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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 破 三大都市対抗戦・下
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第四十六話 対抗戦武闘大会・本戦Ⅶ――加速する風の気配:count 1

 気味の悪い粘つく哄笑が炸裂する。


「キヒャッ! ヒハハハハハハッハハハハハハハ!! オイオイオイオイ、冗談キツイぜ黒騎士ナイトメアチャンよォ! なに邪魔してくれちゃってんの? なあおいこれは一体何の真似だよ? 『三本腕』の一角たる俺チャンに刃を向けるって事はつまりそういう事だって思っていいんだよなァ!?」 


 突如足元から生じた影の剣から逃れるように後ろに飛び退いたクライム=ロットハートが、犬歯を剥き出しに唾を飛ばしながら腹を捩って嗤い吠えている。

 今まさにこの瞬間、仲間である黒騎士ナイトメアから刃を向けられているというのに、その表情はどこまでも狂った愉悦に満ちていた。

 その右の掌から飛び出しているのは毒の塗られた仕込み刀。忍者屋敷の隠し扉のようにくるりと回転し、ネコの爪のように使用時だけ飛び出す隠し武器だ。

 クライム=ロットハートの右腕は肩から先が様々なギミックの組み込まれた義手なのだ。

 特異体が一柱、パンドラに腕を落とされたクライムは、白衣の男によって製作された悪意満載の義手を新たな武装として与えられていた。

 その醜悪な姿に嫌悪感を覚えながら、不気味に笑う不吉な仮面で素顔を覆い隠したその男はそこに立っていた。

 まるでホロロとビリアンを、クライム=ロットハートという名の悪意から庇うように。


「これでも一応はお仲間だから言わないでおいてやったんだけどさぁ、知ってんだぜ俺チャンはよォ。黒騎士ナイトメアチャンが俺チャンや白衣チャン、コルライの爺チャンやシーカーちゃんに超が付くほど激しい憎悪チャンを抱いてるって事くらいさァ。でももう言い逃れ出来ないっしょ? これは明確な裏切り行為ってヤツだぜェ黒騎士ナイトメアチャンよォオオオオオオオオオ!?」


 血走らせた目を見開き、くすんだ金髪を振り回して、黒騎士ナイトメアの裏切を愉しげに糾弾するクライム=ロットハート。

 対する黒騎士ナイトメアは、その鬱陶しいテンションにはついていけないとばかりにかったるそうにぼりぼりと髪の毛を掻き毟り、どんよりとした声で、


「裏切り? んな面倒くせ―こと、何で俺がしなきゃなんねーんだよ。馬鹿も休み休みに言え、変態金髪ピアス。俺が仕事以外で動く訳ねーだろ面倒くせー」

黒騎士ナイトメアチャンよぉ、言う事に事欠いてこれを仕事ときたか。……だったら言ってみろよ、三下。オマエ如き雑魚が俺チャンの楽しみを奪うに足るそのお仕事ってヤツをさァ……ッ!?」

「バーカ、言ったろ、悪手だってよ。テメェが今壊そうとしてやがる『霊才憑依ホロゼーション』は第三候補だっつってんだよ。私情でシーカーの邪魔してんのはどっちか考えろ間抜け」

「キヒャハハッハハハハハハ! 何を言うかと思えば第三候補!? そんなの必要ないっしょ! 巫女なんざ『神門審判』一人いれば充分じゃんか! ましてや大した容量も神性もないガキをこの期に及んで後生大事に抱える必要なんざねえじゃんよォ!」

「知るかよ、面倒くせー。俺の命令系統はテメェとは別なんだっつの」


 頭が痛いとばかりに額に手を当て首を振り、溜め息を吐く黒騎士ナイトメア

 と、不意にその黒い衣装の裾をおっかなびっくり引っ張る感触があって、


「あ、あの……助けてくださって、ありがとう、ございます……?」

「疑問形になってんじゃねーかよ。ま、警戒心を捨ててねえだけマシか。……いいからお前らはさっさとここから逃げとけ。こっちはあの変態ヤローに用があって来てんだ。お前らを助けた訳じゃねーし、感謝される筋合いもねーよ」

「ん、よく分かんないけどオジサンが正義のヒーローであの金髪のあいつが悪者なんだろ? だったらホロロ達も手伝うぞ。あいつ、ビリアンになんか変な事しようとしてた、ホロロがぶっ飛ばしてやる!」

「……」


 本気で面倒な事になってきたと辟易する黒騎士ナイトメア

 我ながら酷いこじつけのような理由でクライムと対峙したものだが、この行動自体はシーカーの失脚を狙いクーデターを計画するコルライがバックに付いている限り後でどうとでもなる。

 なにせコルライから見れば黒騎士ナイトメアの行動はシーカーの戦力を削ぎ落す為の妨害工作に見える訳で、まさか黒騎士ナイトメアが自らの思惑の外で動いているとは夢にも思わないだろう。

 問題は此処から先、どういう決着へと持っていくかだが……さて、この状況をどう動かすべきか。

 と、黒騎士ナイトメアが判断に迷っていると、クライムが先に動きを見せた。


「逃げる? キヒハハハ! バーカァ! どのみち俺チャンの事を知られたんじゃあ、生きて帰す訳ないっしょ……!」 

「……チッ、おい早くしろ。少しくらいだったら俺が足止めしてやれる――」


 クライムは、指笛を吹いて、笑みを嗜虐に裂いた。


「おい、俺チャン一人なら勝てるとか思ったか知らないけどさ、思い上がりチャンも甚だしいっしょ!? そもそも誰が一人だなんて言った? 確かに洗脳済みの人形(オモチャ)のストックはねーけど、この大一番、戦力チャンの補充はしてあるに決まってんじゃんかッ!」


 その音色に反応し、クライムの元に瞬時に駆けつける影があった。

 

 ――ひとりは、シルクハットを被った道化のような長身の男。

 ――ひとりは、トカゲのしっぽのように揺れる鮮やかなオレンジ髪に真紅のメッシュを入れた獰猛な女。

 ――ひとりは、青みがかった長髪が美しい巨大なアサルトライフルを背負った冷たげな女。

 ――ひとりは、滑らかなブロンドヘアーに水色のメッシュを入れ両サイドでお団子にしている前髪ぱっつん少女。

  ――ひとりは、屈強そうな眉無し強面の青年。


 トレファー=レギュオン。ドラグレーナ=バーサルカル。イヴァンナ=ロブィシェヴァ。ルフィナ=アクロヴァ。エバン=クシノフ。

 女王艦隊クイーン・フリートの精鋭。それも旗艦二人を含む計五名が、黒騎士ナイトメアとホロロ達を挟み撃ちするようにその背後に立ちはだかる。

 その布陣に、黒騎士ナイトメアは思わず歯噛みする。純粋な干渉力だけを見れば黒騎士ナイトメアよりも格上の神の能力者(ゴッドスキラー)が二人も新たに出てきた事になる。

 全くもっていよいよ本当に面倒な事になってきた。


「こっちもお仕事チャンの時間じゃん。さあほらドラグレーナちゃん! 本選に残れなかった可哀想ォオオな君らをしょうがなァアアく使ってやるんだから、俺チャンの為にきりきり働けよォ?」

 

 クライムの言葉が我慢ならないのか、身体を小刻みに震わせるドラグレーナは心底嫌そうに歯を食いしばり拳を握りしめて毒を吐く。


「……テメェ、覚えとけよ。後で絶対アタイの手でぶち殺してやる……ッ」

「キヒヒヒッ! ああ、勿論覚えておくに決まってんじゃんか。ドラグレーナちゃんがー、俺チャンに見事に操られて、獣みたいに激しく盛ってた事とかさァ!」

「テんメェ……っ!!」

「ドラグレーナ、弁えろ。私達に与えられた任務はその男の指示に従う事だ」

「イヴァンナァ! 雑魚がアタイに口出ししてんじゃねえよ! 焼き殺されてェのかァ!?」

「……はぁ、無礼を謝罪する。出過ぎた真似だった。貴艦にはもう指図するまいよ」


 この様子を見るに、どうやらクライムの洗脳下にある訳ではないらしい。

 女王から戦力として一時的にレンタルしているようだが、とはいえ脅威の度合いが変わるとも思えない。

 黒騎士は、改めて自らの影から漆黒の剣を抜き出して、


「……おいお前ら、わりーが前言撤回だ。生き残りたけりゃあ付き合えや。心の底から面倒臭えーが、こいつら全員ブチのめさねーと殺されるっぽいぜ、どーも」


 黒騎士ナイトメアの言葉にホロロが気合を入れ直すように掌に拳を打ち込み、ビリアンが生唾を呑みこみ覚悟を決めた。

 年齢にそぐわない窮地慣れした二人の反応に複雑な感情を抱きつつも、黒騎士ナイトメアは意識の半分を眼前の戦闘から逸らし内面へと向ける。


 ……さて、状況はこうなったか。

 多勢力入り乱れての混戦。

 黒騎士ナイトメアにとっては実に悪くない展開だ。

 ここから先、黒騎士ナイトメアにしてやれる事は出来る限り戦いを引き延ばして泥沼と化し、時間を稼いでやる事のみ。それで果たすべき義理は、彼との最後の繋がりは消滅するだろう。


 だから――


 ――さっさと終わらせて来い、海音寺流唯……ッ!



☆ ☆ ☆ ☆



 それは、待ち望んでいた着信だった。


「海音寺さん?」


 思いを抑えきれず突如として立ち上がった海音寺に、ボウズ頭の浦荻太一が怪訝な声をあげた。

 控室で海音寺の二回戦に備え調整を手伝っていた天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)Aチームの面々が、つられるように海音寺を見やる。

 皆の視線を受け、海音寺は少しだけ瞳を閉じて、それから意を決したように眦を決すると、


「……すまない、皆。少し、行ってくるよ」


 万感の思いが籠められたその言葉に、誰もが息を呑みその時が来た事を確信した。

 いつも明るく元気な戌亥の表情が僅かに寂しげに曇る。浦荻は眉根を寄せていかつい顔をさらに厳つくし、和家梨が少しだけ寂しそうに目を細めそんな二人の肩に手を置いた。

 自分の行動が彼らの表情に影を差しているのだと思うと、胸が痛く重くなる。だがそれでも、この機を逃すことだけは出来なかった。


「海音寺先輩、本当に行っちゃうんですか……」

「ああ、すまない紗。こればかりは譲れないんだ」

「……私だって分かってますよ。先輩がこれまで何の為に頑張ってきたかなんて。でも、それでも私……っ!」

「紗」


 堪え切れずに感情が零れ落ちる戌亥を、優しく海音寺が遮る。何かを叫びかけた戌亥は、それだけで気勢を削がれ俯き一歩下がってしまう。

 今更何を言っても何をしても無駄な事を、戌亥自身も本当は分かっているのだ。

 正しさを貫き続けた正さの奴隷。海音寺流唯という男は、今や正しさを捨て去り自身の正義を胸に生きている。

 例えどれだけ正しく正論であろうと、他者の言葉で止まるハズがなかった。


「海音寺さん、二回戦の相手は泉修斗だ。相性の良いアンタなら満身創痍でも何とかなるだろう。だから、どれだけボロボロになってもいいから、なるべく早く帰って来てくださいよ」

「いつになくきつい事を言うな太一。いくら相性が良くても、彼には苦戦すると思うけど」

「それでも、アンタは勝つべきだ」


 浦荻の激励の言葉に苦笑を零す。

 これから海音寺が対峙しようとしている相手を知っていながら、さっさと帰って二回戦を勝ち抜けだなんて性質の悪い冗談か皮肉にしか思えない。

 だがそれでも、ここにいる海音寺の仲間達は、そんな未来を夢見ているのだろう。

 なら、出来る限りの最善を尽くすのがリーダーの役目だ。


「……ああ、分かったよ。なるべく早く戻る。それじゃあ、行ってくる」


 仲間達に見送られ、海音寺は一人、控室を飛び出した。



☆ ☆ ☆ ☆



 本選一回戦、第七試合。

 セナ=アーカルファル――のふりをして武闘大会に参加した天風楓は、対戦相手を前に高速で思考を巡らせていた。

 予選を勝ち上がることが出来たのは完全に運が良かったからだ。

 ドルマルド=レジスチーナムは凄まじい怪力の持ち主ではあったが、直線的で分かりやすく今の彼女が最も与し易い相手だった。

 竹下悟は言うに及ばず。多分、直接戦闘で彼に負ける選手は対抗戦にはいないだろう。

 

 組み合わせに恵まれた。そう言わざるを得ない楓だったが、此処から先はそんな幸運だけで勝ち抜ける程甘くはない。


 アブリル=ソルス。

 予選で下したドルマルド=レジスチーナムのチームメイト。

 異様に右側が長い左右非対称の青紫の長い髪の毛が特徴的などこか陰のある女性だ。踊り子のような露出の多い衣装から覗く引き締まった肉体と、鋭い相貌。使用する神の力(ゴッドスキル)は『拘束する鎖リストレイン・チェーン』。身体の一部――髪の毛などを鎖に変換し、相手を縛り付けたり鞭のように振るって攻撃してくる。どちらかと言えば体術主体の近中距離を得意とする使い手だ。

 タイプとしては天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)Bチームの横森真理真の上位互換のような選手だと言えるだろう。事実、横森は予選で彼女に敗北している。

 神の力(ゴッドスキル)の使えない今の楓にとって、言うまでもない強敵――だけれども、勝機がないなんて事は、絶対にない……っ!

 

「どうした。セナ=アーカルファル。怖気づいたか?」


 試合開始から微動だにしない楓に焦れたようにアブリルが声を上げる。

 しかし猫耳ヘルメットを被ったライダースーツの楓は動かない。声も上げず、構えを取ったまま彫刻のように固まっていた。

 油断はない。慢心もない。かと言って過度な緊張もない。自然体のありのままの自分であれている感覚がある。

 神の力(ゴッドスキル)の不調が嘘のように、心身共に快調だ。

 ブラッドフォードとの厳しい修行を思い出す楓の胸中にあったのは、感謝と期待、そして高揚感だった。 

 今の自分がどこまで戦えるのか、純粋にそんな事が気になっている自分がいる。それが何だかおかしくて、楓はヘルメットの下でくすりと笑った。

 ただ今の自分に出来る全力を尽くす、そんな楓の意気が伝わったのだろう。

 アブリルは一度、目を閉じて。

 

「……分かった。ならこちらから仕掛けさせて貰おう……!」

 

 刹那、空を切る鎖。

 射出されるように飛び出したのは、アブリル=ソルスの長髪。神の力(ゴッドスキル)によって鎖に変わったソレが、意のままに楓へと迫る。

 まるで手裏剣の如く一直線に迫る鉄鎖を、しかし楓はひらりと踊るような身のこなしで回避。

 鎖の先端に敢えて触れ、その勢いに逆らわずに身体を回転させる。自ら弾かれるように、勢いを受け流す。

 続き襲いかかる鎖にも決して捕まらず、その体捌きだけで攻撃をいなし続ける。

 もちろん、全くのノーダメージとはいかない。

 鎖はライダースーツの上から楓の身体を叩き、掠った一撃に裂傷が走る。ヘルメットが罅割れ、頭に走る衝撃に思考が僅かに罅割れる。

 師に実戦での使用を認められたとはいえ、まだ経験の浅い楓ではどうしたって神の力(ゴッドスキル)抜きに自身の身体を上手く操りきれない。だがそれでも、楓の『従術』はアブリル=ソルスを焦らせるだけの効力を発揮している。

 なにせ神の力(ゴッドスキル)を一切使わない相手を前に、アブリル=ソルスは攻めあぐねているのだから。


「く……っ! 猪口才な!」


 アブリルが石畳を蹴りつける。楓へと距離を詰めながら、まるで己が手足のように自由自在に鎖を操り、伸縮する毛髪が岩をも砕く鉄の鞭となってしなる。 


 彼女の拘束する鎖リストレイン・チェーンは、本来ならば障害物の多い屋内や街中でこそ力を発揮する神の力(ゴッドスキル)だ。

 障害物も何もない開けた石舞台リングでは、鎖を絡めた三次元的な立体機動や、障害物伝いに死角から鎖を伸ばす一撃などは使えない。だがそんな制限下にあっても、彼女の意のままに操作する事が可能な鎖での攻撃に加え彼女本体が近接戦に参加し始めたら手数の多さで圧倒されかねない。


 だが焦る必要はない。楓がするべきは今出来る事を懸命にこなすこと。勝利に近道はなく、成長にも近道はない。だとするならば今まで自分がやってきた事を、愚直に信じて行うまでだ。

 襲い来る鋼鉄の蛇を、しかし楓はギリギリまで引きつけて回避。

 必要最小限の動作で直撃の寸前に回避する事により、攻撃の軌道を修正する間を与えない。

 僅かでも動き出しが早ければ、おそらく今の一連の攻防で鎖に捕えられていただろう。

 絶妙のタイミングで九死に一生を得た楓は、しかし決して自ら仕掛けずアブリルを挑発するように三度構えを取って不動。決して自ら仕掛けようとはしない。

 ふざけた猫耳ヘルメットで表情は覆い隠され、アブリルからその感情を読み取ることは出来ない。

 一見クールに見えてドルマルド以上に燃え上がりやすいアブリルは、そんな楓の態度を挑発と捉えた。

 柳眉を吊り上げ、躊躇なくそのまま楓の懐へと跳び込むと。 


「いいだろう、拳がお望みならば喰らうが良い!」

 

 アブリル=ソルスの『拘束する鎖リストレイン・チェーン』は身体の一部を鎖へと変換する神の力(ゴッドスキル)だが、別に髪の毛のみが変換の対象ではない。

 彼女が好んでいるだけで、別に腕や足などを鎖に変換したり、お腹などから蔦のように生やすことだって出来る。

 拳を振りかぶったアブリルは、そのまま勢いよく――拳を鎖へと変え射出した。


「!?」


 それは言ってみれば予備動作のないストレートだ。

 タイミングを外して至近から放たれた一撃に対応できず、金属の重たい感触が顔面へ走る。

 ヘルメットに直撃した一撃は、幸い決定打には至らない。だが十分以上な威力と衝撃に楓は吹き飛び、ヘルメットのバイザーが一部欠け、若葉色の瞳が一部露わになる。

 石舞台リングを転がり尻もちを付いた楓へ、アブリルが追撃を仕掛ける。

 ミサイルのように弧を描き、少女を追尾する鉄鎖が瞬時に楓の脚に絡まると、アブリルが一本釣りの如く鎖を強く引っ張った。

 楓の身体が弧を描いて宙を舞い、そのまま石舞台リングの反対側に叩き付けられる。

 痛烈な一撃に、ヘルメットの中で吐息が強制的に吐き出される。

 痛みに苦悶の表情を浮かべながら、しかし楓は歯を食いしばって悲鳴を漏らさない。


 アブリルはさらに鎖を手前に強く引き、楓を自らへと強引に引き寄せる。

 勢いよく飛来した黒のライダースーツに覆われた肢体へ、そのままミドルキックを叩きこんだ。

 強く手前に引き寄せられた分勢いが加算された蹴りの衝撃に、壮絶な痛みが爆発。鎖で縛られた楓は吹き飛ぶ事も出来ず嗚咽のような悲鳴と共にその場に崩れ落ち、その肢体から力が抜ける。

 一連のコンボに勝負は決まったかのように思えた。


 だが――


 ヘルメットで表情が隠れていた事もプラスに働いただろう。

 実際、いつ意識を手放してもおかしくないような強烈な一撃だった。故に、意識を失ったように脱力した楓の〝演技〟はそれと見抜けぬレベルのリアリティを持っていた。

 幾つかの要因が重なって生じた空白。

 完全に〝決まった〟手応えにアブリルが僅かに気を緩めたその瞬間を、天風楓は決して見逃さなかった。


 ――今ッ!


「なに!?」


 ――イメージするは普段彼女が操る荒々しくも雄々しき竜巻。

 僅かに緩んだ鎖の拘束からまんまと脱出を果たすと、楓は驚くアブリルに飛びつき、頭を両足で挟み込んで回転。遠心力を得て相手を振り廻し、自身の旋回する力でもってそのままアブリルを投げ飛ばした。

 コルバタ――もしくはルチャリブレにおけるティヘラという技にも似た一撃。楓は『従術』を応用し、こちらの動きに対応しようとする相手の体重移動をも利用して投げ飛ばす技へと昇華させたのだ。


 それは、一瞬の。まさに瞬きの間の出来事だった。


 旋風の如き一撃に意表を突かれたアブリルは受け身も取れずに楓の体重を預けられたまま頭から落下。

 沈黙するアブリルの額目掛けて楓が身体を縦回転させ留めの踵落としを振り下ろし――直撃の寸前。ピタリと、アブリルから僅か一センチの距離で持って少女の踵が停止した。

 石舞台リング袖に立つ審判がテクニカルノックアウトを宣言したのだ。

 アブリル=ソルスは打ち所が悪かったのか、先の一撃で昏倒していた。 


『――しょ、勝者、セナ=アーカルファル!』 


 告げられた勝利宣言に、楓は最初意味が分からなかった。

 ヘルメットの内側を荒く激しい己の呼気で満たしながら、少しずつ現実が浸透してくる。


 ……勝った、んだよね……?


 今でも信じられない。でも、これで二回戦に進める。あの人と戦う資格を、自分の手で掴めたんだ……!


 春のつぼみのようにゆっくりと花開いた喜びは、直後に爆発的に楓の胸を満たしていった。その嬉しさを噛み締めて立ち上がり晴天の青空目掛けてぐっと拳を突き上げる。 

 降り注ぐ大歓声が想像以上に心地良くて、楓はしばしの間その余韻に浸るように拳を掲げ続けた。


 ――名誉や人気、勝利の栄光が欲しい訳ではない。

 ただ、純粋に楓の戦う姿に熱狂し、誰かが胸を熱くする。自分の行いが誰かの心を動かすというそんな単純な事実が、楓はどうしようもなく心地よかったのだ。

 かつて自分がとある少年の背に憧れ、追いかけたように。もし自分がそんな何かに成る事が出来たらどれだけいいか。

 『最強の優等生』という顔も知らない何処かの誰かが勝手に名づけて広めた、煌びやかな看板の括りつけられた広告塔ではない。

 容姿や肩書など関係ない。顔を隠し、正体を偽ってこそ得られた声援だからきっとそう感じたのだと思うと些か皮肉ではあったが、それでも楓が感じた嬉しさは本物だった。


『まさに旋風の如し、一瞬の勝利でしたァ! くぅ~、クールな態度と相反するネコ耳ヘルメットがキュートだぜ! うおー、シオンちゃんにその素敵な素顔を見せてくれェえええええええええええ!』


 実況の音羽シオンの言葉を耳にしながら、楓は石舞台リングを後にする。


 次、此処に上る時こそ、楓が張ったその意地を貫き通せる時である事を心の底から願いながら。



☆ ☆ ☆ ☆


【三大都市対抗戦 六日目 第五種目『三大都市対抗武闘大会・本選』】


 参加人数

 ・予選通過選手十六名


 勝利条件

 ・相手を気絶・もしくは降参させる。場外に押しやる。ダウンからのテンカウント、テクニカルノックアウトで勝利とする。 


 基本ルール

 一、一辺五十メートルの正方形の石舞台リング上で戦う。

 一、神の力(ゴッドスキル)の使用推奨。

 一、審判の判断に従わない場合は失格。

 一、事前に許可を受けた物以外の武器の使用を禁止。破った場合失格。

 一、他選手に対する殺害行為を禁じる。死亡者を出してしまった時点で失格。

 一、他、これ以上競技の続行が不可能な状態にあると判断された場合失格。※今回はテクニカルノックアウトとし敗北扱いとする。


 勝利時獲得点数


 ・本競技は予選と本選、二日間に分けて行われる競技であり、本選に勝ち残った時点で得点を得る事が確定する。一勝する度に得点が上昇する形となっている為、順位ではなくベスト○○の形で得点をつける。

 

 ・優勝:一〇〇点

 ・準優勝:八〇点

 ・ベスト4:六〇点

 ・ベスト8:四〇点

 ・ベスト16:三〇点




 一回戦


 ・第一試合

 海音寺流唯 VS 天風楓

 勝者:海音寺流唯


 ・第二試合

 泉修斗 VS 東条勇火

 勝者:泉修斗


 ・第三試合

 シーライル=マーキュラル VS 十徳十代

 勝者:十徳十代


 ・第四試合

 鳴羽刹那 VS ブラッドフォード=アルバーン

 勝者:ブラッドフォード=アルバーン


 ・第五試合

 リコリス VS シャラクティ=オリレイン

 勝者:リコリス


 ・第六試合

 ユーリャ=シャモフ VS 弓酒愛雛

  勝者:ユーリャ=シャモフ


 ・第七試合

 セナ=アーカルファル VS アブリル=ソルス

 勝者:セナ=アーカルファル 


 ・第八試合

 ロジャー=ロイ VS 東条勇麻

 


 二回戦


 ・第一試合

 海音寺流唯VS泉修斗


 ・第二試合

 十徳十代VSブラッドフォード=アルバーン


 ・第三試合

 リコリスVSユーリャ=シャモフ

 

 ・第四試合

 セナ=アーカルファルVS第八勝者


 準決勝


 ・第一試合

 第一勝者VS第二勝者


 ・第二試合

 第三勝者VS第四勝者


 

 ・決勝戦 



 補足


 ・失格選手は失格直前の順位を問わず脱落となる為、例外なく付与される得点の対象外となる。

 ・競技終了後にルール違反が発覚した場合も失格となる。その場合、本競技で得た得点は没収とする。




☆ ☆ ☆ ☆



 心臓の鼓動が、響く足音がうるさい。

 手掛かりの一音たりとも逃さないと聞き耳を立て、空気を肌で感じ、嗅覚すらをも際立たせんとするその姿勢には、鬼気迫るものがある。

 廊下を駆ける青年の姿から、常の余裕は消え失せ、普段の彼を知るものが見れば驚きに目を見開くであろうことは間違いなかった。

 とはいえ、それも仕方がない事だ。

 海音寺流唯はこの三年間をこの日この瞬間の為に生きてきた。

 自身の正しさをかなぐり捨ててまで掴みたいものが出来て、それが青年の正義となった。

 かつて正しさの奴隷とまで言われた男は、しかし機械ではなく単なる人間に過ぎなかったのだ。


「どこに居るんだ……」


 彼がこのスタジアム内に居る事は分かっている。

 彼が今一人になっている事も分かっている。

 今、彼の元にあの忌々しいクライム=ロットハートがいないことは協力者である黒騎士ナイトメアから送られてきた合図メールが保証してくれている。

 あの男が居ない今こそが海音寺の求める彼――氷を司る神の子供達(ゴッドチルドレン)氷道真と一対一になれる唯一の好機かも知れないのだ。


 彼がどれだけ時間を稼いでくれるかは分からないが、急ぐに越したことはない。


「一体どこに居るんだ、氷道真……!」


 焦燥に海音寺の端正な顔が歪む。駆ける速度は自然と速まり、八割程度の力で走っていたはずがいつの間にかいつ力尽きるとも分からない全力疾走へと切り替わっていた。

 逸る気持ちが海音寺の身体をも急かし、いつも冷静で落ち着いている海音寺が碌に心を制御できていなかった。それほどまでに海音寺にとってあの男の存在は重要なモノである証拠でもある。

 だが、海音寺流唯という男は焦れば焦る程にその目的から遠ざかって行くのはいつの世も変わらない宿命であるのかもしれない。

 それを目にしてしてしまった途端、海音寺は急ぐ脚に思わず急ブレーキを掛けその場で立ち止まり、血相を変えて叫んでいた。


「――っ!? 行き倒れ、いや……急病人か!?」 


 スタジアム内を走る傍ら、海音寺が目にしたのは通路に倒れ伏す執事服を身に纏った白髪の老人であった。

 いかに正しさを投げ捨てた身とは言え、自身にとって正しさよりも尊い目的を遂げる事を言い訳に人の道を外れるような真似をする訳にはいかない。

 それは誰よりも自身の目的を侮辱し穢す行為だと海音寺は知っている。

 結論を述べれば、海音寺に倒れる無辜の老人を放置できる訳もなかった。


 海音寺はすぐさま倒れる老人に駆け寄って、ゆっくりと仰向けに寝かすと、頭を揺らす事がないよう優しく肩を叩く。 


「もしご老人。ご老人! 大丈夫ですか? 意識はありますか? 僕の声が聞こえていたら、返事をしてください。ご老人!」

「パンドラ……お嬢、さま……」


 声掛けに老執事の漏らした譫言。その言葉の意味を、海音寺は知りえない。


 そして、この六日間。この老人が地上から姿を消しており、六日後に突如として出現したという事など、当然知る由もないのであった。


 当事者たちですらその全貌を微かにも掴ませぬまま。何かが――加速していく。



☆ ☆ ☆ ☆



 そして。


 ここにも一つ、予期せぬ邂逅があった。


「久しぶりですね、スネーク」


 透明感のある凛とした声が人気のない通路に響く。

 手摺に寄りかかるように身を預けていた大男が身を起こし、声の主に振り返り目を丸くした。


「……こいつは驚いた。ボウズが未知の楽園(アンノウンエデン)でお前さんに会ったってのは勿論聞いていたが、少し見ねえうちにまた随分と美人になったもんだ。クリアスティーナ」


 シンプルだが流麗な、青いドレスを纏った美しい女だった。

 少女と大人の狭間に位置するような、神秘的と評する他ない独特の色気と美貌を兼ね備えている。

 長く伸ばした宝石のような金髪を三つ編みにし、蛇のように身体に巻き付けることで女性的な豊満な身体のラインが色濃く浮き彫りになっていた。

 至宝の如く鮮やかな紅い瞳が、かつてはなかった穏やかさを湛え輝いている。


 かつて『救国の聖女』と呼ばれ全ての功罪をいっしょくたに押し付けられ押し潰されて、停滞に微睡んでいた少女は、三年前に訪れた時から心身共に大きな成長――彼女の恐れていたはずの変化を遂げ、スネークの前に再び現れたのだ。

 それこそ、スネークが想像もしなかったような戦いと冒険を乗り越えて。

 そしてスネークの知るかつての彼女との違いはそれに留まらない。


「――おいオッサン。なんでもいいがぁウチの聖女サマにあんましちょっかい出してんなよぉ。確かにとひぎり愛らしい見た目しちゃあいるがぁ、意外と凶暴でなぁ。俺以外が触ると噛みつくぜぇ?」


 差し込まれたのは巻き舌が特徴的な低い声だ。

 クリアスティーナの後に続くように現れたのは、幾重に傷の走る褐色の肌を持つ野蛮で豪快そうな男だった。

 サングラスにドレットヘアーの厳ついその男は、ニヒルな笑みの裏に若干の棘を浮かべつつスネークをねめつけていた。

 ディアベラス=ウルタード。

 こちらも報告は聞いている。未知の楽園(アンノウンエデン)の一件に関わり、勇麻達に協力したもう一人の神の子供達(ゴッドチルドレン)の少年。

 三年前に未知の楽園(アンノウンエデン)を訪れた時には、クリアスティーナの隣に彼の姿は見えなかった。

 それどころか、同じ『特例研』で過ごした(義理の)兄妹たちを含め誰一人として側に人を寄せ付けようとしなかったのがかつてのクリアスティーナ=ベイ=ローラレイという少女だったのだ。

 これも大きな成長であり変化であると言えるだろう。


 そのクリアスティーナは、ディアベラスの発言が気に入らないらしく若干不機嫌げに頬を膨らませて、


「む、ディアくん。それはどういう意味ですか? 人をそんな狂犬みたいに言って」

「ん、あー……それはあれだぁ。別に深い意味はねぇんだがぁ、ほら、お前って結構キレるとバシバシ来るだろぉ? なんつーか、あんま近づかない方が身のためだ的な忠告をだなぁ……」

「そうですか。なら今度からディアくんが悪い事しても私、お説教もなにもしてあげません。そんなに私が怖いっていうなら、リズやレギンちゃんの所に行ってますからお気遣いなく」

「ちょ、アスティ、俺ぁ別にそういう意味で言ってるんじゃ……」

「ふん、知りません。どうせ私は凶暴な女ですよ」

「――ぷ、ははははははははははっ!」

 

 二人の痴話げんかに思わず吹き出し、腹を抱えて大笑するスネーク。

 あれだけ心を閉ざしていた少女がここまで変われるものかと思うと、それがどうしても愉快で愉快でたまらなかったのだ。

 スネークは下卑たニヤニヤ笑いを顔面に貼り付けながら、心の底から楽しそうに、


「それくらいにしといてやれ、クリアスティーナ。お前さんの男はな、一丁前に妬いてんだよ。お前さんを取られないようにってな」

「そうなんですか? ディアくん」

「……」


 スネークの言葉に一転、ぱあっと顔色が喜色に輝くクリアスティーナ。対するディアベラスは、居心地悪げに目を逸らしている。

 サングラスでうまく表情を隠しているが、完全に図星のようだ。

 そんなディアベラスの態度に、珍しく自分の優位を感じ取ったクリアスティーナは、ニタニタとイタズラげな笑みを湛え下から覗き込むようにディアベラスを見つめて、嬉しそうにうんうんと何度も頷く。


「……へぇ、ディアくん妬いてるんだぁ。けどまあ、ディアくんは私にベタ惚れですものね。それなら確かに、仕方ないです。さっきの一言も、仕方がないので許してあげます」


 普段散々クリアスティーナをからかっている分、からかわれ慣れていないのか、ディアベラスは忌々しげに舌を鳴らすと堪らず話題を切り替えに掛かる。


「……アスティ、野次馬ありの羞恥プレイも悪かぁねぇが俺たちが此処に来た本来の目的を忘れるなよ? 今日はこれでも結構真面目な話に来てるんだからなぁ」

「もう、ディアくんはすぐそういう変な事を言って私を困らそうとして……でも確かに、こんな話をしている場合ではありませんでしたね」


 こほんっ、とクリアスティーナは空咳を一つ打って、


「スネーク、貴方にお話があります」

「……俺としては、お前さんらの痴話げんかで割と満腹なんだが、聞かなきゃだめか?」

「ええ、聞いてもらいます。他ならぬ『特異体』の一人である貴方に。……三年前、かつて貴方が持ち掛け私が断った話を、不躾ながらもう一度掘り返させて貰います」


 そう、話を切り出したのだ。


「私たち自身の為、そして大切な友達の為に。シーカーの野望は何としてでも食い止めねばならないのですから」

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