第五話 新たなる舞台へⅠ――到着:count 7
『三大都市対抗戦』。
一年に一度。クリスマスから大晦日に掛けて開催される世界中の人々が注目する一大ビッグイベント。
神の力という超常的な力と、それを操る神の能力者の増加に伴い、各種スポーツはその競技人口を急減させた。
各プロリーグはそれぞれ縮小化。世界大会や各国の代表同士による代表戦なども徐々に形骸化し、現在はゆっくりと衰退を辿りつつある。
そんな世界情勢の中、かつて隆盛を誇ったオリンピックやワールドカップに成り替わり、最も視聴率の取れるスポーツイベントと化した『三大都市対抗戦』は、人と神の能力者との協調、共生を謳い、互いに理解を深め合う為の平和の祭典としての側面を持つ一方、三つの都市間の代理戦争としての一面をも有している。
『対抗戦』の歴史は意外に長い。
『神奉の儀』と呼称されていた五十年前の『天界の箱庭』創立記念大会から始まり、当時は人の身に余る力である神の力を御しきるその勇姿を世界中に見せつけるという主旨を持っていた本大会は、その翌年に『新人類の砦』が設立され、さらにその翌年に『未知の楽園』が設立された結果別の側面を見せる事となる。
新たな実験都市が誕生する度に参加都市と選手は増え、最終的に三つの実験都市の中で最も優秀な神の能力者を輩出できるのはどの都市であるか、を決定する場――言い方は悪いがある種の品評会のような意味合いを帯び始めていく。
優勝都市とその代表選手達には名誉と国家予算に匹敵する莫大な賞金が与えられ、各国からの神の能力者の受け入れ要請も、その分の援助金も増えるという訳だ。
各都市がこぞって優勝を狙うのも当然と言える。
正式に今の『三大都市対抗戦』という名と形を取り始めたのが第五回大会から。その前身である『神奉の儀』を含めれば今年で五十回を迎える歴史ある祭典なのである。
そんな由緒ある本大会において、現在天界の箱庭は大会六連覇という偉業を成し遂げている。
五十回記念大会である本大会にも勿論優勝の期待は高まり、天界の箱庭の住民の間では数か月まえより大会の話題でもちきりだ。
……一時は巨大テーマパーク『ネバーワールド』で起きたテロ事件『死の饗宴』での天界の箱庭の対応に対する批判や悪感情、テロ事件以降にかけて発生している天界の箱庭含む三つの実験都市および神の能力者に対するデモの活発化によって、世論は神の能力者排斥に傾きかけ、開催どころか祭典の存続事態が危ぶまれた。
だが、こういう厳しい時期だからこそ人間と神の能力者の共存を謳うこの祭典を開催するべきだという融和派の人間達の強い意向によりどうにか過激派の人間を抑制し、今回で五十回記念となる『三大都市対抗戦』は無事に開催される運びとなったのだ。
逆にいえばここで何か不始末を起こせば、今度こそ挽回は効かない次元で神の能力者排斥へと世界の舵が切られるであろうことは明白だ。
五十回を記念する今回の『対抗戦』は、様々な理由で失敗の許されないビッグイベントなのである。
さて、そんな由緒ある『三大都市対抗戦』の基本的なルールをおさらいしようと思う。
『三大都市対抗戦』はその名の通りに各都市ごと――すなわち三つのチームに別れ、七日間にわたって行われる各種競技の勝敗を競い合うという形式で進行していく。
競技は基本的に一日一種目。四日目に休憩を一日はさみ、最終的に六つの競技が行われる事になる。種目は完全ランダムで、個人種目や団体種目など、参加人数も内容もバラバラ。競技は年ごとに異なる為、ある程度の予想はできても完全な対策を立てる事は困難だと言われている。
各競技の順位に応じて選手個人にポイントが与えられ、各都市ごとにポイントの合計――すなわちチームの総合ポイントによって優勝都市を決める。
すごくざっくり言うと、巨大な運動会と説明すれば分かりやすい。
競技ごとに細かな規則やルールは存在するが、ひとまずそれは割愛。とりあえず相手選手を殺してしまったら即失格というのを頭にとどめておく程度で構わないだろう。
さて、『三大都市対抗戦』では各都市から上層部の独断と偏見によって代表選手が五人選出される事になっている。
これはひとえに神の能力者としての総合的な能力が突出している優秀な人物、もしくは育成するに値する希少さ、将来性が認められた者が選ばれる事が多い。
だが、『三大都市対抗戦』はコンセプトの一つに『誰も彼もが主人公』なんて大変夢のあるお綺麗な言葉を掲げていたりする。
そのコンセプトに沿うような形で存在するのが、サポート選手枠の存在だ。
各都市の代表選手は、それぞれが二人以上三人以下までパートナーとなるサポート選手を自ら選出する事ができる、という物だ。
サポート選手の選出基準は自由。原則として、自都市に属している者ならば、誰を連れてきても構わないという事になっている(この制度は代表に選ばれた選手達の対人能力を高めるだの、よりよい人脈を構築する術を身に着ける為など、様々な建前が並べられているが、早い話が上層部も知らない原石の発掘をより無作為的に行う為の試みであったりするらしい)。
だがまあ、そんな事はどうでもいい。
大切なのは各都市最低十五名、最大二十名のチーム戦で行われる大規模な競技大会という事で。
それ以上に最も重要なのが――
☆ ☆ ☆ ☆
「――俺達がそのサポート枠とやらで代表選手になっちまったって事だ」
ぱたり、と。運営から配られた『三大都市対抗戦 公式ルールブック』と書かれたやや厚めの書物を閉じて、東条勇麻は未だに現実味の薄い事実を口に出す。
ハーネスのような大掛かりなシートベルトで身体を座席に固定され、頭には安全対策のヘルメットを被る少年は、現在大空の旅の真っ最中だったりする。
「まあ、なっちまったもんは仕方ねえだろ。つかアレだ、そもそも『創世会』の奴らは目が節穴だってんだよ。毎年毎年、こんなにヤバげな祭りがあるってのに、俺に一言たりとも声が掛からねえとかありえねえだろ」
「自信たっぷりなのも、テンションあがって浮かれるのも構いませんけど、俺達の本来の目的、見失わないでくださいよ? 泉センパイはいっつもやる事そっちのけで暴走するんですから」
「あ? うっせーなー、分ってるってそんなのは。要するに、俺らに喧嘩売ってくる奴ら一人残らずブッ飛ばして返り討ちにすればいいって話だろ?」
勇麻と同じように座席に座っている短めの髪を赤茶色に染めた、虎のように鋭い目つきの少年。泉修斗が、上機嫌を隠しもせずにそんな事を言うと、
泉のリクライニングアタックで物理的に肩身の狭い思いをしている兄よりも顔と頭の出来がいい弟、東条勇火が不機嫌そうな顔で釘を刺す。
「……こいつアリシアの時にも同じような事言ってなかったか?」
「うむ。泉はいつだって頼もしいのだ」
「まあ緊張とかなさそうだもんな、まともな神経もなさそうだし」
「神経がない、だと……!? 泉は宇宙人か何かなのか!?」
「まあ、間違っちゃないかもな。お祭り騒ぎ大好き星人だからな、アイツ」
「……おい、全部聞こえてるぞ? クソ勇麻ぁ……」
修行がどうとか、成長がうんたら言ってた癖に数か月前――どころか生まれた頃から進歩が見受けられない幼馴染の親友の言葉に呆れる勇麻。
首から吊るした紐に古書をぶら下げている白髪碧眼の少女アリシアはいつも通り、勇麻のすぐ隣の窓際の座席で少しばかりズレたコメントをしていた。
勇麻が退院してからおよそ二週間。軽率にアリシアの過去へ触れようとして拒絶されてからそれだけの時間が経ち、今ではアリシアの勇麻への接し方も普段のそれへと戻っていた。
それを手放しで喜ぶ事はできない勇麻であったが、それでも、こうしてアリシアや皆と共に笑いあえる時間が嬉しくないハズがなかった。
問題を先送りにしてしまっているのは否めないが、まあ年に一度のお祭りだし、アリシアにとっては初めての海外旅行だ。せっかくならアリシアにはこの一週間を楽しんでもらいたい。
「あ、あはは……。でも、確かに泉くんの物怖じしないとこって凄いよね。私なんて、学校の授業なんかでも緊張したりするもん」
困ったように笑って、一色即発の空気を誤魔化そうとするのは天風楓。
アリシアの後ろの席に座る、おっとりとした雰囲気を纏うこの少女も勇麻の幼馴染であり、その付き合いは家族と言ってしまっても遜色がない程度には長い。
泉と勇麻のじゃれあいのようなお決まりのやり取りにも慣れているハズなのだが、それでも飽きる事無く二人の喧嘩を止めようとするあたり、この少女の優しい性格が表れている。
楓は『天界の箱庭』屈指の名門校、天門第一高校のベージュを基調とした赤のワンポイントが栄えるブレザーを身に纏っている。
一応この対抗戦は各学校の宣伝も兼ねているそうで、学生の出場選手は制服での出場が義務付けられていた。そんな訳で勇麻や泉も自高の窮屈な学ランに袖を通している。
そんな楓は曖昧な笑顔を一転、泣きぼくろのある目元を自責するように細め、申し訳なさそうに俯いて、
「……でも、なんかごめんね、皆。私が代表なんかに選ばれたばっかりに変な事に巻きこんじゃって……」
しゅんとする楓に勇麻も泉も顔を見合わせて、それから両者とも脱力するように息を吐いた。泉はいつも以上に弱気な最強少女に呆れ、勇麻はそんな泉への呆れ混じりに破顔して、
「気にすんなってそんなの。今更変に遠慮とか気ぃ使われても、気持ちわりいだけだろうがよ」
「ま、相変わらず口は悪いけど泉の言う通りだな。やるって言ったのは俺らだし、楓が困ってたら助けるなんて当たり前だろ?」
「そうですよ楓センパイ。この人達相手に細かい事を気にし過ぎなんですよ。だいたい変な事に巻き込んでごめん、なんて言い出したら兄貴とか泉センパイなんて俺らに何回謝っても足りなくなるし」
勇火がジト目でこちらを睨んでいるような気がしたが、きっと気のせいだろう。
わざとらしく視線を逸らす勇麻、通路を挟んで反対側に座る泉など、真後ろから照射される凍える熱視線など我関せずと言った調子で下手くそな口笛を吹いていた。
「うむ。そうだぞ楓、何よりこうして皆で海外旅行に行ける事になったのだ。感謝こそすれ、楓を責める者などいる訳がないのだ」
うんうんと、一人得心を得たようにしきりに頷くアリシアに完全に毒気を抜かれたのか、楓は昏かった表情を崩すと、うっすらと頬を染めて嬉しげに口元を歪めた。
「ありがとう、皆……」
「ハッ、だいたいよぉ、俺達昔は風呂だって一緒に入ってたんだ。こんな事で一々目元に涙溜められちゃあ溜まんねえよ。なあ、勇麻」
「ぶふぉっ!?」
「――なっっ、いい泉くんっ!? ど、どさくさに紛れていきなり何を――ッ!?」
「む、私それ知ってるのだ。混浴、というヤツなのだろう? 勇麻、勇麻達は楓と混浴をしたのか?」
「あ、ああアリシアちゃん!? あのね、これはちっちゃい頃の話であってだからその混浴なんて大袈裟な話じゃないというか何というかハダカとか全然わたしも覚えてな……じゃなくて! とにかくそのこれは時効だからそんな好奇心に満ちた目で見ないで……っ!!?」
泉がわざとらしく投下した爆弾によって機内がどこか楽しげな喧騒に包まれる。
顔をそれこそ熟したトマトのように真っ赤に茹で上がらせて、両手を高速振動させながら慌てふためく楓は、しかし少し前までの気負いを感じさせず自然体であるようにも見える。
できればこのまま彼女の表情が曇るような事が無ければ、と勇麻は思う。
だがきっと、そう都合よく何事もなく終わる事はないだろう、という不吉な確信も勇麻は同じように心に抱いているのも、また事実であった。
――『天界の箱庭』、『未知の楽園』、『新人類の砦』。三つの実験都市が共同開発した超巨大ヘリコプター『ノアバス:2050』に乗る彼らの目的地は『三大都市対抗戦』会場。
五十回大会を記念して、こちらもまた三つの実験都市が共同で建築した街、『天空浮遊都市オリンピアシス』。
ネバーワールドで起きたテロ事件『死の饗宴』で負った精神的問題によって未だに神の力を使えないにも関わらず代表になってしまった楓。
そんな彼女を護衛する為に、東条勇麻、泉修斗、東条勇火の三名は彼女のサポート枠として、三大都市対抗戦に参戦するのである。
……全てはあの日のスネークに吹っかけられた護衛作戦を、泉の耳に入れてしまった事から始まった。
このお祭り騒ぎ大好き男が、三大都市対抗戦という世界最大規模の祭典への参加のチャンスを逃す訳がない。
なんやかんやとあっという間に話は進み、気が付けば超巨大なヘリコプターに乗って海外旅行だ。
だが、まあ。楓やアリシアのこんな表情が見れるのなら、それも悪く無いかもしれない。
勇麻は泉が投下した爆弾によって引き起こされた目の前の大騒ぎから現実逃避するように、そんな事を考えていた。
十二月二十五日。
世間はクリスマスと来る祭典への興奮と期待で、冬だと言うのに異様な熱気に包まれている。
少年達は物語の舞台を遥か天空へ。
世界中が熱狂する祭典、その渦中へとその身を投じていくのだ。
「――皆さん、そろそろ到着ですよ。準備をお願いしますね」
と、今の今まで五人のやり取りを生暖かい目で静かに見守ってきた背神の騎士団戦闘員の黒米がそんな声をあげた。
その温和で理知的な――けれど至ってどこにでもいそうな平凡な――容姿は、こうして勇麻達を先導すると引率の先生にしか見えなかった。
黒米に言われ、着陸の準備に入る勇麻達。
そこで思わずチラリと、側面についている窓の外を覗けば、そこに絶景があった。
「うわぁ……」
標高五一〇〇メートル。
オリンポス山の山頂の、さらに上に存在するその都市は、何も山頂に建てられたワケではない。
オリンポス山上空を浮遊する大地。その上に、街があるのだ。
浮遊する逆さまの円錐型の巨大な大地が、その錐の先端を合わせ鏡のようにオリンポスの山頂。すなわち地上へと向けられているというあまりに非現実的であまりに圧倒的な光景に声が出なくなる。
そもそもオリンポス山の頭上に浮かぶこの巨大な逆さまの円錐型の大地。これが途方もなく大きい。合わせ鏡のように山頂に突き付けられた円錐の先端から、都市の作られた平面部分までの距離はおよそ二〇〇〇メートル。
標高二九一八メートルのオリンポス山にも引けを取らないスケールだ。
そんな非常識さ――いっそメルヘンと言い換えてもいいだろう――も加わってか、まるでお伽噺に出てくる神々が住む国のように、それは美しく幻想的な街だった。
眼下に広がるミニチュアの街並みは目も眩むほどの純白。
上空から見るとそれはまるで大地にちりばめられた雪の結晶のよう。
所々に見られるマリンブルーが、太陽光を反射して美しい光を見せている。
唯一街の中心部分が年月を感じさせる色合いの建造物が乱立しているようだ。この距離からだと詳細は分からないが、どうやら古代ギリシャの遺跡群を意識して作られているらしい。
街の中央に鎮座する巨大な半球場の建造物は、おそらく競技を行うドームか何かだろう。
『対抗戦』の競技もあそこで執り行うのだ。
そんな、白亜の街を呑みこむように視界全体に広がるのは吸い込まれるようなスカイブルーの空と、綿あめのような雲海の絨毯。
大海原のような天空に浮かぶ、失われた都市。そんな言葉がぴったりの絶景に、今の自分達が置かれている状況すら忘れて、魅入ってしまう。
「これは、ちょっと……凄すぎるのだ」
皆の感想を代弁するかのように、アリシアがそう呟く。
こんな場所で、世界中の猛者たちと競い合う事が出来る。
無意識のうちに、そんな興奮が湧き上がるのを感じる。
勇気の拳が、静かに打ち震えているのを勇麻は確かに感じていた。
(楓を守る、って目的を忘れたワケじゃないけど……これは流石にテンションあがるわ)
ああ、本当に。
出来る事なら心の底からこの祭りを楽しみたかったものだ。
ガラにもなく男としての闘争心に火を灯し、そんな事を思う東条勇麻なのだった。
そうして、一行を乗せたヘリは『天空浮遊都市オリンピアシス』へと無事着陸を果たした。
期待と緊張、高揚と不安。異様な熱気に包まれる白亜の街は、人々の抱えるそんな千差万別の感情を呑みこんで、都合七日間にも及ぶ祭りのその開催を今か今かと待ちわびているようであった。
☆ ☆ ☆ ☆
街を全貌できる、小高い塔の天辺。
見晴らしが良く、本来なら人気スポットとして多くの観光客が押し寄せるであろう場所に今は何故か人気がない。
まるで不吉なものを本能的に避けるかのように、無意識の内に人々はその空間に立ち入ろうとしない。
そんな孤高の古塔に、一人の男が佇んでいた。
「キヒッ、ヒヒヒ……!」
人の心に爪を立て引っ掻きむしるような、不快な嗤い声だった。
じゃらじゃらと。金属同士がぶつかり合い奏でる不協和音を、その男はまるで由緒正しいクラシックを聞
くかのように楽しんでいる。
音の正体は男が首から多量に下げている多量のチェーンや安物のネックレスだ。男が愉悦に身を捩る度、それらがぶつかり合い、耳障りな音色を紡ぐ。
顔中にピアスの穴を穿ち、さんざん脱色を繰り返し痛みに痛んだ長髪はボサボサ。だるっとしたスウェットと蜂のようにテカテカとした警告色のTシャツが特徴の男の名はクライム=ロットハート。
『創世会』の幹部にしてシーカー直属の部下、『三本腕』の一本に数えられる凶悪な神の能力者だ。
「さあてさあて、東条勇麻チャンに天風楓チャン。いやぁー、よりどりみどりチャンじゃんかよー」
喜色の混ざる下卑た笑みを深めながら、クライムは舌舐めずりをする。
彼がこの『天空浮遊都市オリンピアシス』を訪れたのは、何も『三大都市対抗戦』を観戦する為ではない。もっと楽しい遊びに興じる為であった。
勿論シーカーからの指令も出ているがそれはそれ。目的を達成できれば好きにやって構わないとのお許しが出ているのだ、好き勝手やらない手はないだろう。
「おっ、これはこれは。こんな所にこれまた面白いヤツが紛れてるじゃんか! へー、そっかそっかぁ。そっちで遊ぶのも楽しそうじゃん。いやー、迷っちゃうっしょこんなの。誰から順に、どうやって遊ぶかねぇ……」
遊ぶ順番はともかく、方法チャンくらいはいくつか考えとかねーとな、と。クライムは下卑た笑みを崩す事無く思案もとい妄想を続ける。
直接的な戦闘力を持たないクライム=ロットハートには、本来なら『創世会』側から自由に使える手駒としてある程度の戦力が貸し与えられる。
だがクライムは此処に来るまでの遊びで既に支給された戦力を悉く消費してしまっていた。
上司の一時的な快楽に付きあわせれた部下たちは堪った物じゃなかっただろう。
息のあるなしはこの際関係ない。クライム=ロットハートによって玩具と扱われた人間は、皆等しく魂から人間の輝きが消えうせるのだから。例えまだ心臓が動いていたところで、心は完全に壊れてしまっているだろう。ただの生理現象を繰り返すだけの人形を、人間と呼ぶことができるかどうかは正直微妙な所だ。
そんな訳で自らが原因の戦力不足にクライムは頭を悩ませていたが、
「……まっ、そういう事なら現地調達チャンが一番早いっしょ。最悪、こっちには切り札チャンも残ってる訳だし。利用するなら、あの辺りが一番最適チャンかな?」
現地でコンビニに寄れば問題ない、くらいの軽いノリで、クライムは面倒な考え事を放棄したのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
『天空都市オリンピアシス』には、ありとあらゆる人種の人々が集まる。
人種差別だけでなく、神の能力者に対する偏見や人に対する憎悪さえ乗り越えて、この時ばかりは皆が皆、うたかたの夢の如き祭りを楽しむのだ。
統一された芸術的な街並みを、ある意味で雑多な雰囲気に変える統一感のない肌の色こそが平和の象徴であると謳うかのように、誰もが容姿も年齢も性別も国籍も人種も言語もその全てを無視して理性ある人として祭りの空気を楽しむ最中。
それでも、どんな場所にも異端は現れる。
「……」
「……」
ざわざわと、不穏な空気を感じ取った人々のざわめきが楽しげな祭りの空気に穴をあける。
その中心にいるのは、頭まで真っ黒なローブを被った、正体不明の二人組だ。
「心なしか視線が痛いわね」
「心なしってか、がっつり見られてるんだよ。ったく、相変わらず変な所で図太いよな、うちのお姫様……もとい依頼人様は」
「無駄口を叩いてる暇はないわ。折角得た接触のチャンスよ、口より目を動かしなさいな」
「へいへい、わーってますよ。人遣いの荒い事で……」
二言三言言葉を交わして、二人組は人ごみに溶けるように消えていく。
あれだけ異様な空気を纏っていたというのに、まるで陽炎か幻だったかのように。
人々もいつまでも気に留める事無く不穏な二人組の事を頭から追いやり、もうどこにもその姿は見えなくなった。




