揺らすんです。アナタに勝つために研究だって沢山した。過去のデータも沢山漁った。徹夜で対策を考えて、強くなる為の鍛錬だってアナタとの再戦を見据えてずっとずっとやってきたんです。……それなのに、アナタは勝手に寄操令示に敗北して、勝手に神の力(ゴッドスキル)を使えなくなって。弱気になってうじうじうじうじと……ホントは強いくせして苛々するんですよ、アナタのそういう所」


 劣等感も憧れも悔しさも決意も絶望も再起も努力も証明も強者の誇りも何もかも。脳裏に張り付いた呪いのようなあの敗北の瞬間を覆すまで、シャルトルという少女は何も終われないし、何も始める事が出来ない。

 シャルトルが再び始祖四元素ビギニングフォースとしての自信と強さを取り戻す為に、天風楓という少女は超えるべき壁であり試練であるハズだった。

 だからこそ、宿敵と定めた少女の勝手な脱落と沈鬱。そして自暴自棄にも思える馬鹿げた自殺行為にシャルトルは激怒していた。


 そして何より、ただ悔しくて、情けなかった。

 自分の正体を見抜いたシャルトルに対する楓の意外そうな表情とその言葉がシャルトルの心を打ちのめす。

 天風楓がシャルトルが此処にいる理由が分からないという顔をしているのが許せない。

 その可能性を微塵も考えたこともなかったと、言外にシャルトルが楓の元に辿り着くなどあり得ないと言われているようで腹が立つ。

 自分という存在が彼女にとっては道端を歩く通行人Aとさほど変わらないようなモブキャラでしかなくて、取るに足らない存在なのだという非情な事実を突きつけられた。

 思い上がっていた自分のおめでたさと愚かさ、そしてその事実をショックに感じている自分がいる事がどうしようもなく情けなさくて恥ずかしくて他のどんな事よりも屈辱で、心の内側を掻き毟るようにしてシャルトルは叫ぶ。叫ぶしかなかった。


「それが、いきなり……そんなの、分かるに決まってるじゃないですか!」


 別に、シャルトルが最も楓の事を理解しているからセナ=アーカルファルの正体が楓である事を見抜けたという訳ではない。

 むしろその逆だ。

 勇麻や泉など、楓に近い人物であればあるほど天風楓という少女の普段のイメージが先入観として先行してしまい、セナ=アーカルファルの中身が天風楓であるという答えに辿り着く事が出来なくなる。

 楓がセナ=アーカルファルとして勝手に対抗戦に出場して格闘戦で決勝トーナメントを勝ち抜くという可能性を端からあり得ないと無意識のうちに斬り捨ててしまうのだ。

 逆に天風楓とそう親しい訳でもなく、彼女の性格を十全に把握していないシャルトルだったからこそ、先入観を持つことなくその戦闘パターンや体の使い方、動きの癖などからセナ=アーカルファルの正体を探り当てた事が出来たのだ。

 これは天風楓を越えるべく天風楓を研究してきたシャルトルだからこそであり、それはひとえにシャルトルの勝利への執念だ。


 同じ風使いとして、天風楓という最大最悪最強の好敵手を越える為に足掻き続けたシャルトルだからこそ、この瞬間に天風楓の前に立ち塞がる事が出来た。


 なのに、楓はまるでシャルトルの事など始めから眼中になかったかのように、シャルトルにも誰にも自分の正体は分かるはずがないと高を括って決め付けて、いざ現れた予想外の存在を前に驚愕に固まっている。

 こんな屈辱はなかった。悔しかった。自分の無力さを呪った。

 目の前の少女を自分の乗り越えるべき宿敵と定めて、一人馬鹿みたいに突っ走って、あの敗北の悔しさを糧に進んできたのだ。

 その結果がこれだと言うのなら、自分と言う存在は、自分が絶対の宿敵であると認めたこの少女にとって一体何だったのか。

 

「……ええ、そうですよ。アナタの事を勝手にライバル視してたのは確かに私だけかもです。けど、同じ風使いとして意識してたのも私だけだったってんですかぁッ!? 私はアナタの敵だった女ですよぉ! 眼中にもなしとかふざけるんじゃねえよッッ!」


 そこにあった全てがシャルトルという少女がこれまで天風楓に対して内に秘め続けた感情で、真実で、全てだった。

 計算された言葉も、偽り隠したモノも、何も無い。

 正真正銘の飾らない剥き出しの言葉が、自らを巻き込んで楓を殴打した。

 

「……」


 絶叫を終えた少女の荒い息遣いだけが、打ち放しのコンクリートで固められた通路内に反響する。

 シャルトルの言葉を受け、楓はまず頭の兜を脱いだ。

 狭苦しい暗闇から解放された優しいブラウンの髪の毛がシャルトルから緩やかに生じる風に揺れ、若葉色の瞳が露わになる。

 自分に対してまっすぐ本音でぶつかってくれた少女に、楓は逃げずに真正面から向かい合って、すうっと、一度大きく息を吸い込んだ。

 そして、猫耳ヘルメットを脇に抱えたまま、楓はどこか物憂げで儚げな微笑を浮かべてこう切り出した。


「わたし、ね……自分の事を、価値のない人間だと思って生きてきたの。優しいだけで強くない。優しいけど誰も救えない。臆病で泣き虫で自分ばかりを守りたがるそんな自分が嫌いで、ずっと強くなりたかった。わたしを救ってくれた人たちみたいに、勇気のある人になりたかった。だからかな? ライバルとかそういうのって考えた事もなかったんだ。その……なんていうか、自信がなかったんだと思う。誰かに好かれてるとか、誰かの目標になってるとか、他人からどう見られてるのかを考えるのも怖かったから、ずっと優しさで自分を隠して逃げて来たんだと思う。わたしがいつまで経っても勇麻くんや泉くんたちと一緒にいるのは、そういう目線が怖かったから。小さい頃からずっと一緒の皆なら、あの頃と同じように私を受け入れてくれる。そんな汚い打算があったのかもって、今なら思うよ」


 それは自身を卑下し蔑むような言葉。

 天風楓という人間が最も天風楓を信用していないのだという事実で、今この瞬間にシャルトルという少女が最も聞きたくなかった言葉に他ならない。

 けれど、楓の言葉はそこで終わらなかった。

 少女は一度過去に想いを馳せるように瞳を閉じると常は穏やかなたれ目がちの目を大きく見開いてシャルトルを見た。

 その若葉色の瞳に灯るのは自身への失望ではなく、未来に手を伸ばそうとする人間の見せる闘志と希望に満ちていた。


「でもね、シャルトルさ……ううん、シャルトル。アナタみたいに、怖がって震えてばかりの私に喝を入れてくれた親友が居たの。『楓は楓が愛する人たちが信じる天風楓をもっと信じてみてもいいのではないか』って。わたしがわたしを卑下するとね、その子は怒るんだ。『私の好きな楓を馬鹿にしないで』って。……不謹慎というか、皆の気持ちも考えずに何言ってんだーって話なんだけどね。わたし、そう言って貰えて嬉しかった」


 泣き虫で臆病で弱虫で、ドジでノロマで情けない。そんな自分にずっと自信が持てず、そんな自信の無さを覆い隠し媚びるように優しいだけの自分がずっと嫌いだった。

 だから強くなろうと努力して、大きな力を手に入れて、けれど力を手にしたところで天風楓の本質的な弱虫は変わらなくて、だからずっとずっと怖かったのだ。

 神の力(ゴッドスキル)を失った今、天風楓というただの無力な少女に価値があるのか。

 それがずっと恐ろしかった。無能な自分を卑下して卑屈になって嘲って自嘲し続けたのは、力を失った天風楓を天風楓と認めてしまうのが恐ろしかったからなのかもしれない。


 そんな時に純白の少女から贈られたあの言葉は、痛烈だった。鬱屈としていた楓の心に巣くう影をまとめて吹き飛ばしてしまう程には強烈だった。


「それにね、そんな臆病なわたしの背を押してくれた人たちがいたんだ。その人たちはいつ倒れてもおかしくないくらいにボロボロなのに、自分達よりも強い人たちにも臆さず立ち向かってたった一つの勝利に目掛けて突き進むの。離れていても、バラバラの場所で戦っていても心は一つで、全員が死力を尽くして希望を繋いだ青空の下。最後に二人が勝利を掴んだ瞬間が、まるでおとぎ話のワンシーンみたいで……」

「それって……」


 楓の言葉に思わずと言った調子でこぼしたシャルトルに、楓は満面の笑みで頷き、肯定した。

 楓が確かに憧れ、悔しさに涙を流し、強さを渇望した立ち上がった決意の根底には、その少女の姿も確かに強く刻まれていた。


「うん。そうだよ。あの舞台に立っているアナタを見て、わたし悔しかった。ううん、ホントは少し妬いてたのかもね。でも、あの戦いを見て思ったんだ。強くなりたい……って。アナタよりも、勇麻くんよりも」


 少女の意地に充てられて、少女もまた意地を張りたくなったのだ。

 その身に流れる負けず嫌いの血が騒いだのだ。

 これはきっと、それだけの話。

 弱虫で臆病な泣き虫の少女が勇気を出す為に必要だったのは、おとぎ話めいた素敵な物語への憧れだったのかもしれない。

 楓の言葉にシャルトルは呆けたように口を開き、目を見開いていた。

 それが楓には何だか目の前の少女に呆れられてしまったように思えて、気恥ずかしさを誤魔化すように照れ笑いと共に頭を掻く。

 シャルトルの中に確かに吹き抜けた風が、自分が目の前の少女に認められ、ある種のライバルとしてあれた事に対する高揚感と興奮に満ちた喜びの風であることに、その風使いの少女は気づかない。


「……あ、あはは、いきなり何を長々と語ってるんだろうね、わたし。興味、なかったよね? ほんと、恥ずかしいヤツって思うよ。でも……こういうのも悪くない、かな。わたしはわたしの弱さも好きになったまま強くなりたい。ううん、強くなる」


 こうやってすぐに誤魔化しに走るところも、臆病な楓の弱さに他ならない。

 でも、

 弱虫で臆病でどうしようもない泣き虫の楓でも好きだと言ってくれる人がいた。

 戦える戦えないに関係なく楓を信頼し大切だと言ってくれる人がいた。

 その事実に救われた。


 けれど、だからこそ、弱いままでも戦う事から逃げるような恥知らずにはなりたくなかったのだ。

 臆病でも勇気をもって立ち上がりたかった。

 強くなくても、弱いままでも、強くあろうと心を震わせた。

 戦えなくても戦える方法を模索した。


 そして、今。楓が踏み出そうとしているのは、楓なりの強さへの一歩だ。

 届きたい背中があった。

 憧れた背中だった。

 天風楓は、そんな憧れの前に守るべき弱き者としてではなく、対等な対戦相手として立つのだ。


 そして、伝えなければならない言葉が、想いが、ずっとずっとここにあったから。だから――


 その千載一遇の機会チャンスを諦める気も譲るつもりも毛頭なかった。

 

「だからわたしは、わたしを馬鹿にすることをもうやめる。この独りよがりな行為が、皆に迷惑を掛けることも分かってる。それでも押し通したい我儘があるから、わたしは今此処にいる。これは、わたしの意地で、わたしの選んだ戦い。だからそこを通して、シャルトル……!」


 楓の纏う空気が、一変する。

 今の天風楓は何の力も持たないただの無力な少女であるハズなのに、シャルトルが少し風を操ってぶつけてやればそれだけで終わる、まさしく吹けば飛ぶ木の葉のような矮小な存在であるハズなのに。


「……背神の騎士団(アンチゴッドナイト)の私が、アナタのそんな指示に従うとでも……?」

「従うとか従わないとか、そんなの関係ない」


 ――ぞわり、肌が泡立つ。

 力を失ったハズのその少女からは、シャルトルをその場に縫い留めるだけの圧が確かに放たれていた。

 まるで、空気が震え怯えているかのような……

 楓が一歩、立ち塞がるシャルトルへと。東条勇麻の待つ石舞台リングへと向かってその一歩を踏み出す。

 その目に灯った強い意志の光に押されるように、シャルトルは歯を食いしばったまま思わずたたらを踏む。


「わたしは天風楓。天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)に君臨する頂点がその一人。退かないと言うのなら、アナタ達の越えるべき壁として、わたしは全力でもってアナタを排除する……ッ!」


 そして――


「――ありがとう」


 ――少女の目の前を、鮮烈な風が通り抜けていった。

 自由で気高く、その風は何者にも阻まれず侵されない。そんな力強い意志を感じる風は、シャルトルの両手の隙間を駆け抜けていった。


 道を譲るようにたたらを踏んで壁際まで下がり、へなへなと壁に寄りかかるようにして脱力するシャルトルはその翠の瞳に涙を滲ませて、光の先へ進んでいく背中を見つめながら悔しさに唇を噛みしめていた。


「……腑抜けやがったと思ったのになぁー。なんなんですかぁ、ちくしょう……悔しいなぁー……こっちでも負ける気もさらさらないってのにあんな目ぇされたら、同じ女として止められる訳ないじゃないですかぁー。……そんなの、反則です。ズルいですよぉ……」


 どうしても、止める事が出来なかった。

 戦えば勝てた。それだけは確かなのに、決意を宿した少女の瞳に気圧され、戦う事が出来なかった。

 否……彼女の強い想いに少なからず共感してしまったから、同じ女として彼女を止める事が出来なかったのだ。


「……ふられちゃえばいいんですよぉ、ばーかぁ」


 敗北感に打ちのめされ、悔し涙を流さぬようにと堪えながら、シャルトルはまたも再起を誓う。


 互いに勝って負けてを繰り返し、それでもなにくそと喰らい付いて高め合うように成長していく。

 それが好敵手ライバルという存在だと思うから。



☆ ☆ ☆ ☆



 奇跡的に拳勝と連絡を取る事が出来た和葉は、東条勇麻を探してスタジアム内を駆けていた。


 協力を取り付けた東条勇火との連絡は依然取れないままだが、これ以上拘泥してもいられない。天風楓の方は戦闘バカの兄貴と彼に任せておけば何とかなるハズだ。

 そして、クライム=ロットハートが天風楓だけでなく東条勇麻にも接触していた以上、楓一人を確保して終わるという問題でもなくなっている。

 もう一人の標的である東条勇麻の元へと向かう人間が必要だった。


 『創世会』や背神の騎士団(アンチゴッドナイト)にこちらの動向を知られるのは面倒だが、それもこの際仕方がない。 

 出来れば足の速い彼には護衛としてこちらに合流して欲しかったが、彼の目的からしておそらく楓の元に向かう事を譲る気はないだろう。位置的に拳勝を待っている時間もない。

 和葉一人での行動に不安はあるが東条勇麻に接触するだけならむしろ好都合。

 突破的な戦闘にさえ巻き込まれないように警戒しつつ先を急ぐとしよう、和葉はそう心に決めて、単独行動を決意する。

 それに、事は二人を確保して終わりではないのだ。クライム=ロットハートの企みを暴きそれを阻止する為には、戦力的に考えても勇麻達と合流してからが望ましい。

 彼らの協力を得る為にも、勇麻の信頼を得ている和葉が彼に接触するというのは重要な意味がある。

 それに、勇麻ならば、どれだけ突飛であろうとも自分の話を信用してくれるだろうという確信が和葉にはあった。


 今は手遅れになる前に動く事が重要だ。和葉は運動嫌いの非力の身体を懸命に動かし腕を振り床を蹴りつけて、勇麻がいるであろう選手控室へと全力で走る。


 凝り固まった思考では変化する状況に対応しきれない。

 一つの事に固執し続けて大局を見失ってしまっては笑い物だ。

 重要なのは臨機応変かつ柔軟な対応だ。

 現状における優先順位の判断と捨てる事を惜しまずに選択肢の取捨選択が出来る九ノ瀬和葉という少女は、彼等の司令塔として極めて優秀だった。


 そして、だからこそ。

 孤立した状態でここまで表だって動けば、狙い撃ちされるのは当然の話だった。


「――ッ!?」


 吐く吐息が唐突に白く色づいたと感じたその刹那、弱肉強食の未知の楽園(アンノウンエデン)を生き抜いた自身の勘に従って和葉は大きく横合いに跳躍した。

 着地も何も考えない非力で運動音痴ながらも神の能力者(ゴッドスキラー)としての筋力を全解放した緊急回避は、和葉の身体を横合いの通路の壁に強かに叩き付ける結果となった。

 無理な挙動にアキレス腱の筋を痛めたのが分かる。全身を打つ痛みと衝撃に息がつまり、咳き込む和葉。

 しかし、その程度のダメージで済んだのは幸運を通り越して奇跡だったと言わざるを得ないだろう。


 壁にぶつかり跳ね返る向きを後方へと調節し、僅かではあるが後ろへと退避出来た事が大きかった。

 先ほどまで和葉がいた地点から前方三十メートル先まで、その範囲の空気が瞬時に凍り付いてしまったかのように、通路が氷で埋め尽くされていたのだから。


「な……、これ……は……『絶氷』……!?」


 そのあまりに乱雑で馬鹿げた力技に、和葉が悲鳴とも驚嘆ともつかない叫びをあげた途端。眼前を覆い尽くしていた氷塊が粉微塵に砕けて一瞬で気体へと昇華し、荒れ狂う気体の渦を引き裂いて一人の男が姿を現した。


「貴殿が鼠の親玉か。こそこそと裏から嗅ぎ回る醜悪な存在と思っていたが、随分と愛らしい身なりをしている」


 時代錯誤というか、根本的におかしなナリをした男だった。

 年齢は三十代半ばか後半と言ったところか。伏したように細い切れ長の瞳に、無精ひげ。

 ダイバースーツのような軍用インナーに、防弾チョッキと軍用パンツ。その上から羽織を着て、腰には和装の鞘を差している。

 身体にぴたりと張り付くタイプのインナーから垣間見える鍛え上げられた鋼の肉体は、決して大柄では無い日本人らしいスマートさを持つその男に決して融ける事のない巨大な氷山のような、絶対的な存在感を否応なしに与えてくる。

 その威圧を覆い隠すようなゆったりとした羽織を揺らすその姿は、

 目に掛かって邪魔な前髪こと後ろでまとめて結わいた若干長めの黒髪が、しっぽのように揺れている。


 和葉はこの男を知っていた。

 神の力(ゴッドスキル)の発動条件を満たす為にクライムを直視しに行った際に彼を目撃した生生からの報告も受けている。

 それに、これでも長年情報屋をやっている身だ。噂自体は未知の楽園(アンノウンエデン)に居た頃にも聞いた事があった。


 炎も水も空気も命も、時間の流れでさえも彼の前では等しく零。

 触れるモノ全てを凍らせ停止させる自然系(コスモ)最強の男にして、自然系(コスモ)唯一の神の子供達(ゴッドチルドレン)

 かつて、極東の島国を滅ぼしかけた巨大な津波すらをも一瞬で氷結させ海を止めた侍。


「失礼、名乗りがまだであったな。小生は氷道真。命令オーダーに従い、貴殿の命を止める者である」


 『絶氷』氷道真ひょうどうまことは温度の感じられない声音で事務的にそう通達すると、和装の鞘から緩やかな所作で刀を抜刀。

 鋼ではなく、白い冷気を周囲に発散する氷の刀身を持つ日本刀を中段に構えた。

 まるでその剣気を可視化したように空気を凍てつかせる白い冷気に、和葉は腰が抜けてしまって動けない。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、幾度経験を重ねようとも神の子供達(ゴッドチルドレン)という高位存在に対する恐怖やその絶望感は変わらない。

 肌を貫き突き刺すような冷たい干渉力に侵食されて、和葉は身も心も氷の世界へ、停止と零の世界へと誘われる。


「――お覚悟を」


 覚悟もなにも、和葉の認識は未だ現実にまともに追い付いてすらいなかった。

 思考すら凍てつき、感情が凍結してしまったかのように、自身が目の前の怪物に対して感じている筈の絶望と恐怖の吐き出し方を忘却した喉はぴくりとも動かない。

 氷道真はその行為に何の感慨も抱くことなく、ただ己に与えられた命令オーダーを実行するべく、構えた氷刀を極悪な冷気と共に少女へと振り下ろす。


 振り下ろされる氷の刃が、少女の身体とその命を刻む時を無慈悲に凍り付かせようとして、和葉は抵抗らしい抵抗は何も出来ずただ直撃を予感した瞬間に反射的に目を閉じて――


「……ッ!」


 ――爆炎と、目の眩む閃光の輝きが、少女を守るように割り込んだ。



「あァ? どっかで見かけた女だと思って反射的に助けてはみたたけどよ……ンだよ、こっちのヤツも有名人様じゃねえか……!」



 それは、光のように煌びやかに輝く轟炎で、


「折角妹の顔を見れると思ったのに、僕やあの子を優に越える馬鹿げた干渉力を感じて急ぎ戻ってみれば……恐ろしい偶然というか、このタイミングでこの男を引き当てるなんてね。全くもって世界の悪意とは度し難い……」



 それは、炎のように燃え滾る閃光で、



「知ってるぜ、お前。アホ猿の野郎が寄操令示ブチ殺す為にパクッた氷道真とかいう神の子供達(ゴッドチルドレン)だろ? お会いできて光栄だぜクソ氷野郎」


 その五体を灼熱に燃え上がるマグマの如き流動的な炎へと変え、全てを凍りつかせるハズの刃を業火の右腕で受け止め爆発で弾き返した野蛮で凶暴そうな少年と。


「……氷道真。僕の妹を狙う『創世会』のメンバーの一人。機会があれば是非ともご挨拶に伺いたいと思っていた所だ。まさかこんな場所で会えるなんてね、とても嬉しいよ、最強野郎」


 迫る凶刃から間一髪のところで救い出した少女を抱きかかえ、燃え盛る少年の背中越しに氷刀使いの神の子供達(ゴッドチルドレン)を睨みつけるもみあげ部分のみを黒染めした金髪の少年。


 神の子供達(ゴッドチルドレン)であり自然系コスモ最強でもある氷道真の想定を越えた新手二人に、氷道は一度後ろへ飛び退き距離を取って両者を眺めると感心したように低く唸る。


「……小生の冷気より疾く駆け少女を救い、小生の氷結に抗い熱し溶かすか……貴殿ら、何者であるか」


 問いかけに、両者同時、声を揃えて。


「泉修斗」

「天風駆だ」

 

 冷気に侵食される己が身体を凍える端から燃やし熔かしながら泉修斗が吠え、

 抱えた少女を地面に降し、立ち上がった天風駆が妹の救済を阻む敵を真っ直ぐに見据えた。


 想定外のタイミングで想定外の二人の想定外の邂逅が果たされる。

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 ※※※叡智の蒐集・更新停止に伴い、『天智の書』の余剰リソースを用いた新章が公開されました。
閲覧の際は注意事項を確認のうえ、細心の注意を払って頂きますよう、お願い致します※※※
『天智の書:人ノ章(ベータ版)』
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