第三十二話 幸福な思い出Ⅰ――日常の輝き
二人の怪物の放つ干渉力が、真っ正面から衝突した。
☆ ☆ ☆ ☆
――その光に、見覚えがあった。
クリアスティーナ=ベイ=ローラレイはただそれだけを覚えている。
忘れたかったのに。
忘れてしまいたかったのに。
どうしても手放す事ができないそれは、世界の原型だ。
クリアスティーナ=ベイ=ローラレイが認識する今の世界との齟齬を埋める為の絶対的な指標。答え合わせの為の完成図。
不変を求め、濁ったドブ川のような淀んだ平穏を愛し、泥沼の如き停滞を望んだ少女の、二度とあり得ない幸福の形。
それを捨ててしまえば、きっと少女はまた幸せになれるのだろう。
惨めな幸福を忘却し、新たな幸せに身を委ねる事も出来たハズだ。
だがそれだけは出来なかった。
誰に言われた訳でもない。ただ少女は、そうするべきではないと、そう思ったのだ。
だって、少女には未来に幸福を求める資格など無いのだから。
だからこそ過去の幸福にしがみ付いていた。
忘れたくない記憶は少女を永久に縛る。
色褪せる事すらしてくれない思い出は、少女を永久に焼く。
それは咎か。はたまた祝福か。
それすら分からず、そんなことを分かろうともせず、ただ少女は世界を凍結保存し持続させようとする。
人々が心を痛める事がないように。
誰かが涙を流す事がないように。
何も変わってなどいないのだと主張するように。
それが誰の為であるのか、そんな簡単な事すら『救国の聖女』にはもう分からない。
『聖女』などと大層な名で呼ばれる少女の意識は、今なおただ遥か過去の記憶の中に存在した――
☆ ☆ ☆ ☆
――クリアスティーナ=ベイ=ローラレイの一日は『朝の注射』から始まる。
「痛ったた……」
美しさと可愛らしさを併せ持った女の子だった。透き通るような滑らかな肌に、緑色の手術着を内側から力強く押し上げる双丘は絶賛成長中。
太陽の光のように優しくも激しく輝く金髪は、快活で明るい彼女にお似合いのショートヘアーに整えられている。
瞳は燃える赤。
ただし禍々しさや怒りより、暖かさを感じる。それは少女の人柄が表れているからかもしれない。
色々丈の短い緑色の手術着から惜しげもなく露出する首筋をさすりながら、クリアスティーナは自室へと戻る道を歩いていた。
注射針は痛みを感じにくいマイクロニードルを使っているなどと先生は言っているが、それでもクリアスティーナはあまり注射が好きではない。あの身体の中に異物が入り込むような違和感と、チクッ肌を刺す微かな痛みが、どうにもこうにも不快だったからだ。
「どうしたアスティ、首を押さえてからに。……はっはーん。さてはお前、十五にもなってまだ注射が怖いのか? まったく臆病なヤツめ。やっぱり私のような頼りがいのあるお姉さんがいないとお前はダメなようだな」
急に話掛けられたクリアスティーナはびくりと肩を震わせると、声のした方に視線を向ける。
「あ、おはようございます。レギンちゃん」
対面に現れた二つ年上の金髪ポニーテールの少女、レギン=アンジェリカにクリアスティーナはぺこりと礼儀正しく会釈した。
声を掛けると、向いを歩いていたその少女はすぐさまクリアスティーナの隣にまで駆け寄ってくる。
レギンはそこそこある胸――クリアスティーナには敗北している――を更に大きく見せるように張って、薄い緑色の手術着を内側から押し上げながら、
「うむ。苦しゅうない」
「? 今日はどうしたんですか、その謎のキャラ……。あ、また嫌忌くんに何か言われたとか? 大方、年上らしさが足りないとか?」
眉根を下げて困ったように言うクリアスティーナに、レギンは分かりやすいくらいにうろたえ身体を震わせる。
どうやら本人はお姉さんらしさをアピールしたいようだが、首筋への注射を終えたレギンの目元にはうっすらと涙の後がある。
レギンの注射嫌いは家族内でも有名な話だ。
レギン本人はうまく隠し通せていると思っているようなのだが、それに突っ込まないのはクリアスティーナの優しさ以外の何物でもなかった。
「ぎ、ぎくぅ!? そ、そんなことはない! だいたい私の喋り方は元からこんな感じだろ!? 元からお姉さんらしい威厳に満ちているだろそう思うだろ!?」
「あー、まー、そのー。うん。私、レギンちゃんの事好きですよ?」
「何故今言葉を濁した!? というかアスティ、どうして私から視線を逸らしたのだお前は! ほら、理由を言ってみろ! 今ここで!」
「い、いたいでふれひんちゃん……」
びよんびよんと、クリアスティーナの頬を餅みたいに左右に引っ張るレギン。
このままではほっぺたが饅頭みたいに腫れて伸びきってしまいかねない。涙目のクリアスティーナは強引に神の力を使って二つ年上の少女の荒々しいスキンシップから脱出すると、背後で響く騒がしいレギンの声から逃げるように走り出した。
「こらっ! アスティ! まだ話は終わって――」
「朝ごはんが終わってからいくらでも聞きますからー!」
姉からのお説教はともかく、朝ご飯の時間は待ってくれないのである。
☆ ☆ ☆ ☆
朝食の時間も、滞りなく過ぎていく。
滞りなくとはすなわち、いつも通りという訳だ。
「……(チラ」
「……」
そう、いつも通り何故か隣に座ってくるディアベラスのしつこいちょっかいを適当にいなしつつ、床に置かれたお皿に盛りつけられたカラフルなカプセルを、四つん這いになりお皿に直接顔を突っ込んでぼりぼりと食べる。
何の変哲もない、いつも通りの楽しいごくごく平凡な食事風景だ。
ディアことディアベラス=ウルタードは頭の後ろで結んだドレッドヘアーが特徴の背の高い褐色の少年だ。いかついサングラスを掛けていて、パッと見で実年齢が分かりにくいが、これでもクリアスティーナと三つしか変わらないというのだから驚きだ。クリアスティーナは、この少年が自分より十も年上だと言われても驚かない自信がある(もっともいちいちクリアスティーナにちょっかいを掛けてくる彼の精神年齢の方は自分よりも下に思えてならないのだが)
それほどに、サングラスを掛けたディアベラスの見た目は年齢以上に大人びているように思えたのだ。
少年の鍛えられた肉体はやはり手術着に包まれていて、盛り上がった上腕二頭筋に押し広げられた結果手術着の袖が若干短くなっていた。
彼は隙あらばすぐにクリアスティーナの皿から食べ物を強奪していくので、朝食からクリアスティーナは気が抜けない。
今日の朝食はクリアスティーナの大好物なのだ。そうやすやすと渡してやる訳にはいかない。
「なぁ、おい。アスティよぉ」
「なに? ディア君。私のご飯ならあげませんよ?」
「ハァ、女の癖に食意地の張ってるヤツだなぁ。そんなに頬張りてぇなら俺のビッグ……」
食事中だというのにデリカシーの欠片もないディアベラスの下品な言葉にムッとなって顔を向けると、
「……あー、なんだ。悪かった悪かった。だからそんなおっかねぇ顔すんなってのぉ」
つーかそうじゃなくてだなぁ、とディアベラスは特徴的な巻き舌の喋り方と共に頬を搔きつつ、
「聞いたかぁ? 新入りの話。今日、ここに来るらしいぜぇ。先公どもの間でも噂になってやがったからなぁ」
「あ、それなら私も聞きましたよ! 珍しいですよねー、この中途半端な時期に」
「バァーカ。ちげえよぉ。珍しいのは時期じゃねぇ。何でも此処に連れられてくるのは、十歳のガキだってんだぜぇ?」
「十歳!?」
ディアベラスの言葉にクリアスティーナは目を丸くした。
クリアスティーナ達の暮らすここ『特例寵児育成研』は、幼くして親に捨てられた神の能力者専用の保護施設だ。
施設の研究者達を子供達は先生と呼び本物の親のように慕い、幼い頃から一緒に生活している子供達どうしはまさに兄妹のような絆を育んでいる。施設で暮らす人々は一つの大家族のような物だった。
新しい家族がやってくるのはだいたい四か月に一度。その都度、十から三十ほどの数の赤ん坊が新たな家族として迎えられる。
つまり新入りとはまだ生まれて間もない赤ん坊がほとんどで、十歳の子供がやって来るなどという話、クリアスティーナは十五年間この施設で暮らしてきて聞いた事がなかった。
「それ、本当なんですか?」
恐る恐る聞いた。
だって、にわかには信じがたい話だ。
何故かクリアスティーナは、そわそわと落ち着かなさを感じながら返事を待った。
まるで学校に転校生がやってくる時の不安と期待のような複雑な感情を浮かべながら、ディアベラスの返事を待つ。……本当は転校生なんてやってきた事はないけれど、知識としては知っていたから。多分こんな感じなのだろうと無意味な想像をしつつ。
「――ああ、俺もそれらしい噂を聞いて気になっていたんだが、ディアが持ってきたって事は本当なんだろうな」
確認するようなクリアスティーナの問いに頷いたのは、ディアベラスではなかった。
声の主に気が付いたクリアスティーナは、にこっと笑って朝の挨拶をする。
対照的にディアベラスは嫌そうに顔を顰めた。
「あ、災友くん。おはようございます!」
「チッ、面倒なのが入ってきやがったぁ……」
「おう、おはよう我が親友アスティ。……ディアよ、その反応はあんまりじゃないか。俺達は親友だろ? 朝一の挨拶がそれってのは、流石に酷いんじゃないか?」
ガテン系の兄ちゃんっぽさのある、ガタイの良いソフトモヒカン少年の名は輩屋災友。やはり全身を包むのは緑色の手術着なのだが、こちらはディアベラス以上に身体のあちこちが突っ張ってしまっていて丈が短い。
歳は二十歳でクリアスティーナの五つ上だ。『特例研』で暮らす子供の中では現在最年長である。
年齢の差を感じさせないフランクな話し方でするりと距離を詰めてくる。よく言えば人当たりが良く、世話焼きの好きな皆の兄貴分。悪く言えばやけに馴れ馴れしいお節介焼き、それが『特例研』に暮らす子供達の災友に対する総評だ。
どちらにせよ、嫌われている訳ではない。最年長ということもあって、皆をまとめるリーダー的な存在だった。
ディアベラスは馴れ馴れしく肩に腕を回してくる災友に露骨に顔を逸らして、
「誰彼かまわず一方的に親友扱いしておいて、その友情を裏切った途端に勝手にブチ切れて相手を呪いで半殺しにするようなぁメンヘラ男と進んで関わりたくねぇってんだよぉ。分かれよ。つーか何が悲しくてムサい男と密着しなきゃならねえんだぁ俺はぁ?」
「はははっ、相変わらず俺の親友は言い方がすっきりはっきりしていて気持ちがいいな! なあ、そうは思わないか? なあ我が親友アスティ」
「あ、あはは、そうですねー。……ディア君がまともな事言ってるように思えるって不思議な気分です……」
ぼそりと小声での最後の呟きは、災友には届かなかったらしい。
彼は力強くディアベラスの背中を叩きながら、
「まあなんにせよ、新しい親友が増えるってのは素晴らしい事じゃないか! なあ、親友たちよ! お前達そう思うだろ?」
食堂に響き渡るような災友の大きな問いかけに、
「……リリには裂姫ちゃんがいるから別に何でもいいし……」
「……」
「ほら。裂姫ちゃんもお友達はリリで間に合ってるって言ってるし……」
桃色の髪の毛をツインテールにした少女リリレット=パペッターと、まだ幼い見た目をした顔色の悪い少女割宮裂姫のいつもべったりな二人がどうでも良さげにそう返して、
「ふむふむ、ふぅむ。見える。見えるぞよ。なんと災友氏がその新入りと親しげに話している未来が……!」
「わーお、サトリンってばすげぇー(棒)。あの誰とでも勝手に馴れ馴れしく仲良くする逆コミュ障こと災友くんが新入りさんと仲良くなる未来が見えるだって!? こいつはスクープだぜ。誰にも成しえない前代未聞の未来予知じゃねー?」
ややふくよかな体系をした竹下悟に、相手を煽ってるとしか思えないわざとらしい拍手喝采を送る紫色の髪の毛の少年、貞波嫌忌。
「何でもいいけどサ、まーたナギリ君ってばアタシの感知網から抜け出してどか行っちゃったっぽいネ。ご飯終わるまで皆一緒じゃないとダメ言われたのにイイノ?」
エセ中華風の訛りで喋るお団子頭の女の子生生はナギリ=クラヤの気配を見失った事を一応めんどくさげに報告していたり、
「俺、生身の人間、興味ないから」
いかついスキンヘッドが特徴の無骨な大男ライアンス=アームズと、
「あ、それならアタシ、可愛くて美味しい坊やがいいわ~。食べ応えある子をお願いね」
色っぽく――というかいっそ下品に胸元をはだけさせた濃いモスグリーンの髪の女、リズ=ドレインナックルとが顔を上げて答える。
「ま、赤ん坊ではないとは言え一〇歳はまだまだ子供だからな。私が『家』の事を案内してやってもいいがな!」
最後にレギン=アンジェリカが自信満々にそんな事を言ったのを聞いて、ディアベラスが呆れたように締めくくる。
「……どいつもこいつも律儀に質問に答えてくれる親友サマばっかで良かったなぁ、災友よぉ」
「ああ、まったくだ。俺の親友たちは本当に自分勝手な奴らばかりだぜ。だが、そこも良い!! あっはっはっははーっ!!」
「うーん、災友くんのツボはよく分からないです……」
そんな風に、クリアスティーナのいつも通りの朝食は何事もなく過ぎて行ったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
騒がしくも楽しい朝ごはんの後は教室まで移動して授業を受ける事になっている。
普通の子供達と同じように教育を受け、社会に出ても通用するような一般教養を身に付ける事。
それが『特例研』にて保護されているクリアスティーナ達に与えられた義務の一つであった。
「ええっと、次の授業は確かB棟でしたか……」
『特例寵児育成研』……クリアスティーナなどの保護された子供達は親しみを込めて『家』と呼んでいるが、『特例研』の施設はA棟からD棟までの四つの建物から成り立っている。
クリアスティーナやディアベラス、レギンなどが普段生活をしているのはA棟だが、授業で使う教室はA棟以外にも存在する。
そして次の歴史の授業はお隣のB棟で行う事になっていた。
と、クリアスティーナが渡り廊下を歩いていると、B棟側から白衣を纏った男がやってくるのが見えた。
クリアスティーナ達の先生……すなわちクリアスティーナの家族の一人だ。
「あ、先生! おはようございます!」
ぱぁっと顔を輝かせて挨拶するクリアスティーナに、先生も満足げに微笑む。
そして、優しい声で、
「“被験体一三〇七”」
“クリアスティーナの名前を呼んだ”。
「はい、なんでしょう? 先生」
呼ばれたクリアスティーナも嬉しげに、返事をする。
当然だ。なにせ、大好きな先生に名前を読んで貰えたのだから。
クリアスティーナはぴょこぴょこと、まるで尻尾を振る子犬のようだった。
「君は特別メニューだ。今日は授業に出る必要はない。……付いてきなさい」
「はい! 分かりました、先生」
言うが早いが“クリアスティーナの首に取り付けられた首輪からジャラジャラと伸びる鎖を引いて” 進む先生に、クリアスティーナは嬉しそうに笑顔を浮かべて素直に付き従って行く。
そうして先生の案内により連れてこられた空き教室。
そこには既に一人、クリアスティーナの知らない先客がいた。
先制はクリアスティーナの事を見もせずにこんな事を言う。
「『操世会』直々にご指名があってね。被験体一三〇七、君にはこれから数日、彼の相手をして貰おうと思う。くれぐれも粗相のないようにね」
――先生の言葉も、クリアスティーナの耳にはもうまともに届いていなかった。
そこに居たのは背丈十歳程度の少年だった。
まるで老人のような白髪を蓄え、正反対に瑞々しい肌を持った、純粋と好奇心と老獪さをいっしょくたに秘めた眼を持った年齢不詳の少年。
十歳程度と先に言ったにも関わらず年齢不詳とは、矛盾しているようにも思える。
けれどその矛盾こそが、少年の本質を表しているようにも思えた。
少年は透明な笑顔を浮かべると、声変わり間近のようなハスキーボイスで言う。
「やあ、こんにちは。クリアスティーナ=ベイ=ローラレイ」
「こん、にちは……」
「僕の名前はシロ。よろしくね」
この出会いが、彼女の……ひいてはこの街の運命さえも大きく変えていく事になるとは、この時はまだ誰も想像してもいなかった。
☆ ☆ ☆ ☆
クリアスティーナに与えられた特別メニューは、『操世会』より一時的に預けられた少年――シロの面倒を見る事だった。
ぶっちゃけると子守りである。
先生は理由を教えてくれなかったが、クリアスティーナは別段それを不満に思う事もなく、指示通りにシロの側にいた。
『授業』と『お手伝い』まで免除されるとあって、ちょっとした特別休暇のようなウキウキ感があったのだ。
元同室のリリ……はともかく、ディアやレギンはクリアスティーナを羨ましがっていたし、皆には悪いけど役得だなーなどと考えていた。
シロはまず、『家』の中を探検したいと言い出した。
『家』の案内はレギンがやりたがっていたなぁ、などと思い出しつつ、クリアスティーナは少年の小さな手を引いて『家』の中を案内する。
「――ここが食堂です。皆でご飯を食べたり、お話する時にも使います。毎日美味しいご飯が食べられるので、シロくんも楽しみにしていてくださいね!」
「――ここは大浴場。あっちが女湯で、こっちが男湯。使用時間は決められていて、シロくん達男の子は八時から九時までなら自由に使えますよ。……そ、その……シロくんは大丈夫だと思いますけど、ディアくんなんかと一緒になって覗いたりしたらダメですからね……?」
「――ここは広場です。神の力の実演や、訓練をやったりもします。あ、災友くんなんかはここで色んな人と組み手やったりしてますよ。災友くんはとっても強いから、見てて全然飽きないんですよー。あ、もちろん自由時間は皆で遊んだりもできるんです。ふふ、凄いでしょう?」
「――ほら、ちゃんと医務室もあるんですよー。怪我をしたり病気になったりした時も、先生達が私達をきちんと助けてくれるんです! 嫌忌くんはよくサボりに来るみたいですけど、仮病はいけませんからねっ」
「――こっちは教室ですねー。ええ、色んな教室があって、授業ごとに移動したりするんです。教科ごとに先生が居て、私達が退屈しないように毎日面白い授業を考えて来てくれるんです!」
「――じゃじゃーん! ここは私の部屋です! 自由時間とかはここで読書をして過ごす事もありますよー。昔はリリレットちゃんと裂姫ちゃんと一緒だったんですけどね。少し前に一人部屋に変わったんです。……私は、前みたいに三人部屋とか大勢が好きなのですが……ハッ! べ、別に寂しいとかそういう訳じゃないですからね!? ねっ!?」
「――ここは寝室です。就寝時間は決まられていて、夜の十一時には部屋に集合。十一時半までには就寝します。あ、心配しなくても平気です。皆で一緒に寝るので、きっとシロくんも寂しくないですよ!」
鼻唄でも歌いそうなテンションでスキップしながらシロを連れ回すクリアスティーナは、まるで自慢の我が家を友達に自慢する幼子のようだった。
本人はこれで精一杯お姉さんぶっているつもりなのだから、ディアベラスあたりが見たらまたからかいのネタが一つ増えていた事だろう。
シロも微笑を浮かべながら、黙ってクリアスティーナの後ろに付いて回った。
クリアスティーナが楽しげに自分の『家』を紹介する度に、シロは興味深げに相槌を打ち、クリアスティーナが笑顔になる度に微笑を濃くした。
けれど、彼から質問などの言葉が挟まれることはなかった。
人見知りなのだろうか……? クリアスティーナはそんな事を思ったが、それにしてはこの少年の先ほどからの対応はやけに大人びているように思える。
物静かな性格なだけかもしれない。ナギリくんなんて、十数年一緒に暮らしてきて未だに顔をきちんと見せてくれたこともないのだ。
彼に比べたら、シロの方が何千倍も社交的だろう。
と、そんな他愛も無い事を考えていた時だった。
「……クリアスティーナ、あの部屋は、何だい?」
「んっ、え? ああ、」
最初、誰がその言葉を放ったのかクリアスティーナは分からなかった。シロのまともな声を聴いたのが久しぶりすぎたのだ。
クリアスティーナは、シロが自ら質問をしたことに驚きつつも、彼の指差す方向へと視線をやる。
「あれは『お手伝い部屋』です。あれ? そういえば紹介し忘れていましたね」
「お手伝い部屋……。ここは、何をする部屋なんだい?」
質問にクリアスティーナは当然のように答える。
「文字通り、先生のお手伝いですよ。ほら、外には怖い『化け物』が住んでいるでしょう? 私達の『神の力』で、恐ろしい『化け物』を退治したり、他にも色々と先生から頼まれた事をしているんです。だからお手伝い部屋」
「君も、『化け物』を退治しているのかい?」
少年の問いかけに少女は無邪気な笑みで答えた。
「はい! 悪くて怖い『化け物』は、ぶち殺さなければいけませんからね!」
「へぇ」
シロはどこか気の無い返事を返して部屋の奥をじっと注視すると、
「……興味深いね、」
ぼそり、と。
クリアスティーナの耳にギリギリ届かないくらいの声量で、口の中でそう呟いたのだった。




