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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第一章 英雄ノ帰還ト亡霊
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第十四話 戦闘開始Ⅰ──小手調べのような戦場 

 夏とはいえ、夜の七時半を過ぎれば太陽だって完全に沈んでしまう。

 日の暮れた天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の街並みは、それでも様々な光のネオンやライトアッフで明るく輝いていた。

 それは星々の輝きとはまた違う、人間たちの力で作り上げた人工の光だ。 


「勇麻、今日は楽しかったな」

 

 珍しく興奮した様子で、隣を歩くアリシアがそう言った。

 興奮していて気が付かないだけかも知れないが、やけに距離が近い。

 少しその手を動かせば、アリシアの小さく柔らかい手に触れてしまうくらいには近い距離だ。

 乗り出すようにして話しかけてくるものだから、思わずのけぞりそうになる勇麻だったが、自分だけ意識するのも馬鹿らしいと思い、軽く息を吐いた。


「そうか。お前が楽しんでくれたなら何よりだ」

 

 勇麻は優しい笑みを湛えながらそう言った。

 今現在、勇麻とアリシアはショッピングモールを出て、少し離れた駅まで歩いて向かっている最中だ。

 泉たちとも連絡をとりあっており、これから拠点である中央ブロック第五エリアのカラオケボックスに戻る事になっている。


「ふむ。勇麻、また『でーと』しような」


 そう言って笑うアリシアの笑みは、やはりまだどこか造り物のような違和感の残る物だった。

 もし次の機会があるならば、その時こそは彼女の本物の笑顔を見たいと願う勇麻だった。


「あぁ、そうだな。……でも次来る時はこんなに沢山買うのはマジで無理なんで、そこだけはよろしくお願いします……ホントマジで」


 勇麻はアリシアの買い物に付き合った結果発生した両手一杯の買い物袋を些かげっそりした面持ちでかかげて見せた。 

 とてもじゃないが勇麻ごときの小遣いでは不可能な物量だ。


(いやー、マジで次は無理。今回は泉が全部負担してくれたから良かったけど、俺にそんな金は無いからな)


 ちなみに、今回のカラオケボックス代も泉が全て出してくれている。

 伊達に干渉レベルCクラスは金持ちではないのだ。


 勇麻とアリシアは時折馬鹿な事を言い合いながら駅までの道を歩いていく。

 駅とモールを繋ぐ通りは沢山の人が通れるように、歩道も道路も広めに作られている。

 道の両側には南国の島特有のヤシの木が並んでいて、潮風がヤシの葉を揺らしていた。

 道自体は広く作られているのだが、ショッピングモールへ来る人は、そのほとんどがバスや自分の車で来てしまうためか、駅へと向かう道のりは自然と人通りが少なく閑散としていた。

 等間隔で並ぶ電灯の光が暖かく照らす道のりは、少しだけ寂しそうに見えた。

 辺りには誰もいない。

 勇麻とアリシアの二人だけ。



「――お待ち頂こうか『神門審判ゴッドゲート』のアリシア」



 だから、その声は辺り一体に良く響いた。


「アリシア、アナタを探しましたよ。一体今までどこへ行っていたのですか? 僕の記憶が正しければ、我々はアナタの協力を得ることができたハズなのですが……?」


 そう言って暗がりから勇麻とアリシアに歩み寄ってきたのは、黒いローブに身を包んだ大柄な西洋人の男だった。

 肩まで伸びた金髪に、かなり整った相貌に灯る鋭い目。大柄とは言うよりは、背が高くスマートで筋肉質な身体つき。モデルのような体系と言えば分かりやすいかもしれない。


 男の後ろには控えるように、男とよく似た顔立ちをした脚の長い美形の女が立っている。血の繋がりでもあるのだろうか。つくづく兄妹姉妹に縁があると内心吐き捨てる。

 女はその美脚を際立たせるような黒のスキニーに、肩を露出したようなデザインのTシャツに身を包んでいる。

 腰のベルトには長さの違う二本の鞘が差し込まれていた。

 虚空を見つめるような女の虚ろな目には、何も映っておらず、どこか表情の消えたその顔はアリシアにも似ている気がした。


「……おい、ちょっと待てよ。アンタら一体何者だ?」


 気配も何も感じなかった。

 なのにいつの間にか接近されていた。その事実が、端的にこの二人の実力が勇麻よりも上だということを示していた。

 驚き、そして動揺があった、だがそれを表情に出す訳にはいかない。

 勇麻はこちらへ近づいてくる男と、アリシアとの間に立つように一歩前に出る。

 横合いに広げた右手でアリシアを後ろへ下がらせると、男へ向けて疑念に満ちた瞳を向ける。


「いきなり現れてワケの分からない事ペラペラ抜かしやがって、怖がってるじゃねえか……!」


 アリシアは勇麻のシャツの袖を握りながら背中にちょこんと隠れている。

 恐る恐る男の方を覗き見るような具合だ。

 それも当然だろう。いきなり見知らぬ大男に名前を呼ばれたら誰だって怖い。

 ましてアリシアは追われる身だ、警戒するに決まっている。

 だが、男はその反応を見て、何かを不信がるように目を細めていた。


「アリシア、僕ですよ。先ほどまで一緒だったレアード=カルヴァートですよ。分かりますよね?」


 レアード=カルヴァートと名乗った男はアリシアに向けて優しげな笑みを向けている。

 だが肝心のアリシアは首を横に振るばかりだ。

 否定する。


「……私はお主の事など知らないぞ」

 

 レアードは敵意すらあるアリシアの言葉に目を丸くし、言葉を失っていた。

 それはまるで、今日まで親だと思っていた人間から、実はお前は捨て子だったんだ、と言われた子供の表情にも似ていた。

 機能停止してしまったかのように固まったレアードは、しばらくして再起動すると、アリシアを眺めながら何か考え事をするように口元に手を当て、何やらブツブツと呟き始めた。

 

「……どういう事だ? 洗脳……いや、これは……でも、まさか……」

「残念だけど、アリシアはアンタの事なんか知らないらしいぜ。変質者。つうか聞いてるなら答えろよ、アンタら何者だ?」


 不機嫌そうに尋ねる勇麻の声は完全に無視なのか、しばらくレアードは口元に手を当てたまま何かを考えているようだった。

 しばらくして再起動を果たしたレアードが、ようやく口を開いた。


「アリシア、アナタが今どのような状況に置かれているのか私では調べようがありません。ですが、アナタがそこに留まるのは大きな危険を伴います。今は何の事か分からないかも知れませんが、速やかにこちらに来てください」 


 レアードの口調は頼み込むというより、決定事項を告げるような、どこか命令文じみた物だった。

 強制力を感じさせる言葉に、

 だがアリシアは、勇麻の背中に隠れたまま首を横に振る。

 その明確な拒絶の表れに、レアードは大きく溜め息をいた。


「どうして分からない。我々はアナタに危害を加えるつもりは微塵もないと、そう説明したハズだ。……あぁ、そうか。何らかの細工をほどこされているからそれも記憶にないのか」


 レアードは少し呆れ果てたような表情で肩をすくめる。

 一方のアリシアは本当に何の事だか全く分からないらしく、混乱したような面持ちで助けを求めるように、勇麻の袖を引っ張っていた。

 だが、今の勇麻にアリシアを構っているだけの余裕は無かった。

 突然のこの状況に内心揺れ動いていたからだ。

 思考をできるだけ高速化し、取るべき選択を模索する。 

 間違えばあまりにも命取りな状況。

 正直言ってヤバい。


(どうする、この見るからに怪しい奴らを相手に俺はどうすればいい? 敵なのか味方なのか? いや、アリシアがこんなに怖がってるんだぞ、間違いなく敵だろ。……つうかコイツら絶対アレだろ)


 考えうる状況の中で割と最悪に近い現状。

 勇麻は自分の考えが外れる事を願い、口を開く。

 カマを掛けるなら今だ。

 できる限り不敵に、余裕の自分を取り繕う。雰囲気で相手を圧倒する。


「おい、アンタらもアリシアを狙ってるんだろ?」

「……」


 勇麻など眼中にもないのか、レアードは勇麻の言葉にピクリとも反応すらしない。


(……チッ、ことごとく無視しやがって) 


 ならば、


 勇麻は内心のイラつきをおくびも表に出さずに不敵に笑う。

 まるでレアードを挑発するように鼻で笑うと、


「おい、無理して隠そうとしてんじゃねーよ。見苦しいっての、こっちはもうアンタらの正体ぐらいとっくに掴んでるんだよ」  


 ピクリとレアードの眉間が微かに動いた。

 それを見て勇麻は、ここぞとばかりに畳み掛ける。


「アンタらも大変だよなぁ。天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)相手にケンカふっかけようとしてるんだから。かと言ってアンタらが対立するこの街は強大だ。何の準備も無しに挑めばまず勝ち目は無い。だから俺みたいなの相手にわざわざこんな回りくどい真似してるんだろ? 力ずくで奪いにくれば簡単なのに、騒ぎになることを恐れているんだ」


 この時勇麻は初めてレアードと目が合った。

 レアードが勇麻の存在を、初めて認めたのだ。

 それは、鬱陶うっとうしいハエがたかっているな、くらいの認識でしかない。

 それでも、その瞬間ゾクリと寒気がし、全身に鳥肌が立つ感覚を覚える。

 勇麻は目の前の男が化け物なのだと改めて再確認した。

 おそらくだが、この前戦ったイルミナルミ姉妹よりも遥かに格上の相手だろう。

 身体中から嫌な汗が噴き出す。

 正直言って今すぐ逃げ出したい。

 けれども、ただ逃げるのと、明確な情報すらないまま逃げるのとでは雲泥の差。 

 今後の方針にだって影響が出ることになる。

 勇麻はそこから一歩を踏み出す事を決意する。

 

「そうだろ、背神の騎士団(アンチゴッドナイト)さんよ」

 

 その言葉は、決定的すぎた。

 何とは言わない。

 けれども、確かにその一言は何かを。

 明確では無いなりに存在していた境界線を、粉微塵こなみじんに破壊した。

 してしまった。

 

「はぁ……」


 レアードが溜め息をいただけで、この場の温度が二、三度程下がったような錯覚を覚える。

 レアードは何かを諦めるような、そんな表情で再びその凍てつく視線の先に勇麻を捉えた。


「全く、黙っていれば見逃したのに。本当に愚かだな君は。僕たちの正体を知っていながらその名を口に出すなんて、余程死にたいのかただの馬鹿なのか」


 レアードは首をコキリと鳴らし、


「それとも、死ぬほど馬鹿なのか」

 

 まあいい、とレアードは一度言葉を区切った。


「そこまで知られたならどの道タダでは帰せない。そうだよ。僕たちは背神の騎士団(アンチゴッドナイト)。この天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の腐敗を打ち砕く者だ」


 レアードはそう言ってローブを翻し、流れるように左腕を横合いに広げて右腕を身体の前で折って、こうべを垂れる。

 まるで、執事が主人に仕えるような仕草で勇麻を歓迎する。


「ようこそ、この街の闇へ。名も知らぬ愚者よ」

 

 まるでそれは舞踏会に訪れた何も知らぬ哀れな乙女おとめをダンスへいざなう作法のようでもあった。

 明確な死を匂わせる舞踏会へ、決定的なまでに東条勇麻は足を踏み入れる。



☆ ☆ ☆ ☆



 大柄な黒いローブの西洋人の男、レアード=カルヴァートの口から出てきた単語に勇麻の背筋が総毛立った。

 背神の騎士団(アンチゴッドナイト)

 間違いない、アリシアを狙っている連中の一人だ。

 逃げなければ、そう思った。一人で立ち向かっても勝ち目は無い。

 勇麻の理性はそう叫んでいる。

 勇麻の背中に未だ隠れているアリシアが、不安そうな瞳でこちらを見ていた。


「勇麻、どうするのだ……?」


 アリシアは問う。

 いつ逃げるのか? と。

 そう、今は逃げる場面だ。

 配役を間違えるな。

 東条勇麻は正義のヒーローでは無い。

 勇麻にはこの場を乗り切るだけの運も実力も無い、必要な要素は何一つとして及第点きゅうだいてんに達していない。

 だから逃げるべきだ。

 その理性的な意見はおそらくこの場において最上の選択。

 オマケ程度の価値とは言え敵の情報も入手した。

 なら逃げるべきだ。

 頭では分かっている。

 だが、理性的じゃない部分の勇麻がそれを許さなかった。

 逆に一歩、前に出る。

 勇気とも違う感情のまま前進。

 鷹のように鋭い眼光で男を睨みつける。


「おい、アンタ。さっきこの子には危害を加える気は無いとかぬかしてたよな。……ふざけてんのか?」

 

 グツグツ煮えたぎる感情が収まらない。

 アリシアが勇麻の袖を必死に引っ張って何か声を掛けていたが、もう勇麻の耳には入らない。

 怒りの籠もった瞳で睨みつけられた男は、たいしてこたえた様子も無く、ただめんどくさそうに頭を掻いた。 

 開かれた口から出てくる声の調子も、呆れているというより、どこかうんざりしたような響きだ。

 

「はぁ……。さっきから君一体なんなの? どこで僕たちの事知ったのか知らないけどさ──」

「──とぼけてんじゃねえよ」


 レアードの声を勇麻が遮った。

 レアードは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに不愉快そうに目を細める。

 自分の言葉を邪魔された事に少なからず苛立ちを覚えたようだ。

 射るような視線を勇麻に向けている。

 しかし勇麻もそんな視線など意に介する事無く、対抗するように睨み返していた。

 止まらない。

 感情のままに告げる。


「こっちはアンタらのお仲間の一人を倒してるんだ。俺の事を知らない訳がないだろ? もう止めようぜ、こんなくだらない会話ちゃばんは。お互いにもう引けない所まで来てるんだからさ」

「おい……、今何て言った?」


 その勇麻の言葉に、レアードの顔から笑みが消えた。

 明らかに雰囲気が変化した。

 勇麻を睨みつける瞳に初めて明確な敵意が宿る。


「レアード、少し落ち着いたらどうです。そのような報告は聞いていません。相手の罠かもしれません」 


 不意にそんな声が後ろから届いた。

 今の今まで完全に忘れていたが、レアードの後ろに立っている美形の女の声だった。

 美形の女はレアードをいさめるようにそう言った。


「ダメだ姉さん。言葉の真偽なんて関係ない。僕の仲間に──僕たちの居場所に手を出したと言うのなら、その言葉にそれなりの責任を持ってもらわないと困る。嘘だろうが何だろうが僕らの居場所を脅かす奴を許す訳にはいかない」

「そうですか。……レアード、分かっていますね。殺してはいけませんよ。相手は何者なのかまだ分からないのですから」


 レアードから姉さんと呼ばれた美形の女は、諦めたように息を吐いた。

 対するレアードは姉に対して優しげな微笑みを浮かべる。


「分かってるよ姉さん。大丈夫だ、こんな奴五分で片付けてやる」


 レアードは姉を安心させるような柔らかい口調でそう言うと、改めて勇麻に向き直る。

 レアードから向けられる敵意ある視線を、勇麻はしっかり受け止め、それでも臆せずに真っ正面から立ち向かっていた。


 怖いという感情は今はそれほど感じない。

 ただ冷静では無かった。

 自分の中の、自分でも抑えられない何かが今にも爆発しそうだ。

 右手が燃えているかのように熱い。

 身体中の熱量が、右手に集中していく感覚。


 怒り。


 その感情に飲み込まれそうになっていた。

 だが勇麻自身、さしてその感情に抵抗する気もなくなりかけているのも事実だ。

 アリシアの声を聞いた。

 アリシアの思いを聞いた。

 アリシアの状況を知った。

 アリシアの涙を堪える姿を見た。

 そして現在、アリシアを苦しめている元凶と東条勇麻は向き合っている。


 怒りに飲まれて感情のままに戦うだけなら獣にでも出来る。

 人間なら理性で戦え。

 そんな事は分かっている。

 だが、冷静になろうとすればするほど頭の内側が熱く燃えたぎり、理性的に振る舞おうとすればするほど、右手は獣のように唸るのだ。


 抑えられない。


 衝動に打ち勝てない。


「アリシアは渡さない」


 その短い一言に、勇麻の想い全てが込められていた。


「渡さない、か……。面白い。君がどこの誰だか知らないけれど、背神の騎士団(ぼくら)にケンカを売ったんだ。それがどういう意味なのかを今ここで思い知らせてやる」


 勇麻は手振りだけでアリシアを下がらせる。

 アリシアは少しの間心配そうに勇麻を見上げていたが、やがてこくりと頷くと買い物袋を受け取り、小走りで駅の方へと走っていく。

 アリシアが駅周辺へ身を潜めた事を、顔を向けずに目線だけで確認した勇麻は、ケンカ慣れした自己流の構えを取る。

 それを見てレアードも、両手を横合いに広げ構えを取る。 


背神の騎士団(アンチゴッドナイト)戦闘員、レアード=カルヴァート」


 やや後方で溜め息混じりの声、


「同じく、レインハート=カルヴァート」  


 レアードは残忍に笑うと、告げる


「クソ野郎には死を、我らの敵には裁きを与えるッ!!」


 声と同時、世界が爆発した。


「!?」


 否、違う。

 勇麻の立つアスファルトの地面ごと、大地が爆発的な勢いで盛り上がったのだ。

 勇麻はアスファルトごと、ニ、三メートルほど宙に持ち上げられ大きくバランスを崩した。


(な……ッ!?!)


 油断も糞も無かった。

 完全なノーモーションから繰り出された的確な奇襲きしゅう

 初見での対応は困難を極める。

 だが戦いの最中にそんな言い訳は通用しない。死という結果を伴って『対応できなかった』という事実が世界に反映されるだけだ。

 ヤバい、と思った。完全にやられた。宙に打ち上げられた状態では回避はおろか、身動き一つ取る事も儘ならない。

 そこにレアードが残忍な笑みを浮かべたまま突っ込んで来た。

 完全に敵の術中。

 その手には岩で造られた大きめの片手剣のような物が握られている。

 切れ味、という概念は無く、棍棒メイスのように振るい、敵を叩き潰すような武器。

 勇麻は未だに空中で体勢を崩したまま。

 無防備な体勢でこの一撃を喰らえばタダでは済まない。

 虫ケラのようにぐしゃぐしゃに潰されてしまう。

 レアード=カルヴァートは東条勇麻を完全に殺す気だ。 


「レアード、やめなさい!」


すぐ後ろで響いたハズのレインハートの声が、酷く遠くから聞こえた気がした。


「死ねッ!!」


 レアードの残忍な笑い声が勇麻に突き刺さる。

 岩の片手剣が勇麻の顔目掛けて振るわれる。

 思わず大きく目を見開く、勇麻の瞳孔に映った最後の景色は何だったのだろうか?

 グジャリッ!? 肉が潰れるような、目を背けたくなるような生々しい音が響いて――



 ――レアード=カルヴァートの顔面に燃え盛るつま先が突き刺さり、その身体が横っ飛びに吹き飛んだ。



 勇麻はバランスを崩したまま地面に落下、尻餅をついた。


「レアード!?」


 レインハートの驚きの声が響く。

 だが、レインハートは弟を心配する暇はなかっただろう。

 彼女から一〇メートル背後、茂みの中から火花の散る音がしたからだ。


「ッ!?」


 直後闇夜を走る雷撃。

 高圧電流によって黒焦げになった地面に、だがレインハートは既にいない。

 気配を察した直後に、全力での回避行動に入ったからだ。

 

「あの距離で躱された……!? やっぱりそう簡単にはいかないか」

 

 雷撃の発生場所から悔しげな声が聞こえた。

 そして、それに答える声も勇麻のすぐ近くから聞こえる。


「あ? せっかくの奇襲のチャンスに何やってんだよ。ったく使えねーな」

「……すいません。でもアイツの反応異常ですよ。あの距離で気が付きますかね普通」

「気張り過ぎなんだよお前、殺気出しすぎ。あんなんじゃすぐ感づかれるに決まってるだろ」


 レアードが地面を盛り上げた事により立ちめる土煙が、声の主の姿を隠している。

 だが勇麻には分かる。

 姿も顔も見えない。だが、“声を聞く前から”分かっていた。

 火花の散るような音も鳴り止み、苛立ったような声が勇麻に向けてかけられる。


「ていうかよ、テメェ仕掛けるのが早いんだよアホ! 俺らが間に合わなかったらどうするつもりだったんだ? あぁん?」

「ああ、悪い」


 理性を欠いていた。

 冷静ではなかった。

 こういう緊急事態の時の“手筈通り”に進めるのなら、勇麻はできるだけ会話を長引かせる必要があったのに、怒りにまかせて仕掛けてしまった。

 泉と勇火を待ち不意打ちを決めるという手筈。

 合流するだけの時間稼ぎもせずに突っ走ってしまった。今回は結果オーライだっただけだ。

 だが、それでも勇麻はこの結果を信じていた。

 信じていたから突っ走れた。

 だから、満面の笑みを浮かべて答える。

 

「助かったぜ、泉! 勇火!」

「助かったじゃねーよアホ! お前、俺らが遅かったら死んでたからな。分かってるのか!?」

「はぁ。これだから兄ちゃんは危なっかしいんだよ、馬鹿は死んでも治らないって言うけど本当に死なれちゃ終わりなんだよ。分かってるの?」


 身体中をドロドロのマグマみたいに燃えたぎらせた泉修斗と、東条勇火。

 土煙の晴れた先に二人は立っていた。

 偽物の紛い物でしかない勇麻と違い、まるで本物のヒーローのように。

 そんな彼らの手を借り、東条勇麻は立ち上がる。 



 視線の先では雷撃を躱したレインハートがこちらを睨んでいた。


「レアード。立てますか?」


 泉の跳び蹴りで吹き飛ばされたレアードの方も見ずにレインハートはそう尋ねる。


「く……。ペッ、油断した」


 茂みの向こうから血の塊を吐き出しつつ、姉の声に答えるようにレアード=カルヴァートが顔を覗かせた。

 ダメージはあるようだが、やはり決定打にはならなかったようだ。

 レアードの様子を見て息を飲む勇火。だが、泉はこうなる事を予期していたのか、全く動じない。

 そして勇麻もまた、笑顔を引っ込め構え直す。

 そう、まだ終わりじゃない。

 むしろ勝負はここからだ。


「泉、勇火、手筈通り行くぞ!」


 自己流のケンカ慣れした構えを取る勇麻に、泉は獰猛どうもうに笑いかける。


「手筈通りだぁ? あはっははははは! お前がそれを言うかよ。ぶっ飛ばしてぇぇっ!」」

「兄ちゃん、泉センパイ、ご武運を」


 勇火はどこか緊張したような面もちで二人を見ると、アリシアのいる駅の方へ駆けて行った。

 その様子を見て声を上げたのはレアードだ。


「何の真似だ?」

「何が?」

「いいのか? あの子供がいればニ対三だったのに、わざわざ数的有利を捨てるのか?」

「あ? 舐めんなよ金髪ノッポ。お前らなんて本来俺一人で充分なんだよ、あんなガキ頼るまでもねぇ」

「ハッ、僕に一発蹴りを入れたからってあまり調子に乗るなよ。雑魚が」


 レアードが右手を地面にかざすと、それだけで地中から岩の片手剣が生み出される。

 それを引き抜きレアードも構えを取る。


「この二人は俺に任せてくれないか? 姉さんは逃げた奴とアリシアを頼む」

「……分かりました。ですが、レアード。殺しは禁止ですからね。本当に分かっているのですか?」

「……さっきは悪かったよ。もうやらない、大丈夫だよ、姉さん。心配しないでくれ」


 レアードの声にレインハートは頷き、勇火を追うように駅に向かって駆け出して行く。

 が、


「行かせると思うか」


 勇麻がレインハートの進行方向に回り込むようにして立ちふさがる。


「通してくれません、よね。……仕方がありません」 


レインハートは腰のベルトに挟んだ鞘から刀を抜刀し、構える。


「押し通ります」

「やらせるかよ。アンタら二人とも、ここから先はへは進ませない」

「お前はここでこの俺にぶっ潰されとけ、金髪ノッポ。その目障りな高身長ごと叩き潰して、見下みおろしやすくしてやる」

「へぇ、面白いジョークだ。やれるものならやってみろよ。火ダルマ君」 


 それぞれの視線が交錯しあい、火花が散る。

 いよいよ戦場のボルテージは最高潮。

 さあ、ここからだ。

 楽しい楽しい一夜限りの死闘ライヴが幕を開ける。


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