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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 破 三大都市対抗戦・下
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第四十七話 VS.ロジャー=ロイⅠ――拳を握れ。いざ、死闘開幕の時:count 1

 なぜ今になって思い出すのか分からないが、確かな実感として今この瞬間に、それは胸の内から湧き上がって来た。

 

 それは、卵が先か鶏が先かのような、堂々巡りのいたちごっこのような話だ。

 南雲龍也に憧れたから英雄に焦がれ正義の味方になりたかったのか。

 英雄に憧れ正義の味方に胸を熱くしたから南雲龍也にも憧れたのか。


 幼い頃の事だ。

 記憶は薄れ、卵も鶏もいっしょくたになって、腐り果てているような頃合いである。

 けれど。それでも確かに〝こうだ〟と断言できるのは、それだけその男が幼く遠い記憶の中でなお鮮明に鮮烈に強烈に輝いているからだろう。

 彼の周りにはいつも笑顔が絶えなかった。自然と人を惹きつける才覚がその男には確かにあったのだ。


 東条勇麻は、他の誰でもない、南雲龍也に憧れていた。

 

 英雄に憧れたのではなく、正義の味方に憧れたのでもなく、南雲龍也という男の背中にこそ憧れた。

 

 笑顔のままに全てを救う英雄ヒーロー

 弱きを助け強きを挫き、助けを求める人を決して見捨てないその姿は、漫画やアニメの中のヒーローそのもので、けれど現実にそれをやってのけてしまうその背中こそが、他のどんなモノよりも一際強く尊く光り輝いて見えたのだ。

 子供心にカッコいいと思った。こんな人になりたいと、胸を躍らせた。

 憧れ、慕い、真似をした。いつか龍也にぃみたいになるんだ。事あるごとにそう言って龍也を困らせたのを勇麻は今でも覚えている(……と言っても今になったからこそあの時の龍也が困っていたと理解できるのであって、当時はそんな事には微塵も気が付かなかった訳だが)。


 しかし、そんな穏やかで優しい時間はある日唐突に終わりを告げた。

 憧れに自らの手で幕を引き、自責の念に駆られ罪悪感に苛まれ、免罪符を得んがために紛い物の英雄を演じるようになってなお――それでも南雲龍也という存在への憧れが心から消えることはついになかった。

 それほどに強く、南雲龍也という憧憬は勇麻の根幹に根差しているのである。

 

 ……だからこれはもしもの話。

 もしも、もしも憧れを手放してでも掴みたい大切なものがあったとしたら。

 

 東条勇麻は『憧れ』を捨てる事が出来るのだろうか。

 

 躊躇も未練もなく、憧れを不要と捨て去り、掴みたいものへと手を伸ばす事が出来るのだろうか?


 仮定すら一見無意味なこのif(もしも)には、しかし既に回答がある。

 ほんの数か月前ならば答えなど出せなかったであろう自問に対する自答は――イエス。


 その唯一の為に全て(憧れ)を捨て、大切なモノを掴み取る。


 未知の楽園(アンノウンエデン)で、勇麻は確かにそれを成した。


 未知の楽園(アンノウンエデン)の崩壊とアリシア。選び難い二つをを天秤に掛け、これまで自らが拳で築いた全てを投げ売ってなおアリシアただ一人ひとりの味方であろうと我儘を振りかざしたあの戦いは、今も勇麻の胸に様々な思いを呼び起こす。

 あの時の勇麻は、英雄の紛い物としての使命感も義務感も贖罪も何もかもが関係なく、その背中への憧憬も今まで進んだ道のりに対する矜持も、その全てをかなぐり捨てて、正真正銘自身の我欲の為に拳を握っていた。

 自分の全てを賭さなければアリシアを救う事が出来なかった。だから勇麻は、大切なモノの為に血の一滴まで己が全てを賭ける事が出来たのだ。


 だが、今はどうだろう?

 

 未知の楽園(アンノウンエデン)での戦いを終えた今、勇麻の胸中には依然と変わらぬ南雲龍也への憧憬の焔が灯っている。

 唯一つを得るために、諦め捨て去ったはずのモノ。

 失っても構わないと、躊躇なく己が炎にくべた筈のモノ。

 それは確かに勇麻の中に今でも脈々と息づき、変わらずにその血肉となっている。


 ならばきっと。ああ、そうだろう。 


 断ち切れぬのならそれは呪だ。

 恩恵では決してあり得ず。トラウマというほど生易しいものでもない。

 東条勇麻の胸に灯るその憧憬は、呪いと言って差し支えない程に勇麻を蝕み離さない。

 

 ――決着を、付けねばならない。

 

 時間軸すら定かではない微睡の中。誰ともなく、いつともなく、そう思ったことだけは真実で。


 その感情に罪はなくとも、選ぶことから逃げることを勇気の拳(ブレイヴハンド)は罪だと言うだろうから。


 分かっている。いつまでも子供のままではいられない。


 過去の思い出がいつまでも綺麗なままなどあり得ない。

 過去に罪を犯した少年は、己の過去と向き合わねばならないと、相場は決まっている。


 けれど。それでも。幼き日に思い描いたおとぎ話のようなあの絵空事だけは、


 いつまでも美しく、夜空に輝く希望のように、彼らの心に聖火の如く灯っている。



☆ ☆ ☆ ☆  



「――勇麻、今、大丈夫か?」


 控えめなノックと共に少女の鈴のような声が扉越しに聞えた。

 別にこれから試合という訳でもあるまいに、何故かいつもより声色が硬い。声の主が緊張していることが容易に伝わって来る。

 だがおかげで、勇麻の緊張はいくらか和らいだ。

 苦笑交じりに返事をすると、控室の扉が音を立て、純白の少女――アリシアが恐る恐る踏み込んでくる。

 アリシアお気に入りの『白線を踏み外したらマグマに一直線ゲーム』の時並みに覚束ない足取りに、だからどうしてそんなに緊張しているのかと、勇麻は思わず笑ってしまう。


「そんなにもじもじしてどうしたんだアリシア? トイレならこの先の廊下を右だぞ。一人が怖いってなら付き添うけど?」

「うぬ、ば、馬鹿にして。私はもうトイレくらい一人で……と、そうではなくてだな。……というか、せっかく試合前の激励に来てやったというのに、その態度はないのではないか?」


 相変わらずの無表情な頬に僅かに朱が差し憤慨するアリシアは、すぐに怒らせた肩を脱力させると、呆れたような眠たげな半眼で勇麻を見据える。

 ひとまずアリシアの緊張を解くことに成功した勇麻は、誤魔化すように笑ってから話題を逸らすように言葉を区切って、


「それで、わざわざ試合前に応援に来てくれたのか? 一人でよく道に迷わなかったな」

「む、また私を馬鹿にしているだろう勇麻。お主、最近些か度が過ぎるぞ。私だって神の子供達(ゴッドチルドレン)の一人。そもそも『天智の書』を持つ私が、そう易々と道に迷うはずがないだろう」


 今度は割と本気で感心しての言葉だったのだが、アリシアは馬鹿にされていると思ったようで頬を膨らましている。……というか、何度も言うけど『天智の書』を地図代わりにするのってどうなんだよ?

 そんな勇麻の微妙な表情には気づかず、アリシアは場の空気を切り替えるようにこほんと咳払いをすると、


「……まあいい。それでな、勇麻。まあ何というか……試合の前に、少し言いたいことがあるのだ」


 何やらそわそわと落ち着かない様子で懸命に言葉を紡ぎ始める。

 やけに緊張していた原因はどうやらこれのようだ。


「言いたい事?」

「うむ。その、なんだ。勇麻たちが、楓の為に優勝を目指しているという話は、シャルトルづてで何となく聞いている。だから、私からもお願いしたいのだ」


 どこか煮え切らないなりにそういうと、アリシアはぺこりとその場で勢いよく頭を下げて、


「次の試合、頑張っている楓の為にもどうか勝ってほしいのだ……! 私も楓も、勇麻たちが懸命に戦う姿に心を動かされた。なんというか、ボロボロになっても立ち上がる皆を見ていると勇気を貰える気がするのだ。その、えと、だから……」


 自分でも何を言えばいいのか、アリシア自身よく分かっていないのだろう。

 ただそれでも、伝えたい事は伝わった。勇気の拳(ブレイヴハンド)など使わずとも、アリシアの気持ちを、その思いやりを理解するのは簡単だった。


 どれだけ自分が苦しく辛くとも他人の心配ばかりをするこのお人好しは、結局、楓のことが心の底から心配で心配で堪らないのだ。

 楓の問題をどうにか解決してやりたくて、でも自分には何もできなくて、何をすればいいのかも分からなくて、そのもどかしさにきっとアリシアは苦しんでいる。

 でもそれは勇麻だって同じだ。

 自分が楓の為に何をすればいいのか正直分からない。優勝杯を持ち帰るのだって思い付きみたいなものだし、それが本当に楓の為になるのか確証がある訳じゃない。


 けど、誰かの為に何かをしようとするその思いが伝われば。

 それだけできっと、人の心が救われることもあると思うのだ。

 楓の為に歯を食いしばりボロボロになって戦う人間がいるんだという事を伝える事ができれば、きっと楓だって嬉しいに決まっている。


 自己評価がなにかと低く、自分一人で全てを背負いこみがちな幼馴染の少女に、少しでも前を向いて貰いたかったから始めた事だった。

 楓の抱えた問題は周りがどうこうすることは難しい。

 楓自身が向き合い、解決しなければならない事だからだ。

 でも、だからこそ、心細さに震えているその背中を、押してやることは出来る。隣に立って励ましてやる事も、楓が辛くなった時に相談に乗ってやることだって。彼女の為に出来ることは、勇麻たちにもきっとあるのだ。

 そしてアリシアも勇麻と同じ気持ちなのだろう。

 大切な友達である楓を応援したい。その思いを二人は――いいや、泉やシャルトル達だってきっと共有している。


「勇麻が勝つところを見れば、きっとあやつも元気づけられる。だから――」


 そして、自分がアリシアに何を期待されているか、流石の勇麻も分かっているつもりだ。


 東条勇麻はアリシアを救った。

 『天智の書』が語ったように、紛い物の少年と空っぽの少女の物語は、その実アリシアという少女によって東条勇麻という紛い物が救われた話でもある。

 勇麻は英雄でも正義の味方にもなりきれぬ紛い物。永遠に何かの代役で模造品だ。

 だがそれでも、空っぽの少女にとって――アリシアにとって東条勇麻という少年は紛れもないヒーローなのだ。

 それがあくまで表面上のお話だとしても、彼女にとってはそれが事実。


 勇麻の過去を知ったうえで、それでも勇麻は私の英雄ヒーローなのだと胸を張って彼女は言う。

 そして勇麻も、彼女にとってのヒーローであれる事に嬉しさを感じていた。

 例えパックという真の英雄の代替品に過ぎないのだとしても。

 アリシアが全てを思い出したときに、見向きもされなくなるのだとしても。

 そんな未来をアリシアが恐れてくれるくらいには、自分が彼女にとっての大切なモノであれていると知っている。

 

 だからきっと、彼女の言葉にはこう応えるべきだろう。


「――違うだろ、アリシア」


 ……全くもって、どいつもこいつもお人好しばかりで腹が立つ。

 もっと自分の事を大切にしたらどうなんだと、自分の事を棚に上げる勇麻の表情には嬉しそうな笑顔が知れず浮かんでいた。

 こんな馬鹿どもの為に拳を握れることがどれだけ幸せな事か噛みしめるように、アリシアの不器用さに嘆息しつつ、迷子のように震えるアリシアの頭にぽんと軽く手を乗せる。

 そして、その不安も迷いも全てを拭い去るように。彼女の英雄ヒーローとして、最高にカッコつけてこう言った。


「楓の為にも優勝してこいって、そうひとこと言ってくれれば、それで十分なんだよ」

「……! うむっ、優勝してこいなのだ、勇麻っ!」

「おうよ、任せとけ」


 ぱぁっと一気に顔を輝かせたアリシアが掲げた掌に掌を打ちつけハイタッチ。勇麻は勢いよく立ち上がると眩い笑顔で応じる。

 そのまま堂々と控室の扉へ手を掛ける勇麻の背に――少しだけ気恥ずかしそうなアリシアの声が届いたのは、その時だった。


 絞り出されるのは、大切なことを告白するような、か細くも確かな芯の籠った声で――


「――なあ、勇麻。勇麻は私が好きか……?」


 ドアノブを回す直前、盛大に噴き出しズッコケた。


「――ぶっ!? おま、何をいきなりっ」

「私は好きだぞ。私を助けてくれて、自由をくれて、温かさをくれた。知らなかったものを沢山くれた、優しくてお人好しな勇麻が好きだ。勇麻は……私が嫌いか?」


 不安げにこちらを見上げるサファイアのような碧い瞳に、心臓がバクバクと早鐘のように脈打つ。

 落ち着け、分かっている。アリシアのこれは、〝そういう好きではない〟。そうとは分かっていても、不意打ち気味に喰らった一撃に頭がくらくらする。

 せっかくカッコつけたのにこの無様な動揺具合。締まらないにも程があると言うか、最後の最後で色々と台無しだ。

 出会い頭にとんでもないカウンターパンチを受けた勇麻は、それでもどうにか呼吸を落ち着かせると。


「……バカ、考えてもみろ。好きでもないヤツを居候として匿ったり未知の楽園(アンノウンエデン)にまでお迎えにいったりするかよ。義務感だけでお前の飯作ってるとでも思ったのか? もしそうなら今頃背神の騎士団(アンチゴッドナイト)にお前の宿泊費を請求してる」


 赤くなった頬を誤魔化すように視線を逸らし、照れ隠しのように意地を張る勇麻にアリシアは嬉しそうに目を細める。そして背中に回した両手を組んで少しだけ誇らしげに身体を揺らして、


「ふふっ、そうか。勇麻も私が好きか。……なあ勇麻、私もな? 逃げずに頑張って向き合おうと思うのだ。楓に偉そうに説教してしまったからな。その手前、私だけ目を逸らし続ける訳にもいかないだろう。だから……信じることにしたのだ。勇麻が好きな私を。勇麻が信じる私を」

「アリシア……」


 アリシアが何を言わんとしているのか、勇麻にはすぐに分かった。


 今が壊れることを恐れ拒絶した過去の自分を、受け入れる。


 それは、一度記憶と共に全てを失った彼女にとってどれほど勇気のいる選択だったのだろう。

 おそらくこの七日間。アリシアはずっとこの事を考えていたに違いない。自分の過去に対する不安で押しつぶされそうな夜も、きっとアリシアは楓ことで胸を痛めていたに決まっている。

 ……本当に、自分の事で手一杯のハズなのに、周りの事ばかり心配するヤツが多すぎると勇麻は苦笑する。

 彼女がここまで覚悟を決めたんだ。

 なら勇麻がそれに応えてやらねば嘘だろう。

 

「……対抗戦が終わったら、私の話を聞かせてほしい。勇麻が知る、私の知らない私の話を……」

「ああ、分かった」


 頷き、どうにも締まらなくなってしまった出陣に気合を入れ直すように拳を突き出すと、アリシアも頷き小さな拳を重ねる。

 こつんと拳に響く音と痛みが、心地よく身体と心を満たした。


 三大都市対抗戦・本戦。第一回戦最終試合。

 ロジャー=ロイと東条勇麻が雌雄を決する時が、目前に迫っていた。


 負けられない戦いが、始まる。



☆ ☆ ☆ ☆



 東条勇火と鳴羽刹那は汗だくになってスタジアム内の廊下に倒れ込んでいた。


 吐く息は互いに荒く、仰向けに寝転がる両者の胸は大きく上下している。

 苦しげな身体とは裏腹にその表情はすっきりと気持ちが良く、全てを出しきったという満足感が確かにあった。

 赤く腫れた拳と身体の節々を襲う痛みが、今だけは何だか悪くないもののように思える。

 アホらしくて馬鹿げていると思いながらも、勇火はこの感覚が嫌いではないと思った。


「いやー、思った通りつええなカミッちはー」

「……アンタにそれ言われても嫌味にしか聞こえないですけどね。でもまあ、鳴羽センパイが単なるアホじゃないってことはよく分かりました」


 二人の私闘がどうなったのか。それをここで語ることに意味はないだろう。 

 互いに拳をぶつけ合う事で語らった漢が二人、友として今はそこに並んで寝転んでいるだけだ。


「それに……」

「悩み事はすっきりしたのか?」


 当然のようにこちらの内心を見透かしている鳴羽に、勇麻は苦笑を零して、

 

「ええ、まあ。これも一応、鳴羽センパイのおかげって事にしときますよ」

「そっか。そりゃ良かったぜ」


 鳴羽は、呑みかけの温くなった缶ジュースの中身をすすると、顔を顰めてまじぃと舌を出した。

 勇火もそれを真似て、温くなった呑みかけの炭酸飲料を毒を飲むように流し込むと、近くのゴミ箱に投げ入れる。

 乾いた音を立てて見事ゴミ箱に収まった缶を見もせずに、勇火は改めて鳴羽刹那に向き直りこう切り出し居た。


「鳴羽センパイ。実は……少し、お願いしたいことがあるんですけど」

「俺?」

「俺達『Eチーム』のリーダー、天風楓を探すのを手伝って欲しいんです」

 

 情報屋を自称する九ノ瀬和葉という少女の口から聞いた話の内容について、悩み、考え、その末に出した東条勇火の答えであった。


 

☆ ☆ ☆ ☆



 この瞬間をずっと待ちわびていたような、そんな錯覚を覚える。

 耳に届く声の形を失った声援が、戦いの始まりを焦らすようだ。


 実況の音羽シオンの選手紹介さえもどこか他人事のように聞き流しながら、勇麻は一面の青空の下、その石舞台リングに足を踏み入れた。

 頭上に輝く太陽に冬の気配はなく、七日間の滞在で見事壊れた季節感と日付の感覚は、今日が大晦日であることを否定している。


 だが、今日が対抗戦最終日であり、今より始まる戦いが本戦である決勝トーナメント第一回戦その最終試合である事だけは確かな事実であった。


 眼前、勇麻が対峙するのは、短く刈り上げた金髪と、無精ひげの渋い顔立ちに脱力した胡散臭い笑みを湛える中年の白人男性だ。

 ふざけたピンク色のシャツの上からイギリス海軍風の軍服を纏うその男の名はロジャー=ロイ。

 『恐れ知らず(ドレットノート)』の名を冠する、女王艦隊クイーン・フリート第一艦隊旗艦兼総旗艦代理を務める新人類の砦アドバンスフォートレスの誇る大エース。

 女王、エリザベス=オルブライトの一番槍である。


「よお。昇って来てやったぜ、ロジャー=ロイ。もっとも、思ってたより随分と浅く低い頂だったけどな、最強さんよ」


 不敵に皮肉る勇麻に、ロジャーもまた口の端を吊り上げ応じる。


「相変わらず、口先だけは一端なもんだな勇気の拳(ブレイヴハンド)。だが覚えているか? 俺はお前の掲げる正義の無意味さを証明すると言ったんだぜ。――忘れるなよ青二才、これより開く戦端は、互いの全てを賭した決闘だ。負ければ全てを失い奪われる。決して負けぬと吠えるのならば、俺に見せてみろ。お前の覚悟とやらを」

「……くだらねえ、くだらねえな。覚悟? 証明? 決闘? そんな事はどうでもいいんだ、ロジャー=ロイ。アンタらは俺の幼馴染を狙った。俺がここでアンタをブン殴る理由は、それだけで充分だろ」


 勇麻は許せなかった。

 『創世会』も『女王艦隊クイーン・フリート』も、自分たちの都合と事情を押し付け、何の罪もない勇麻の大切な幼馴染の平穏を脅かし、傷つけようとする。

 そんな理不尽の存在を、東条勇麻は認めておくことが出来なかった。

 彼女の笑顔をこれ以上曇らせようとするものが我慢ならない。


 何が正義の無意味さを証明するだ。

 そんなものは知らない。

 大仰な正義などなくとも、人は大切な誰かの為に拳を握り締める事が出来る生き物だと勇麻は知っている。


 ならばこそ、目の前の男に逆に教えてやろう。

 怒りに燃える勇気の拳(ブレイヴハンド)の重みを。

 誰かの為に立ち上がる真っ当な人間の強さというヤツを。くだらない古臭いと誰もが鼻で嘲笑する、感情論が齎す拳の熱量を叩き付けよう。

 

「だから、お前はこれだけ覚えていろ。――これ以上、俺の大切なものに手を出そうって言うのなら、お前ら全員ただじゃおかない……!」


 女王艦隊(クイーン・フリート)ひいては『創世会』へ真っ向から喧嘩を売る少年の姿に、飄々としたその男は歯を剥き出しに凶暴に笑って、


「ははは! 面白いっ、やっぱりいちいち勘に障る男だぜお前はッ! いいぜ、覚えておいてやろう。要は単純な話だ――俺もお前も、互いが互いを気に食わねぇ。だからこの拳でケリを付けようってな」

「なんだ、やっぱり変なところで気が合うな、オッサン。分かりやすいのは嫌いじゃないぜ」

「ああ。こちとらこの時をずっと待ちわびてたんだわ。始めようぜ勇気の拳(ブレイヴハンド)


 拳を握った漢が二匹。

 並び、向き合ったのならば、必定――


「――女王艦隊クイーン・フリート第一艦隊旗艦兼総旗艦代理『ドレッドノート』ロジャー=ロイ」

「――天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)、東条勇麻」


「「――ここから先は、殴り合いだ……ッッ!」」


 試合開始を告げる銅鑼の音と共に、二つの拳が正面切って衝突する。



☆ ☆ ☆ ☆



 三年前の事だ。

 とあるSオーバーの少女のが起こした反乱によって未知の楽園(アンノウンエデン)を統治管理していた『操世会』が壊滅した直後、スネークは未知の楽園(アンノウンエデン)を訪れた事がある。

 目的は件のSオーバーの少女との接触。そしてシーカーを倒す為に、彼女の協力を得る事にあった。


 しかし――彼女は未知の楽園(アンノウンエデン)を訪れたスネークを『招待客』として自らの元へ招き寄せると、手酷く拒絶しこの世界から彼を排除せんとした。

 停滞を望む少女は、世界を変えようとする――例えそれが人類の救済に繋がる事だとしても――変革の異分子を、絶対に認めようとしなかったのだ。

 かくして交渉は破綻。

 少女はスネークを殺そうとし、『特異体』と『神の子供達(ゴッドチルドレン)』の戦いは丸一日続いたが、自らの力では殺せないと悟ると無礼を謝罪し『この街から出て行って欲しい』とスネークに懇願。

 元より少女と事を構えるつもりはなかったスネークは彼女の願いを受け入れ、そうして未知の楽園(アンノウンエデン)を後にした。


 ――そうして今。三年前に自分を拒絶したはずの少女は、大きく成長した姿を見せ、凛とした表情でスネークを真っ正面から見据えてこう言ったのだ。

 

 力を貸して欲しい。


 大切なモノたちの為に、どうか彼の『特異体』を……シーカーを倒して欲しい、と。

 スネークは何かを窺うような、そんな瞳でクリアスティーナとディアベラスを一瞥して


「……そりゃあお前さん、三年前の俺の誘いに今更乗るって意味か?」

「いいえ、違います。かつて貴方が私に話した『英雄による世界の救済』ではなく、私の案に協力して貰います。だって、貴方の語るその方式では東条勇麻は救えないのでしょう?」


 ……やはりか、とスネークは内心で嘆息する。

 三年前の段階でスネークは彼女の信用を得る為にシーカーの企みを潰す為に仕込んだ自らの策の一部を話している。具体的な名前を出した覚えはないが、彼女達ほど世界の真実に近い者ならば、勘付いてもおかしくはない。

 まどろっこしいやり取りは嫌いだ。

 だから、スネークは否定をしなかった。問いかけに一ミリたりとも表情を動かすことなく、感情を感じさせない能面じみた微苦笑で、


「それを決めるのはボウズ自身だ。俺は何も『英雄』に世界を救って貰いたいんじゃねえ。むしろ逆だ。ボウズこそが『新たな希望』であって欲しいと願っている」

「勇麻の野郎に何の話もしねぇでかぁ? ハッ、これまた随分身勝手なぁ信頼もあったもんだなぁ、特異体さんよぉ」 

「そういうお前さんらは、ボウズに教えてやったのか? わざわざ直談判に来たってことは、仮に『再臨』が成された場合どうなるか察しはついてんだろ?」

「……それは……」


 スネークの問いかけに思わず言い淀むクリアスティーナ。相変わらず馬鹿正直で分かりやすい女だ。スネークは懐から取り出した不味い煙草に火を付けつつ内心で苦笑を零す。

 大嫌いな紫煙を心底不味そうにふかして、


「分かるだろ? 真実をボウズに聞かせたところで、事態が良い方向に転がるとは限らねえ。今回に限って言えば何も知らない事こそが重要だ。だったら俺はどれだけ卑怯で汚くとも黙ってボウズを信じるしかねえのさ」

「それは……そうかもしれません。ですが、そもそもの話、彼を巻き込む必要性などないと言っているのです! スネーク、貴方はシーカーと同じ『特異体』だ。なら、勝ちの目は残っているハズです。いいえ、私の案ならばその勝ちの目を引き寄せる事が――」


 

「――残念だが、それは無理なせっていだ。そこな半端者では、シーカーは倒せまいよ。『救国の聖女』よ」



 声が、唐突に割り込んだ。


「ッ!?」

「……なっ、どっから湧きやがったぁ、テメェ!?」


 遍く空間を支配する次元と空間を司りし『支配する者ディメンション・オブ・ルーラ』。

 距離を無視してこの世の果てまで死の概念を届かせる『悪魔の一撃フォルティナ・ディアブロ』。

 その両名の認知の外から、距離という概念や時間の連続性、世界という一続きの空間の存在すら無視してその男は現出した。


「『設定使い』……出てくるなと言っただろう」


 突如としてスネークの横に立っていた純白のスーツを身に纏った金髪碧眼の西洋人は、頭痛を堪えるように額に手を当てるスネークの文句を無視して続ける。

 エメラルドの如きその瞳には、冷たい刃の切っ先のような獰猛な光が宿っている。


「そこの半神に何かを期待しようというのなら無駄だと言っておこうか、『救国の聖女』と『運命の悪魔』。なにせその男は自身の『神性ディヴィニータ』を著しく失っている。いかに特異体が『神性原典ディヴィニータ・オリジン』の影響を受けない設定とは言え、『知恵の実』を失った半端者が万全に力を蓄えたかの『探求者』に勝つことなどできないのは設定的にも明らかだ」

「ハッ、オメェ馬鹿かよぉ。勝ち目が薄いのなんざ端から承知だっつってんだこっちはよぉ。んなくだらねぇ理由でやる前から諦めるなんざぁ、お利口な振りした臆病者のする事だぁ。違うかぁ?」

「その程度の浅い考え(せってい)で世界を必要ない危険に晒そうと言うのかね。度し難いな、全くもって話しにならない」

「それはこっちの台詞だぁ、玉無しインポ野郎がぁ。どこの誰だか知らねえがぁ、テメェで努力もせず他人にテメェの事情を押し付けご満悦な自慰野郎を、他の誰でもねぇこの俺が許しておくとでも思ってんのかぁ……?」


 売り言葉に買い言葉。一瞬で互いを分かり合えぬと認識した両者の視線が絡み合い、火花が散る。

 互いの地雷に触れたのか、『設定使い』とディアベラスの間に漂う剣呑な雰囲気は留まることを知らない。

 チリチリと、肌を焦がす灼熱の戦意と敵意が両者の間で弾けて飛散する。

 まるで急速に発達する夏の雷雲のように、不穏な空気が二人を中心にして世界を呑みこまんと膨張していく。


「……私と殺る気か? よしておけ『運命の悪魔』、折角得た五体を三度みたび傷つける羽目になるぞ」

「ハッ、無理して虚勢はるなってのぉ、ビビりの不能神の子供達(ゴッドチルドレン)が」


 その飛び散る激情の火花一つで周囲一帯を焦土に出来そうな埒外の怪物共の睨みあいに、世界が軋むように悲鳴を上げる。

 空気に棘でも生じたようだ。温かな陽気のオリンピアシスの空気が、瞬間的・局地的に凍てつく。常人ならば、おそらくこの気配に触れただけで気を失い昏倒しそのまま失禁するだろう。

 しかしスネークは当然、睨みあいを続ける『設定使い』にもディアベラスにも、真剣な眼差しで未だスネークを見据えるクリアスティーナにも怯えや恐れの色はない。 

 まるでこの程度の異常は常識にちじょうだとでも言うように、飛び散る致命的な感情の嵐の余波を平然と受け流す。


「スネーク……いいえ、『狡猾の蛇』」


 高まる一触即発の空気の中。静かに、クリアスティーナ=ベイ=ローラレイが口を開く。


「私はもう悲劇を知りながら臆病に寝室に閉じこもり続ける事は辞めたのです。怖くて、不安で、自信などなくとも、それでも変わる世界に希望を見出したい。悲しい結末を変える努力から、逃げたくないんです。だから、お願いです。話を聞くだけでもいい。私なら、誰を犠牲にせずともシーカーの野望を阻止することが出来るかもしれないんです」

「……」


 『狡猾の蛇』は黙り込んだまま何も言わない。『設定使い』と『運命の悪魔』は互いに抜き身の刃の如き視線を交錯させたまま微動だにせず、『救国の聖女』は周囲で膨れ上がる戦意を気にも留めずに正面の男をじっと見据えている。

 この場の誰にも動きはない。そも動く必要がなかった。

 あまりにも頑強な意思が、妥協すら許さずに他者の意見を否定し拒絶していることは、誰の目にも明らかであったから。

 互いに譲れぬ信念をぶつけ合い、それでも一歩も退こうとしないエゴイスト達。

 ピアノ線のように張り詰めた緊張の糸が、この状況に耐え切れないとばかりに軋み、焼き切れるように弾け、ついに神の子供を名乗る埒外の化け物どもが己を押し通すべく真正面から衝突するかと思えたその刹那――



「――あらまあ。これはまた皆さんお揃いで随分と面白そうなお話をしているのね。わたくしも混ぜて貰ってよろしくて?」



 割り込んだのは、場違いに上品な気品に溢れる女性の声。


 ひんやりとした印象を与えるクリアスティーナの赤い瞳とは対照的な、燃え盛る炎よりなお色濃い鮮血のような瞳が場違いな好奇心にキラキラと揺れ動いている。


 血も肉も蒸発しかねない、化け物どもの戦場へ何の躊躇いも怯えもなく踏み込んだ赤いドレスを身に纏った銀髪の女性は、友好的な笑みを浮かべていた。


「あら、私ったらいけないわ、はじめましての方もいますもの、自己紹介をしなくてはよね。ロジャーがいなくてもお友達くらいつくれるって所、見せてあげるんですから。――こほんっ、私、エリザベス=オルブライトと申しますわ。争いを憎み平和を愛する、アナタ方の同志です」


 怪物どもの舞台に、新たな怪物がもう一人、名乗りをあげた。

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『天智の書:人ノ章(ベータ版)』
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