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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第一章 英雄ノ帰還ト亡霊
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第一話 日常Ⅰ──東条勇麻のありふれた朝

「――ヤバいどうしよう普通に遅刻だ」

 

 目を開き時計を見て、開口一番に出てきたその言葉が、今現在の東条勇麻とうじょうゆうまの状況全てを物語っていた。

 時刻は既に午前八時を回っている。ホームルームの開始まで残り二〇分、通学時間も二〇分。どう足掻いても遅刻である。

 目覚まし時計の長針短針コンビは暗にこう言っていた。

 諦めろ、と。

 

「いや、だがしかし! 諦めたらそこで試合終了って言うありがたい言葉を信じるなら逆説的に考えて諦めさえしなければまだ希望は残されているはず――!」

 

 そんな感じで未来への希望を捨てない系男子、ちょっと暑苦しいテンションの少年東条勇麻へと無慈悲な声が響いたのはその時だった。

 

「あ、兄ちゃん起きたんだ。一応朝食は冷蔵庫ん中にあるけど……時間は無いか、まぁゼリー飲料でも飲んどけば大丈夫か」

 

 ひょこっとドアから顔を覗かせた自分とよく似た顔立ちの少年――けれど少しだけ勇麻より童顔かつ整った顔立ちをした二歳年下の弟は、兄の危機を目の前にしても我関せずと言った顔をしている。

 制服に身を包み学校鞄を持っている弟は、どうやらとうの昔に登校準備を終えているらしい。


「勇火お前……!? 兄を裏切ったなこの野郎ッ! 起こしてって言ったじゃんっ!?」 


 弟――東条勇火とうじょうゆうひは、どこか呆れたような半眼で観察するようにこちらを眺めて突き放すように言った。



「いや起こしたよ。三回起こしに行って三回とも返事だけ返して起きてこない兄ちゃんが悪いから」

「……なん、だと……ッ!!?」

 

 兄の寝起きハイテンションがウザいのか、勇火は若干顔を引きつらせている。それでもきちんと返事を返してくれる所を見るに、兄弟の仲は比較的良好らしい。

 

「……あー、朝からそれだけテンション高けりゃ心配もいらないかな。じゃ俺もう行くから、戸締まり等々よろしくねー」

「え、ちょっ、待って。マジで待ってって! 勇火、俺もチャリに乗せ――」

「――あー、俺まで遅刻しちゃうから無理ー」

 

 部屋から飛び出した兄必死の懇願を棒読みでスルーすると、勇火は「行ってきまーす」の声を残して玄関から蒸し暑い外へと出て行ってしまった。


 そうして――


「……」


 ――ぽつん、と。救いを求めるように手を伸ばして固まる男が一人、玄関前に取り残されるのだった。


 ……東条勇麻の試合は、どうやらここで終わってしまったらしい。


 「何もかも終わった」と言うような顔で、そのまま壊れた人形のように手足を投げ出し冷たいフローリングに仰向けに大の字になる。

 ほげーっと天井を見上げながら、背中にじんわりと広がるひやりとした感触を体温で上書きする東条勇麻はその三分後、キッチンの小窓から侵食するやかましい蝉の鳴き声の鬱陶しさに現実逃避を諦め力無く呟いた。

  

「……とりあえず着替えよ」


 ホームルームの遅刻は確定的だが、一限にはギリギリで間に合うかも知れない。

 そんなほのかな希望を抱きつつ、勇麻は意識を切り替えて夏服へと着替え始める。


 つけっぱなしのテレビから流れる朝のニュースが、今年に入って何度目かも分からない今年一番の猛暑を伝えている。

 画面に映る散歩中の犬まで、もう夏はうんざりだとばかりにだらしなく舌を垂れていた。

 そんな風に何の緊張感も感じないニュースを聞き流しながら、何というか今日も『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』は平和だなーと、東条勇麻はゼリー飲料を口に咥えて灼熱の世界へと一歩を踏み出すのだった。




☆ ☆ ☆ ☆



 『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』。

 それが、東条勇麻が暮らすこの街の名前だ。

 日本の首都、東京からおよそ五〇〇キロの位置。太平洋上に浮かぶ無人島を開拓して作りあげられたこの街は、世界に三つしかない『実験都市』と呼ばれる特殊な都市である。

 『実験都市』などと大仰な呼ばれ方をするくらいだ。当然、普通の街とは少しばかり異なる面を有している。


 例えば、〝外〟と比べて数世代進んだ科学力。 

 例えば、都市固有のルールなど、他国に左右されない独立性。


 そして何よりこの都市を〝特別〟足らしめているもの。それは――




☆ ☆ ☆ ☆



 前述したように、東条勇麻が通っている高校は、彼が暮らす学生寮から歩いて二〇分くらいの場所にある。

 東条家には自転車が一つしかなく、家を早く出る方が乗って行けるというルールがある為、勇麻は毎日のように歩きで登校している。

 もう一台自転車買えばいいだろ、と当然思うだろうが、東条勇麻には新品の自転車を何故かすぐ壊すという悪癖がある為、我が家の家計を管理する弟さまが購入を許してくれないのだった。


 そんな事情もあり、普段そう遠くに出かける訳でもない勇麻は、自転車なしの生活を享受してきた訳だが、こういう面倒な事態に陥ったりすると自転車が欲しくなってしまう。

 とはいえ今無いものはしょうがない。

 自転車を持たぬ身でそれでも一限に間に合う為に、東条勇麻が導き出した結論は唯一つ。



「……よし。徒歩の機動力の高さを活かした超ショートカットで直線距離を駆け抜ける作戦。これしかないな……!」



 そんな訳で裏通りを突っ切って近道大作戦なのだった!


 勇麻が普段通学に使っている道は、朝の通学通勤時は両側二車線の車道を車が飛ぶように走り去っていく大通りで、赤信号に捕まる回数も多い。

 勇麻は赤信号のロスを避け、かつ最短距離を通る為に、普段の大通りから二歩も三歩も外れた路地裏へと踏み込んでいた。

 勇麻の目論みでは、この道を通れば五分以上通学タイムを縮める事が出来る、ハズだったのだが……


「……だーかーらー、俺は今急いでるんだよ。何回も言ってるだろ、金目の物なんて特に持ってないって。お願いだから通してくれよ……」


 ……ウンザリとした表情の東条勇麻は、路地裏を溜まり場とする不良に朝っぱらから絡まれていた。


「いや、だからよ、あんちゃんの持ってるその財布を黙ってここに置いてけば見逃してやるっつってんだろ? だいたいここの裏道はな、この俺、剛太郎様の縄張りなんだよ。ここの道を使いたかったら通行料くらい払えって話だ」


 勇麻の前に突如として立ちはだかった剛太郎と名乗ったジャイ○ンも顔負けのガキ大将系不良の声に、子分一、二の含み笑いが合わさる。

 それだけで勇麻の不快指数が三〇程アップした。

 ちなみに子分一、二は勇麻が逃げないように後ろに立って退路を断つ、という役割をあたえられている。

 なんて絵に描いたような腰巾着だろう、ここまでステレオタイプだと逆に感心してしまう。

 これで『悪いな勇麻この裏道は三人用なんだ』とか言い出したら、アオタヌキのロボットを連れてこなくちゃならない所だった。


 最早タイムを縮めるどころか、余計な時間を喰っている始末だ。

 勇麻は嫌気が差したような顔で息を吐く。


「いい加減にしてくれよ。……ただでさえ遅刻確定だってのに、このままじゃ一限目にも間に合わねえじゃねえかよ……」


 ただでさえ成績がいい方では無い勇麻は、これ以上遅刻やら無断欠席やらが重なるのは避けたいところなのだが――


「テメェの事情なんてこっちは知ったこっちゃねぇんだよ。あぁ? それとも何か、この剛太郎様に楯突く気か? ……いいから、痛い目見たくねえなら黙って財布置いてけって言ってんだよ。なあ、分かるだろ?」


 剛太郎のごうは業突く張りのごうにして傲慢のごうなのだった。


 流石というべきか何と言うか、名が体を表しているとはこのことかと、半分感心してしまう勇麻。もちろん残りの半分は呆れである。


 ……というか、絡み方がが明らかにおかしくないか?

 薬物でもやってそうな勢いだ。いや、酔っ払っているだろうか? と勇麻は適当に予想する。


 何をそんなに怒っているのか、剛太郎はこめかみに青筋を立てて、こちらを睨みつけてくる。

 その眼力に一瞬怯んだが、負けじと剛太郎を睨み返す勇麻。

 だが、それがまずかった。


「――あ? んだよテメェ、楯突く気まんまんじゃねぇか。そんなにぶっ飛ばしてほしいのか……?」


 剛太郎は真っ赤な顔で急に怒鳴り出すと、口から滝のように唾を飛ばしながら勇麻に詰め寄り勢いよくその胸倉を掴み上げた。

 でかい顔が接近。やはり朝から酒でも飲んでいたのか、強めのアルコールの臭いが勇麻の鼻を刺す。

 一九〇センチはあるだろう巨体に、至って平凡な一七〇センチ代の勇麻がまともに抵抗できるはずも無く、そのまま軽々と持ち上げられてしまう 。

 足の裏が地面から離れ、首が軽く絞まる。息苦しくてまともに言葉を返すことも難しい。

 足をバタバタさせてもがく様は、何とも酷く無様で情けない姿に見えた事だろう。


「ぐっ、だ、だから。金……んて持ってな――」

「――うるっせぇ! 頭ッキタ! テメェはこの剛太郎様が直々にボッコボコにして、二度と刃向かえないよう教育してやるぜ……!」


 光栄に思え! と叫びながら、剛太郎は勇麻の身体を柔道の背負い投げのように放り投げた。

 勇麻の身体が宙を舞う。

 ヤバい、と思った時にはもう手遅れだった。

 激突。衝撃。痛打。

 受け身も取れずに背中からコンクリートに叩きつけられ、強制的に空気を吐き出す。まるで陸に打ち上げられた魚のように、悶えて転げ回る。

 上手く呼吸ができない。身体中が痺れたように、自由が効かない。


「ぐ、つっ……やり、やがったなッ、この酔っ払い野郎が……っ!」


 理不尽な暴力と痛みに、勇麻の頭が赤熱し怒りに燃え上がり熱くたぎる。

 身体の痛みを無視して立ち上り、東条勇麻は拳を握る。

 構え自体は我流の物だが、立ち姿に迷いはなく、それなりの場数を踏みケンカ慣れしている事が伺える。

 剛太郎としては、勇麻が立ち上がった事が意外だったのだろう。感心したような驚いたような顔をしていた。

 ……勇麻としてはその反応は心外でしかないのだが。


「へぇー、案外タフだなお前。ちょっとはやるじゃねぇか、じゃあ……コレならどうだ!」


 剛太郎は、楽しそうに笑いながら言うと、右の掌に力を込めるように踏ん張りながら唸りだした。

 こう言っちゃ悪いが、腰を落として尻を突き出し、踏ん張りながら唸る様は、トイレで大きい方をふんばっている人にしか見えない、と場違いにも勇麻は思った。


 剛太郎の身体中の血管がびきびきと浮き出て、全身から湯気のような物が立ち上り始める。 

 唸りだしてから三秒程しか経っていないのに、剛太郎の全身からは滝のような汗が流れだしていた。

 その顔面含め、まるでサウナに入っている中年のオヤジみたいだ。


「はぁぁぁぁぁああ……ハッ!」


 ――その時だった。

 突如、気合いのこもった怒号と共に、剛太郎の右手から炎が吹き出したのだ。 

 それはみるみるうちに剛太郎の拳を包み込み、炎のグローブを作りだした。 


 明らかに異常。明らかに超常。まるで漫画かアニメのようなふざけた光景。

 人間が掌から炎を出すなんてあり得ない。

 物理法則を超越しているとしか思えない、神の如きその異能を東条勇麻は目の当たりにして――



「――……チッ、神の力(ゴッドスキル)かよ」


 と、忌々しげであるが別段大して珍しくも無さそうに、ごくごく当たり前のものを見たかのように東条勇麻は毒づいていた。


 ――そう、『神の力(ゴッドスキル)』。

 読んで字の如く、神様のように世界に干渉して物理法則を超越し、常識では考えられない現象を発生させる異能の力。

 

 『実験都市』などと大仰な呼ばれ方をするこの街は、当然、普通の街とは少しばかり異なる面を有している。


 例えば、〝外〟と比べて数世代進んだ科学力。 


 例えば、都市固有のルールなど、他国に左右されない独立性。


 そして何よりこの都市を〝特別〟足らしめているもの。それは――それこそがこの『神の力(ゴッドスキル)』と呼ばれる力と、そんな力をその身に宿す『神の能力者(ゴッドスキラー)』の存在。


 この街に暮らす人間の九割が、そんな〝特別〟を抱えて生きている。 


 ……そう、この街では、掌から炎を生みだす事も。風や水を自在に操り、空を飛び、触れずに物を動かしたりする事は、異常なんかではない。

 本来であれば異能や超常やオカルトや超自然的と呼ばれるであろうそれらの類の力は、珍しくも何ともない。ごく当たり前に存在する日常を彩るピースに過ぎないのである。


 であれば、当然。この街に暮らす東条勇麻も……



「……よりによってこのクソ暑い日に発火系とか、ホント勘弁して欲しいんだけど……」

「……はあ、はあ、はあ。へっへへ、驚いたか? 今更謝ったって遅いぜ。俺様を怒らせた事を後悔しながら火達磨ひだるまにでもなりやがれ……ッ!」


 燃え盛る炎にげんなりとする勇麻に対して剛太郎が三下感丸出しの台詞を叫ぶと同時、割と勢いのある踏み込みから、炎を纏った右のストレートが繰り出される。 


「おわっと!?」


 ある程度警戒済みだった勇麻は、すんでの所でそれを回避。

 顔のごく至近を炎を伴った拳が通過し、一瞬熱を感じる。

 髪の毛の先でもかすったのか、焦げ臭い匂いが鼻をついた。


 相手の拳が予想よりも速い。

 危うく直撃するところだったと、勇麻は冷や汗を掻く。

 勇麻はギリギリの攻防に、早くも心臓の高鳴りを、戦闘時特有の高揚感を覚える。

 勇麻の感情に同期するように、右手が燃えるような熱を持つ。

 アドレナリンが分泌され、一種の興奮状態に陥っていく。そのどこか気持ちの良い感覚に勇麻は身を任せた。


 ――別に勇麻はどこかの馬鹿な幼馴染のように喧嘩好きな戦闘狂という訳ではない。むしろ逆だ。出来ることなら誰とだって戦わないで済む方がいいと思っている。


 故にこれは、単に生物としての本能だ。原始的欲求であり、生きとし生ける者すべての欲求に通ずる物──すなわち『生』への執着──迫りくる脅威に対して立ち向かい、戦いにおいて露わになる闘争本能。

 だが人間は獣では無い。理性を持つ人間は、この闘争本能を──溢れ出る暴力への衝動を──自力で制御する事ができる生き物だ。


 だが勇麻がこの感情を──本能を、止めることはない。

 否、勇麻はあえてこの『感情』の昂ぶりを受け入れる。学生の癖に昼間から酒を飲み、他者の財布を奪おうとするこの男は一度ブン殴るとそう決めたから。心の炎で、拳を燃やす。だが理性は失わない。

 感覚としては、感情をむき出しにしている自分自身を、もう一人の自分が、一歩引いた所から冷静に眺めているような感覚――


「……ッ」


 勇麻は昂ぶる気持ちをある程度受け入れ、なおかつ冷静に状況を見る。これは獣同士の殺しあいでは無いのだ、勇気を持って飛びこむ事も必要だが理性を持たない者に勝利は無い。

 相手は右ストレートを躱され苛立っている。バランスを崩している。大ぶりの一撃目を躱されて、明らかに隙ができていた。

 これはチャンスだ。

 勇麻はそれを見計らい、そのまま転がるように剛太郎の死角に──後ろに周り込む。

 だが、剛太郎は、その巨体からは想像できない速さで勇麻を捕捉すると、腰を回すようにして右のローキックを繰り出してきた。

 予想外の一撃、だが反応できないスピードじゃない。


 しゃがんだ姿勢でバランスの悪い勇麻は、しかし迫る一撃に対してガードという選択肢(・・・・・・・・・)を選ばない(・・・・・)。両脚のバネを使い、これを後方倒立回転──すなわちバク転で回避し距離をとる。

 頭の中のイメージ通りに決まった一連の動作、そのあまりに軽やかな動きを見て、剛太郎は驚きと苛立ちの声を上げる。 


「ッ!? ……ちょこまかちょこまかと猿みたいに逃げ回りやがって。それがテメェの力か!?」

「さあ、何だろう……なッ!」


 自分の攻撃が当たらない事に、苛立ちを隠せない剛太郎は、依然として右ストレート主体の攻撃を続けている。

 だが、ただの苛立ちや怒りの感情は筋肉を硬直させ、頭に上った血は攻撃を単調にさせる。

 最初はギリギリのところで攻撃を躱していた勇麻だったが、三、四発目以降の剛太郎の攻撃は、当たる気配すらなくなっていた。


「チッ、クショウ! 何だよクソッ! あー、もういい。舐めやがって、絶対にぶっ殺す。……おいお前ら、三人掛かりでやるぞ! 手加減はいらねぇからやっちまえッ!」


 後ろの方でポカーンと二人の戦いを眺めていた子分一、二は剛太郎の怒鳴り声に我に帰ると、互いに顔を見合わせて、あれに混ざるのかよとでも言いたげな顔をしていた。


「おい早くしろよォッ!」


 剛太郎の怒声にビクついてはいるが、まだ飛び込むか決心しかねているようだ。


(──って、流石に三対一はマズイ! 早く終わらせねぇと冗談抜きで殺されんじゃねーの、コレ!?)


 怒りに満ちた剛太郎の剣幕と咆哮を聞いていると、本当に負けたらタダじゃ済まない気がしてきた。

 なんとしても子分一、二が出てくる前に終わらせなければ、と勇麻は気合いを入れ直す。


 意識を戻して前を見ると、剛太郎の怒りで歪んだ顔が、こちらに近付いてくるところだった。

 ――ここで決める。

 ジャイ○ンさんには悪いけど、少し早めのお昼寝タイムに入っていただく事にしよう……!

 そう決心し、勇麻が右の拳を硬く握りしめたその時──


「へ?」


 ──目の前にあったハズの剛太郎の顔面が、グニャリといびつに歪んだかと思うと、勇麻の視界から突如としてぶっ飛んで消えた。


 何かのコントみたいな面白い激突音のした方向を見ると、コンクリートの壁に顔面から突っ込んで、瓦礫の山を作り出すことに成功したらしい剛太郎が伸びていた。

 

 何が起きたのか分からず、勇麻の思考に空白が生じる。

 子分一、二も何が起きたのか理解しきれないらしく、口を鯉のようにパクパクさせていたが、剛太郎が泡を吹いて倒れている事をどうにか理解すると、恐怖の声をあげながら逃げていってしまった。

 子分に見捨てられた剛太郎様の背中が寂しげに見えたのは、きっと気のせいだろう。 


 何がどうなってんだ、と未だに状況を把握しきれない勇麻の耳に、なぜかどこかで聞いたことのある声が掛けられた。


「あ? んだよ勇麻か。こんな所で何やってんだ?」


 さっきまで剛太郎が立っていたハズの場所に、別の人影がいた。

 どこかで聞いたことのある声だ、何と言うか嫌な予感しかしない。勇麻は己の予感が的中しないことを願いつつ、声のした方を振り向くと、そこには勇麻の見知った顔が立っていた。


 ……予感的中。

 その彼らしい登場に、呆れ半分感心半分といった様子で、勇麻は頭を掻いた。


「いや、何をやってんのと言われても……。お前が見事に全部終わらせてくれたんですが? 泉修斗いずみしゅうとくん?」 


 赤茶っぽく染めた短髪に虎のように鋭いつり目、スポーツマンらしく筋肉の付いた細身の身体。悔しいがその整いながらも男らしい顔立ちは、男前だと認めざるを得ない物がある。


 剛太郎の顔面に凄まじい跳び蹴りを食らわせ壁までぶっ飛ばした下手人であるそいつ、自身の肉体をマグマのようにドロドロと燃え上がらせた幼馴染の少年、泉修斗いずみしゅうとは特に悪びれもせず口を開いた。


「……ああ、悪いな。もしかしてあの豚と楽しいケンカの真っ最中だったか?」

「いや、別に楽しくわねーよ。面倒なのに絡まれてウンザリしてたところだ。助かった」

 

 勇麻はありがとうごめんなさいが言える子だ。

 それと空気も読める。

 なにカッコつけてんだこのアホとか、割と苛つく相手だったしぶっちゃけ一撃くらいは入れておきたかったとか、そういう余計な言葉は呑み込んでおく事にした。 


「てか、泉は何でこんなとこに?」

「あ? 遅刻だけど」

「俺と同じで近道しようとしたクチか」

「あ? お前と一緒にすんじゃねえよアホ勇麻。プライドが傷つくだろうが」

「酷!? 何、お前俺のこと嫌いなの?」

「嫌いっつうか、……ちょっと臭え」

「えっ、ウソ……」

「大丈夫、半分本当だ」

「……」


 半分は本当らしかった。

 ていうか、臭いって言うときの言い方が妙にリアルなのが怖いし地味に傷つく勇麻だった。

 あの暑苦しい炎使いのせいで汗を搔いたのは事実、ホントに汗臭いのなら何とかしなければ……。


「……はぁ、まあなんでもいーけどさ、お前、そのマグマ引っ込めろよ。暑苦しいんだけど」

「あ? 暑苦しいだぁ? でもお前この前、夏は嫌いじゃないとかなんとか言ってなかったか?」

「ぎゃっ!? バカお前バカ! その状態で近づくな! これはもう暑いとか夏が好きとかそれ以前の問題だろ俺が焼け溶けて死ぬ、マジで溶けるからッ!」

「どうせ溶けるなら、愉快な人間ガラス細工にでもしてやろうか?」


 勝ち誇った顔をされた。


「いや、別に巧いこと言えて無……あぁづっ! 分かった分かったから。俺が悪かった、だから頼むからしまって! 火しまって!」

「ふん、助けて貰っといてワガママなヤツだ」


 そう言いつつも泉は、マグマに変換されていた自分の身体を、少しずつ元に戻していく。

 泉の能力は自分の身体から炎を出すのでは無く、自分の身体自体を、別属性の物──彼の場合はマグマに近い特性をもった炎──に変換するという代物だ。

 なんでも急激に戻したりすると、マグマの部分が中途半端に戻った皮膚を焼き尽くしてしまったりして危ないらしい。


 制御が難しそうな力だ。

 それに夏場はめちゃくちゃ暑そうだし、勇麻としては全く欲しくないし派手でカッコいいからって羨ましくもない。いや、別に強力な『神の力(ゴッドスキル)』に嫉妬してるとかそういう訳では無い。断じて無い。


「ほらよ、これでいいだろ。アホ勇麻」


 泉はゆっくりと自分の火を鎮火させ終えると、そう言って勇麻の肩をぱこっと殴る。

 通称肩パン。もういつもの事すぎて、今更突っ込む気にもなれないのだが、これ結構痛い。


「……はぁ」


 勇麻は友人のブレない毒舌と傍若無人ぶりに肩を落としつつ、天を仰ぐ。


 ――ここは『神の能力者(ゴッドスキラー)』と呼ばれる異能者達最後の楽園、『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』。

 今日も街の至る所で、水や氷や電撃が飛び交っている。

 そんな光景がこの街ではごく当たり前のもので、世間では鼻つまみ者の自分達が当たり前のように生きていけるこの街は、普段あまり考えないだけで実はとても尊く大切な場所なのだろう。そう勇麻は思った。


 見上げた空。ビルの壁で四角く切り取られた青が、どこまでも眩しく、何故だか少しだけ遠くに感じた。

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