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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第一章 英雄ノ帰還ト亡霊
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第二〇話 過去回想Ⅱ—―悪夢の中、出会った少女と少年

「で、集められた『巫女』の様子は?」

 

 コツコツと二人分の足音が響く薄暗い廊下。

 辺りからは薬品の匂いや、それを上回る刺激臭。中には死体でも隠しているのではないかという腐乱臭まで漂ってくる事もあった。

 資料を片手に歩きながら、自分の問いに答える部下達からの報告を耳にして、白衣の男のはどこか満足げに頷いた。


「ま、それは当然の反応でしょう。彼らはほんの数時間前まではただの平和慣れした子供でしかなかったのだから。血生臭い裏の世界も、死と隣り合わせなんていう馬鹿げた状況も、そう受け入れられる物ではないですよ」


 小声で耳打ちする部下の名前も白衣の男は知らなかったが、それは些細な問題にすらならない事だった。部下自身にも部下の名前にも興味など無いからだ。

 そんな物をいちいち覚える為に労力を割こうと考える程、白衣の男は博愛主義ではなかった。


「なんにせよ多少の死者が出るのは構わないとの事です。まだ『選別』以前の段階ですが、それこそ何人の候補者を連れてきたと思っているのですか。彼らのような人材を、わざわざ街の外から大量に取り寄せたんですから。外では一家そろって行方不明者扱い。何人壊れようが、別に問題はないでしょう」


 特に感情を見せる事無く、事務的な口調でそう告げると、白衣の男は改めて手元の資料に目を落とした。

 パラパラと紙の束をめくり、やがてある少女の情報の書かれた紙の所でその手が止まる。

 白衣の男はその顔に初めて表情らしき物を浮かべると、独り言のようにこう言った。


「アリシアという少女……、中々に面白い素材だ」 



☆ ☆ ☆ ☆



 結論から言うと悪夢は醒めなかった。

 アリシアの世界が崩壊し、変な男達に拉致され、薄汚い牢に放り込まれてから既に三日が経過していた。

 まだ三日しか経っていないのかと疑いたくなる程時間の経過は緩やかだが、外の看守の会話から推測するかぎりでは間違い無いハズだ。

 アリシアにとって不幸だったのは、そのスペックの高さだった。

 年齢にそぐわぬその賢さ故に、彼女はこの辛い現実に向き合わなければならなかったし、自分の無力さも身に染みて分かってしまう。

 それは彼女から反抗する意志を奪い、生きる意識すらも徐々に奪っていった。


 瞳からどんどん生気が消えていく。

 このままいっそ消えてしまえたら、どんなに楽だろうか。

 牢の中には簡易ベッドすら存在せず、申し訳程度にボロ布が置いてあった。一応和式のトイレが設置されていたが掃除をまともにしていないのか臭いが酷い。

 一応、一日二食の食事が運ばれるのだが、こんな場所では食事を摂る気にもならなかった。


「アリシア様、少しよろしいでしょうか」


 そんな中、不意に牢の扉が開けられアリシアに声がかけられた。

 のろのろとした動きで顔を上げると、そこには、両親の仇が微笑を浮かべて立っていた。

 白衣の男はアリシアに悪びれる様子も無く、手を差し伸べてこう言った。


「一人で立てますか?」



☆ ☆ ☆ ☆




 白衣の男の顔を見た瞬間、ドス黒い感情がアリシアを支配した。

 生気を失っていた瞳に危うい輝きが戻り、拳を握りしめるだけの力が身体に戻ってきた。

 けれど、アリシアが白衣の男に殴りかかる事はなかった。

 アリシアは賢いが故に、その行為に何の意味も無いという事を理解していたし、もし仮にこの白衣の男を殺せたとして、それで両親が喜ぶとは思えなかったからだ。

 そして何より、あんな風にあっさりと人を殺す事ができる目の前の男が怖かった。

 差し伸べられた手を無視する事が、アリシアにできる精一杯の反抗だった。


 アリシアが男に連れられやってきたのは、大きな部屋だった。

 窓も無く、ただ一つある鋼鉄製のその扉は外から錠を掛けられるようになっている。

 これだけだと大きな牢屋という印象を与えると思うが、この部屋はアリシアがいたような牢屋とは違う点がいくつかあった。

 まず、この部屋を牢屋として使ったような痕跡が見られないのだ。

 やたらと綺麗で掃除がされている割に、部屋の中には簡易ベッドもトイレも無く、その逆に天井には蛍光灯がぶら下がっている。

 こんな事を言うのもおかしいかも知れないが、この部屋からは生活感を全く感じない。

 ここは牢屋以外の使い道がある部屋なのかも知れない。


 そもそもアリシアは自分が拉致されどこに運びこまれたのか、白衣の男が何者なのか、そのほとんどが何も分からない状況なのだ。

 これ以上憶測で物を言ってもしょうがないのかも知れない。


 とは言え、ここに連れてこられるまでの道のりで新たに分かった事もいくつかある。

 まず一つ、おそらくアリシアが今いるこのフロアは地下だという事だ。

 理由は酷く単純で、ここに来るまでの廊下に窓が一つも無かったという事だけなのだが、やけに薄暗く息の詰まるような雰囲気といい、かなり地下っぽい。


 そしてもう一つが、ここが何らかの実験、研究施設であるという事だ。

 ここに来るまでの途中に、ドアの隙間から部屋を覗き見たりしたのだが、これは間違いないだろう。

 よく分からない機械類やパソコン、それに廊下に漂う薬品の匂い。

 何の実験、研究をしているのかはさっぱり分からないが、確実にその手の施設だろう。

 とは言え、そんな事が分かったから何になるんだ、という諦めの感情がアリシアの中にはあったのだが。 

 

 とまあ、ここまでがこの施設のみを観察して分かった事だ。


 本題はここから。

  

 重要なのは、アリシアの居た牢屋と、この大きな部屋との決定的な違いの部分だ。


「また新しい子だ……」

「僕たちこれからどうなっちゃうのかな……」

「大丈夫さ。なんとかなるよ、だから泣くな、な?」

「嫌だよぉ。家に帰りたいよぉぉぉ」

「どうせ俺たちも殺されるんだ。ふざけやがって……」


 不安な声、心配する声、泣き叫ぶ声、怯える声、怒りの声、我慢の声、元気づける声、励ます声、強い声、弱い声、暗い声、明るい声。

 決して少なくないざわめきが、アリシアを向かい入れた。

 大きな部屋、そこには先客がいたのだ。

  

 アリシアと同じ、家族を殺され拉致されてここまで来た子ども達が。

 

 それもたくさん。

 


☆ ☆ ☆ ☆



「お、パツキンの新入りさんめっけ。俺はパックだ、よろしくな。えーと……」

「ア、アリシア……私は、アリシア」


 アリシアより一回りくらい年上であろう、少し癖っ毛な金髪碧眼の少年の唐突な自己紹介に、たどたどしいながらも何とか応じる事ができた。

 アリシアが連れて来られた大部屋には、パッと見一〇〇人近くの子どもが集められていた。

 アリシアが部屋に入ってきた途端に近づいてきた、外国人風の少年。

 皆がその顔に不安やら恐怖やらを浮かべる中、パックと名乗ったその少年だけが笑顔だった。


「おっと、変な名前だけど偽名なんかじゃ無いからな。見ての通りハーフって訳。見た目は完全に外人だからよく間違えられるんだけど、生まれも育ちも日本だから英語とかこれっぽっちもできないからな」


 そこんとこは期待されても困るなー、とどこか照れたように後頭部を掻き笑うパックという名の少年。

 今のどこに照れる要素があったのかアリシアには分からなかった。


「って言ってもアリシアもハーフみたいだし、まあその辺りは俺の気持ちも分かるよな。いやー金髪仲間ができて俺は嬉しいよ。嬉しさでお腹が一杯だ。……あ、いっけね。聞きたい事があるんだった。アリシアさ、ひょっとして『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』の人間だったりする?」

「ヘヴンズ、がーでん?」


 その単語に聞き覚えはあった。

 世の中には神の力(ゴッドスキル)なんていう不思議な力を使う人間が存在していて、その人達を一か所にまとめて、危なくないよう管理している島の名前が天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)だ。

 テレビを見ていればニュース番組としてたびたび流れてくる言葉なのだが、あまり良いイメージを抱いた事は無い。 

 そんな単語がなぜこのタイミング出てくるのだろうか。

 

「お、首を傾げる可愛らしいその反応。さては俺と同じで普通のとこ出身か」


 初対面の人間にいきなり可愛いと言われて、耳まで真っ赤にしてうつむくアリシアをよそに、パックはマシンガンのように喋り続ける。


「アリシア、そもそもここがどこだか知ってるか? 俺も見回りの男にしつこく尋ね続けて、ほんの二時間前くらい前にようやく知ったんだけどさ、聞いて驚くなよ、俺らが連れて来られたこの施設は『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』内の研究施設らしいんだよ」


 出会ってから今まで喋りっぱなしのパックの事だ。

 しつこく質問攻めにされた見回りの人間も、あまりのうるささにたまらず教えてしまったのだろう。

 

「でさ、研究施設に連れて来られたからには何らかの目的があると思うだろ? だから連れてこられた子ども達にも何らかの共通点があるんじゃないかなーと思った訳。で、ここにいる子みんなに色々聞いたんだけどさ、どうも共通点が『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の外から連れて来られた』くらいしか見当たらないんだよ。でもそれっておかしいよな? 天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の外にいた俺らは神の力(ゴッドスキル)なんて使えないのに、一体何の目的で集められたんだか」


 ほとんど息継ぎもせずに喋りまくるパックにつられてか、思わずこちらも息をするのを忘れていた。

 言い終わると同時に肩をすくめながら溜め息を吐くパックと同調するように、アリシアもホッとしたように息を吐く。 


「え、えと。パックさんは」

「ああ、パックでいいよ。歳上って言っても同じ小学生だし、あれ? 小学生だよね?」


 パックの控え目な問いに、こくりと頷いてから。


「……パックは、その。怖くないの……?」


 彼に会ってから一番疑問に思っていた事をアリシアはぶつける。

 辺りを見回すと誰もが不安そうな顔をしている中、一人場違いに明るい顔をしている少年。

 それはきっと強さだ。

 賢いだけで年相応のメンタルしか持っていないアリシアとは違う。恐怖にも打ち勝つだけの心の強さを、きっとこの少年は持っているのだ。

 アリシアは目の前の少年が、なぜこうも笑顔でいられるのか、他のどんなことよりもそれが気になったのだ。

 その強さはどこからくるのか、どうしたらそうも強くあれるのか。それが知りたかった。

 パックは、アリシアの質問にどこか恥ずかしげに頬を搔きながら笑い。

 

「いやー、お恥ずかしながら今にもおしっこチビっちゃいそうな程ビビってんのよ、俺」

「……へ?」

 

 予想外の回答に、アリシアの口から空気が漏れたような音がした。

 今鏡を見たら、アリシアの顔は目も当てられないようなみっとも無い顔になっているだろう。

 

「お前らよりは年上って言っても、たかが小学六年生だかんな。いきなりこんな訳の分からんとこに連れて来られたらそりゃ誰だって……あ、ヤベ。冗談抜きでトイレ行きたくなってきた」

 

 急に内股になり、怪しいステップを踏みながらもじもじし始めたパックを見て、この日—―――いや、この三日間で初めてアリシアの頬がほころんだ。


「ぷ、ふふっ……。何それ、変なのー」


 口元に手を当てて笑うアリシアを見て、パックは少し嬉しそうに鼻の頭を搔くのだった。



☆ ☆ ☆ ☆



「なんだあれ!?」

「うわぁぁっ!!?」


 集められた子ども数名分の悲鳴に、否応なしに大部屋中の緊張感が高まった。

 そしてそれは、久しぶりに楽しい会話をしていたパックとアリシアにとっても例外では無い。

 子ども達の視線の先、大きな部屋の中央。

 そこにいきなり現れたのはアリシアのよく知る仇敵、白衣の男だった。

 ただし、彼の姿は透き通っていて、白衣の男を通して向こう側が見えるようになっている。 

 まるでゴーストだ。


「パック、あれって……」

「大丈夫だアリシア。アレは本物じゃないさ」


 不安げにパックを見つめると、アリシアの手をパックの掌が優しく包み込んでくれた。

 その何とも言えぬ安心感に、アリシアはその身を任せた。


「にしてもすっげえな、これが立体映像ってやつかー」


 アリシアの横で、どこか感心した様子のパックがそう呟いた。

 どうやら彼女らの前に唐突に現れたこの白衣の男は、実態の無い3Dホログラム映像らしい。 


『「巫女」候補の皆様、はじめまして……の方が多いでしょうから、一応ここで自己紹介をさせて貰います。私がここの責任者であり、皆様の「選別」に携わる――そうですね、「白衣の男」。とでも名乗っておきましょうか』


 実態の無い白衣の男はその顔に微笑を浮かべ辺りを見回すと、


『もうお気づきの方もいるかと思いますが、皆様には神の能力者(ゴッドスキラー)の聖地、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)に来て頂いております』


 白衣の男の言葉に、大部屋のざわめきのボリュームが大きくなる。

 皆の顔が不安に染まるのが、アリシアにも分かった。

 このままでは軽いパニック状態になってしまうかもしれない。

 今の白衣の男の話を信じるのなら、アリシア達の命を握ってるのは、事実上白衣の男という事になる。

 相手の気が長いとも限らないこの状況で、必要の無いリアクションは危険だ。

 煩く騒いだだけで敵対行為として処刑されてしまうかもしれないのだから。

 ならば、こちらから相手を刺激するような事は避けるべきだ。

 従って今パニックに陥るのは非常にマズい。

 しかし、そう考えたところでアリシアにできる事なんて一つも無いのが現状だ。

 どうしようどうしよう。そんな不安がどんどん大きくなっていく。

 焦りと不安ばかりが膨らんでいくだけで、解決策など浮かんでこない。

 無駄に時間だけを消費しているのを感じた。


「あ、あーあー。ゴホン、ゴホン、マイクテスト中~マイクテスト中~」


 そんな時、不安と無秩序な喧騒をまとめてぶった切る声があった。

 それも、アリシアの割とすぐ近くから。


「へいへい、白衣のダンナ! 今俺らの事『巫女』とか呼んでたけど、俺みたいに男の子まっしぐらな男の子でも、その巫女とやらの候補なのか?」


 ともすればどうでもいいようなその文句に、軽いパニック状態だった部屋がシンと静まり返る。

 その様子を見た白衣の男はニヤリと笑みを大きくしてパックに笑いかける。


「失礼、確かアナタは……パック様、でしたかな?」

「おう、そうだ。変な名前だけど偽名じゃないからな。見ての通りハーフだ。……つうか何で俺の名前知ってんの? キモッ!」


 少し後ろに下がりながら自分の身を両腕に抱くパック。

 白衣の男はそんなパックに苦笑しながら、右手を挙げて失礼と一言入れて、


「いや、アナタの担当をした人間から話を伺っていたので。……聞いていた通りの面白いお方だ」

「それはどうも」 

 

 律儀に頭を下げるパック。

 しかし頭を下げたパックの瞳の色が、一瞬ガラリと変わった事には誰も気が付かない。


『「巫女」、という単語に関しては、ただの作戦上のコード名のような物なので、特に深い意味はありません。もちろんパック様のような男の子も、大変不本意でしょうがその「巫女」の候補、という事になります』

「質問質問! その『巫女』ってのが何なのか分からない。俺らに分かるように説明して」

『できかねます』

「アンタらの目的は?」

『教えかねます』

「『選別』って言葉の意味は?」

『文字どおりの意味です』

「……」


 白衣の男は質問に答える気がどうやら無いらしい。


『そんな怖い顔をなさらないでください。今はまだ、説明すべきでは無い事もあるという事です。いずれ皆様も、これらの言葉の意味を理解できる日が来ます』


 両手を広げてそんな事を言う白衣の男に、パックは「それじゃあ最後に一つだけ」、と手を挙げた。


「俺らはいつ解放される?」


 それは確信をついた発言だった。

 部屋中の子ども達の息を呑む音が重なる。

 ある者は祈るように目を閉じ、またある者は白衣の男の言葉を聞き漏らすまいと、全力で目を見開き耳をましている。

 部屋中の緊張感が高まっていく。

 吐息すら周囲に響いて耳障りだ。

 アリシアも不安と期待を混ぜこぜにしながら、パックと白衣の男のやり取りを見守っていた。


 どうしてそんな風に恐れる事なく、確信を突くような事を口にできるのだろう。

 その結果として深い絶望の底に落ちるかも知れないのに、もう家に帰る事はできないという、どうしようも無い結果が告げられるだけかも知れないのに。

 どうして、そんなに強いのだろうか。

 さっきはとぼけたような言葉ではぐらかされたが、やはりこのパックという少年には、ここにいる誰にも無い強さがあるような気がした。

 賢いが故に、現状を諦め投げ出していたアリシアには眩しすぎる強さだった。


 耳の痛くなるような静寂がどれだけ続いただろうか。


 やがて口を開いたのは白衣の男だった。


『……面白い方だとは聞いていましたが、中々厄介な人だ。……何が狙いで?』

「別に。学校でも塾でも、帰る時間くらい誰だって気にするだろ」


 パックのその適当な言い草に白衣の男は愉快げに笑って、


『いいでしょう。勇気を持って恐怖に立ち向かい、私達の目を他の子ども達から引きはがして自分に集中させようとするその自己犠牲の心意気、素晴らしい!』

「……あんま適当こくなよ。自己犠牲とか意味分かんねぇよ」 

『ご謙遜をなさらずとも、なにせここは実験施設ですからな。そこに人間の子どもを大量に集めるんだ、何がおこなわれるかは幼稚園児でも分かる』

 

 その不吉な言い回しに、パックを含め周囲の空気が凍る。

 

「テメェ!!」


 怒りを顕わにしたパックの怒鳴り声ごときでは、白衣の男を止める事なんてできはしない。


『だけらこそアナタは悪目立ちする事で、私達研究者の意識を自分に集めようとした。年上の自分がより多くを負担する為に。……違いますか?』


 白衣の男の言葉に、部屋中の子ども達の視線がまたしてもパックに集まる。

 彼らの瞳に映る感情の色は様々で、とてもじゃないが言葉にできるほど単純な物ではなかった。


(何か、ものすごく嫌な予感がする) 


 唇を噛み締めるパックの手を強く握りつつ、アリシアは白衣の男の言葉を待った。

 心臓の鼓動が嫌に速い。

 渇いた唇が今になってひりひりと不快感を伝えてくる。


『ですが、残念ながらアナタのその思惑には何の意味も無いんですよ。な・ぜ・な・ら! ここにいる皆様全員が「巫女」候補なのだから。全員が全員、同じ実験を受けなければ「選別」する事など不可能! よって私達はどの候補者様にも平等に接します。死にかけだろうが、病人だろううが、幼かろうが、知った事じゃない。「巫女の資格があるかないか」。重要なのはこの一点のみなのですから!』

 

 狂気を顕わに唾を飛ばしながらそう語る白衣の男に、一人、また一人と、集められた子ども達が泣き出していく。

 悔しげに歯を食いしばるパックには、もう何をどうする事もできない。

 

『そうそう。先ほどの質問に答えていませんでしたね。いつ家に帰れるのか……でしたか? そうですね。「巫女」の資格が無い、と判断された方はどうぞご自由に、いつでも帰宅して頂いて構いませんよ。もっとも、実験に耐えられなかった時点で廃人コースは確定でしょうから、帰る事が出来れば、ですけど』 


 それは絶望以外の何でもなかった。

 白衣の男の言葉が、たった一〇年という月日の経験しか持たない子ども達の心を粉々に砕いていく。

 ここに連れて来られるまでに、既に辛い思いを経験してきたであろう彼らにとって、白衣の男の悪意の籠った言葉は致命的だった。

 泣き崩れたまま動こうとしないもの。

 おかしくなってしまったのか、急に大声で笑い出す子までいた。

 

 誰も彼もが絶望に暮れる中、どうしてだろうか、その少年の声だけは部屋中によく響いた。


「――分かったよ。要するに、白衣のダンナが欲しいのは、その『巫女』の資格を持つ人間なんだろ? で、その口ぶりからして、一人でもその資格を持つ人間がいればそれで構わないって訳だ」


 その一言で、またしても部屋中がシンと静まり帰った。

 あろうことか、この状況で不敵に笑うその少年――パックは、真正面から白衣の男の顔を覗きこんでいた。


『……だとしたら、何なんです?』

「もし仮に、この場にいる全員がその実験に耐える事ができたなら、『巫女』の資格を持つ人間一人を除いて、残り全員を解放して欲しい」

「ほう……。で、その家に帰れなくなる一人の「巫女」役は、誰がやってくれると言うのですか? 自分からそんな役をやりたがる物好きな人間など、どこにもいないと思うのですが」


「もちろんそれは俺がやる」


 その言葉を誰もが予想はしていた。

 話の流れから言って、パックというこの少年がそう言いだす事は不自然な事ではない。

 だが、予想をしていたからと言って、驚かずにいられるような内容では無い。

 

 この部屋に集められた子ども達の中で誰よりも歳上とは言え、パックはたかが一二歳だ。

 まだまだ両親に甘える年頃の彼が、ここまでして自分を犠牲に周りの他人を助けようとする様は、はっきりいって異常としか思えない。

 それは白衣の男も同じだったようで、


『……理解できませんね。その提案でアナタが得られるメリットが何かあるのですか? ここにいる他の子ども達は、何もアナタの兄弟でもなければ友人でもない、ただの他人なのですよ?」


 白衣の男の言葉の方が、むしろ正論だ。

 確かに、パックの提案でパックが得をする事など何もない。

 すべて自分が傷つくのを前提とした発言。自己犠牲どころの話しでは無い。喋った事も無い他人の代わりに処刑台の上に立つような行為。

 それをわずか一二歳の子どもが行わなければならない理由とは、一体何なのだろうか。


「お前みたいなおっさんに理解される気なんて、さらさらねえよ。いいか、この年頃の男っていうのはな、無条件でヒーローってヤツに憧れるモンなんだよ」


 アリシアの手を握りしめながら、パックは叫ぶ。


残虐非道ざんぎゃくひどうなテロリストから子ども達を救った一二歳の英雄、いいじゃんか! 最高じゃんか! 今ここにいる誰にもできない事を、俺がこの手で実現してやるよ! 自己犠牲? とんでも無いね、俺が、この俺が! 唯一無二の主人公だ!!」


 そんなパックの宣戦布告を受けて、白衣の男は腹を抱えて哄笑した。

 

『あははははははははははははっ、実に面白い! いいですよ。もしアナタに「巫女」の資格があったなら、アナタ以外の生き残り全員を解放する事を約束しましょう!」


 そう宣言すると、白衣の男の3Dホログラム映像は跡形もなく部屋から消失した。

 余韻のように、白衣の男の声だけが部屋にこだました。


『今は英雄様に心からの敬意を示すとしましょう。ですが、お忘れなきように、私達はどの候補者にも平等に接します。例えパック様に「巫女」の資格があったとして、果たして何人が生き残れるのか……今から楽しみです』 

 

 白衣の男も消え、改めて静まり返る大部屋。

 誰一人として声を上げる者はいず、すべての視線が一人の少年の元に集まっていた。

 その少年は、彼ら全員の視線をその身に受け、それでも気負う事なく歯を見せて笑うと。


「いいかお前ら、これは子どもと大人の戦争だ! あの白衣のおっさんは、俺らがこれから行われる『実験』とやらに耐えられないと思っていやがる。どうせ無理だと、高をくくっていやがる。子どもは弱いから、大人には絶対勝てないんだって、俺らの事を見下してやがるんだ!」


 俯く子ども達の闘志をパックの言葉が揺さぶる。

 戦いを放棄したはずの彼らが、絶望を口に出す事しかしてこなかった彼らが、たった一人の勇気ある行動に、心を動かされていく。


「でも違う! 大人が思っている程、俺たち子どもは弱くなんかない! 笑いたいヤツは笑えばいい。無理だって思うヤツは諦めればいい。それでも、それでもまだ、諦めたくない馬鹿がいるなら――」


 俯いていた誰かが顔を上げる。

 涙を流していた瞳には、もう強い意志が備わっていた。

 一人、また一人と立ち上がる。

 全ての想いが集約されていく一体感がアリシアたちを包んだ。


「――アイツらと、戦おう」 


 醒めない悪夢に落ちたと思っていた。

 二度と日が差し込む事も無く、アリシアはこのまま腐るように溶けて消えていくのだと、そう思っていた。

 けれど、醒めない悪夢なら、自分から夢の世界を壊してしまえばよかったのだ。


「ああ、戦おう」


 誰かがそう言った。


「戦おう」

「大人をぎゃふんと言わしてやろうよ!」

「ああ、僕らならできるよね!」

「もう、泣くもんか。僕だってヒーローになりたいんだ!」

「負けるもんですか」

「ええ、わたしだってこのまま終わるのは悔しいもん」


 皆の意志が重なり、一つの大きな言葉となる。


「「「戦おう!!!」」」


 重なった声に、少し前までの絶望感は微塵も無い。

 意志ある者の掲げたたった一つの火種が燃え広がり、大きな一つの炎となった。

 

 戦える。

 

 僕たちはまだ、負けてなんかいない!


「いいかお前ら、お家に帰るまでが戦争だ! このふざけたいくさをさっさと終わらせて、生きてここから帰還するぞ!」 


 小さき者たちが反撃の狼煙を上げる。


「おおッ!!!」


 汚い大人どもへの宣戦布告は、包み隠す事なく堂々と気高く行われた。


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