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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第一章 英雄ノ帰還ト亡霊
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第一九話 過去回想Ⅰ――悪夢の始まり、少女の崩壊 

 『きょうは一にちとてもたのしかったです。あいすがつめたくておいしかったです。でもようふくにこぼしてしまい、ようふくがよごれてしまいました。でもお母さんはわたしにやさしくちゅういするだけで、こわくおこりませんでした。あしたもお父さんとお母さんとたのしくあそびたいとおもいます。』


 そんな日記の一文の通り、アリシアという名前の少女の今日一日は、何の変哲も無いごくごく普通でごくごく幸せな一日だったと言えるだろう。

 輝くような“金髪”に可愛らしい大きな碧い瞳。どこか人間離れしたお人形さんのような造形の綺麗な小さい顔。

 外国人の父と日本人の母を持つアリシアは、ご近所でも評判の愛らしい女の子だ。

 アリシアの両親は共働きで、土日以外は忙しくて一緒に遊んでくれない。

 普段一人で寂しくないと言えば嘘になるが、二人に対してそれを不満に思ったことは無い。

 いつだって父と母はアリシアの為に頑張ってくれているのだ。それに対して感謝こそすれ文句を言うのは筋違いというやつだ。

 ……もっとも、そう彼女が考えられるのは、彼女が年齢にそぐわぬ賢さを持っていたからなのだが。

 

 近所のおばさん達からも『アリシアちゃんはそこらの変な大人よりよっぽどしっかりしているわねー』とよく褒められる。

 アリシアの知るところではなかったが、学校の先生が職員室では彼女の事を『神童』なんて呼んでもてはやしているという話も、どうやら本当らしい。

 それに、アリシアはもうすぐ寂しくなんてなくなるのだ。

 そう思うと夜もなかなか眠れなかった。

 アリシアが、最近学校で習ってきたひらがなを使って日記を書き始めたのには、ある理由があった。


 最近やたらとふっくらしてきたお母さんのお腹を撫でながら、アリシアはいつも口癖のようにこう言うのだ。『早くうまれないかなー』と、その度に苦笑する母に、『もうちょっとだからいい子にして待ってなさい』となだめられるのだけれど。


 そう、もうすぐアリシアはお姉ちゃんになるのだ。

 いままで一人っ子だったアリシアにも、ようやく念願の妹か弟ができる。

 そしたらアリシアはお姉ちゃんとして、かわいい妹もしくは弟の成長の記録を日記帳に残すつもりなのだ。

 今の作業はその前の予行演習。

 本番に向けて、上手く日記が書けるようにならなければいけない。


 だから今日も早く寝て、明日も何か日記に書けるようなおもしろい事が起こらないかなー、とそんな風に考えながらベッドに入った。

 いつものように健やかな眠りについて、目が覚めれば新しい一日がまた始めるのだ。


 何の疑いも無く、そう思っていた。



 ぱちぱち、ぱちぱち。



「アリシアっ! お母さんを連れて早く逃げなさい!!」

「やだよぉ、お父さんも一緒じゃなきゃやだよぉ!!」

「アリシア! いいから早くこっちに来なさい!」


 父の怒号が、

 母の悲痛な叫び声が、

 アリシアの耳を貫いた。

 

 ぱちぱち。ぱちぱち、


 入学祝いに父が買ってくれた勉強机。その上で、まだ一〇ページたらずしか書いていない日記帳が、赤い炎に呑み込まれてどんどんその形を崩していく。 

 熱い。

 まるでオーブンの中に入れられたみたいに、身体が燃えそうだ。

 ついさっきまで柔らかい肌触りでアリシアを包み込んでいたベッドが、黒いすすを上げながら目の前で炎に包まれていく。

 照明は壊され、明かりの一つもいていないのに、部屋の中は夕焼けみたいな赤に照らされていた。

 

「やはり貴様らは…………、何が…ヴ…………デンだ! やはり……たちは、ただの…………じゃないか!!」


 扉の向こう側から父の切羽詰まった声が聞こえる。

 誰かと話を――いや、言い争いをしているのだ。

 

 そう、この家に火を放った誰かと。


 扉の向こうから響いてくる声は、轟々と燃える炎の音にかき消されてしまい、何を話しているのかはよく分からない。

 それでも父がこれ以上ないくらいに怒っているのも分かったし、悲しんでいるのも分かった。

 

「ふざけるな!! 貴様ら…………に、…………は渡さないぞ!!!」


 お父さんが泣いているなら、自分が傍に行かなくちゃ。


 何の疑いもなくそう思い、扉に駆け寄ろうとするアリシアの腕を、母が強く掴んだ。


「アリシア! 何やってるの! いい加減にしなさい!」


 身体がガクンと揺れ、肩の所に無理な力が掛かったのか痛みが走る。

 呆然としたまま顔を向けると、そこには涙と怒りで顔をぐしゃぐしゃにした母が立っていた。

 優しかった母がこんなに怒った姿を、アリシアは見たことが無い。

 それに、こんなに悲しそうな顔を見るのだって今日が初めてだった。


 ア、……ハジメテノコトガアッタラ、ニッキニカカナクチャ。


「アリシア大丈夫。大丈夫だからね! アナタは私が守るから。大丈夫だから……ッ」


 母は自らに言い聞かせるようにそう言ってアリシアを抱きかかえると、窓からその身を乗り出し、外に躍り出た。

 アリシアの子供部屋が一階にあったからこそできた芸当だ。

 お腹の子が心配だったが、それでも母は何とか着地を決めると、そのまま振り返りもせずに走りだした。

 アリシアの視線の中、慣れ親しんだ我が家が徐々に遠ざかっていく。


「お母さん。……お父さんは?」

「………………………………………………………」


 母はアリシアの質問に答えない。

 聞こえていないのだろうか?


「お母さん……? お父さん、まだお家だよ?」


 アリシアは返事をしてくれない母に問いかける。

 でも、期待していた返事は帰ってこなかった。


「……ごめんね。ごめんねぇ、アリシアぁ……。アリシア、アナタは何も悪くないのよ。何も……悪くなんか……」



 力強く抱きしめられた。

 少し苦しくてアリシアは母の腕から逃れようとするが、それすらも許さぬ強さで抱きしめられた。

 母の顔は見えない。

 けれども触れる身体から、母の嗚咽おえつが伝わってきた。

 母はたぶん泣いているのだ。悲しくて辛くて悔しいから泣いている。そうアリシアは理解した。   

 アリシアが欲しかった答えでは無い。

 そんな物欲しくなかった。

 ただいつものように笑って、アリシアを安心させるように、お父さんなら大丈夫と、そう言って欲しかった。


「お父さん……。お父、さ……ん」

 

 自然とアリシアも自分の目頭が熱くなっているの感じた。

 視界がぼやける。

 何もかもが歪んだ景色の中へ溶けていくようだった。

 アリシアは自分では制御できない感情の奔流に呑み込まれ、気が付けば頬を涙が流れ落ちていた。

 可愛らしい顔を悲嘆に歪ませ、アリシアは年相応に顔をぐしゃぐしゃに歪めて泣き叫ぶことしかできない。


「お父さぁぁぁぁぁあああああああん! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああッ! ああああああああああああああああああああああああ、んぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああッ!!!」


 母の肩に顔を埋め、泣き続けた。

 母はアリシアの頭を優しく撫で続け、けれども自分自身も泣いていた。

 アリシアはこんな感情は知らない。耐性が無い。

 アリシアは年齢以上に賢い子どもではあったが、年齢以上に強くはなかった。

 だから、この何物にも例え難い喪失感を表す術が『泣く』以外に見つからないのだ。 

 それは恐怖であり悲しみであり悔恨であり惜別であり悲嘆であり愛であり拒絶であり懇願であり望みであり逃避である。

 様々な感情をいっしょくたにして掻き混ぜたような心。

 そんな理解不能の感情と向き合うには、アリシアという少女は幼すぎた。


 だから理解を放棄してこの苦しみから逃れようと、少女は泣き叫び続けるのだ。

 痛いから、泣く。

 それは子供として最低限の防衛本能だった。

 

 心が壊れないようにするための、行為。


 つまる所、少女の心はもう限界だった。

 これ以上の刺激など、耐えられないのは明白だ。


 けれども、現実は少女を許さなかった。

 

 逃げる母の足が止まった事にアリシアは気が付いた。

 何が起こったのか、アリシアは母の肩に埋めていた顔を上げた。

 

 そして―———


 —―――それが間違いだった。


「お待ちください。アリシア様」

 

 母の目の前に立った人物がそう言った。

 白衣に身を包んだ男だった。

 

 —―――男の白衣には、めずらしい事に赤のまだら模様が入っていた。

 —―――男の右手には大きな包丁が握られていた。

 —―――男の左手には————


 —―――父が、いた。


「いゃぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ! アナタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!」


 母の悲鳴が辺り一帯にこだました。 

 アリシアを背負っていた母が膝から崩れ落ち、その拍子にアリシアも地面に投げ出された。

 

 アリシアは自分の喉元に熱い物がこみ上げてくるのを感じ、そのまま吐瀉物をぶちまけた。

 アスファルトを汚物が汚し、汚い模様の花を咲かせた。

 

 白衣を染める赤の斑模様。それは衣服のデザイン的な物では無く、人間の血だった。

 アリシアの知る誰かの、まだ生温かい返り血だ。

 

 白衣の男の手の中、そこにはアリシアの父がいた。

 いや、『それ』を父と呼ぶことができるかどうかは微妙な所だが。

 なせなら、その父だった何かは首から下が無かったのだから。


 切断面からはブヨブヨとしたピンク色の脂肪が垂れ下がり、真っ赤な肉の隙間からは骨が顔を出している。

 傷口から吹き出す冗談みたいな量の血が、生首の通った道のりを示していた。

 それはまるで、ヘンゼルとグレーテルが家に帰るための道しるべとして残した小石のようだった。

 悪趣味すぎて魔女ですらきっと寄り付かないだろう。死の道しるべ。

 赤はきっと死の色だ。

 そう思うほどには禍々(まがまが)しく、嫌悪されるべき色だ。

 その赤い道しるべを辿って行くと、アリシアの家の玄関まで続いていた。

 ちょうどその道しるべの出発点にあたる玄関の先では、司令塔を失った胴体が制御を失い倒れていた。

 ぐにゃりと、まるでタコみたいに、人としてありえない体勢で倒れている頭を失くしたその人物は、ほんの数分前まではアリシアの大好きな人だったはずだ。

 凌辱りょうじょくされた。

 けがされた。

 もうアリシアは、自分の記憶の中にしかいない父を思い出すたびに、この血塗られた光景を思い出す羽目になるだろう。

 それが思い出の凌辱りょうじょくで無くて何だと言うのだろう。

 玄関の石畳を真っ赤に染めるその液体の冗談みたいな量に、アリシアは現実味を失くした。

 見慣れた父の顔は色あせたように真っ青で、恐怖の表情を貼り付かせた死に顔は、おざましいと表現するしかなかった。

 

 獣みたいに四つん這いになり、また込み上げてくる物を全て吐きだす。

 もう胃の中には何も残っていないハズなのに、アリシアの口から酸っぱい汚物が溢れ出る。

 

 次から次に襲い掛かる恐怖と理不尽。そして悲しみを前に、幼いアリシアはあまりにも無力だった。

 余りにショッキングすぎて涙すら枯れてしまったのか、アリシアの瞳から流れていたはずの涙も止まっていた。

 

 もう何も分からなかったし、分かりたくもなかった。

 

 身体が壊れたからくりみたいにガタガタ震える。

 立ち上がろうと足に力を入れたはずなのに、気が付くとアリシアは尻餅をついていた。

 ただ何が起きているのか分からない、と口を半開きに開けたアリシアの耳へ、母の悲痛な声が届いた。


「アリシア! 何やってるの! 早く逃げなさい!」

「アリシア様、お逃げになられるのは結構ですが、その場合、この女もあの男と同じ運命を辿る羽目になりますよ」

「私はいいから! 早く逃げ……っ」


 白衣の男が母の髪の毛を掴み、その首元に大きな包丁を当てているのが見えた。

 父の返り血がたっぷりと付いたその刃先が、母の首筋を優しく撫でるように這う。


「や、めて……。やめてください」


 何とか絞り出した声は、自分でも驚くくらいに震えていた。

 

「……懸命な判断です。流石はアリシア様」


 白衣の男はアリシアを誘うように手招きした。

 アリシアは全身の力をなんとか振り絞って立ち上がり、白衣の男へ向けて一歩を踏み出す。

 一歩、もう一歩、また一歩。

 身体を襲う震えに負けないように、一歩一歩踏みしめるように足を前に出す。

 今まで経験したことの無い悪意と恐怖を前に、アリシアの人格は凄まじいスピードで崩壊を始めていた。

  失うのが怖い。一人が怖い。悲しいのが怖い。あの目が怖い。赤いのが怖い。肉も怖い。首が怖い。ピンクも怖い。包丁が怖い。白衣が怖い。死ぬのが怖い。死なれるのが怖い。怖いのが怖い。分からないのが怖い。何もかもが怖い。怖い怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 

 そんなアリシアを支える唯一の細い糸が、母の存在だった。

 だからこそ、アリシアの選択肢に母を見捨てるなんてコマンドは最初から存在しなかったし、白衣の男に近づいた結果、自分がどうなるのかについても全く考えが回っていない。 


 お母さんを助けなきゃ、その為には自分があの人の言う事を聞かなくちゃいけないんだ。ただそれだけを理解しての行動だった。


「アリシア! 来てはダメ! お願いだからこっちに来ないで!!」


 母の悲痛な叫びも、もう届かない。

 

 母と白衣の男の目の前にアリシアが到着すると、白衣の男の傍、何処からとも無く二、三人の男が飛び出してきた。 


「よし、身柄を確保しろ」

 

 白衣の男の命令通りに、部下の男達はアリシアの身体を乱雑に抱きかかえた。

 男はその光景を見て一度頷くと、アリシアの母の首元に当てていた包丁を離し、髪の毛を掴んでいた手を放した。

 壊れた心の中、母が解放された事を確認したアリシアはただ一言良かったと、そう呟いた。

 既に彼女の瞳は、焦点を失ってしまったかのように宙を彷徨さまよい、口元は歪んだ笑みの形を作っていた。

 涙の枯れた瞳はまさに彼女の心の死を表しているようだった。


 もう何も映さなくなった瞳を白衣の男は少しの間見つめ、その後に自分の足元にすがりついて泣きわめいているアリシアの母にその意識が向けられた。

 白衣の男の瞳が鬱陶しげに細められる。


 次の瞬間、

 

 凶刃が闇に煌めいた。


 アリシアの目の前で、母の背中を巨大な包丁が貫き、世界に血飛沫ちしぶきが舞った。

 アリシアの頬にパッっと血が飛んだ。

 まだ暖かい。 

 そして、死んだはずのアリシアの感情が絶叫した。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


 背中から心臓を貫かれた母は即死した。

 力を失った身体が、まるで壊れた人形のように地面に倒れ伏した。

 いつも優しく微笑んでいた母がアリシアに笑いかける事も、話しかけることも、ご飯を作ってくれる事も、頭を撫でながら抱いてくれる事も、もうありはしない。

 賢いが故に、そう理解できてしまった。


「どうして! どうしてェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」


 母の身体から生きる為の全てが零れ落ちていった。

 母の瞳に光が宿ることはもう二度とない。

 もう母はいない。

 そう悟ってしまえるだけの知能があった事が、幼い彼女にとっては災い以外の何物でも無かった。


 瞳を見開き、枯れたはずの涙を溢れ出させるアリシアに、白衣の男は変わらぬ態度で応じる。


「お言葉ながらアリシア様。私は、アナタがお逃げになれば、この女はあの男と同じ運命を辿る羽目になると、そう言ったのです」


 そう、そんな事は知っている。分かっている。アリシアはその運命を回避する為に、母を助ける為だけに、自らの足で白衣の男達の元へ進んだのだ。

 今聞きたいのはそんな分かり切った事なんかじゃない!


「なんでぇぇぇぇぇええええええッ!! なんでぇえぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇえぇえぇぇええええええええええッ!!!??」

 

 幼い子供特有の耳をつんざく甲高い絶叫と共に、明確な憎しみの感情を向けられた白衣の男は肩を竦めると、


「ですから、首をねなかったではありませんか。ちゃんとあの男とは違う方法で殺したのですが何かご不満が? —―もし勘違いをされているなら一言。失礼ながら、命を助けるなどどは一言も申しておりません。私としても命を刈り取るのは非常に心苦しいのですが……上からの命令ですから仕方がないのです。証拠は徹底的に潰さねばなりませぬ故、ご了承ください」  

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああっ!! この人殺しィィィッ!! お父さんとお母さんを返してよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 白衣の男は、慟哭する少女に冷たい視線を向けると一言疲れたように呟いた。


「お連れしろ」


 その指示とは言えないような呟きに応じた部下の一撃で、アリシアの泣きわめく声は止められた。

 男の部下の拳が、少女の鳩尾に食い込んでいた。

 身体中の酸素が強制的に吐き出され、力が抜けていく。

 これが最後に見る我が家と家族の景色。

 真っ赤な景色。

 二度と見たくない、絶望の世界。

 意識が闇に落ちていくのを感じながら、アリシアは心の中でこう呟いた。

 

 (……どうかこれが悪い夢でありますように)


 これがまだ悪夢の始まりだなんて事は、アリシアに分かるはずも無く。

 こうして少女は醒める事の無い悪夢へと、その幼い身を投じていくことになるのだった。

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