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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 破 三大都市対抗戦・下
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第四十九話 違える道、それでも始まりは確かにⅠ――それを、理解できるが故に:count 1

 三度目の衝撃に、東条勇麻は血溜まりに沈んだ。 


 拳は届かず、怒りも届かず、何かもが鋭き槍の一掃の前に地に落ちた。ロジャー=ロイはその槍撃の如き一蹴りで、東条勇麻の内臓をまた一つ破壊した。

 流れ落ちる血の量は誰の目にも致命的。

 光りが消えうせ暗くなっていく視界の中、自分の敗北を予感する。

 

 ……嫌だ。負けたくない。


 負けたくない。

 あの男には、ロジャー=ロイという男にだけは負けてはいけない。そんな強迫観念めいた感情が心の裡から湧き上がってくる。

 だがその理由が分からない。


 血が滲むほど唇を噛み締める自分に、しかし勇麻は内心自問する。

 何故? どうして東条勇麻はロジャー=ロイに敗北することを拒むのだ。

 答えは簡単だ。ヤツが天風楓を傷つけようとするから。

 世界平和のために楓が殺されなければならないなどとふざけた事をぬかすロジャー=ロイは絶対に許せない。

 それは疑いようもなく確かな事だ。


 だが一方で、楓はまだ直接連中に襲われたワケではない。

 一度目の襲撃は失敗し楓は無事だった。確かにこれからロジャー=ロイが楓を襲撃する事はあるかもしれない。だがそれだって、スネークと『設定使い』が楓の守りについている時点で事実上不可能な話だ。

 そもそも楓の襲撃に関して、ここでの勝ち負けは直接的に関与しないのだ。

 勇麻が勝とうが負けようが、エリザベス=オルブライトの気が変わらない限り楓は女王艦隊クイーン・フリートに狙われ続けるだろう。

 ならば勇麻が本当に怒りを荒げるべきはこの男に対してではない。

 その拳と怒りの矛先は、征服による世界平和を目論む彼の女王にこそ向けられるべきなのだ。


 この胸の奥を掻き毟りたくなるような嫌悪感。苛立って苛立ってしょうがない、全てをあの男にぶつけたくなる異質な憎悪と怒りの狭間の感情。目の前の男に敗北する事に対する拒絶は、楓に関する事柄だけが原因とは思えない。

 

 それでも、確信めいた予感があった。

 おそらく同じような感情を、相手も抱いているに違いない、と。


 そして、そう思った途端、全てが腑に落ちた感覚があった。

 

 ……何だ。簡単な話だったんだ。

 ただ、東条勇麻はそれを認めたくなかっただけだ。


 全てを理解してからは、早かった。

 

 心が浮上する。

 

 この胸を苛立たせる感情の奔流、それはすなわち――



☆ ☆ ☆ ☆




 カウントが七まで数えられたその時だった。





 血溜まりに沈む東条勇麻の指先が、芋虫みたいにぴくりと動いた。




☆ ☆ ☆ ☆ 



 時間は少しだけ遡る。


 東条勇火と九ノ瀬和葉の接触。

 彼女が提示したのは、想像だにしていなかった可能性。

 それも荒唐無稽でありながら馬鹿馬鹿しいと一蹴することはできないような、安易な否定を許さない、妙な真実味のある可能性だった。

 彼女は言った。


未知の楽園(アンノウンエデン)で東条くんと行動を共にしている中で、少し思うところがあってね。未知の楽園(アンノウンエデン)崩壊後は街を出て、あなたのお兄さんの事を調べていたのよ』



『彼の生まれや未知の楽園(アンノウンエデン)を訪れる事になるまでの経緯。周囲の交友関係。天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)に家族で移ってからやそれ以前の事まで……要するに東条くんの半生ってヤツを駆け足で追いかけたわ』



『す、ストーカみたいですって……? 礼儀正しいようでいて、どこかの誰かに似て失礼な人ね、全く。人の話を聞いていたかしら? 言ったでしょう、思うところがあったって。――え? いきなり腹をつついて何をするんだって? 別に、特に意味はないけど。あなた、逆にそれくらいでいちいち騒ぐ方がおかしいと思うわよ? 何というか、自意識過剰的な。ええ、ほんとに。静かにしてね。……いいじゃない減るもんじゃないのだし(ボソッ』



『というか、肉親であるあなたが彼の状態に関して何とも思わない方がおかしな話だと思うのだけど。……と、話が逸れたわ。今、その話は重要ではないから、後にしましょう。というか、ぶっちゃけそっちはまだ調査中なのよね。確認は取れたけどその事実が何を意味するのか、肝心な部分が全く分からないし。情報として提供できる域に達していないのよ』



『で、私が何の為にあなたに接触したかと言うと、東条くんの関わった事件を調べていく内にある一つの事件の事を知ったの。「狂気の雷雨事件」という言葉に聞き覚えはあるかしら? そう。まあ当然でしょうね。あなたは事件の中心に居たのだもの』



『私個人の目的はあなたから当時の事を聞いて、情報の裏付けを取る事。だからこれはその報酬の前払い分として受け取って欲しい。というか、東条くんの為にも今動けるのはあなたしかいないの』



『あなたたちが「対抗戦」に参加する理由が天風楓の護衛にあることは知っているわ。……何でそんな事を知っているかって? 言ったでしょう? 私は東条くんが関わった事件や、交友関係についても調べているって。その中で天風楓に関する不穏な動きが見えてきたのよ。(ま、そっちに気付けたのは竹下悟の神の力(ゴッドスキル)に頼った部分が多いのだけどね)敏腕美少女情報屋を舐めないで貰いたいわね』



『ふう、説明も疲れたわ。ようやくここからが本題。その件で一つ、優しい情報屋のお姉さんから忠告があるから、心して聞きなさい。――天風楓の身に何らかの危機が迫っている。クライム=ロットハートが動いている、と言えば事の深刻さが分かるかしら? そして問題は「創世会」だけじゃない、あなた達と協力関係にある「背神の騎士団(アンチゴッドナイト)」も今回の件に関しては何か裏がある。だからあなたには、今すぐに天風楓を「創世会」と「背神の騎士団(アンチゴッドナイト)」二つの手が届かない場所へと連れて行って欲しい』



『……まあ、信じられないというのは予想通りの反応よね。ところで、どうでもいいけど彼女が今どこにいるのかあなた達は把握しているの? ほら見てみなさい。作戦の本筋からいつの間にか外されている。信用されてないのかそれとも――なにか見せられないことがあるのか』



『ま、東条くんならともなく、あなたを相手にこれだけで信用を得るのは土台無理だって事は分かっていたわ。だからはい、これ。あなたにあげる。うちの馬鹿用心棒が撮った映像データ。天風楓の襲撃に関するモノとだけ言っておくわ。(……まったく、これ撮らせるためにバトルをお預けしたせいか、あの後音信不通になったっきり辻斬りじみた野良試合繰り返すばっかで帰ってこないしデータ回収するのにどれだけ時間が掛かったことか)』



『私の言葉を聞いてどう動くのかはあなたが決めなさい。でもこれだけは言える。今動けるのはあなたしかいない。東条勇麻も泉修斗もアリシアも、常に周囲を見張られているわ。彼らの中で最も警戒されていないあなただからこそ、今自由に動けるのよ。「創世会」も「背神の騎士団(アンチゴッドナイト)」も私の言葉も信用しないで。自分の目を信じて動いて欲しい。そのことだけはどうか忘れないで』



 ――そうして今、東条勇火はスタジアム内部の通路を駆けている。


 データの中身は、天風楓が女王艦隊(クイーン・フリート)のメンバーと思しき神の能力者(ゴッドスキラー)からの襲撃を受けている映像だった。


 これがどういう意味を持つ映像であるか分からない程、東条勇火は間抜けではなかった。

 楓を守るように戦っている男もまた女王艦隊(クイーン・フリート)のメンバーであるハズだが、重要なのはそこではない。

 あの日、確かにスネークは襲撃は失敗し楓の元に危機が及ぶような事はなかったと断言しているのだ。

 映し出されるスネークの報告とは百八十度真逆の光景に、勇麻は頭がくらくらと揺れ、現実が剥離していく嫌な感覚を覚える。


 だがそれでも、思考を放棄せず今自分に取れる最善を考えた。

 

 自由に動けるのは、警戒の薄い自分だけだと彼女は言った。

 人任せには出来ないし、するつもりもない。

 その身にのしかかる重圧に、責任という二文字に押し潰されて膝を屈するのはもう飽きている。

 これは、東条勇火に与えられた戦いなのだとはっきりと理解した。


 誰も信用してはならない。

 ……背神の騎士団(アンチゴッドナイト)は頼れない。


 どこに監視の目がついているのか分からない。

 ……勇麻や泉、そしてアリシアを頼った瞬間勇火の動きは背神の騎士団(アンチゴッドナイト)側に補足される。今この状況で、それは致命的だと勇火は判断した。


 信じるのは己が瞳で定めた真実のみ。他は全て疑ってかかるべきだ。

 ……真実がどうであれ、この状況で可能性を絞るのは愚行だ。選択肢の幅を狭めるべきではない。

 

 そんな極限の中、自分の見て来たモノを信じた東条勇火が出した答えは、鳴羽刹那への協力要請。

 背神の騎士団(アンチゴッドナイト)と関りが無く、『創世会』とも通じていない。一般的な天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の住人。

 そして現状では、勇麻たちを除いて勇火が最も信頼できる相手だった。

 

 あの馬鹿げた殴り合いでもやもやしていた頭がすっきりとした。決心もついた。これが今の東条勇火に打てる考え得る限りの最善手。

 今は一刻も早く天風楓を見つけ出し、時間稼ぎでも何でもいい。とにかくクライム=ロットハートがいるであろうこのスタジアムから、彼女を安全な場所まで連れ出すしかない。


 なに。こちとら囮作戦は経験がある。

 不気味な影の騎士だって騙しとおしたのだ。必要とあれば今度こそ神だって欺いて見せるさ。


 ドクドクと喧しい心臓の鼓動に頬を引き攣らせ、東条勇火は武者震いとも怯えとも知れぬ振動に身体を震わせながら先を急ぐのだった。



☆ ☆ ☆ ☆



『――セブン!』



 カウントダウンが聞こえた。



『――エイト!』



 今も数字を叫ぶ声が聞こえる。という事はつまり、まだ自分は試合に負けてはいないらしい。

 身体が痛み、意識は依然曖昧に揺れ動く。

 だがそれでも、心が折れず、身体が動くのならば、きっと問題は何もない。


 東条勇麻はまだ、負けてなどいない。

 

 となると、ここから東条勇麻が撮取るべき行動はただ一つだ。

 負けていないのならば、当然自ら敗北を認めるような真似などしない。する訳がない。どこまでも愚直に馬鹿みたいに抗ってやろう。

 それこそが東条勇麻という男であるハズだ。



『――ナイン!』

 


 傷だらけの身体に力を込め、石畳に手をつく。粘ついた感触が掌から伝わる。自分の血に手を取られそうになりながらも、まず上半身を石舞台リングから起こす。観客のどよめきが耳朶を打つ。どうやら勇麻を応援してくれている人も、ゼロではないようだ。

 頑張れ! 負けるな! 立ってくれー! そんな声がちらほらと聞こえ、勇麻の身体に勇気が湧き上がってくる。

 中でも力を与えてくれるのは、聞き覚えのある叫び声だ。

 声援というより、泣き声と言っても過言ではない必死に叫ぶ少女の涙声や、幼い子供の子供特有の甲高い応援。仲のいい姉妹の声援は重なって響き、懐かしく優しい男と女の声が勇麻を安心させる。応援なのかきわどい暴言も聞こえるのはご愛嬌。

 どんな時でも自分を貫くマイペースな仲間たちに、力が沸いてくる。痛みが遠のく、意識が明瞭に、靄がかった視界がどんどん晴れていく。



『――テン!』



 テンカウントぎりぎりで立ち上がった勇麻に、観客席から洪水のような拍手が響く。 

 彼らの声に支えられる形で戦場へと返り咲いた東条勇麻は、血塗れの拳を強く強くもう一度握りしめて前を見据える。

 そこに、勇麻が向き合うべき相手が立っている。



『――なっ、なんていう事だァ!! ロジャー=ロイの痛烈な一撃をまともに喰らい再起不能に思えた東条勇麻が、この傷で再び立ち上がったァーッ!!? す、凄まじい根性というか信念というか……あ、あの、なんでもいいけど「対抗戦」で死人だけは出さないでくれよな! いやマジで何か危うそうな感じはシオンちゃん的には堪らんのだけどじゅるり!』


 頭が軽い。適度に血が抜けたせいか、視界は霞むが思考をかき乱す憎悪と嚇怒の狂熱は消え去っていた。

 

(……ようやく気付いた)


 理解できなかった自分の気持ちを、今ようやく理解した。

 ロジャー=ロイという強敵に対して一致していなかったちぐはぐな心と身体が、答えを見つけ出した事で今再びしっかりと繋がり噛み合うような、パズルのピースがかっちり嵌るある種の快感めいた感覚を得る。


 どうしてあんなにもこの男が許せなかったのか。

 拒絶し否定し打ち負かしてやりたいと、こいつだけには負けたくないと切に願ったのか。今なら分かる。

 

(すべて、簡単なことだったんだ。今なら理解できる。いいや、俺は理解していたからこそ、それがどうしようもなく嫌だったんだ……)


 他人を完全に理解するというのは難しい。

 矛盾を内包する感情というヤツは自身のモノでさえ十全に把握することは叶わず、それが自分とは異なる他人となれば全くの未知。

 理解不能な異世界言語で綴られた暗号文のような物だ。読解がどれだけ困難かは、説明するまでもない。

 ただそれでも、例えそれが物凄く難しいことで、実現不可能な事なのだとしても。

 相手を理解したい。分かり合いたいと願うその気持ちは、絶対に無駄なんかじゃない。

 

 重要なのは認める事だ。


 ありのままそこに存在する他者を許し、認め、受け入れること。

 そしてこちらから勇気を持って、さらに一歩を踏み出すこと。

 怖がって、締め出してしまっては何も始まらない。


 拒絶も憎悪も諦観も、全ては己の弱さ。真実から目を背けたがる自身の弱さこそ、勇麻が勇気をもって乗り越えるべき壁なのだから。


「――起動リーチアウト、」


 起句を唱える。

 勇麻は、いっそ穏やかさすら感じさせる静謐とした不思議な表情でロジャー=ロイを真っすぐに見据えてこう言った。


「来いよ、ロジャー=ロイ。アンタ、俺を否定したいんだろ? そんなにやりたきゃやってみろ。ただ――」

「……鬱陶しい死にぞこないが」

「――アンタと違って、俺は諦めだけは悪いぜ?」

「ここで折れろやァ! 東条勇麻ァァアアアアアアアアア!!」



☆ ☆ ☆ ☆



 ――まるで幽鬼のようなその立ち姿に、心が波立つ。


『――なっ、なんていう事だァ!! ロジャー=ロイの痛烈な一撃をまともに喰らい再起不能に思えた東条勇麻が、この傷で再び立ち上がったァーッ!!? す、凄まじい根性というか信念というか……あ、あの、なんでもいいけど「対抗戦」で死人だけは出さないでくれよな! いやマジで何か危うそうな感じはシオンちゃん的には堪らんのだけどじゅるり!』


 信じられないとばかりに振り向いた先に広がるその光景に、絶句した。

 ようやく得られた心の安息が、広がっていたはずの安堵が、少年が起き上がったというただそれだけの事実に一瞬で瓦解する。

 何故だ。なぜ、何故何故何故どうして何故なんだ! 

 どうしてまだ折れない。なぜ立ち上がるッ!


 実力差は痛感したハズだ。

 少年の攻撃はこちらに一切通じず、一方的に叩きのめしたのだ。心が折れていたっておかしくはない

 

 勝ち目のなさは理解したハズだ。

 宣言通りに叩き潰した。誰が見たって勝敗は明らか、これ以上立ち上がったところで、何ができる訳でもないだろう。

 

 痛みと恐怖が刻まれたハズだ。

 身体に必要以上の痛みを与えたのだ。もう戦うことはおろか、立ち上がる事だって不可能な程に少年の身体はボロボロだ。


 それなのに。

 

 何故、まだ立ち上がろうと思えるのだ。

 

 何故、まだ拳を握るのだ。お前は。


 少年を圧倒しているはずのロジャー=ロイは眼前の亡霊に砕ける程に歯を食いしばり、肉に爪が食い込む程に拳を強く握った。

 眉間にしわを寄せ、苦虫を嚙み潰したような激しい渋面を形作る。その苦渋に満ちた表情はとてもではないが勝利を目前にした男のソレではない。これではどちらが勝っているのかすら分からない。

 

 ロジャー=ロイは、それでも心の均衡を保とうと大きく呼吸をし、自らに語りかけるように言い聞かせる。

 

 ……あぁ、そうだ。こいつは亡霊だ。俺が殺すべき、この世にあってはならない過去の残滓なのだ。

 

 苛立ってなどいない。

 恐怖などしていない。

 憎悪などないし、敵愾心など抱いていない。

 執着などあるハズがない。


 目の前のこれはロジャー=ロイにとってそう特別なものではないのだ。こんな貧弱な小物に、新人類の砦アドバンスフォートレス最強であり、女王の一番槍である自分が、何かを感じるはずがない。

 ただ、あってはならないものだから、潰すだけ。 

 そう。これは単なる作業であり、そうすることが己の常識であるというだけの事だ。


「来いよ、ロジャー=ロイ。アンタ、俺を否定したいんだろ? そんなにやりたきゃやってみろ。ただ――」

「……鬱陶しい死にぞこないが」


 こんな青臭い餓鬼にこのロジャー=ロイが心を乱されるなど、断じてありえない。


「――アンタと違って、俺は諦めだけは悪いぜ?」

「ここで折れろやァ! 東条勇麻ァァアアアアアアアアア!!」


 だから。だから。だから。

 立ち上がってはならないソレを今度こそ完膚なきまでに叩き潰さなければならないのだ。


 自分のモノでないような獰猛な雄叫びを耳にこびり付かせながら、ロジャー=ロイは地を蹴り付け弾丸となり握りしめた拳を東条勇麻へと打ち込んだ。



 ――破壊の衝撃が、伝播する。



 『震え恐怖にモレキューラ・バイブレーション』が、目の前の塵芥を破壊するにふさわしい振動数を弾き出し、全てを穿ち砕く必殺の槍と〝鳴る〟。


 ロジャー=ロイの『震え恐怖にモレキューラ・バイブレーション』はその名の示すがごとく振動数を操る神の力(ゴッドスキル)だ。

 物体には固有振動数というものが存在する。ある物体が自由振動した際に表れる、固有の周波数のことだ。

 これに外部から強制振動を与えた時、外部振動が固有振動数と一致した際に発生する現象がある。

 『共振』。

 物体が共振すると振幅が大きくなり、ある一定のラインを越えるとその物体の破損に繋がる現象だ。

 ガラスのワイングラスを声の振動だけで割る動画があるだろう。それと同じ。

 ロジャー=ロイは相手やその特定の部位に対して特定の振動を叩きこみ、強制的に共振を起こして対象を破壊する。

 その拳は、無機物だろうと有機物だろうと関係なく打ち砕く。

 一見、高すぎる破壊性能故に扱いが難しく思える力だが、汎用性も殊の外高い。――例えば、高速振動によって単純に強烈な衝撃派を発生させ、通常の挙動を底上げしたり。

 東条勇麻に対して行ったように、特定の部位のみを狙って破壊する局部破壊など、精密さを併せ持っている。

 極めつけは相手の『攻撃』に対して同じ周波数の振動をぶつける事でその威力を『相殺』するという離れ業。

 干渉レベルAプラスともなると、もはや『共振』という破壊の概念を直接振りかざしているに近いと言えるだろう。 

 攻撃は最大の防御を地で行くような、無敵の矛を持つ男。それがロジャー=ロイだ。


 故に、彼にとっては人間を破壊することなど呼吸をするに等しい些事だ。触れるものを壊さないよう加減をする事の方が困難な程に、ロジャー=ロイは破壊することに長けている。


 だから、手心を加えるのはもう止めにした。


 これでヤツが死のうが構わない。この一撃で、全てに幕を下ろす。

 その身に宿る力が導き出すは少年を内側より砕く破壊の概念。

 既に死に体の少年に終わりを突きつけるように。

 何かを断ち切り振り切るように。

 ロジャー=ロイはその力でもってして〝恐怖に振るわせ〟眼前の敵を破壊せんとした。


 致死性を伴った一撃。

 触れれば瞬時に内臓が攪拌され、骨が砕け、血管が引き千切れる。

 崩壊を招くその拳を前にして――ふらりと幽鬼のように立ち尽くす東条勇麻は、不敵な笑みを張り付けたまま微動だにしなかった。

 その舐めているとしか思えない態度に、血が瞬時に沸騰する。


「――!? ヅッ、ォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」 


 驚愕をすぐさま屈辱と怒りに塗り潰し、咆哮と共に崩壊をその頬に叩きこんだその刹那だった。


 攻勢に出たその意識の間隙を突くように、コンマ一秒以下の差で東条勇麻の右の拳が閃いて――ロジャー=ロイの顔面に深々とめり込んだ。


 ――破壊の衝撃が伝播する。

 

 東条勇麻とロジャー=ロイ。

 共に絶大無二の破壊の一撃を持つ両者の拳が、僅かなタイムラグを経てほぼ同時に突き刺さる。ノーガードで相手の一撃を受けた両者の身体が、ようやく思い出したように、反発する磁石の如く同時に弾け吹き飛んだ。



☆ ☆ ☆ ☆



 それは、分かり切った事だった。

 

 ロジャー=ロイは認識した攻撃を一種類までなら『相殺』することが出来る。

 ロジャー=ロイはその一撃の破壊力を『増幅』させる何らかの手段を持っている。

 ロジャー=ロイは『相殺』と『増幅』を同時に行う事はできない。

 

 勇麻とシャルトルの二人で掴み取ったロジャー=ロイに関する情報は大きく分けてこの三つ。

 ここまで分かっているならば、後は簡単な話だったのだ。


 『相殺』と『増幅』。

 その二つを同時に行う事が出来ないと言うのならば。

 ロジャー=ロイが『増幅』した一撃を放つと同時、こちらも拳を振りぬけばいい。


 ロジャー=ロイが勇麻の攻撃を『相殺』し続けたのは何故だ。

 ロジャー=ロイの攻撃を勇麻が弾く際、〝『増幅』よりも『相殺』を優先するように途中で切り替えた〟のは何故だ。

 答えは実に単純明快。


 ロジャー=ロイは、勇気の拳(ブレイヴハンド)を恐れている。


 なればこそ、東条勇麻は恐れを乗り越え死中に活を見出した。


 骨まで切らせて骨を断つ。

 ロジャー=ロイが破壊の増幅を中断できないタイミング。全身全能全神経を攻撃に、その一撃に振り切ったその瞬間。刹那の間隙を盗み取り、勇気を持って最大最強の拳を叩きこむ。


「――理解掌握リアライズ・オーバー・ワン

 

 交錯の瞬間、少年の口がそう動いた事に、果たしてあの男は気付いただろうか。

 

 タイミングはコンマ一秒もない。

 その機を逃せば、ただロジャー=ロイの拳をまともに受けて吹き飛ばされるだけで終わる。

 だが、不可能だとは思わなかった。

 他の誰に出来なくとも、勇気の拳(ブレイヴハンド)にならば。

 勇麻にならばそれが出来る。

 

 何故って? だって話は簡単だ。

 東条勇麻はロジャー=ロイという男をこれ以上なく、他の誰よりも理解する事ができるのだから。


 拳を振り上げるタイミングが、拳を振りぬく瞬間が、ロジャー=ロイの振りかざす破壊の意思が、手に取るように分かる。理解できる。


 ロジャー=ロイの一撃は勇麻を身体の内側からボロボロにした。

 衝撃が伝播し、機能不全に陥った内臓が不気味な叫喚をあげる。細胞が血を吐き出しているかのように、身体中からドロドロとした赤黒い泥が流れ落ちる。

 だが、それでも、負けていない。

 折れていない。

 ロジャー=ロイは知らないのだ。

 痛みも、圧倒的な力の差も、敗北だって、東条勇麻の心を折るには至らないという事を。


 勇気の拳(ブレイヴハンド)が熱く滾る。痛みを押しのけ、敗北の予感を嘲笑うかのように。

 熱く熱く熱く。冷たい憎悪を溶かし、怒りを勇気に、拒絶を理解に昇華して。

 恐れずに眼前の敵を認め受け入れた勇気ある少年を、立ち上がらせる。

 回転率が、あがる。

 力を失っていく身体に喝を入れるように。拳が熱く、燃え上がる。


「ごほっ、がはっ……おまえ、俺に攻撃を相殺させない為だけに、『震え恐怖にモレキューラ・バイブレーション』の一撃を、無防備に受け入れたってのか? は、はは……本気であたま、おかしいんじゃねえの……?」


 視線の先、血反吐を吐きながら立ち上がったロジャー=ロイが、引き攣った笑みを浮かべ吐き捨てる。

 互いに互いの最大最強を受け、弾けるように飛ばされた彼我の距離はおよそ四〇メートル。

 勇気の拳(ブレイヴハンド)の身体強化があれば、数瞬のうちに駆け抜けられるだろう。勿論、この身体が死に体でなければの話だが。

 

 勇麻は今にも倒れそうな身体を引きずって、それでももう一度と拳を握り、笑顔さえ浮かべて強がってみせる。


「何言ってんだ、アンタだって……どうせ、昔はこれくらい、やってんだろうが」

「……分かったような口を聞くなよガキ」

「分かったような口じゃないさ、分かってんだよロジャー=ロイ。――アンタ、いつ正義こころを捨てた?」


 今の勇麻は理解できる。東条勇麻がロジャー=ロイを心の底から否定し拒絶したがったように、ロジャー=ロイもまた東条勇麻を否定し拒絶したいのだという事を。

 その訳を。

 彼の過去に何があったかまでは分からない。そこまで読み取れる程、理解掌握リアライズ・オーバー・ワンは万能ではないし、勇麻自身まだこの力を万全に使いこなせているとも言い難い。

 でも、それでも。東条勇麻とロジャー=ロイ。その始まりはきっと同じだ。

 彼らの根幹にはきっと正義への憧れがあった。だからこそ、理解できないものへの嫌悪ではないく、理解できるが故の嫌悪を互いに抱いていたのだから。 


 勇麻の問いかけに、ロジャー=ロイはしばし瞑目して何も答えなかった。

 やがて、静かに口を開くと、呪いの言葉を口にするような忌々しさをもって、小さな声で呟くように言った。


「……正義なんざ必要あるか。俺は姫さんの正義で在れればそれでいい。俺の正義なんぞ、なんの役にも立ちはしねえ。だってのに、全くよ……あぁ、心の底からイラつくぜ、勇気の拳(ブレイヴハンド)ッ!」


 必然が牙を剥き、ロジャー=ロイの身体が痛みを無視して加速する。

 振動により衝撃波を生み出す男は、生じた力を瞬発力に変え、ふらつく東条勇麻目掛けて疾走する。

 迫りくる破壊の権化、迎え撃つは今にも崩れ落ちそうな満身創痍のちっぽけな少年。


 されど決して折れぬ正義こころが、その拳には宿っている。


「否定させないぞ」


 己の血に塗れたボロボロの拳を握る。


「俺は、アンタにだけは負けられない。負けちゃ、いけないんだよ……!」


 胸の奥を掻き毟りたくなるような八つ当たりじみた苛立ちも、憎悪と怒りの狭間の異常な狂熱も、その言葉にはない。


 あるのはただ、真摯な一握りの想い。


 誰が為に握られる拳を、今、この瞬間は己の為に。

 そして、目の前の男の為に、強く。強く握った。


 そうして再度、男と少年は激突する。

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