第二十七話 三日目終盤戦Ⅲ――旗の行く末は:count 5
戌亥紗の足止めをようやく突破したホロロは、旗を奪取したリコリスとリヒリーを援護すべく勢いよく斜面を駆けあがっていた。
「あー強かった強かったー。あの女の人、あんなボロボロなのにけっこう粘るんだもんねー。ホロロも楽しかったけど、急がないとイイとこ取りされたままで終わっちゃうしなー、やっぱそれじゃ面白くないもんねーっ!」
相変わらずの四足歩行で斜面を駆けあがる褐色金髪の巫女少女は、まるでヒマラヤン・アイベックスのような凄まじい登坂能力を発揮、獣のような身のこなしでどんどん上へ上へと駆け昇って行く。
だが、その途中。
「およ」
急ブレーキを掛けて、その場で停止するホロロ。
彼女が目を見開き止まらざるを得ない程の光景が、そこにはあった。
ここまでの鳥肌が粟立つのは、いつぶりだろうか。
死屍累々の戦場を、ホロロはその場に幻視し、未知の戦いに少女は高揚する。
「……ああ、さきほどまで先頭を走っていた子か。戌亥紗さんが戻ってこないところを見るに、今まで彼女の妨害を受けていたのかな。まあ、なんにせよ。君みたいな危ない子をそう簡単に通してやる訳にもいかないか」
「――アタイらがバトってんのに余所見してんじゃねえぞッ! このクソガキがぁああああああ!!」
十徳十代。ユーリャ=シャモフ。ドラグレーナ=バーサルカル。
その三名の、全身全霊のぶつかり合い。
ユーリャ=シャモフはまるで自身の手足であるかのように自在に樹木を操り、杭と見紛うその尖った枝の先端で槍衾のような面の刺突攻撃を繰り出す。
十徳は念動力で強引にその軌道を捻じ曲げ、ドラグレーナ=バーサルカルへと共食いを誘発させに掛かり、ドラグレーナは斜面を爆発させ間欠泉のように噴き出すマグマで陳腐な緑の剣を轟々と焼き尽くし、薪をくべた事により火力を増した灼熱のマグマの矛先を容赦なく十徳へと向ける。
相手の攻撃をいなして躱し、受け流し、さらには食い破って利用する。
巨大な力を扱う者同士、読み誤り直撃を受ければ致命的。相手の攻撃すらをも踏み台に、こちらの攻撃を届かせる為の数手先の読み合い殺し合いが超速戦闘の中で繰り広げられる。
強大な三人の神の能力者が全力のぶつかり合いを演じる様は、ホロロの中に流れる“楽しい”の血を熱く燃え上がらせた。
「……へえ、こっちも何だかすげー楽しそうだなー! ……よーし、皆、ホロロに教えてくれよっ。自分より強いやつらの倒し方を……! ホロロと友達になってくれたあいつらの為にも、ここを突破してすっげー思い出いーぱっぱい作んねーといけないんだからさ!」
『霊才憑依』。
自身に霊を憑依させ、その霊の生前の才能や知識、能力を自身に付加する神の力。
巫女の血を継ぐ彼女は、自身に憑依させた霊の力を一二〇パーセント発揮し、本来の彼女には成しえない事をも可能にする。
心優しき少女に掛けられるのは一夜の魔法かはたまた死霊の呪怨か。
心霊の力を借りて、一風変わったただの少女は化け物達の舞踏会へ。その渦中へとその身を躍らせる。
こんな自分を怖がらず『友達』になってくれた、二人の為に。
胸いっぱいの楽しい思い出作りの為に。
少女はこの窮地を突破すべく、胸躍る冒険に打って出た。
☆ ☆ ☆ ☆
ゴールまで残り二五〇メートル。
傾斜一二〇度の斜面をまるで平面であるかのように駆ける勇麻の存在に、ゴール前の彼らが勘付く。
だが関係ない。旗はこちらの手の中にある。この斜面での機動力に関しては、十徳十代の念動力による補助を受けている勇麻に大きなアドバンテージがある。
敵がもたついている間にこのまま最高速度で突っ切り、ゴールへ飛び込んでしまえば勇麻たち天界の箱庭の勝利だ。
リリレットたちへ銃弾の雨を浴びせていたイヴァンナが一転、今度は勇麻に狙いを絞りアサルトライフルを構える。
リリレット=パペッターも同様だった。勇麻が旗を持って来た時点で、一時休戦の協定をご丁寧に守ってやる理由は消失している。
自身の指先から伸びる爪糸を斜面に突き刺して自身の身体を支えている少女は、人業劇の干渉下にあるシャラクティと共に一斉に勇麻目掛けて飛びかかる体勢に入っている。
唯一天界の箱庭側で残っている北御門は、新人類の砦Dチーム『リーダー』トレファ―=レギュオンへの対処で手一杯。
仲間からこれ以上の援護は期待できそうにない。否、むしろここまでの道のり、全てにおいて勇麻は仲間たちの援護ありきで進んできた。彼らの力がなければ、今頃勇麻など当の昔に失格になっているだろう。
彼らの尽力に応えるなら今しかない。
ここは勇麻の独力が試される場面。
ここを突破できなければ、優勝杯を掴み、楓に届けるなど夢のまた夢だ……ッ!!
勇麻は勇気の拳で強化された五感、特に視力へとその意識を集中し、二百メートル先から狙いを定めるイヴァンナ=ロヴィシェヴァの引き金に掛かった指先をじっと注視し情報をかき集める。
(相手は狙撃に関する神の力を持っている。二日目の三種競技の結果を聞く限り、あの人の銃撃は百発百中。ライフルだろうがなんだろうが関係なく当ててくるハズだ。なら、躱そうとなんて思ったらダメだ……!)
十徳十代がたった一人で格上相手に時間を稼ぎ、戌亥紗がその身体をズタボロにしてまで勝ち取った旗を勇麻に託し、シャルトルがその意地と誇りに掛けて満身創痍になってまで勇麻との約束を守ってくれた。
彼女たちだけではない。ゴール付近で死闘を演じ敵の数を減らした海音寺先輩や狩屋崎礼音や北御門時宗。この対抗戦に参加した天界の箱庭の選手達、そして勇麻達を応援してくれているの皆の想いを、その勝利に掛ける思いを、今勇麻は己の右手に握りしめている。
絶対に負けられない。
負けていい訳がなかった。
楓の為の優勝杯を、仲間の為の勝利を、応援してくれている全ての人々に捧げるこの身を賭した奮戦を、東条勇麻は今この場に立てない人々の分まで全て託されたのだから。
(……待ってろ、シャルトル。お前が目を覚ました時、俺達の勝利でお前を出迎えてやる。だから――)
勇麻は背中のシャルトルを背負い直しながら、硬く決意する。
彼女の意地を、その戦いを絶対に無駄にはしないと。
勇気の拳が、熱く燃え上がる。
皆の想いを、託された思いを、その確かな重みある人々の『願い』という感情そのものを、少年の四肢を滾らせる燃料へと昇華させていく。
回転率が、あがる。
大地を蹴る足が、その回転速度も身体強化に応じて上昇し、少年の身体は斜面を駆け下りる時よりもいっそ加速する。
「む」
少年の埒外の加速に、百発百中を誇るハズのイヴァンナの手元が僅かに動揺に揺れ動いた。
それを見て勇麻は確信する。こちらの行動に対して動揺するということ。それはつまり――百発百中に思えた彼女の神の力幸運の投げ輪は決して完璧な訳ではないということ――
(――今……っ!)
勇麻は手元が揺れたその瞬間を狙い旗を握った右腕をイヴァンナの射線にワザと晒した。
あまりにも無防備に顔を覗かせた旗。
普段の冷静な彼女なら、このような分かりやすい誘いに乗ることは無かっただろう。
しかし勇麻の物理法則を無視するような常識外の加速が、彼女の心に僅かな隙を生み出していた。
隙を晒したその瞬間、見事と言うほかない反応でイヴァンナのほっそりとした白い指が引き金を引き絞った。
東条勇麻の右腕を見据えた銃口が火を噴き、マズルフラッシュが瞬く。鳴り響く銃声。ライフリングの刻まれた銃身内部で加速し音速超過で放たれた銃弾は、ジャイロ効果を伴って正確無比な弾道で勇麻の右腕目掛けて突き進む。
それを、東条勇麻は。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオッッッ!!」
次いでその弾丸が奏でたのは、甲高い金属音。
東条勇麻の義腕、その左腕が鋭く閃く。
音速を超えて飛翔する弾丸、その軌道を完全に見切った少年の銀の左手は、イヴァンナの放った銃弾を確かに掴み取っていた。
「――なにッ!?」
「弾が来る場所が分かってんだ。狙いが正確すぎんのも考えものだな……!」
驚愕に声を荒げるイヴァンナ。
セミオートのアサルトライフルから次弾が放たれるも、勇麻は強化された視力で照準器越しに彼女が何処へ狙いを定めているかを大雑把に把握。音速レベルで放たれる弾丸を全て捌き切ってしまう。
オリンピアシスに訪れた不特定多数の人々の膨大な感情と熱に当てられた勇気の拳が、勇麻の身体能力を音速の弾丸に対応しきるまでに押し上げる。
身体の奥底から沸き上がる力に、勇麻はさらに力強く大地に踏み込み、さらなる加速を得る。
絶対の自信があった銃撃を良いように誘導された挙げ句完全に見切られ掴み取られた。
イヴァンナの動揺が、さらに勇麻に時間を与えた。
「――ほらよ、鉛玉のお返し、だッ!!」
走り幅跳びの要領で踏み切り、斜め前方へ大きく跳び上がった勇麻は左手に握った鉛玉を全力で投擲した。
狙いも大雑把に放たれた弾丸は、音速に迫る勢いで勇麻の手の中から打ち出され、投げナイフで造ったイヴァンナの足場を破壊。
成す術もなくイヴァンナが落下し、これで新人類の砦はチームメイトであるトレファ―=レギュオンも合わせて二人が脱落。
勇麻の前に立ち塞がる敵は、リリレット=パペッターとシャラクティ=オリレインの僅か二人となる。
大跳躍の着地と同時、勇麻はさらに強く踏み込み放射状の罅割れを地面に走らせながら疾走。
風を纏い、もはや一筋の砲弾と化した勇麻の前に、しかしリリレットは臆することなく勇猛に立ち塞がる。
「リリ、逃げないし……お前とのリベンジマッチだし!」
全身ピンクのツインテール少女リリレット=パペッターが吠える。
かつて聖女の住まう白亜の城に捕らわれた九ノ瀬和葉を救出する際に勇麻とリリレットは対峙している。
自分は戦闘に参加せず他者を操って戦うタイプであるリリレットに対し、勇麻はリリレット本体を早急に倒してしまう事で彼女の操る割宮裂姫をも無力化してみせた。
瞬殺とも言えたあの戦いの悔しさを、リリレットもまた忘れてはいなかった。
少女は己の指先から伸びる爪糸を鞭のように直接叩き付けてくる。
その数、都合七本。
リリレットとシャラクティの身体を支えている爪糸を除いた全てが、てんでバラバラな軌道で勇麻目掛けて一斉に襲いかかる。
(なんだ? ヤケにでもなったのか……!?)
触れればどうなるか分からない爪糸を、勇麻は高速機動の中でもしっかりと目で見てステップを踏み回避。
触れればアウト、という点では脅威かもしれないが、攻撃自体に速度がない。
これなら爪糸で何かを操って攻撃してくる前のスタイルの方が怖かったくらいだ。
しかしリリレットは躱される事は織り込み済みだとばかりに、その口角をニヤリと吊り上げる。
勇麻が訝しげに眉を顰めるよりも前に、
「これで、ひっくり返れし……ッ!」
嗜虐に一蹴。ちゃぶ台返しをするかのように、リリレットが両腕を全力で振り上げていた。
その瞬間、東条勇麻の視界がぐるりと反転した。
「……ッ!?」
何が起きたか分からない。
ただ、足元の地面ごと、勇麻は何故か宙に放り出されてしまっている。
リリレットが何かをしたのは確か。だが、彼女の神の力に、大地を割るような効果はない。
彼女にできることと言えば、爪糸を接続した対象を無機有機問わずに自由自在に操り動かす事くらいで――
(――爪糸!? まさか)
不意に脳裏に浮かんだとある仮定に、勇麻はハッと息を呑む。
一見何の策もなくやみくもに振り回しただけにも思えた先の攻撃が、勇麻を狙ったものでなかったとしたら。
勇麻が難なく躱した爪糸は、彼女の狙い通りにしっかりと地面と接続され、リリレット自身を支える爪糸もまた、同じように彼女の立つ足元の地面に接続されている。
つまり、彼女は爪糸で接続した足元の大地を操作し、自分たちの立つ壁面ごと斜面の一部を剥離させてひっくり返し、東条勇麻を空中へと投げ出したのだ。
「……チッ、ここに来て失格狙いか!?」
だが、勇麻とシャルトルには十徳十代の念動力によって強力な補助が掛けられている。
自身に掛かる重力方向を捻じ曲げる力場に覆われている彼らは、おそらく失格の五秒が経過する前に再び斜面に落下する可能性が高い。
想定外の一手ではあったが、これならまだ勇麻達の勝機は――
「――そんなしょぼい勝ち方、リリは狙ってないし」
「!?」
舞い上げられた瓦礫に紛れ、人業劇の干渉下にあるシャラクティ=オリレインが接近していたことに、勇麻は気が付けなかった。
リリレットにあえて操られる事によって斜面を自由自在に動き回るシャラクティは、本来の身体能力なら到底不可能な挙動で岩から岩に跳び移って勇麻の前に現れると、
「すまないが。少し、失礼する……!」
右目を覆い隠すように伸ばされた紺の髪を彼女が掻き上げ、その瞳が露わになった。
ゾッとするほどに美しく、同時に悍ましい魔を秘めた瞳が勇麻を直視する。
禍々しい程に赤い血のような瞳孔。そしてその周囲を彩るのは、常時その色が留まることなく変色し続ける虹色に輝く神秘的な虹彩だった。
まさに魔眼と評するにふさわしい瞳が勇麻の瞳をじっと捉えて離さない。そして勇麻もまた、何かに吸い寄せられるように彼女の瞳を見てしまう。
直視してしまう。
(……なっ!! 身体が、動か……ない……!?)
気付いた時にはもう遅かった。
瞬き一つしない彼女の右の魔眼を見た瞬間、勇麻の身体が完全に硬直した。
まるで物言わぬ石像になってしまったかのように身体の自由が一切きかない。
喋る為に口を動かす事はおろか、呼吸さえも忘れてしまったように身体の活動が一時的に完全停止してしまっている。
『石縛の魔眼』。
シャラクティ=オリレインの右目を見た者から、“瞳を見る”という行為以外の一切を削ぎ落とし、その動きを封じる神の力。
彼女の瞳から視線が外れない限り、永続的に彼女の干渉下におかれる恐怖の神の力。
だが、逆に言えば彼女もこの位置から身動きする事はできないという事でもある。
勇麻の右手が握る旗には、まだ一手届かない。
だが、それは逆に言えば。
その一手さえあれば、誰であろうと容易に旗に手が届いてしまうという事でもあって。
その欠けた一手を、
リリレット=パペッターが勝利でも宣言するかのように、高らかに叫ぶ。
「ナギリ――」
……思えばリリレットが爪糸を使って勇麻に直接攻撃を仕掛けたように見せかけた際、放たれた爪糸は全部で七本であった。
攻撃に使われなかった三本のうち二本はリリレットとシャラクティを支えていたというのは分かる。
だが、もう一本は。
一体どこに、いいや。一体誰に接続されていたのか……?
「――クラヤ……!」
本競技、『クライミング・フラッガー』において未知の楽園『Bチーム』から出場していたリリレット=パペッター。そして同じく『Bチーム』から出場していたもう一人の選手を、叫びが放たれるこの瞬間まで誰もが完全に忘却していた。
ナギリ=クラヤ。
常に顔に影が掛かっており、兄妹達でさえその素顔を見た事がないという茫洋としたその男が、唐突に勇麻の視界に現れた。
『暗黒隠蔽』をその身に宿すその男は、幻惑と幻影、目くらましのエキスパート。
全ては今この瞬間の為。
今の今まで己の存在感を完璧に消し、観客たちの目からもフィードアウトする事によって自身の特性を最大限に活かした勝利の一手へと繋げたのだ。
――ふざ、けるな……
目前へ迫る敗北に。
――こんな、また、俺は……
脳裏に繰り返される一日目の地獄に。
――もう、負けないって、楓と誓い合ったのに……っ!
眼前で全てを奪われる屈辱と恐怖に。
――シャルトルが、こんなボロボロになってまで約束を守ってくれたって言うのに……っ! それなのに、俺がまた皆の努力を潰しちまうのか……ッ!?
東条勇麻は意志力を振り絞って、動きを止めた身体を動かそうとする。
――どうして、俺は……動けッ。動けよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!
「……終わりにしようか」
初めて耳にした青年の肉声と共に、旗へとその手が伸ばされる。
回避不能の終わりが、迫る。
王手ではなく、チェックメイト。
告げられた勝利宣言に、逆らうだけの力が勇麻には残されていない。
またも訪れた敗北に。
意志に反して石のように身体が動かない情けない現実に。
勇麻は再びその心をズタズタに引き裂かれて――
「――いいえ、終わりません」
――ぱし、と。旗へと伸ばしたナギリの手首が、突如として伸びた細く白い手によって掴まれた。
驚愕の気配を纏うナギリに、動きの固まった勇麻の背後から少女の声が風に乗って辺りへ響く。
「ソレは私と彼の“約束”そのものです。私が、私の目の前で“約束”を終わらせる事を許す訳がないでしょうッ! ええ、絶対に、これだけは譲れないんです……!」
「くっ、その、満身創痍の身体で君は……!?」
「……関係、ないんです。だって、私は確かに言ったんですよぉ。東条勇麻がピンチな時、私はそれを助けに来るって、アナタは私を頼ってもいいんだよって、確かにそう……約束したんですからぁーーーッ!」
――まさに、戦姫絶叫。
シャルトルの叫びと共に、彼女の中で尽きかけ燻っていた風前の灯の干渉力が、爆発的に膨れ上がって世界を侵食した。
次の瞬間、
シャルトルを中心として同心円状に連続した突風が吹き荒れ、自身と東条勇麻を除く周囲の有象無象全てを瞬く間に一掃した。
最大瞬間風速六〇メートルオーバー。
それは、時間にすれば僅か一秒にも満たない神の奇蹟。
一時的な『神化』とも呼べる現象であった。――否、もし彼女が四人で一人の神の能力者でなければ、この瞬間に新たなステージへと進んでいてもおかしくなかったのかも知れない。
シャルトルを中心に最強クラスの台風を彷彿とさせる破壊の嵐が巻き起こり、至近にいたナギリ=クラヤとシャラクティ=オリレインは堪らず風にその身体を巻き上げられ、吹き飛ばされる。
彼らと爪糸で繋がっていたリリレットまでもが影響を受けた。爪糸を接続させていた斜面の一部がオリンピアシスの大地から剥がれ、支えを失った少女の身体も風に巻き上げられる。
気が付けば。
そこには巻き上げられた大地の瓦礫も、何もかもが綺麗さっぱり消え去り、美しい空ばかりが視界一面に広がっていた。
大空に揺蕩う二人。
他には誰もいない、自由でとびきり心地がいい風の世界。
未だに呆然としている勇麻を風に乗せて斜面に降り立ったシャルトル。
背負ったシャルトルへ振り返ろうとする勇麻から隠れるように、その背に気恥ずかしげに顔を埋めて、
「……その。ほら、前に未知の楽園で言ったじゃないですかぁー。アナタは一人じゃないって、私もアナタの為に戦ってあげない事もないって。今のは、その……そういう意味ですからっ。この私に二言はないというかぁー、有言実行がモットーと言うかぁー、自分に嘘をつきたくなかっただけでぇー、先の発言にも特に深い意味とかは……」
まるで言い訳をするように早口で何事かを捲し立てるシャルトル。
勇麻はそんな彼女を見ていると、何だかおかしく思えてきて、堰が切れたように笑った。
「……ぷっ、あははは!」
「なっ、なんでこの展開で笑ってんですかぁーアナタはぁーッ?」
「いや、ごめん。だって。なんか、ホントに嬉しすぎてさ、そしたら会ったころのシャルトルを思い出しちゃって、その、あの頃と今のギャップとかが冷静になってみると面白くて、つい……」
「ついってなんですかぁ、ついって! というか涙が出る程の爆笑、だと!? こ、この扱いは許されませんっ、どうしてこの私がスカーレみたいな残念枠に収まらなければならないんですかぁー!?」
憤慨し、勇麻の背中で両腕を振り回してぎゃあぎゃあ言うシャルトルは、しかし気付かない。
思わずこぼれそうになった涙を誤魔化すように、少年が笑い声を上げた事に。
思い出すのは、未知の楽園とアリシアの崩壊という最悪の危機に駆けつけくれた時のシャルトルの言葉だった。
『――仲間、なんですから。私がアナタを助けに来るのは当然です。だからちゃんと頼ってください。アナタは一人なんかじゃない。いつだって、その隣に並んで戦いたいと思う誰かがいるんですから。……ええ、私だって、その。多少は? アナタの為に戦ってあげますよってコトです』
嬉しかった。
あの時と同じように、勇麻の守りたいものを一緒になって守ってくれた事が。
あんなボロボロの満身創痍の状態で、それでも勇麻を助けようと極限状態で目を覚ましてくれた彼女の行動そのものが、今までの東条勇麻の歩みを肯定してくれているみたいで。
世界の命運が掛かったような大一番でも何でもない、ありきたりな平和の中で、それでも勇麻の勝ちたいという思いに本気で応えてくれた事が。
「……ほんと、ありがとな。シャルトル」
皆の想いを繋いだ旗はちゃんとこの手にある。
勇麻は皆の手で掴んだ今日のこの勝利を、きっと生涯忘れはしないだろう。
見えてきたゴール地点から聞こえてくる大歓声を耳にしながらそんな事を思った。
三大都市対抗戦三日目、『クライミング・フラッガー』。
手に汗握る数々の名勝負を生み出した本競技は多くのメディアやネットでの予想を覆し、天界の箱庭の東条勇麻は天風楓を連れて、その純白の旗を手にゴールへと戻ってきたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
【三大都市対抗戦 三日目 第三種目『クライミング・フラッガー』】
参加人数
・各チーム二名まで。
勝利条件
・浮遊する『天空浮遊都市オリンピアシス』。その逆さ円錐の大地の先端に設置された一つの旗を奪取し、南側に用意されたゴール地点へと到達する。
基本ルール
一、神の力の使用推奨。
一、競技中の選手は、『天空浮遊都市オリンピアシス』の大地に何らかの形で接触している事。他者や物体を通してでも可。五秒以上連続して接触が無かった場合、その時点でパラシュートが開き失格となる。
一、他選手に対する殺害行為を禁じる。死亡者を出してしまった時点で失格。
一、スタート位置はそれぞれ北、東、西に設置し。ゴールは南側とする。
一、フラッグと共にゴールへ戻ってきた選手の所属する都市に得点を与える、都市対抗競技とする。
一、失格による脱落選手が出た場合、該当選手と同チームの選手もその時点で失格とする。
勝利時獲得点数
・勝利都市:六〇点
出場選手一覧
・天界の箱庭
Aチーム 『リーダー』海音寺流唯、戌亥紗
Bチーム 『リーダー』狩屋崎礼音、横森真理真
Cチーム 『リーダー』北御門時宗、十徳十代、
Dチーム 『リーダー』弓酒愛雛、沖姫卯月
Eチーム 『リーダー』天風楓、東条勇麻、
・未知の楽園
Aチーム 『リーダー』リコリス、リヒリー=リー、
Bチーム リリレット=パペッター、ナギリ=クラヤ、
Cチーム 『リーダー』貞波嫌忌、竹下悟
Dチーム 『リーダー』ドルマルド=レジスチーナム、アブリル=ソルス
Eチーム 『リーダー』ホロロ、シャラクティ=オリレイン
・新人類の砦
Aチーム 『リーダー』ロジャー=ロイ、エバン=クシノフ
Bチーム セナ=アーカルファル、クレボリック=シンボル
Cチーム 『リーダー』ドラグレーナ=バーサルカル、シーライル=マーキュラル
Dチーム 『リーダー』トレファ―=レギュオン、イヴァンナ=ロブィシェヴァ
Eチーム 『リーダー』ユーリャ=シャモフ、ゲオルギー=ジトニコフ
補足
・失格チームは失格直前の順位を問わず脱落となる為、例外なく付与される得点の対象外となる。
・競技終了後にルール違反が発覚した場合も失格となる。その場合、本競技で得た得点は没収とする。
【結果発表】
勝利都市、天界の箱庭:六〇点。
【三日目終了。合計得点発表】
天界の箱庭:七五 + 六〇 → 一三五点
未知の楽園:一六〇 + 〇 → 一六〇点
新人類の砦:一〇〇 + 〇 → 一〇〇点
【個人総合、上位三名】
一位、天界の箱庭・十徳十代:五七点
二位、未知の楽園・ホロロ:三五点
三位、天界の箱庭・狩屋崎礼音:二八点
※チーム戦に参加して得た得点の三割が個人総合の得点に加算される。なお同チームに所属していても競技に参加しなかった場合、得点は加算されない(都市対抗戦はチーム戦の方式で得点計算される)。
※個人による競技、個人戦の場合は得た得点がそのまま加算される。
・四日目は休息日とし、五日目より競技再開とする。五日目、第四種目発表。
【三大都市対抗戦五日目、第四種目『人魚姫の滝登り』】




