第零話 匣底の絶望
第六章、開幕だ。
読者諸君、十全に物語を楽しむ為の準備は、ポップコーンと炭酸飲料の用意は完璧かい? 私? 無論、私は完璧だとも。
これより始まるは東条勇麻の物語。彼の歩みが、その積み重ねがどういう形で成就するか、私とアナタ達で見届けに行くとしようか。
その少女は独りぼっちだった。
おおよそこの世の万能にあたる力を持ち得ながら、彼女という匣の中身はがらんどう。入れても入れても、詰め込めども詰め込めども、終わりがない、満たされない、救えない、救われない。
覗きこめばそこに広がるのは底の見えるような虚無ばかり。
天より祝福を、この世の全ての可能性を与えられた少女は、故にソレを持ち得なかった。
他者との繋がり、ソレを少女は必要としない。
何故なら少女は万能で完璧だ。個として完結した超越者に、他者という要素は一つたりとも必要がない。
だがそれは必要がないというだけで、決して不要であるという訳ではない。
そんな簡単な事実を、世界はそして少女も、誰一人として認識していなかった。
だから――
―――――、……………………。
遊び相手が欲しかった。
独りは寂しく、退屈だったから。
話し相手が欲しかった。
独りは辛く、悲しかったから。
だから外に出た。遊び飽きてしまった子供が新しい玩具を求めるように、匣の外の世界に寂しさと退屈を紛らわせるナニカを求めて。
知らない街。知らない人。未知で満たされた外の世界。そこで初めて触れる『ともだち』というモノは自身の陥っていた孤独という概念さえも知らなかった無垢な少女にとって未知の感覚であり、なおかつ心地が良いモノであった。
奴隷でも下僕でもない。ただ共に在り、一緒に笑い、一緒に泣いて、喜びも嬉しさも楽しさも悲しさも寂しさも全部全部分け合える。
どんなことでも一緒に共有できる存在、そんな『ともだち』という大切なモノを、少女は生まれて初めて匣の外で見つけ出したのだ。
それこそが厄災の始まりだとも気が付かずに。
☆ ☆ ☆ ☆
暗く昏い箱の中。箱という名の異空間。その空間の主は、十に満たないような外見の幼子だった。
「ようやくじゃ、ようやく見つけたのじゃ……」
健康的な浅黒い褐色の肌と、肩に掛かる程度の長さの髪の毛はアメジストのごとき紫色。
神の造形物のように愛らしく、数年後には至高の美女となるだろう童顔の中では、髪と同色の薄紫の瞳が姿相応の無邪気さと娼婦のような妖艶さとを同居させて輝いている。
幼い肢体を黒を貴重とした露出の多い衣裳に包み、見るものを魅了するその少女は、とある巨大な玉座に腰掛けていた。
「『主神玉座』の力を持ってすれば見つからぬモノなどありますまい。とはいえこれは……些か以上に想定外の状況ですな」
隣に侍る柔和な老執事は眉を潜め、幼い見た目の主に自身の驚きを告げる。
彼の視線の先には地球儀のような球体型の立体映像が浮かびあがっており、玉座に座った少女がその手を翳し動かす度にぐるんと回転し、その縮尺を変更させた。
神器『主神玉座』に座った者が得る世界を見渡す力。
その力を持ってして目的のモノを見つけた少女――パンドラは、幼い外見に似合わない酷薄な笑みを浮かべる。
「構わぬ、『探求者』に好き勝手に利用されとるのは腹立たしいが、むしろ好都合じゃ。予定通り、吾輩は『匣の記憶』を取り戻す。そして――」
少女の掌の動きに同期する半透明の地球儀。拡大され、示しだされた場所は――ギリシャ共和国、オリンポス山。その山頂。
そしてそのさらに二百メートル程上空に浮遊する、謎の巨大建造物。
これまたひとりでに浮かび上がる地名表示にはこうあった。
「――クライム=ロットハートを……『創世会』を、潰す」
『天空浮遊都市オリンピアシス』、と。




