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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 破 三大都市対抗戦・下
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第四十二話 対抗戦武闘大会・本選Ⅲ――東条勇火VS泉修斗:count 1

 姉妹の乱入を受けてヤケクソになった天風楓(中身シャルトル)は、もはや悪役もかくやという高笑いをあげていた。 

 万が一にも音声がマイクに入って世界中に流れていれば、完全にキャラ崩壊である。

 しかしそこは計算の女シャルトル。彼女の回りを吹き荒ぶ暴風の轟々とした音に掻き消されているのであった。


「ふははははは! これで終わりです! 極めて私的な私怨からアナタを完膚なきまでに叩き潰してやりますよぉー海音寺せんぱいーっ!」


 鎧も矛も封じ、丸裸となった海音寺へとトドメを刺すべく四肢に風を纏い強襲を仕掛けるシャルトル。

 しかし勝利を確信した彼女を襲ったのは、石舞台リングを割って間欠泉の如く噴き出した海水の洗礼であった。


「な……これはっ!?」


 しょっぱ辛い塩の味に思わず目を瞑り、シャルトルが怯む。

 その隙に地面から勢いよく噴き出した海水は中に浮くシャルトルをぐるりと取り囲み、巨人の掌で握りつぶすように真ん中のシャルトル目掛けて一気に殺到。

 気付けばヒト一人を余裕で閉じ込める、海音寺の水牢にシャルトルは囚われていた。


『がばごばっ……!?』


 ……あり得ない。だって、海音寺の操る〝海域〟は彼の背後のバランスボール大の水球で全て、新たに補給しようとする水に関しては、セルリアとセピアが妨害を仕掛けることで彼の元に集まってくるのを遅らせている。 

 彼の手元に、シャルトルを閉じ込められるだけの海水はなかったハズだ。

 口から気泡を零しながら『何故』という疑問の瞳を向ける少女に、海音寺は勝ち誇る事も無く依然と変わらぬ爽やかな笑みを向ける。

 

「……確かに僕の『海域創成オーシャンアーキテクト』は下準備に少し時間が掛かる。海域を造り出すまでの脆弱さや、水を集めるまでの時間、そこが弱点であることも自覚しているつもりだ。だから当然、対策はしているよ。事前に仕込みを終えている予備の水(ストック)の用意だってしてあるさ。……君のお姉さんたちも周囲に漂う『水』については知覚も干渉も容易だろうけど、僕が支配した『海域』にまでは手出しは出来ない」

『……っ!』 


 それは、見えすぎるが故の油断であったのだろう。

 四大属性を司る『始祖四元素ビギニングフォース』を持つ彼女達は、自身の司る『属性』を強く感じ取る事ができる。

 セルリアならば自身の周囲五キロ圏内の水の位置や流れを事細かに感知する事ができるだろう。

 海音寺目掛けて地中を移動する多量の水をいち早く察知し、ジャミングを仕掛けたりすることが出来たのもそのためだ。

 しかし、既に十二分に海音寺の干渉力を通してある『海域』が、ずっと彼の足元の地面で待機状態になっている事には彼女とて気付けなかった。

 海音寺の『海域』は、創成に時間が掛かる分他のどの神の能力者(ゴッドスキラー)が操る水よりずっと強力な干渉と支配を受けている。

 干渉レベルで勝っていればともかく、Aマイナスの彼女達では根本的な干渉力では海音寺に及ばない。


 海音寺は少しだけ申し訳なさそうに頬を搔いて、


「ちょっとズル臭いけど、君達のに比べたら可愛いものだろ?」


 チート野郎め……っ!

 ごぼごぼと水を呑みこみながら、シャルトルは引き攣ったような笑みを水中で浮かべるしかなかった。 

 

 そして。


「じゃあ、次はこっちから行かせて貰おうか……!」


 返す刀で振るわれた海音寺の一撃が、身動きの取れないシャルトルを襲う。



☆ ☆ ☆ ☆

 


「このバカ」

「いてっ」


 海音寺に負けてすごすごと控室に戻ってきたシャルトルの頭に、勇麻は軽く手刀を叩きこんだ。

 全身びしょ濡れの子犬みたいになって俯いてる少女を前に額に手を当て、呆れ半分感心半分で溜め息を吐く。


「……海音寺先輩相手にあんな卑怯な手使えばそりゃこうなるわ。お前は普通に真面目なテンションで戦ってれば強いんだから余計なことするなよ勿体ない。なんだよあの噛ませっぷり。ドラグレーナ=バーサルカルかよってレベルだぞ」


 常日頃から微妙に悪ぶりがちな所があるシャルトルは、姉妹たちの乱入も相まって今回完全に暴走した訳であったが、そりゃああそこまで噛ませ犬っぽい台詞を連打してれば因果だって捻じ曲がる(かもしれない)だろう。

 自暴自棄になったシャルトルは、傍から見れば完全に倒されるべき悪役ヒールを演じていた。

 戦闘面で見ても、自棄になってからの攻撃は大雑把で精彩を欠き、いつもと異なり冷静さも失われていたように思える。

 そうして自ら生み出した油断と慢心を突かれて敗北、まさにお手本のような自滅っぷりだ。

 何というか、愛すべき間抜けさですらある。


 すぐに暴走する四姉妹の手綱を常に握り続けなければならないスネークの心労を色々と察する勇麻。

 彼女達のマイペース具合に付き合うのは、一筋縄ではいかないことがよく分かる。

 そんな説教モードの勇麻に対して、当の本人はと言うと。


「……うぅ、だってぇ~」


 下手人シャルトルは綺麗な翠色の瞳にうっすらと涙を溜めながら、リスみたいに頬を膨らませて上目遣いでこちらを見上げぶーたれていた。

 あざとい。

 しかし勇麻にそんな猫かぶりの色仕掛けは今更効かないのである。

 そんな古典的な手に流されることなくぴしゃりと言い放つことができる男、それが東条勇麻だ。ここはびしっと言ってやらねば。


「だってもクソもあるかこの馬鹿。……やればできるんだからさ、もっとちゃんとしろよ。確かに今回の件はセルリア達の非が大きいけど、あそこで姉達を止めることが出来なかった訳じゃないだろ? 油断も慢心もしないで慎重にちゃんと戦えば、海音寺先輩とだっていい勝負できるんだから。少なくとも俺はそう信じてるんだ、頼むぜホントに」


 びしっと説教を決め、頭をぽんぽんと叩くと、どういう訳かシャルトルはふるふると身体全体を震わせていた。

 ん、まさか馬鹿とか言われて怒っちゃったか? なんて心配を勇麻がしていると、シャルトルは顔を耳まで真っ赤にしながら何故かふふんと得意げに鼻を鳴らして嬉しそうに胸を張り、


「そ、そこまで言うなら仕方がありませんねぇー。ま、まあ私が海音寺流唯なんかより強いのは言われるまでもなく常識ですけどぉー? 次からはもっとちゃんとアナタのお望み通り真面目に戦って、私の凄まじさを全世界に見せつけちゃうとしますかねぇー!?」

「いや、次もなにもお前の『対抗戦』終っちゃったけど」


 ……何だか妙に鼻が伸びちゃってる子がいるのだが、この子、今さっきものの見事に惨敗した子だよね? 


 シャルトルの豹変ぶりに戸惑う勇麻だったが、何故こんな反応になるのか分からず首を傾げるので精一杯だった。

 人間、想像だにしない奇行に遭遇すると、何と声を掛ければいいのかもよく分からなくなるものだ。

 しばしの間、謎の自信をつけたシャルトルのご機嫌な言葉に適当に相槌を打つ作業をこなしていると、勇麻の視線が向かう先に気付いたシャルトルが話題を変えた。

 

「……というか、東条勇麻。次は泉修斗と弟さんの試合じゃありませんでしたっけ? 声掛けにいかないんでいいんですかぁー?」

「……ん、ああ。いいんだ。今のピリピリした勇火に声は掛けられねえよ。自分が絶対にブッ飛ばしたい相手から応援なんて貰ってもシラけるだけだろ」


 そう。いくら勇麻が愚かな兄とて同じ轍を踏むつもりは毛頭ない。

 勇麻はただ勇火の越えるべき壁として、弟を待っていればそれでいい。このタイミングでこちらから出向くなど、それこそ勇火の気持ちを踏みにじる行為である。


 そんな勇麻の言葉の意味が良く分からなかったらしいシャルトルは訝しげに首を傾げる。

 そのあたりの複雑な気持ちは姉妹と兄弟では異なるものなのだろうか……?


「ブッ飛ばしたい相手? 兄弟喧嘩でもしてるんですかぁー?」

「シャルトルだって何となく分かるんじゃねえの? 姉妹に負けたくない気持ちみたいなの」

「……うーん、私はセルリア姉ちゃんやセピアの事べつに嫌いじゃないですしぃ、向こうも私のことが好きみたいなので特に……あ、でもスカーレに舐められるのはやっぱり腹が立ちますかねぇー。私がアレで遊んでいたいので。その逆とかありえないです」

「ま、そういうアレだよ。でかい喧嘩もしたしな、あいつも延長戦を望んでるんだろ。何せ俺も勇火も、多分負けを認めないだろうしな」

「……はぁ」


 画面の向こうでは、既に石舞台リング上にあがった泉修斗と東条勇火が戦意を隠そうともせずに睨み合っている。

 勇麻はその光景に何を言うでもなく、黙って胸中で二人へエールを送るのだった。



☆ ☆ ☆ ☆



 周囲の喧騒が自然と遠くなる。

 浮ついた緊張感に、足元を救われそうだ。


「不思議ですよね、泉センパイ。いっつもアンタらの後を追ってただけのガキが、こんな舞台に立っているなんて。正直、未だに現実感ってヤツが湧いてこないですよ」


 対面に向き合う仏頂面の男は、しかしいつものように軽い調子で返事をしない。おきまりの毒を吐きもせず、柳眉を吊り上げ口元を引き結んだまま、小さい頃から共に過ごした勝手知ったる後輩を睨み付けている。

 油断も慢心もない。

 同等もしくは格上以上を相手取るような、真剣な表情。この男に〝敵〟として認識されている。

 その事実が、勇火には学校の試験で一位を取るよりも、宝くじで一等を当てるよりも嬉しかった。


 その中に火種のような一つまみの喜悦を滲ませて、泉はようやく表情を崩して口を開く。


「……不思議だぁ? ハッ、アホか。別に驚きゃしねえよ。そもそもアホ勇麻よりテメェのが優秀だろうがよ、優等生」


 自分達がこの舞台に立つのは当然だと何の躊躇いもなく告げる泉に、勇火は引き攣った笑みを浮かべる。

 産毛が逆立つような感覚。 

 いつも日常的に近くにいる為感覚が麻痺しそうになるが、こうして改めて対峙してみると泉修斗という男の存在感に圧倒されそうになる。

 ……忘れる訳がない。泉修斗もまた、ある意味では東条勇麻と同じあちら側に立つ人間なのだ。

 勇火のようなその他大勢有象無象。それらとは明確に異なり一線を画する異常性を持ちあわせた特例の例外どもがその一人。

 

「……違いますよ、泉センパイ。俺が言いたいのは、そうじゃない」

「あぁ?」

「不思議なんですよ。こんな大舞台に立って、相手がアンタだって言うのに、不思議と一ミリたりとも負ける気がしない……!」


 試合前から決めていた、先手としてまずぶちかますのは例外(主役)どもへの宣戦布告。

 武者震いか単なる恐怖かわからない震えに身体を揺らしつつ大胆不敵な笑みと共にそう告げた瞬間、泉修斗がコンマゼロ秒で着火し大炎上した。


「――おっっっもしれえじゃねえか勇火ィ! いいぜ最っ高だ! 少し前まで金魚の糞だった糞野郎が、良く言いやがったクソ野郎ッ! そこまで抜かしたんだ、腑抜けた終わり方だけは許さねえ……全力で掛かってこいやァッッ!」

 

 以前は数秒の時間を要したはずの肉体の炎への変換をコンマ数秒で成してみせる化け物に内心で慄きつつも、その鎧を打ち砕くべく勇火もまた己の力を存分に振るう為に詠唱を開始。

 

 泉修斗と東条勇火。

 幼い頃から互いを知る二人の戦いの幕が、今切って落とされた。



☆ ☆ ☆ ☆



「――接続開始」



 東条勇麻は自分の事を誰かの代役であり、何かの紛い物であると評する事が多々ある。

 皆が皆諸手をあげて賛同する訳ではないだろうが、彼と彼の周囲の人間の関係のおおよそを聞けば、『まあ一理あるな』と思わざるを得ない部分は確かにあるのだろう。 


 そんな中、東条勇火はその言葉に頑として首を振る一人だ。

 勇火にとって東条勇麻とは唯一無二の存在であり、ただ一人の兄である。


 もっとも身近を走るその背中に勇火は無条件に憧れていた。


 『僕の兄ちゃんは世界で一番凄いのだ』深く理由を考えることもなく、幼い勇火は無邪気にそう信じ込んでいた。

 勇麻が龍也の背中を追うように。楓が勇麻の後をいつまでもひょこひょこ付いて歩いたように。勇火もまた、何を疑うこともなく兄の駆けたレールのうえを倣うように走った。


 大好きだったから、兄の行動を何でも真似た。

 同じ事をしたがり、同じ服を着たがり、同じモノを食べたがり、同じ所に行きたがる。まるで勇麻の分身だ。

 勇麻は勇火を愛し、それ以上に勇火もまた勇麻を愛していた。

 だがその愛の強さが、いずれわが身をも焼く業火に変わるなどと幼き勇火は知る由もない。

 往々にして兄弟というヤツはそういうモノなのであり、東条勇火という明確な自我と個性が形成されていくにつれて、兄に対する感情に少しずつ変化は生じていく。

 ……結局、引き金となったのは何だったのだろう。

 とにかく。自分と兄とは絶望的なまでに違う存在なのだと気付いた時に、東条勇火は無邪気に兄に憧れるだけの子供ではいられなくなったのだ。



「『雷翼』展開」



 兄を誇りに思い、だから嫉妬した。

 兄を尊敬して、だから嫌悪した。

 兄に期待して、だから失望した。

 兄を信じて、だから絶望した。

 兄を愛して、だから憎悪した。


 最も近くに立ちはだかる壁が、その異常さが、東条勇火の平凡さを浮き彫りにする。

 それが嫌で嫌でしょうがなかった。

 事あるごとに兄と比較され、兄は落ちこぼれと言われ優秀だと評される自分に腹が立つ。

 そんな表層だけの評価にもどこか喜んでしまう自分も。そんなくだらない評価を真に受けてアイツは自慢の弟だなんて陰で言ってへらへら笑う兄も。


 越えられない壁のもどかしさに辟易し、自分の無能さに苛立ちが募る日々は、真綿で首を締めるように少しずつ勇火の精神をすり減らせる。

 こんなにも自分と兄は違うのだと、いちいち突きつけられ、そのつどに現実に苦しみ悶えそれでも必死に足掻いて小さな一歩を踏み出しては絶望して失望して――その果てに死力を尽くして殴り合えた事を、勇火は一生忘れないだろう。


 野蛮で泥臭い殴り合いは、けれど確かに互いに互いの本音を届けていたから。


 命懸けの兄弟喧嘩を経て、確かに兄弟は絆を取り戻した。

 だが、勇火の打倒勇麻は終わらない。それとこれとは話が別だ。

 勇火はもうただ兄の後ろを大人しくついていくだけの従順な弟でありたくなかったし、自身の選択に確かな意味を、小さき者の一歩に価値を見出したかった。


 だから兄を越えると、そう自分に誓ったのだ。


 そして。この対抗戦で、直接勇麻と戦えたならあるいは――

  


「――起動、疑似神化フェイク・デウス・プロモート……!!」



 そんな勇火にとって、いつだって東条勇麻と対等にあり続け、共に並び歩いていた泉修斗という男もまた羨望の対象だった。 

 幼馴染の一人であり、年上の兄貴分であり、無駄に手の掛かるはた迷惑な先輩であり、いざというときは死ぬほど頼もしい、皆を引っ張るガキ大将。

 おそらく、家族である勇麻を除けば勇火がもっとも同じ時間を共にした相手、それが泉修斗だ。

 一緒にいるのがあたり前過ぎて、挑戦しようとも思わなかった、それこそ家族のような相手。


 だけど。


 だからこそ。


「言われなくても、アンタをここで越える……!」 


 『疑似神化フェイク・デウス・プロモート』を発動した肉体が、許容量を超えた帯電に悲鳴をあげる。

 『雷翼』からのエネルギー供給効率を度外視し、肉体の帯電許容量を意図的にオーバーさせて暴走状態に至る事で、疑似的な『神化』状態を造り上げる勇火の切り札。

 制限時間付き、一瞬で干渉力のほぼ全てを使い切るという諸刃の剣を惜しげもなく発動し、勇火は眼前の憧れを。

 超えるべき壁の一人をじっと見据えた。


 瞳に宿る光に、敗北の予感は微塵もない。

 引き結んだ口元は僅かに歪み、勝利への高揚感が身体も心も満たしていた。


 ……これは、その一歩の価値を証明する戦いである。



☆ ☆ ☆ ☆



「――接続開始、『雷翼』展開」


 その身体に紫電を纏わせる少年の前髪が帯電し、ふわりと浮き上がるように揺れていた。

 一秒と掛からず展開された少年の翼、それは彼の弛まぬ努力の証でもあることを泉修斗は知っている。


「――起動、『疑似神化フェイク・デウス・プロモート』……!!」


 勇火が起句を告げると同時。少年の背中に花弁の如く展開された四対計八枚の木の葉型の『雷翼』が、解けるようにして原型を失った。


「……!」


 刹那、至近で稲妻が炸裂したかのような、太陽よりなお眩い閃光が泉の視界を白く染めあげた。

 目を瞑り腕で日差しを作ってなお瞼を焦がす光量に、泉は胸が高なるのを感じていた。


 痛いほどの眩い白が収まると、視界に現れたのはドラゴンのような有機的で流動的なデザインの、雄々しく躍動感に満ちた巨大な一対の龍翼――『雷龍翼』であった。

 大地に降り注ぐ雷を掴み取ってそのまま背に生やしたような、流麗で荒々しいその翼は、バヂィバヂィ! と青白い火花を散らしては甲高い音で鳴いている。

 獲物を前に腹を空かせた獣が威嚇するような瞬き、そして翼を纏った勇火のどこか神聖さすら感じさせる立ち姿に、泉もまた鋭く細めた瞳に獰猛な光りを宿した。

 これが勇火の切り札。……なるほど、こうして近くで見るのは初めてだが、確かに先までの東条勇火とはまるで別人、いつもの真面目で説教くさい優等生の影は微塵もない。

 鋭利な戦意の塊が、こちらをギロリと射ぬいている。

 油断も慢心もない、完全な臨戦態勢になった泉はごくりと生唾を呑み込んだ。


 三大都市対抗戦が始まって以来、何かと不完全燃焼が続いてきた泉修斗。

 そんな彼がようやく心置きなく戦えそうな相手が、いつも行動を共にしている東条勇火だということに若干の皮肉めいたものを感じつつ、強敵を前に猛り震える己の心の喜びを抑えることは出来そうになかった。

 思わず舌なめずりして、自身の身体をさらに激しく燃え上がらせる。

 お祭り騒ぎ大好き野郎、などと事あるごとに勇麻に揶揄される泉だったが、どんなトラブルやお祭りごとやイベントよりもこよなく愛することが一つあった。

 それは〝強いヤツをぶっ飛ばす事〟。

 強者をぶちのめし掴む勝利にこそ、泉は抗いがたい快感を感じる。血沸き肉躍る戦いが出来ようとも、敗北するようでは意味がない。勝ってこそ、闘いとは楽しいのだ。

 そして、目の前の少年は泉の求める〝強いヤツ〟に該当する。全力でぶちのめすに値する強敵だ。

 泉は右手を前に突き出すと、好戦的な笑みで勇火を挑発するように立てた人差し指と中指とを誘うように動かす。


「来いよへっぽこ。勇麻の前にまずはテメェで前哨戦といこうや」



 そんな泉を前に、勇火も感極まったように不敵な笑みを浮かべて、


「言われなくても、アンタを今ここで越える……!」


 ――瞬間。東条勇火の姿が掻き消えた。


 そして、次に泉が勇火の姿を捉えたのは百分の一秒に分割された時間の中、紫電を纏った回し蹴りが自らの鳩尾深くにめり込んでいる光景で――


 ――緩やかな時間の流れが元に戻ると同時、泉の身体が電撃を纏わせた勇火の蹴りによって、弾かれるように盛大に吹き飛んだ。

 

 残像のように紫電が尾を引き、勇火の軌跡を描く。それを眺める余裕もなく、衝撃と共に泉の視界が高速で流れていく。

 雷を纏い速度を上乗せした一撃、踵の一点より伝達される爆発的な運動エネルギーに泉の身体は場外目掛けて一直線。

 このままいけば場外で勇火の勝ちだ。観客たちの悲鳴交じりの声援に、しかし当の泉は苛立ちを加速させるだけだった。


「……このまま落ちる訳がねえだろうが、アホども……ッ!」


 泉は落下の前に地面に向けた拳を爆裂させ、上向きのベクトルを得て上空へ勢いを逃がすと、そのまま両腕を翼のように広げ背後へ突き出し、ブースターのように爆裂させながら身体をうまく操作し勇火へと吶喊してくる。

 分かりきっていた結果だが、泉の火炎纏う衣(フレイムドレス)の自由度に勇火は引きつった笑みを浮かべる。 

 

「……流石にこれじゃ落ちないか」

「ハッ、バーカ! こんな楽しい戦いを初手で終わらせるヤツがあるかよ!」


 泉は、勇火の渾身の一撃など全く応えていないと言った調子で獰猛な笑みを見せる。

 『火炎纏う衣(フレイムドレス)』。

 己が肉体をマグマのように粘性を持った炎へと変換させる泉修斗には、打撃や衝撃に対する高い耐性がある。

 九ノ瀬拳勝の痛覚二十倍の世界をも耐えきった泉の鎧は、並大抵の攻撃では貫くことは出来ないだろう。

 あの程度の一撃、泉の意識を奪うことはおろか大したダメージを与えるにも至っていない。


「ま、ここまでは想定内だけど……ねッ!」


 強がりでも何でもなく、あの程度で泉を倒せるとは思っていない。

 大きくバックステップを踏みつつ、『雷龍翼』から供給されるエネルギーを紫電として右腕に纏わせ、叫びと同時に振るう。

 右手から射出される雷撃の槍が、一直線に泉に飛来し直撃。肉を焼く火花散る音に、しかし泉は怯むことなく勇火との距離を詰めようとしてくる。

 対する勇火は泉の勢いを削ぐようにステップを踏み細かく位置を修正しつつ、さらに一撃、二撃、三撃と、繰り返し腕を振るい雷撃を放ち続ける。

 泉は避ける必要もないとばかりにその全てを正面突破。

 雷撃を受けると数秒ほど動きが鈍くなるが、泉はその程度の被害は気にも留めず、常に最短距離で勇火の間合いに踏み込もうとする。


 ここまでくると互いの狙いは明白だ。

 轟々と拳を燃やし勇火に殴り合い(インファイト)を所望する泉に対し、勇火は常に一定の距離を保ち、中距離から雷撃の雨を打ち出して近づかせないようにしている。

 あまりに高温すぎる泉の身体は長時間触れればそれだけで大きなダメージが蓄積していく。掴みあっての接近戦など勇火の望むところではなかった。


 だが、泉の火炎纏う衣(フレイムドレス)を打ち抜くには、勇火の雷撃は些か威力が足りていないのも事実。

 身体は痺れはするがそれだけ。痛みにもダメージにも届いていないことは、ここまでの撃ち合いを見れば容易に想像がつく。

 泉は臆病風に吹かれ接近戦を避けるばかりの勇火に、些か拍子抜けしたように鼻を鳴らして、


「おいおい、この俺を相手に温存か? んな事やってる余裕あんのかよ勇火」

「……」


 分かりやすい挑発を勇火はスルー。無言で腕を薙ぎ雷撃による遠距離砲火を繰り返す。

 そんな勇火に、泉は苛立ちが増したように分かりやすく舌打ち。

 どうやら頭に血が昇り始めているようだ。


(……泉センパイ、アンタ相手に温存なんかする訳ないだろう。こっちは無茶を通してアンタら化け物どもに喰らいついてるんだ)


 勇火の偽装電流ダミーエレクトロはそもそもエネルギー効率があまりよくはない。背中に展開された『雷翼』の残数からエネルギー残量を伺えてしまうという弱点もある。

 それは疑似神化フェイク・デウス・プロモートを発動している最中も同じ。通常状態の何倍も干渉エネルギーの消耗が激しい今の勇火に無駄弾を打っている余裕などある訳がなかった。

 エネルギー残量も背中の雷龍翼の状態を見れば一目瞭然。長期戦に持ち込まれる前に、速攻を決めるべき神の力(ゴッドスキル)なのだ。

 ちまちまコソコソとエネルギー残量を気にしたような今の勇火の戦い方は自滅を待つも同じ。強敵との熱い戦いを望む泉が苛立つのも無理はない。


 だが、東条勇火が何も考えずにそんな愚行を繰り返しているのだと本当に思っているのだとしたら。


(……舐めるのも大概にして貰いたいね、泉センパイ……!)


 電気を纏わせた両腕を降り下ろしチマチマとした電撃を浴びせてくる勇火に、いい加減にしろと泉修斗が吠えかかろうとして――


「――その見当違いなキレ方は泉センパイらしいけど、余裕ぶってるのはどっちだよ?」


 勇火に怒りの咆哮を遮られ、怪訝な表情を浮かべる泉。

 しかし勇火は不敵な笑みを浮かべたまま、右手で作った拳銃の銃口――ピンと張った人差し指を泉へ向けている。

 その視線の向かう先――ビリッ、バヂィ、ジジ……ッ、と。燃え盛る自分の身体が青白い放電が目に見えるレベルで帯電していることに、泉は今更に気づいて。

 

「〝マーキング〟完了。巨大な静電気で倒される気分、後で教えてくださいよね。泉センパイ」


 直後。

 ニヤリと勝ち誇った勇火の人指し指。その先端で小さな火花が弾けたかと思うと、ドンッ! と、凶悪な衝撃が内側から泉の肉体を撃ち抜いていた。


「がぁ……ッ!?」


 今日初めて感じるであろう衝撃と激痛に、泉が思わず苦悶の声をあげてその場に膝を突く。

 手応えは充分。

 泉の纏う炎の鎧を貫き、確かに撃ち抜いた感覚が勇火の手に残っている。

 内蔵を傷つけたのか、泉はえづき口元を押さえると、その指の隙間からドロリと赤い血を垂れ流した。


「……偽装電流ダミーエレクトロなんて名前の通り、俺が操るのは電気に似て非なるエネルギーなんですよ。ただまあ、性質を半端に真似てるだけあって、結構柔軟で面白いことが出来る」


 偽装電流ダミーエレクトロの自由度は普通の電撃使い(エレクトロ)系の神の力(ゴッドスキル)の比ではない。もっともその分、法則性には未だ解析できていないブラックボックス部分があったりするため通常よりも試行錯誤は必要となるが、創意工夫の余地がある分を含めてアドバンテージは大きい。


 泉は膝を突いたまま胸を押さえ、立ち上がることができないでいる。

 そんな泉に勇火は確かな足取りで近づきつつ、立てた指の先端から小さな火花を散らして、


「例えば、帯電量の多い相手を追尾する、とか。なんだか静電気じみてますけど、雷だって要するにバカでかい静電気な訳だし回避できない分なかなか侮れないでしょ? ……まあ直接雷をぶつけるのも出来なくはないですけど、エネルギーほとんど持っていかれるうえ、雨雲がないと出来ないですしね」

「く……ッ、が、ぁ……!」


 『雷狼追閃ホーミング・レイ』。

 帯電した相手を追尾し、干渉する微弱な電撃攻撃。そして相手に帯電している電気量に応じて、威力が増減する電撃を追加炸裂させる技だ。

 放つ電撃はあくまできっかけを与える起爆剤に過ぎず、消費エネルギーも小さい。これまで放った電撃を再利用するため驚異の効率を誇る。

 しかしこの技の利点は、その追尾性能よりなにより予備動作が皆無である点にこそある。


 電撃使い《エレクトロ》系の神の能力者(ゴッドスキラー)が扱う雷速の――文字通りの光の速さで到達する――雷撃を躱すことは、実はそれほど難しくない。

 火炎を操る場合や水流を操る場合と同じで、彼らは電撃を放つ際に必ずなんらかの予備動作が入る。

 身体の一部に紫電を纏わせたり、放電現象が一時的に激しくなったり、攻撃のタイミングで腕を振り下ろしたり、人により様々だが、大技になればなるほど、予備動作も当然大きくなり分かりやすくなる。

 そしてなにより制御が難しく、雷撃は基本的に直線的な分かりやすい軌道となりやすい。

 戦い慣れた熟練の神の能力者(ゴッドスキラー)たちはその動作から大まかな狙いを察知し、攻撃を見る前に防御もしくは回避行動に移ることで、雷撃を躱している。


 しかし勇火の『雷狼追閃ホーミング・レイ』にはその予備動作がない。

 帯電マーキングした相手目掛け弾ける極小サイズの稲妻は、故に回避不可能。 

 制御が難しく直線的な軌道になりがちな雷撃でありながら、射線に捉われずに複雑な軌道を描いて標的へと走るソレは、まるで精密誘導ミサイルのような一撃だ。


 口の端から血を垂れ流す泉は、身体に残る痺れにまだ碌に返事を返すこともできない。 

 だがそれでも倒れなかった泉を見て、勇火は最後の一押しが必要だと判断した。

 勇火は上っ面だけの笑顔を取り繕い、泉に関心したようなその上でやや小馬鹿にした表情を浮かべると、


「でも流石は泉センパイ。俺が想像してたより全然強いですよ。アンタが相手なら、俺ももう少し本気で戦っても平気そうだ。いやー、ほんと良かった、実力差がありすぎて圧勝しちゃったら、センパイに恥を掻かせることになってたから」


 ――あ? と。その瞬間、泉の心にフラットな〝空白〟が生まれた。


「……、」


 上から目線の舐め腐ったその言葉は、泉を怒らせ冷静さを奪おうという単純な挑発だ。

 当然泉もそんな事は百も承知。

 これが勇火の策の一環であることなど、幼稚園児でも理解できる。

 しかし東条勇火が煽ったのは泉修斗。何よりも着火し易く誰よりも鎮火し難き燃える男である。

 売られた喧嘩は倍額で売り返してでもやり返すこの男に、例え演技であろうとも後輩にここまで舐められて引き下がるような選択肢が存在する訳がない。


 泉はビキビキと眉間にしわを寄せ額に青筋を立てると、未だ痺れが残る喉と舌を震わせ、獣が唸るようなドスの効いた低い声で、


「……上等だボケ、いつからそんなに偉くなったか知らねえがお望み通り本気で捻り潰してやる……後で泣いて謝るんじゃねえぞ! クソガキ!!」


 泉は痺れの残る身体を強引に立ち上がらせると憤怒に叫んだ。 

 するとその咆哮に呼応するかのように、泉の背から全長五メートルはあろうかという炎の剛腕が生じる。

 激しく燃え盛り溶解して解け落ちる巨人の炎腕は、泉修斗の『火炎纏う衣(フレイムドレス)』の制約――肉体の変形は自身の体積を越える事はないという上限――を優に超えている。

 唖然とする勇火の理解を置き去りに、泉は身を僅かに屈めると背中の剛腕がその巨体に見合わぬ速さで振るわれた。


 燃え盛る巨人のかいなが一閃、泉修斗の目の前の全てを一掃した。

 


 爆炎が地を舐め、生じた熱波がちっぽけな少年を呑み込む――

 

「くっ……!」


 ――その寸前に動揺から立ち直っていた勇火は、熱波に肌を焼き焦がしながらもどうにか炎腕を回避していた。

 ギリギリの攻防だった。

 疑似的な神化により一時的に干渉レベルがAマイナスの値まで上昇している勇火は、その身体に常に紫電を纏わせ筋肉を刺激し、神経伝達速度も上昇している。結果、反応から回避までのラグはほぼゼロとなり、反射のみで相手の攻撃を回避する事が可能となっていた。

 疑似神化フェイク・デウス・プロモートがなければ、今の一撃で勝負は決していただろう。


(うっわ。超キレてるよ、泉センパイやっぱ怖えぇ……)


 泉修斗という男はその言動と見かけによらず冷静な判断力を持っている。

 本人は何も考えずに感情に身を任せた戦い方をするのが好きなようだが、必要となればクレバーな戦い方もできるのが泉修斗という男の器用な点だ。

 冷静な泉と戦えば、弱点だらけの勇火におそらく勝ち目はない。

 だからこそ、泉の頭に血を昇らせその冷静さを吹っ飛ばす。

 その分、火力や凶暴性が増すことは承知の上だったが、先の一撃は流石に想定外であった。

 泉が強くなったことは本人から嫌と言う程に聞かされてきたが、まさかここまでとは。

 こんな化け物が干渉レベルCプラスを名乗っているなんて、本当に一体何の冗談だ。


 とは言え、ひとまず峠は越えた。

 巨大な腕の動きを警戒しつつ、怒りに単調になるであろう泉をあとは軽く捻るだけ――

 

 ――そんな油断が、挑戦者チャレンジャーであるはずの勇火の心に生じなかったと言えば、それは嘘になる。


 そして、泉の本命は巨腕による薙ぎ払いではなかった。

 巨大な炎腕で勇火の視界を遮ったのは、回避コースが誘導されていることに気付かせない為。

 そして隠された本命は、東条勇火の回避先に回り込んでの一撃にこそあって――


「――ッ!?」

「一つありがたい忠告だ。怒らせる相手くらい選びやがれ……!」


 巨人の腕を搔い潜った瞬間、視界一杯に広がっていたバカでかい腕の代わりに黒煙を引き裂き飛び込んできた泉の姿に、勇火は声もなく瞠目する。

 視界一杯に広がる泉の燃え盛る掌。慌てて後ろへ飛び抜こうとするも、間に合わない。

 泉が伸ばした腕が勇火へ届いた瞬間。泉の右腕が爆炎となって広がり、東条勇火を呑み込み灼熱の炎が少年を焼いた。



 耳を貫く轟音の後に残るのは、パチパチと弾ける火の粉の静かな燃焼音。

 爆炎が引いた後、漂う黒煙の隙間から見えたのはぐったりとした勇火の胸ぐらを掴み片手で吊し上げる泉修斗の姿であった。


「言ったろ、怒らせる相手は選べや」

 

 勝敗は誰の目にも明らかだった。

 

 傲岸と言い放つ泉に、意識が朦朧としているであろう勇火は、それでも口を開いた。

 

「本気……の、……に、勝ち、……たか……った」


 漏れ出る言葉の切れ端からは、悔しさと勝利への執念を伺わせる。

 だがそれでも、勝負は残酷だ。

 泉は返答の代わりに鼻を鳴らした。

 反射的に反応しようにも物理的に間に合わないタイミングと距離へ勇火を誘きだした泉の完全勝利に、会場が一瞬遅れて沸き立とうとして――


 ――泉に吊るされぐったりとしていた東条勇火が、ぱかりと真ん中から二つに割れて眩い閃光が炸裂した。


 閃光爆弾フラッシュ・バン


 勇火の偽装電流ダミーエレクトロの十八番の一つ、擬似的な電気エネルギーに形を与え固定し、囮とする大技だ。

 以前は形状を再現するのがやっとだったはずが、いつの間に本物と見間違う程に精度の高い偽物を造り出せるようになったのか。


 虚を付き、至近で炸裂した閃光は目眩ましというより放電であった。

 暴れまわる強力な電流は泉の身体を焼き、麻痺を誘発させ、視力と共に行動の自由をも奪う。

 勝利を確信した最も敗北へ近い瞬間を狙い打ちにする形勢逆転の一手を、泉はただただ享受することしかできない。

 そして当然、これだけでは終わらない。


「――貰った……!」


 泉修斗が巨腕で〝勇火と自らの視界を奪った一瞬〟のうちに急上昇し上空にその身を隠していた勇火が、今が好機と見るや凄まじい勢いで降下。

 紫電を纏い、飛翔の勢いにさらに重力加速を得て、まさしく天より降り注ぐ一筋の雷霆らいていと化し、その拳を槍のように突き出して泉修斗を燃え盛るマグマの鎧ごと打ち砕かんとする。


「俺の、勝ちだ……ッッ!」


 紫電の残像が尾を引いて、直後、衝突。

 雷鳴のような轟音が轟き地上で雷が弾け――


 ――石舞台リングは陥没。放射状の衝撃派が広がり、土埃が舞い上がった。

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