第十九話 対抗戦二日目Ⅱ――欠落の記憶:count 6
『三種競技』二種目目、『銃雨回避』。
文字通り、雨のように降り注ぐ銃撃をどれだけの時間躱し続ける事が出来るかを競う競技だ。
舞台は、スタジアム中央に用意された超強化ガラスの立方体。一辺五百メートルの透明な密室に設置された複数の『6砲身ガトリング回転式自律無人キャノン砲』……通称『M61 Mk.5』から銃撃――安全を考慮して、実弾ではなくペイント弾を使用――が放たれる事によって競技が進行。一分経過する度に難易度が上がり、一〇分間で合計九万八五五〇発の弾丸が飛び交う事になる。
『速さ』を競う競技ではあるのだが、『重量投げ』同様、スピード系の神の力を持つ者が勝利できるとは限らない。
というよりもぶっちゃけ、運営の意図を無視して防御系統の力を持つ神の能力者が勝ってしまう事が多い競技として有名だった。
なにせ、銃弾の雨と呼ばれる弾幕の厚みが、この競技を考えた人間の頭の出来を疑うレベルで馬鹿げている。
一〇分で九万八五五〇発、と言われても実感が湧かないかもしれないが、要するに単純計算で一秒間に一六四発の弾丸がばら撒かれる致死地獄をかすり傷一つ負うことなく生き残る事を要求されているのだ。
実際は一分経過する度に秒間辺りの弾数が上昇していく為、最後の一分間はこれ以上に分厚い弾幕を潜り抜ける事を要求される羽目になる。
『第二種目は「銃雨回避」! 一〇分間でおよそ一〇万発の弾丸の雨が降り注ぐ、運営の頭沸いてんじゃねえの!? で、お馴染みのこのアホ競技! 今年こそは完全クリアの猛者が現れるのか、シオンちゃん超期待だぜーっ! ……って、感じだったんだが、既に死屍累々! トップバッター、エバン=クシノフが善戦するも二分十二秒、続く薬淵良いとこ無しの五十八秒! その後セナ=アーカルファルと狩屋崎礼音、そしてリリレットパペッターが挑戦するも、狩屋崎は二分三十五秒、リリレットが二分五十七秒と三分の壁の前に撃沈! 現在の最高記録は唯一三分の壁を越えた新人類の砦Bチーム・全身ごっつい鎧姿のセナ=アーカルファルの三分四十八秒! てか女の子だったなんて聞いてないぞぉーッ! そのお顔をシオンちゃんに見せておくれよ~~!』
『意思を纏いし者』。
周囲の鉱物を取り込み、自動修復するゴーレムじみた生きた鎧を全身に纏う神の能力者の少女、セナ=アーカルファル。
彼女は全身を覆う鎧を部位ごとにパージ。身体の周囲に浮遊させ、盾のように展開する事で銃弾の雨を凌ぎ続けていたのだが、顔を覆う甲冑だけはパージしなかったのが災いし、顔面にあたり判定を貰いアウト。
四分台に到達することなくチャレンジ終了となっていた。
『そしてお次はこの男だァーっ!! 注目ゼロの状態からド派手な爆発で全てをかっ攫って行った超新星ボーイ! 天界の箱庭Eチーム・泉修斗ォォオ! 今回も何かをやらかしてくれそうな気配がプンプンするぜぇーッ!!』
実況の音羽シオンの煽り文句がぐいぐいとハードルを上げて行く中、入場口から現れたその男は全く動じた気配を見せなかった。
「……ハッ。わりぃがこの競技、攻略法は見えたぜ」
既にその顔に勝ち誇ったような笑みを湛えたまま、泉修斗は自信満々と言った様子で舞台へと上がっていく。
超強化ガラスで出来たルームへと入り、拳を構えた泉修斗の瞳に映るモノはただ一つ。
『それでは泉修斗による「銃雨回避」! レディ……ゴーッ!』
勝利のみ。
「ぶっ殺す……!」
勝鬨を上げ、炎脚で地面を勢いよく蹴り付けた。
対抗戦における競い合いを心の底から楽しんでいる者の顔で獰猛に笑い、泉修斗はスタートの合図と共に自身の身体をマグマのように燃焼させて走り出す。
地面や天井、壁からにょきりときのこのように生えているガトリング砲から、まずは秒間〇.五発。二秒に一発の間隔でターゲット目掛けてペイント弾が放たれる。
一発でも当たれば即ゲームオーバー。故に挑戦者の殆どが守備を固め、防御をすり抜ける弾丸へ迎撃を行うと言った戦法を取る中、泉修斗が選択したのは。
『おおっとー!? 泉修斗これはどういう事だぁー? 弾丸をばら撒くガトリング砲目掛けて、自ら突っ込んで行くぞぉー!!?』
困惑の声を上げる実況と観客を無視して、泉修斗は脇目もふらずに弾丸を放つガトリング砲へと突っ走っていく。
まだ弾幕とは呼べない散発的な銃撃を軽々と躱し、時には自身から発する熱波で強引に軌道を捻じ曲げて、泉はほんの数秒の間にガトリング砲へと肉薄した。
そして肉食獣のように獰猛な笑みを浮かべて一言。
「潰れてろや、ガラクタッ!」
振り下ろした炎拳が、秒間二〇〇発以上もの弾丸をばら撒くモンスターマシーンを粉砕し一瞬でスクラップへと変えた。
泉の炎が引火し、爆発。
巻き起こる大爆発に背中を押されるように、泉は頭上へと跳躍。そのまま天井に設置された『M61 Mk.5』をドロドロと燃え盛る炎脚で踏み砕く。爆発が新たな爆発を誘因し、天井とその付近の壁に設置されていた五機が瞬く間に爆破炎上。地上へ着地を決めた泉は、慌てて銃口をこちらに向け直す数機に狙いを定め、足の裏を連続して爆裂させた。
ガトリング砲から銃弾が放たれる頃には、既に泉は距離を半ばまで詰めていた。
そのまま足裏をさらに爆裂させ加速。照準から一気に逃れた泉は、そのまま標的を見失い固まる『M61 Mk.5』の懐に潜り込むと、根元から刈り取るような炎の尾を引く回し蹴りで撃破。吹き飛んだ瓦礫が流星群のように地上の数機に突き刺さり、新たな爆発を生む。
爆発によって生じた黒煙を煙幕代わりに利用し姿を隠し、センサーがようやく泉の姿を捉えた頃には既に破壊の間合いに踏み込まれている。
一切の反撃を許さず次々と破壊を齎すその姿は、まるで生きた猛火。全てを焼きつくし破壊する、燃え滾る赤い獣のようであった。
僅か四十五秒間の出来事だった。
「……ハッ、どいつもこいつも頭が固ぇんだよ頭が。元より躱せねえ量の弾幕張ってくるんだ。だったら馬鹿正直に付き合ってやる義理なんざねえ。だいたい、やられる前にやるなんざ戦いの常識だろうが」
計二十七機。設置された全ての『M61 Mk.5』を一分と経たずにスクラップに変え、自らが生み出した炎熱地獄の中で完全勝利の余韻に浸る泉修斗。
誰が予想できたであろう、その衝撃の結末に皆が息を呑む中。次の瞬間には実況、音羽シオンの興奮に満ちた大絶叫だけが響いた。
『し――失格ーッ!!』
「……あ?」
『……た、たった今、対抗戦実行委員会の方からの連絡があり、天界の箱庭Eチーム・泉修斗の行為は、競技の主旨をはき違えた破壊行為であるとし、ルール違反として失格だァーッ!!? 確かに何かやらかしてくれそうとは言ったが、まさかこんな形でやらかしてくれるとはーっ、どこまで想定外の男なんだ泉修斗ーッ!!?』
鳴りひびく失格の知らせに、会場中の誰よりも泉修斗本人が唖然とした表情をしていたのは、語るまでもない事であった。
☆ ☆ ☆ ☆
【三大都市対抗戦 二日目 第二種目『三種競技』】
参加人数
・各チーム一名
勝利条件
・『力』『速さ』『集中力』の三要素を競う。下記に記された三種の競技を行い、各競技ごとに順位を決定し1~15ポイントを付与。三種目のポイント合計で順位を決定する(※選手が同率ポイントで並んだ場合、両選手間で三つの競技のうち相手を順位で上回った回数が多い方の選手を上位とする)
競技内訳
・一種目目『重量投げ』
用意された重りを持ち上げて投げ、十メートル以上投げる事ができれば記録として認可される。何キロの重りを投げる事が出来るかを競う。各自、挑戦は一回のみ。
・二種目目『銃雨回避』
全方位から撃ち込まれるペイント弾を回避する。時間経過ごとに難易度が上昇する。ペイント弾が身体の一部に直撃した時点で終了。回避し続けた時間で競う。
・三種目目『射撃競争』
空中を飛翔する円盤型の的を制限時間内に何体落とせるかを競う。
基本ルール
一、神の力の使用推奨。
一、競技中の他選手への妨害、攻撃、殺害、その他あらゆる干渉を禁ず。これを破った場合失格。
一、挑戦順はくじ引きにて決定する。
一、各競技ごとにルールがある為それに従う事。
勝利時獲得点数
・一位:三〇点
・二位:二五点
・三位:二〇点
・四位:一五点
・五位:一〇点
・六位:九点
・七位:八点
・八位:七点
・九位:六点
・十位:五点
補足
・失格選手は失格直前の順位を問わず脱落となる為、例外なく付与される得点の対象外となる。
・失格になった場合、まだ競技が残っていたとしても参加する事はできない。
・競技終了後にルール違反が発覚した場合も失格となる。その場合、本競技で得た得点は没収とする。
・各種目の順位による与えられるポイントは、競技終了時に付与される得点とは直接的な関係はない。
【途中経過】
第一種目、『重量投げ』。記録、順位。
一位(15pt)、十徳十代 記録:一〇トン
二位(14pt)、ユーリャ=シャモフ 記録:二.五トン
三位(13pt)、浦荻太一 記録:一.五トン
四位(12pt)、ドルマルド=レジスチーナム 記録:一トン
五位(11pt)、リリレット=パペッター 記録:九〇〇キロ
六位(10pt)、泉修斗 記録:三九〇キロ
七位(9pt)、狩屋崎礼音 記録:二五〇キロ
八位(8pt)、エバン=クシノフ 記録:二一〇キロ
九位(7pt)、シーライル=マーキュラル 記録:一九八キロ
十位(6pt)、セナ=アーカルファル 記録:一一三キロ
十一位(5pt)、ホロロ 記録:一〇一キロ
十二位(4pt)、薬淵圭 記録:八十二キロ
十三位(3pt)、イヴァンナ=ロブィシェヴァ 記録:七十六キロ
十四位(2pt)、レギン=アンジェリカ 記録:五〇キロ
一五位(1pt)、チェンバーノ=ノーブリッジ 記録:なし(持ち上げた岩に押し潰され一〇メートルラインを越える事が出来ず)
第二種目、『銃雨回避』。
暫定一位、セナ=アーカルファル 記録:三分四十八秒
暫定二位、リリレット=パペッター 記録:二分五十七秒
暫定三位、狩屋崎礼音 記録:二分三十五秒
以下、失格により脱落。順不同。
競技の主旨を取り違えた破壊行為、器物破損のため失格。泉修斗
☆ ☆ ☆ ☆
『――さあさあお次の挑戦者はまだまだ幼さ残る愛らしい一四歳、未知の楽園のホロロ! シオンちゃん的には超ーーー期待のロリっ子代表選手だがその実力はいか程か……おおっと、これは……これは凄いぞォ!! ホロロちゃん、両目を閉じたまま、まるで何かが乗り移ったかのような不思議な挙動でゆらりゆらりと身体を振って銃弾を回避していくーっ、何だか神懸ってるぜぇーッ!!?』
スタジアム中に響き渡る実況の声で『対抗戦』の推移を何となく耳にしながら、勇麻と海音寺は階段を降りて下へ下へと向かっていた。
途中聞えた実況によると、泉はルール違反で失格扱いになったらしい。……全く、何をやっているんだと思うと同時、応援してやれなかったのを少し申し訳なく思う。もっとも、それ以上に泉が失格を宣言されてどんな顔をするかをこの目に収めておきたかったのだが。
『天空浮遊都市オリンピアシス』の秘密がこの浮遊島の最下層にあるのだと海音寺は言う。
「どれだけ強力な神の能力者でも、これだけの超質量を二十四時間休みなく浮かせるなんて出来ない。となると、考えられる可能性は一つだ」
「……まさか、『神器』?」
「それをこれから確かめに行くんだよ。さあ、こっちだ」
自分で普通に言って後から気付いたのだが、海音寺は当たり前のように『神器』の存在を知っているらしい。
普通に生活していればまず知りえないであろう単語をどうして海音寺が知っているのか、気にはなるが、そんな事を単なる学生でしかない勇麻が聞くのもそれこそおかしな話だ、と思い口を噤む。
地下へ続く階段はそのだいたいが一階分降りた所で途切れている。構造を複雑にしてテロリストに簡単に占領されるのを防ぐためなのだろうか、ともあれ下に降りるたびに通路を探索し階段を見つけるというのはかなり骨が折れる作業だ。
だが、どういうワケが海音寺は階段の位置と警備の巡回コースを把握しているらしい。彼の後について歩いているだけで簡単に次の階段に辿り着き、途中五分ほど立ち止まったり、わざと少し遠回りをするだけで誰に鉢合わせるでもなく、十数分程度で勇麻達は地下一〇階と思われる階層まで降りていた。
『――五分三秒という超高記録を叩き出したユーリャ=シャモフと、一種目目「重量投げ」で一〇トンの岩石を軽々と投げ飛ばしぶっちぎりの記録を打ち立てた最強の『念動力使い』十徳十代に挟まれてさぞやりにくだろう不憫オーラ漂うレギン=アンジェリカの登場だァ! 「重量投げ」ではビリケツとぶっちゃけ全然イイとこ無しだった彼女、今回は頑張って欲しいもんだぜ!! ……と、ん? んんッ!?? これは……どーいう事だぁ!? ぼけーっと突っ立ているだけに見えるレギン=アンジェリカッ、銃弾が全く当たらないぞーッ!!?』
こんな深くまで降りてきてもまだ実況が聞こえるのか、などと勇麻はどうでもいいところに感心しつつ、実況の告げる試合内容に思わず苦笑を零していた。
レギン=アンジェリカの神の力には勇麻達も手を焼いた物だ。おそらくこの競技の内容ならば、『透過者』のレギンは立っているだけで一位になるだろう。
そんな実況など全く意識にないのか、一方の海音寺は壁に背中を預け、身を隠しながら通路の奥を覗き見て何かをブツブツと呟いている。
「流石にここから先は警備がきつい。……だが妙だな、大切なモノを守っているにしては戦力が陳腐だ。こうも質が悪いのでは、数だけ揃えたところで毒にも薬にもならない。まるで絵に描いた虎のような……盗られる事を前提にしているみたいだ……」
「えっと、海音寺先輩?」
「ん、ああ。大丈夫、心配はいらないよ。ただ、代表選手の僕達が此処をこのまま中央突破をする訳にはいかない。ちょっとだけ裏ワザを使おうか」
人の気配から警備の存在を察した勇麻の「まだ進むのか?」という問いかけにも、海音寺は爽やかな笑顔を崩さなかった。
何と言うか、真面目で優等生然とした彼の爽やかな雰囲気と、今彼が行っている犯罪スレスレの行為とに乖離や違和感がないのが恐ろしい。自分達がやっている事が明らかに一選手の域を超えた行為である事は明白なのに、海音寺が隣にいるだけで自分達にこそ正当性があるように錯覚してしまうのだ。
そんな事を考えていると、海音寺が何の脈絡もなく勇麻の腕を掴み、こう唱えた。
「――液化海牢」
瞬間。東条勇麻がぐにゃりと溶けた。
『――ッ!!?』
『落ち着いて、東条君。大丈夫、僕の神の力だ。本来は敵を水中に引き摺り込んで拘束し無力化する捕縛技だけど、それを応用すればこんな事も出来る』
勇麻が未知の感覚に戸惑っている間に、既に変化は終わっていた。
『これは、水の……中?』
『さっき出会い頭に君の口に蓋をした水塊を覚えているかい? ああいった水塊を僕は常にいくつかストックしていてね。今の僕たちはその水塊の一つに溶け入っている状態だ。水溶液みたいにね』
不可思議な感覚だった。水中に潜り、目を開けた時のようなゆらゆらと光が揺れ輝く世界。水中にいるのに息苦しさは全く感じない。否、それどころかどこを見渡しても自分の身体さえも見当たらないのだ。
まるで自分そのものがこの水中空間と一体化してしまったような、そんな感覚さえ覚える。
『いや、あの、すんません海音寺先輩。全然意味が分からないんだけど。え、てか、さっきから自分の身体がどこにも見当たらないのがとてつもなく恐ろしいんだけどッ!?』
『だから言ったじゃないか、水の中に溶けているって。僕らの身体は液体化して、この水塊に溶けている状態だ。強いていうならこの水の塊の全てが自分の身体って事になるかな』
『……』
ちっともさっぱりだった。身体が溶けているって何だ。じゃあ今自分と海音寺は口も耳もないのにどうやって意思疎通をしているのか、疑問に思えば思うほど意味が分からなくなる。
もう深く考える事を放棄した勇麻。頭痛が痛い展開になりそうなので、神の力に侵食されている無意味な常識など放り投げ、今の自分が陥っている現実を素直に受け止める事にする。
『要するにどういう事? 俺達がさっきのあのちっこい水の塊の中に入ってるってコトでいいのか?』
『認識としてはそれでいいよ。要するに僕らは今、動く水溜りになって警備の目を潜り抜けながら進んでいるって感じかな』
『ふーん、でもなんかおっかない技だな。水に身体が溶けてるってなんかもうバラバラ死体みたいな意味分からん状況になってるのに、意識は溶けて混ざったりしないもんなのか』
『ああ、もし東条君が僕以外の人間とこの状態になっていたら意識と自我がごった混ぜになって発狂していたと思うよ。僕はこの水塊の支配者だから自我の境界線を見失う事はないけど、他の人はそうはいかない。今の東条君の意識が残っているのも、僕が“僕”と“それ以外”とを強く区別しているからだし』
『やっぱ超危険じゃねえか!! アンタ人に何の相談も無しにさらっと何してくれちゃってんの!!?』
見えない手足を振り回して憤慨する勇麻。
危うくその爽やかな外見に全て騙される所だったが、そうはいかないとばかりに見えもしない牙を剥き出しに威嚇する。
だが当然の如く海音寺からは怒っている勇麻の姿が見えない訳で、爽やかな笑い声と軽い謝罪で流されてしまう。
『なあ、海音寺先輩。確かにこれなら俺達だってバレないかもしれないけど、動く水溜りなんてモンを見つけたら流石に不審に思われるだろ。警備の兵士だってアホじゃないんだ、今時水を操る神の力なんて珍しくもないし……』
『何を常識に捕らわれたままでいるんだい、後輩よ。僕らは今定型のない流動的な水なんだ。見張りがいる既定のルートなんて通る訳がないだろ? ……ほんの僅かな綻び。鼠一匹、蟻一匹通れなくとも、ほんの僅かな隙間があれば、今の僕らにとってはそれが道となるんだから』
そこからは速かった。
通気口やダクト。床のタイルとタイルの隙間、水道管、ほんの僅かな空間に染み込み侵入して凄まじい速度で下へ降りて行く。
『それにしても、海音寺先輩って意外とヤンチャって言うか、無茶する人なんだな。なんて言うかもっとこう……きっちりとルールを守って周りにも守らせる生徒会長、ってタイプだと思ってた』
『ははは、否定はしないよ。実際昔はそんな感じだったしね。これだって何処かの誰かの見よう見真似みたいなものさ。ただ――』
そう言った海音寺は、どこか懐かしいモノを思い出すように寂しげに目を細めているのだろうと勇麻はその声に乗った感情の色を見て思った。
『――どうしても何とかしたい事、人生における“目的”が出来た時、人は変わる。人が変わるんだ。それを達成する為だったら何でも出来る何だってやる。そう、思い込んでしまえるようになる。でも、それでも僕は思うんだ。人には絶対に越えちゃならない一線がある。それを越えてしまう事の言い訳に、その目的を使ってはならないんだ。絶対にね』
その海音寺の言葉は、勇麻への忠告にも、ここではない何処かにいる誰かへ贈る言葉のようにも、自分への戒めのようにも聞こえた。
と、不意に自分達――ひとりでに移動していた水塊が停止した。
誰かに引き上げられるように水面へと浮上する感覚を感じ、次の瞬間には海音寺流唯と東条勇麻は二人揃って『天空浮遊都市オリンピアシス』の最下層に降り立っていた。さっきまでの体験が嘘か幻かのように、五体満足で立っている事を確認して、勇麻はほっと息を吐く。
オリンピアシスは山をひっくり返したような逆さ円錐型の大地であるため、最下層はかなり狭い。
階段を下りた先には扉も通路も何もなく、様々なケーブルやコードが血管のように乱雑に交わり合い足の踏み場もない空間があるだけだ。
最下層と言ったが、イメージとしては秘密の屋根裏部屋という感じだろうか。
流石にここまで来ると実況の声も聞こえず、耳の痛くなるような静寂だけがあたりには満ちていた。
動力室だというのにエンジンの駆動音も無ければモーターの回転音もしない。
「到着だ」
「ここが……」
「ああ、この浮遊都市の秘密の眠る場所、オリンピアシスの動力室。そしてあれがおそらく……この大地を浮遊させている動力源だ」
空間の中央。そこにあったのは小さな台座だった。
周囲のメカメカしい配線や得体のしれない数値の並ぶモニターとは一線を画する、異様な雰囲気の装置。そしてその台座の上に鎮座しているのは――
「――何だ、箱?」
台座から僅かに浮遊して自転しているソレは、骨組みだけの立方体だった。
その骨組みだけの立方体の中には、一回り小さな立方体が入っていて。それもまた同じように骨組みのみで出来ており、立方体の中で自転している。
そんな感じで、まるでマトリョーシカのように幾つかの立方体が重なってその『匣』は出来ていた。
海音寺は険しい表情で『匣』をじっと見つめて口の中で何かを呟いている。
「(……ダメ、みたいだな。原理は分からないが理解はできる。これをこの台座から動かせばこの浮遊都市も落ちる、か。くそっ、この『神器』があれば、あの人を助け出す事も出来ると思ったんだが……)」
が、勇麻も勇麻で海音寺を気にかけている余裕などなかった。
まるで吸い寄せられるように、台座のうえの『匣』から、視線を逸らす事が出来ずにいた。
(なんだ、コレ。俺はコレを……知っている? いや、知っているとかじゃない。でも、なんだ。この感じ。“お前”……生きているのか?)
声が、聞こえる。
――テ、
勇気の拳が、“対峙した相手の感情を読み取る”力が、確かにその声を拾いあげる。
誰からも顧みられず、誰からも相手にされず、誰からも求められなかった者の叫びを、助けを求める弱き者の声を、東条勇麻だけは確かに聞き届けていた。
タ――ケテ、サ――シイ、――シタイ、――コワシ、タ――イ。――ダ。ヒトリ――ダ、イヤ――
――誰か我輩を……助けてっ!
「……………………!」
求められている、助けを。いいやそれだけじゃない。この声を、東条勇麻は知っている……?
鼓動が早鐘のように鳴り続ける。勇気の拳が、ひとりでに回転率を上げる。身体が熱い、炎が、熱が、迸るようだ。
――誰だ、誰だ、誰なんだアンタは。こんな、聞いていて胸が締め付けられるような、苦しくなる声で俺を呼ぶアンタは一体――
自分が台座のうえの『匣』に無意識に手を伸ばしていた事に気が付いたのは、
「――ダメだ東条君! それに触れてはいけないっ!」
海音寺流唯の鬼気迫った叫び声が響き渡った後だった。
「あ」
全ては後の祭り。
東条勇麻の右手は、吸い込まれるようにして『禁忌』へと触れていた。
☆ ☆ ☆ ☆
真っ赤な世界が広がって、
――我輩は孤独ダ。――誰も教えてクレナカッタ。
いる。
――知ってしまったカラ。――さミシイヨ。
ザザ、ざざざ。宙を踊るブランコ。蝉の鳴くコンクリートジャングル。日が暮れるまで楽しく笑う兄弟。土砂降りの夕焼け。泣き虫姫の手を引いて走った午後。喧嘩をした日曜日。また遊ぼのばいばい。大好きだった大きな背中。
ザザザ不気味に笑う不吉な仮面のッッッ。
――我輩はただ、友達が欲シカッタ。――シラなかったんだ。
侵食する黒い影。
愚かなる勇気。
飛び出して、駆けだして、飛び散った血潮と真っ赤な世界。
――ドウシテ、ヒトリに、スルノ……?
正義を愛し悪を憎んだ英雄。その愚かなる末路。
『ははっ……。なに、泣いてるんだ、よ。泣き虫……だな』
消えてゆく灯と、守られない約束。血塗れの口元には不敵な微笑が浮かんでいて、
『だい、じょうぶ……だ。俺は、こんなんじゃ……死なない、から』
――こんな事になるのなら、我輩はずっと独りぼっちでいれば良かった。友達など、知りとうなかった……ッ!
頭を撫でた英雄の手と震える小さな手。
二つは重なり、そして、光が
『――いいかよく聞け勇麻、今からお前に託すのは「■」じゃねえ、「■■」だ。この■は、お前の綺麗ごとだってきっと形にしてくれる。だから、絶対に捨てるんじゃねえ、お前の希った――』
『――希望を』
☆ ☆ ☆ ☆
「――君っ、東条君っ! 東条勇麻君ッ!!」
耳元で叫ぶ男の声と、身体を揺さぶられる感覚に、東条勇麻は現実を取り戻した。
「……ッ!!? はっあっっ! はぁはぁ、はぁっ……っ、げほっ、ごほがぼ……ッ!」
「良かった、意識を取り戻したんだね」
――何だ。俺は今まで意識を失っていたのか?
額に汗を流しながらホッと息を吐く海音寺の言葉に、勇麻は動揺しながらどうにか息を整えようとする。
吐き気がする。
時間の経過が分からない。
今勇麻が見た物は何だったのか。スナップ写真を乱雑に張り付けたような……いや、もっと抽象的なイメージ画像を連続して流したような古い映像と、そして映像とはまったく無関係な幼女の悲痛な叫び声が互い違いに脳を侵食していくような、酷い体験だった。
二つの全く異なる映像と感情とが混じり合い頭の中に反響して、精神がおかしくなりそうだ。
勇麻は依然として混乱したまま、訳も分からず海音寺へと縋るように尋ねていた。
「海音寺先輩っ、アレは……今のは、一体……」
結局、今も助けを求めるこの声は何なのか。あの映像は。そもそもこの箱の正体は。海音寺が答えを持っているなどと本気で思った訳ではない。それでも誰かに尋ねずにはいられなかった。
「……君が何を見たのかは僕には分からないけれど、君が触れたその立方体……『匣の記憶』は忘れている記憶を呼び起こす『神器』だと言われている」
「記憶……」
忘れている記憶を呼び起こす『神器』。
……いいや、そうじゃない。あの光景を、あの記憶を、東条勇麻が忘れられるハズがない。
おそらくアレは、東条勇麻の忘れていたかった記憶。
心に刻みつけられた心傷。
……忘れる訳がない。何度も何度も嫌と言う程に夢に見た光景。でも、一つだけ欠落がある事を、勇麻は思い出していた。
(あの時、龍也にぃは俺に――)
――何と言っていたのだったか。
「今はこの浮遊島の動力源にもなっているみたいだし、あまり触らない方がいい。そもそも『神器』なんて代物は往々にして得体が知れないよ。それに、下手に動かして落下、なんて事になったら大変だからね」
茫然としていて心ここに在らずな様子の勇麻に海音寺は手を差し伸べながら言う。
「……そろそろ上に戻ろう。先の騒ぎを聞きつけて、誰かがやってくるかも知れない」
それは、この探索の終わりを告げる言葉だった。
茫然としたまま差し伸べられた手を掴む勇麻に拒否権などある訳もなく、心に妙なしこりを残したまま二人は動力室を後にした。
☆ ☆ ☆ ☆
【三大都市対抗戦 二日目 第二種目『三種競技』】
参加人数
・各チーム一名
勝利条件
・『力』『速さ』『集中力』の三要素を競う。下記に記された三種の競技を行い、各競技ごとに順位を決定し1~15ポイントを付与。三種目のポイント合計で順位を決定する(※選手が同率ポイントで並んだ場合、両選手間で三つの競技のうち相手を順位で上回った回数が多い方の選手を上位とする)
競技内訳
・一種目目『重量投げ』
用意された重りを持ち上げて投げ、十メートル以上投げる事ができれば記録として認可される。何キロの重りを投げる事が出来るかを競う。各自、挑戦は一回のみ。
・二種目目『銃雨回避』
全方位から撃ち込まれるペイント弾を回避する。時間経過ごとに難易度が上昇する。ペイント弾が身体の一部に直撃した時点で終了。回避し続けた時間で競う。
・三種目目『射撃競争』
空中を飛翔する円盤型の的を制限時間内に何体落とせるかを競う。
基本ルール
一、神の力の使用推奨。
一、競技中の他選手への妨害、攻撃、殺害、その他あらゆる干渉を禁ず。これを破った場合失格。
一、挑戦順はくじ引きにて決定する。
一、各競技ごとにルールがある為それに従う事。
勝利時獲得点数
・一位:三〇点
・二位:二五点
・三位:二〇点
・四位:一五点
・五位:一〇点
・六位:九点
・七位:八点
・八位:七点
・九位:六点
・十位:五点
補足
・失格選手は失格直前の順位を問わず脱落となる為、例外なく付与される得点の対象外となる。
・失格になった場合、まだ競技が残っていたとしても参加する事はできない。
・競技終了後にルール違反が発覚した場合も失格となる。その場合、本競技で得た得点は没収とする。
・各種目の順位による与えられるポイントは、競技終了時に付与される得点とは直接的な関係はない。
【結果発表】
第一種目、『重量投げ』。記録、順位。
一位(15pt)、十徳十代 記録:一〇トン
二位(14pt)、ユーリャ=シャモフ 記録:二.五トン
三位(13pt)、浦荻太一 記録:一.五トン
四位(12pt)、ドルマルド=レジスチーナム 記録:一トン
五位(11pt)、リリレット=パペッター 記録:九〇〇キロ
六位(10pt)、泉修斗 記録:三九〇キロ
七位(9pt)、狩屋崎礼音 記録:二五〇キロ
八位(8pt)、エバン=クシノフ 記録:二一〇キロ
九位(7pt)、シーライル=マーキュラル 記録:一九八キロ
十位(6pt)、セナ=アーカルファル 記録:一一三キロ
十一位(5pt)、ホロロ 記録:一〇一キロ
十二位(4pt)、薬淵圭 記録:八十二キロ
十三位(3pt)、イヴァンナ=ロブィシェヴァ 記録:七十六キロ
十四位(2pt)、レギン=アンジェリカ 記録:五〇キロ
一五位(1pt)、チェンバーノ=ノーブリッジ 記録:なし(持ち上げた岩に押し潰され一〇メートルラインを越える事が出来ず)
第二種目、『銃雨回避』。記録、順位。
一位(15pt)、レギン=アンジェリカ 記録:一〇分(完全制覇)
二位(14pt)、十徳十代 記録:七分三十一秒
三位(13pt)、ユーリャ=シャモフ 記録:五分三秒
四位(12pt)、シーライル=マーキュラル 記録:四分二十八秒
五位(11pt)、ホロロ 記録:四分十秒
六位(10pt)、セナ=アーカルファル 記録:三分四十八秒
七位(9pt)、リリレット=パペッター 記録:二分五十七秒
八位(8pt)、イヴァンナ=ロブィシェヴァ 記録:二分四十九秒
九位(7pt)、狩屋崎礼音 記録:二分三十五秒
十位(6pt)、エバン=クシノフ 記録:二分十二秒
十一位(5pt)、チェンバーノ=ノーブリッジ 記録:一分三十秒
十二位(4pt)、薬淵圭 記録:五十八秒
十三位(3pt)、浦荻太一 記録:四十四秒
十四位(2pt)、ドルマルド=レジスチーナム 記録:二秒
失格、泉修斗 記録:――(競技の主旨を取り違えた破壊行為、器物破損のため失格)
第三種目、『射撃競争』。記録、順位。
一位(15pt)、イヴァンナ=ロブィシェヴァ 記録:全機撃破
二位(14pt)、ホロロ 記録:七七七機撃破
三位(13pt)、ユーリャ=シャモフ 記録:六七〇機撃破
四位(12pt)、狩屋崎礼音 記録:五三二機撃破
五位(11pt)、十徳十代 記録:四六三機撃破
六位(10pt)、シーライル=マーキュラル 記録:三二〇機撃破
七位(9pt)、エバン=クシノフ 記録:二一〇機撃破
八位(8pt)、ドルマルド=レジスチーナム 記録:一九七機撃破
九位(7pt)、レギン=アンジェリカ 記録:一六三機撃破
十位(6pt)、裏荻太一 記録:一〇八機撃破
十一位(5pt)、リリレット=パペッター 記録:九十二機撃破
十二位(4pt)、チェンバーノ=ノーブリッジ 記録:六十一機撃破
十三位(3pt)、薬淵圭 記録:五十八機撃破
十四位(2pt)、セナ=アーカルファル 記録:十二機撃破
――位、泉修斗 記録:――(失格の為不参加)
【総合順位】
一位(累計40pt)、 天界の箱庭Cチーム・十徳十代:三〇点
二位(累計40pt)、新人類の砦Eチーム・『リーダー』ユーリャ=シャモフ:二十五点
三位(累計30pt)、未知の楽園Eチーム・『リーダー』ホロロ:二〇点
四位(累計29pt)、新人類の砦Cチーム・シーライル=マーキュラル:一五点
五位(累計28pt)、天界の箱庭Bチーム・『リーダー』狩屋崎礼音:一〇点
六位(累計26pt)、新人類の砦Dチーム・イヴァンナ=ロブィシェヴァ:九点
七位(累計25pt)、未知の楽園Bチーム・リリレット=パペッター:八点
八位(累計24pt)、未知の楽園Cチーム・レギン=アンジェリカ:七点
九位(累計23pt)、新人類の砦Aチーム・エバン=クシノフ:六点
十位(累計22pt)、天界の箱庭Aチーム・浦荻太一:五点
十一位(累計22pt)、未知の楽園Dチーム・ドルマルド=レジスチーナム:得点なし
十二位(累計18pt)、新人類の砦Bチーム・セナ=アーカルファル:得点なし
十三位(累計11pt)、天界の箱庭Dチーム・薬淵圭:得点なし
十四位(累計9pt)、未知の楽園Aチーム・チェンバーノ=ノーブリッジ:得点なし
以下、失格により脱落。
競技の主旨を取り違えた破壊行為、器物破損のため失格。天界の箱庭Eチーム・泉修斗
【二日目終了。合計得点発表】
天界の箱庭:三〇 + 四十五 → 七十五点
未知の楽園:一二五点 + 三十五 → 一六〇点
新人類の砦:四五点 + 五十五 → 一〇〇点
【個人総合、上位三名】
一位、天界の箱庭十徳十代:三十九点。
二位、未知の楽園ホロロ:三十五点。
三位、新人類の砦ユーリャ=シャモフ:二十五点。
※チーム戦に参加して得た得点の三割が個人総合の得点に加算される。なお同チームに所属していても競技に参加しなかった場合、得点は加算されない。
※個人による競技、個人戦の場合は得た得点がそのまま加算される。
・三日目、第三種目発表。
【三大都市対抗戦三日目、第三種目『クライミング・フラッガー』】




