第十三話 作戦《デート》開始
そんな訳でデートなのだ!
「いやさ、どんな訳なの?」
午前一〇時一五分現在。勇麻とアリシアは西ブロック第一エリアにある巨大ショッピングモールの正面玄関前を歩いていた。
ちなみに今日は金曜日。
良い子は学校に行っている時間なので、勇麻の目に止まる人々はその大部分が小さい子供を連れた奥さん方か、平日から暇そうな大学生、年配のご夫婦とかばっかりだった。
はっきり言って勇麻は完全に浮いている。
うんざりとした様子の勇麻の呟きは、人の波に紛れて消えてしまい、隣を歩くアリシアには聞こえていないようだった。
表情に変化の起伏が少ないアリシアは今日も平常運転。
君本当に楽しいの? 嬉しいの? ねぇねぇ、と尋ねたくなるような顔で勇麻の隣にいる。
だが、時折見せるスキップといい、音程のバラバラな鼻歌といい、どうやらそれなりに楽しんでくれているらしい。
そんな楽しそうなアリシアだったが、隣の勇麻のブスッとした様子にようやく気が付いたらしい。
スキップする足を止めて勇麻を心配そうに見上げた。
「む、どうしたのだ勇麻? そんな顔をして。私と一緒では楽しくないのか?」
「いや、全然そういう訳じゃないんだ。俺も普通に楽しんでる。ただ……」
そう、勇麻だって男の子だ。いかに年下とはいえアリシアは特別可愛い。可愛い女の子と二人っきりでデートなんてめちゃくちゃ嬉しいシチュエーションな訳で、結論としてアリシアとのデートが嫌な訳では無い。
むしろ普通の状況なら心の底から楽しむ事ができたハズだ。何なら緊張してまともに顔を見れなくなってしまう可能性すらある。
だがしかし、一度冷静になって状況を考えてみよう。
「確かに人の目は多い方がいいとは言った。これだけの衆人環境の中じゃそうそう手は出せないからな、今のこの状況も、まあ選択として悪い訳じゃない」
いかに強大な組織といえ、背神の騎士団は裏社会の組織だ。
天界の箱庭と真っ正面から戦闘するにはそれなりの覚悟がいるハズだ。
仮にケンカを売るにしても、ある程度の準備が必要なハズだ。
そしてそれは、少なくとも一朝一夕で終わるような準備では無いだろう。
勇麻とアリシアの勝利条件は何だ? 背神の騎士団と戦争をして勝利することか?
否、そうではない。
アリシアが神の力を発動させる事が可能になるまで時間を稼ぎ、その強大な力を使って連中相手に大きな騒ぎを起こし、背神の騎士団と天界の箱庭を真っ正面から衝突させる事にある。
例えばアリシアの放つ強力な一撃で大爆発でも起こして、それを背神の騎士団のせいにしてしまえれば最善だ。
要するに天界の箱庭の──この場合はおそらく治安維持部隊の神狩りの──力を借してもらおうという二勢力の誘導作戦だった。
他力本願とも言う。
その作戦を話した際泉は、『あ? 全部俺が倒すから問題ないだろうが』などと頭のおかしい事を宣っていたが、アホの言うことは無視するに限るので放っておく。
……とまあ、ここまでの話を聞けば分かるように、今現在の勇麻とアリシアを取り巻く状況は普通では無い。
確かに人目に付くところを歩く必要はあるだろう。
確かに、こうも堂々と歩いていれば連中だって手を出しにくいかもしれない。
が、しかし。
「だからってこれはおかしいだろ。命の危機にある人間がどうしてショッピングモールで楽しくお買い物してる訳? 何コレ、命懸けで一発芸でもしてる気分が味わえるんですけど」
しかも勇麻に関しては、学校に行かない不良生徒が小学生くらいの女の子に手を出している図(現在進行形)に見えてしまう訳で、やはり色んな意味で命懸けなのだった。
「むー。やはり嫌がっているのだ、そんなに私との『でーと』が嫌なのか?」
ムスッとむくれっ面でアリシアは文句を言う。
というか、多分この子は『デート』という単語の意味を分かっていないな、と勇麻は思った。
多分単純に遊びに行く事か何かだと思っているのだろう。相変わらずアリシアは年相応の羞恥心が欠落しているから困る。
だからここは攻め方の趣向を少し変えることにした。
「アリシア、一つ質問だ。俺達の目的はなんだ?」
「むむ? 『でーと』を楽しむ事ではないのか?」
「………………………………………………………」
この人の往来の中、勇麻は本気で頭を抱えたくなった。
アリシアはそんな勇麻の気などつゆも知らずに可愛く小首を傾げている。
(何もかも全部泉のせいだ。……あの野郎何が『この街の事よく分からないっぽいアリシアの為に付き合ってやれよ』だ。絶対あのアホが楽しんでるだけだろ。マジで覚えとけよ)
そもそもこんな意味不明の事態になったのは泉がアリシアにいらん事を吹き込んだからに決まっている。
どうせそうだ。絶対にそうだ。間違いなくそうだ。
でなければ寝起きで頭の回らない勇麻に向かっていきなり、『私と「でーと」をしてくれないか?』などと上目遣いでアリシアが尋ねてくるハズがない。何より、勇麻たちの後ろの植え込みで二人の会話を聞きながら懸命に笑いを堪えている泉修斗の存在が一番の証拠だ。
思わず二秒でオッケーを出して、その五秒後に頭を抱えて固まるハメになった。
デートという単語の意味を分かっているなら、アリシア自らデートに誘ってくるハズがないし、やはり泉に言わされてるとしか……いや、もうどっちにしても同じ事。重要なのは確かに今この瞬間、命を狙われている東条勇麻が同じく狙われの身であるアリシアとデートをしているという事実のみだ。
(……あのお祭り騒ぎ馬鹿、いつか絶対泣かす。ブン殴る)
勇麻は、心の中で泉に対する文句をひとしきりぶちまけると、一度大きく息を吐いてからアリシアの素朴な疑問に答えてやることにした。
「……そう、だよな。せっかくなら楽しまないとだよな……! よし、アリシア! せっかくのデートだ、楽しむぞ!」
「うむ!」
我ながら恥ずかしい単語を連呼している自覚はあるが、相手はその単語の意味を知らないのだ。
意識する理由も特に無い。
「む! 勇麻、アレは何だ?」
「お、アイスクリームか。確かに暑いしちょうどいいかもな。よしアリシア、アレ食べるか?」
「うむ! 食べるのだ!」
「だぁー、分かったから腕にくっつくな!」
そんな訳で、端からみたら完全にカップルな内容を言い合いながら、二人は歩みを進めていく。
一体自分は何をやっているんだろうか。そんな事を思いながらも、アリシアの少しだけ嬉しそうな表情を見ると、何だか自分が正しいことをしているような気分にすらなっていく勇麻だった。
☆ ☆ ☆ ☆
「あの……泉センパイ、コレは何をやってるんですか?」
東条勇火はこめかみをヒクヒクさせながら、割と真剣なトーンでそう尋ねた。
「あ? 何ってお前、ストーキン……じゃなくて護衛だよ護衛」
「今完全にストーキングって言いかけましたよね?」
「あ? 言ってねえよハゲ。耳糞溜まってんじゃねえの? 耳鼻科行け耳鼻科」
思わず溜め息が漏れる。
勇火は半眼で泉を見ながら思う。
泉修斗。この人は根本的に自分が楽しむ事を中心に全てを考えてやがる、と。
「いやー、本当に残念だぜ。高見の馬鹿め、こんな面白い場面に遭遇できないなんて、あいつももったいない真似をしたもんだ」
「というか泉センパイ。百歩譲ってアリシアちゃんとお兄ちゃんのデートはまだ分からなくもないんですけど、俺らはどうしてこうコソコソ隠れてなきゃいけないんですか?」
「あ? お前って案外馬鹿なのな。よーく考えてみろよ、アリシアと勇麻の野郎は敵に顔バレしてる状態なんだぞ。対して俺と勇火はまだノーマーク。せっかくのアドバンテージ、ただ捨てるのはもったいないだろ? だからこそ別行動を取るべきなんだよ」
泉は悪そうな笑みを浮かべならがそう言う。
顔だけで言えば、泉が悪役でも何ら問題はなさそうな勢いだ。
「つまりだ、何も知らない馬鹿共はアリシアと勇麻二人だけだと思ってる訳。そしてこれだけ人通りが多いとこは背神の騎士団だって警戒してるハズだ。そこをこれだけ堂々と歩いてればいずれかは情報が出回る。その情報を聞いてあの二人だけなら余裕だと馬鹿共はノコノコやってくる訳だ」
「……そこで顔バレしてない俺たちが馬鹿共を奇襲する、って事ですか?」
「そーいう事だ」
「酷い話ですね、まるで囮か生き餌だ」
目を細める勇火に泉はなお気楽な様子で笑う。
「あはははははっ。生き餌か、そいつはいいや」
「泉センパイ」
ふざけないでくれと言外に告げる勇火、だがその視線を受けても泉は涼しげな顔をしている。
「そんなに心配すんじゃねえよ、うぜえな。分かってるって。……でも実際こうした方がいいんだよ」
泉は笑ってはいたが、今までとは違い瞳は真剣な色を帯びている。
勇火は視線だけで先を促した。
「勇麻はあんな風に言っていたが、おそらく連中は人の目があろうと無かろうと関係なくやってくる。それこそ多少死人が出ても構わないくらいに思ってんじゃねえのか? だからこっちも後の先を取れる状況にしときたいんだよ」
確かに泉の言うことは一理ある。
もし背神の騎士団が人の目を無視して突っ込んで来た場合、泉のこの策は勇麻たちにとっては状況を逆転する為の切り札にもなることができる。
勇火は自分の予想とは裏腹にきちんと考えていた泉に、少し申し訳ない気持ちになっていた。
先輩を色々疑いの目で見ていたのを反省する。
「た、確かに泉センパイの言うとおりかも知れないですね……。ところで、背神の騎士団が人目を気にせず突っ込んでくるなんて、どうして分かるんです?」
「あ? 俺の勘」
気づけば勇火は先輩の目の前でガックリと肩を落としていた。
「な、なるほど。泉センパイらしいですね」
「あ? どういう意味だ、オイ」
「良い意味でですよ。……まぁ、俺らがこうしてコソコソしてる理由は分かりました。ところで泉センパイ、最後に一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「泉センパイ、その手に持っているスマホは一体なんですか?」
何故かカメラ機能を起動したスマホを構えている泉に、にこやかに尋ねる勇火。
そんな後輩の怒りなどどこ吹く風と言った調子で泉修斗は悪い顔で笑って、
「? 何って録画してんだよ、録画。この面白すぎる光景を残しておかない訳ないだろ? この映像をバラまけばアホ勇麻は一瞬でロリコン扱い……ぶふっ、ぶふっははははははははははははっ!!」
(……もう俺の手には負えないや)
腹を抱えて笑い出した泉を見て、勇火は頭痛を堪えるかのように頭に手をやった。