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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第五章 引キ篭モリ聖女ト逃亡者ノ集イ旗
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第十八話 馬鹿でも出来る潜入ミッションⅠ――釣り堀と疑似餌

 酒場『バーボンの本棚』は、外周区と第二内周区との境目に位置する古びれた外装の酒場だ。

 オンボロの廃屋を継ぎ接ぎだらけのリフォームで改装し、どうにか雨風を凌げるかなー? くらいの疲れた見た目とは裏腹に、客足の途絶える事のない人気店だったりする。


 外周区と第二内周区の境目にあるオンボロ酒場の客層はお察しの通り。

 基本的に荒くれ者や無法者。犯罪者にホームレス危険な匂いのする裏家業の人間。さらには昼間っから酒を飲んだくれてるダメオヤジに娼婦やらなにまで、この街の薄汚い部分を纏めて突っ込んで煮詰めたような混沌具合になっている。

 粗野で下品な罵声や笑い声が飛び交い、酒と煙草の匂いが充満するこの場所は、そういった職種の人々の情報交換の場としても重宝されていた。

 この日もまだ昼前だというのに座席の七割を埋めるように人が居て、くだらない馬鹿話やら下世話な噂話に花を咲かせている。


「……なあ」

「なにかしら」 


 辺りは周りを憚る事ない大声で埋め尽くされていて、ひそひそ声で交わされる会話に耳を傾ける人間など誰もいない。

 だがそうだと分かっていても、自然と声は小さく低くなる。 

 それは己にやましいところがあるからか。

 

「……いやさ、ツッコミたい所は色々あるんだ。それはもう本当に」

「東条くんが何を言いたいのか、私にはさっぱりだわ。これ以上ないくらいに完璧な私の作戦に、ツッコミ所なんて存在する訳ないじゃない」 


 テーブルを挟んだ向かい側ですまし顔で肩を竦める“ケバいメイクの不自然なほど巨乳の女”に、勇麻の怒りのボルテージが上昇する。

 ……何が完璧な作戦だ。誰がどう見ても明らかに周囲から浮いている。


「……確かに方向性は間違ってはいない。間違ってはいないんだよ。古今東西、どんなRPGでも情報収集と言えばコレだ! ってくらいに酒場は定番の場所だよ。色んな人が集まるし、酒が回れば口だって軽くなる。酒場のマスターなんかが無駄に情報通なのはお約束って言っても過言じゃないくらいだ」


 だけどな、と勇麻はそこで言葉を切って、


「この意味不明な変装は必要ねえだろ! 誰がどう見たって悪目立ちして周りから浮いてんだけど!! さっきから俺らのテーブルに注がれる視線が痛いわ馬鹿野郎ッ!」

「ふふ、違うわ東条くん。男共は私のないすばでぃに視線が釘付けなのよ」


 額に青筋を浮かべる勇麻の怒りに満ちた指摘などどこ吹く風と言った様子で、オホホと口元に手を当てて余裕の表情を崩さない爆乳。

 我慢の限界を既に三周くらい通り越していた東条勇麻は、もう色々と耐えきれなかった。眼前のテーブルに思いきり掌を叩き付けて、周囲の視線を集めることなどお構いなしにヤケクソ気味に叫ぶ。

 バリッ! っと嫌な音と共に分厚い木のテーブルに亀裂が走り、カウンターの奥でグラスになみなみと琥珀色の液体を注いでいたマスターが嫌そうに眉根を寄せる。


「ええそうでしょうね!! なんだその偽乳は!? 世界ギネス記録とかに乗りかねん勢いで盛りやがって! 『横暴なる保存者(バックアッパー)』使うにしても何で胸だけ貼り付けた! そこを横暴にしてどうしようってんだお前はァ! そのちんちくりんな体型に明らか合ってねえだろ!!! 今の和葉さんてばおっぱいが本体の人になってるからね!? おっぱいがついた人じゃなくて人のついたおっぱいだから!!!」

「し、仕方ないじゃない! すれ違い様に一瞬触っただけで全部保存するのは難易度高いんだから! ……というかあなた今、ちんちくりんとか何か聞き捨てならない事言わなかった?」


 だがしかし! 怒りに震える戦士東条勇麻はちんちくりん発言をつつかれた程度では怯まないのであった!  

 白熱した頭で、続いて己の顔面を指差して、


「あと俺の変装!! こっちもこっちで付け髭眼鏡なんてジョークグッズ寄越しやがって! 学芸会レベルの変装するくらいならフードでも被ってた方が一〇〇倍くらいマシだわ!」

「なら眼鏡外してくれば良かったじゃない」

「眼鏡外したら和葉さんが拗ねたから付けてたんですけどッ!?」

 

 馬鹿を見下すように溜め息を吐かれて、あやうく脳みその血管が二、三本逝く所だった。

 

 ……此処に来るまで、何回も注意したのだ。

 こんな作戦、やる前から失敗するのは目に見えている、と。だが和葉は予想外の頑なさを見せて、勇麻の意見をがんとして聞こうとしなかった。

 このまま動かなければ状況は何も変わらないまま。

 結果、勇麻が折れる形で和葉の策に乗っかりはしたのだが、いい加減に我慢の限界だった。

 実践してみればこのふざけた変装の破綻具合に気づいてもらえると思っていたのだが、その期待も虚しく、和葉は大きくなった自分の胸に夢中で一向に考え直す気配がない。可愛そうに、よほど貧しい胸がコンプレックスだったらしい。


 ちなみに和葉に向かって怒りを吐き出す東条勇麻は、先ほどから学芸会でよく見かける安そうな付け髭眼鏡を掛けている。

 そのせいか、彼の渾身の怒りの説教からは説得力も迫力も微塵も感じられなかった。


「もういい、ほら帰りますよ和葉さん。今ので俺らに対する注目がマックスだし、情報集めるどころか俺らが何者か興味津々な感じだから」

「まったく、東条くんがあんなに騒ぐから」

「ようし、俺をここまで騒がせたのは一体どこの誰だか考えてみようか?」


 言いながらにこやかな笑顔を浮かべる勇麻の目は、笑っていなかった。

 未だに席から立ち上がろうとしない和葉を、立ち上がった勇麻が無理やりにでも引っ張って店の外に連れ出そうとしたその時。

 先程までとは打って変わって真剣な様子の和葉が目線を鋭くして、至近の勇麻以外では聞き取れないような低い声で、


「……もうちょっと、釣れるまで待って」

「あ?」


 ボソッと耳元で囁かれた言葉の意味を聞き返そうとして――


「――おい嬢ちゃんら、見かけねえ顔だな。おたくら誰に断り入れてここの酒飲んでやがんだ? ひっく」


 英語でも日本語でもないその言葉は、おそらくスペイン語なのだろう。

 ツンと鼻に来るアルコール臭に顔をしかめて声の方を振り返る。

 するとそこには、赤ら顔をした五十代くらいの中年男性が数人。ジョッキ片手に立っていた。

 目の視点はどこか合わず、顔の筋肉はだらしなく弛緩している。ふらふらとどこか頼りない立ち姿は、どこに出しても恥ずかしくない酔っ払いのソレだった。


 ほらぐずぐずしてるから面倒そうなのに絡まれたじゃん! そう零そうとした勇麻のつま先を和葉が踏みつぶして黙らる。「きゃふんっ!」と、犬の尻尾を踏みつけたようなやや調子っぱずれの気持ち悪い悲鳴が漏れるが無視された。

 和葉は下卑た笑いを浮かべる男共に挑発的な眼差しを向けると、まるで最初から決めていたかのように高飛車な調子で吐き捨てる。

 勿論、彼らにも分かるようにスペイン語で。


「はん、それはこっちの台詞だわ」

「ぁに?」

「なんだぁ、このアマ。やんのかぁ!? ……オラぁ!」


 何酔っ払いを刺激しちゃってんの!? と慌てふためく勇麻。対照的に和葉は冷静そのものの調子で、己に食って掛かる中年共へこう啖呵を切った。


「アンタらこそ、アタシらが逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)だと知っての狼藉かしら? 聖女様のおかげで息してる凡愚共にいちいち何の断りを入れろですって? ハッ、むしろ自分達が呼吸してもいいかを尋ねるのが先決なんじゃないの?」


 ぴしり、と。空気が音を立てて凍りついた錯覚すら覚えた。

 訪れた劇的な変化に、勇麻は一瞬時間が停止したのかと真剣に疑った。

 いっそ爽やかな笑顔を浮かべる和葉の言葉に、あれだけ騒がしかった酒場が物音ひとつ無い完全なる静寂に包まれたのだ。


 シン、と。電気を落とした物置のような重苦しい静けさに覆われる周囲の空気に、言葉の分からない勇麻は理解が追い付かない。

 やや遅れてひそひそ声が酒場を満たし、数瞬前よりも居心地の悪い視線が不躾に突き刺さる。

 和葉に絡みに行った中年男性達など、まるで気の狂った人間でも見るような視線をこちらに送っている。

 酔いが醒めたのか、青白い顔の彼らは何かに怯えているようにも思えた。

 彼らが何を言っているかは分からないし、和葉が何を言ったのかも分からないが、何やら場が不穏な空気に包まれている事だけは分かる。

 とは言え英語もスペイン語も話せない勇麻には、怯える中年男や店内の客に和葉の言動を弁明する事も何もできない。

 動揺し、慌てふためく勇麻。そうしてどうする事もできないままに状況が決定的に動いた。


「おい、今ふざけた事を口走ったのはそこの女か?」


 騒ぎの中心である勇麻達に近づく集団があった。

 異国の言葉で声を掛けてきたのは、明らかに堅気じゃない雰囲気を持った強面の男だった。

 それも一人ではない。数は六。そのどれもがサングラスを掛けていて、表情を隠している。酒場に場違いなスーツの上からでも分かる筋骨隆々の身体付きといいベルトに差した拳銃といい、ただの一般人ではないのは誰の目にも明らかだ。


 そのドスの効いた低い声に、勇麻の警戒心が急激にあがる。言葉は分からなくても、こちらに敵意を持っている事は十分に理解できた。そして、敵意があるのならこちらに容赦する理由は何一つとしてない。

 瞳を細め、臨戦態勢に入ろうとする勇麻。

 けれど寸前に和葉が真横に伸ばした腕が、飛び出そうとした勇麻を制する。

 驚く勇麻を無視して、和葉はそのまま余裕の表情を崩す事無くスペインン語で男に応じる。


「ええ、そうよ。何か文句でもある?」

「ふん、否定も命乞いもしないとはな。度胸は認めてやらんでもないが、この店でそれは無謀だな嬢ちゃん。後で後悔しても知らないぞ」

「ふん、勝手にしたら? 私はそんな低俗な脅しで自分の発言を曲げたりしないわ」

「……おい、そいつらを連れて来い」


 クイと、六人の中で一番偉そうな男が顎で店の外を指し示すようにすると、その指示に従って周りの男達が和葉と勇麻を拘束するべく動き始める。

 勇麻は当然抵抗しようとするが、耳元でまたも和葉が。


「……東条くん、抵抗しないで。今は大人しく捕まっていて」

「なっ、どうして!? こんな連中、俺一人でいくらでも――」

「いいから。事情は後で説明するわ。だから今は大人しく、ね?」


 納得はいかないものの、和葉に何か考えがあるという事は分った。

 勇麻は己の腕を後ろ手にきつく縛り上げる男に怒りの籠った視線を送りながら、渋々拘束を受け入れた。


 

☆ ☆ ☆ ☆



 勇麻と和葉は後ろ手にきつく縛られたまま、いかつい男達によってどこかへと連行されていた。

 

 ……ちなみに三十分が経過しそうになった為、和葉は変装を自ら解除。ケバイ化粧と衣装と奇抜な胸は元に戻っており、いつもの猫耳キャップを被りタンクトップの上からパーカを羽織った、きわどい太腿も露わなミニスカート姿へと回帰している(というか、この時点で変装を解除するくらいなら初めから変装なしでいいのではと思う勇麻なのだった)。

 当然のごとくいきなり容姿やスタイルが変わった件でいかつい男達と一悶着あったのだが、そこは割愛させて頂く。

 勇麻としても大の男複数人が十代の少女に言葉で丸め込まれる恐怖映像を何度も思いだしたくはなかった。普通にトラウマものである。


 店を出て路地裏へ。人気のない道をチョイスしているのは、やはりその手の稼業に生きる人間のさがなのか。それとも単に人に見られちゃまずい事でも始めるつもりなのか。

 どちらにせよ、それが勇麻達にとってプラスになるとは思えない。


「なあ和葉。いい加減に説明してくれないか?」


 和葉がスペイン語で何か叫んだ事をきっかけに、勇麻達に何故か敵意を見せる強面の男達。

 彼らの怒りも、黙ってされるがままの和葉の狙いも、言葉を理解できない勇麻には何も分からないのだ。

 一人だけ蚊帳の外は辛すぎる。

 そんな勇麻とは対照的に、相も変わらず和葉は余裕の表情だ。

 むしろどこか得意げに、元のサイズに戻ってしまった貧しい胸を反るほどに張って、 


「心配しなくても大丈夫よ、東条くん。今の状況も計算通り。要するに、私の撒いた餌に獲物が掛かったのよ」

「餌? 獲物……?」

「ええ。ほら、東条くん。兄さんの言っていた事を思いだしてみて。自分が逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)のメンバーだとカミングアウトした時の言葉を」


 言われるがままに、勇麻は決別の時の拳勝の言葉を思い浮かべる。


『どうしてって、そりゃお前。俺が逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)だからに決まってるだろ。かわいい妹よ』


 ……特にこれと言って気づく点も何も無いように思えるが、和葉は違ったらしい。

 キラリと瞳を輝かせ、若干興奮気味に言葉を捲し立てる。


「あの時兄さんは“俺も”とは言わなかった。あのシュチエーション、そして前後の文脈から考えてもその言葉遣いにはどうも違和感があるわ。わざわざそう言わなかった意図的な理由があるのよ」

「まあ言いたい事は分かるけど……。拳勝ってそこまで色々考えてるヤツなのか?」


 勇麻の中の九ノ瀬拳勝という男は、血沸き肉躍るような戦いをどこまでも追い求める、喧嘩の大好きな戦闘狂というイメージだ。

 確かに今回は黒幕側として勇麻達を翻弄し、『案内人』として完璧に仕事をこなして見せた拳勝だが、あくまで彼という男は、基本的には単純で分かりやすい性格をしていると勇麻は考えている。

 特にこれと言った根拠はないのだが、強いて言うのなら、拳勝からは戦いを求めるあくなき闘争心以外の感情をあまり感じないのだ。

 長年付き添ってきた和葉も当然感じるところはあるようで、頭痛を堪えるように顔をしかめると、

 

「そ、そこを突かれると頭が痛い……。けど、あの時の兄さんは私も知らない兄さんだった。『案内人』として振舞っている時の兄さんなら、疑ってみる価値はあるわ」


 勇麻の意見を部分的に肯定しつつも、和葉は類推を続ける。


「おそらく、兄さんの言う逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)と、私達の指す――チェンバーノ=ノーブリッジやリコリスなんかが所属している逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)とは全くの別物。逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)は一つじゃない。複数存在するのよ」

「それはつまり……こっちの世界にはこっちの世界で名前だけ同一の丸っきり別物の逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)って組織があるって事か? 拳勝はリコリスやチェンバーノの仲間なんじゃなくて、こっち側の世界の逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)のメンバー……、確かにそう考えると、リコリスとかチェンバーノとかと拳勝が知り合いじゃないっぽかったのも、辻褄は合うな。つか、『多重次元空間』なんて物を誰も彼も知ってるとも思えないしな。二つの世界を跨いで同一の組織として成立するなんて無理がある」


 勇麻の指摘に和葉は指を鳴らして応える。

 どうでもいいが、さっきから和葉はやけに楽しそうだ。とてつもなくテンションが高い。


「ビンゴ! そういう事よ東条くん。『多重次元空間』……もし複数ある未知の楽園(アンノウンエデン)にそれぞれ逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)があるとしたら、それはもう名称が同じだけの全く別物の組織になる。そしておそらく、兄さんが所属している逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)はこっちの世界にあるわ」


 なるほど。少し考えれば当然の事だ。

 未知の楽園(アンノウンエデン)という実験都市が複数あるのならば、その街で暗躍する組織である逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)もまた複数存在しても何ら不思議ではない。

 そして仮に名称が同じだとしても、次元の異なる世界に存在する二つの組織は全く異なる別物だと言えるだろう。

 その盲目的なまでの聖女信仰とも呼べる思想はさておき、所属するメンバーや目的などは大きく異なるハズだ。


「それに聖女様に近づく為にも、逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)への接触はなるべく早めに済ませたいじゃない? 一応は聖女を旗に掲げているような連中だもの。聖女に関するとっかかりになるような何かがあるかもしれない。だから少しばかり、強引な方法で餌を撒いてみたのよ」

「それって……和葉お前、まさか……!」


 和葉があの時なんと大見得を切ったのか。何となく予測がついてしまった勇麻は、己の顔から血の気が引いていくのが分かった。

 そしてその予測を裏付けるように、和葉は可愛らしく舌を出して、


「きな臭い連中が山ほど集まる酒場で、堂々と逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)宣言してみました。てへぺろ☆」

「てへぺろじゃねええええええええええええええええ!!?」

「怪しい新興宗教紛いの連中の事だから、見知らぬ誰かさんに名前を騙られたらさぞかし怒るかなって思って。酒場で噂になったり、もし本物がその場にいたりすれば、確実に何らかのリアクションが返ってくるでしょ? それをとっかかりに探りを入れようと思ったのだけど、まさかこうも早く大当たりを引くとは。手順すっ飛ばしていきなり拠点に連れて行って貰えそうで、美少女情報屋九ノ瀬和葉、わくわくしちゃうわ」

「……」


 先ほどからのハイテンションはこれが原因だったのだ。

 頭が痛い。

 ということは何か。今自分達は逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)のいかついあんちゃん達に両手を拘束された状態でその拠点なり本拠地なりに直接ご案内されている最中なのか。


「……ハッ! ってことはまさか、あの滅茶苦茶な変装も何もかも……」

「あら。よく気付いたわね。そうよ、なるべく悪目立ちするような格好で行ったのも、酔っ払いをおちょくったのも、全部わざと。注目を集める為にもまず騒ぎを起こさないとね」

「……」

「あー、もしかして黙ってた事気にしてたりするかしら? ……いや、ほら、敵を騙すにはまず味方からって言うじゃない? それに東条くん、嘘吐くのとか演技とか苦手そうだし。ここは私の完璧な作戦の為に道化になって貰おうかと」

「いやもうほんと、俺はお前にかなう気がしないよ」


 しれっと言った情報屋の少女に、勇麻はその場で頭を抱えて蹲りたい衝動に襲われる。

 若干の嗜虐をその瞳に浮かべ、九ノ瀬和葉は実に楽しそうにこちらを見て笑っていた。

 それを見て勇麻は確信した。……こいつ、確実に俺で遊んで楽しんでいやがる、と。


「おい、いつまで訳のわからん事を喋っていやがる。……姐さんのトコへ着いた。それ以上無駄口叩くと出会い頭に殺されるぞ」


 ドスの効いたスペイン語での脅しと共に男が目的地へと到着した旨を伝える。

 路地裏を引き摺り回されて辿り着いたそこは、廃工場のような大きな錆びれた建物だった。

 どうやらここが連中のアジトのようだ。


「さっさと中へ入れ。ドタマぶち抜かれたくなかったらな」


 相変わらず何を言っているのか分からないが、後頭部に銃口を押し付けられては従うほかない。

 勇麻と和葉は一度だけ視線を見合わせると、抵抗することなく男達の指示に従って黙って歩みを進めるのだった。



 連行された先は、想像よりもこじんまりとした一室だった。

 壁際には大量のパイプ椅子が立て掛けれていた。部屋の隅には埃が溜まっていて、あまり掃除が行き届いてない事が分かる。どちらにしても部屋は小さく、勇麻と和葉の二人が入っただけで少々手狭に感じた。

 物置か何かなのだろうか。


「おら、そこに跪け!」


 乱雑に埃っぽい床に放り出され、両手の自由がない勇麻と和葉はバランスを崩して重なるように床に倒れる。

 やや咳き込みつつ自由な両足を使ってどうにか体勢を立て直した二人は、そこで目の前に大柄な人物が腰かけているのに気づく。


 ――虎の毛皮を肩に羽織り咥え煙草をふかす、大柄な女だった。

 歳の頃は三〇前半。橙黄オレンジ色に染めた髪の毛を編み込み三つ編みにして肩のところで一房にまとめている

 ギラついた肉食獣のような青い瞳に理知的な輝きを同居させたその女は、美しい顔を憤怒に歪め地に這いつくばる勇麻達を睥睨していた。

  

「んで、アンタらがウチのシマでふざけた事ほざいた餓鬼共かい?」


 相変わらずの外国語攻撃に、何を言っているのか分からず困惑したまま眉を寄せる勇麻。

 そんな下手人の様子を見た女は露骨に舌打ちすると、右手に掴んだワインボトルをらっぱ飲みの要領でグイと口に流し込み、


「チッ、東洋人か。……これで言葉は分かるかい、ボウズ」

「……あ、え……日本語……?」

「自己紹介がまだだったね。アタシはダニエラ=フィーゲル。この辺り一帯を仕切る盗賊団『虎の尻尾』の頭領をやってる者さね。……さて、アタシのシマで逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)なんざを名乗った訳を教えて貰おうか」

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