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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第六章 序 三大都市対抗戦・上
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第二十二話 対抗戦三日目Ⅲ――少女達の意地:count 5

 葉巻から紫煙燻らせ、黒の軍服が立ちはだかるようにして風に靡く。


 ロジャー=ロイ。


 刈り上げた金髪と、無精ひげ。大人の色香とでも言うべき渋さと、胡散臭さを内包した男だった。

 一二〇度に傾く壁面に、両足を足首までめり込ませるという力技で立つその男は、全てを見透かすような青い瞳でシャルトルを真正面から射抜いていた。


「青い果実ってのは本来そこまで好みじゃないんだが――個人的に確かめなけりゃならん事が出来ちまってな。ちょいと悪いがお付き合い願おうか『暴風の姫君』」

「――後輩ちゃん!! 逃げてッ!」


 え、と。誰よりも早く危険を察知した戌亥の言葉の意味をシャルトルがはっきり捉えるより早く。

 ロジャー=ロイが壁面を踏み砕きながら駆け出した。 

 

「――ッ!?」


 速い。

 足を楔のように打ちこむ力強い走り。

 剛脚を地面へ打ち込み、踏み砕き、引き抜き、打ち込む。この繰り返し。それを凄まじい速度と馬力で行い、ロジャー=ロイは反りかえる壁を疾く走る。

 前傾斜の壁面に対応する為、必ずどちらかの足が壁を踏み砕きめり込んでいるという状況を保っている人間の速度とは思えない。

 ロジャー=ロイは反りかえる壁を苦も無く駆けあがり、シャルトルとの距離を瞬く間に縮めていく。

 しかしそこで、ロジャー=ロイとシャルトルとの間に割り込む影があった。


「こっち無視してんじゃねえよ、この変態オヤジが!」


 東条勇麻。

 十徳十代の念動力サイコキネシスの補助を得て壁面に立つ少年は、迫る格上を前に一切怯むことなく拳を握る。


 仲間が狙われているのを黙って見ていられる訳がなかった。それに何より、目の前の男はその口ぶりからどういう訳か楓個人に執着があるらしい。

 彼女の幼馴染として、理由如何によっては見過ごせない。


「……男共は黙ってろって言ったんだが、聞こえなかったか? まあいいや……」


 ロジャー=ロイは、無謀にも我が道を塞がんとする少年を見て呆れたような苦笑を浮かべ、


「なら、せいぜいド派手に吹っ飛べよ……!」

 

 さらに一段と力強い蹴りが壁面を揺るがし、ロジャー=ロイはその身体を一気に加速させた。

 岩肌を削りながら高速で迫る男に、勇麻もまた勇気の拳(ブレイヴハンド)によって強化された身体能力によって応じる。

 初っ端からフルスロット、闘志を燃料とし楓への思いを糧に勇気の拳(ブレイヴハンド)がその熱量を上げる。

 重力さえも味方に付けた吶喊。壁面を破壊しながら走るロジャーとは裏腹に、兎のように軽やかな接地で水きり石のように跳ね走りロジャー=ロイを迎え撃つ。

 ――十徳の念動力サイコキネシスによって特殊な力場を纏い、自身に掛かる重力のベクトルを都合よく壁面に対し垂直方向へと改竄して貰っている勇麻は、平面に立つのと同じ感覚で一二〇度の傾斜面で活動可能になっている。

 そして、十徳の念動力サイコキネシスによる補助の凄まじさは、十徳による継続的な制御の必要がなく干渉を受けている勇麻達自身にある程度のコントロールが可能という点だろう。

 制御、とは言っても特殊な力場のオンオフがリアルタイムで可能な程度だ。

 しかし制御に慣れればオンオフの切り替えのみで、壁面を平面であるかのように自由に動き、自由落下中であるかのように急速に加速することができるのだ。


 三〇メートルもあった両者の距離は、瞬きの間に縮まりゼロへ。

 咆哮と共に振り抜いた拳と拳が真っ正面からぶつかり合い、放射状に衝撃波が弾けた。


「くっ……!?」

「へぇ……」


 吹き抜ける拳圧と衝撃が後方のシャルトル達の髪を揺らす。

 どちらも譲らない。

 互いの一撃は決定打にはならず、初手の打ち合いはほぼ互角。


 勇麻の勇気の拳(ブレイヴハンド)の一撃は、凡百の神の能力者(ゴッドスキラー)ならば鎧袖一触の威力を秘めている。ならばそれと拮抗したロジャー=ロイの一撃は並みの威力ではないはず。

 だが、何かがおかしい。 

 ロジャー=ロイの拳は確かに痛烈ではあるが、勇麻はその威力に僅かに足の裏を上滑りさせたのみ。

 とてもじゃないが、勇気の拳(ブレイヴハンド)の一撃と拮抗できる程の威力があったようには思えないのだ。 

 対してその勇気の拳(ブレイヴハンド)を正面から迎え撃ったハズのロジャーに至っては、興味深げな笑みで勇麻を眺める余裕すらある。

 

 この状況に勇麻はやはり妙な違和感を感じていた。確かな手応えを、こう。何かにかき消されたような……インパクトの瞬間に感じた消失感は一体……?

 しかしそれが何なのか、説明することができない。


 とはいえ初撃の段階で力が拮抗したというのは勇麻にとっては悪くはない状況なのは確かだ。

 勇気の拳(ブレイヴハンド)は勇麻の精神状態に応じてその力を増減させる。

 違和感の正体が分からず不気味ではあるが、理論上は全力に上限が存在しない勇麻ならば、この男に競り勝つことだって不可能ではないだろう。

 鍔迫り合いのように拳と拳を合わせたまま、一歩も引こうとしない両者。互いに熱視線を間近で交換する中、ロジャーがその口を開く。


「お前が勇気の拳(ブレイヴハンド)か。報告は聞いてるぜ、あの奇操令示を倒したんだって? 確かになかなかのパワーだ。度胸もある。……けどな、その真っ直ぐさじゃオジサンには勝てねえんだよなぁ」 


 しかし、それはあくまでこの勝負が拳と拳による純粋な力比べだった場合の話。

 

「……なあ、言ったろ?」


 ロジャー=ロイの神の力(ゴッドスキル)は、まだ。その真価を発揮すらしていないのだから。


「ド派手に吹っ飛べって……!」


 キィイインッッ!! と、ぶつかりあうロジャーの拳から超音波のような振動が発せられた。


「あっ、がぁああああああっっ!!?」

「東条勇麻ッ!?」


 シャルトルの悲鳴が大空いっぱいに響き渡ったるのを、どこか他人事のように勇麻は聞いていた。

 

 まるで電撃を受けたかのように、凄まじく細微な振動が勇麻の身体に伝播する。

 拳の振動に同期して先の拳の衝撃と拳圧を優に上回る衝撃波が世界に走りぬけ、勇麻の足裏を掬い上げ大空へと吹き飛ばしてしまう。

 重力が消えたようだった。


「くっ、やば……失格……!?」 

 

 空中に投げ出され、縋る物のない浮遊感に不安を激しく刺激される。空で手足をバタつかせる事しか出来ない勇麻。五秒以上壁面に触れなかった場合、その時点で勇麻は勿論、同じチームのシャルトルまでも失格になってしまう。 


 この状況に迅速に対応したのは十徳十代だった。

 涼しげな表情のまま掲げた右手を真っ直ぐ下に振り下ろす、するとそれだけで十徳の念動力サイコキネシスの干渉下にあった勇麻の身体は、標本台に縫いとめられた昆虫のようにべたりと壁面に叩き付けられた。


「へぼっ!? ……さ、さんきゅー、十代。助かった。で、でも今度からはもうちょっと加減してくれると嬉しいかな……」

「ああ、すまない。けれどこちらもあまり余裕がなかったものでね、次は気を付ける」 


 相変わらず表情に変化のない十徳。そのおっかぱヘアーの隙間から覗く瞳は、油断なくロジャー=ロイを見据えている。

 そのロジャーは、「あっぶね。危うく天風楓も失格にしちまうトコだったわ。反省反省……」と呑気に頭を搔いていた。

 ふざけた態度だが、その透徹な青い理知的な瞳からは、一切の油断も慢心も感じられない。

 隙を見せれば即座に喰われる。十徳はそう判断した。


「東条勇麻くん。そろそろ決断した方がいい、ここは天風楓に任せて僕らは離脱すべきだ」

「なっ、でも……!」

「いえ、行ってください東条勇麻」


 十徳の言葉に反論しようとした勇麻を遮ったのは他でもないシャルトルだった。


「このままここに居たら私達は全滅する可能性もあります。だったら丁度都合もいいじゃありませんかぁー。アイツが私に何らかの執着を持っているなら、それこそ私がここでアイツを引きつけておくべきです」

「でも、お前一人を残すなんて、俺は……」

「あの子へ持って帰るんでしょう? 優勝杯。だったら先に行ってください。こっちは大丈夫ですよ。なにせ私は天風楓、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の誇る『最強の優等生』なんですからぁー。……それともなんですか、東条勇麻は私が信じられませんかぁー? 『天風楓』があんなセクハラ親父一人に負けるとでもぉー?」

「それは……」


 自分が天風楓であることを強調するシャルトルを、勇麻は否定することができない。本来ならば楓に託すべき場面であるからこそ、シャルトルもそれを理解して言葉を選んでいる。

 勇麻が反論できずにいると、シャルトルは「そんな訳でぇー」と一度言葉を区切る。

 最強を名乗る少女は、その身体に風を纏って無理やりに不敵な笑いを浮かべ、


フラッグはアナタ達が取ってきてください。私はここで、このむさいオッサンと最強決定戦でも勝手にやってますんでぇー」


 シャルトルと天風楓は確かに『風』という同じ属性の力を操る神の能力者(ゴッドスキラー)だ。

 だが、その戦闘スタイルはそれぞれ大きく異なっている。


 『風の衣』と呼ばれる攻防一体の風を身体に纏って戦うのは、天風楓の戦闘スタイルだ。

 楓は自身を大気という全体の流れの一部に取り込み、空間全てを掌握する。

 索敵から探知、相手の攻撃の軌道の先読みまで、楓が戦場に立っているだけで敵は丸裸になってしまう。常に圧倒的優位を保って、その莫大な干渉力で全てを圧倒する。 

 『風の衣』もその一環。

 身に纏った風で全ての攻撃をいなして無力化し、圧倒的な干渉力と範囲殲滅力を持つ遠距離砲撃で空間を支配、数多の敵を最大火力で殲滅することに長けたうえ小細工までそつなくこなす、攻防全てにおいてどこにも隙のない最強の万能型。

 それが最強の優等生と名高い天風楓の戦い方だ。


 楓を空間『全』てに対応する風使いだとするならば、対するシャルトルは一点集中――『点』に対応する風使いだと言えるだろう。


 素早いフットワークで戦場を駆け回り、徒手空拳で戦うことも可能なシャルトルは近中距離でこそ力を発揮する。

 防御ではなく攻撃を突き詰め、切れ味と威力を優先し、風を薄く鋭い刃のように扱う。彼女が多用する風の圧縮弾も、一点に圧縮する事による破壊力と突破力を意図したもの。

 そもそも自分一人で戦闘を行うような戦術を構築していない彼女は、四姉妹のメインアタッカーの一人として攻撃に特化している。

 サポート前提のチーム戦に適応し進化してきたシャルトルと、一人で全てをこなす万能型の天風楓。

 防御までもを自力でこなす楓とは違い実戦での防御などのサポートはセルリアとセピアを頼るシャルトルが、自らに風を纏うことが何を意味するのか。


 小難しい事など分からない勇麻でも、その覚悟だけは受け取らない訳にはいかなかった。勇麻は砕けそうになる程に奥歯を噛み締めながらも、首を横に振る事だけはしなかった。

 

「つー訳で、『ここは私に任せて先へ行け!!』……へへっ、一度言ってみたかったんですよねぇー、この台詞……!」

「……分かった、フラッグは絶対に俺達が取ってくる。だから、これは約束だ。お前も絶対に負けんじゃねーぞ!」


 ――シャルトル! と心の中で続く名前を叫び、勇麻は十徳と戌亥と共にロジャー=ロイの横を駆け下りて行く。


「後輩ちゃーん! 後からちゃんと追いついて来ないと、嫌なんだからねー! 約束だよー!」


 戌亥も後に続き、しんがりを十徳が務め、三人の姿はみるみる内に遠ざかって行った。

 シャルトルはそんな三人の背中に眩しそうに目を細めて、


「……ええ、約束です。ちゃんとアナタの頼れるシャルトルの勝利を祈っていてくださいよぉー、東条勇麻。そうしたらこの約束、きっと果たしてみせますから……!」


 その言葉と共に、目の色が変わる。

 完全にスイッチを入れたシャルトル、仕事モードに入った彼女の集中力は、気紛れな四姉妹の中でも極めて高い。

 意識をピンと張り詰め、精神を研ぎ澄まし、自身より格上の強敵を前に、最大級の臨戦態勢へ移行する。

 そんな油断ないシャルトルを眺めながら、ロジャーは相変わらず肩の力を抜いた自然体でいる。


「……さて、これでようやっと二人っきりでお話ができるな、御嬢さん」

「その呼び方辞めて貰いません? なんか背筋がゾワゾワってするんですけどぉー?」 

「へえ、だったら何て呼べばいいのかオジサンに教えてくれよ。最強の優等生? 天風楓ちゃん? それとも――他に名前がある、とか?」

「――っ!」


 分かりやすい合図も何も無い。 

 ただ、その言葉が発端となった。

 風を纏ったシャルトルの身体が、ブレるようにその場から掻き消える。


(……やはり。どういう訳か知りませんが、コイツ、私の正体に勘付きかけているッ! 何故新人類の砦(アンノウンエデン)の人間がこの件に絡んでくるのかは知りませんがぁー、この状況で戦闘を長引かせたくはありません。速度なら私が一枚上手。一撃で意識を刈り取る……!)


 シャルトル一人が残った理由もここにある。


 都市の誇るエース同士の一騎討ち。

 ここで勇麻たちが取るべき行動はエースを信頼して場を任せる事であり、過剰にシャルトルを心配し、その場にとどまろうとするのは敵の疑念を肯定する行為に他ならない。

 東条勇麻も何か不穏な空気を感じ取っていたようだが、おそらく、ロジャー=ロイがシャルトルの正体に疑念を抱いて接触してきた事にまでは気づいていないだろう。

 もしそれに気づいていれば、否が応でもこの場に残ろうとしたはずだ。


 ならばシャルトルが今成すべき事とは、天風楓を演じ切り、最強の優等生として、このピンチを切り抜けること。

 目の前の敵を打倒し、その強さを証明すること以外に道はない……!!


 低く、地面を舐めるような低姿勢で駆けるシャルトルが、先手必勝とロジャー=ロイ目掛けて腰だめに構えた掌底をアッパー気味に振り抜き、同期するように風の圧縮弾を繰り出す。

 高身長のロジャーの視界から上手く消えたシャルトルの放つ一撃に、ロジャーは咄嗟の回避が追い付かない。

 

「おおっ!?」

 

 驚愕の声と共に直撃を受け、『天風楓』によってロジャー=ロイが撃破される――かと思われた。


「ナンちって」


 驚愕に頭を打たれたのはロジャーではなくシャルトルの方だった。

 ロジャーの肉体に触れた途端に風の圧縮弾は消滅。傷一つ与える事無く、シャルトルの眼前で空気に溶けて霧散してしまったのだ。

 顎を撃ち抜いたはずの掌底も同様。手応えがかき消され、脳を揺らすはずの振動がうまく伝わっていない。攻撃をいなされた。でも、どうやって――


「――ッ!?」


 お茶目に舌を出すロジャー。シャルトルは思わずその場でブレーキを駆け、反射的にロジャーから離れようとするが。


「あんまし女の子に乱暴は働きたくないんだが、な……!」


 悪手だった、と自身の判断を後悔した時にはもう遅かった。

 飛びずさった瞬間、リーチのあるロジャーの腕がシャルトルの細い脚を鷲掴みにする。そのままモーニングスターのように、軽々と少女の身体が振り回され投げ飛ばされた。

 

「ぐっ、がぁ、ごばっ!!?」

  

 上方向目掛けて投げ飛ばされたシャルトルは、そのまま受け身も取れずに傾斜のある壁面にめり込むように激突した。

 衝撃、激痛、眩暈、暗転。

 背中を強かに打ちつけ、息が詰まる。呼吸ができない。二酸化炭素の代わりに血を吐き出し、内臓が苦しげな蠕動を繰り返す。脳裏で星が弾け、視界に暗幕が降りそうだ。

 壁面にめり込み力無く揺れるシャルトルに、ロジャー=ロイは無慈悲に告げる。


「御嬢さん、“アンタが本当に『最強の優等生』だってんなら、対処して見せろ”よ?」


 力の溜めを作り、弾けるようにロジャー=ロイが大地を蹴った。

 放たれる一撃は――

 ――冗談のような跳び膝蹴り。

 砲弾の如く飛来する無骨な膝を、シャルトルは意志力を振り絞って生成した風の圧縮弾の連撃で迎い打つ。

 

 空中で爆発が連続した。


「はぁ……、はぁはぁ。げほっごほっ……はぁっ、はぁっ、全く、驚かせてくれま……ッ!!?」 


 次の瞬間、全弾命中の手応えに安堵と共に息を整えようとするシャルトルが見たのは、勢いを殺す事無く白煙を切り裂いて飛来する膝の先端だった。

 目を見開き、驚愕に急かされるように最大出力で壁に掌を叩き付け風を噴射。壁面から抜け出し、右へ転がるように緊急回避する。

 すんでのところで跳び膝蹴りを回避するも、砕かれた岩肌が散弾のようにシャルトルを傷つけ、ロジャー=ロイの追撃がさらにシャルトルを襲う。

 死神の鎌のような凶悪な回し蹴り、ジャブからの右ストレート、前蹴りからの延髄を狙った二段蹴り。連続して繰り出されるそれらの攻撃を、シャルトルは風を纏った両腕を駆使してどうにか捌こうとする。


「ぐぅ……っ!」

「随分な有り様じゃねえか、天風楓。……いや、その名を騙る御嬢さんよぉ」


 だが威力を殺しきれない。攻撃を受ける度に、必死に纏っている風の防御を剥されているような感覚さえ感じる。 

 捌き切れずガードの上から拳を受ける。重たい衝撃がシャルトルの頭を揺さぶった。

 くらつき、たたらを踏む少女の鳩尾へ、追撃の蹴撃が容赦なく蹴り込まれる。

 五メートル以上軽くぶっ飛び、背中から壁面に叩きつけられた。

 空気と共に血反吐をも吐き出して、シャルトルはそれでも立ち上がる。

 もっとボロボロだった少年を知っているから、立ち上がれる。


「おいおい御嬢さんよ。もうそろ諦めた方がいいんじゃないか? そう無理して取り繕う事ないと思うがねえ? 女の子は自然体のままが一番、貧しい胸隠そうとパッド入れてる子の気持ちは理解できなくはねえが、オジサンみたいのからしてみれば胸に対する羞恥と滑稽さとが増して弄りがいが増えるだけだぞ?」

「この……っ変態オヤジ、誰の胸が……ぺったんこ、ですかぁ……!」


 元より攻撃特化のシャルトルに、風を防御に転用する技術はほぼ皆無。また干渉レベルAプラスの楓との力の差はアルファベット以上に大きい。威力を犠牲にして防御に風を回せばその分攻撃までも中途半端になり、シャルトルの持ち味が死んでいくばかりだ。

 ロジャー=ロイという男は、天風楓の真似などという付け焼刃で勝てるような相手では決してない。


 だが、それでも。


 ここで見栄を張れないようならば。彼の守ろうとしているモノを手放してしまうくらいならば。シャルトルが天風楓役を買って出た意味がない。


「――はぁああああああああッッ!!」

「ぬぅ……!」


 決死の咆哮と共にその身に纏う風の出力を最大へ。自身を包み込み守る衣のイメージから、自身の周囲の全てを薙ぎ払う暴風へ。操る風のイメージを攻撃的なモノへと書き換える。

 慣れない守備的な意識から抜け出した事でうまく力の歯車がかみ合う感触があった。コントロールも何もかもを投げ捨て、ただ暴力的に、衝動的に、力を叩きつける感覚。すると瞬間的に竜巻のような暴風がシャルトルを中心に巻き起こり、ロジャーを間合いの外へ強引に弾き飛ばす事に成功したのだ。

 仕切り直しを図ったシャルトルは、暴風を隠れ蓑に耳の中に仕込んだ緊急時以外使用不可のインカムをオンに。すぐ近くの空域で待機しているセルリア達に小声で通信する。


「――聞えますか、セルリア姉ちゃん。敵は私の正体に勘付きかけています、負けるのはマズイ。しかし、このままやれば私はロジャー=ロイに敗北するでしょう。ですから今から、私にありったけの『強化』を……!」

『シャルトルちゃん……。でも……』

『無茶だ馬鹿シャルトル! あれはアタシらが互いに直接触れる事で効果を発揮する。んな事お前だって分かってんだろ!?』

「ええ、分かっていますよ。けれど、私達は四人で一人の神の能力者(ゴッドスキラー)。例えただ一人で敵に立ち向かおうとも、私は独りで戦っている訳じゃない。互いに常に干渉し合っている私達ならば出来るハズです。自身を通して間接的に私達を『強化』することが……!」


 それは一種の賭けであった。

 『始祖四元素ビギニングフォース』という特殊な神の力(ゴッドスキル)を持つ彼女らだからこそ見える一つの可能性。

 互いに干渉し合い、四人が一緒に居なければ著しく干渉力が弱体化してしまう彼女達は、互いの身体に直接触れる事でそれぞれの属性に起因する追加効果を与えることが出来る。


 破壊の象徴たるスカーレの『火』ならば、攻撃力の上昇。

 軽さを与えるシャルトルの『風』ならば、速度の上昇。

 流れの象徴たるセルリアの『水』ならば、体力の回復を。

 固形物を司るセピアの『土』ならば、防御力の上昇を。


 掌により直接触れる、という行為自体にある種の儀式的な意味合いがあるのは知っている。

 やるだけ無駄かもしれない、そんな事は分かっている。

 それでも、出来るはずだ。

 時に貶し合い、おちょくり合ってくだらない事で喧嘩をして、相手の嫌な所なんていくらでも言い合う事が出来る姉妹だけれども。鬱陶しいとも、ウザったいとも、いつも思っているけれど。

 一緒に居た時間だけは、他のどんな姉妹にも負けないと思っているから。

 共に居た時間がたしかに育んだこの絆は、誰にも壊せないと他でもないシャルトルは信じている。

 この瞬間も、シャルトルはセルリアと。スカーレと。セピアと。四人一緒に戦場に立っているのだから。


『……なっ!』


 私達なら出来るよ、という力強い声があった。 


『……』

『……』


 無言でただ交わされる吐息。けれどそこに確かな肯定の色がある事を、シャルトルは顔を見ずとも理解する事が出来た。


 全く、仕方ねえなぁ、と呆れたように笑うスカーレと。

 うちの妹は健気で可愛いわ~と、嬉しそうに満面の笑みを咲かせるセルリア。

 そして平淡なジト目でこちらへ向けサムズアップをするセピア。


 そんな姉と妹の姿をシャルトルは強く幻視する。現視する。


「……ありがとうございます、皆。何だかんだ言って、嫌いじゃないですよぉー。クソッタレの馬鹿ねーちゃんズとアホ妹」


 ……シャルトルが一人この場に残った理由。あれには実は続きがある。

 勿論、任務を果たす為。自分の正体を悟られない為に一人で勝つ必要がある、というのも本当の事だ。

 

 だが、あの瞬間シャルトルが最も強く思った事は「あの場に勇麻が残ってしまえば、彼の望む優勝はますます遠ざかってしまうのではないか」などという任務とは欠片も関係のない、私的な感傷であった。


 任務に挟むべきではない私情を挟んでいるという自覚はある。馬鹿な事を考えてしまったものだと笑う自分もいる。

 けれど、それでもシャルトルは、勇麻の力になりたかった。

 初日の顔合わせから調子に乗って迷惑を掛けた分を挽回したかった。ふざけてしまったことをきちんと謝りたかった。ちゃんと自分の仕事と責任を果たしたかった。勇麻の為に何かをして、褒めて貰いたかった。

 未知の楽園(アンノウンエデン)で勇麻に告げたあの言葉を、嘘にはしたくなかった


 そしてなにより、ずっとずっと証明したかった。


 自分の価値を。自分達の価値を。天風楓に、その名前に、もう負けてしまいたくなかった。


 天風楓だったら勝てた、そんな言葉は死んでも聞きたくなかったから。

 

「……勝ちましょう。それが私達の仕事で、誇りだ……!」


 それだけを言って、シャルトルは通信を切った。


 貫きたい感情があった。

 突き通したい誇りが、意地があった。

 ただ一人の少女として、四人で一人の神の能力者(ゴッドスキラー)として。


 負けられない理由がここにはあった。


 ここで勝てねば、何も残らない。


「……ロジャー=ロイ」


 シャルトルをベールのように包み込んでいた風の密度が薄まる。視界が開け、眼前に立ち塞がる強敵の姿が見える。

 だけど、怖くなんてない。

 一人でも、決して独りではないと知っている。

 四人一緒ならば、シャルトルはどんな強敵にも立ち向かっていける。

 

 だから、力を。


 彼の守ろうとしている平穏を脅かす敵に、大いなる風の一撃を。 


「私は、証明しなければなりません……」


 劣等感など振り払え。

 

 敗北の記憶を塗り替えろ。

 

 強者の誇りを取り戻せ。


「他の誰でもない、私は私達自身の為に、アナタに勝ちます。そうでなければ、意味がない。何も証明できないんですよ、私は……」


 シャルトルが纏う風、それが流れるように少女の掌の一点へと収束していく。

 傷は癒され、力が沸き上がる。溢れるばかりの力がどこからともなく湧き上がってくるのが分かる。

 この場にはいない他の姉妹たちの力が流れ込んできている。ここに居なくても確かに繋がっている、一緒に戦っている。そんな家族の暖かさを感じながら、シャルトルは己に流れ込んでくる力を制御し、風を練り上げる。

 そうして気付けば、シャルトルの掌には一振りの長槍が握りしめられていた。


 それは、実際に彼女の手の中に槍が存在するのではなく、そうであるように世界に錯覚させる幻影の槍。


 水と火の元素エレメントが水槽に強い光を当てた時のような光の屈折が視界に槍を映し出し、シャルトルが操る風の元素エレメントが空気の流れを生み出し、まるでそこに槍があるかのように振舞い実在を錯覚させ、あやふやで今にも破綻しそうなそのイメージへ、土の元素エレメントが質量を与える事で幻影を固定化し現世へ留める。


 『幻想魔槍エ・フィメロ・ファンタズマ』。


 四大元素の力を重ねあわせる事により、あり得べからざる空想上の槍をこの現実世界に投影する。

 本来ならば四人で行う彼女達の最終奥義が、今、“ソレ”を証明する為に姉妹達より託された。


「証明? 俺に勝つことで御嬢さんが本物の天風楓だって事を証明するとでも?」

「いいえ、全然違います」


 ロジャー=ロイの言葉をきっぱりと否定して、少女は吠える。


「女の子の意地ってもんをですよ……ッ!」


 刹那、少女の右手が閃き槍の一撃が解き放たれて――



☆ ☆ ☆ ☆



 フラッグまでもう残り五〇〇メートルと言った地点。

 シャルトルと分かれフラッグを目指す勇麻達もまた、厄介な相手と遭遇していた。 


「くそっ! 全然追いつけねえ……!」

「坊や先輩、もっと速度でないんですかー!? あれじゃあの子にフラッグ取られちゃいますよー!」

「……ああ、そうなるだろうね」

「そうなるだろうね、じゃなくてですね~!!」


 叫ぶ勇麻の後方で戌亥がぶーぶーと十徳に文句を垂れる。だが十徳の念動力サイコキネシスはあくまでこの傾斜面で平面と同じように動けるようサポートしているに過ぎない。

 視線の先を行く彼女に追いつくには、自力でどうにかするしかない。


 褐色の肌に輝くような金髪を耳の後ろで結びおさげにした少女だった。

 身に纏う民族的な衣装は胸と局部に布を巻きつけただけ、と言った露出具合で、申し訳程度に腰に巻いたパレオのようなひらひらとした布が少女の幼く華奢な肢体を艶めかしく覆い隠している……のだが、今は重力に負けてその役割を放棄してしまっていた 。そのせいで色々際どい所が丸見えの状態だ。

 唯一のおしゃれと言っていいのか、動物の牙を数珠のように繋いだネックレスを首から掛けていて、鼻の頭と頬には石灰のような白い紅でペイントが施されている、どこかシャーマンめいた雰囲気の少女だった。

 

 現在個人総合で二位につけている未知の楽園(アンノウンエデン)Eチーム『リーダー』の少女ホロロ。


「うんうん、ありがとなっ。ホロロのトモダチはやっぱり皆いい子だなー! なあなあ、もっとホロロに教えてくれよ。崖の下り方、獲物を狩るときの走り方とかさー!」


 総合しておよそ人前に出るべきではない格好をしているホロロは、靴も靴下も履かずに素足で大地を踏みしめ、獣のような四足歩行の姿勢のまま凄まじい速度で地を駆ける。

 ホロロは旗目掛けて真っ直ぐに壁面を降りるのではなく、大きく斜めに弧を描くような軌道で前傾斜の斜面を降りていた。

 ……一二〇度の傾斜に対してただ真っ直ぐに降りたのでは落下してしまうが、バイクの壁面走行のように円を描きながら地続きに進めば落下する事はない。そしてその光景は、今のホロロが純粋な身体能力でトップを走っていることも意味していた。

 何かのテレビ番組で見た事がある、切り立った崖を駆け下る山羊のような普通の人間には到底真似できない俊敏な挙動でどんどん距離が開いていく。


 さらに最悪な事に、前を行くホロロだけに意識を向けていられる状況ではなくなっていく。


「――!?  坊や先輩、後輩くん、三秒後左に回避……ッ!」


 戌亥の敏感な嗅覚がいち早く危機を察知した。

 彼女の叫ぶ声に合わせて緊急回避。三人は左に大きく跳び、数秒前まで勇麻達が居た場所から間欠泉のような勢いで溶岩が噴き出した。

 ……見覚えのある神の力(ゴッドスキル)だった。相手選手を殺しかねない高威力の攻撃を、躊躇いなく感情任せに連発するこの短気さにも覚えがある。


「ああ……彼らか。まあ、当然こうなるだろうとは思っていたよ」


 十徳は振り向き背後を確認すると顔色一つ変えずにそう言った。

 しかし、背後に迫る強敵たちは勇麻にとっては顔色を変えるには十分な光景であった。 


「よう、バッタ野郎。遊びに来たぜ」


 まだ距離はあるが、五感含む身体能力が上昇している今の勇麻には彼女の口がそう動いたのを確かに捉えていた。


「……マジかよ」


 ユーリャ=シャモフとドラグレーナ=バーサルカル。そしてその少し後に続くシーライル=マーキュラル達新人類の砦アドバンスフォートレス陣営。

 そして先頭をぶっちぎるホロロの後を大きく遅れて追う未知の楽園(アンノウンエデン)の選手達も着実に後を追ってきている。

 このままではホロロに追いつく前に、ユーリャ=シャモフやドラグレーナ達の遠距離攻撃を浴び続ける羽目になる。

 

「……ああ、こうなった以上は仕方がないか」

 

 どことなく他人事な諦観を含んだ声が聞えた、と思うと十徳がいきなりその場で反転し立ち止まった。

 驚き、思わず急ブレーキを掛ける勇麻と戌亥。そんな二人を振り返りもせず、おかっぱ頭の少年は迫りくる強敵を見据えながらいつも通り静かに口を開いた。


「……ああ、一〇分だ。それ以上の足止めは流石に厳しいかな」

「十代、お前……」

「行け、東条勇麻くん。戌亥紗さん。大物二人は僕が抑える。他までは流石に面倒を見切れないから、そこは君達で対応してくれ」

「でも、お前みたいな子供にそんな危険な役を任せる訳には……!」

「……ああ、その義憤は尊いモノだけれど、僕みたいな人間をそう心配する必要はないよ。東条勇麻くん。元々そうやる気はなかったが、これは年長者の意地のようなものだ。意固地になったと言ってもいい」

「年長者って、お前何を言って……」

「ああ、安心していい。君たちにかけた念動力サイコキネシスなら多少離れていても問題なく作用する。それに足止めと言っても君達が戻ってくるのを待つだけだ。僕も無理をするつもりもない」

「俺はそういう事を言ってるんじゃ……!」

「後輩くん、行くんだよ! 後輩ちゃんと坊や先輩の覚悟を無駄にするの……!? 私達がこれでフラッグを取れなかったら、何の意味もないんだよ!?」

「ッ!」


 戌亥の言葉に、勇麻は己の胸中で荒れ狂う感情の奔流をどうにか抑え込んだ。

 そうだ。勇麻は進まなければならない。シャルトルと約束した、楓に優勝杯を渡すのだと決意した。

 それを無駄にする事は勇麻を信じてくれた彼女達への裏切りだ。だから、


「ごめん、十代、頼んだ……!」

「……ああ、時間がもったいない。早く行くんだ」


 勇麻と戌亥は十徳に背を向け、再びホロロの背中を追いかけはじめる。

 十徳はしばしの間瞳を閉じ、集中力を高めるようにして、


「ああ、悪いけど……しばらくの間、ここから先へアナタ達を通してやる訳にはいかないんだ」

「なあおいガキ。アタイの耳がぶっ壊れたんじゃなけりゃあ、今アタイらを止めるって言ったのか? オマエが?」

「ドラグレーナ、落ち着きなさ――」

「――ああ、君のような頭の悪そうな人でもそう理解できるように言ったつもりだよ」

「なるほど了解さては死にてえんだなァオマエッ!!!」


 ……さて。

 額に手を当て、深く溜め息を吐くユーリャ=シャモフと怒り狂って頭に血を昇らせたドラグレーナを見やりながら十徳十代は思案する。

 ドラグレーナ=バーサルカルの頭に血を昇らせるのはそう難しくはなかったが……敵にはユーリャ=シャモフもいる。

 

(ああ、……この二人を同時に相手にしなければならないのか)


 勇麻と戌亥には一〇分などと大口を叩いてしまったが、相当うまく立ち回らなければ五分だって厳しいだろう。

 

「……ああ、彼らがあまりにも青臭くて眩しかったせいか、つい釣られてあんな啖呵を切ってしまったが……僕らしくもない。やはりここは北御門さんに僕を巻き込んだ代償を払って貰わねば割に合わないな」


 久しぶりに湧き立つ血と心臓の高鳴りに身を任せ、十徳十代は両手を前に突き出す。

 この二人を抑えるとなると、それ相応の全力が必要になるだろう。

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