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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 序 三大都市対抗戦・上
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第二八話 三日目終盤戦Ⅳ――勝利の後、笑顔と涙と決意の目:count 5

「うわーん。皆ー、ごめんなー! ホロロ、負けちまったよー」


 戻って早々泣きべそをかきながら飛び込んできた大切な親友を、ビリアン=クズキは大きなその胸に優しく迎え入れた。


「よしよし、頑張ったねホロロちゃん。シャラちゃん」

「いや、私は……。それより、すまなかったホロロ。私たちが東条勇麻からフラッグを奪うことができなかったから……それに私が失格になってしまったから、お前まで巻き込んで……」


 泣きべそを搔いていたホロロをここまで連れてきたシャラクティ=オリレインは、ビリアンの言葉に首を振ると申し訳なさそうに俯きながらホロロに謝った。

 しかしホロロはシャラクティの謝罪を受け入れることなくブンブンと高速で首を横に振ると、怒ったように頬を膨らませて張り合う。


「ぐずっ、シャララはすごい頑張って惜しかったって聞いたぞ。だからシャララは悪くないだろ。最初にホロロがフラッグを取ってれば……ホロロがあいつらを倒せなかったからダメだったんだ!」

「む、違うだろ。ホロロじゃなくて私が……」

「ホロロだ!」

「ち、違うっ。私が……!」

「ホロロ!」

「私!」 


 そんな二人の不毛な言い合いに幕を下ろしたのはビリアンだった。


「はいはい、二人とも疲れてるんだからケンカしないの。ホロロちゃんもシャラちゃんも、どっちも頑張ってたよ? どっちが悪いとかじゃないと思うな、私は。今回は偶然天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の人達が私達より凄かったんだよ。だからさ、逃亡者の集い旗(エスケイプフラッグ)の皆さんも呼んでお疲れパーティーを開かない? 皆頑張ってたし、それくらいのご褒美あった方が楽しいでしょ?」


 幼馴染である三人の中で最年長のビリアンは母親然としたその包容力で二人を優しく諌めると、柔らかな笑みを浮かべてパーティーの同意を二人に求める。

 ホロロとシャラクティは何年経ってもこの笑顔には敵わない。

 それにビリアンが口にしたパーティーという楽しそうな単語につい心惹かれて、言い争いそれ自体がどうでもよくなってしまっていた。


「パーティー、ホロロあれ食べたいな! ビリアンが作ったホットケーキ!!」

「ま、まあ。二人がパーティーをしたいと言うのなら? べ、別に私としては参加することも吝かではないというかアイスクリームとかもあったりするのかなー、とかは思ってないけど。ま、まあ、付いて行ってやらんこともないぞ」

「はいはい。じゃあ二人とも、私は皆さんに声を掛けてくるから、その間にこれで沢山ジュースを買ってきてもらえる?」

「はいはーい! ホロロが買ってきてやるよ!」

「あ、ちょっ、待ってくれホロロ! 頼まれたのは二人だぞ。私も行くってば……!」


 ビリアンから軍資金を受け取ると、楽しそうに駆けて行く二人。その背中を眺めながら、ビリアンは瞳を優しく細めて微笑を浮かべる。


 彼女にとっての『三大都市対抗戦』は、別段、勝利だけを求めるものではないのだった。



☆ ☆ ☆ ☆



 王座へ腰掛ける豪奢な赤いドレスを纏った少女は今日も変わらずご機嫌だった。

 王族貴族のようにハーフアップされた銀髪を指先で掬ってはくるくる弄り、愉しそうに足踏みをしてリズムを取っている。

 頭のうえにちょこんと乗ったベレー帽を模した紺色の貴族帽が可愛らしくぴょこぴょこと左右に揺れるのは、彼女がリズムに合わせて頭を揺らしているからだ。


「随分と御機嫌だな、姫さんよ」

「あらロジャー! 戻っていたのね」

 

 玉座の間と化しているホテルの一室に踏み込んだ男の姿に、少女は燃える炎より色濃い血の赤の瞳をパッと喜色に輝かせた。


「さっきの競技、見ていたんだろ? 姫さんの女王艦隊クイーン・フリートの敗北も」

「ええ、確かにわたくし自慢の所有物(クイーン・フリート)が負けてしまったことは悲しいわ。でもね皆が無事なだけで私は嬉しいのよ。だって、誰も傷つかない平和な世界こそが私が望むものなのですもの。勿論アナタが無事な事もね、ロジャー」

「無事、ねぇ……。俺の右肩、おもいっきし穴開いてて超痛いんだけど。まいったなこりゃ、どうやらウチの姫さんの目は思いっきし節穴らしい。こりゃ将来悪い男に騙されて痛い目見るパターンと見たが……うん。改めて考えるとこのじゃじゃ馬姫は一回痛い目にあったほうがいいかもな」

 

 顔を引き攣らせて肩を竦め、その際に右肩に走った痛みに顔を歪めるロジャー=ロイ。そんな己の騎士に女王エリザベス=オルブライトは妖艶に微笑みかけて、


「あら、私を騙して唆す悪い男というのはアナタの事ではなくて? ロジャー=ロイ」

「……まさか。我が槍、我が身はアナタに救われたあの時からアナタの物だ。我が女王(エリザベス)


 いつもの年下の主人をからかう口調から一転、真剣そのものな声色で忠誠を誓うロジャー=ロイ。


 それは十六年前の光景の焼き直しのような一幕。

 命令のままに人を殺して殺して殺して殺し続けた青年期。正義のありかを失い、拠り所を求めていた。

 迷え震える槍の切っ先をどこへ向ければいいのか分からなかったロジャーはあの日、自身の全てを捧げるに足る存在に出会ったのだ。

 そう思わせるだけの魔力のような魅力と、大成するだろう器を秘めていた少女。まだ幼く、力もなかった彼女に、確かにロジャー=ロイという男は救われたのだから。

 

 エリザベスは、主人の膝下に跪く己の騎士にその美貌を近づけると、無精ひげの生えた無骨な頬を艶やかな手つきで撫でて、


「それで、報告を聞かせてちょうだいな。私の騎士、ロジャー=ロイ」

「……対抗戦に出場している少女は、天風楓本人じゃあなかった」

「では、あのいけ好かない男の言葉は真であると?」

「さあな、そこまでは分からねえが。少なくとも『創世会』と『背神の騎士団(アンチゴッドナイト)』が彼女を巡って動かざるを得ないナニカがあるのは間違いねえわな」

「……それで、アナタはどう動くべきだと思うのかしら、ロジャー」


 主人に意見を求められた騎士は跪いたままその顔をあげ、エリザベスと視線を合わせると黒いレースの手袋に覆われたその手を取って告げた。

 自身を縛り、そして目の前の少女をも縛る言葉を。

 戦争無き世界。

 命を奪う必要も、奪われる必要もない理想郷。

 そこへ至る為の、魔法の言葉を。


「俺は姫さんの槍だ。俺の正義は姫さんの正義で。姫さんは俺の正義だ。だから俺にできるこたあ助言までだ。――アンタが思うように命じろよ、俺はアンタの槍として立ち塞がる全てを貫き切り開いてみせるから」


 ロジャー=ロイのその答えにエリザベスは満足げに頷き微笑んで。


「ええ、そうね。そうだったわ、その通りだったわ。ならば『戦争を軽蔑する者(ウォースパイト)』の名の元に〝命じます〟、女王艦隊クイーン・フリート第一艦隊旗艦兼総旗艦代理『ドレッドノート』。我が成す平和を阻む邪悪を捕縛し連行なさい。抵抗するようなら斬っても構いませんわ。ええ、だってそれが、誰も傷つかない平和な世界の為なのですもの」

「……貴女の御心のままに」


 騎士は勝ち誇ったように微笑み、女王の命に応える。

 その誇りと命に懸けて、必ずやその願いを叶えてみせると。



 玉座の間を出たロジャー=ロイは、廊下の壁に寄り掛かると懐からシガレットケースとライターを取り出した。

 視線を手の中へと落とし、その瞳を優しく細める。

 漆喰特有の吸い込まれるような黒で塗られた本体を銀と赤で装飾したそのライターは、エリザベス=オルブライトから贈られた一品だ。

 『これを身に付けていればいつでもどこでも私を感じていられるでしょう? 光栄に思いなさい』

 とかなんとか言って自身満々に胸を張って渡された代物だ。ちなみにその日はロジャーの誕生日でも何でもなかったのだが、理由を聞くと『なんとなくよ!』とのことだった。

 エリザベスの気紛れは今に始まったことじゃないが、いつもの気紛れもこれくらい可愛らしいものだったらどれだけ良かったかとロジャーはため息交じりに思ったものだ。

 そんなご主人様の思いの籠ったライターで葉巻に火を付け、深く深く煤煙を肺に溜めこみ、吐き出す。

 

 空調に呑みこまれていく紫煙に何と無しに視線を送りながら、ロジャー=ロイは再び煙を吐き出して、


「……こんな時に何処へ行くんだ? ブラッドフォードさん」


 目の前を通り過ぎようとしていた初老の男へ声を掛けた。


「……貴殿と違って我に〝命〟は出ていないはずだが? 何処で何をしていようと、文句を言われる筋合いはない」


 獅子の鬣のように逆立てた白髪をツーブロックにした、野生剥き出しの獣のような男だった。

 剥き出しの上半身は筋骨隆々で、その肉体にはそこらじゅうに銃創や切創が刻まれており男が戦いの日々に生きてきたことを暗に語っている。

 研ぎ澄まされた刃物のように鋭い眼光は、依然として殺し合いの中に身を投じている者である証。

 この時間まで鍛錬でもしていたのだろう、男の肉体は汗ばんでおり体温の上昇からかオーラのように湯気が立ち上っていた。

 女王艦隊クイーン・フリート第二艦隊旗艦『インヴィシブル』。ブラッドフォード=アルバーン。

 ユーリャ=シャモフやドラグレーナ=バーサルカル同様、エリザベスが特に目をかけているお気に入りの一人だ。


「……一応は総旗艦代理なんでね。同僚の動向を気に掛けるのは当然だと思ったんだが、気に障ったんなら謝りますよ」

 

 相変わらず不機嫌気な視線を送ってくる同僚にロジャーは肩を竦める。どうもロジャーはこの男と反りが合わないのだ。

 ロジャー自身はこのブラッドフォード=アルバーンという男の強さと人間性を尊敬しているのだが、どうも向こうはロジャーのことが気に入らないらしく、今のように何かと衝突する機会の多い相手だった。

 そんなロジャーの苦手意識を知ってか知らずか、ブラッドフォードはあからさまに嫌そうに顔を顰めて、


「……フン、分からぬ男だ。貴殿ほどの人物が何故あのような外道の魔女に媚びへつらい卑しく頭を下げる? アレの邪悪さが分からぬ貴殿ではないであろう」


 ――何人にも触れることを許さぬ逆鱗に触れた。


「俺への悪口ならいくらでも右から左で流せるんだがなぁ……俺の前で姫さんを侮辱するような言動はよして貰いましょうかね、ブラッドフォード=アルバーン。例えアンタと言えども、ただじゃあ済まさんぜ。元より、俺が女の子以外に優しくしてやる道理もないんでね」


 ロジャー=ロイもまた、飄々とした表情から一転。柳眉を吊り上げ、抜身の刃のような鋭さをその容貌に刻み付ける。

 一気に膨れ上がる殺気に、両者の間に張りつめたような緊張感が生じる。

 ロジャー=ロイとブラッドフォード=アルバーンはしばしの間その視線を交錯させて、


「……やめておこう。貴殿と死合うのは実に魅力的な提案であるが、場所とタイミングが悪い。女王のお膝元でそのお気に入りを殺してしまっては角が立つ。――数々の無礼な言動、謝罪しよう」


 フッと、纏う殺気を霧散させると、ブラッドフォードが先にその視線を外した。

 同時に息の詰まるような緊張感も掻き消え、ロジャーも思わず細く息を吐く。いかに譲れぬ場面とはいえ、この段階でブラッドフォードとの対立を表面化させるのはエリザベスも望んではないだろう。


「おいおい。いつか殺す気満々じゃねえかよ。ったく、このバトルマニアジジイは。穏やかじゃねぇなぁ……」


 踵を返し、ロジャーに背を向け歩き出すブラッドフォード。

 少しして立ち止まると、彼はこちらを振り返りもせず背中越しに、


「……。あの小娘の件はどうなったのであるか」

「ああ、それなら今さっき姫さんから直接〝命〟を受けたところだ。……黒、だとさ。ああ、そうだったそうだった。艦隊総旗艦代理として、アンタにも命を出さねえとだったわ」


 うっかりしてたとロジャーは頭を搔いて、それから面倒くさげに内容を伝える。


「事前に取り決めた通り、天風楓は我々女王艦隊クイーン・フリートが確保する。アンタにも天風楓捕縛の任務について貰うことになったんで、追ってチームの編成を……」

「そうか。なら我は好きに動かせて貰う」

「はぁ……。ま、アンタはそう言うと思いましたけどね」


 ……こうなるのが分かり切ってたから面倒だったんだよ、とはロジャーの心の声だった。

 言い出したら止まらない文句を一度全て呑みこんでから、溜め息と共に放出するロジャー=ロイ。

 そもそも、この男が指示に従わないと分かっていながら直接〝命令〟をしないエリザベスにも問題があるのだ。

 あの姫さんはどうもブラッドフォードやドラグレーナたち、自分を嫌っている反逆者達が状況を引っ掻き回すのを楽しんでいる節がある。

 おかげでユーリャ=シャモフのような真面目な真人間にしわ寄せが行く羽目になるのだが(ロジャーも面倒事を押し付けるので彼女の心労はますますマッハである)、そのあたりをあの傍若無人な女王様は少しも考えていない。

 ロジャーにとってこのブラッドフォード=アルバーンという男はどうにも鬼門だ。

 もっともかわいい女性いがいの全ての存在がロジャー=ロイにとっては関わりたくない鬼門であるのかもしれないが。


「止めたければ直接そう〝命じ〟に来いと女王に伝えるが良い」


 ブラッドフォードはそれだけを言い残し、ロジャー=ロイの元から立ち去って行った。



☆ ☆ ☆ ☆



 競技後、改めてスタジアムで行われた『クライミング・フラッガー』の結果発表を終えた天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の選手達は『選手村』へと戻っていた。ホテル内のパーティールームの一つを貸切とし、行われているのはミーティング……とは名ばかりのどんちゃん騒ぎ。

 出場していない選手は出場した選手達を湛え、出場選手達は誇らしげに自分達の奮戦ぶりを武勇伝として語り合う。 

 勝利の立役者の一人である戌亥紗は医務室へ運ばれここにはいない。天風楓――中身シャルトル――も同様だ。しかし誰も彼もが、こぞって彼女達の勇姿を語り合っていた。

 控室は劇的な勝利に沸き立ち、上記の二人を除いた天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)代表の全選手が集まって、まるで優勝を決めたかのような盛り上がり具合を見せている。


「オラ! テメェらぁもっとらぁ! もっと酒もっれこーい!」

「いやあの……泉センパイ。別に俺達まだ優勝したって訳じゃ……」

「ほらよ大将、未成年だから酒は無理だがコーラならあるぜ!」

「ちょ、鳴羽センパイまで何して……っ!」

「ハッ、いいねいいね、随分早えじゃねえか気に入っらぁぞぉ! とりあえず振って振って全部ぶちまけとけらぁ……!」   


 何故か酔っぱらって上機嫌で千鳥足な泉。

 テンガロンハットに学ランマントの鳴羽刹那が刹那の間に持ってきた黒い炭酸飲料を、べろんべろんな泉が振って振ってぶちまけまくるシャンパンファイトが勃発する。

 真っ先に標的にされた狩屋崎が、コーラ大噴射から必死に逃れながら泉にとにかく罵声を放ちまくっている。最終的に鳴羽と泉に挟み撃ちにされ、雨に濡れた犬のように自慢の髪も萎れていた。

 狩屋崎の金魚の糞の香江浅火や上久保七春も二人に混じって騒ぎ始めたあたりで堪忍袋の緒が切れたのか、狩屋崎がコーラ瓶を片手に逆襲を開始する。


「……北御門さんが日本酒を飲んでいるのはともかく、彼はまだ未成年だろう? どうして酔っぱらっているんだい。誰か、なにか事情を知らないか?」

「海音寺さん。それなんだがな、どうも泉修斗は誤って弓酒愛ゆみさめひな用のドリンクを飲んでしまったらしい」

「なるほど……」


 額を抑えながら呻く海音寺にボウズ頭の浦荻が耳打ちする。どうりで、と納得すると同時、控室の隅で殺意に燃える沖姫卯月と薬淵圭と音無亜夢斗の三人を涙目になりながら必死で宥めようとする弓酒愛雛、という光景にさらに頭を抱える羽目になる。


 そんな光景を眺めながら楽しそうに振ったコーラを呷る――ろうとして、栓を開けた瞬間噴き出した炭酸飲料に顔面を強襲されていた――鳴羽刹那に、勇火は呆れたようなジト目を向ける。


「ははっ、それにしても今日の試合に出てたヤツら皆スッゲーよなー! いやー俺も出たかったなぁー。とくに俺が痺れたのはねー、アレだよ。ええっと、名前忘れたけど強そうなオッサンと可愛い女の子の一騎打ち! あれは最高にクールで凄かったよなぁ……!」

「はぁ。誰が凄いあれも凄いって、鳴羽センパイはいつもそればっかですね……。俺からしてみれば何もしてないのにここまでバカ騒ぎができるアンタらも充分凄いですよ」

「……えーっと、スマン! アンタの名前なんだっけ?」

「アンタワザとやってるだろ東条勇火だよ東条勇火ッ!! いい加減名前覚えろやこの鳥頭ッ!」


 『今日の主役』と描かれたタスキを掛けられたうえ、何故か柱に縛り付けられさるぐつわを噛まされた東条勇麻の顔面目掛けてコーラを浴びせまくるというその馬鹿な光景に周囲からも楽しげな笑いが生まれる。

 関係者としてちゃっかり潜り込んだ四姉妹の残り三人やスピカ、それにスネーク。騒ぎの意味をよく分かっていないアリシアまでもが乱入し、いよいよ混沌と化すこの馬鹿騒ぎはしばらく収まりそうもない。 


 そして、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の誰もが勝利に浮かれ、馬鹿騒ぎを楽しんでいる中。一人、騒ぎの中心から遠ざかる影があった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 自身の呼気と足音とが廊下に反響する。

 暮れかけた夕の陽光が隣接する中庭から差し込み、走る楓の影を長く伸ばす。

 ナニカを振り払うように走って走って走り続けた。自分が一体どこへ向かおうとしているのかも分からぬままに。

 優しげな茶色の髪を揺らして走る少女――天風楓は、ぎゅっと噛み締めた唇の血の味も気にも留めず、勝利を祝う勇麻たちの輪から駆け出していた。


  逃げる為――否。あの場から逃げ出したのは確かだが、そうではない。ただ、自分はあの場にいるべきではないと、楓はそう思ったのだ。


 天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)代表は第三種目『クライミング・フラッガー』で見事と言うほかない勝利を収めた。

 東条勇麻も、シャルトルも、十徳十代も戌亥紗も海音寺流唯や他の選手達もみんながみんな、たった一つの勝利を目指し心を一つに戦う姿は圧巻だった。

 己の命を削るような彼らの奮戦は、楓の心に大きな痛みと、それと同等の憧憬を与えていった。 


 本来ならば自分が立っていたはずの舞台で、互いを尊び命の灯を燃やして戦う彼らはとても輝いて見えたから。


 だから楓はそんな勇麻たちの死闘から目を逸らさずに、その全てを刻み付けた。そうすることが、今の自分にできることだと大切な親友に教えて貰った。

 そうして誰もが死力を尽くした闘いが終わって、あの美しい青空の下。少年と少女が勝利を手にしたその瞬間が、まるで物語の一幕のように美しくて、楓は涙を流していた。


 ……悔しかった。


 決して俯かず、どんな時でも前を見据えて勝利を信じ戦う彼らの姿が眩しかった。

 自分には出来ないことをやってのけた彼らが妬ましかった。

 力を失って、あの輝かしい舞台で勝利の興奮や喜びを勇麻たちと共有できないことが嫌だった。

 自分だけ取り残されているみたいで、悲しくて辛くなった。

 あの舞台に立てない事が、自分の弱さが、悔しかった。


 なんてことはない。

 自分の弱さを言い訳に戦おうとしていなかった自分が、その努力を怠っていた自分が、楓は恥ずかしくなったのだ。

 いつだって自分は言い訳ばかりだ。弱気になって泣き言を零し、俯いては立ち止まる。

 自分を否定し続け、自分のことを信じてくれている大切な人達まで裏切ろうとした。

 天風楓は弱虫で泣き虫のまま。力などなかった時から、その本質は変わらない。

 自分可愛さに優しさの殻に閉じこもって、自分以外の誰かを傷つける臆病者だ。


 そんな自分が嫌だった。


 けれど〝嫌〟のままで終わらせてしまったら、いつまでも変われないままなんだと思った。

 ……このまま、何も変われないまま終わるのは、嫌だ。

 だから。


 胸の内から止めどなく溢れる感情が、我慢できずにひとりでに口から零れ落ちる。


「強くなりたい……」


 ――神の力(ゴッドスキル)なんて関係ない。


 人のいなくなった通路を駆ける。声はうわずり、楓の視界が歪む。


「強くなりたい……っ」


 ――暴風御手ストームマニュピレーターの力も、『最強の優等生』の肩書もどうだっていい。


 何もない所で躓き転びそうになって、そういう自分のドン臭いところがますます腹立たしくて、悔しくて、口の中の血の味をぎゅっと刻み込む。


「強くなりたい、強くなりたい、強くなりたい、強くなりたい……っっ!!」


 天風楓の一番の望みは、願いは何だ。どうして自分はそこまで頑なに強さを求める。

 その理由を、

 悔しさの訳を、

 ボロボロと零れる涙の意味を、

 天風楓は自問自答する。

 

「そんなのっ、決まってるよッ!」


 答えは、最初からこの胸の中にあった。


「……わたしは、わたしだって勇麻くんの隣に立ちたいよぉ……っ! あの人が怪我をして、痛くて辛い思いをしている時に、それを見ているだけだなんて、絶対に嫌だよ。勇麻くんの助けになりたい。力になりたいし、頼られたい。でも……わたし、こんなにも弱いッ! だから――」


 天風楓は、子供のように零れ落ちて行く多量の涙を拭って前を見据え、言った。


「――強く、なりたい」 


 強くあろうと振舞うでも、戦おうとするのでもない。


 ――強くなろう。


 なりたいで終わらせてはダメなのだ。

 天風楓はノロマでドジでドン臭くて、泣き虫の弱虫でいつもおろおろしていて情けないヤツだけど。

 それでも天風楓は皆が信じてくれる自分を信じていたい。

 泣き虫で情けない自分を、きちんと好きになりたいのだ。

 だから死ぬ気で努力をしよう。

 暴風御手(このちから)を手に入れた時だってそうだった。人一倍に足りない楓に出来ることは人一倍に頑張ること。

 どうしてこんな簡単な事を忘れてしまっていたのだろう。

 弱いなら強くなればいい。

 戦えないなら、戦えばいいのだ。

 俯いて下を向いているだけじゃ何も変わらないのだと、天風楓は知っていたはずなのに。

 ただそれだけの、簡単な話――


「――ほう。なかなかに良き魂の叫びであったぞ。小娘」


 背後、突如として気配を感じたのはその時だった。

 楓の影を覆い隠すような巨大な影の出現に、楓は反転。跳ねるように飛びずさり影の主と距離を取った。


「いい反応である。だが警戒せずとも良い。今貴様とやり合うつもりは我にはない」


 巨大な影の主は、筋骨隆々の白髪の荒々しいライオンの鬣のようなツーブロックが特徴的な初老の男だった。弾創と切創がそこらかしこに刻まれた上半身の上からイギリス海軍風の軍服を羽織り、今の今まで激しい運動でもしていたのか、オーラのように湯気が立ち上っている。

 身長だけで見れば泉と同じかそれ以下。一八〇センチには届かない程度だろう。だというのに、空間に対する威圧感のようなものが凄まじく、剃刀のように鋭い視線がまじまじと楓目掛けて注がれていて居心地が悪い。

 まるで、檻の中で巨大な獅子と対峙したような気持になるのだ。

 そして楓はこの人物を対抗戦の開会式で見かけた記憶があった。


「アナタは確か……新人類の砦アドバンスフォートレスの……?」

「いかにも。我は女王艦隊クイーン・フリート第二艦隊旗艦『インヴィシブル』、ブラッドフォード=アルバーン。此度は女王の命を受けて参った」


 訝しげな楓に、ブラッドフォードは顔色一つ変えずに答え、さらに言葉を続ける。


「貴様が天風楓だな? なるほど。女王が欲しがり、また同時に恐れるのも頷ける強者よ」

「ちょ、ちょっと待ってください。女王の命って、一体何の話を……」

「簡単な話だ、小娘。女王に言わせれば貴様は世界の平和を乱し災厄を齎す癌細胞なのだそうだ。故に、こう命じられてな。――始末せよ、と……」


 ゾクリ、と。一瞬で膨れがる闘気に楓が即座に構えを取る。しかしブラッドフォードは楓の警戒などどこ吹く風に床に落ちている小石を拾うと、その筋肉質な身体からは予測もつかない速度で右手を閃かせ、石礫を投げた。

 高速で投げ放たれた石の弾丸は楓の真横を通過し、背後にあった通路の柱を貫通。その裏側に潜んでいた人物を瓦礫となった柱ごと強引に吹き飛ばした。


「がぁ……っ!?」

「えっ、黒米さん!?」


 瓦礫とともに廊下に転がり出た黒米に楓が驚愕の声をあげる。

 楓は今現在、背神の騎士団(アンチゴッドナイト)の護衛対象となっている。今まで全く気が付かなかったが、黒米は皆の輪から外れた楓の身の危険を感じ、陰から護衛を続けていたのだ。


「……フン、他愛もない」


 黒米は背神の騎士団(アンチゴッドナイト)の中でもかなり古参の実力者だったはず。そしてその黒米を投石の一撃で悶絶させたこの男はやはりただ者ではない。 

 より一層警戒を強める楓に、しかしブラッドフォードは気にも留めず、


「……人の会話を盗み聞きとは、主人の躾がなっていないと見た。くたばるが良い、コソコソと逃げ隠れするしか能のない鼠風情めが。貴様のような塵が策を巡らせたところで無意味であると知るが良い。そして立ち去れ。我は我より弱き者に興味はない」

「……そう、ですか。なら、興味のない鼠風情に追い返される感想を是非お聞きしたところです、ね……ッ!」


 苦悶の表情を浮かべながらも立ち上がり、黒米はその掌をブラッドフォード目掛けて翳し、己の神の力(ゴッドスキル)を発動しようとして――


「――なっ!? これは……!」

「言ったであろう、弱い塵芥に興味はないと。些事にかまける趣味はないのである」


 指定した座標に爆発を起こす黒米の神の力(ゴッドスキル)空間爆裂フィールドデネイト』は発動しなかった。

 驚愕と動揺に目を見開く黒米に、ブラッドフォードはくだらないとばかりに鼻を鳴らして、

 

「我より弱き者の神の力(ゴッドスキル)を封じる神の力(ゴッドスキル)。それが我の闘争の掟(ストライフ・オーダー)である。失せるが良い、資格無き弱者よ。我の眼鏡に適うのは常に我より強き者のみ。雑魚に構う暇などありはしないのである」


 堂々と明かされた男の神の力(ゴッドスキル)に面食らうも、流石はプロ。黒米はすぐさま楓を背中に庇うような位置取りをして、振り返りもせずに叫ぶ。


「……ここは私が食い止めます。楓さん、アナタは今すぐスネークたちの元へ!」

「で、でも……」

「はやく! この男は危険です……!」


 黒米の叫びに楓は動きあぐねていた。

 ブラッドフォード=アルバートは見るからに近接戦重視の神の能力者(ゴッドスキラー)だ。線の細い黒米とでは、あまりにも体格差がありすぎる。

 神の力(ゴッドスキル)が使えない状況で黒米に勝ち目があるとはとても思えなかった。

 楓が迷う間にも状況は進む。


 鬼気迫った表情で懐から拳銃を取り出す黒米。

 穏やかで理知的な普段の黒米からは感じられない勝利への執念と自身の仕事にかける矜持を楓はその背中に見た。

 しかしブラッドフォードその覚悟にやれやれとばかりに嘆息して首を横に振ると。

 次の瞬間、長槍による刺突のように伸びた男の右手が黒米の手から拳銃を叩き落としていた。


「……なッ!?」

「貴様らと戦う気はないと言っているだろうに。塵芥は早とちりも酷くて困る」

「ぐっ、……なら、アナタは一体何の為に楓さんを狙うと言うのです……」

「それを今から教えてやろうとしているであろうが。“待て”もできぬか犬畜生以下の塵め」


 見下すような視線と共にそう吐き捨て、一瞬で黒米への関心を喪失したブラッドフォードは再び楓を見据えると、幼子なら泣いて逃げ出すような恐ろしい笑みをその顔に刻みつけて、


「おい小娘。貴様吠えたな? 強くなりたいと。今よりも強く、ただ強くなるのだと。ならば我がその願い、叶えてやっても良いと言っている」

「……え?」

「女王からは貴様を捕獲しろだの始末しろだのと口やかましい命が出ているがな、我はあのような魔女に大人しく従うつもりなど毛頭ない。むしろアレは我にとっては唾棄すべき目障りな障害の一つ。脆弱で惰弱、陰湿で邪悪。それでありながら全ての頂きに立つあのような輩を、我は断じて強者とは認めぬ。故に小娘、我が貴様を強くしてやると言っているのだ。アレに対する反逆兼暇つぶしではあるが……どうだ? 悪い話ではないであろう」


 ……滅茶苦茶だ、素直に楓はそう思った。

 男の話はまるで荒唐無稽でとてもじゃないけれど鵜呑みにしていいような内容だとは思えない。

 何かの罠か、甘言か、少なくとも単なる善意でこんな事を言い出すような男には見えない。

 どんな狙いを持っていようと、ここは拒絶するべきだ。もしくはこの場を逃れる為にあえて話しに乗ったふりをするのでも良い。とにかく目の前の男を信用するな。楓の理性はそう叫んでいる。

 だけど。


「――すか?」

「なに?」

「アナタを倒せるくらい、強くなれますか?」


 強くなるとそう決めた。

 ならば怯えず怯まず、この荒波に飛び込んで行こう。

 この選択が、自ら敵の胃袋の中へ飛び込むような愚かなモノだったとしても、それをこの手で乗り越えてみせよう。それくらい強くなってみせよう。

 ブラッドフォード=アルバーンの瞳を真っ直ぐに見据えて、楓は弱い自分へと宣戦布告をしたのだ。


「なっ、天風楓さん! アナタ、自分が何を言っているのか分かっているのですか……!?」

「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です、黒米さん。わたしの暴風御手ストームマニュピュレイターならこの人の神の力(ゴッドスキル)で封じられることもない。黒米さんと二人なら、戦闘になってもまず負けません……!」


 咄嗟にハッタリを張って、ブラッドフォードと黒米の両者を同時に牽制する。楓が神の力(ゴッドスキル)を使えないことも、普段の競技は影武者が出場していることも知られる訳にはいかない黒米は、それ以上楓を強く追及することができなくなる。

 この場の主導権を自分で握る為、咄嗟の判断で繰り出した一手だった。

 ブラッドフォードは、そんな楓の一連の言葉に虚を突かれたように瞠目した後、


「――はっ、ガッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァッ!!!!」


 腹を抱えて、盛大に哄笑した。

 心の底からの愉悦。楓の決意をいっそ愉快で心地好いと、笑い喜ぶブラッドフォード。

 彼が初めて見せる明確な感情に、しかし楓は動じることなくその若葉色の瞳に決意を灯してブラッドフォードを見据え続けた。


 ブラッドフォードはひとしきり笑った後、上機嫌な様子で歯を剥き出しにして、


「ふはは、神の力(ゴッドスキル)を使えない状態でよくもまあそれだけ吠えたものだ」


 瞬間、頭を空白が支配した。

 ……全てバレていたのだ。神の力(ゴッドスキル)についてだけではない、おそらくは影武者の件についても。

 楓は自身の行動がどれだけ浅はかなものだったか、寒気とともにそれを思い知らされた気がした。

 楓の顔から血の気が抜けていく。隣の黒米も、最悪だとばかりに奥歯を噛み締めていた。


(全てを知ったうえでカマを掛けようとしていた……? でも、そんな、どこからバレて……違う、そうじゃない。今重要なのは、この人は一体何が目的なのか――でもそれが分からない……!)

 

 この男が楓の替え玉の件について知ってるということは、おそらく女王艦隊クイーン・フリートの連中には全てが筒抜けだと考えた方がいいだろう。

 楓が戦力にならないことはバレている。

 黒米は神の力(ゴッドスキル)を封じられ、肉弾戦では目の前の男にまるで勝ち筋が見えない。


(……もしさっきの命令に従うつもりはないって話が嘘なら、この人はこのタイミングで私達を消す為に動く。だって、わたしが目的だとしたらこの機を逃す理由がない……!)


 二対一ではあるが、不利なのは明らかに楓側だ。この状況で戦闘が勃発したら碌な抵抗もできぬまま敗北してしまう可能性が高い。

 狙いが楓を消すこと攫うことなら、まず間違いなくここで動く。

 楓の顔に恐怖が差す。だがそれは、自分の身に危機が迫っていることについての恐怖ではない。楓の為に集まってくれた皆の頑張りが、楓の軽率な言動のせいで無駄になってしまうこと。

 楓にとってはそれが一番恐ろしい事だった。


 黒米の指示に従って今すぐ逃げるべきだと叫ぶ心と、それでもこの瞬間こそが自分を変えるチャンスだと叫ぶ心とが楓の中でぶつかり合って心臓の鼓動を極限まで速める。

 拳銃のグリップを握る手に力を籠め直す黒米と、恐怖と警戒を強める楓に、しかしブラッドフォードは変わらず愉快げな様子で告げるのだった。


「だが、良し! だ。その気概、その威勢、大いに気に入ったのである。力の使えぬその身、徒手空拳で我を倒す覚悟があるのならば、我自ら貴様に稽古をつけてやる」

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