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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 破 三大都市対抗戦・下
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第三十話 四日目、ひと時の休息Ⅱ――それぞれの過ごし方:count 4

「ぁあ!? 佳奈美おばさん、だと……ッ!? おいちょ、勇麻に勇火ッ! なんでこの人がここにいんだぁッ!?」

「あ、修ちゃん~! ひさしぶりね~、お母さん会いたかったわよー!!」

「ぐっ……!」

「母さん! まだ話の途中でしょうが! 泉センパイをダシに抜け出そうったってそうはいかないからな。……って、父さんも懐から取り出した飴ちゃんで餌付けしようとしない! ほら、二人ともちゃんとそこになおれ!」

「ぷぷぷ、勇火なにその呼び方~。昔は修ちゃんのこと修にいちゃんって呼んでたのにー」

「い、いつの話だよっ! 俺だってもうガキじゃないんだ。いくら親しいって言っても泉センパイは年上の先輩、尽すべき礼儀ってのがあるだろ。俺はそのあたりのケジメをしっかり付けてるんだよ……!」

「えー、そんなこと言ってちょっと前まで勇麻のこと兄ちゃん兄ちゃんって呼んでたじゃんこの兄ちゃんっ子。まだまだ兄離れも出来てないお子様にそんなこと言われてもなー」

「こ、このバカ母はべらべらと減らず口を……ッ!?」 


 (無駄な)成長を遂げた東条佳奈美は、対『東条佳奈美』戦略兵器こと東条勇火という己の弱点を克服しつつあったのだった!



 部屋に戻り、全ての状況を把握した勇火のお説教が父と母へと炸裂する中、勇麻は深く溜め息を吐いていた。

 佳奈美と勇助が九ノ瀬兄妹と接触したのは三日目、つまりは昨日のことだそうだ。

 皆には内緒で『対抗戦』初日から息子の応援に『天空浮遊都市オリンピアシス』を訪れていた佳奈美と勇助は、偶然にも座席で九ノ瀬たちと隣に座ることに。

 佳奈美がスタジアムのビッグスクリーンに映る勇麻の勇姿を指差して『あの子は私の息子なのよ』と大騒ぎしながら周囲に自慢しまくっていたところ、隣に座っていた彼女達――九ノ瀬兄妹がその息子の友人だという事が判明し大盛り上がりに、一気に仲良くなって競技終了後も一緒にレストランに入って食事をし、そこで勇麻に関するあることない事色々な話をしたそうだ。

 全くもってこの母親は余計な事しかしやがらない。


 九ノ瀬和葉と九ノ瀬拳勝。


(和葉はともかく拳勝の性格なら絶対選手として参加したがりそうなもんだけど。一体何がしたいんだよ、あいつらは……)


 野良猫のようにふらりと未知の楽園(アンノウンエデン)を離れ、行方不明になっていた二人が未知の楽園(アンノウンエデン)代表として競技に出場するでもなく、どうして『天空都市オリンピアシス』を訪れて競技を観戦しているのか。その理由はまったく分からない。

 だが、あの二人とウチの父と母とが接触しても碌な事にならないという事くらいは分かる。

 事実、佳奈美が勇麻を直接訪ねる気になったのは九ノ瀬和葉と勇麻の関係性を知りたくなったから、というのが大きかったらしいし。

 ……というか、こっちに来てるならディアベラスやアスティみたいにお忍びでも何でもいいから会いに来てくれればいいのに。と、ちょっぴり面白くなくて拗ねる勇麻。


 それはさておき、だ。

 拳勝はともかくあの和葉が無意味な行動を取るとは思えない。

 足りない脳みそを総動員して、二人の目的が何なのかを予測しようと思考の海に溺れていると、扉の方から物音がした。


「楓……? 部屋に戻るのか?」


 視線を音の方へやり、喧騒に紛れるように部屋から出て行こうとしていた少女の姿に勇麻は違和感を感じて声をかける。

 ドアノブに手を掛けていた天風楓は、こちらを振り返って微笑んでいた。


「うん。いつまでも勇麻くんのジャージを借りてる訳にもいかないしね。あ、ジャージ後でちゃんと洗って返すから」

「え、ちょっと着ただけだろ? 別に洗わなくてもいいけど」

「えっと……」


 大して使ってもいないし、手間を考えて何気なく言ったつもりだったのだが、楓の反応は何だか芳しくない。

 あれ? と思って自分の発言を振り返ってみて改めてその意味に気が付き、勇麻は自分の間抜けさに頭を抱えたくなった。

 だって、これではまるで、楓が裸のうえに直接着ていた脱ぎたてほやほやのジャージを欲しがっている変態のように見えるではないか――ッ!

 楓は、また頬を少し赤く染め直し、困ったように眉根を寄せて、


「……もうっ。わたしが恥ずかしくて困るの、勇麻くんのばか……えっち」

「あー、いやなんっつうかほんっとごめんなさい今のは全面的に無しな方向で……!」

 

 恥ずかしさと気まずさに顔も合わせられない。勇麻は楓の視線から逃げるように手と手を合わせ、拝むように謝罪。全面的に降伏のサインに、楓は頬を染めたままちょっと勝ち誇ったように胸を張って、


「まあ、わたしと勇麻くんの仲なので? とくに変な意味で言ってるわけじゃないっていうのは分かるんですよ。けど他の子にそういう事言ったら誤解されちゃうんだからね? 勇麻くんもその辺りは気をつけなきゃだめだよ?」

 

 イタズラげに抑揚を効かせて、からかうように微笑む楓に勇麻は一瞬息を呑んだ。


「……」


 お風呂騒動でドタバタしていて気が付かなかったが、何だか今日の楓はいつもより明るい気がする。

 その顔に浮かぶ表情も、作り笑いでも無理をした笑みでもない自然体の零れるような笑みだ。


「……いや、そんな手当たり次第に女の子を剥く悪漢みたいなヤツじゃないからね俺!? そんな常日頃から同じようなことして失言を繰り返してる人みたいに言うんじゃんねえ!」

「あはは、気のせい気のせい。きっと勇麻くんがやましいことをしているから、そう思うんだよ」

「いいや、今の言い方には悪意を感じたぞ俺は」

 

 何の気負いも強がりもない、明るく元気な楓とこうしてくだらないやり取りをしたのはいつぶりだろう。


 ネバーワールドで起きたテロ事件『死の饗宴』を経てからというもの、楓はいつも自責の念に押し潰されたような顔をしていて、いつだってその笑顔には陰りがあるように見えた。

 この『天空浮遊都市オリンピアシス』に来てからは自然な笑顔もいくらか戻ってきてはいたものの、ふとした瞬間に楓の心に差し込む闇は、楓から本来の穏やかな明るさを奪っていた。


 作り笑いも、無理矢理な笑みも、勇麻たちには通じない。子供のころから一緒だったからこそ、楓の心が今にも泣き出しそうな曇り空をしていたことに勇麻たちはずっと気が付いていた。

 ……もっと、踏み込んでやるべきだったのだとも思う。

 『死の饗宴』とその悲劇を引き起こした奇操令示は、この世界にあまりにも多くの傷跡を残し、勇麻達の心にも癒えない傷を刻み付けた。自分の無力さを嘆き、弱さを悔い、自分に失望し絶望した。これまでの歩みの全てが無駄だったんじゃないかと悲観し、まるで悲劇の主人公よろしく無気力に、無価値に、自堕落な日々を送ったこともあった。

 そんな当時の勇麻は臆病風に吹かれて楓を傷つけるのを恐れ、彼女の心の傷に踏み込むことができなかった。

 勇火との兄弟喧嘩を経て、心を縛るたった一度の敗北の呪縛を断ち切り、未知の楽園(アンノウンエデン)で自身の戦う理由を、その揺らぐことない正義ワガママを掴み取った今。楓の傷に踏み込んでやれなかった事を後悔する自分もいる。

 だが根本的な所で、これは楓が楓自身の手でどうにかしなければならない問題だと思っている自分もいるのだ。


 あの日、天風楓は心に癒えない大きな傷を負った。

 身に着けた大きな力は人々を救えず、悪辣非道な敵に敗北し、その身を蹂躙されて弄ばれ、大切な仲間をその力で傷つけてしまった。

 それは、目の前で奪われた兄を見捨てて独り逃げ隠れてしまったあの日以来の大きな敗北であり、挫折だったのかもしれない。

 また大切な人を傷つけてしまうかもしれない自分の力が怖い。結局わたしはわたし可愛さに、自分の心が傷つく事を恐れているんだ。臆病で情けなくて、弱いままで、強くない。あの時から何も変わってはいない。

 楓は悲しい笑みを浮かべながら、そう言っていた。


 その言葉を否定することはできる。

 実際勇麻も、弱気でネガティブな楓の言葉を嘘偽りない言葉で否定した。

 でもそれだけじゃダメなのだ。東条勇麻の気休めで安っぽい台詞くらいで立ち上がれるなら、楓の心は最初から挫けてなんかいないのだから。

 どんな聞こえのいい言葉も、実感を伴わなければ意味がない。

 言葉は想いを伝え時に人の心を動かすが、それはやはりきっかけだ。結局自分を信じて行動することが出来なければ、言葉によって揺れた心の動きは単なる一時の感情の揺らぎで終わってしまう。


 だからこそ、天風楓は自分の手で立ち上がるべきなのであり、そう思うからこそ、いつもと様子の違う楓が勇麻には嬉しかった。


「? どうしたの勇麻くん。わたしの顔、なにかついてる?」

「……いや、なにも。なんでもねえよ」


 東条勇麻のよく知る、優しくて強い、少しだけ泣き虫な女の子。天風楓の見せる柔らかく優しい笑顔には穏やかな明るさが戻っている。

 思い出したように深い失望や絶望に囚われ、その表情が曇る様子はない。

 何が楓の心境を変えたのか、それは分からない。

 けれど、何が原因だろうとも、それは心から喜び祝福すべきことだと勇麻は思うのだった。

 だって勇麻は、彼女にこれ以上泣いてなんて欲しくなかったから。

 その笑顔が曇るところを見続けるのは、勇麻にとっては耐えがたいことなのだ。


「変な勇麻くん。……それじゃあ、わたし行くね。また後で」 

「ああ、後でな」 


 笑みを見せて部屋を後にする楓を勇麻もまた笑顔で送り出し、対抗戦四日目の朝はゆっくりと過ぎて行く。

 誰もが皆。嘆き、悲しみ、苦悩して、それでも立ち上がっては足掻き、前に進んでいる。


 そんなことを予感させる、爽やかだが少しだけ肌寒い朝の一幕はゆっくりと閉じていく。



☆ ☆ ☆ ☆



 計七日間を掛けて行われる『三大都市対抗戦』のちょうど中日である四日目は、選手達に与えられる唯一の休息日であり心身に溜まった疲労をリフレッシュする重要な一日である。

 この日の過ごし方が『対抗戦』の勝敗を分けるとも言われる程で、人気選手ともなるとその動向の一つ一つがニュースサイトで取り上げられたりもする程だ。


 一日を使って身体のコンディションを整える者。

 自分の限界値を底上げしようとトレーニングに余念がない者。

 疲労回復にひたすら飲んで食って寝る者。

 静かな空間で精神統一する者。

 応援に来てくれた友人や家族と穏やかに過ごす者。

 ようやく得た自由時間を使って『天空浮遊都市オリンピアシス』を観光する者。

 一日の過ごし方は人によって様々で、基本は自由。

 巨大な観光街でもある『天空浮遊都市オリンピアシス』には基本何でも揃っているので、何をしようにも困る事はない。

 

 そんな中、東条勇火はこの一日を体力の回復に当てようと考えていた。

 というものの、一日目の競技『障害物リレー』にて使用した勇火の切り札『疑似神化フェイク・デウス・プロモート』の影響がまだ残っていて、身体が重い状態が続いていた。

 あれから少しずつ良くなってはいるものの、まだ神の力(ゴッドスキル)発動時に違和感が残る。

 終盤戦に向けてコンディションを整える為には、心身ともにリラックスすることが大切だ。

 しかし両親や泉たちの傍にいたら休まるものも永久に休まらない。無限説教地獄が勇火の体力を奪うに決まっている。

 そんな訳で勇火は父と母に占領された自室を離れ、ホテル内のラウンジでモーニングコーヒーを片手に雑誌に目を通していた。

 

 そんな風に久しぶりの静かな時間を楽しんでいたのだが……。


「……。これは一体どういうことですか? 鳴羽センパイ」

「ん? どうって……あれ? もしかしてカミっちゲーセン知らない感じの子?」


 知ってるわボケ。

 今も勇火の視界の先でごちゃごちゃじゃらじゃらと耳障りな電子音の洪水を垂れ流している真昼間から電飾ぴっかぴかのこの施設がゲームセンターと呼ばれる遊興施設であることくらい知っている。一般常識だ。

 だが聞いているのはそういうことではない。もっと根本的な話だ。

 東条勇火はホテル内のラウンジで一人優雅にモーニングコーヒーを楽しんでいたはず。

 それがどうしてこんな場所に立っているのか、勇火が知りたいのはそれだ。

 静けさに満ちたラウンジに「やっほうカミっち! ちょっとゲーセン行こうぜ!」なんて喧しい声が響いたと思ったら、目の前にテンガロンハット学ランマントの奇抜な格好の少年が現れた所までは覚えているのだが、あれよあれよと鳴羽の巻き起こすトラブルに巻き込まれている内にゲームセンターに辿り着いていたのは謎である。

 だがまあ、それはそれとして。文句を言いたい場所は他にもある。

 勇火は静かな口調に怒りを滲ませて、


「……そもそもカミっちってなんですかそれもう俺の名前一ミリたりとも掠ってないんですけど」

「え、いやあだってアンタってばカミナリ使うヤツだろ? だからカミっち。すっげえ分かりやすくていいだろ?」

「東条勇火だいい加減名前覚えろってんだろ舐めてんのかブッ飛ばすぞ」


 あっけらかんと答える鳴羽に、ドスの効いた低い声で怒りを露わにする勇火。

 相変わらずテンガロンハットに学ランマントという珍妙な格好をしている鳴羽刹那は、たははと苦笑を零しながらテンガロンハットに手を置いて、


「いやぁ、スマンスマン。俺って人の名前と顔を覚えるのが苦手でさ……悪気はねえんだ。なあ許してくれよカミっち~」

「もうその呼び名で行く気満々ですね」


 腕にひっついて気持ちの悪いしなを作る鳴羽を鬱陶しげに振り払いながら、勇火は観念したように深く溜め息を吐く。

 どうやら今日の休暇はいつも通りにおバカなセンパイに振り回されて終りそうだ。



☆ ☆ ☆ ☆



「……で? なんで本当にいつも通りにアンタらまでいんのさ」


 ゲームセンター内で偶然遭遇した東条勇火は機嫌が悪そうだった。


「あ? 俺がゲーセンに来ちゃ悪いってのかよ」

「俺は勇火の拘束から解き放たれた母さんから逃げてた泉に捕まって連れてこられただけっていうか、俺も予定あるからそろそろ解放して欲しいんだけど……」


 泉は小さい頃から東条佳奈美が苦手だ。

 嫌いという訳ではなく、むしろ人としては好んでいるのだろうが、まるで自分の息子であるかのように泉を可愛がってくる佳奈美や勇助の存在は、親に捨てられ天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)へやってきた当時の泉には刺激が強すぎた。

 そんな過去からくる苦手意識が今も残っている……というよりも、今となっても自分を子供扱いして可愛がり殺そうとしてくる二人の態度がこそばゆく、単に照れているのだろう。それを泉に直接言ったら殺されるから言わないが。


「あ? 別に逃げてねえ。アレにべたべたされんのが鬱陶しかっただけだ」

「それを逃げてるって言うと思うんだけど」


 人の親をアレ呼ばわりする程には仲が良いという事だ。まあ、人の親をアレ呼ばわりは流石にどうかと思うけれど。


 言い合う勇火たちの後ろでは鳴羽刹那が大興奮の様子で太鼓の超人を叩いて遊んでいた。

 というかいつの間に一緒に遊びに行くほど仲良くなったのだろうか。よく分からないけど、弟にきちんと友達が出来てお兄ちゃんは嬉しいぞ気分に浸る勇麻。

 そんな勇麻の上から兄目線がイラッとするのか、勇火はさらに視線を鋭く。それこそ睨みつけるような勢いで勇麻たちを見る。不機嫌な弟、恐ろしや……。

 そんなこちらのやり取りに気づいたのか、太鼓の超人で遊んでいた鳴羽が勇麻たちを見て声を掛けてきた。


「お、その声、アンタは確か昨日の……えーっと、大将じゃねえか!」

「あ? 誰だお前」


 酔っぱらっていた泉は昨日のことを覚えていないらしい。あれだけ楽しそうに二人で騒いでいたことが嘘のように冷たくそう切り捨てる。が、鳴羽も鳴羽でそんな泉の発言を全く気にした様子はなく、馴れ馴れしく隣に並ぶとその肩に腕を回すという剛の者ぶりを見せる。


「俺は鳴羽刹那。なあどうだ? 折角だしアンタらも一緒に回らねえか? ゲーセン」


 しかしそんな鳴羽の馴れ馴れしさに泉の苛立ちは加速していき、肩に回された腕を振り払うと怒りの形相で喧嘩を売った。


「あ? んで俺がそんなことしなきゃならねえんだよ。ボケが。こっちは本気で『対抗戦』優勝目指してんだよ。お前みてえな雑魚に構ってやる暇なんざ欠片もねえんだよ――」


 十五分後。


「――っしゃあッ!! ひゃっほーっ! 俺の勝ちぃー! これで俺の三勝二敗で勝ち越しだな大将!」

「ぐっ……! まだ、だ……もう一回勝負しろやアホハットォッ!」


 まるで即オチ二コマ漫画のように、鳴羽刹那とエアホッケーで激戦を繰り広げる泉修斗がそこにはいた。

 何というか、あまりにも見え透いた結果だけに勇麻は呆れて何を言う気にもなれない。


 泉は抜群の運動神経に加え、時折肘の先や足裏を爆裂させて自身と円盤パックを加速しているにも関わらず、鳴羽は〝指を鳴らしながら〟プレーをするという余裕を見せつつその全てに対応。ましてや泉を上回る手数と動きを見せている。凄まじい速さだ。

 ……たしか鳴羽刹那の神の力(ゴッドスキル)は『刹那捕縛キャッチ・ザ・モーメント』。

 詳細は知らないがスピード系の神の力(ゴッドスキル)なのだろう。

 『三大都市対抗戦』出場選手が神の力(ゴッドスキル)を使って全力でエアホッケーをしている迫力満点の光景は人を呼び、二人の周囲には凄まじい数の人だかりが出来ていた。

 オフ中の選手に声を掛けるのはマナー違反だという暗黙の了解がある為、騒ぎにまでは発展していないが、この馬鹿二人には自重という言葉を学んで欲しいと思う勇麻なのだった。 


 負けず嫌いな泉に変な火がついたところで勇麻はこの場を勇火に任せ、ゲーセンから出ることにした。

 最初は面倒ごとを押し付けられて嫌そうな顔をしていた勇火も、勇麻の目的地を聞くと納得し黙って行かせてくれた。


 出口へ向かう途中、昔懐かしい駄菓子屋を模した売店(昔懐かしいと言っても、漫画などの知識しかなく勇麻も実物は見たことがない)があり、北御門時宗を従えた十徳十代が多量の駄菓子を抱えていた。

 すっからかんになった財布を目を閉じたまま悲しげに見つめる北御門の様子を見るに、十徳が奢らせたようだ。

 そういえば競技後に『あぁ、流石にきつかったね。やっぱり北御門さんには代償を支払って貰わないと』とか言っていて最近の子供は物騒だなぁなどと背筋を震わせていたのだが、どうやら駄菓子を奢ってもらうことを代償などと物々しく言っていただけらしい。なんだかこの二人が駄菓子屋から並んで出てくるというのは微笑ましい絵面だ。

 相変わらず起伏の薄い顔が少しだけ嬉しそうに緩んでいて、なんだかいつもより可愛げがある。

 

「……あぁ、これは奇遇だな。東条勇麻くんも来ていたのか」

「おっす十代。北御門さんもこんにちはっす」


 勇麻の挨拶にぺこりと会釈を返す北御門。相変わらず無口で愛想はないが、十代の買い物に付き合ってやってるところを見るに悪い人ではないのだろう。

 と、ここで勇麻はある違和感に気づいた。 


「あれ? ていうか十代ってば身長伸びてない?」


 身長だけで言えば小学校低学年レベル……鯖を読んでも中学年くらいの背丈しかなかったはずの十徳の背が、一夜にして三、四センチほど伸びているような気がする。

 三センチ程度じゃ身長が伸びたところで普通なら気が付かないかもしれないが、一日で変わったとなれば話は別だ。

 しかし十徳は首を振って、


「……あぁ、気のせいだろう。僕の成長期はもう終わってしまっているからね」

「ん? むしろ成長期真っ只中なんじゃ……?」

「あぁ、そんなことより東条勇麻くん。彼女たちのところへ行くんだろう? だったらこれを渡しておいてくれないか。僕のお気に入りなんだ」  


 そう言って十徳は抱えるお菓子の山の中から細長く薄っぺらいパッケージの駄菓子を選び勇麻に手渡した。『びっぐかつ』と明記されたかなり昔からあるソースカツ味のジャンクな駄菓子だ。勇麻も食べたことがあるが、何が使われているかはよく分からない。ただなんかカツっぽくて肉っぽい味がして美味しいので子供には人気の商品なのだと思う。


「分かった。十代が心配してたぞって言っとく」


 十徳は明らかに話を逸らしにきていたが、勇麻は特に触れようとしなかった。

 相手が嫌がっている話を無理やりするような趣味はない。


「……あぁ、頼んだよ。ほんとは直接行って渡すべきなんだろうが、僕みたいなよく分からない男にいきなり病室を訪ねられても困るだろうと思ってね。どうしようかと思っていたんだ」

「そんなことねえと思うけどな。十代が来てくれたら喜ぶぜ、戌亥先輩なんか特に」

「……あぁ、それは、確かに少し想像できてしまうかな」


 少しだけ頬を緩め苦笑した十徳たちとその場で別れ、勇麻が向かったのは選手村にある『医務室』と呼ばれる医療施設だった。

 勇麻の目的は『クライミング・フラッガー』で負傷した戌亥紗とシャルトルのお見舞い。

 元々、昨日の時点でシャルトルと戌亥先輩の病室には顔を出すつもりだったのだが、いつの間にか意識が飛び去り朝が来ていた為、今日に持ち越しとなったのだ。


 受付で名前を記入し、看護婦さんに部屋の番号を教えて貰う。公立中学校にありそうなその名前とは裏腹に最新医療機器で固められた施設の廊下を歩き、目的の部屋のドアを開けた。

 白で塗り固められた部屋の真ん中。

 消毒の匂いがする個室のベッドに、翠の瞳をしたブロンドヘアーの少女が退屈そうに腰かけていた。 


「……アナタも来たんですか」

「よっ、調子はどうだ、シャルトル」


 どこか呆れたように言うシャルトルに勇麻は気軽な調子で片手をあげた。そんな勇麻の問いかけに、シャルトルは半眼で肩を竦めて応える。


「ま、見ての通りって感じですかねぇー。ぶっちゃけ、大袈裟なんですよぉー、皆して見舞いになんか来ったりして。骨折だってしてなければ、内臓が逝かれた訳でもないのに」

「じゃあ明日の『人魚姫の滝登りマーメイド・ウォーターフォール』は……」

「私が出るしかないでしょう? そもそもあの競技って女性が出るっていう暗黙の了解がありますしねぇー」

 

 予想外に元気な様子のシャルトルに、勇麻は内心ホッと息を吐いていた。


 出掛ける直前に、セルリアとセピアがかなり深刻な表情で絶対にあの子のお見舞いに行くようにと詰め寄ってきた来た時は何事かと思ったが、これだけ軽口を叩けるのなら問題はないだろう。

 いつものシャルトルだ。

 勇麻は部屋の隅にあったパイプいすを引き寄せシャルトルの近くに座ると、十徳からのお見舞いの品(駄菓子)を渡したり、コンビニで買ってきた高級コンビニプリンを二人で食べながら他の皆の様子や明日の競技の予想などくだらない世間話をした。


「でも不思議なんですよねぇー」

「? 不思議って、なにがだよ」


 話題が昨日の『クライミング・フラッガー』の内容へと変わってしばらくしたところで、シャルトルはそんな風に首を傾げた。

           

「ロジャー=ロイの神の力(ゴッドスキル)が『振動』に関わる物で、おそらくスピカの『音響領域アコースティカ・レルム』と同じような原理で相手の攻撃を相殺している……って話はさっきしましたよね?」


 ロジャー=ロイと真っ向から打ち合った際の勇気の拳(ブレイヴハンド)の威力を掻き消されたようなあの独特の感覚を勇麻は覚えている。

 ただの拳でしかなかったロジャーの一撃と勇気の拳(ブレイヴハンド)の一撃が拮抗するという異常も、シャルトルの話が正しければ全て説明がつく。


 そして、認識の外から強襲した勇麻の一撃が、ロジャー=ロイに通じた事も。


「ああ、複数方式の攻撃を一度に相殺することは出来ない。認識の外からやってきた想定外の攻撃も咄嗟にには相殺できない。それがシャルトルが見つけたロジャー=ロイの『震え恐怖にモレキューラ・バイブレーション』の弱点なんだよな?」

「正確には私と東条勇麻との戦闘から推測される弱点、ですけれどねぇー」


 シャルトルの怪我が心配でお見舞いに来たのは事実だが、勇麻がシャルトルの元を訪れた理由はそれだけではない。

 シャルトルがボロボロになりながらも掴んだ貴重な情報。

 今後大きな障壁として立ち塞がるであろうロジャー=ロイという敵についての情報を交換し、対策を練る為でもあった。


 ロジャー=ロイについて一通りの情報交換と共有。そしてそれを元にしたシャルトルの推測と考察は筋道だっていて、矛盾点や無理やりな点も勇麻には見当たらない。


 ……強いて言うならロジャー=ロイにとっての『認識』の範囲が未だ曖昧で、彼にとってどの程度のレベルの奇襲攻撃が有効となるかが不鮮明なことくらいか。

 なにせロジャー=ロイは死角から放たれるシャルトルの風の圧縮弾にも対応している。目で見ていることすら条件には含まれない可能性が高い。


 これほどまでに精度の高い予測をしておいて、それでいていきなり何が不思議だと言うのだろうか。


 シャルトルは手持ち無沙汰なのか、落ち着きなく己のブロンドの髪を指先でくるくると弄りながら、

 

「まあ、予測がどこまで正確かはまた新たに検証が必要だとして、妙なのは私がどうやってその結論へ辿り着いたのか、その過程がごっそり抜け落ちてるってコトなんですよねぇー」

「過程が抜け落ちてる? ……ちょっと待て、シャルトル。お前まさか、それって……」


 シャルトルの言葉に妙な胸騒ぎを覚える勇麻。

 そんな勇麻の嫌な予感を裏付けるかのように、シャルトルは心の底から不思議そうに眉を顰めながらこう言った。


「ええ、ロジャー=ロイと戦っている際中の記憶がどうも曖昧ではっきりしないんですよねぇー。こう、記憶に靄掛かっているっていうか、再生しようとするとノイズが混じって画面がよく見えない壊れたレコーダーみたいな感じと言いますか。競技前後の記憶ははっきりしてるんですけどねぇー。……うーん、戦闘中に頭でもぶつけたんでしょうかねぇ?」 



☆ ☆ ☆ ☆


 

 一般の観光客や神の能力者(ゴッドスキラー)で溢れ返る『天空浮遊都市オリンピアシス』で唯一人口密度が薄い場所と言えば断崖絶壁付近。すなわち外周部だ。

 特に観光地から隔離され、中心地から意図的に離された出場選手達の宿泊施設が揃えられた『選手村』のある南側、ヘリポートのある東側の高台を除いた外周部には、ほとんど人が寄り付かない。 

 ましてや断崖絶壁より五十メートルも手前に作られた高さ十メートルもの巨大な鉄柵を乗り越えてみようなどと思う輩はさらに少ない。

 それでも鉄柵を乗り越えようと思う者がいるとするなら、それは眼下に広がる雄大な雲海をその目に収めようとするロマン溢れる冒険心の持ち主か、自殺志願者。はたまた人目のつかない所で悪巧みをする悪役くらいのものだろう。

 鉄柵の向こう側へとその身を滑り込ませながら海音寺流唯はそう結論付けて、そして目の前にいる人物を見て、その持論を確信へと変える。


「こんな所にいたんですね。随分と探しましたよ、――黒騎士(ナイトメア)


 不気味な笑みを浮かべる不吉な仮面を持つ騎士の名で呼ばれたその男は、眼下に流れる雲海を眺めていた。

 海音寺の声にも決して振り返らず、ただ黙って広大な空へと想いを馳せているようだった。

 風が男の髪を揺らす。男は、くすぐったげに髪の毛を掻き毟ると、やがて残業帰りのサラリーマンのような疲れ切った吐息を吐いた。

 素顔を見せる気はないと言うように、海音寺に背を向けたまま口を開く。


「……あー、なんだ。開会式でお前を見かけたときから、気を付けてつもりだったんだがな。あーあー、面倒くせーヤツに目を付けられちまったもんだ。ったくよー、こんな事になるなら昨日のうちに此処を発っておくんだったぜ」

「でもそれではアナタの悪巧みは成立しない。……そうでしょう?」

「あー、怖い怖い。これだから優等生は手に負えないんだわ」


 男は、へらへらとした笑みを浮かべて、一転。


「――邪魔をしよう、なんて考えんじゃねーぞ? 海音寺流唯」


 地獄の底から響くような低い声で、警告が発せられた。


 深く、底のないドロドロとした憎悪と瞋恚の黒い炎をオーラのようにその身に纏わせる。

 実際にその身から炎を噴き出したのではない。男の内側から滲み出る常識を超えた感情の余波、単なる憎悪と怒りの切れ端が、相対する相手に地獄の業火を錯覚させるのだ。

 黒騎士(ナイトメア)の仮面の奥、彼の男の素顔は醒める事なき黒き悪夢(ナイトメア)そのものである。

 深淵を除きこもうとすれば深淵に飲み込まれるように、彼の男の憎悪と瞋恚に真正面から触れて正気を保つことができる者などいない。少なくとも常人には無理だ。

 仮面を外した彼とまともに対峙できる者がいるとするならば、それは彼と同じく怒りと憎悪に狂った復讐鬼。目的の為ならばどんな手段であろうと正当化し、外道へと堕ちることすら厭わない。常人ならざる者だけ。

 故に男は忠告するのだ。

 救い無き復讐劇の主演として。操者の掌の上で踊る道化の一人として。これ以上哀れな愚か者を増やさぬようにと。


「俺は黒騎士(ナイトメア)だ。悪いけどよ、お前が何者であろうとなかろうと、俺は俺の復讐を遂げるまでこの歩みを止める気はねーんだわ。だから帰れ。俺はお前に用はねー」

「コルライ=エクレピオス」


 だが海音寺は涼しげな顔で黒騎士ナイトメアという深淵へ、一歩を踏み出した。

 ゾッとするような殺気を放つ男に対して全く物怖じすることなく、その言葉を遮るように口を開いたのだ。 

 海音寺の出したその名に、男の心が僅かに揺らぎ、動揺を見せる。憎悪と瞋恚で形作られた拒絶という意志が、ほころびを見せる。

 

「……お前、正気か?」

「ええ、僕は正気ですよ。黒騎士(ナイトメア)。なにせ正しさこそが僕の正義だ。僕は僕である限り、どこまでも僕の正しさを貫き通す。それを正気でなくて何と呼ぶんです」


 そしてその隙を逃すほど、海音寺は間抜けではなかった。

 畳み掛けるように、男の背中へとさらに問いかける。


「あの男へ対抗する為の手札を探しているんですよね?」

「……お前なんざにそれを教えて貰う必要はねーな。既に目星は――」

「――目星はついている。でも警戒されていて接触できない。……さしずめアナタの現状はそんな所ですかね?」

「――、」


 男は黙りこくって何も言わない。

 黒騎士(ナイトメア)の反応から、海音寺は今の彼の状況が自分の予想通りの物であることを悟る。

 その無言を肯定と受け取り、海音寺は自然強まる語調にも気づかずに、さらに言葉を続けた。


「今のままじゃ何をしても無理ですよ。彼は表舞台に出るのを嫌う。この対抗戦だって、彼は出場するのを最後まで渋っていた。『創世会』からの打診を受け、断った方が逆に面倒だと考え直して出場はしてくれましたが……その特殊な立ち位置もあって彼は常に周囲を警戒している。『創世会』直属の特殊部隊である『汚れた禿鷲(ダーティーコンドル)』の幹部を務めるアナタなんて、絶対的に接触を許さない相手でしょうね。けれど……僕なら橋渡しができるかもしれません」

「……………………何が望みだ」


 しばらく葛藤するような間を見せたものの、黒騎士(ナイトメア)は最終的に海音寺の言葉に折れた。

 当たり前だ。

 彼は自分の目的の為ならば。復讐の為ならば手段を選ばない。

 全てを失い、全てを捨てた男だ。例え相手が海音寺流唯であろうとも、使えるのならば利用する道を選ぶに決まっていた。

 だからこれは予定調和。始めからこうなることは分かっていて、海音寺はあらかじめ用意していた言葉をきっかけとして投げかけるだけで良かった。ガソリンの撒かれた木の小屋へ、火のついたマッチを投げ込むように。


「僕が望むのは一つだけだ。アナタだって分かっているんでしょう? 僕の目的を」

「……氷道、真。か……」


 氷道真。

 クライム=ロットハートが従える、氷を操る神の子供達(ゴッドチルドレン)

 現状、確認されている神の子供達(ゴッドチルドレン)の中で唯一の自然系コスモである、最強の一角を担う男。

 海音寺と深い因縁を持つ、神狩り(ゴッドハンター)特殊機動部隊を率いていた正義人でありながら、クライム=ロットハートに忠誠を誓う裏切り者。

 黒騎士ナイトメアに対する取引の対価として望むモノは、間違いなくそれであろう。

 どちらにせよ悪くない。

 クライム=ロットハートを討つうえで邪魔にしかならないあの男を海音寺が引き持ってくれるというのなら、むしろこちらにとっても有り難い話だ。


 利害は一致した。

 背中を並べる意味はもうなくとも。協力すべき理由は、利用するだけの価値は、互いにある。


「氷道真とクライム=ロットハートを引き離して欲しい。あの人をやるのは僕だ、絶対にッ、他の誰にも僕の邪魔はさせない……!」


 ただ一つの目的へと邁進する為。

 胸の内で燃え盛る炎へ感情という薪をくべ、男と青年は一度もその顔を突きあわせぬまま契約を交わした。

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