行間Ⅱ
正しさを貫くその男との出会いは最悪のものだった。
親に捨てられ、拾う者もなく、神の能力者であった自分には孤児院が家であり職員たちが親でありその場所が全てだった。
だからその男は、家庭を破壊する侵略者として目の前に現れた。
神狩りと呼ばれる天界の箱庭の治安維持組織。その中のとある特殊部隊に所属していたその男は、自分達が暮らすその孤児院を破壊した。
……物理的に施設を壊したとか、誰かを殺したとか別にそういうコトではない。
その男はあくまでも正義。
令状を付きつけ施設を調査し、孤児院を解体に追い込んだだけの事。
破壊とはつまりそういう事だった。
後々になって聞かされたことではあったが、その孤児院の園長ととある過激な研究所との間に繋がりがあったらしい。
孤児院はその研究所から不正な資金を受け取って設立され、優秀な神の力を持つ孤児を不正に研究所へ横流ししていたらしい。
だが幼い自分にはそんな事は分からない。
自分にとって大切な場所に土足で踏込み、その全てを台無しにして破壊してしまった仇のような存在としてしか認識できなかった。
居場所を失った孤児達は男を恨み、恐れ、そして嫌った。
だが男はそうではなかった。
男を怨み、恐れ、嫌う孤児達を、その男はただ愛した。
居場所を失い行き場のなくなった孤児達を、次の引き取り手が見つかるまで預かり自分一人で面倒を見始めたのだ。
訳が分からなかった。
勝手に押し入って来ては家を壊して家族を崩壊させた酷いヤツが、どうしてこんな事をするのか。
信用できない。
好きになれない。
怨みは消えない。
それでも、大嫌いなその男が暮らすその場所が孤児たちの家になった。
大嫌いな新しい家族が出来た。
今になって思えばこの時、男は仕事にもいかず一日中引き取った孤児達の面倒を見ていた。
引き取った孤児の中には乳飲み子もいたのだ。当然と言えば当然だが、彼には別に孤児達の面倒を見る義務もなければ命令なども出ていなかったハズだ。
彼の仕事は違法な運営をしている孤児院と研究所を潰すことであり、潰した先の子供達がどうなろうとも、それは彼の仕事に関係のない話。
上司や『創世会』に後の対応を任せるというのが一般的であるハズだ。
けれど男は『それは正しくない』と言った。
男は言うのだ『私は君達が悲しむことを承知であの孤児院を潰した。だが、自分の行いが間違いだったとは今でも思っていない。けれど、自分の行動に対して責任を取らないほど、正しさに慢心してはいないのだ』と。
給料も出なければ誰に感謝されることもない。無駄なことだ、愚かな事だ、単なる自己満足だ、そうやって男の行動を笑う声もあっただろう。手元にあるのは騒々しい泣き声と、恨むような怖れるような小さな視線ばかり。
それでも男は己の正しさを貫き通した。
正しさを貫くことによって生まれる悲劇をも、男は拾いたがっていたのだと今になって思う。
男は子供たちに愛を与え、愛される喜びを教えた。
男は子供たちに勉強を教え、正しきを成すことを説いた。
男は子供たちに自由を与え、決まり事と約束と責任について学ばせた。
嫌いだったはずの男の背を、いつの間にか沢山の子供達が追うようになっていた。
数年が経つと、男に引き取られた孤児達の引き取り手は少しずつ見つかって行った。
男は引き取り手に名乗りをあげた施設や人物を徹底的に調べ上げ、きちんとした施設、人物であることを確認してから子供達を送り出した。
子を送り出す時、不器用でうまく感情表現のできない言葉足らずの男の横顔は、嬉しそうでそして少しだけ寂しそうに歪んでいたのを覚えている。
そんな不器用で、カッコいい背中が原点だった。
爪弾き者でも変わり者でも周りからは嘲笑われ否定されようとも、それでも己の正しさを一本の剣のように貫くその背中に憧れた。
正しさを貫けるあの人のような大人に、なりたい。
そう思ったのは、きっとその時だ。




