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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第一章 英雄ノ帰還ト亡霊
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行間Ⅳ 

 少年はいつも疑問に思っていた事がある。

 

 みんなが困っている問題があった。

 みんながその問題の解決策を欲していて、少年にはその答えに心当たりがあった。

 なんでこんな簡単な事が分からないんだろうと、いつもそう思っていた。


 だから少年は自分が最も尊敬し信頼する人物に、一度その事について尋ねた事があった。

 どうしてみんな他人を理解しようとする努力をしないのか、と。みんながみんな分かりあって友達になれば、世界は平和になって戦争も無くなって、誰もが幸せになれるのに、どうしてそれをしようとしないのか、と。


「世界のみんなが仲良く、ね」

「だってそうすればみんな幸せでしょ? なのに何でみんな仲良くしようとしないのか、僕には分からないんだ。龍也にぃなら、僕の疑問を分かってくれると思って……」

「そうだな。確かにお前の言ってる事は正しい。何も間違っちゃいない、これ以上ない正論だ。人類全てが互いに理解しあう事が出来れば、世界中の人々が望んでいる『平和』って奴も簡単に手に入れられるんだろうな」

 

 けどな、とそこで一度言葉を切ると、唐突に話の流れを変えてきた。


「なあ勇麻。お前にとって大切な物ってなんだ?」

「大切なもの?」

「ああ、そうだ。失ったり、壊れたり、無くなったりしたら困るもの。悲しいもの。嫌なもの。要するに、お前の宝物ってヤツだ」

「えと、それなら、この前買ったゲーム機と、龍也にぃから貰ったサッカーボールと……」

「あー違う違う。スケールが小さい!」

「あうっ」


 ばしっと、脳天に水平チョップを受け、少年の身体が揺れる。


「もっと大きなものだよ。お前の根幹に関わるような、お前の人生において、最も失いたくないものだ」

「あー、ええと、家族……とかそういうの?」

「そう、そういうの」

「それならいっぱいあるよ。お父さんにお母さん、勇火と龍也にぃ、それから楓ちゃんに泉にそれからそれから……友達みんな!」

「そう、だいたいの人間はそう答える 。何よりも大切なものは大切な人の『命』って訳だ。自分の命も含めてな」

「僕の命、みんなの命……」

「そうだ。なんだかんだ言ってほとんどの人間は命が一番大切だ。だから人は争い事を嫌うし、世界平和を望んだりもする。でも、中にはそうじゃないヤツもいる」

「誰かの命より大切なものがあるの?」

「結局は個人の価値観だからな。中にはそういうヤツもいるって事だ。命より大切な信念を持つヤツもいるし、世の中金が全てだと思ってるヤツもいる。自分の命はどうでもいいけど、大切な誰かの命は絶対に守るってヤツもいる。自分の命より大切な何かを持つ人間はな、良い意味でも悪い意味でも強いんだよ。善にも悪にも歪むし、命がけで何かを成し遂げようとする意志がある」

「うーん」

「ははっ、『それが僕の聞いた事とどう関係があるの?』って顔だな」


 少年は口元を少し尖らせ、


「だって、僕にはよく分からないよ。仮に命より大切なものがあったとして、だからって、戦争とかしていい理由にはならないよ」

「そうだな……。お前の言ってる事ってただの子供の寝言のようでいて、案外的を得ているんだよなぁ。……だからさ、結局はそういう話しなんだ」

「え? どういう話なの?」

「お前がそういう考えを持つように、人には人の数だけの主義や主張や考え方、好悪、善悪、正誤、目標、幸不幸があるって話しだ」

「それって、龍也にぃにも?」

「もちろんそうだ。だから俺は、お前の考え方は間違っちゃいないと思うし、同じくらいに破綻はたんしているとも思う訳だ」

「はたん?」


 首を傾げながら難しそうな顔をする少年、その顔を見ていると思わずこっちの顔まで緩んでしまう。

 軽く笑いながら、


「まだ小学二年生には難しい言葉だったか。破綻っていうのは、物事が立て直しようがないほどうまく行かなくなるってことだな。簡単に言うと、どこかで失敗するって意味だ」

「失敗……。じゃあ、やっぱり僕の考えは間違ってるの?」

「そういう事じゃないさ。言っただろ、お前の言ってる事は正しい。正論だ、って」

「だったらなんで……」

「結局はさっき俺が言った事と一緒の事なんだよ。いくら正しい言葉を並べても、いくら正論を語っても。自分の主義、主張、考えなんてものを、全く別の主義、主張、考え方を持つ赤の他人に理解させるのは、死ぬほど難しいっていう事なんだ。お金が何よりも大切だと考えているヤツに愛の尊さを語ろうが、何よりも大切な信念を持つヤツに、その信念とは真逆の教えを説こうが、自分の命を捨ててでも誰かを守ろうとするヤツの前に立ちふさがって、『何もお前が死ぬことなんてない』なんて涙ながらに語りかけようが、そんな行為がほとんど意味を成さないのと同じ。無限に等しい主義主張考え方が蔓延するこの世界で、世界の人類全てを『勇麻の考え』、という一つの主義主張考えに束ねるのは不可能に近い事だと、少なくとも俺はそう考えてる訳」

 

 だから、と一度言葉を明確に区切って。


「破綻する」


「世界中の人が平和を望んでいる、っていうのも、きっと真実じゃない。中には戦争の激化を望む汚い政治家だっているだろうし、戦場に生きざまを感じる戦士だっているかもしれない。俺たちは皆、バラバラで違っているからこそ、理解しあう事は難しい。たとえ理解しあえたとしても、それに賛同するとは限らない。だから人はどこかで妥協点を探さなければならないし、どうあっても自分の主義主張考えを通したいのなら、少々手荒な手段を使うしかない。……ってのが俺の考えだ。もちろん俺のこの考えだって、きっとどこかが間違っているのだろうし、勇麻が賛同する道理もない。ただ、俺と勇麻ですら考え方は違っている、って言う事を言いたかっただけだ」

「……難しいよ」

 

 どこかブスっとしてふて腐れた様子の少年を見ていると、思わず笑いがこみ上げてきた。

 ぐしゃぐしゃと髪の毛を撫でまわし、

 

「あはははははははは、まあ難しいだろうな。分かるとは思ってないし、まだ分かる必要もないさ。ただお前が大きくなったら、いつか俺の言ってる事が分かる日が来るかも知れないし、来ないかもしれない」

「来ないかも知れないんだ……」

「俺としてはそっちの方が面白いかな。勇麻のその、“子供の寝言みたいな絵空事”が正しかったんだと、そう証明して貰いたいからね。……俺の話を聞いて、自分の考えを曲げた訳じゃないんだろ?」


 問いに、少年はまだふて腐れたような顔をしながら、それでも強い意志を持って答える。


「……それでも僕は、みんなが仲良く分かりあえるって、そう思ってるよ。戦争なんてしなくていい、そんな世界の方がみんなうれしいに決まっているもの」

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