第四十一話 対抗戦武闘大会・本選Ⅱ――優等生VS優等生:count 1
『おめーらァ! 盛っり上がってるかァーッ!!? 長かった三大都市対抗戦もついに今日が最終日ッ! シオンちゃんも寂しくもあり嬉しくもあるけれど、今日はめい一杯楽しむつもりなのでヨロシクぅ! 皆も悔いだけは残さないよう、最後まで楽しんで行ってくれよな! ――さて、それじゃあ早速逝ってみよう! 記念すべき本選。決勝トーナメント一回戦の第一試合を飾るのはぁ……こいつら! 天界の箱庭Aチーム・海音寺流唯! そして同じく天界の箱庭所属、Eチームの天風楓! 天界の箱庭最強と名高い両雄が今日、つーいに激突だァーッ!』
実況の音羽シオンの煽りを右から左に聞き流しながら、シャルトルは眼前の爽やかなオーラを纏った優男を睨み付けていた。
海音寺流唯。
黒髪黒眼。真面目で温和な性格でいてどんな場面でも冷静沈着、どんな時でも丁寧な言葉遣いを崩さない撫でつけたような髪型の優男。すらりとしたモデル体型の美男子で、その実力と容姿含め女子からの圧倒的な人気を誇りながらもそれを鼻に掛けない、人生の勝ち組を絵に描いたような男だ。
しかしシャルトルは、目の前で相変わらず微笑を浮かべているこの男が心の底から気に食わなかった。
「思えば、アナタほど胡散臭い男もいませんよね、海音寺先輩」
「胡散臭い? ええっと、それは僕がかい?」
シャルトルの言葉に微苦笑を浮かべ、頬を搔きながら首を傾げる海音寺。そのスカした態度を見ていると、顔面に一発いい感じのをぶち込みたくなってくる。
「白々しいってんですよぉ。アナタ、一体何が目的なんですかぁー?」
「……楓ちゃん。目的もなにも、僕らは『対抗戦』で死力を尽し、皆の想いを背負った代表の名に恥じぬ戦いをする為にここに立っているハズだ。それ以上でも、それ以下でもないよ」
「死力を尽す、ねぇー。アナタが本気で戦っているところ、私はまだ見た事ない気がするんですけどねぇー」
「……」
「だんまり、ですか。まあいいです。アナタがコソコソと裏で今回の件について嗅ぎまわっているのは知っていますが、うちの団長とも知らない仲じゃないみたいですしぃー、何か指示が出ている訳でもない。そこは一先ず静観しといてやりましょう」
というかぶっちゃけ、その辺りの面倒な事情は今はどうでもいい。
海音寺が背神の騎士団と敵対するというのならともかく、彼個人の目的の為にどこでどう暗躍しようともシャルトルの知ったコトではないのだ。
ただ……。
シャルトルは獲物を前にした捕食者みたいに舌なめずりしたい心境をぐっとこらえて、
「極めて私的な理由で恐縮なんですけどぉー、アナタに恥を搔かされた私としてはですねぇー、その。責任ってヤツを取って貰いたい訳ですよぉー」
「あぁ、初日の事を言っているのか。たしかに、君にはあの時少しばかり意地悪なことをしてしまった。申し訳ないと思っているよ。それで、女の子の口から責任なんて言葉はあまり聞きたくなかったけど、楓ちゃんは僕にどうして欲しいんだい?」
「簡単ですよ、海音寺先輩。アナタは今からたった三分やそこら、私のサンドバックになればいいんですから……!」
直後、音羽シオンが試合開始の合図を叫び、シャルトルはフライングギリギリのタイミングで両腕を振るう。
腕の一振りで発生した都合七つもの風の刃が、手裏剣のように大きく弧を描きながら海音寺目掛けて一気に殺到した。
薄く、薄く、鋭利に研ぎ澄まされた風の刃は、撫でるように岩をもスライスする脅威の切れ味を持つ一撃だ。神の能力者がいかに頑丈であろうとも、まともに喰らえばただでは済まないことは明白。
ぐるりと取り囲むように全方位から迫りくる死の刃を、しかし海音寺は一瞥もしなかった。
彼の足元から勢いよく噴き出した七つの水流が、その全てを中空で撃ち落としてみせたからだ。
――『海域創成』。
周囲の水を海音寺へと引き寄せ、支配下に置き、絶対無敵の領域を造り出す神の力。
おそらくはこのスタジアムの地下を流れる水を引っ張ってきたのだろう。はやくも彼は自身の領域を拡大しつつある。
風の刃と相殺し合い、細やかな水滴となって散る水流の飛沫が、日光を反射してキラキラと輝く。
まるで宝石の雨のなかに佇むように、海音寺がその輝きの中心に立っていた。
「なるほど。つまり、全力の僕をここで叩き潰すと。そういうことだね楓ちゃん」
「よく分かってんじゃないですかぁー。全力を出そうとも無様に叩き潰される、が正解ですけどね……!」
にやりと不敵に笑って肯定する。
そう。ここより先は任務も関係なしの私闘。
シャルトルのシャルトルによるシャルトルの為の戦争の時間だ。
自分のやってることが子供じみた八つ当たりである事など百も承知。
ただそれでも、自分を負かした相手はどんな形であれ負かし返すのがシャルトル流だった。
「……あんまり根に持つ子って嫌われるんじゃないかな?」
「馬鹿ですね、根に持たないようにここで存分に発散するんでしょうが……!」
負けず嫌いな少女の吠え声に、風が荒ぶる。
シャルトルは身体に薄く風を纏って飛翔。空中を軽やかに飛び回りながら、翳した掌から連続して空気の圧縮弾を放つ。
さまざまな角度から押し寄せる空気の弾丸を、海音寺は早くも干渉下に収めた水を高圧水流として射出し、迎撃。圧縮弾とぶつかりあって弾ける水が霧のように広がり、観客達から声があがる。
全ての攻撃を完璧に防いでみせた海音寺へ、しかしシャルトルは畳み掛けるように、
「流石ですね、なら次は特大のをお見舞いしてやりましょうか」
告げたシャルトルの声に、流石の海音寺も目を見開き驚嘆を露わにした。
「おいおい、いきなりこれかい……!?」
飛翔するシャルトルの軌跡に設置された圧縮弾、都合五〇発。
一つ一つが岩をも砕く威力を持つそれらが一斉に。シャルトルの号令をもって驟雨の如く海音寺へと降り注いだ。
☆ ☆ ☆ ☆
【三大都市対抗戦 六日目 第五種目『三大都市対抗武闘大会・本選』】
参加人数
・予選通過選手十六名
勝利条件
・相手を気絶・もしくは降参させる。場外に押しやる。ダウンからのテンカウント、テクニカルノックアウトで勝利とする。
基本ルール
一、一辺五十メートルの正方形の石舞台上で戦う。
一、神の力の使用推奨。
一、審判の判断に従わない場合は失格。
一、事前に許可を受けた物以外の武器の使用を禁止。破った場合失格。
一、他選手に対する殺害行為を禁じる。死亡者を出してしまった時点で失格。
一、他、これ以上競技の続行が不可能な状態にあると判断された場合失格。※今回はテクニカルノックアウトとし敗北扱いとする。
勝利時獲得点数
・本競技は予選と本選、二日間に分けて行われる競技であり、本選に勝ち残った時点で得点を得る事が確定する。一勝する度に得点が上昇する形となっている為、順位ではなくベスト○○の形で得点をつける。
・優勝:一〇〇点
・準優勝:八〇点
・ベスト4:六〇点
・ベスト8:四〇点
・ベスト16:三〇点
一回戦
・第一試合
海音寺流唯 VS 天風楓
・第二試合
泉修斗 VS 東条勇火
・第三試合
シーライル=マーキュラル VS 十徳十代
・第四試合
鳴羽刹那 VS ブラッドフォード=アルバーン
・第五試合
リコリス VS シャラクティ=オリレイン
・第六試合
ユーリャ=シャモフ VS 弓酒愛雛
・第七試合
セナ=アーカルファル VS アブリル=ソルス
・第八試合
ロジャー=ロイ VS 東条勇麻
二回戦
・第一試合
第一勝者VS第二勝者
・第二試合
第三勝者VS第四勝者
・第三試合
第五勝者VS第六勝者
・第四試合
第七勝者VS第八勝者
準決勝
・第一試合
第一勝者VS第二勝者
・第二試合
第三勝者VS第四勝者
・決勝戦
補足
・失格選手は失格直前の順位を問わず脱落となる為、例外なく付与される得点の対象外となる。
・競技終了後にルール違反が発覚した場合も失格となる。その場合、本競技で得た得点は没収とする。
☆ ☆ ☆ ☆
対抗戦武闘大会・本選。
決勝トーナメント一回戦第一試合を見ようと押しかけた観客達で『AEGスタジアム』は満員御礼、場に満ちる十二月とは思えない熱気に誰もが額に汗を流し手に汗を握ってその戦いの結末を見届けようとしていた。
海音寺流唯VS天風楓。
第一試合からの超好カードは、事前の予想を覆し天風楓優勢となっていた。
「……楓ちゃん。それは少し、反則なんじゃないかい?」
「反則ぅ? さて、一体何の事でしょうかねぇー……? 私はただぁ、私に出来る精一杯をやっているだけですよぉー、海音寺せんぱーい」
額に汗を浮かべ苦しげに口元を拭う海音寺とは対照的に、天風楓――中身シャルトル――は、開き直って嗜虐に満ちた笑みを湛え、とぼけたように言い放った。
未だダメージらしいダメージを感じさせないシャルトルと異なり、海音寺の衣服は鋭い刃物で切り裂かれたようにボロボロで、覗く肌からは血が滲んでいた。
爽やかに整った顔も今は苦しそうに歪んでいる。ここまで追い込まれた彼を見るのは、対抗戦始まって以来初のことだった。
海音寺は〝海域〟を創成し戦う神の能力者だ。
〝海域〟とは海音寺の干渉力が通っている水の集合体であり、彼の支配下にある水を指し、周囲の地下水や海水、川の水から空気中の水分までをもリアルタイムで自身の元に掻き集め、自分の干渉力を通して支配下に置き〝海域〟を拡大させていくという長期戦や陣地防衛に秀でた戦闘スタイルを持つ。
彼が従える〝海域〟は鎧であり矛である。
しかし今の彼はその鎧を剥され、強大な矛も刃毀れしているような有り様であった。
彼の背後に浮かぶ水球は、三日目や予選の時とは異なり、もはやバランスボール一つ分くらいの大きさしかなかった。
「なるほどね、それが〝君達〟の力か……」
前述した海音寺の『海域創成』にはややこしい制約やら条件やらが幾つか存在しているが、究極的には水流操作系統。水属性の神の力であるとも言える。
で、あれば。
シャルトルたち四姉妹の四人で一つの神の力、『始祖四元素』は一体何を司る力であったか。
「まあ私達ってまだまだ未熟者でしてね。四人でようやく一人前、みたいなトコあるんでぇー。お優しい海音寺先輩なら見逃してくれると思ったんですけどダメでしたかねぇー?」
ヤケになって答えるシャルトルの目元には涙が浮かんでいるようにも見える。
それも当然だろう。なにせ今のシャルトルは一周回って開き直り完全に自棄になっているのだから。
――今ではこうして海音寺を圧倒しているようにも見えるシャルトルであったが、やはり天界の箱庭最強の一角と呼ばれる実力者の壁は高かった。
戦闘開始から僅か三分で既に三七〇発。シャルトルが放つ攻撃の悉くは海音寺の操る水によって迎撃され、届かない。
傍から見ればシャルトルの猛攻に対して海音寺が防戦一方になっているようにも見えるかもしれない。
だが違うのだ。その証拠に、海音寺はまだ一撃もシャルトルの攻撃を受けていない。
全てを捌き、受け流される屈辱。
まるで大人が子供をあしらっているようなその光景にシャルトルは歯噛みし、さらに猛攻を畳み掛ける。
弾幕を張るように撃ち出される数多の風の刃も圧縮弾も叩き付ける暴風も、海音寺は器用に水流を操って防ぎ、時には自身の身体を液状化させてやりすごし、その全てが通じない。
こちらが攻めあぐねている間に、海音寺はその背後に周囲から水を掻き集めて少しずつその海域を広げていく。
焦燥が募るシャルトルは何て事の無いミスを連発し始め、そんな負のスパイラルに呑みこまれつつあるシャルトルをじっと観察するように、海音寺は表情を変えることなく螺旋を描くように揺蕩う水流の中心に静かに佇んでいる。
それがシャルトルの苛立ちと焦りをさらに加速させるのだ。
迫りくる敗北の匂い。
僅かにでも攻撃の手を止めようものなら、シャルトルの勝利の可能性は絶望的になるだろう。
海音寺の海域は時間経過と共に成長し凶悪さを増していく。
今シャルトルが海音寺に対して曲がりなりにも接戦を演じる事ができているのは、海音寺の海域の成長速度とシャルトルの攻撃で削がれる水量とがある程度拮抗しているからだ。
今のシャルトルにできることは海域の創成を遅らせる事のみ。
それでも戦闘を長引かせれば長引かせた分だけシャルトルは不利になっていくのだから、どこかで海音寺の防御を押し切って一息に勝負を決めるしか勝機はない。
それなのに。
シャルトルの矛は未だ一度たりとも海音寺へと届きもしない。
「……くそっ」
……強くなれたと思っていた。
ロジャー=ロイとの激闘を乗り越え、もう一回り大きくなれたと。
だからきっと、海音寺流唯が相手だって戦える。
試合前に抱いていたそんな幻想が、突きつけられた圧倒的な実力差を前に崩れて行く。
干渉レベルAマイナスとAプラス。その僅かな差が、悔しいほどに遠い……!
「……くそ! くそ! ちくしょう……っ!」
自分の浅はかさと情けなさ、そして思い上がりも甚だしい自分への羞恥に視界が歪みそうになる。
それでもまだ心だけは折れていない。
最後の最後まで、勝利の可能性を模索し続け、このいけ好かない爽やか野郎に一泡吹かせてやる……!
そんな決意を胸に浮かべた、その時だった。
「――?」
不意に海域の拡大速度に陰りが見え始めたのだ。
シャルトルの目から見ても不自然な不調に、海音寺も戸惑っているのがよく分かる。
彼の背後で形成されつつあった水球状の〝海域〟が、どんどんシャルトルの圧縮弾や風の刃の迎撃に割かれ、どんどんとその水量を減らしていく。
結果、シャルトルの風によって削がれる水量が海域に補充される水量を上回り、海音寺の身を守る盾はどんどんと手薄に。
撃ち漏らした風の刃がその肌に掠り、今日初めて海音寺がダメージを受ける。
不審に思ったシャルトルは、思わず観客席の方へ目を向ける。
するとそこには、良い表情でこちらに向かってサムズアップを浮かべる馬鹿姉妹たちの姿があった。
「……」
瞬間、シャルトルは深く考えるのを辞めた。
海音寺の不調、その原因ははっきりした。あの姉と妹たちは、掟破りにも神の力で海音寺の妨害を始めやがったのだ。
場外乱闘どころか外野による場外妨害。
ことが発覚すればルール違反でシャルトルの負けになるのは確定的。
……ならば、と。これもうどう転んでも負けるならどうなったっていっかもう!! みたいなテンションでシャルトルは吹っ切れた――というか自棄クソになった。
姉妹たちの助力を得て、シャルトルは始祖四元素の本領発揮とばかりに空元気を発揮し、海音寺を徐々に押し始めて――
「――お優しい海音寺先輩なら見逃してくれると思ったんですけどダメでしたかねぇー?」
――今に至るという訳だ。
流石は背神の騎士団が誇る四姉妹、始祖四元素。
例え格上の神の能力者が相手であろうとも、四人で一人の神の能力者である彼女達には関係ない。
自分達よりも強力な神の能力者を何人も食ってきた彼女達は、姉妹の力で海音寺を圧倒していた。
海音寺を苦しめているのは観客席にいるセルリアやセピア達によるジャミングだ。
海音寺が周囲から水を掻き集めようとする傍から『水』を司るセルリアと『土』を司るセピアが干渉。
『水』と『土』によって流れを淀ませ堰き止める概念を再現し、割り込みを掛けるように、海音寺が支配下に置こうとする水へ自分達の干渉力をぶつけてその流れを停滞させ、海音寺を妨害しているのだ。
ルールガン無視の蛮行。
完全に外野からの不正な助力行為になっているが、そこはご愛嬌。
海音寺が黙っていてくれてるのをいい事に、やりたい放題の四姉妹なのだった。
シャルトルは遠距離から風の真空刃や圧縮弾で海音寺の纏う水を削りに削り、妨害を受けている海音寺はなかなか自身の〝海域〟を拡大させることが出来ずにジリ貧状態だ。
陣地を構築し持久戦で無類の強さを発揮する海音寺に対し、シャルトル達は海域の拡大を妨害しつつ飽和攻撃による短期決戦を狙う展開になっている。
もうこうなったら何が何でもこいつ泣かせてやる、という決意に燃えるシャルトル。本人はやや否定的だが一日目に自業自得で自分の正体を見破られこっぴどく叱られた件をまだ根に持っているのは誰の目にも明らかだった。
シャルトルの海音寺に対する敵愾心はなかなかのものがある。
海音寺もそれを分かっているのか、相変わらず人の良さそうな爽やかな苦笑を浮かべて、
「そうだな。僕としてはそれでも構わないけど……君はそんな方法で僕に勝って胸を張れるのかな、とは思わなくもないかな。天風楓ちゃん」
「抜かしやがれってんです、私達にとっては四人であることが誇りであり意地だぁ……ッ!」
もうどうにでもなれ状態でおかしな方向にアクセルを踏みきっているシャルトルは、鼻を鳴らして傲岸不遜に言い放つ。
何と言うか物は言いようである。
思いっきりルール違反なのを棚上げし滅茶苦茶な屁理屈を正論っぽく(全然正論じゃない)ぶち立てたシャルトルは、そのまま四肢に風を纏わせると渾身の力で地面を蹴りつけ、一陣の風となって鎧の剥がれた海音寺へと強襲を掛けるのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
「……セピアちゃん、次は十時の方向をお願い。ええ、そうね。無理はしないでいいわ。私達の目的は時間稼ぎ、結局はシャルトルちゃんが頑張るしかないわぁ~」
「んむむ……なっ!」
「あっははは! 何だか知んねえけどいいぞー! やっちまえアホシャルトルぅー!」
「……おねえちゃんたち、神の力使って何やってるの?」
観客席で騒ぎまくるスカーレと、こっそり『神の力』を発動する大胆な姉二人。
今日も今日とて四姉妹はマイペースのフリーダムなのである。
現状、家族の蛮行に愕然とする唯一の良心であるスピカ一人ではとてもではないが手に負えないのであった。
そんな騒々しい背神の騎士団の面々とは裏腹に、観客席に座る純白の少女アリシアの表情は晴れない。
どこか不安げな様子で眼下で行われている試合をぼーっと眺め、その実その瞳は碌に二人の戦いを見ていなかった。
「あの子のことが心配?」
そう尋ねたのは、ちゃっかりアリシアの横の座席に座っている東条佳奈美だった。その隣には、夫の東条勇助が座り、パシャパシャと楓の晴れ舞台をカメラのレンズに収めている。
「佳奈美……別に私は、心配なんてしていないのだ。だって、楓は強い。だから大丈夫なのだ」
確かに佳奈美の言う通りアリシアの心がどこかここにあらずなのは、楓を心配しての事だった。
しかし佳奈美と友助は楓が神の力を使えなくなっているという事情を知らない。
だから眼前で戦っているシャルトルを楓と認識し、アリシアがこの試合の行く末を心配していると思っているのだろう。
だが実際には違う。
アリシアが心配しているのは、今ここにいない楓の動向についてである。
確かに佳奈美と勇助がいる以上、楓は観客席に顔を出すことは出来ない。
だから、ここに楓がいないのは当然の配慮であり、団長のスネークや黒米が付いていてくれるという事も理解している。
だが、最近の楓は妙におかしかったのも確かだ。
対抗戦三日目、『クライミングフラッガー』でボロボロに傷つきながらも必死に勝利を目指す勇麻たちから目を逸らそうとしていた楓を激励して以来、楓の言動は以前よりも明るくなった。
だが、それと同時に楓は早朝に出かけるようにもなっていた。
まだ外が暗いうちにこっそりと外へ出て、アリシアが目覚める時間の少し前に部屋に戻って来ていることもアリシアは知っている。
ほとんど碌に睡眠もとらず何かに没頭しているらしい楓を見ていると、もしかすると自分の軽率な言動が楓をより追いこんでしまったのかも知れないと思う事があるのだ。
一度そう思ってしまうとアリシアは自分の行いが途端に怖くなって、楓が毎朝早起きして何をしているのかを尋ねることがついぞ出来なかった。
それに、アリシアに何も言ってくれない楓のことを不満に。もっと言うと寂しく思っていたのも確かだ。
「大丈夫よ、アリシアちゃん」
そんなアリシアの不安を受け止めるように、柔らかくてさらさらした温かな手がアリシアの手を包み込んだ。
何も事情を知らないはずの佳奈美は、アリシアの方を見る事無く試合を眺めたまま。しかし全てを見透かしたような聡明な光をその目に湛えて言う。
「あの子はちゃんと乗り越えるわ。女の子って生き物はね、この世の何よりも強い愛を持っているの」
「もっとも強い、愛……?」
「ええ、そうよ。赤ちゃんを産む痛みに耐えられるのはね、女の子が世界で一番強い愛を持っているからなの。だから楓ちゃんはちゃんと自分も愛せるわ。どんなに辛くなっても絶対に挫けたりしない、立ちはだかる壁もきっと乗り越えられる」
普段ふざけきっているからこそ、真摯に紡がれた佳奈美の声は不思議な魔力を持ってアリシアの中へ浸透していく。
佳奈美の瞳が何を見ているのか、それはアリシアには想像もつかないけれど。
楓の名前を口にした時の、愛娘を想うような愛情だけは疑う余地もなく本物で、何だかアリシアまで嬉しくなるような温かさに満ちていたから。
「楓……」
呟き、アリシアは最愛の友に思いを馳せる。
己が力が人々を傷つけ、大切な人をも脅かしてしまった。
楓の苦悩を、意識を乗っ取られていたとはいえ勇麻に矛を向けたことのあるアリシアは痛い程に理解できる。
誰かを守るための力で大切な人を傷つけてしまった、その恐怖は一朝一夕で克服できるものではないだろう。
アリシアだって普段は平静を保てているが、以前と同じように神の力を使うことが出来るかは分からない。
少なくとも、天界の箱庭に戻ってからはまだ一度も神門審判を使っていないくらいには。
大切な人を守る為の力そのものを失ってしまった楓の心境は、あまりにも複雑で難解だろう。
だけど、アリシアは自分が楓に言った事を思い出す。
「……そうだな。きっと、あやつなら大丈夫だ」
アリシアは天風楓という心優しい少女が大好きで、そんな楓を心の底から信じているのだ。
だから今回も信じて待とう。
皆の大好きな天風楓という少女の完全復活を。
彼女が本当の意味で心から笑い、また皆でくだらない馬鹿をやるそんな日常を。
☆ ☆ ☆ ☆
太ももを派手に露出したチャイナドレスに身を包み、頭のうえでお団子を二つ作ったエセ中華少女の生生は、あてがわれたホテルの自室にかれこれ三十八時間以上引き篭もり、とある作業を続けていた。
「生生氏生生氏~、調子はどんな感じですますかね?」
自家製のパンケーキをもっもっと幸せそうに口に運びながら竹下悟が尋ねる。
作業に没頭し、碌に食事も取っていない姉を心配して作ったハズのパンケーキだが、三〇分間置いても放置されている現状に、竹下の腹の虫はこれ以上の我慢が出来なくなったらしかった。
放置プレイはされる側ならまだしも、する側になるつもりは微塵もないとは竹下悟の談である。
対する生生は、もともとそれが自分の朝ごはんであったことにも気づかぬまま、疲れたようにふぅっと長く息を吐き出して、
「……どうもこうもないネ。〝記録〟にプロテクト掛けてあるノ、ぶっちゃけあり得ないヨ」
生生の『他人語り』は目視したことのある人物の人生を遡り、再生することの出来る神の力だ。
その人物の生きた歴史を俯瞰するように辿る、神の子供達に勝るとも劣らない超常を引き起こす力だが、これは別に対象の記憶を覗いている訳ではない。
どちらかと言えば、仕組みはアリシアの『天智の書』に近いだろう。
『他人語り』は『世界の記憶』とでも呼ぶべき情報集合体にアクセスし、目視した対象の体験した人生を映像のように早送り巻き戻しを駆使しながら自由に眺めることが出来る。
彼女の手に掛かれば、望む情報を手に入れるまで数時間。どんなに長くても一日と掛からないで終わる……そのハズだった。
「悟クン。『未来予見』で見えた未来と全く同じ未来にするノ。可能カ?」
「ふうむ、難しいことを聞きますなぁ、生生氏。そもそも我氏の予見は、未来を変える――最終的な結末を回避する為に使うのがほとんどでありますしおすし。試した事もありませんが、まあ見た通りの行動を寸分たがわずなぞる事ができれば可能……ですがそれは物理的に不可能ですぞ。何故なら既に我氏はその予見を見てしまっている。ならば予見の中の我氏と、予見で可能性の未来を知ってしまった我氏とは厳密には同一ではないのですから」
そもそも我氏の力は予知と言うより虫の知らせのような不安定な代物ですぞ、と竹下は言う。
未来とは人の手ではとても制御できない、神秘の揺らぎの一端であるのだと。
予見によって竹下が得るのはあくまで不確定な未来の結果に対する挑戦権でしかない。
未来を変えるなどと言えば神に逆らう大仰な行いであるようにも思えるが、実際のところは『予知などしたところで結局人の身では未来がどうなるかなど分からない』という残酷な事実を付きつけられているに過ぎないのだ。
それを傲慢にも結末に至る道筋までをも自分の思い通りに捻じ曲げようなど、不遜も甚だしい。
「だよネ。私の方で起きてるトラブル、まさにそんな感じネ。世界の情報集合体にアクセスするだけでなく、それに強引に干渉スル……人には絶ッ対不可能。神をも畏れぬ所業、コレの事ネ」
二日前、以前からこまめに連絡を取り合っていた九ノ瀬和葉からの依頼でクライム=ロットハートと接触した生生は、ひやっとする場面もあったもの無事安全な自室へと帰投し、クライム=ロットハートの人生から『創世会』の目的を探る為、『他人語り』での情報集合体へのアクセスを開始していた。
しかし、クライム=ロットハートの人生を遡ろうとすると映像に靄が掛かる謎の現象に行き当たり、情報収集は一時中断。
トラブルの原因と、その回避方法をどうにか見つけようと躍起になっていた。
……『世界の記憶』への干渉など、ルール違反どころの話ではない。
世界の真理を捻じ曲げるような不条理、人の業にあまる奇跡を超越した不遜である。
「それで? 結局のところクライム=ロットハートとやらの人生は覗けない……と言う訳で?」
「……うんにゃ、ようやく解き方分かったトコヨ。どうもプロテクト自体はそうきつくないカナ。と言うよりそもそもターゲット違う言うカ、『他人語り』を対象にチューニングされてないから隙があるネ。時間を掛ければ、見れない事はないヨ。……けど、裏側にいる相手が何にせよ、私達の手に負えるような次元の怪物で済む思えないネ」
珍しく声を震わせる姉の様子に、竹下はふむと少しばかり黙り込んで。
「……萌え萌えツンデレなロリっ子美少女キャラが黒幕なら我氏としては言う事なしなのですがねえ、その分ではラスボスとのラブロマンスは期待できそうにない感じで?」
我が弟ながら二重の意味でなんて肝の太い男だろう。
一気に緊張感の霧散した部屋で生生は馬鹿馬鹿しいとばかりに息を吐き出し、またクライム=ロットハートの人生を覗く作業に戻るのだった。




