第三十二話 VS女王艦隊Ⅱ――女王の槍と孤高の白獅子:count 3
ロジャー=ロイとブラッドフォード=アルバーン。
片や女王の一番槍として、エリザベス=オルブライトという少女がドン底にあった時期からずっと彼女を支え続け、共に新人類の砦を掌握するにまで至り、女王艦隊の顔として世間の脚光を浴びながら栄誉を掴んだ男。
片や新人類の砦の治安維持部隊の長として、エリザベス=オルブライトが台頭する遥か昔から街の秩序と正義を守護し続け、女王艦隊の台頭と共に女王に屈しその支配下に収まった新人類の砦の屋台骨のような男。
共に挫折と栄光の全てを経験した、新人類の砦を代表する表と裏の二人の実力者の不仲は女王艦隊内部でも有名な話だ。
互いが互いの実力、人格を尊敬し合いながらも何故か馬が合わず、価値観の違いからたびたび衝突し、その度に溝を深めてきた。
共に部下からの信頼も厚く、人望があるだけに両者の争いが表面化すれば女王艦隊の勢力は実質二分されるとまで言われてきた程だ。
最強の戦力を揃えながらも巨大な爆弾を抱えてきた女王艦隊。
彼らが決して一枚岩になれぬ所以の一つが、反逆の意志を持つ者をも平等に抱える女王の方針にあるのは間違いない。
呉越同舟なんてかわいいものではない。
女王を敬愛する者と女王を敵視する者。対立する勢力の長同士が肩を並べている組織など、異常と表現する他ないだろう。どう考えても健全な環境にあるとは思えない。
女王はそれすらも楽しんでいる節があったが、他のメンバーからすればたまったものではない。
二人の衝突は女王艦隊にかつてない混乱と動揺を齎す。それだけの影響力が、この二人にはある。
「……故に、貴殿一人で来たという訳か。つくづく健気な男であるな、貴殿は。そこまでしてあの魔女を思いアレの為に尽す姿勢、その忠義は素直に感嘆に値するのである」
「何のことだかわっかんねえよ。俺は単に、相手がアンタとあっちゃ他のヤツを連れてきても意味がねえって思っただけさ」
ロジャー=ロイは影響が他のメンバーに及ぶのを危惧し、ただ一人で女王の命令を完遂すべくやって来た。
此処に来ればブラッドフォード=アルバーンと本格的に事を構える事になるのが分かっていたから。
しかしそれは、自分ひとりでブラッドフォード=アルバーンを打倒し、天風楓を連れ帰る事ができるという強い自信の現れでもある。
「……お気に障ったかな?」
「まさか」
強気な態度の若造に憤激するどころか、ブラッドフォードは愉しげな笑みを巌のような顔に貼り付けた。
そのまま裸の上から纏っていた軍服を脱ぎ捨て、上裸となる。女王艦隊のメンバーなら知っている、彼が本気で戦う時の戦装束とも呼ぶべき姿だ。
そこにあるのは純粋な子供のような嬉々と高揚。
ブラッドフォード=アルバーンにとって、闘争の掟の影響を受けないロジャー=ロイのような強者こそが、最も価値ある敵であり越えるべき壁なのだ。
――自分より弱い者を力で打倒し屈服せしめても、それは弱い者虐めに他ならなず、醜い蛮行でしかない。
であれば、己を凌駕する強者を腕力で屈服させてこその強さであり正義である。
それが遥か昔より彼が掲げる、男の信念。
腕っぷしが物を言う新人類の砦に生きた、男の人生そのものなのだから。
「相変わらずだなブラッドフォードさん。俺はアンタのそういう所、素直に尊敬してたぜ。いや、マジでさ」
ロジャー=ロイも今更、この戦いを回避できるとは思っていない。
故に、ブラッドフォード=アルバーンがなぜ天風楓側につこうとするのか、その理由を聞こうとも彼を説得しようとも思わなかった。
やるべき事はただ一つ、目の前に立ち塞がる敵を全力で打倒する。ただそれだけ。
それが目の前に立ち塞がる男への礼儀であるからだ。
「御託は良い。来ぬのならこちらから行くぞ……ッ!」
「先手は譲るぜ、大先輩!」
天風楓が見守る中、新人類の砦内部に激震を走らせるであろう戦いが幕を開けた。
白獅子――ブラッドフォード=アルバーンが吠え、
女王の一番槍――ロジャー=ロイが黄金の巨槍を構えて応戦する。
瞬きの瞬間、起きた現象は単純明快。
ブラッドフォードが地を蹴ったと思うとほぼ同時、ロジャー=ロイの身体が玉突き事故かビリヤードのように視界の外へ弾き飛ばされ、彼が居たはずの場所には蹴りを放った体勢で残心を取るブラッドフォードの姿があった。
「ぐっ……、打ち消す暇も与えない高速蹴り。まあ、そう来ると思ったよ」
砕けたコンクリ壁の瓦礫に埋もれた身体を起こしながらボヤくロジャー=ロイ。そうしている間にも既にブラッドフォードの姿は轟音のみを残し、いつの間にかロジャー=ロイの視界から搔き消えている。
踏み込みの足音が至近に響き彼の接近を遅れながらロジャー=ロイに伝えるが、しかし耳が音を捉えた時にはもう遅い。
「がっ、ァ……ッ!?」
さらに一撃。懐に踏み込むや否や地面を舐めるような軌道から放たれたアッパーカットが、ロジャー=ロイの顎を撃ちぬいた。
拳の威力が残った外壁を全て砕き貫通、そのままロジャー=ロイの身体は瓦礫と共にスタジアムの外へと転がるように押し出される。
視界が回転し脳髄が揺れ、うまく思考がまとまらない。それでもロジャー=ロイは、黄金の巨槍を突き立てブレーキを掛けると、槍を杖替わりにどうにか立ち上がって身体を支える。
初っ端から強烈なダメージの刻まれた身体で周囲を見渡すが、人影は見当たらない。ブラッドフォードはまだスタジアム内に残っているのか、それともロジャー=ロイを追って共に外に出ているのか。
「……まいったね、こりゃ。流石は『無敵艦』なんて艦名で呼ばれるだけはある。新人類の砦徒手空拳最強の座は伊達じゃないってか」
うまくロジャー=ロイの認識の外から的確な拳打を浴びせてくる老兵に、冷や汗を搔くロジャー=ロイは内心で口笛を吹く。
相手はあのブラッドフォード=アルバーン。
自身より干渉レベルの低い神の能力者の神の力を封じる彼の『闘争の掟』は確かに強力ではあるが、ブラッドフォードの真価はそこにはない。
彼を相手にする上で最も警戒すべきはその白兵戦の強さにこそある。
様々な体術を極め、自己流にアレンジして使いこなす技の多彩さ。半世紀を超える修行により人外の領域に達した膂力や脚力、肉体的な頑強さ。あのエリザベス=オルブライトをして『人間兵器』と言わしめる超絶無比の破壊力を持つ拳の一振り。
総じて、純粋な身体強化系をも上回る圧倒的な対人戦闘能力。
それこそが、ブラッドフォード=アルバーンが女王艦隊で恐れられている最大の理由だ。
いかにロジャー=ロイと言えど、このまま認識の外から嬲り殺しにされる展開は避けたい。
ぼりぼりと頭を搔きながら、相手の居場所を探ろうとするロジャー=ロイ。ロジャー=ロイの力は攻防一体の万能型ではあるものの、索敵や探知の類はあまり得意ではないのだが……
「――上だ、馬鹿者」
「!?」
ブラッドフォードの声に反射的に頭上を仰いで、いつもより近くにある日光の光りが、ロジャー=ロイから視界を奪った。
眩しさに目をすぼめるロジャー=ロイの無防備な脳天に、鉄槌の如き『拳骨』が降り注ぐ。
ガソリンスタンドに火が引火したのかと思うような耳を劈く轟音と共に、地面が砕けた。
拳の一撃で生じたのは直径三メートルのクレーター。文字通り、桁違いの破壊力。
身体強化も何もない、素の拳で大地にちょっとした地割れを生み出したブラッドフォード。
それは、神の能力者が自己の鍛錬の末に行きつく究極の一撃。
ただの人間よりも数段優れた身体能力を持つ彼らならば誰もが至れる可能性の拳だ。
神の能力者は神の力に頼らずとも強い。それを証明するには十分な光景であった。
その衝撃的光景を眺めていた楓は、理解の外で行われる攻防に驚嘆し唖然と口を開くしかなかった。
戦う前は「『従術』の手本を見せてやる」などと言っていたブラッドフォードだが、先の攻防は完全に力によるごり押し、言うなれば『従術』とは正反対の『剛術』とでも呼ぶべき戦闘スタイルであった。
圧巻であることに変わりはないが、参考になるようなものではない。
何故ならば根本的な努力の桁が、この一撃に掛けた時間が、あまりに桁違い過ぎる。
楓は畏怖を通り越して、ブラッドフォードの拳が巻き起こした破壊に畏敬の念さえ抱いていた。
しかし。
「……フン、もう適応したか。小賢しいヤツめ」
土煙が晴れた先、生じたクレーターの中で槍を地面に突き刺し仁王立ちするロジャー=ロイは、先の『拳骨』を受けなお揺るがない。
否、そもそも先の一撃によるダメージを一切受けていないようにも見える。
「ブラッドフォードさん。悪いが、初めの一撃で俺を仕留めきれなかったアンタの負けだ。アンタの拳はもう見切った」
口の端に咥えた葉巻を揺らしながら、ロジャー=ロイはつまらなそうに言う。
「次は、こちらから行かせて貰おう。一方的にな……!」
透徹な青い瞳が、無感情に標的を見据え。そして、
黄金の巨槍をその手にしたロジャー=ロイは、そのまま槍と一体全てを突き崩す刺突の一撃となってブラッドフォード=アルバーンへと突貫した。
「ぬ……!」
「はっ、アンタともあろう人が、選択をミスったな! 槍を持った俺と開けた場所でやろうってのは、御老体にゃあちょいと無理があるんじゃねえのか!?」
足元の大地を爆裂させて、ロジャー=ロイが瞬時にその距離を詰める。
槍のリーチを生かして、徒手空拳のブラッドフォードの間合いの外から鋭い一撃が連続して放たれる。
腹、心臓、顔面、膝。
突き、突き、突き上げ、切り払い。
繰り出される刺突は黄金の残像を残して、風を切り裂きながらブラッドフォードへ迫る。
ロジャー=ロイは槍を自身の一部であるかのように自在に操り、滑らかな槍捌きでブラッドフォードに反撃の間を与えず、距離を詰めさせない。
ブラッドフォードは放たれる刺突と斬撃を必要最低限の動作で、紙一重のところで躱し、どうにか反撃の隙を窺おうとしている。
「俺の槍に触れもしないか」
「貴殿の力は一度味わっている。あれをもう一度喰らいたいとも思わんのでな」
反撃の間を与えず、猛烈な連撃で畳み掛けるロジャー=ロイ。
回避に専念し、全ての攻撃を身体に掠らせもせずギリギリで躱し続けるブラッドフォード=アルバーン。
一ミリでも無駄な動作を取れば、次の回避に遅れが生じ、遅れが生じれば二手三手と次々に追い詰められ最終的にその槍が己が肉体を貫くであろうことをブラッドフォードは理解している。
理解しているが故に、神経を研ぎ澄ませ薄皮一枚の余裕もない紙一重の回避を続ける以外の道がない。
対するロジャー=ロイもブラッドフォードが追いこまれた状況を理解しているが故に、一ミリの誤差も許されないその判断を誤らせようとフェイントや牽制、さらには〝釣り〟の動作を織り交ぜつつ、予備動作の少ない速度重視の連続攻撃で畳み掛けている。
表情や手首の動き、力の入れ方。槍の握り加減とその位置。足の踏み込みから、腰の落とし具合。それら全てから情報を入手し、次の一手を予測する彼らの殺死合いは苛烈を極めた。
それら動作の中から読み取れる数多の情報の中にフェイントや〝釣り〟まで混ざっているのだから、一瞬も気を抜く事は許されない。
あまりに高度な情報戦と白兵戦。それが同時並行して行われる理不尽。
普通の人間ならば訳も分からず目で追うことさえ不可能な戦いを、しかし天風楓はその一挙手一投足に込められた意味まで理解しようと、絵画に隠された暗号文を解き明かすようにじっと眺めている。
ブラッドフォード=アルバーンもロジャー=ロイも、彼らの戦い方、肉体の使い方は、楓にとって宝の宝庫であった。
まるで高名な価値ある絵画ばかりが展示された博物館で美術品を眺めているような、そんな崇高な美しささえも感じる。
高度な駆け引きと技の応酬はそれから二〇分にも渡って途切れることなく続いた。
しかし、それを眺めていた楓は途中からある違和感に気付いていた。
一五分を過ぎたあたりから、ロジャー=ロイの動きのキレが落ちてきている……?
「……なるほど、そういう事か。これまた厳つい面に見合わねえ繊細で小賢しい真似を……」
「フン、ほぼ全ての攻撃を相殺する男が何を言っているのであるか」
ブラッドフォードはロジャー=ロイの槍を全て紙一重で回避している。
これは、ロジャー=ロイが自身の槍に『震え恐怖に』で干渉し、触れれば終わる必殺の槍となっていることを知っている為である。
ブラッドフォードが槍に対して僅かな接触を許そうともしなかった理由の一つがそれ。
そしてもう一つ。ブラッドフォードがこの二〇分間、一ミリも変わることなく、薄皮一枚分あるかないかのギリギリの距離で槍を回避し続けたことにはもう一つの意味があった。
いつの間にか玉のような汗を搔くロジャー=ロイは、苦虫を噛み潰したような表情でブラッドフォードに忌々しげに問う。
「アンタ、俺の感覚を狂わせたな……?」
「フン、まだまだ青いな、強者……!」
『震え恐怖に』を発動し続けたまま全力で槍を振るうロジャー=ロイの消耗度合は当然ブラッドフォードよりも大きい。そもそもロジャー=ロイの力は一撃必殺の類であり、燃費のいい神の力ではない。
それをスタミナ残量も考えず使い続ければ、時間の経過と共に多少なりとも技のキレは落ち、動きは鈍る。
しかしブラッドフォードは、ロジャー=ロイがそれに気付かぬよう、槍のキレと速度が落ちようとも常に紙一重で回避を続けるように自らの動きをロジャー=ロイに合わせ続けた。
結果、ロジャー=ロイは自身のキレと速度が落ちていることにも気付かぬまま、余裕のない紙一重での回避を続けるブラッドフォードへあと一歩を踏み込もうと時間を忘れて熱くなり、より苛烈な猛攻を仕掛けて瞬く間に体力を消耗させてしまったのである。
要はブラッドフォード=アルバーンは自身の不利を装い、ロジャー=ロイに無駄攻めをさせた。
これまでの一連の戦いを評するなら、白鬣の老兵が戦の流れ全てを操っていたと言っても過言ではない。
開けた広い場所へ舞台を移したのも、ロジャー=ロイに体力の消耗が激しい槍を使わせる為。
ブラッドフォードの狙いはロジャー=ロイの体力を削ぎ落とし、その動きを鈍らせる事にあったのだ。
……相手の力によって相手を自滅へと誘い込む。これもまた、ある意味では『従術』と呼ぶに相応しい戦術であった。
「……ほう、ここで槍を捨てる事が出来るか。誇りよりも勝ち筋を優先させる現実的な姿勢、嫌いではないぞ」
自身がいいように掌のうえで転がされたという現実を潔く受け入れ、得意の獲物である槍を手放したロジャー=ロイに、ブラッドフォードは瞳を細めて称賛した。
ロジャー=ロイは全く嬉しく無さげに肩を竦めて苦笑いを浮かべると、
「これ以上槍でやってもアンタには通用しそうにねえからな。それに、大先輩相手に守らにゃならん誇りなんざ持ち合わせてねえっての。俺が守るべき誇りはただ一つ、姫さんへの忠誠のみだかんなあ……!」
不敵に笑って拳を握りしめ、ブラッドフォード=アルバーンの間合いへと一切の躊躇なく踏み込んで行く。
武器を己の拳へと持ち替え、第二ラウンドのゴングが鳴る。
☆ ☆ ☆ ☆
時間は少し巻き戻る。
ロジャー=ロイとブラッドフォード=アルバーンが壮絶な殺死合いを行っていた頃。
「くそっ、いきなり何だって言うんだよ……」
天風楓を追いスタジアム内部の通路を走る東条勇麻もまた、トラブルに巻き込まれていた。
最初は当てもなく楓を探していた勇麻だったが、その途中、明らかに競技とは関係のない下階から響く爆発音と地響きを耳にした。
階段を駆け下りて一階へとたどり着き、慌てて音の発生源へと向かう最中。不自然な程に人のいない通路に出た勇麻は気付けば得体のしれない連中に周囲を完全に包囲されていた。
「得体のしれないって言うか……こいつら全員同じ顔してるんだけど……!」
どことなく虚ろな瞳をした、西洋風の顔立ちの少女達だった。
滑らかなブロンドヘアーに、水色のメッシュを入れ両サイドでお団子にしている。
前髪は俗に言うぱっつんだが、右目を隠すように右に向けて長くなっているアシンメトリー。暑いのか軍服をスカートかパレオのように腰に巻き付け、上は簡素なシャツ一枚。茫洋とした表情と合わせて、どこか掴みどころのない少女だ。
とはいえ知らない顔ではない。
ルフィナ・アクロヴァ。
対抗戦では今のところあまり目立った活躍をしていないが、開会式で目にしたのを覚えている。
それに確か、一日目の『障害物リレー』ではコースアウトし迷子になって失格になっていた子だ。
パッと見でおよそ二十人はいるルフィナ達は無言のまま勇麻をぐるりと取り囲み動こうとしない。
しかし勇麻が包囲を抜け出そうとすると、勇麻が輪の中心から外れないよう無言で移動を開始するのだ。
どうやら勇麻をここから逃がす気はないらしい。
しかし女王艦隊の子が、一体どうして……?
「決まってんじゃん。それはさァ、こういう為だよ……ッ!」
勇麻の心を読んだかのような声が聞えた、その直後の出来事だった。
勇麻の足元の地面が赤熱し膨張したかと思うと、間欠泉の如き勢いで灼熱のマグマが噴き出したのだ。
「!?」
床を転がり緊急回避。背中を熱波と飛沫に焼かれ、鋭い痛みとジュッと焦げ臭い匂いが鼻をつく。
慌てて声のする方へ向き直り、拳を構える勇麻。その視線の先、まるで道を開けるようにルフィナの円の一部が割れて、襲撃者の姿が露わになる。
年齢は勇麻と同じくらいだったか。彼女が歩くたびトカゲの尻尾のように揺れる鮮やかな夕日のようなオレンジ髪には、鮮血のような色濃い真紅のメッシュが入っている。
ギラついた犬歯剥き出しの凄惨な笑みを浮かべる顔には、爬虫類のように冷淡で美しいやや縦長の瞳孔をした黄色の瞳が光る。
どこぞの極道のように胸にはサラシを巻き、その上から着る海軍風の黒軍服は袖の部分が乱雑に切り裂かれ、ノースリーブへと改造されていた。
両手には白い手袋は嵌められていて、上半身の露出と比べ奇妙なアンバランスさを醸し出している。
「よォ、会いたかったぜバッタ野郎」
「なっ、ドラグレーナ=バーサルカル……!?」
ギラギラと黄色の目を危険に光らせ、その女ドラグレーナ=バーサルカルは両手の白手袋をきつく嵌め直すような動作をする。
「……アンタら、一体何考えてやがる!? 白昼堂々襲撃とか、失格程度じゃ済まないぞ……!」
冗談では済まないレベルの敵意と悪意を感じ取り、勇気の拳が内なる咆哮を上げるのが分かる。
そんな好戦的な態度を隠そうともしない目の前の少女に、勇麻は激しく動揺していた。
場外乱闘はれっきとしたルール違反。発覚すれば、『対抗戦』出場資格自体が取り消しになるのは勿論、罪にだって問われかねない。
しかしドラグレーナは、そんな勇麻の反応も予想のうちだと言わんばかりに退屈げに手を振る。
「あー、そーいうのもういいから。そもそも『対抗戦』とかさァ、アタイ的には愉しく暴れられて遊べりゃ別にどーでも言い訳よ。そもそもあの忌々しいいクソ女の命令で嫌々出てやってただけだしなァ」
「……質問の答えになってないぞ、ドラグレーナ。何のつもりだって聞いている。下の爆発もアンタらの仕業か? だとしたらアンタらの狙いは……」
「アハハッ! 緩みきった頭のネジようやく切り替わったかよォ、クソ雑魚野郎ォッ!? 下の爆発についてはテメェのご想像にお任せするさ。アタイの知ったコトじゃねえしなァ。こっちはアレだよ……女王からのお許しが出てなァ、アンタと遊んで来いなんて言われたから、いつぞやのお礼をしてやろうと張り切ってやって来たって訳さ……」
あくまで『自分の狙いはお前だ』と告げるドラグレーナ。その爬虫類じみた縦長の瞳孔を、さらに彼女は細めて、
「けどまあ、アレだ。アンタを殺しちゃいけねえなんて命令は受けてない訳だしよォ……ここは一つ、アタイのストレス解消がてら、ぶっっ殺されてろやぁ! ボンクラァ!!」
彼女の叫びに呼応するかのように、マグマの火柱が連続してあがる。
都合五本。ドラグレーナの周囲を囲むように生じたマグマの柱は鎌首をもたげ、勇麻を標的として認識するかのようにその頭を向ける。
沢山の人が通れるよう横幅はそこそこあるが通路は基本一本道。遮蔽物もなければ、逃げ場も隠れる場所もどこにもない。
さらに。
「――『エジンコート』」
勇麻から見て右側には、氷使いのエバン=クシノフが油断なく立ち。
「――『アーガス』」
左には、ショッキングピンクのショートヘアーが特徴的なふわふわした衣装に身を包んだ少女――シャロット=リーリーが、屋内なのに日傘を差しながら場違いに手を振ってにこやかな笑みを浮かべている。
「――『バーラム』」
勇麻の背後、気難しい顔を顰め面にして柱に凭れる男性は、『クライミング・フラッガー』にも出場していたゲオルギー=ジトニコフか。
「――『カレイジャス』」
そして勇麻を三六〇度ぐるりと輪になって取り囲む、総数二十人を越えるルフィナ・アクロヴァ達。
周囲を完全に囲まれている。逃走は困難。このタイミングで勇麻が彼女達の足止めを受ける理由も定かではないが、無抵抗でいれば嬲り殺されかねないという事だけははっきりと分かる。
「――女王艦隊第三艦隊旗艦、『怒り狂う者』が艦名の元に命ずる。――目の前の敵を、蹂躙せよッ!」
嗜虐と愉悦に満ちた号令と同時。マグマの火柱は剣へと形を変え、五本全てが勇麻へと襲いかかった。
「!?」
丸焼けになるのは御免なので当然回避しようとするも、円陣を作り勇麻を取り囲むルフィナ・アクロヴァが一斉に勇麻目掛けて跳びかかり勇麻の動きを封じ込めようとする。
自分達諸共東条勇麻を焼き殺さんとする、自爆覚悟の特攻に勇麻は目を剥いた。
勇気の拳により上昇した膂力でもって、群がるルフィナ・アクロヴァをどうにか振り払い、体操選手のような体捌きで襲いかかるマグマの剣を紙一重のところで躱して攻撃の隙間を潜り抜ける。
ドラグレーナの攻撃の軌道上にあったルフィナ・アクロヴァが数人マグマに飲み込まれ、燃え落ちるのを見て勇麻の胸が激しくざわついた。
「テメェ……ッ!」
「アッハハ!! んでアンタがキレてんだよォ! 気持ち悪いヤツだ、なァッ!」
血が流れる程に拳を握り鬼のような形相で吠える勇麻をドラグレーナは嘲笑し、さらに足元からマグマを噴出させる。
鉄砲水の如き急襲に、しかし勇麻は瞬時に反応。非情なドラグレーナに対する怒りがその身と右腕を焼き焦がし、勇気の拳がその身体能力を上昇させていた。
後先の事を考えず、反射的に床を蹴って跳躍。倒れ込むようにして致命的な一撃を回避する。が、その先にはエバン=クシノフが待ち構えていた。
床に倒れる勇麻を冷たく睥睨する青年の瞳に情けや躊躇の色は見当たらず、勇気の拳も彼から欠片も感情らしい感情を読み取らない。
「――お前に怨みはないが……これも命令だ、悪く思うな」
その手に造形された、触れた者を凍てつかせる氷の剣が勇麻目掛けて一直線に振るわれた。
防御は論外、回避も儘ならない無理な体勢でその剣閃を眺め勇麻は、
「……んな事言われて、はいそうですか分かりましたって、納得できるかよ……!」
振り下ろされた氷結剣を咄嗟に左の義手で掴み取って砕き、床についた右手を軸にカポエラのように身体を回転させて足払いを掛ける。エバン=クシノフは飛びあがって回避。生じた隙に勇麻は片手一本で反動をつけ立ち上がると、そのまま通路の壁を重力に逆らい駆け登って、ドラグレーナとの接触を回避し疾走を開始。相手の想定外をつくことで思考に隙を生みだし逃走を図る。
事実、ドラグレーナの反応は遅れ、勇麻はマグマに襲われることなく彼女の間合いから逃れる事に成功する。
だが、この程度で女王艦隊を出し抜けると考えたのが間違いだった。
「……逃がすかってんだよォ、バァーカァ!」
床から噴き出すマグマを警戒しての勇麻の浅知恵を嗤い、ドラグレーナが指を鳴らした。
瞬間、勇麻の右ふくらはぎを圧倒的な熱が射抜いた。
「がァッ、ぁぁぁあああああああッ!?」
右足が力を失い、壁から滑り落ちて背中を強打。空気が吐き出され、呼吸が乱れる。しかしそんな些細な事など全く気にならないような激痛が、勇麻の右足で爆発していた。
都合三発もの鉛玉が、勇麻の右足を貫通していた。銃弾によって穴を穿たれた右足から出血が止まらない。
「狙、撃……?」
ドラグレーナが合図を出した瞬間確かに聞こえた銃撃音。
まず間違いない。どこかからか狙撃を受けている。
しかし一方通行の通路に窓はなく、曲がり角のある突き当りまで人の影は見当たらない。こうなると勇麻から視認されることなく一方的に狙撃を行うなんて事実上不可能だ。
しかし、女王艦隊の狙撃手であるイヴァンナ=ロブィシェヴァならもしかすると……。
「まさか……跳弾を利用してんのか……!?」
「気付いちまったかァ? ま、『レパルス』のヤツならそれくらいできるさ。あの陰気女はそれしか能がねえんだしなァ」
「……くっ、変態野郎どもめ……!」
「褒め言葉あんがとよ、クソ雑魚」
毒づく勇麻にドラグレーナは嬉しそうに手を振る。首切りのようなジェスチャーだった。
直後、爆発。
ドラグレーナがその力をつかって勇麻の足元で小規模な噴火を起こしたのだ。
決して致命傷は与えないドラグレーナの弄ぶような爆炎に吹き飛ばされ、玩具のように通路内部を跳ねまわる。
痛みと衝撃に意識は飛びかけ、吐き出す空気と血反吐と共に、身体から立ち上がる力も抜けていくようだった。
床に倒れ伏し、どうにか立ち上がろうと芋虫のように蠕動する勇麻を見て、ドラグレーナは腹を抱えて今日最大の哄笑をあげる。
勇気の拳が、その心に滲む愉悦と喜色を感じ取る。
自分よりも脆く無能な弱者を蹂躙し徹底的に痛めつけることによる全能感と征服感による高揚が、彼女の心を幸福で満たしていく。
理解し難いその心の気持ち悪さに、勇麻は悪寒を覚え鳥肌が粟立つ。
「キャハハハハハハハハハッ!! なあオイ見てみろよ、つくづくバッタみてえな野郎だとは思ってたがこんなに愉快に飛び跳ねるとは思ってなかったぜェ! スーパーボールかってんだァ、オマエはァ! ……くくくっ、なあバッタ野郎の脚を捥いだら緑の体液でも出てくんのかね? おいシャロット、さっきから見てるばっかでお前暇だろ? コイツの脚捥いでみろよ、脚!」
まるで路傍の虫でも観察するように悶える勇麻をじっと見つめていたシャロット=リーリーに話を振ると、ショッキングピンクのショートヘアーと甘々ふわふわな衣装が特徴的なシャロットは、日傘を差したままお上品に口元に手を当てて、
「まあ、私はいやだわそんなの。だって、ドラちゃんみたいに頭の悪い野蛮でお下品な趣味はしてないもの。それに、ドラちゃんってば目に見えること以外は忘れちゃう短気な忘れん坊さんだから記憶にないかもしれないけど、この辺りの人払いをしてあげたの私なんですよ? 仕事はしたわ、後はドラちゃんの馬鹿騒ぎを楽しく見学させて貰うだけで結構でしてよ?」
「……チッ、テメェに話しかけたアタイが馬鹿だったぜ。あー、萎えちまったなァ、オイ!?」
上機嫌から一転、一瞬で機嫌を悪くしたドラグレーナが、八つ当たりのように再び勇麻の付近で小規模な噴火を発生させる。
爆炎と衝撃に再び勇麻の身体が吹っ飛び、コンクリの壁に顔面から突っ込んだ。
頭が揺れ、強烈な痛みに視界で星が舞う。鼻から多量に血が溢れ、歯も一部欠けたような感触がある。
さらに追い打ちを掛けるようにドラグレーナが指を鳴らす。
どこか遠くで銃声が鳴りひびき、跳弾を利用した正確無比な狙撃が今度は勇麻の左足の太ももを射抜いた。
熱したはんだごてを押し当てられたような爆発的な熱と肌が引き攣るような痛みに、勇麻は苦悶の表情を浮かべ、悲鳴の絶叫を全力で噛み殺す。
痛みによる絶叫など、してやるだけドラグレーナの嗜虐心を満たすだけで何の意味もない。
「く、そ……が」
無駄だと分かっていても思わず毒づき、歯噛みする。
この状況は本気で不味い。機動力を奪われた。この足の怪我で、この人数を相手に逃げ切るのは不可能に近い。
状況を打破するならば、最低でもこの場の指揮を執るドラグレーナ=バーサルカルを倒さねばならないだろう。
蓄積したダメージにびりびりと身体が痺れ、碌に動きやしない。
それでもどうにかうつ伏せの身体を起こして仰向けになると、幾分か呼吸がマシになった。
ボロボロの勇麻を見てニヤケた笑みを貼り付けながら歩み寄るドラグレーナに向け、勇麻は息も絶え絶えに血を吐きながらもどうにか声を絞り出す。
「……アンタら、何が目的だ。……こんな場で、げほっごほっ! こんな騒ぎを、起こして。……女王艦隊は、世界でも敵に、回す気なのか……!?」
勇麻の言っていることは何も大袈裟なことではない。
この『三大都市対抗戦』で神の能力者が犯罪を起こせば、その時点で三つの実験都市全てから追われる指名手配犯となる。
実験都市から追われた神の能力者に居場所はない。そもそも神の能力者であるというだけで差別され、迫害される世界だ。犯罪者の神の能力者など、何をされても文句はいえない立場にある。
唯一の楽園から放逐された彼らの敵は世界全て。そこに安寧などある訳がない。
ドラグレーナ=バーサルカルがやっている事はそういう事。平和の祭典での犯罪行為は、世界に対して喧嘩を売るような愚行に他ならない。
ここで勇麻を殺しでもすれば、その時点で全世界がドラグレーナを抹殺しにかかる。
そうしなければ全世界の神の能力者が享受している仮初めの平和さえも破壊されかねないからだ。
だというのに彼女は気楽に笑って、
「ハッ、アタイは知らねえよそんなの。クソ女の命令に従ってるだけだしなァ。けどまあ……神狩りとかそういうのを期待してんなら、どうせ無駄だぜ。この襲撃にはなァ、証拠もなければ、目撃者もいねえんだ。そういう風になっている。それ以前に、テメェらはこの件を表沙汰にできない。そういう作りになってんだよ、コレは。だからアタイもはっちゃけて暴れ回れるって訳だァ」
「どういう……意味だ?」
「存在しねえヤツを守ることなんざ出来ねえって話さァ。まあ、じき分かる。……てか、そんなことはどうでもいいじゃねえかァ。テメェはアタイにボコボコにノサれてりゃそれでいいんだよ。あぁ、別に抵抗してもいいぜ? そっちのが捻り潰した時に愉しいからよォ……!」
ひっひひ、と下卑た笑い声をあげるドラグレーナ。
頬を紅潮させたその顔に浮かぶ喜悦の笑みは、戦いを楽しむ戦闘狂のモノではない。
圧倒的な力の差で相手をいたぶり、悲鳴と絶叫に心を震わせ万能感に浸るサディストの下種な笑みだ。
「変態、野郎め……!」
吐き捨てるように毒づく勇麻に、ドラグレーナは口の端を歪め倒れる勇麻の鳩尾を足裏で踏みつける。
どこか恍惚とした表情で、苦痛に悶える勇麻を睥睨し、暴虐の限りを尽くさんとする。
「ハッ! いくらでも喚けよクソ雑魚ォ! 弱ェヤツが何を言おうがそんなの負け犬の遠吠えにしかなりゃしねえんだ! 死ね! テメェら兄弟みてえなクソ雑魚共がアタイに恥搔かせやがって、気に食わねえんだよォ!」
何度も何度も何度も、全体重を掛けた容赦の欠片も無い踏みつけが勇麻を襲い、内臓がひっくり返るような感覚と激痛がこみあげる。
胃の中身が全て逆流しそうになりながら、それでも何とか反撃の糸口を得ようとドラグレーナの隙を窺っていた勇麻はそこで見た。
「?」
場の流れを大きく揺るがすような異変が、起きようとしていた。




