第四十八話 VS.ロジャー=ロイⅡ――破壊齎す最強の槍:count 1
初撃――両者の繰り出した拳は、寸分たがわぬタイミングで互いの頬を打ち据えた。
しかしダメージを受けたのはただ一人。
余波のような風が二人の前髪を揺らすように走り抜けて行く中。軍服を纏ったその男は、頬に拳を突き入れられてなお揺るがずに君臨していた。
同時に拳を叩きこんだはずの東条勇麻のみが足裏で石舞台を削り、痛みに表情を歪める。
「ぐっ……っ!?」
こちらの攻撃を認識された時点で、拳の威力を打ち消されている事は分かっていた。だから、この結果も想定内。
それでも一撃を覚悟で退かずに拳を打ち込んだのは、確かめたい事があったからだ。
(やっぱりだ、こいつッ。もしかすると本当に、俺の予想した通りに……!)
シャルトルとの対話で生じた違和感を再確認する事が出来た。となれば、今の打ち合いにも意味が出てくる。
もう用はないとばかりに、拳の威力にのけ反った不安定な体勢をカバーするべく勇麻はそのまま後ろへと大きく後退。
ロジャー=ロイから一先ず距離を取り、仕切り直そうとする。
しかし当然、ロジャ=ロイはそれを許さない。
石畳を蹴り付け、逃げる勇麻との間合いを付かず離れずでキープすると、さらに踏み込みそのまま拳の乱打を繰り出してくる。
一撃一撃はボクシングの軽打のような、手数重視の攻撃。無視しても大したダメージにはならないだろう弱打だ。
しかし勇麻はその一撃一撃に無視できない悪寒のような物を感じ、その全てを勇気の拳で向上した動体視力と反射速度にまかせて対応。全てを拳で叩き落とす。
拳と拳がぶつかる瞬間、背筋を震わす悪寒は霧散していく。その感覚に、自身の直感は間違っていなかったという確信を得る。
ドガガ! ガガッガ! と、まるで銃を乱射するような拳打音が連続し、目にも止まらぬ速度で閃く勇麻の左右の拳が、ロジャー=ロイの攻撃を一つ残らず封殺する。
「……チッ、忌々しいな。一撃も通さねえつもりかよ」
「こんなノロマな拳が当たるかよ。むしろお前が喰らっとけ……!」
叫び、ロジャー=ロイの拳を一際強く大きく弾く。
ロジャーの左右の拳は大きく身体の横合いにまで跳ね万歳するような格好となり、その胴体ががら空きとなる。
隙が生じる。ならばそれを突かない手はない。
「くっ!?」
勇気の拳によって得た本来の破壊力は搔き消されているが、上昇した膂力そのものには干渉されていない。
いくら大柄とは言え身体強化系でもないロジャー=ロイの拳を力技で押しのけるなど造作ない事だった。
きりきりと拳を弓矢のように反らして引き絞り、一気に解放。そのまま無防備なロジャー=ロイの胸の中心へ、咆哮を纏わせ右の拳を叩きこむ――ッ!!
「――ォ、おおおおおおおおおッッ!!」
空気の薄膜を突き破り、風切る剛拳が炸裂。インパクトの衝撃に負けじと拳圧が吹き荒れる。
さらに遅れて拳圧とはまた異なる余波じみた衝撃が駆け昇る中――
「それで?」
――拳をその胸に突き立てられてなお不動、その男は不敵な笑みを浮かべていた。
まるで通じていない。体幹ひとつ揺らいではいないその立ち姿は、勇麻の一撃が完全にその威力を殺されている事を物語っている。
くっ、と歯噛みし続いて左の拳を叩きこもうとして、
「……効かねえなぁ、勇気の拳ッッ!!」
ドッッ! 触れたロジャー=ロイの身体から直接伝播する衝撃波をまともにその身に受け、勇麻の靴底が地面を離れた。
浮遊感と共に身体が十メートルも吹き飛ばされて勢いよく石舞台を転がった。
肌が擦り切れ、血が滲む。それよりも打った骨身がじくじくと鈍痛を与えてくる。だが泣き言を言っている暇もない。
……拳圧だけで風を巻き起こす威力の一撃を、完全に相殺された。
分かっていた事ではあるものの、ショックがない訳ではない。とはいえ今は東条勇麻という敵に対する警戒を下げさせる事が先決だ。訪れるであろう数少ない機会を、確実にものにする為に無策を装え。今この瞬間の痛みと屈辱を、勝利への布石とするのだ。
であれば、いちいち落ち込んでいる余裕もない。
既にロジャー=ロイは地を蹴り追撃に入っている。
勇麻は転がる勢いを利用して身体を起こし何とか態勢の立て直しを図りつつ、思考を続ける。
(体勢を崩すのを狙っている? まともに戦わせないつもりか……!)
初手より徹底して速度を重んじるロジャー=ロイは勇麻が体勢を整える前に次々と攻め手を打ってきている。
重く致命となる一撃より、速さと手数を重視している印象だ。勇麻の中のイメージにあるロジャー=ロイはもっと真っ向からの撃ち合いを好む男だっただけに、想像から外れるような戦い方に少しばかり困惑する。
……何が狙いだ。思案するもそう都合よく相手の考えが分かる訳もなく、勇気の拳は眼前の相手より迸る敵愾心と闘気を勇麻に伝えてくるのみだ。
ロジャー=ロイ相手に理解掌握を使用できれば話は早いのだが……。
「おいおい、腰が引けてるぜ? 英雄気取り様よ」
「この……っ、」
すぐさま間合いに踏み込んでくるロジャー=ロイに思考は強制的に中断、思わず歯噛みする勇麻を待つことなく、剛拳が飛来する。
息つく間もなく反撃のタイミングも与えない。繰り広げられるのは一方的な攻勢。
完全に押し込まれている。シャルトルと話し合って組み上げた対ロジャー=ロイ用の戦術を実行に移す間もない猛攻だった。
右のストレート――首を捻り避け、足払い――跳んで躱し、掌底――空中で腕をかち上げるように弾き、蹴り上げからの中段蹴り――背中を反らして腰を引いてどうにか躱す。そして勇麻を捉え損ねたロジャー=ロイの右足がそのまま石畳を踏み砕く――震脚。
ロジャー=ロイの右足を中心に凄まじい衝撃が伝播し石舞台が沈み込み、陥没する。ビルが倒壊するような轟音と共に生じた直径三十センチ深さ五十センチのクレータから放射状にひび割れが走り、莫大なエネルギーが疑似的な地震を巻き起こす。
揺れる大地に足を取られ、ただでさえ無理な体勢での回避を続けた勇麻が大きくバランスを崩してしまう。
(あ、まず――っ)
激しいい悪寒が勇麻の背筋を駆け抜け、そして。
「今。足、崩れたろ?」
たたらを踏んだ勇麻へ、ロジャー=ロイが容赦なくその長い脚を振りぬいた。
バランスを崩した勇麻に、その一撃に対応する術は無い。勇気の拳の特性上、防御は論外。
ロジャー=ロイの震脚によりバランスが崩れ勇麻の脚は完全に死んでいる。この状態から一歩踏み出すことすら儘ならず、回避など到底不可能だった。
勇麻は無抵抗のまま、その蹴撃を迎え入れる他ない。
――しかし、ロジャー=ロイの『震え恐怖に』に関する情報をある程度得ていながら、その選択はあまりに悪手だったと言わざるを得ない。
例え全うな回避行動が不可能な状況下でも、模索することを辞めるべきではなかった。両脚に大きな負荷を掛け、筋繊維を破裂させでも、その一撃を死ぬ気で回避すべきだったのだ。
――脇腹をロジャー=ロイの右足が蹴りぬいた瞬間。肋骨が破裂した。
「ごっ、がぁあああああああああああッッ!!?」
人間離れした威力に少年の身体がサッカーボールのように転がり、天地が入れ替わる中。勇麻は暴力じみた絶叫を上げる。
元々人体の中では脆い骨ではあるが、それでもこの折れ方は異常と言うほかなかった。
比喩表現でも何でもない。たった一撃。単なる蹴りの一撃で、東条勇麻の右の肋骨が粉々に砕け散った。
体内で飛び散った破片が右の肺に多量に突き刺さり、口の中が一瞬で鉄さびの味に染まる。片肺が潰れたことにより、唐突に標高の高い場所に投げ出されたかのように呼吸が急激に苦しくなる。
人体を破壊する衝撃が蹴りを通じて勇麻に伝播し、体内の構造を破壊した。
あえて説明するならば、そんなふざけた一撃だった。
「おっと、痛かったか? 悪いな、オジサンの神の力は壊すのが得意な分加減が難しい。若いのにはちと刺激が強すぎたかもしれん。まあ流石に、あの御嬢さん相手の時は加減してたが……まさかお前も手加減が欲しいなぞ抜かす訳がねえよな?」
失敗した。浅はかだった。分かっていたハズだ。理解していたハズだ。そもそも勇麻が感じた違和感とは、ロジャー=ロイの一撃、その威力の揺れ端だ。
何の異能も変哲も無い単なる拳で勇気の拳と拮抗したかと思えば、拳を打ち合わせた無理な態勢から人間離れした衝撃で勇麻を吹き飛ばす。
利き腕を砕かれてなお逆腕でシャルトルを砲弾のように吹き飛ばし、かと思えば勇麻の頬を打った先の一撃は僅か靴底を滑らせる程度の威力しかない。
ロジャー=ロイの攻撃はおそらく一定の法則性の元で、その威力が増幅している。
勇麻以上の破壊力を秘めている一撃と、そうでない一撃の時があるのだ。
ここまでの戦いで、その法則性をある程度勇麻は掴んでいた。
おそらくロジャー=ロイは、相殺と増幅を同時に扱う事ができない。
故に、ロジャー=ロイの攻撃は回避するかこちらもタイミングよく攻撃を合せるかのどちらかの方法で対処するべきだった。
そして、そんな勇麻の予測はほぼほぼ当たっていたと言っていい。
その証拠に、ロジャー=ロイは開幕からこの展開を待ち望んでいた節がある。
今までのようにロジャー=ロイの攻撃にピタリと合わせるような形で勇気の拳の一撃を貰うとなると、ロジャー=ロイはどうしても勇麻の一撃を『相殺』せざるを得なくなる。
そうなってしまうと、拳の威力で勇麻に打ち勝つのは難しくなる。
故に力にモノを言わせた真っ向からの撃ち合い殴り合いを避け、勇麻の態勢を崩させることに狙いを絞った。
速攻重視の連打は、勇麻に攻める間を与えずロジャー=ロイの対応に追われる状況を作り上げ、手数の暴力によって無防備な瞬間を作り出させるためにこそあったのだ。
全ては対応不能な状況を生み出し、決定的な一打を叩きこむ為。
その威力を、その努力を甘く見た。
倒れ、うずくまる勇麻を睥睨するロジャー=ロイが、底冷えする声で問いかけてくる。
「……おい立てよ、こんなものじゃねえだろう。この程度で終わらせてくれるな、勇気の拳。それともなにか? お前が天風楓を助けたいって気持ちは、ただ一蹴りで打ち砕かれるようなナヨっちい代物だったってのか? オジサンがっかりしちゃうぜ?」
「……馬鹿に、すんなよ。変態オヤジ。お前の蹴りなんざ、ちっとも響かねえんだよ……ッ!」
虚勢を張ることが出来た。
ならばまだ、戦える。
歯を食いしばって拳を握り、強がるように獰猛な笑みを湛えて立ち上がると、勇麻は再度地を蹴った。
大地を蹴りつける際に走る振動に身体が悲鳴をあげるが構わない、その痛みを全て塗りつぶすこの身を燃やす闘志で上書きする。
追撃が止み、ようやく仕切り直せたのだ。感謝するぜロジャー=ロイ。これでようやくこちらから仕掛ける事が出来る……!
勇麻は湧き上がる痛みを根性で捻じ伏せて、勇気の拳の活力とし、重たい身体に鞭打つようにその速度を上げていく。
僅か数秒足らずで距離を詰めると、思い切りのいい踏切りとともに身体を回転させ回し蹴りを放つ。ロジャー=ロイはこれを腕を顔の前に掲げるようにして防御。だが、赤黒い破壊のオーラが明滅する事もなければ、悪魔じみた破壊力を持つ防御殺しの一撃によってロジャー=ロイが吹き飛ばされることもなかった。
拳圧とはまた異なった〝何らかの現象による衝撃の余波〟が遅れて二人の周囲で吹き荒れ、勇麻とロジャー=ロイの髪を激しく揺らす。
おそらくは『相殺』されたエネルギーが、行き場を求めて外部へと放出されるような現象なのだろう。
そうなるとつまり、勇気の拳の特性である防御殺しの影響をロジャー=ロイの『相殺』は受けていないという事になる。
(なっ、勇気の拳が反応しない!? こいつ……防御をしているという意識がないのか……!?)
勇気の拳は勇麻の心理状態を読み取り、それに呼応する形で身体能力を増減させる。
そしてそれと同時、相手の感情を読み取り、逃げや守りに入ろうとする弱気な感情に反応する『防御殺し』の特性を持っている。
逃げることを決して許さず、真正面から相手と向き合い対峙することを両者に等しく強制させる神の力。
それが勇気の拳の持つ性質であり本質の一部だ。
その勇気の拳がロジャー=ロイの防御行動に対して反応を示していない。となるとこれは、相手の精神性の問題となってくる。
(あくまで相殺……こっちの攻撃を殺しているって認識かよ! だったら……!)
付け入る隙の無さに勇麻は思わず歯噛みしつつ、ロジャーの腕を蹴り足で押すようにして反動を付け空中で身体を流し、逆回転。ついで左の踵を後ろ回し蹴りの要領で叩きこむ。
当然これも威力を殺され弾かれる。運動エネルギーを解放しきりその場で静止した勇麻は、結果ロジャー=ロイに背中を晒す形で着地することとなる。
自ら不利な状況を作るような勇麻の行動に、ロジャー=ロイが訝しげに眉を潜めた瞬間だった。
間髪入れずに勇麻がその場で跳躍。大きく後方宙返りを切ってロジャー=ロイの頭上を越える形でその背後を取ろうとしたのだ。
勇麻たちは、ロジャー=ロイの『震え恐怖に』をスピカの『音響領域』と似たような原理で相手の攻撃を相殺している物と予測した。今回の戦闘ではその予測が正しいと仮定して動いている。
そしてシャルトルと勇麻の戦闘で得たデータから、二つの弱点があることも判明している。一つは、ロジャー=ロイは複数種類の攻撃を一度にまとめて相殺することは出来ないという点。
そしてもう一つが、認識の外から放たれる一撃を相殺することは出来ないという弱点だ。
シャルトルのように多彩な攻撃方法を持たない勇麻に、前者の弱点を突くことは極めて難しい。
故に勇麻が取るべき戦術は、勇気の拳で底上げされた身体能力――そのスピードや運動能力を最大限活かして、奇抜で想定外の動きでロジャー=ロイの思考から、そしてその視界から外れる事。
認識外の死角から想定外の一撃で『相殺』の隙間を穿つ。シャルトルと相談し辿り着いたロジャー=ロイ攻略の最適解だった。
が、しかし。
ロジャー=ロイは勇麻の挙動に動じることなく対応した。
「!?」
反射的に伸ばした腕が、今まさにその眼前を通り過ぎようとしていた勇麻の足首を掴み取った。
長年の戦闘経験からくる野生動物じみた戦闘勘が、勇麻の発想を上回ったのだ。
「へぇ、あん時の御嬢さんから何か聞いたな? 発想は悪くねぇが、甘えよ……!」
マズイ、と思った時にはもう碌に喋ることも出来なかった。
足を掴まれた勇麻はそのままモーニングスターのように振り回され、地面を舐めるような軌道で投擲される。
水切り石のように石舞台を跳ね回る勇麻。肌が削れ、身体中を打ち、痛みが全身で爆発する。
三十メートルは転がってようやく勢いを失う。手足を投げ出すように仰向けに倒れた勇麻の鳩尾目掛け、ロジャー=ロイが隕石の如く降り注いだのはその直後の事だった。
「がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」
大跳躍からの全体重をのせた踏みつけ攻撃に、勇麻はまるで噴水のように多量の血反吐を吐いた。
勇麻の身体を通して伝わる衝撃に石舞台が砕け陥没し、勇麻の身体が瓦礫の中に沈み込む。
ロジャー=ロイはぐったりとする勇麻の首を絞めるように右手で掴み、強引に立ち上がらせると、足が地から離れるほどに吊り上げながらギリギリと少しずつ首を絞める手に握力を籠めていく。
「さて、と。俺としてはお前をこのまま絞め殺してやってもいいんだが、ウチの姫さんは俺の優勝をお望みだ。となると殺すのはマズイ。……なあ、教えてくれよ勇気の拳。お前のその目障りな正義はどうすれば折れてくれる?」
「がぁ……ぐ、ぎぃ。ぁ、ぁあ……はっ、な……せよ。くそ……やろう」
酸素を求めて、身体中の細胞が喘ぐ。
視界が霞み、ロジャー=ロイが何を言っているのか理解が出来ない。
意識が遠のき身体から力が抜けていくその瞬間、
「あ、そう? ならお望みどおりに」
ロジャー=ロイは嘲るように鼻を鳴らすと手を離して。
そのまま落下する勇麻のドテっ腹に、左拳を叩きこんだ。
空気が一気に流れ込んだ直後、すぐさま強制的に空気を吐き出させるような苦行に、勇麻の表情が歪む。血と空気を吐き出し、転がるように倒れ込むと、その場で盛大に咳き込んだ。
真っ赤な唾が飛び、だらしなく開け放たれた口からは粘つく赤黒い液体が流れ出ている。
あまりの吐き気に、冗談抜きで眼球が飛び出るかと思った。
今の一撃で内臓の一部が破裂したような感覚がある。
痛みは脳内麻薬で何とでもなるが、口から零れ出る血の量が、かなり危険な量に達している気がしてならない。
拳を握りしめ、もう一度立ち上がろうと足掻くも、手に力が入らない。ふらふらと足元が覚束ない。
それでもどうにか立ち上がった勇麻を嘲笑うように飛ぶ軽い足払いに、自らの血で汚した石舞台上に勇麻はふたたび転ぶように倒れ込んだ。
あれほど選手たちの試合を楽しみにしていた観客たちでさえ、あまりに悲惨な光景に口を閉ざし顔を青ざめさせて沈黙している。
ここまでくると、強者が弱者を痛めつけているようにしか見えない。
それほどまでに、東条勇麻に対するロジャー=ロイの苛烈な敵意は尋常ではなかった。
「げほっ、ごほっ!? はぁはぁ……」
「吠える力も残ってねえか、つまらねえな。――なら、オジサンが良い事を教えてやろう。何故我ら女王艦隊が天風楓を狙うのか、その理由を」
「だ、まれ……女の子を傷つけ、喜んでいるようなヤツらが語る、理由……なんざ。聞きたくも、ない」
「まあそう言わずに聞けって。何事も対話は大事だぜ、勇気の拳。なにせウチの姫さんが目指しているのは争いのない世界の実現――世界平和だからな。お前みたいな分からず屋をもあの人は受け入れてくれるって言ってんだ。少しは感謝したらどうなんだ?」
「だ、まれって……言ってるだろぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
肩を竦め、飄々とした態度でふざけたことを口走るロジャー=ロイに、勇麻の怒りが再燃した。
何が平和だ。
女の子一人笑顔に出来ない平和なんて、そんなものに一体何の価値がある……ッ!
死力を振り絞って立ち上がると、昂ぶる感情に呼応するように咆哮をあげ、ロジャー=ロイに殴りかかる。
既に重傷を負っているのが嘘のような俊敏な動きに、しかしロジャー=ロイは回避動作も取らない。
その顔面に勇気の拳によって強化された拳の直撃を受けてなお、まるで蚊にでも刺されたかのように全くダメージを受けていない。
そのまま連続して振るわれる拳を、鬱陶しげに掲げた腕で防ぎながら、平然と会話を続けていく。鬱陶しいハエを払うようなその仕草に、勇麻の拳を防御しようという意思は見られない。全て『相殺』さて、文字通り拳の威力は死んでいる。であれば当然、防御殺しの赤黒い破壊のオーラが明滅することもない。
それはまるで、駄々をこねて拳を振り回す幼稚園児を宥めるような光景に近い。
まさしく大人と子供の喧嘩、その単語が両者の実力差を端的に表していた。
「さっきも言ったように女王艦隊の最終目的は世界平和だ。姫さんの夢を叶える為の組織が俺達なんだから、まあ当然だよな。そんで、その目的の邪魔となるヤツを消していくのが俺たちの仕事な訳で……ここまで言えば後は馬鹿でも分かるだろ?」
「お前……ふざけるなよッ! 楓が、あの子が世界平和の為には邪魔だってそう言うのか!? あんな優しい子を、お前らは……ッ!」
「ああ、そうだ。元はウチの姫さんはアレを自陣営に引き込むつもりだったんだけどな。先日の襲撃作戦が失敗した時点で、アレを捕縛するのは諦めたらしい。それにどうも『創世会』の動きがキナ臭え。お前ら背神の騎士団だってアレが『創世会』の計画における何らかのキーになる事くらい分かってんだろ? そのうえでお前らは天風楓を守りるつもりでいるんだろうが、ぶっちゃけ非効率だ。ウチの姫さんのやり方の方が何倍も楽で確実だ。なにせ天風楓一人を殺せばただそれだけ全てが丸く収まるんだからな」
その言葉に。
「お、まえ……は――」
思考が燃え融け、視界が白熱した。
頭の芯が灼熱する。身体の奥から湧き上がるこの身を焦がす暴力的なまでの衝動が、ボロボロの身体に立ち止まる事を許さない。
身体が熱いのに心臓が凍えるようにその熱を失っていくのが分かる。自分の状態をうまく把握出来ない。冷静さを保てない。何もかもを燃やし尽したくなるような、ドス黒い破壊衝動が頭を犯す。
握った拳に右手に得体の知れない悍ましいナニカが集まろうとしている。
懐かしいこの感覚を、勇麻は知っている。覚えている。
嚇怒を越え、噴出する黒々とした朱。怒りを凌駕する憎悪の力。
あと一歩、あと一歩踏み越えればそれで全てが融解する。そんな境界線上ぎりぎりに自分が立っていることを勇麻は自覚して、それでも立ち止まろうとはしなかった。
身体を駆け巡る激憤の炎が、勇気の拳を赤く熱く、爆ぜるように燃え上がらせて、
「――今すぐにそのふざけた口を閉じろッ! 『ドレットノート』ォォォォオオオオオオオオオオオオ!!」
「はは! 力づくでやってみろよ、勇気の拳!」
感情に身を任せ思考を投げ捨てた東条勇麻の身体が、瞬間爆発するように加速した。
熱く燃え滾る拳が空を切り裂き走りそして――
――勇麻の拳が届くより早く、三度ロジャー=ロイの蹴りが勇麻の腹を穿った。




