第四十六話 夜明け前Ⅴ――想いは一つにただ勝利を
血のように毒々しい鮮やかさを持った、赤い彗星が空から街に降り注ぐ。
どこか不穏で禍々しく、けれど幻想的な光景。
それは空の零した血の涙のようで、世界の終わりを嘆き悲しんでいるようにも思える。
しかし未知の楽園は地下七七七メートルに作られた実験都市。本物の空がない街に、天然の雨も雪もましては血のような涙など、本来降ることはない。
降り注ぐ赤紫の輝きは、世界を滅ぼす悪魔の一撃だ。
外周区全集を掘り返すように、外側から獲物を中央へと追いたてるようにその輝きで描き出す円を少しずつ狭めながら、赤い輝きは空から地面へと降り注いでいく。
廃屋を破壊し、悲鳴を上げて逃げ惑う人々を追い立て回し、少しずつその円周を狭めていく破壊の光。
まるでこの世の終わりのような光景に、一際通る幼い子供の懸命な声が街中へと木霊する。
『――現在、正体不明の敵の攻撃によって未知の楽園は未曽有の危機にあります。住民の皆さん、どうか指示に従って、落ち着いて行動してください。歩ける人、動ける人は病人や怪我人、動けない人に肩を貸してあげてください。皆さん、どうか協力して急いで中心区へ避難してください……!』
街中に響く少女の声を最初は眉唾ものだと馬鹿にして鼻で笑っていた大人達も、空から降り注ぐ赤紫の破壊の光を目にしてからは笑ってなどいられなくなっていた。
我先にと押し合い圧し合い、中心区へと蟻の大群のように人の群れが押し寄せていく。
人々の避難は思いの他順調に進んでいる。街中に通る大声を発しながら、スピカは確かな手ごたえを感じていた。
だがそれでも外周区の避難だけはなかなか思うように進んでいない。弱者が身を寄せ合うようにして暮らしている外周区には、満足に動けない怪我人や病人。年配の人も沢山いる。
(……レインハートおねーちゃん、セルリアおねーちゃん達も、お願い。動けない人達を、はやく助けてあげて……!)
大勢の命が助かった、ではダメなのだ。
誰一人欠けることなく、皆で地上へ帰る。東条勇麻はそんな絵空事を本気で思い描いている。
そして、子供でも思わず目を疑うようなそんな絵空事を信じている少年を、スピカは支えてあげたかった。
なんてことはない。スピカもあの少年と一緒にその絵空事を叶えたくなってしまったのだ。
……誰だって本当は皆の無事を願っている。到底達成不可能で非現実的な幸福な結末を心の奥底では誰もが求めている。
それでも人々はそれを決して口にしない。どうせ無理だ、失敗するに決まっているからと決めつけて挑戦する前から諦める。
絵空事を信じているなどと声高らかに宣言して失敗すれば、容赦ない罵倒や嘲弄が浴びせられる。それが恐ろしくて、誰だって恥を搔きたくないから、だから人々はそんな希望を口にしなくなった。
賢いふりをして現実を見て、夢を捨てて、無難に平凡に何事もないようにと生きていくようになる。
それを人は大人になることだと言うのだろう。
でも本当は違う。
それは単なる逃避に過ぎない。
高い志を持つことは、決して誰かに笑われるような事ではない。
挑戦もせずに賢いふりをして諦める大人とやらになる方が、よっぽど恥ずかしい。少なくともスピカはそう思う。
だからスピカも臆することなく掲げるのだ。
少年の掲げた、馬鹿で夢見がちな絵空事を。けれど成し遂げる事が出来たなら何よりも偉大な綺麗ごとを。
絶対に皆で地上へ帰る。
全てが終わったらまたあの大きくて温かな掌で頭を撫でて貰う。そう約束したのだから。
スピカの懸命な呼び掛けが大音量で響き渡る中、シャルトルもまた声を張り上げていた。
「はいはい押さないでくださいー! 落ち着いて、一列になって、亀裂の先へ進んでくださいねぇー。この先のシェルターにはちゃんと全員が入れるようになってます。慌てずにゆっくりと、指示に従って行動してくださーい」
シャルトルは中心区へと避難してきた人々を、半ば無理やりにでも『輝石』で創った亀裂を通して『聖女』のいるオリジナルの『未知の楽園』へと送り込みながら毒づく。
大きな声で張り上げた言葉とは裏腹に、シャルトルは少しばかりの焦りを感じていた。
「……どいつもこいつも疑心暗鬼で半信半疑って調子で、なかなか避難の速度が上がりませんねぇ……。最悪、私の力で強引に全員あっち側にぶち込んでもいいんですが……あぁダメだ、そういえば今私一人だから神の力もまともに使えないじゃないですかぁー、もうっ、皆早く帰ってきてくださいよぉー!」
熱探知や振動による探知を行えるスカーレとセピア、そしてレインハートは逃げ遅れた人の救助へ向かっている。怪我人に応急手当てを施せるセルリアも一緒だ。
現状、シャルトルは一人で避難民を捌かなければならず、それでも何とか避難の速度と効率をあげようと孤軍奮闘していた。
しかし状況はシャルトル一人が頑張ってどうにかできるような域を等に越えている。誰もが力を合わせ、一つの目的に向かって手を取り合わなければ全員での生還など夢のまた夢。
個ではなく全。
この街に住まう全ての命の団結が必要だった。
自分一人の力では何ともし難い現状へのもどかしさがシャルトルを襲う。
だがそれでも今自分に出来る事をやるしかないのだ。
例え一つ一つは小さな事でも、その積み重ねこそが、大きな変革を招く一歩となる。
シャルトル達を頼ってくれたあの少年は、皆で地上へ帰る事を本気で願っている。
そしてシャルトル達もまたあの少年に当てられたのか、叶うはずもない子供の絵空事みたいな願いを、馬鹿みたいに叶えようと必死に戦っていた。
頭の中に直接響く見知らぬ誰かの声での避難警報。
揺れる未知の楽園。空から降り注ぐ血色の流れ星。
こんな恐ろしい事が立て続けに続くのは、この街に生まれてはじめの経験だった。
外に出るのが恐ろしくて、潰れかけの廃屋の中で寄り添うように固まっていた子供達がいた。わんわん泣きわめく幼子も、それを慰める年長者達も、誰もが崩れかけの廃屋の外に出る事を恐れている。怯えている。
このまま此処に残っていても死を待つだけと頭で理解はできても、彼らの心がそれを拒絶し、身体を地面に縫いとめてしまっていた。
だから、こんな絶望の瀬戸際に来訪者が現れるだなんて、誰一人として予想していなかった。
「おい、お前ら皆無事か!?」
それは中性的な顔した、自分達よりもほんの少しだけ年上の子供だった。
短めに切り揃えられたオレンジ色の鮮やかな髪の毛が特徴的な彼女は、粗暴な口調とは裏腹のソプラノボイスで、身を寄せ合う子供達に手を差し伸べる。
「ほら、ここはもう危ねえ。俺と一緒に逃げるぞ」
「おねーちゃんは、だれ……?」
まるで幽霊でも見るような瞳で尋ねる幼い女の子へ、少女は自分が向けられたどこかの誰かのような笑みを浮かべて、
「俺はミランダ。ミランダ=フィーゲルだ」
少女は知っていた。何気ない一つの言葉は、誰かに勇気や希望を与えられる物なんだと。
だから。
自分があの人に言われたらきっと嬉しいだろう事を、恐怖に震えている子供達に向けておまじないのように言い放った。
「お前らを助けに来た正義の味方って奴だよ。……ほら、一緒に行こう。大丈夫、絶対に助かるって。俺が付いてるからさ」
外周区をまとめる『虎の尻尾』のコネクションとネットワーク。それらを最大限に活用し、多くの部下に無線で指示を出しながら、ダニエラ=フィーゲルは険しい顔をしていた。
「使えるモンは全て出しきったんだ、アタシらにこれ以上はない」
現在、ダニエラ達が受け持つオリジナルの未知の楽園と、クリアスティーナの受け持った未知の楽園に、それぞれ避難を促す『声役』としてありったけの『精神感応』系統の神の能力者を派遣している。
余った人員はそれでも動かない人々の避難誘導。逃げ遅れた人や動けない病人怪我人老人などの対応に当たっている状態だ。
既に作戦開始から十分。
ディアベラスの決死の後押しもあって凄まじい勢いで避難は進み、現在中心区城門前には『多重次元地下実験都市未知の楽園』としての総人口の実に三〇パーセントにも匹敵する人々が集まってきている。
だがまだそれだけ。
全部で五つある未知の楽園のうち、二つの都市はまだ全くの手つかずの状態だ。
「ディアベラスの小僧が身を削って住民の避難を促してるが、果たしていつまで持つ? 制限時間は確実に存在してるってのに、肝心のリミットが分かりゃしねえ。……ったくよぉ、危険な橋を渡るってのは、きっとこういう事を言うんだろうねぇ。頼むよディアベラス。そして東条勇麻。あと二十分だ。それだけ持てば、どうにか避難も終わる……!」
過去を見つめる瞳にも、先の事は分からない。
だからこそ生きるという事は面白い。未来へ歩くことは、彼女も知りえない刺激に満ちているのだ。
焦燥をその顔に滲ませながらも、見えない未来と戦う女は、どこか少しだけ楽しげにも見えた。
ディアベラス=ウルタードは赤い彗星の降り注ぐ未知の楽園を、どこか満足げな表情で眺めていた。
「へ、へへ……ここまですりゃあどんな馬鹿だろうが……げほっ、ごほっっ!? ……尻に火が付いたように逃げ出すだろう。何せ世界の終りだぁ。家も金もんなモン後生大事に抱えた所で何の意味もねぇ。ノアの方舟に乗せて貰える権利の為なら、人間何だって捨てられるモンさぁ」
現在、三つの未知の楽園に降り注ぐ破壊の血の雨は、ディアベラスの『悪魔の一撃』によって造り出された破壊のエネルギーの雨だ。
いくらスピカや『精神感応』系統の神の能力者の力で『多重次元空間』やら『未知の楽園』が崩壊するなどと呼び掛けられても、何も知らない未知の楽園の人々が避難を始めるとは思えない。
故にディアベラスは、最後の一押しとして分かりやすく命の危機を演出しているのだ。
既に干渉力の尽きた満身創痍の身体で、自らの生命力さえも削って。
クリアスティーナや『輝石』の力によって一時的に繋がりが出来ているとはいえ、異なる三つの次元へ、同時に己の神の力の始点を作る。
神の子供達と呼ばれるディアベラスをもってしても、尋常じゃない集中力と干渉力を要する代物だ。しかも求められるのはそれだけではない。
人には決して当てないよう細心の注意を払い、無人の廃屋や民家。誰もいない路地などを中心に破壊を広げる。人が避難し終えた場所には容赦のない破壊を降らせ、避難の遅れた人々を急かすようにその尻の後ろに破壊を落とす。
気力と体力、そして生命力を削る作業を、既に十分以上もの間ディアベラスは続けていた。
クリアスティーナの戦いの後に回復した干渉力など、初めの数分でとうに尽きた。
今のディアベラスは精神力――男の意地だけで神の力を発動し続けていた。
「安心しろ東条勇麻。男と男の約束だぁ。こっちは俺が何とかしてやる、だからお前も、絶対にぬかるんじゃんねえぞ……!」
男は少年との約束の為に。
そして愛した女と幸福な結末を掴む為に、その命を愚直に削り続ける。
『ウロボロスの尾』から供給される干渉力でもって『多重次元空間』を維持しつつ、次元の扉を一つ開く。
空間に生じたその亀裂こそが、本来交わらない二つの世界を繋ぐ架け橋だ。
この世界の支配者であるクリアスティーナ=ベイ=ローラレイただ一人が、それを自由に造り、掛ける事を許される。
「お願いです。はやく……皆さん早く逃げて……!」
口の中でそう小さく呟くクリアスティーナの顔色は優れない。
『ウロボロスの尾』という『神器』によって無理やりに力を行使し続けている、というのも勿論理由の一つかもしれない。
だが今回ばかりは違うと、自分で分かっていた。
四姉妹を筆頭に背神の騎士団の面々が活躍する、『輝石』の力で道を開いた未知の楽園。
外周区を仕切る『虎の尻尾』の知名度と統率力で住民を手際よく避難させていくダニエラ=フィーゲルの担当する未知の楽園。
そしてクリアスティーナ=ベイ=ローラレイの『支配する者』によって新たに道を開いた未知の楽園。
この三つの都市のうち、最も避難が進んでいないのが、クリアスティーナの担当する未知の楽園だった。
とはいえそれは当然と言えば当然なのだ。
クリアスティーナには背神の騎士団の面々のように阿吽の呼吸で連携を取る事のできる少数精鋭の仲間などいない。
ダニエラ=フィーゲルの率いる『虎の尻尾』のようなコネクションとネットワークをフル活用した人海戦術も使えない。
現状、唯一無二の役割を持つディアベラスを頼る事も許されない。
次元に道を開けたクリアスティーナ以外に動けるのはダニエラ側からの命令で援護に来てくれた『虎の尻尾』の『精神感応』を扱う“声担当”の五人だけ。
ダニエラはもっと多くの人材を助っ人として投入してくれようとしたのだが、クリアスティーナは互いの担当分は互いがそれぞれ責任を持ってやりきるべきだ、といういっぱしの正論を盾に断った。
……この事態を招いたのは間違いなく自分だ。ダニエラ=フィーゲルという女は優しい。優しいからきっと、クリアスティーナが泣きつけば自分の負担を大きくしてまでクリアスティーナを助けようとするだろう。
だがそれではきっとダメだ。
クリアスティーナ=ベイ=ローラレイは、一度この街を救った英雄として、この街の全てを変えてしまった者として、どこかでけじめを付けねばならないのだから。
美しい顔を深刻げに歪めてそんな事を考えていた少女は、故に間近に接近されるまで接近するその足音に気が付かなかった。
ザッ、と。音を踏み鳴らして背後に現れた乱入者の気配にクリアスティーナが顔をあげる。
「……全く、そういう頭の固い所は変わってないよねホント。そんなんじゃ災友くんがいつまでも心配して成仏できないってのにさ。あの人にいつまでも見守られなきゃならない俺の気持ちも少しは考えて欲しいもんだよ」
見知った、懐かしい声が、した。
ぎちぎちと、まるで壊れた人形のような緩慢な動きで、少女は音源へと振り返る。
「そうね。昔っからこの子はいつもそう。変な所で頑固なものだから、アタシ達おねえさんに何も言わずに一人で抱え込んでしまうのよね。もっとも、隠し通せてるなんて思ってるのは下の子だけなんだケド☆」
「……」
「いやいやナギリ君、ネクラなのは皆知ってるけどこんな時くらい何か言おうよ……。このままモブ扱いでホントにいいの?」
――クリアスティーナ=ベイ=ローラレイには、こんな時に頼れるような仲間なんていない。
「アスティ、お前はもう少し私達を頼れ。何と言っても私はお前のお姉ちゃんだからな。ああ、なんでも、姉が妹の頼みを聞くなんてのは、世間じゃ当然の物らしいではないか。大丈夫だ。大船に乗ったつもりでもろもろ私に任せてくれ!」
「ふむふむ、我氏としては? 麗しい姉妹愛をおかずにショートケーキにかぶりつくのは最大級の贅沢だと考えているので、是非にでもポンコツ委員長ことレギン氏とアスティ氏の絡みをじっくりゆっくり拝見したいのはマウンテンマウンテンなのですが……時間も押していますし、一人満身創痍でお留守番をしているライアンス氏が不憫でなりません。そろそろ仕事に取り掛かるべきでは?」
「だっ、誰がポンコツだ! お前の方がポンコツだろうこのポンコツデブ!」
「ふははは我氏ポンコツではありませぬ! むしろトンコツですぞ!!」
――背神の騎士団のように阿吽の呼吸で連携を取る事のできる少数精鋭部隊も、『虎の尻尾』のような人海戦術を行う事も出来ない。
「ハイハイ、レギンちゃんのコントはもうその辺でいいネ。いい加減見飽きたヨ。引き篭もり姫のお願い、皆聞こえたデショ? この街の人タチ早く逃がすヨ。……アタシ達も手伝うネ。アスティ」
そのハズなのに。
誰一人だって、頼る事は許されないハズなのに。
クリアスティーナは自分一人でけじめをつけねばならないのに。
そんな馬鹿な思い込みを続けている少女に。
「……お城が降ってきた時、リリはもう死んじゃうんだと思った。でも、裂姫ちゃんがリリをお外に放り投げて助けてくれた。裂姫ちゃん、最後にリリを見て笑ってたしっ。もう自分の意志じゃ動けないはずなのに、それなのに『生きて』って、リリに向かってそう言ってたし……っ! だからリリも、皆と生きるのを諦めない。諦めたくない。リリは、リリ達はきっとみんなの分まで生きなきゃいけないんだ。裂姫ちゃんも、そう望んでた。……だからアスティ、リリ達を助けて。リリ達も、アスティを助けるから……!」
やや遠慮がちに差し延ばされたその小さな手は、アスティのよく知る尊い温もりに溢れていた。
「み、んな。……どうして……っ!」
涙で歪むクリアスティーナの視界には、彼女が冷たく拒絶し続けた、最愛の人達が並んでいた。
幻でも、夢でもない。それは紛れもない現実として、クリアスティーナの前に立っている。
「ほら、俺達って一応はまあ家族じゃん? だからまあ、その。手の掛かる妹を助けに来たんだよ、兄貴としてはこのあたりでカッコいいトコ見せておかないと、評判ダダ下がりだしさ」
「……アナタに謝らなきゃならない事も、感謝しなきゃならない事も、言いたい事も色々あるけれど。今は家族の危機。この期に及んで、大切な事を後回しにしてしまう臆病な姉達をどうか許して欲しい。……いいえ、許してくれなくても構わないわ。でも、今だけは、共に肩を並べて戦う事を、許して欲しいの」
貞波嫌忌が気恥ずかしげに頭を搔き、リズ=ドレインナックルがモスグリーンの髪を揺らして頭を下げる。
――誰も彼もがボロボロだった。
貞波嫌忌もナギリ=クラヤもレギン=アンジェリカも身体中に切り傷と火傷が残っているし、血を失い過ぎたリズ=ドレインナックルなど死人のような青白い顔をしている。胸に巻かれた包帯からはじんわりと痛々しい真っ赤な血が滲み出ている。
リリレット=パペッターは親友だった割宮裂姫と本当の意味でのお別れをしてきたのだろう。独り立ちをした少女の顔には、今までにない決意の表情が浮かんでいる。
非戦闘員の生生と竹下悟も、手当をした際に飛び跳ねたのでろう誰かの返り血でぐっしょりしていた。
だがそんな傷を負ってまでも、彼らは少女の元に駆けつけたのだ。
『逃亡者の集い旗』でも『白衣の悪魔の遺産』でもない。彼女の家族として。当たり前のような顔をして、助けに来てくれたのだ。
「あり、がとう……みんな、私……私はっ、ごめんっ、なさい……ほんどうに、ごめんなざい……っ!」
差し伸べられたリリレットの小さな手をぎゅっと握りしめて、クリアスティーナが滂沱と共に崩れ落ちる。
温かな涙が溢れて止まらない。
どうして自分はこんなにも馬鹿なのだろう。
東条勇麻の言う通りだ。自分を責め続けて独りで何かを背負い込む必要なんて何処にも無かった。
ただ助けてとそう叫べばきっと、クリアスティーナの家族は、馬鹿な妹の事を仕方がない奴だと苦笑を浮かべながら助けに来てくれるのだから。どれだけ喧嘩をして傷つけあったとしても、その絆は揺るがない。そんな簡単な事にも気づかなかった自分はやはり大馬鹿野郎だ……!
「謝るのは後だ、アスティ。私達が街の人々の避難を誘導する。アスティは引き続き、次元の通り道を維持していてくれ。……大丈夫、レギン姉ちゃん達に任せておけ……!」
「れぎんぢゃああぁん……っっ!」
――クリアスティーナ=ベイ=ローラレイには、こんな時に頼れるような仲間なんていない。
背神の騎士団のように阿吽の呼吸で連携を取る事のできる少数精鋭部隊も、『虎の尻尾』のような人海戦術を行う事も出来ない。
そこにあるのはただ『家族』。
馬鹿で愚かな妹同様、不器用で回りくどくて仲直りの仕方さえ碌に分からない、けれど確かな絆で繋がったただの馬鹿な家族だった。
妹を助ける為、集った家族たちが行動を開始する。
作戦開始から十五分が経過。
中心区に集まった住民の数は総人口の実に四七パーセントに到達した。避難の速度は確実に上がっている。誰がどう控え目に見ても、作戦は順調に進行していた。
誰もが胸に様々な想いを抱え、終末の未知の楽園を必死に駆け回っている。
様々な想いを抱きながら、たった一つの幸福な結末を願う彼らは、確かな手ごたえを感じていた。
このままいけば、きっとうまく行く。
誰一人欠けることなく、皆で地上へと脱出する事ができる。
……この時はまだ、未知の楽園の人々を救うために立ち上がった彼らの誰もが、自分達の勝利を信じて疑わなかった。
信じて、疑わなかったのだ。




