第一話 新たなる舞台、新たなる幕開け:count error
雲一つない晴天だった。
十二月二十五日。時刻は午前八時。
かすかに頼りない冬の陽射しは柔らかく、風さえ吹かなければ十分に温かく身体を照らしてくれる。
本来、標高が高くなればなるほど気象条件は厳しくなり、気温は低く、雨風は強く、天気は変わりやすいなどという悪条件ばかりが揃うハズが、標高五〇〇〇メートルを超す高所であっても比較的過ごしやすい穏やかな陽気が続いているのは単なる偶然では説明がつかない。
「くあーっ、クソっ、座り過ぎで腰がイカれるかと思ったぜ」
「……泉センパイ、アンタ後ろの俺をガン無視してリクライニング倒して爆睡してた癖に何言ってるんですか?」
「あー!? ヘリの音うっさくて聞こえねーよ! 何か文句あんのか、勇火ー!?」
「……いえ、別に何でもー! (文句あるから文句言ってるんでしょうがこの人は本当に……)」
超巨大ヘリコプター『ノアバス:2050』から降りて赤茶髪の少年が伸びをしながらボヤくと、やや童顔ながら整った顔立ちの少年が不機嫌気に小さく毒づく。
そのいつもの光景を無意識下でぼんやりと聞き流しながら、東条勇麻は眼前の光景に声を失っていた。
「……すげぇ」
その街は……否、その大地は、空を漂っていた。
眼下に広がる街並みは一面の白。
所々に差しこまれたマリンブルーが、装飾のように白をより栄えさせ際立たせている。上空から眺めていた時には分からなかった街の詳細が視線を巡らせるたびに鮮明に飛び込んでくる。
街の中央。広場のように大きな土地には、古代の競技場を彷彿とさせるドーム型の巨大建造物は、やはり今回の対抗戦のメイン会場だ。コロッセオ……は国と文化が違うが、これからここで行われる事を鑑みれば、そう大差はないのかもしれない。
街はその巨大な競技場を中心に発展しているようで、競技場周辺には古代ギリシャを想わせる神殿めいた建物が、オブジェのように立ち並び、広場をやや離れた居住区にあたる競技場外周に、先述した白亜の芸術的な街並みが広がっている。
太陽光を反射してギラギラと眩く輝く白亜の街に目を奪われ、まるで芸術作品の中に迷い込んだような気分になる。
そしてさらに視線を広げれば、白亜の街を呑みこむように視界全体に広がる吸い込まれるようなスカイブルーの空と、綿あめのような雲海の絨毯。
天空に浮かぶ、失われた都市。
そんな言葉がぴったりの絶景に、勇麻はまたも魅入ってしまう。
そんな勇麻の隣に降り立ったのはいかにも優しげで柔らかな立ち振る舞いの、目元の泣きぼくろが妙に色っぽく印象的な少女だった。
整った顔立ちは童顔ぎみで美しい、というよりも可愛らしいと形容した方がしっくりくる。おっとりとした雰囲気にくりっとした垂れ目がちの大きな瞳の色は若葉色。茶色に染めた髪の毛を一房だけ伸ばして瞳と同色のヘアピンでとめている。
「ここが、オリンピアシス……」
少女――天風楓は、その表情を僅かに昏くして髪の毛を風に靡かせてそう呟いた。
声に乗るのは、緊張と興奮。そして不安か。
少女の複雑な心境を慮って、勇麻は精一杯の笑みを浮かべて励ますように言う。
「そんなに心配すんじゃねえよ楓。こんなの今まで掻い潜ってきた修羅場に比べたらお遊びみたいなモンだろ。てかさ、折角こんな凄いトコに来たんだ。楽しめるだけ楽しまないと損だろ。なあ、アリシア?」
「うむ、私もそう思うぞ。それに、へりこぷたーの中で楓と一緒に予習もばっちりなのだ。よく分からんが『オリンピアーナ』とかいうテーマパークには『ぶいあーる』? で対抗戦の競技が体験できるゲームもあるらしいぞ。あとは美術館とかー、それに空に突き出した空中水族館。それからそれから……」
「……それもそうだね。ありがとう、アリシアちゃん」
勇麻に話を振られ、ガイドブック代わりの『天智の書』をパラパラと捲りながらあそこに行きたい、ここも見たいとブツブツ呟き始めた白い少女、アリシアのその無邪気さに、楓は緊張を解きほぐされたようにふにゃりと微笑んだ。
“標高五一〇〇メートルに広がる新旧ギリシャの街並み”。
その、本来ならありえない絶景が広がっているこの街の名は『天空浮遊都市オリンピアシス』。
『天界の箱庭』、『未知の楽園』、『新人類の砦』。三つの実験都市が共同で開発と建築を行った、空飛ぶ円錐形の大地の上に存在するこの巨大都市は、クリスマスから大晦日にかけての七日間で行われる一大イベント。『三大都市対抗戦』の舞台となる中立都市だ。
天風楓はこれより行われる『三大都市対抗戦』の天界の箱庭の代表の一人として。つまり競技に参加する一選手として、この天空都市に足を踏み入れたのである。
彼女の緊張も、そう言った意味では当然の物と言えるだろう。もっとも、今回に限っては彼女の不安と焦燥のタネは、そのほかの部分にある訳だが――
「皆さん、それでは行きましょうか。予定通り、競技場内で団長達と合流しましょう。既に他の代表の方々も到着しているそうです。顔合わせにも、丁度いいかと」
と、気配もなくいつの間にかすぐ傍に降り立っていた背神の騎士団の戦闘員、黒米が人の良さそうな柔和な笑みを浮かべて、立ち止まる一向に先を促した。
顔を見合わせた一行は無言で頷き合うと、案内するように先行する黒米の後に続く形で、巨大ヘリポートを後にする。
……祭りが始まる。
様々な思惑と陰謀の交錯する三大都市対抗戦が。
勇麻は自分達が代表に選ばれた楓に帯同する事になった理由を再確認するように噛み締めながら、握りしめた拳に絶対の覚悟を込めるのだった。
――天風楓は、何があろうと絶対に守り抜いて見せる、と。




