第三十三話 VS女王艦隊Ⅲ――侵食する狂気と熱気:count 3
ロジャー=ロイとブラッドフォード=アルバート。
人知れず行われる女王の槍と孤高の白獅子の一騎打ち、その前半戦はブラッドフォードの勝ちであるとロジャー=ロイ本人が認めざるを得ない展開で進んだ。
「ぐ……っ」
――得意の槍は通じずこちらの攻勢は全て敵の思惑通り。優位だと感じていた戦況は、相手の掌の上で転がされていたに過ぎない、絵に描いた餅でしかなかった。
で、それがどうした?
誇りは捨てても忠義は捨てず。
その手から金色に輝く巨槍を手放してなお、ロジャー=ロイはエリザベス=オルブライトが歩む修羅の道のりを切り開く不壊不屈の〝槍〟であることに変わりはない。
――震え恐怖に。
その圧倒的強さで対峙する相手に恐怖を刻み付け、震わせる。
なぜならば女王とは正義であり、正義とは絶対であり、絶対とは女王でなければならないから。
その女王の一番槍である自分もまた、偉大なる女王の絶対性を象徴し敵対するものに恐怖を与える存在であらねばならない。
他の誰が許そうとも。ロジャー=ロイ自身がそうでなければ己を許せない。
故に誰が相手であろうともロジャー=ロイに敗北は――
「――許されないんで、ねッ!」
ロジャー=ロイを迎え打つブラッドフォードの拳を首を倒して躱し、左に傾けた体勢のまま右拳をカウンター気味にそのドテッ腹目掛けて振り抜く。
『震え恐怖に』によって一撃必殺の槍と化した右の拳。
その一撃を、しかしブラッドフォードは引き戻した右腕の肘で、前傾姿勢になっているロジャー=ロイの首後ろを押しのけるように軽く突く。
俗な例えをするならば、満員電車で腕を使って人の波を押しのけるような、そんな何気ない動作。
加えたのは僅かな力。
それは例えるならば、坂道に停めた乳母車のつっかえ棒を外すような、力の向きを変更するきっかけを与える僅かな一押しであった。その微かな力にロジャー=ロイはバランスを崩し、前につんのめって拳から地面に突っ込んでしまう。
「ぐっ……!?」
伝播する衝撃で敵を崩すハズの拳は地面を崩落させ、ロジャー=ロイは自身の勢いを殺す事が出来ずに硬い地面に衝突する。
相手の力を利用する奥義。他力本願に自滅を誘う、その体術。合気道などに通じながらも、ブラッドフォード=アルバーン独自のアレンジを加えた熟練の技。
「『従術』ってやつか……!」
「一先ずこれで看板に偽りなし。虚言吐きにならずに済みそうである」
「何の話か……分かんねえなっ!」
既に何度も同じような交錯が繰り返されて、ともに相手に決定打を与えるには至らない。
ロジャー=ロイもそれなりのダメージを蓄積させてはいるが、決定打には程遠い。
ブラッドフォードはロジャー=ロイの腕に幾度か触れた影響で、右腕の骨が粉微塵に砕けているが、老兵の牙を折るには骨の一本や二本では物足りない。
絶対の破壊と華麗な技とがぶつかり合って火花を散らす、両者の戦いは膠着状態に突入していた。
ゲームで例えるなら、膨大な体力を誇るボスキャラ同士のミリ単位でのゲージの削り合い。
総合的な実力が拮抗しているだけに、一度のミスが命取り。先に集中力を切らし、致命的な隙を晒した方が敗北する。
そんな予感を与える殺死合いが、どちらかの命果てるまで永遠に続くかと思われたその時。
「む……?」
意外な事に、先にその矛を引いたのはロジャー=ロイの方であった。
闘気を霧散させて息を吐く敵の姿に、ブラッドフォードは訝しげに眉を顰める。見方によってはその表情は激怒寸前の怒り眉にも思えた。
しかし、どうも様子がおかしい。
矛を収めたロジャー=ロイ本人的にも不本意な幕引きであるようだ。
拳を収め、これ以上の交戦の意志はないと一歩退いた男のその表情には、ありありとした不満と怒りが滲んでいる。
ある意味ではブラッドフォード=アルバーン以上に、男は戦いに水を差された怒りに肩を震わせていた。
女王の槍である自分が、敵に苦渋を舐めさせられたまま背を向ける事に対する、抑えようのない嚇怒のようなものが。
その怒りの感情を出来るだけ抑え、ロジャー=ロイは低い声で戦いを途中で放り投げる非礼を詫びた。
「……ブラッドフォードさん、済まないが今日は此処までだ。部下どもの方で異常が発生したらしい」
☆ ☆ ☆ ☆
自身の嗜虐心を満たすように勇麻を詰り腹を踏みつけ続けるドラグレーナ。
激痛と吐き気に耐え、どうにか勝機を探ろうとする勇麻がそこで見たのは、この場の流れを大きく揺るがしかねないとある異変。
ドラグレーナ=バーサルカルの身に起きた、ある種の異常事態であった。
「あ、ァ……?」
「?」
足の裏で勇麻を踏みつけ蹴り飛ばし続けていたドラグレーナの様子が、不意におかしくなる。
爬虫類じみた黄色の瞳は、ここではないどこか遠くを見つめるようにその焦点がブレて、半開きになった口からは意味のない言葉の羅列が流れ落ちて行く。
「あ、ぁぅ……あぁぁぁっっ、ぅぁあ、うああああああああああああああ……ッッ!?」
身体は震え痙攣し、あれだけ執着していた勇麻からたたらを踏むように後ろへ下がり距離を取る。
頭痛を堪えるように頭を抱えて呻き、涎をあたりにぶちまけながら苦しげに頭を振るドラグレーナ=バーサルカルの姿は、とにかく異常で異質だった。
何か、彼女の身体に異変が起きていることは間違いない。
勇麻が訝しげに眉を潜め、ドラグレーナの周りにいた他の女王艦隊の面々もドラグレーナの様子がおかしいことに勘付き始め――
「――コロス」
この世の物とは思えないドス黒い声が、
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス――ッッ!!?」
壊れたラジカセのように、ドラグレーナ=バーサルカルの口から溢れ出した。
「がぁああああっっ! ……ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!?」
反乱狂の体で身体を弓なりに反らし咆哮するドラグレーナ。
彼女の尋常ではない殺意の矛先が自分に向けられていると肌で感じ取った勇麻は、両脚の痛みを堪え立ち上がると全力で横っ飛びに跳躍。
直後、ドラグレーナの足元から間欠泉のようにマグマが吹き出し、勇麻が直前まで居た場所を飲み込むように雪崩れ込む。マグマの波に呑まれたルフィナ・アクロヴァがまた三、四人ほど焼け落ちる。
胸の痛みと激しい怒りを脚力へ変え、勇麻は足の負傷を無視してさらに跳躍。
進路上のもの全てを破壊し呑み込まんとするマグマの大波からどうにか逃れようと、ズタズタの両脚に鞭を打って足掻き続ける。
そしてマグマの大波の進行方向には、彼女の仲間であるシャロット=リーリとエバン=クシノフもいた。
「まあ大変。ドラちゃんの頭がおかしくなっちゃったわ!?」
「暴走だと……! だが、何故!?」
慌てて回避して他人事のように呟くシャロットと、突然の暴走に驚きを露わにするエバン=クシノフ。両名の反応からも、これが想定外の事態である事が分かる。
(だからって事態が良い方向に転がってる訳じゃねえってのは分かるぞ! くそ! 一体、何がどうなってるんだ!? 明らかに正気じゃねえぞ、コイツ!)
勇麻を組み伏せようと飛びかかってくるドラグレーナを殴り飛ばし、足を引きずりながら距離を取ろうとする勇麻。
しかしドラグレーナは痛みを感じていないのか、次はその身にマグマを纏わせながらすぐさま勇麻との距離を詰めてくる。
獣のように袈裟がけに振るわれる灼熱の右手を左の義手で払う、左の爪撃を首を竦めて躱し、彼女の背後から槍のように放たれるマグマの一撃を身を屈めてやり過ごす。またも単調に正面から跳びかかってくる彼女に対し、勇麻は痛む脚を無視して低い姿勢から地を蹴りつけ、全力の拳をドラグレーナへ叩き付ける。
常識を無視した力強い踏み込みに銃創からトマトジュースの水鉄砲のように赤い血が噴き出し、勇麻の表情が苦痛に歪む。
痛みを堪えた渾身の一撃は、そのかいあって無防備なドラグレーナを面白いくらい簡単に吹っ飛ばして、反対側の壁に叩き付けた。
血反吐を吐き、地面に沈むドラグレーナ。こちらの攻撃、それ自体は効いてはいる。だが……。
「くっ……!」
マグマを纏う少女を殴った右の甲は焼け爛れ、見るも無惨な有り様になっていた。
力一杯握ることすら儘ならず、拳としては死んでいるも同然だ。もうまともな一撃を放つことは難しいかもしれない。
そしてどういう訳か、その身にマグマを纏うドラグレーナも重度の火傷を負っているようだった。
マグマを操る神の能力者である以上、火や熱に対してある程度の体性はあるのだろう。
だが、今の彼女は明らかに自身の耐性の許容を越えた熱を受け続けている。
身体そのものを炎へ変換する泉とは異なり、彼女は自身の操るマグマの熱量に長時間耐えられるだけの強靱な身体を有していないのだ。
彼女はマグマを操る神の力ではあるが、マグマを纏う事は想定されていないのだろう。
「馬鹿野郎……! アンタ、このままじゃ死ぬぞ!」
勇麻の叫びに、しかしドラグレーナは聞く耳を持たない。
「ゥルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! コロスコロスコロスコロスコロスコロスゥーッッ!!?」
目に見えて分かるほどに火傷が身体全体に広がりつつあるドラグレーナは、その痛みをも憎悪へと変えるように絶叫。
声にもならない彼女の叫びに呼応し床より勢いよく爆ぜ噴き出す赤熱するマグマ流。ドラグレーナはサーフィンでもするかのようにそのマグマの流れに足を乗せ、燃え盛る少女の矮躯が加速する。
灼熱の弾丸と化したドラグレーナの突進を、脚に風穴の開いた勇麻は反応はできても躱しきれない。
「がぁ……ッ!?」
少女の矮躯とはいえ、ヒト一人分の重量が自動車並みの速度で衝突してくればその衝撃はかなりの物になる。
胸を穿つ衝撃に、呼吸が否応なしに停止する。肋骨の数本は逝ったかもしれない。
心臓の脈拍が乱れ、意識が明滅を繰り返す。そんな勇麻の意識を強制的に現実に引き戻したのは、身体を焼くマグマの熱量だ。
炎に抱かれているような状況、身体が燃えて行く激痛に勇麻は苦悶の表情を浮かべつつも息を止め、どうにか内臓への被害を免れようとする。
勇麻はドラグレーナもろとも吹っ飛び、そのままもつれるように絡まり合いながら通路を転がり壁に後頭部をぶつけてようやくその身体が止まった。
――よりにもよって、ドラグレーナ=バーサルカルに馬乗りになられた最悪の状態で、だ。
「コロス……トウジョウユウマ、オマエヲ……コロスゥウウウウッ!!」
身動きはおろか息さえ出来ない勇麻目掛けて、マグマで象られた灼熱の剣が振り下ろされる。
ドラグレーナの下敷きになっている勇麻は、碌な抵抗をする間もなく灼熱の切っ先が自身を両断するその瞬間を見開いた瞳に刻み付ける――
その間際だった。
『――僕の弟分みたいなものなんだ。悪いけど、その子を殺されるワケにはいかないかな』
一センチ。
灼熱のマグマの刀身は、勇麻の瞳から僅か一センチの位置で停止していた。
阻んだのはヒト一人分はありそうな水の塊。壁の隙間から滲み出てきた水塊は、高速回転するチェーンソーのように凄まじい勢いで回転、流動し、その水の流れによってマグマの剣を押し留め、消火するようにその刀身を削っていく。まるで高圧水流のチェーンソー。
岩をも削る水の圧力が、灼熱のマグマを圧倒する。
『……やはり「ビンゴ」か。いや、この局面はまだ「リーチ」と言った方が正しのかな。どちらにせよ、確かにその影、掴んだぞ』
鎬を削るマグマと水流。水の勢いにマグマの剣が押し返され始めある程度の距離ができると、やがて水塊は人の形を成していく。
気付けばそこには、ドラグレーナと勇麻の間に割り込むように海音寺流唯が立ち塞がっていた。
「海音寺、先輩……?」
「すまない、東条君。遅くなった」
未だ実体化させず流動的な液体と化した両の腕でマグマの剣を押し返す海音寺は、自らの水の掌を〝爆発〟。
灼熱のマグマとの接触で掌で起きた水蒸気爆発に水飛沫が飛び散り、強烈な圧でマグマの剣ごと殺意に狂ったドラグレーナを弾き飛ばすことに成功する。
マグマに纏わりつかれ燃え盛る少女の身体は壁を粉砕し、そのまま瓦礫に埋もれてしまう。それを確認した海音寺は一息ついて、
「足止めに手古摺っている間にこの様か。全く、これじゃアイツに顔向けできないな……。立てるかい? 東条君」
「え、ええ。俺は大丈夫」
実体化させた手を差し伸べられ、海音寺の手を借り立ち上がる勇麻。
撃たれた両脚の動きは鈍るが、それでも立って歩けない程ではない。
右手はうまく力が入らないが、全身の火傷や打撲も、今すぐどうにかしなければならない致命傷にはなっていないようだ。
自身の身体の状態を確かめ頷く勇麻に海音寺は呆れたような、何かを懐かしむような、少し寂しげな笑みを浮かべて、
「……まったく。君というやつは、もっと自分を襲う理不尽や不条理に対して敏感になった方がいい。この理不尽な状況に、君はもっと怒っていいんだよ、東条君。君の命も、君が大切だと思っている人達の物と同様にかけがえのない大切なモノなんだから」
「いや、俺は別に。そんな……」
海音寺の言葉の意味がよく分からない。
こんな風に理由も分からないままいきなり襲われて、怒りを感じない訳がないではないか。
ましてや自分の命を軽視している、みたいな言われ方をされるのは心外だ。
そう反論しようとする勇麻を、しかし海音寺は遮って、
「いいや、もし君が本気で怒っていたらあんな程度の敵にここまで追い詰められていないよ。違うかい?」
「それは……買い被りってヤツだよ、海音寺先輩。俺は、そこまで強い訳じゃ……」
ドラグレーナ=バーサルカルをあんな程度と評してしまえる海音寺はともかく、勇麻にとっての彼女は明らかに格上の敵だ。
干渉レベルAマイナス。マグマを自由自在に操る強力な神の力『大地の咆哮』を持つ彼女に勇麻のような低レベルの神の能力者が苦戦するのは当然のこと。
しかし海音寺はそうは思っていないらしい。
「なら、君を本気にさせる魔法の言葉を言ってみようか」
なんて真面目なのかふざけてるのかよく分からない事を言って、
「――敵の本当の狙いは〝本物の楓ちゃん〟だ」
「――ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、拳の痛みも両脚の痺れもその全てが消え去った。
寝ぼけた頭に冷水を浴びせられたような、芯から目の冴える感覚に身体中が一斉に覚醒を果たした。
「先の爆発、君にも聞こえただろ? ドラグレーナ=バーサルカルの目的は事が済むまで君の足止めをすることだ。急がないと、楓ちゃんが危ない」
「でも、なんでそんなことをッ!? この件が発覚すれば女王艦隊の連中だってタダじゃ済まないだろ!? ……いや、それ以前にどうして連中が楓の替え玉に気付いて――」
「いいかい、〝天風楓は現在『対抗戦』に出場している事になっている〟。だから彼女達が天風楓を襲撃した、だなんて事実は存在しないんだ。ご丁寧に、この辺りは人払いまで済んでいる。目撃者にも期待できない。ヤツらはこの襲撃それ自体を完璧に闇に葬り去るつもりだ。……僕の言っていることの意味、分かるかい?」
海音寺の言葉に、バラバラだった全てのピースが繋がった気がした。
……そういうことか、と勇麻はギリリと奥歯を噛み締める。思い出すのはドラグレーナ=バーサルカルの言葉だ。
奴は言っていた。
『……神狩りとかそういうのを期待してんなら、どうせ無駄だぜ。この襲撃にはなァ、証拠もなければ、目撃者もいねえんだ。そういう風になっている。それ以前に、テメェらはこの件を表沙汰にできない。そういう作りになってんだよ、コレは。だからアタイもはっちゃけて暴れ回れるって訳だァ』
この襲撃には、証拠もなければ、目撃者もいない。そしてそれ以前にこの件を表沙汰にする事もできない。
だって、何故なら〝天風楓〟に襲撃がなかったことは、『対抗戦』を観戦に来てくれた全ての人が証明してくれるのだから。
それでも無理に今回の襲撃を問題にしようとすれば、女王艦隊は天風楓の替え玉の件を暴露するだろう。表沙汰にできない、とはそういう意味での脅しだ。
この際『対抗戦』を失格になる程度なら構わない。だが、『創世会』から楓を守るという真の目的がある以上、楓の替え玉の件を公表されるワケにはいかない。『創世会』と敵対している勇麻達は、誰の力も借りることなく楓を死守あるいは助け出さなければならない。
嫌らしい程に隙のない、完璧な手口だった。
連中の目的は未だ不明だが、女王艦隊は実質ノーリスクで天風楓の襲撃に踏み切っている。
楓を襲う悪辣な手口。勇麻たちを嘲笑うような連中の悪意に、胸の内の感情が、沸沸と沸騰を開始する。
何も悪い事なんてしていないのに、くだらない理由で様々な連中から天風楓が狙われている。
その事実が、楓の笑顔を曇らせる者どもの存在が、東条勇麻はどうあっても許せない。
「……ふざけやがって。どいつもこいつも人の幼馴染を何だと思ってやがるっ。そんなの、やらせる訳がねえだろ……!」
焼け爛れた右の拳を力一杯握りしめ、勇麻は怒りのままに叫んでいた。
「そこを退け、女王艦隊! アンタらの目的が何だろうが知った事かッ。楓を泣かせようってんなら、テメェら全員ブッ飛ばす……ッ!!」
勇麻の怒気に当てられ、再び構えを取る女王艦隊の面々。
しかし勇麻は彼らを見ていない。その視線の先、瓦礫の山が爆炎爆音と共に弾け飛び、中から凶悪なマグマの獣が飛び出してくるのが分かっていたからだ。
「コロスコロスコロスゥ――ッ!!?」
自身も大火傷を負いながら標的を食い殺さんとする狂った手負いの獣。
オレンジの髪を燃え上がらせて灼熱の弾丸となり突進してくる狂気の少女を、勇麻はボロボロの拳一つで迎え撃たんとして――
勇麻の背後の壁が薄紙か何かであるかのように木端微塵に吹き飛んだのはその時だった。
「なっ!?」
「ロジャー=ロイか……!」
勇麻が驚愕に振り返り、海音寺が目を丸くする。スタジアム外から壁を突き破って現れたふざけたピンクのシャツに軍服を羽織った巨躯の中年男は、白目を剥いて咆哮するドラグレーナ=バーサルカルを見やると瞬時にその懐へ潜り込み、握りしめた拳をその鳩尾深くに埋め込んでいた。
鬱屈とした深い溜め息と共に、一言。
「――寝てろい、このアホ」
ボッッ! と、押し当てた拳から衝撃がその矮躯に走り抜け、ドラグレーナの意識が瞬く間に落ちる。
暴走状態にあったドラグレーナが気絶したことで、彼女の纏っていたマグマも鎮火しボタボタと床に落ちては冷めて固まり、不格好な溶岩石となった。
ロジャー=ロイは静かになったドラグレーナを米俵のようにその肩に抱えると、傍らの勇麻と海音寺を一瞥し肩を竦めて、
「勝手で悪いが、今日はここらで一端お開きにさせて貰おうか。少々こっちにも想定外の事態が起きちまってな、今回は痛み分けといこうや」
「ロジャー=ロイ、テメェ……ッ! 楓は――」
「安心しろよ勇気の拳。御嬢さんなら無事だ。言っただろ? 一端お開きの痛み分けだってな。それに……どっちにしても時間切れだよ」
どこか不機嫌気に顎をしゃくり、スタジアムの内側……グランドの方を指すロジャー=ロイに従い、意識をそちらに向ける。すると、実況の音羽シオンが五日目第四種目『人魚姫の滝登り』の終了を告げていた。どうやら競技の方の決着が付いたらしい。
楓のことを表沙汰にしたくない勇麻たちにしても、今回の襲撃を闇に葬り去る気のロジャー=ロイたちにとっても、これ以上の戦闘の継続は望ましくない展開だ。
勇気の拳も、目の前の男から突き刺すような敵意を感じ取っているが、殺気や戦意のようなものは見当たらない。
勇麻の無言を肯定と理解と受け取ったのか、ロジャー=ロイはそれきり視線を勇麻から切り、残りの面々に「撤収だ」と雑な指示をする。
そのままこの場を立ち去ろうとする男の背中を穴が開くほど睨み付け、勇麻は低い声で問いかけた。
「ロジャー=ロイ。俺はアンタが嫌いだったけど、少なくとも『対抗戦』の好敵手だと思ってたよ。けど違ったんだな。アンタらは俺たちの大切なモノに手を出した、この借りは必ず返す。俺たちはアンタらなんかに絶対に負けない……!」
勇麻の宣戦布告に、ロジャー=ロイは振り返りもしなかった。
ただ、その場で一度立ち止まると鬱陶しげに頭を搔いて、いっそ不自然な程に無感情な声で告げる。
「……勇気の拳、俺はお前のそういう青臭ェところが気に入らねえ。せいぜい吠えてろ、お前の掲げる正義とやらがどれだけ無意味か。いずれ俺が教えてやる」
感情なんて一欠けらも籠っていないのに、その声は何故か寒気のするような妄執に憑かれているような、そんな錯覚を勇麻に覚えさせたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
【三大都市対抗戦 五日目 第四種目『人魚姫の滝登り』】
参加人数
・各チーム一名まで。
勝利条件
・滝を模し登り坂になっているスライダー風プールを流れに逆らって逆泳。その速さを競い、立ち止まることなくコースを泳ぎ切りゴールすること。
基本ルール
一、神の力の使用推奨。
一、既定のコースから外れた場合失格。
一、競技中、足が床についてしまった場合失格。
一、競技中の他選手への直接的な妨害、攻撃、殺害、その他あらゆる干渉を禁ず。これを破った場合失格。
一、他選手に対する殺害行為を禁じる。死亡者を出してしまった時点で失格。
一、他、これ以上競技の続行が不可能な状態にあると判断された場合も失格。
勝利時獲得点数
・一位:三〇点
・二位:二五点
・三位:二〇点
・四位:一五点
・五位:一〇点
・六位:九点
・七位:八点
・八位:七点
・九位:六点
・十位:五点
出場選手一覧
・天界の箱庭
Aチーム 戌亥紗
Bチーム 横森真理真
Cチーム 鳴羽刹那
Dチーム 弓酒愛雛
Eチーム 天風楓
・未知の楽園
Aチーム リコリス
Bチーム リズ=ドレインナックル
Cチーム 生生
Dチーム アブリル=ソルス
Eチーム ホロロ
・新人類の砦
Aチーム ピア=ナルバエス
Bチーム セナ=アーカルファル
Cチーム シーライル=マーキュラル
Dチーム メリー=コクラン
Eチーム ユーリャ=シャモフ
補足
・失格チームは失格直前の順位を問わず脱落となる為、例外なく付与される得点の対象外となる。
・競技終了後にルール違反が発覚した場合も失格となる。その場合、本競技で得た得点は没収とする。
【結果発表】
一位、新人類の砦Cチーム・シーライル=マーキュラル:三〇点
二位、新人類の砦Eチーム・ユーリャ=シャモフ:二十五点
三位、未知の楽園Eチーム・ホロロ:二〇点
四位、天界の箱庭Eチーム・天風楓:十五点
五位、未知の楽園Aチーム・リコリス:一〇点
六位、新人類の砦Dチーム・メリー=コクラン:九点
七位、未知の楽園Bチーム・リズ=ドレインナックル:八点
八位、未知の楽園Dチーム・アブリル=ソルス:七点
九位、天界の箱庭Aチーム・戌亥紗:六点
十位、天界の箱庭Cチーム・鳴羽刹那:五点
十一位、天界の箱庭Bチーム・横森真理真:得点なし
十二位、新人類の砦Bチーム・セナ=アーカルファル:得点なし
十三位、未知の楽園Cチーム・生生:得点なし
以下、失格により脱落。順不同。
天界の箱庭Dチーム・弓酒愛雛(コースを泳ぎ切る前に溺れ、これ以上の続行は不可能と判断され救助。そのまま失格)
新人類の砦Aチーム・ピア=ナルバエス(スタート直後、うっかりプールを真っ二つに粉砕してしまい、他選手への妨害行為として失格)
【五日目終了。合計得点発表】
天界の箱庭:一三五 + 二六 → 一六一点
未知の楽園:一六〇 + 四五 → 二〇五点
新人類の砦:一〇〇 + 六四 → 一六四点
【個人総合、上位三名】
一位、天界の箱庭・十徳十代:五七点
二位、未知の楽園・ホロロ:五五点
三位、新人類の砦・ユーリャ=シャモフ:五〇点
※チーム戦に参加して得た得点の三割が個人総合の得点に加算される。なお同チームに所属していても競技に参加しなかった場合、得点は加算されない(都市対抗戦はチーム戦の方式で得点計算される)。
※個人による競技、個人戦の場合は得た得点がそのまま加算される。
・六日目、第五種目発表
【三大都市対抗戦六日目、第五種目『三大都市対抗武闘大会・予選』】
☆ ☆ ☆ ☆
〝人払い〟にもさまざまな種類がある。物理的に銃声や爆発など危険をアピールすることによって強制的に人をどけるもの。人の流れに干渉し、特定のエリアに人が立ち入らないよう時間を掛けて整えるもの。そして人の無意識に働きかける催眠術のような類のもの。
女王艦隊のシャロット=リーリーの手口は三つ目。人の無意識に働きかけ、注意を別のモノへと強制的に集める類のモノだった。
干渉レベルBマイナス『小さき太陽』。
掌サイズのエネルギー球――『この指とまれ』によって敵の意識を己に集中させる被虐の神の力。
しかしその本質は、あらゆる炎熱系、光線系の攻撃を吸い取るブラックホール。敵を吸い寄せる光り輝くエネルギー球は、敵の攻撃をも吸い込み飲み干すまさに格好の疑似餌な訳だ。
「今回はそれを使って観衆の注目を現場から逸らした、という訳ね。……もっとも、それが人寄せパンダだと最初から自覚している人間には効果がないようだけれど」
つい先ほどまで戦闘が行われていた通路の一角。上の階まで貫通している柱の部分の壁がひゅるりと解け、黒いローブを被った人物が現れる。
「……壁柄って好きじゃないわ、だって可愛くないもの。まあ? 私みたいな美少女が着れば何でも可愛いのかもしれないけど」
まるでカメレオンか何かのように壁と一体化していた少女は、砂を払うようにおしりを叩きながら軽口を叩く。
少女の独り言に、耳に付けた無線のイヤホンから返答があった。やけにそわそわと落ち着かない若い男の声だ。
『……そんな事より、あの子はどうなった? ちゃんと無事なんだろうね?』
「ええ、あなたの大事な妹さんは無事よ。襲撃は失敗したみたい。――ここまでは竹下悟の未来予知通りの展開ね。それに、ドラグレーナ=バーサルカルの状態から、まず連中のバックにいるのはクライム=ロットハートで間違いないわ。『雷雨の狂気』事件と一致する部分がいくつも見受けられた」
『だったら急いだほうがいいんじゃないのかい? 敵と敵の狙いもはっきりしてる。これ以上手をこまねいてやる必要もないだろう。いい加減僕にも動かせてくれ』
「あなたは急ぎ過ぎよ。いい、妹さんが心配なのは分かるけど私達の唯一のアドバンテージは『想定外』である事。つまりあなたよ。これだけ東条勇麻の周りを嗅ぎまわったんだもの、私もそろそろ捕捉され始めてる。いざと言う時に自由に動ける駒は貴重よ。我慢しなさいな」
『……確かに、君のところの〝駒〟は勝手に動きすぎだ。僕のような都合のいい駒がいなければどうにもならないんだろうとは思うよ』
「……まあ、あの人とはもとからそういう契約だし。用心棒の仕事以外のことは勝手にさせてあげないと……ね、分かるでしょう?」
自分の皮肉に対して困ったように弱々しい溜め息を吐く反応が些か予想外だったのか、無線の向こう側の男はそれ以上文句を言おうとしなかった。深い溜め息のような呼気が漏れ聞こえる。
『……分かった。それで、次はどうするつもりだい』
「『創世会』が天風楓を狙う理由が知りたい。生生を頼るとしましょう。クライム=ロットハートの人生を覗かせれば色々と分かるでしょう。私は〝別口〟と接触してくるわ」
『彼の事はもう調べたと聞いたけど?』
「直接接触できるならそれに越した事はないでしょう。それに東条くんの弟だもの。一度くらいは会ってみたいわ」




