第三十九話 対抗戦武闘大会・予選Ⅳ――最後の椅子を巡って:count 2
――第十六試合、第ⅩⅥ組。
選手入場口を潜り抜けた勇麻は、差し込む陽光の眩しさに思わず手で庇を作った。
『対抗戦六日目! 最終日並みに盛り上がってやがります、本戦の決勝トーナメントへ進むための予選大会も早くも次が最終試合っだぁー! 勝ち残るのは果たして誰なのか! 泣こうが喚こうが勝者は一人! この一戦で、最終日に進む選手とその全ての組み合わせが出揃うことになるんだッぜーっ!』
舞台にあがると現実味を乖離させるような大歓声が音羽シオンの実況音声と共に降り注いでくる。
舞台上に立ち並ぶ人影は四つ。
最早見知った顔になりつつあるその誰もが今日までの六日間、対抗戦にて技を競い強さを競い勝敗を競い合ってきた好敵手達である。
しかし七日目、最終日の決勝トーナメントに進めるのはこの中から一人だけ。
こうしてる今実感もなにもないが、勇麻たちの予選最終試合が開催されるまでに、既に三十一人の選手が脱落し、一足先に彼らの『対抗戦』を終えている。
まだ碌に喋ったこともない彼ら。
互いの戦う理由も、勝ちたいと願う信念も、負けらない意地も、何も知らないまま、ぶつかり合うこともなく敗れていった人達も大勢いる。
そしてこれから戦う彼女達のこともまた、勇麻は何も知らない。知らないままにそれでも戦う。
戦う理由も、勝ちたいと願う信念も、負けられない意地も、どういう人間で過去に何があって今何を思って生きて此処に立っているのか、何も分からないけれど。それでもこうして拳をぶつけ合う事ができるのは幸運な事だと思う。
だって、語り合わなければ、殴り合わなければ、伝わらない事だってきっとあると思うから。
優勝を競い合うライバルだったり、本当の意味での敵だったりする相手もいるけれど、この場では本音の殴り合いができたらいいなと、戦いを前に勇麻はそんなことを思っていた。
未知の楽園Eチームリーダー・ホロロ。
新人類の砦Dチーム・メリー=コクラン。
新人類の砦Eチーム・ルフィナ=アクロヴァ。
そして天界の箱庭Eチーム・東条勇麻。
勇麻が対峙する選手たちはその誰もが強敵だ。勇麻より弱い相手なんておそらく一人も居やしないだろう。大本命は未知の楽園の幼きエース、『霊才憑依』のホロロだろうか。
少なくとも、この会場にいるほとんどの人が勇麻の勝利なんて想像だにしていないに違いない。
だが、それでも。
『そんじゃはりきって行きましょう第ⅩⅥ組! 対抗戦武闘大会・予選最終試合、開始ーッ!』
勝ちたいと、心の底からそう思うから。
正方形の舞台の四隅に立ち試合開始を今か今かと待ち構える彼らの期待に応えるように、実況の音羽シオンが会場中に響き渡るような大声で予選最終試合の開幕を告げ、選手達が一斉に駆け出した。
勇気の拳を握りしめ、勇麻は地を蹴り疾駆する。
闘志は十分、勇気の拳も高まる勇麻の感情に呼応し、四肢の隅々にまでその力を行き渡らせている。
(まずやるべき事は一つだ。速攻―― )
勇麻がまず真っ先に向かったのは、柔らかなクリーム色の髪を右側でまとめルーズサイドテールにした母性溢れるニコニコ笑顔が素敵な女性、メリー=コクラン。
勇麻たちが打倒すべき女王艦隊の所属選手である事も理由の一つだが、何より彼女の神の力を警戒しての行動であった。
『子守唄の君』。
詳細は定かではないが、その名前から連想されるのは歌を使用した神の力であるという事。
攻撃を目視することが出来ず、有効範囲も定かではない為まず回避は不可能。
〝子守唄〟とある以上、歌を聴いた相手を眠らせる神の力である可能性も高い。もしそうだった場合は最悪の一言だ。
何かをされる前に速攻で潰すべき相手である。
だが――
「――やっぱそう来るかよ、女王艦隊……!」
予想通りの展開に勇麻は疾駆しながらも引き攣った笑みを浮かべる。
メリー=コクランを庇うように割り込み前に出たのは、ルフィナ・アクロヴァ。
滑らかなブロンドヘアーに、水色のメッシュを入れ両サイドでお団子にしている。アシンメトリー気味のぱっつん少女は、相変わらずパレオのようにだらしなく軍服を腰に巻きつけ、茫洋とした表情で勇麻の進行軌道上に突っ立っている。
このまま行けばあと一秒とせずに衝突するだろう。
先日の襲撃の時と同じ、彼女の役割は勇麻の足止めにある。
ただ、この前とは違う点が二つ。
今回は彼女が複数人では無く一人でそこに立っていた事と。
突如、その身体の輪郭がぶよぶよのアメーバのように歪んで曖昧になり、定形を失ったかと思うと正中線を境に真っ二つに割れた事だ。
「――ッ!!?」
断面からの出血もなければ痛みに苦しんだりする様子も何もない、あくまで無表情のまま。
それでも人体が真っ二つになるという凄絶な光景に会場が騒然となる中、二つに割れたルフィナは分かれたそれそれが各自再生し、元のルフィナ・アクロヴァの姿を象りその数を倍に増やすと、さらにまた二つに割れては再生を繰り返し鼠算式に増殖していく。
単細胞生物の無性生殖を彷彿とさせるその絵面に、勇麻はなにか本能的な忌避感を覚えつつ戦慄して口を開いた。
「これは……この前沢山いたのはこういう事か……」
『分身分裂』。
名称そのまま。己の身体を分裂、分身させる神の力。
二十つ子とか流石に現実味に欠けるとは思っていたが、まさかここまで奇抜な増え方をすると思っていなかった勇麻は動揺を隠せず、足を止めてしまい――
「――ッ!?」
と、さらに連続して勇麻を驚かせるような光景が続き、石化の呪縛から解放される。
ショッキングな光景に立ち止まった勇麻の前で、一体のルフィナ・アクロヴァが弾けるように場外に吹っ飛んだのだ。
躊躇も動揺を感じさせずに増殖したルフィナのうち一体をぶっ飛ばしたのは、褐色金髪の巫女少女。まるで鉄砲玉のような勢いで炸裂したホロロの飛び蹴りだ。
ホロロはにへらと人懐っこい笑みを浮かべてこちらにひらひらと手を振り、
「おーい、この前のおにーさん! 凍ってないでホロロと競争しようぜ競争! どっちがこの増えるヤツ沢山倒してあの女の人ブッ飛ばせるか競争なー! はいよーいどん!」
鼻の頭と頬には白いベニでペイントを施し、動物の牙を数珠繋ぎしたネックレスを首に掛けている少女は、勇麻よりも五つほど幼く見える。
相変わらず布を局部に巻きつけただけの刺激的な民族使用を身に纏うホロロは、腰に巻いたパレオのような薄布をひらひらと舞わせながら、ホロロを敵と認識し飛びかかってくる複数体のルフィナ・アクロヴァを軽々と捌いている。
固まる勇麻に話しかける余裕をも見せるホロロは、幼いながらにこの戦いの鍵を握るのがメリー=コクランである事に勘付いているようだ。
流石は未知の楽園の幼きエース。
現在、十徳十代についで個人総合二位につけているだけの事はある。
「うんうんっ。なあ、『トモダチ』。もっとホロロに教えてくれよ。ホロロの夢を邪魔する沢山の壁の乗り越え方を、増える敵の倒し方をさ……!」
小さな拳が目にも止まらぬ速さで瞬き、小さな身体がスーパーボールのように跳ねまわっては、繰り出されるその一撃が一度に大勢の同じ顔の少女を巻き込み薙ぎ払っていく。一撃でより多くを撃破するその動きには、連鎖反応でブロックを消していくパズルゲームのような爽快感がある。
「……競争ね、いいぜ。こっちもこいつらには借りがあるんだ。負けてられるかよ……!」
どんどん鋭さを増していくホロロの動きに危機感よりも感心を覚えつつ、勇麻もまた時間経過でどんどんと増え続けるルフィナ・アクロヴァへと拳を振るう。
たくさんの少女に囲まれるメリー=コクランがついに歌を歌い始めたのを聞きながら、いつリミットが訪れるとも分からない混戦が幕を開けた。
☆ ☆ ☆ ☆
ホロロの名前はホロロだ。
ファミリーネームはない。昔はあったが六歳の頃に捨ててしまった。
ホロロの胸の内でいつだって光り輝いているのは、名を捨てた六歳の頃の一幕だ。
しかしそれは、光り輝く優しい記憶であると同時。ホロロを地獄に突き落としたとある事件を思い出す苦々しい記憶でもあった。
けれど、それでもやはりその記憶は、ホロロにとって希望の記憶なのだ。
あの日にホロロは生まれ変わったと言っても過言ではない。少なくともホロロは誇張でも何でもなくそう思っている。
かつて複数あった未知の楽園のうちの一つに根付いた、とある巫女一族の末裔の少女。
それがかつてのホロロを示す全てであった。
弱肉強食の未知の楽園で生きて行くのは簡単な事ではなかったが、それでも街の外れ、スラム街の一角にあるボロボロにくたびれた廃墟がホロロたち一族の住処であり都であった。
雨風を凌ぎ皆で身を寄せ合い、食卓を囲む。
住めば都と言うのか、その廃墟での暮らしにホロロは満足していた。
貧しいながらも笑い声が絶えない家庭。家族や大勢の親戚たちに囲まれる当たり前の日常に、ホロロは幼いながらも幸せを感じていたのだと思う。
難しいことは分からないけれど、確かに記憶の中にあるあの日のホロロは楽しそうに笑っていた。
けれどホロロ六歳の誕生日にその幸福は崩れ去る。
……否。とうの昔に崩れ去っていた事を、ホロロは六年越しに知ることになった。
暖かい春の日差し差し込むその日、一族の暮らす集落に襲撃があったのだ。
廃墟を襲ったのは同じスラムに暮らす近隣住民。
得体のしれない腐臭と悪寒の漂う廃墟でいつも一人見えないナニカと会話をするホロロの不気味さに耐えきれなくなった人々の一部が発狂し、ホロロを悪魔の子だ罵り殺そうと襲ったのだ。
弱肉強食の未知の楽園で喧嘩略奪殺しはある意味で日常の一部だ。
だからホロロは当たり前のように襲撃者を撃退した。
生まれて初めて意識的に己の神の力を使って。
この六年間、一度も疑うことなく一緒に暮らしてきた家族の死霊を自身に憑依させて、降りかかる火の粉を全て振り払った。
守るべきものなどとっくの昔に全て失われていた事に現在進行形で気付かされながら、自分が一体何の為に戦っているのかを見失いつつホロロは襲撃者がいなくなるまで戦い続けた。
『霊才憑依』。
死霊を見て会話し自身に憑依させ、その生前の知識や能力を使用する事ができる神の力。
父も母も兄も姉も。生きていることを疑いもしなかった家族や一族の皆、その全てが未知の楽園内での勢力争いに敗れ、六年前に滅んだ命の残滓に過ぎなかった。
その時死んだ母のお腹の中にいた自分だけが一族唯一の生き残りであったなどと、果たして誰が思うだろうか。
自力で生まれ落ちたホロロは、物心付く前から『霊才憑依』を用いて生き延び、一族の死霊達に守られながら生活を共にしていたのだ。
自分一人が仲間外れだった事に気付いたホロロは、だからちゃんと皆と同じになろうと死ぬ事を決めた。
巫女という特殊な家柄、死に触れつづけて今日までを死んだように生きてきた特異性。それらによってホロロの死に対する忌避感は異常なまでに薄く、またまともな倫理観も育っていなかった。
ホロロは手っ取り早く確実に死ぬ為に、すぐ近くの高台から身を投げようとする。
何の躊躇も感慨もなく、お家に帰るような足取りで崖下へと歩き出すホロロ。一歩、二歩、三歩目で足が空を掴み損ね、その小さな身体が遥か下方の地面目掛けて真っ逆さまに落下する――その直前。
無意識のうちに空へ伸びたそんな少女の手を、ギリギリで掴んだ小さな手があった。
『?』
ぶらんぶらんと中空で揺れながら、ホロロは自分の手を掴むナニカへと顔を向ける。するとそこには恐怖に身体を震わせて顔を青ざめさせた紺色の髪の少女が、綺麗な瞳にたくさんの涙を溜めながらホロロの手を懸命に掴んでいた。
その少女の身体を一生懸命に掴んで踏ん張り、支えている黒髪碧眼の少女もいる。
見知らぬ少女達は二人がかりで崖下に落ちようとしていたホロロを引っ張りあげながら怒ったように叫ぶ。
『なっ、ななななにやってるんだ! このバカ! こ、こんな危ないことしたらしっ、死んじゃうだろ!?』
崖から引っ張り上げられ、勢いあまったホロロは二人の胸に跳び込むような形でもつれ合った。
紺色の少女に馬乗りになり、至近で見つめ合うような姿勢になったホロロは良く分からないという風に首を傾げて目の前の少女に問いかける。
『死ん、じゃう……?』
それは、少女にとって当たり前すぎて。だからこそ考えたことのない事柄だった。
死と常に隣り合わせだった少女は、故に死を正しく理解していない。
けれど問われた少女は違った。早々と親を亡くし孤児として生き抜くために必死だった彼女は、死の恐ろしさを知っていた。だから、声を震わせて恐れるように彼女は叫んだ。
『……そうだよ。死んじゃったら、死んじゃったら……本当に死んじゃうんだぞ!』
『ぅ……ぁ』
言葉の意味はよく分からなかったけれど。
紺色の少女が怒っている理由もよく分からなかったけれど。
でも。
震えて泣き出してしまう程に怖くて、恐ろしい。そんな大変なモノからこの二人が自分を助けてくれたという事だけは、二人のぐしゃぐしゃな表情を見れば簡単に理解できて。
『うああああああああああああ……っっ、ああああああああああああああああああああああぁぁっ!』
自分がとんでもない事をしようとしていた事にようやく気付いたホロロは、心がきゅっと締め付けられて、心細くなって不安になって、狂いそうな程に怖くなって、声をあげて泣いた。
つられるように声をあげて号泣し始めた紺色の髪の少女と顔をぐしゃぐしゃにして抱き合いながら。
生まれて初めて触れる人の温かさが心地よくて、安心して、でも。それと同じくらいに何故だかどうしようもなく悲しかったから。
その二人を黒髪碧眼の少女が優しく包み込むように両腕で抱きしめ、優しく頭を撫でてくれる感触に身を委ねてホロロは一日中泣き続けた。
まるで生まれたての赤ん坊が、この世に産声をあげるかのように。
この瞬間に、ホロロは生を知った。
そして生を知ることによって、死を知ったのだ。
弱肉強食の未知の楽園にて、他者を見捨てることが当然の世界にて繋がった特異な絆。
子供同士で徒党を組みことは過酷な環境で孤児たちが生き残る為の術である事は確かだが、時々本物の絆で結ばれた家族が出来る事がある。
ホロロはこの日この瞬間にホロロになった。ただのホロロとして生を受けた。
化け物だと、悪魔の子だと気味悪がられていた少女を怖れることなく受け入れてくれる人たちが出来た。
だから紺色の髪の少女シャラクティ=オリレインと黒髪碧眼の少女ビリアン=クズキはホロロの親友にして姉にして親なのだ。
ホロロはそんな二人が大好きで、二人は嫌がるかもだけどいつか恩返しがしたくて。
だから、三大都市対抗戦の代表選手に自分が選ばれた事を知った時、返事をすることに迷いはなかった。
『シャララ~、ビリアン~、これ! 一緒に出よーぜ! 皆で旅行で思い出作りだーっ!』
『……ホロロ、お前の突拍子もない発言にもいい加減慣れっこだが旅行なんてそんな金がウチのどこにあると思っ……って、なななっなんだこれは!!?!』
『この封筒って……うわあ、ホロロちゃん凄い! 対抗戦の代表選手に選ばれたのね! 今夜は私のお父さんの故郷の伝統料理オセキ=ハンにしなくっちゃだね……!』
未知の楽園は壊れてしまったけれど、優勝賞金を手に入れれば三人で仲良く楽しく暮らせる新しい家を作ることがきっと出来る。
そんな家で過ごせたら、きっと楽しい思い出がもっといっぱいもっと沢山。数えきれないくらい出来るはずだ。
そんな秘密の目標を胸に掲げつつ、ホロロは大好きな二人と特別な今日を生きる。
三大都市対抗戦。負けられない理由は特に見つからなかったけれど、
勝ちたいと思う理由は確かにこの胸にあるのだから。
☆ ☆ ☆ ☆
東条勇麻やホロロの予想した通り、『子守唄の君』は催眠効果のある歌で相手を眠らせる神の力であった。
眠った相手に悪夢を見せたり、夢を利用して眠らせたまま相手の身体を操ったりとかなり凶悪な力だが、相手を眠らせるまでにある程度の時間が必要かつ歌を歌っている間は完全な無防備になるという弱点の目立つ神の力でもある。
だが時間を稼ぐ仲間がいれば彼女ほど厄介な敵もいない。
無限に増殖し足止めをしてくるルフィナ・アクロヴァと彼女の組み合わせを引いた東条勇麻のクジ運は最悪の一言に尽きると言っていいだろう。
「いい加減に、しつけえ……!」
正面のルフィナへ拳を叩きこみ、流れるような回し蹴りで周囲にへばりつく同じ顔をした少女を一掃。さらに頭上から飛び掛かってくる少女をバク転で躱すと同時、蹴り上げた左右のつま先がその顎を打ち抜きノックアウト。
ここまで僅か四秒。
しかしそれでもルフィナ・アクロヴァという少女の弾幕は尽きない。
さらに追加で背後から飛びかかってくるルフィナの一体を視線もやらずに裏拳の一振りで吹き飛ばしながら勇麻は嫌気が差したようにぼやいていた。
「くそっ、こいつらキリが無さすぎるだろ……!」
場外に吹き飛ばされ失格扱いになった分身体は地面に溶けるように消えると、残っているルフィナからまた新たな分裂体が生じる。
分身の総数は決まって二十体と数に限度はあるようだが延々と補給が繰り返される為減らない、まさに悪夢のような無限ループだった。
「うーん、これはちょっと……大元をなんとか、しないと……ふぁあ……やばいかもむにゃむにゃ……」
「おいバカ! お前、このタイミングで寝るんじゃねえ! 競争はどうした色々自由過ぎるだろうがッ!」
試合開始から続くメリー=コクランの歌の効果が出てきたのか、立ちながら寝ようとしていた競争相手を叩き起こしつつ、勇麻も限界を感じていた。
ホロロの言う通りだ。この状況を打破するには、増殖の原因である本物を倒さなければ本当にどうしようもない。
勇気の拳で底上げした身体能力でもって、次々と群がるルフィナ・アクロヴァを打ち倒していくが、向こうの分裂速度を上回る事がどうしてもできない。顔つき服装身体に出来た傷までその全てが全く同じである為に本物を見分ける事が出来ないでいた。
それだけではない、意識すれば対峙した相手の感情をある程度感じ取る事ができる勇気の拳さえも無反応。まるで心のない人形を相手取っているかのようで、正直勇麻は戦っていて気味が悪かった。
(……というか、こんだけ何の感情も感じないなんて人としてあり得るのか? この前の襲撃の時もそうだったけど、ひょっとしてこの中に本体なんていないんじゃ――)
さらに悪いことに、『子守唄の君』の効果には個人差があるのか、隣のホロロは今にも眠りに落ちそうな寝ぼけ眼でぶつぶつと意味不明な戯言を呟くばかりでまるで使い物になりそうにない。
「……うーん、すぴー、『トモダチ』……ホロロに教えてくれよぉ……めんどくさい……ぐぅ、こいつら皆一気にブッ飛ばす方法を――」
勇麻が最悪を予感したその時だった。
巫女であるホロロの血が、神懸り的な憑依を偶然にも成したのは。
少女の雰囲気が、一変して――
「……え?」
その瞬間、ホロロからホロロが滑り落ちた。
『――例えばそうだな』
――勇麻の知る由はないが、ホロロの『霊才憑依』はホロロ自身の巫女の血筋が大きく影響を与え、本来のソレより強力な神の力として成立している。
元よりシャーマンとはトランス状態に入ることで神霊や精霊、死霊と交信を行う存在である。
ホロロは神の力を使用することでトランス状態に陥らずともこれらの超自然存在との交信を可能としている。だが、今のホロロはいつもと異なり半分眠っているような特殊な状態にあった。
トランスとはつまり通常とは異なった意識状態の事を指し、『子守唄の君』の強制睡眠の干渉によって平時とは異なる状態にあったホロロは、半ば特殊な意識状態にあるとも言えた。
そのトランス状態下で、巫女としての才能に加えて『霊才憑依』を併用した結果、偶然にもソレは起きた。
『こんなのはどうだ勇麻?』
周囲に居たソレを偶然にその身に憑依させると、ソレはホロロの声でホロロではない言葉を喋り始める。
そしてその身に宿したナニカに導かれるように、ホロロは無意識下の内にその場で拳を振り抜いていた。
『これは俺が打倒すべき悪だ、とか――』
瞬間、どこからともなく発生した衝撃波のような見えないナニカが、ホロロ以外の全てを吹き飛ばした。
「――くッ!?」
至近で爆発でも起きたかのような暴風であった。
身を守る為に舞台の隅に居たメリー=コクランは勿論、小柄でいかにも体重の軽そうなルフィナ・アクロヴァもその全てが場外へと吹き飛ばされる。
まるで天風楓もかくやという風圧に、勇麻は右の拳を全力で舞台に叩き付けると、碇を下ろすように石畳に拳をめり込ませ、どうにか吹き飛ばされるのを耐え忍ぶ。
まるで台風の直撃を受けたクリスマスツリーの気分だった。風が吹き荒れた時間など数秒もないと言うのに、体力と気力をごっそりと奪われた。身体の節々が痛み、頭もぐわんぐわんと揺れている。
強烈な風が収まり、息も荒く拳を引き抜くと、烈風の発生源であるホロロは勇麻以上に体力を消耗した様子で滝のような汗を流し、過呼吸のような激しい呼気を繰り返している。
どうやら既に神憑り的な憑依状態からは脱しているようだ。こちらを見て何かを言いかけた彼女の瞳に恐怖が映り込んでいるような気がして、勇麻はその意味不明な態度に思わず眉をひそめる。
……いや、それ以前に先の言葉は一体――
ホロロが降ろしたナニカ。それが口にした言葉が、勇麻の耳から離れない。
あの時勇麻の名を口にしたのはホロロ自身だったのか、それとも……
(……なんだってんだよ、こんな時に……!)
あの時感じた懐かしい雰囲気が、勇麻の心を嫌と言うほどに搔き乱していた。
ホロロは目の前の少年に漠然とした恐怖を感じていた。
「――ハッ……!? ――はっ、はっ、はっ……っ、げほっごほっ……はぁ、はぁ……今、のは……おにーさんの……?」
荒い呼吸を繰り返しながら、言葉を紡ごうとするが今の現象が何だったのか、その詳細さえ分からず、言いかけた言葉を呑み込み口を閉じた。
その意味不明な態度に勇麻は眉を潜めているが、今発生した事象の中心にいるホロロはそれどころではない。
……ホロロの身にソレが憑依していたのは、一秒にも満たない僅かな時間であった。だというのに、まるで三百人分もの霊を代わる代わる憑依させた後のようなとてつもない疲労感が身体を蝕んでいる。その凄まじい影響力にホロロは愕然とした。
一体自分はこの場で何を憑依させた? 何がこの周囲に漂っていたと言うのか。僅かでも垣間見えたソレの本質に、ホロロは自分の全身が粟立つのが分かる。
だが、そんな状況を知らない観客達はホロロの見せた凄まじい一撃に沸き立ち、頭が割れんばかりの大歓声を少女目掛けて注いでいた。
その場違いな声援さえも、どこか非現実的で遠い世界のモノのようだった。
勇麻もホロロも、互いを見合ったまま固まって動けない。
それでもしばらくすると、歓声に押されるようにして互いに立ち上がり、ホロロはいつになく真剣な表情で勇麻を見据える。
大抵の事は楽観視し、お気楽に楽しく生きていこうが信条のホロロでも巫女の末裔として今のは見過ごせない。
数々の死霊を憑依させてきたホロロだったが、あんなモノを憑依させたのは生まれて初めてだった。人ではない、もっと悍ましく強大な怪物の魂を乗せたような、ホロロの許容を超えた霊魂。
……いや、それもおそらくあれで上澄みのような一部だ。いつものように魂そのものを憑依させた訳ではない。だからほんの数秒で憑依状態は解除されたのだろう。
例えるのなら強烈な〝我〟を持つ魂が放つ残り香のようなモノ。
もう二度と憑依させたいと思わないような魂、それもその残滓だけでこの様だなんて――
「――今の人、ヤバいよ。おにーさん、事情は知らないけど今すぐに〝ソレ〟はやめた方がいいとホロロは思う」
「……ソレを辞めろって言われても俺には何の事だかさっぱり分からないんだが。……まあ、今のがヤバそうだってのには賛成だ。おかげで助かりもしたけどな。もう一撃アレが来るとか言われると流石に困っちゃうけど」
ホロロの神の力の詳細を知らない勇麻は、強がるように笑って肩を竦める。やはり、ホロロの言葉の意味は正しく伝わっていない。
ホロロは思わず歯噛みした。もとより小難しい話は得意ではない。今ので伝わらないとなると、この場でこれ以上の説得はホロロにはハードルが高すぎる。
何より今は試合中。ホロロが感じ取ったものを説明する為には、自分の神の力の正体を明かす必要がある。それが愚策であることくらいホロロにだって分かる。
「そういう意味じゃ、ないんだけどな。……ま、いっか。とりあえず、ホロロはホロロの夢の為に、おにーさんをブッ飛ばさなきゃなんだしね……」
この試合が終わったらちゃんと教えてあげよう。
ホロロはざわつく心を落ち着かせようと無理やりに気持ちを切り替え、目の前の相手を倒す事に集中する。
小難しいことは後で考えよう。
とりあえず今は、未知の楽園の優勝それだけを見ていればいい。
期せずして厄介な邪魔者は消え去り一対一。
後はこの人を倒せば、ホロロの夢にまた一歩近づくのだから。
物事に対する切り替えの早さはホロロの美点の一つでもあった。
すぅーっと大きく息を吸い込んで恐怖と混乱から一転、ホロロは楽しそうに笑って、
「よっしゃ、それじゃあ改めて行くよ、おにーさん。……『トモダチ』もホロロに教えてくれよ、対抗戦で優勝する方法を。目の前の相手を凌駕する方法を!」
ホロロの足元が爆発、小さな体が弾丸となってわき目も振らずに勝利へと突き進む。
お通夜のような雰囲気を一変させて弾丸のような速度で突っ込んでくる少女に、勇麻は正直戸惑いを隠せなかった。
そもそも自分より五つも六つも年下の(実際は3つくらいしか変わらない)女の子とか、実に戦いにくい。
今までクリアスティーナとかシャルトルとかナルイルとか数々の女子を本気のグーで殴っておいてどの口がと言われるかもしれないが、やっぱりここまで幼い子が相手となると訳が違うのだ。
なにより褐色の肌に金色の髪でおにーさん呼びの天真爛漫な少女となると、今も観客席で勇麻の応援をしてくれているであろうスピカの事が脳裏にチラついてしょうがない。
それになにより、先のホロロが口走った言葉が勇麻の脳裏に焼き付いて離れない。
(……さっきの言葉、あの雰囲気。ホロロは一体何をしやがったんだ……!?)
しかし勇麻の混乱と葛藤など、優勝を目指すホロロの知った事ではない。
鋭い蹴りが、針の穴を通すように正確な狙いの拳の一突きが、集中力に欠ける勇麻をこれでもかと襲う。
ホロロは小柄な体とすばしっこさを最大限に活用し、常に移動しながら一撃離脱を繰り返し隙を見て大技をも繰り出してくる。
体格差を考えて、捕まる訳にはいかないと判断したのだろう。
(……って呆けてて勝てるような相手じゃねえぞこの子……!?)
殺人的な鋭さを誇るとび膝蹴りを身を半身にして紙一重で回避しながら、勇麻は肝を冷やす。雑念を振り払うように首を振って、心を搔き乱す感情を必死で抑え込もうとする。
……分かっていたことだがホロロは強い。
その可憐で華奢な容姿からは想像できない程に繰り出す攻撃は速くて鋭く、小回りの利く素早い挙動はまるで捉えられない。
まともに一撃を貰えばかなり危険だ。そのうえ勇麻は勇気の拳の特性上、相手の攻撃を防御することが出来ない。
しかしそんな事情もホロロにとっては知った事ではない。
迷いがあり未だに攻撃の意思を見せない勇麻をここぞとばかりに責め立てる。
「あはは! おにーさん遅い遅い。ほらほら、捕まえてみてよ~」
ホロロは一辺五十メートルの正方形の石舞台内を軽業師のような身のこなしで跳ねまわる。
とび膝蹴りを躱されたホロロは着地と同時に連続バク転で勇麻との距離を調節すると、回転の最中に左足を振りぬいた。
ホロロの足からすっぽ抜けた靴が弾丸となって顔面へ飛来し、ぎょっとなる勇麻。
反射的に首を振って避けると、注意が靴に向かっている隙にホロロは滑り込むように距離を詰め、右手を軸にぐりんと回転、円を描くように足払いを掛けてくる。
――速い!
これを上に飛んでやり過ごせば、回転の軸を背中に移して仰向けになったホロロに跳ねるように鳩尾を蹴り上げられ、勇麻の身体は無様に真上に吹っ飛んだ。
痛みに、腹の中身が全て逆流しそうになる。
碌に受け身も取れずに背中から落下し、衝撃に息が詰まり呼気が乱れる。
「あれ、おにーさんもうお終い? そんなハズないよね? ホロロ覚えてるよ。おにーさん、クライミング・フラッガーでカッコ良かったの! だからほら、そんなとこで寝てないで掛かっておいでよ。それとも、ホロロがホントにもうお終いにしてあげよっか」
無様に倒れうずくまる勇麻に、ホロロは立てた二本の指を前後に動かし誘うように挑発してくる始末だ。
言い訳もできないレベルで翻弄され、圧倒されているのを感じる。
試合に集中できていないことを抜きにしても、ホロロの動きを捉え一撃を浴びせることは困難であると理解できる。
ただ、幼気な少女が相手とは言え。
(くそっ、ホントに、好き放題言ってくれる……!)
年下の女の子にここまで言われて黙っていられる程、東条勇麻の人間は出来ていなかった。
舞台の固い石畳を、擦過痕が残るほど強く強く握りしめる。
痛みが雑念を吹き飛ばし、年下の少女にいいように弄ばれている事実が、勇麻の胸中に情けない自身への怒りを生み出していた。
勇気の拳が、湧き上がる怒りの感情に呼応して、ここまでやられっぱなしの東条勇麻を立ち上がらせる。
勇麻は、腹を抑えながら立ち上がると、大きく息を吸い込んで、一喝。
「いい加減に……しやがれ!」
その場で正拳突きを繰り出した。
轟ッッ! と、風切り音がホロロの耳を打ったと同時、見えない壁のような衝撃が叩き付けられた。
燃え上がる怒りの感情を燃料に、ようやくまともに機能し始めた勇気の拳の熱量が拳に活力を与え、拳の威力を爆発的に上昇させ、拳圧のみで突風を巻き起こしたのだ。
閃いた拳を後追いして壁のような拳圧が少女の頬を強く叩き、思わず顔を覆うホロロ。するとその隙に間合いに踏み込んで来た勇麻が、アッパーカット気味の手加減無しの一撃をホロロのドテッ腹に――ただし寸止めで拳圧のみを――叩きこんだ。
寸止めとはいえ叩き込まれた空圧は強烈だ。衝撃にえづき、まるで芭蕉扇で扇いだようにふわりとホロロの身体が宙へ浮かび吹き飛ばされる。
しかしホロロはうまく空中でバランスを保つと着地と同時に地を蹴り突撃、驚異的な瞬発力を発揮し勇麻の懐に飛び込むと拳を振りかざす――フェイント。思わず身構えた勇麻を尻目にタンッと小気味いい音を響かせて小さな体が跳躍し、身体をひねり綺麗な回転蹴りを勇麻の顔面に叩きこんでくる。
速いだけでない、発想に富んだユニークな動きを勇麻は捉えきれない。
「がぁ……!?」
脳が揺さぶられ視界がブレる。
痛烈な一撃に意識を持っていかれそうになるも、ふんばるように靴裏を横に滑らせ足を開き、どうにか倒れる事だけは避ける。
蹴りを決めると同時にワンステップ下がり距離を取ったホロロは、口元を腕で拭いながらもその表情に確かな苛立ちと怒りを滲ませて、
「うーん、優しいのは分かるけどちょっとホロロを舐めすぎじゃないか? ここまでされるとふつーにムカつくよ、おにーさん。……だから、そろそろ本気でぶっ飛ばすね!」
踏み込み、振り抜く。
未だ顔面を蹴り飛ばされたダメージから回復しない勇麻のがら空きとなった胴体に、少女の追撃の拳が突き刺さった。
重い拳は、しかしそこで止まらない。
――ドガッ、ドドドドドドドドドドドドドドドガッッ!!
機関銃を連想させるように、連続する鈍音と鈍痛が勇麻の中で爆発する。目にも止まらぬ速さでどてっ腹に拳を叩きこまれ、内臓が搔きまわされるような不快感が、痛みと共に喉元に熱いモノをせり上がらせる。
身体がくの字に折れ曲がり、少女の顔と勇麻の頭が接近するような形になる。
「おっっらぁあああああああああああああらららららーっ!!」
「流石に……いてぇッ……てのッ!」
加減できるような余裕もなかった。
ホロロの凄まじい怒涛の猛攻を嫌った勇麻は少女の脳天にヘッドバットを叩きこんで怯ませると、一度大きく飛び退き距離を取る。
脇に血反吐を吐き、荒く息をする勇麻にホロロは無理な追撃をせず、トントンと交互に片足づつリズムを刻みながらステップを踏んでいる。
構えと拳はボクシングスタイル。繰り出される多彩な攻撃は様々な競技流派からくみ取ったものか、印象としては総合格闘技が近いだろうか。『障害物リレー』や『クライミング・フラッガー』で見せた素早さと身のこなしも本物だ。そう簡単に捉えることはできそうにない。
幼い少女には見合わないその立ち姿が、鳥肌が立つ程に様になっている。
まるで少女以外の誰かが乗り移っているかのようだった。
(……乗り移っている、ね)
鉄錆びの味のする口元を腕で拭いながら、勇麻は一段階思考のギアをあげる。
ここまでのホロロの戦いぶり――今日一日だけでなく、対抗戦六日目までの全て――を見て、勇麻が最初に抱いた感想は〝万能〟過ぎる、というものだった。
彼女は基本的に何でもできる。否、彼女の神の力が何でも出来るのだ。
万能の神の力の正体は、『霊才憑依』という名称からも推測できるように自分に自分以外の何かの才を憑依させる力。
その何かが幽霊と呼ばれるものかどうかはさておき、彼女の万能のカラクリは間違いなくソレだ。
雰囲気を一変させた先の一幕を見た勇麻の直感も、それでまず間違いないと判断している。
(当然の話だけど、こっちの手の内を知られれば知られる程不利になるな。なにせ相手はこっちの使うカードに合わせて手札を弄れるようなモンだし、弱点突かれる前に終わらせねえとか……)
似た相手としては高見が近いだろうか。
彼も状況や相手に合せて手を変え品を変え、自らの手札を変更するタイプの神の能力者だった。
もっとも、ブラフやハッタリなどの搦め手や卑怯な手を好んで使っていた高見と異なり、彼女は良くも悪くも直情型の性格故に、もっとストレートな戦法を好むようだが。
そして、憑依させる何かによってホロロ自身の力や能力が変わる高見と似たタイプの力だというのなら、その万能性は切り替え前提であり同時に複数を発揮することは出来ないハズ。
小回りの利く近接格闘スタイル、混戦の中でもうまく立ちまわる事ができ、なおかつ突破力に優れた対ルフィナ、メリー=コクラン用のカードといった感じか。
幸い、勇麻の反撃がないのを良いことに今のところホロロが手札を変えてくる様子はない。
しかし本来ならば、近接戦はこちらの土俵。勇麻からの積極的な攻撃がないと思い込んでいる今こそが、この少女を倒す好機である。
「ホロロ。お前ももう充分遊んだろ。悪いけど、これ以上は付き合ってやれねえな。片、付けさせて貰ううぜ……!」
「む。違うぞ、勝つのはホロロだ……!」
身体を沈め力の溜めを作り、そして次の瞬間。――たわんだバネが解放されるように勇麻の身体が撃ち出され、疾走を開始した。
馬鹿正直に一直線、ホロロ目掛けて最短距離で距離を詰める。
現状の勇麻の精神状態ではホロロの速度には敵わないが、ここまで愚直な突進ならば彼女はむしろ攻撃のチャンスだと判断するハズだ。
防御を捨てた、相手の反撃覚悟の突撃、その狙いは体重差を利用した場外への押し出し。
無茶苦茶で無謀。ほとほと作戦とは言えないような頭の悪い力技のごり押しではあるが、勇気の拳による身体能力の強化と嚙み合えばかなりの脅威となる。
「やっぱりか。おにーさん優しそうだから、そう来ると思ったぜ」
しかしホロロは、それを待っていたと言わんばかりにニヤリと笑う。
少女は直前まで勇麻を引き付けてから跳躍。低い姿勢で突っ込んできた勇麻の頭を階段にするかのように足裏で踏みつけると、そのまま勇麻を飛び越え背後に回り込む。
前につんのめるも急ブレーキを掛けて後ろを振り返ろうとした瞬間、ホロロは勇麻の股下をスライディングで潜り抜け、滑りぬける勢いそのままに不安定な態勢の勇麻の足を掴んで引っ張り押し倒し、左腕に飛びつき寝技へと持ち込んできた。
「!?」
完全に不意を突かれ受け身も取れず頭から落ちた為、勇麻はホロロの寝技を躱すことが出来ない。
まさに目にも止まらぬ早技。
勇麻はあれよあれよと言う間に華奢な少女に押し倒され、その左腕にしがみ付いたホロロは腕ひしぎ逆十字を掛けた。
容赦なく関節をキメ、絶叫が、木霊する。
「ぐぁあああああ! 腕がぁああああああー!!?」
「はっはっはー! ホロロがちっちゃくても、これだけ完璧に決まれば終わりだぜおにーさん。さあ、ホロロに降参ですって言え~!」
これまでの一撃離脱から一転、勇麻の虚を突くような技のチョイス。しかし関節技が完璧に決まってさえしまえばもはや体格など関係ない。
体格差を警戒するような戦い方をしていた事さえも布石だったと、言外に告げるようなホロロの決め技に流石の勇麻もどうすることも出来ず――
――左腕がすっぽ抜けた。
「へ」
「はい捕まえた」
左腕を取り外してホロロの関節技から自由になった勇麻の右手が、ホロロの首根っこを掴んだ。
目を白黒させるホロロは何が起きたのか分からず半ば放心状態だ。
……なんというか、本当に申し訳ないが、借りてきた猫みたいに急に大人しくなっているホロロに思わず笑ってしまいそうになる。
「は? は? え? なんでだ? え、腕取れて? え? え?」
「悪いな、俺の左腕。実は義手なんだ」
想定外の事態に頭が真っ白になっているホロロに意地悪な笑みを浮かべ、勇麻は肩から先がない左腕を見せびらかす。
ぽかんと口をあけたまま言葉が見つからないホロロ。
数秒固まった後、ようやくいつものテンションを取り戻したホロロは、この結果が認められないのか、納得がいかないとばかりに勇麻に吊り下げられたままジダバタと四肢を動かし始める。
「お、おかしいぞ! やっぱりなんか納得いかない! さ、最後のおにーさんの対応、まるでホロロの狙いを最初から分かってたみたいな――」
「ま、俺もタダでお前にボコられてた訳じゃないって事だよ。あ、こっから先は企業秘密で内緒な」
ホロロの狙いを最初から理解していた、その指摘はあながち間違いではない。
『理解掌握』。
相手を分かり合おうとする意思そのものを発動キーとした、勇気の拳の持つ異能の一つ。
常時完全発動はまだまだ難しいとしても、条件さえそろえば短時間での発動は可能だ。
ホロロに翻弄されている間、勇麻はこの異能を発動することに意識を集中させていた。
知りたい、理解したいとただ欲し求める。無理解の溝を埋め、先入観を捨て、相手の存在を認める、他者と繋がる事に特化した幼き勇麻が希った希望の力。
勇気の拳の受信能力の拡大は思考の流入を発生させ、それが一時的な思考の完全同調を可能とする。
『理解掌握』をもってすれば、ホロロの狙いを看破し逆に誘導、利用することだって決して難しくはない。
例えば、同じ舞台に立った子供を殴れない礼儀知らずの腑抜けを演じたりとか。
例えば、ホロロが体格差を警戒しているというミスリードに乗ったふりをしたりとか。
例えば、左腕に技を掛けやすいように倒れ方を工夫したりホロロを誘導したりとか。
(……ま、こっちの誘いに乗らずに右腕を固められたり、他の技に切り替えられたりしたらどうなるか分からんかったけど、動き回られるよりはくっついちまった方がやりやすいのは確かだしな。穴だらけの作戦だったけど、何はともあれ結果オーライだ)
割ときわどい賭けに出ていた勇麻は内心ホッと息を吐くと、そのままホロロを場外にすべく肩に担ぐように抱え直す。今更のように自身のピンチに気づいたホロロは必死で暴れようともがくが、勇気の拳で強化された勇麻の筋力が決してホロロを離さないし抜け出すことを許さない。
ホロロは、今にも泣き出しそうに声を震わせながら、
「離せ! こんな、こんな舐められたまま終わるなんてホロロは嫌だ! ホロロは……ホロロは皆の為に勝たなきゃならないんだ……! だから……っ」
「……別に、舐めてた訳じゃねえよ。アンタみたいなのは殴りにくいと思ったのはまあ、認めるけど。でもそんな甘ちゃんで勝てる程アンタは甘くなかった。だから俺も最も勝率が高い手を探っただけだ。正直ガチの殴り合いじゃ、どっちが勝ってたか分かんねえ」
事実、ホロロの素早さは今の勇麻の状態ではどうにも捉えようがなかった。
勇気の拳のムラッ気はいつもの事だが、ホロロの小回りの良さとすばしっこさはそれだけで一流の武器になるレベルだったのも確かだ。何とか近づき、捕まえる為の策を必死で考えた結果がこれであった。
だからこそ、
「俺は何が何でも明日に進みたかった。だから手加減は出来なかったし、汚くても、情けなくても、卑怯で大人げなくても、俺の持ち得る全てを使ってアンタを倒させて貰った。勿論、ルールの許す範囲でだけどな。だから――今回は俺の勝ちだ、ホロロ」
勇麻は身体を大きく弓なりに引き絞ると、そのまま力強く一歩踏み込む肩に担いだ少女を砲丸投げのように勢いよく投擲した。
射出されたホロロは優に二〇メートルもの距離を飛翔し、お尻から場外へと落下。
非の打ち所の無い完全無欠の場外だ。
完全ホロロ優勢で進んだ試合展開からは想像できないであろう結末に、しんと静まり返る場内。
その沈黙を真っ先に打ち破ったのは、震える実況音羽シオンの声であった。
『け、けっちゃーく!? な、なんてことだ。対抗戦武闘大会・予選最終試合。誰もが未知の楽園の勝利を予想したこの一戦。終わってみれば、優勝候補の一角であったホロロを下して勝利を収めたのは、なんと天界の箱庭Eチーム・東条勇麻だぁーッ!!?』
遅れて爆発したどよめき混じりの歓声に応えるように、勇麻は堪え切れない胸中の喜びとともに拳を天に掲げた。
未知の楽園Eチームリーダー・ホロロは場外により敗北。
天界の箱庭Eチーム・東条勇麻が最後の一人として、明日の決勝トーナメント出場を決めた。
☆ ☆ ☆ ☆
【三大都市対抗戦 六日目 第五種目『三大都市対抗武闘大会・予選』】
参加人数
・全選手。
勝利条件
・相手を気絶・もしくは降参させる。場外に押しやる。ダウンからのテンカウント、テクニカルノックアウトで勝利とする。
基本ルール
一、予選大会は出場選手をくじ引きによって十六の組に降り分けて行う。
一、組み分けの際、同チームの選手同士が同じ組になることはないが、同じ都市のものが同じ組に分けられることはある。
一、同じ組に分けられた三から四人でバトルロワイヤルを行い、勝ち残った一名が本選の決勝トーナメントに進むこととする。
一、一辺五十メートルの正方形の石舞台上で戦う。
一、神の力の使用推奨。
一、審判の判断に従わない場合は失格。
一、事前に許可を受けた物以外の武器の使用を禁止。破った場合失格。
一、他選手に対する殺害行為を禁じる。死亡者を出してしまった時点で失格。
一、他、これ以上競技の続行が不可能な状態にあると判断された場合失格。※今回はテクニカルノックアウトとし敗北扱いとする。
勝利時獲得点数
・本競技は予選と本選、二日間に分けて行われる競技であり、本選に勝ち残った時点で得点を得る事が確定する。一勝する度に得点が上昇する形となっている為、順位ではなくベスト○○の形で得点をつける。
・優勝:一〇〇点
・準優勝:八〇点
・ベスト4:六〇点
・ベスト8:四〇点
・ベスト16:三〇点
【予選結果発表】
・Ⅰ組
『天』海音寺流唯VS『天』音無亜夢斗VS『未』リリレット=パペッター
――勝者・『天』海音寺流唯
・Ⅱ組
『天』天風楓VS『未』チェンバーノ=ノーブリッジVS『未』ナギリ=クラヤ
――勝者・『天』天風楓
・Ⅲ組
『天』泉修斗VS『未』貞波嫌忌VS『新』シャロット=リーリー
――勝者・『天』泉修斗
・Ⅳ組
『天』東条勇火VS『未』リヒリー=リーVS『新』クレボリック=シンボル
――勝者・『天』東条勇火
・Ⅴ組
『天』和家梨仁志VS『未』狩屋崎礼音VS『新』シーライル=マーキュラル
――勝者・『未』シーライル=マーキュラル
・Ⅵ組
『天』十徳十代VS『未』生生VS『新』トレファ―=レギュオン
――勝者・『天』十徳十代
・Ⅶ組
『天』鳴羽刹那VS『未』リズ=ドレインナックルVS『新』ピア=ナルバエス
――勝者・『天』鳴羽刹那
・Ⅷ組
『天』北御門時宗VS『新』エバン=クシノフVS『新』ブラッドフォード=アルバーン
――勝者・『新』ブラッドフォード=アルバーン
・Ⅸ組
『天』薬淵圭VS『未』リコリスVS『未』ビリアン=クズキVS『新』ゲオルギー=ジトニコフ
――勝者・『未』リコリス
・Ⅹ組
『天』上久保七春VS『天』沖姫卯月VS『未』シャラクティ=オリレイン
――勝者・『未』シャラクティ=オリレイン
・ⅩⅠ組
『天』戌亥紗VS『未』サマルド=ドレサーVS『新』ユーリャ=シャモフ
――勝者・『新』ユーリャ=シャモフ
・ⅩⅡ組
『天』弓酒愛雛VS『天』香江浅火VS『新』ドラグレーナ=バーサルカル
――勝者・『天』弓酒愛雛
・ⅩⅢ組
『未』竹下悟VS『未』ドルマルド=レジスチーナムVS『新』セナ==アーカルファル
――勝者・『新』セナ=アーカルファル
・ⅩⅣ組
『天』横森真理真VS『未』アブリル=ソルスVS『新』イヴァンナ=ロブィシェヴァ
――勝者・『未』アブリル=ソルス
・ⅩⅤ組
『天』浦荻太一VS『未』レギン=アンジェリカVS『新』ロジャー=ロイ
――勝者・『新』ロジャー=ロイ
・ⅩⅥ組
『天』東条勇麻VS『未』ホロロVS『新』メリー=コクランVS『新』ルフィナ=アクロヴァ
――勝者・『天』東条勇麻
最終日、決勝トーナメント組み合わせ予定
一回戦
・第一試合
海音寺流唯 VS 天風楓
・第二試合
泉修斗 VS 東条勇火
・第三試合
シーライル=マーキュラル VS 十徳十代
・第四試合
鳴羽刹那 VS ブラッドフォード=アルバーン
・第五試合
リコリス VS シャラクティ=オリレイン
・第六試合
ユーリャ=シャモフ VS 弓酒愛雛
・第七試合
セナ=アーカルファル VS アブリル=ソルス
・第八試合
ロジャー=ロイ VS 東条勇麻
二回戦
・第一試合
第一勝者VS第二勝者
・第二試合
第三勝者VS第四勝者
・第三試合
第五勝者VS第六勝者
・第四試合
第七勝者VS第八勝者
準決勝
・第一試合
第一勝者VS第二勝者
・第二試合
第三勝者VS第四勝者
・決勝戦
補足
・失格選手は失格直前の順位を問わず脱落となる為、例外なく付与される得点の対象外となる。
・競技終了後にルール違反が発覚した場合も失格となる。その場合、本競技で得た得点は没収とする。




