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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第五章 引キ篭モリ聖女ト逃亡者ノ集イ旗
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第十五話 ふりだしへの急転Ⅰ――案内人

 東条勇麻と九ノ瀬和葉との出会い。それは、左右はおろか言葉さえ分からない未知の土地であまりにも都合のいい幸運すぎる偶然だった。

 だからこそ、気に留めようとも思わなかったのだ。

 人間、自分にとって不都合な物はなかなか視界に入らない。だから好都合によって生じる不都合に目を向けなかった。

 アリシアの奪還を何より優先していた勇麻にとって、不自然さは二の次で、一刻も早くアリシアの元へたどり着きたいという焦りが、視野を狭めていた事は否定できない。


「――“兄さんが教えてくれた”のよ。あの時間に三十五番地へ行けば、面白いカモに会えるぞ、って」


 和葉が嘘をついていないのはその顔を見れば分かる。だからその言葉は、きっと真実だろう。

 だがそれは、勇麻に一つの可能性を連想させるには十分な発言だった。


「拳勝が、そう言ったんだな?」

「え、ええ。確かにそうだけど……東条くん? さっきからおかしいわよあなた。やっぱり、どこか調子が悪いんじゃ……?」

「いや、違うんだ。そうじゃないんだよ、和葉。だって、これは……」


 こんな例えを思いつく自分に嫌悪を隠せないが、それでも敢えて例えるのなら、九ノ瀬和葉はこの街の攻略本のような存在だった。

 ならば自称喧嘩屋の九ノ瀬拳勝は、例えるならば最強の剣だろう。

 それこそ、初期装備としてはチートも良い所の、勇者の武器だ。

 なにせ、その実力は未知の楽園(アンノウンエデン)の中でも頭一つ飛び抜けている。

 拳勝と戦った勇麻の所感としては、おそらく逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の幹部達でさえも、拳勝に勝つことは難しいだろう。

 そう考えると、この街で本気の彼を倒す事が出来るのはそれこそ『干渉レベルSオーバー』の怪物、反乱を起こした『聖女様』くらいの物ではないのだろうか。

 そんな最強の装備を何の困難もなく手に入れた東条勇麻が、敗北する道理などそもそも無かったのだ。

 囚われの姫(アリシア)の元へ、東条勇麻は特にこれと言った障害にぶち当たる事もなく辿り着く。偶然巡り合った、頼もしい仲間たちの助力を得て。

 ……だがそもそもこれは、天の齎した奇跡でもなければ、偶然でもなかった。


 ――九ノ瀬和葉と東条勇麻が出会うよう仕組んだのは九ノ瀬拳勝だった。

 

 それはつまり、どういうことだ?

 

 己を喧嘩屋だと言う彼と初めてであった時、勇麻の名前を知っていたのはてっきり和葉が教えたからだと思っていた。

 だがおそらく拳勝は知っていたのだ。理由も事情も想像すらできないけれど、あの喧嘩屋の少年はどういう訳か出会う前から勇気の拳(ブレイヴハンド)と東条勇麻を知っていた。

 何故、九ノ瀬拳勝は東条勇麻があの場に現れる事を予期していたのか。

 自分の妹を他都市からやってきた得体の知れない男に近づけさせた理由は。


 いつだって先頭に立ち、勇麻達を導いてきた拳勝。

 彼のおかげで大した苦戦をする事もなく、勇麻は逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の本拠地まで辿り着いた。

 思えば、アリシアが軟禁されていたと思わしき客室を発見したのも、『フェンリル』に関する情報を発見する要因となったのも拳勝だ。


 冷静になって思い返してみれば、まるで一つの謎を解き明かす度に次の攻略のヒントが現れるRPGような都合のいい展開。

 もはや違和感の一言では説明のつかない異常。

 一連の全てが、何者かの仕業だとするならば。

 ……真実は分からない。だが。もし、もしも仮に東条勇麻のくだらない妄想が正しいとすれば、九ノ瀬拳勝は――


「――なんでだ、拳勝。どうして、お前がそんな事をする必要が……?」


 答えを求めない独り言。

 そのハズだった無意識下の呟きに、


「――そんなの決まってるだろ、東条の旦那。全部、旦那の考えている通りって事さ」

「ッ!?」

「え、え、……兄、さんッ!? いつからそこに――」


 その人物はいつの間にか、執務室の黒檀のデスクに腰掛けていた。面白いものを見つけた子供のような笑みを湛えながら、勇麻ゆうしゃが辿り着く事を待ち構えていた黒幕まおうのように。

 日に焼けた健康的な肌と、所々に金色の混じった黒髪。だらりと力を失った左腕は、先のチェンバーノの一撃を受けた痛々しい名誉の負傷。

 どちらかというと痩せ型の身体には、けれど野生の豹のようなしなやかな筋肉が肉付いている。戦いの中で生き、戦いの中で得たその身体は、数々の強敵と戦ってきた勇麻をして畏怖を抱かせる。

 自称喧嘩屋。現在雇われ用心棒のその少年の名は、今更尋ねるまでもない。


「九ノ瀬、拳勝……!」

「はいよ、未知の楽園(アンノウンエデン)の喧嘩屋兼期間限定旦那の左腕こと、九ノ瀬拳勝くんだ。おっと、今は用心棒でもあるんだっけか?」


 よっこらせ、の掛け声と共にデスクから腰を上げると、拳勝は人懐っこい笑顔のまま、立ち尽くす和葉と勇麻に向かい合う。


「早かったな旦那。心地の良いぬるま湯はお気に召さなかったか? なにせ、今までの旦那からしたら想像できないくらい簡単に物事がトントン拍子に進む進む。失敗も敗北も挫折も何も無し、一歩進めば進んだ分だけ必ず見返りが返ってくる。手元に残るのは成功と勝利と栄光だけ。自分にとって都合のいい世界ってのは本来魅力的な物に映るはずなんだが……旦那みたいな人種になると、我慢ならねえモンみてえだな」


 勇麻は、そのどこかふざけた態度の拳勝に敵意――否、殺気さえ混じる瞳を向け、向けなければならない今の状況に悔しげに歯噛みしつつ、それでも視線を逸らす愚行だけはしなかった。

 なぜなら、どうしようもない程に九ノ瀬拳勝は東条勇麻の敵足りえてしまったのだから。


「いい目だ旦那。睨みで人を殺すってのはこの事だな。ヤワな奴は心が“死ぬ”よ、今の旦那と対峙した時点でな。やっぱ旦那は、そういう方がいい。誰かを背に庇っていた方が強ええよ、東条の旦那はさ」


 拳勝の言葉の通り、和葉を庇うように一歩。勇麻は前に出る。


「拳勝、今更しらばっくれるのは無しにしようぜ。……単刀直入に聞く。お前、何もかも事情を知っているな?」

「ああ、そりゃ当然。知ってるも何もなんせ俺は『案内人』だ。旦那が答えに辿り着いたから俺はここに出てきたんだからな」


 睨みあい、確かな敵意を交換する二人。

 ピリピリとした息の詰まるような空気が、両者の間に横たわる。

 こんな結末、信じたくなかった。

 少しおっかない所のあるヤツだけれど。それでも背中を預けられる、頼れる仲間だと思っていたのだ。これからもずっと、そう思っていたかったのに。

 けれど勇麻の感情とは裏腹に、事実は無情にも目の前の男を敵と断定している。

 最早両者の間に生じる思いは仲間へ向ける温かいそれではない。あるのは剥き出しの敵愾心と、高まる戦意。そして少しの胸の痛み。


 けれどそれはあくまで東条勇麻と九ノ瀬拳勝の話だ。

 全ての事情を理解したからこその決別。

 だからその両者の様子に耐えかねたように声をあげたのは、未だその顔に不理解を浮かべる九ノ瀬和葉だった。


「ちょ、ちょっと待って! 二人とも睨みあって、急にどうしちゃったのよ!? 逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の連中は倒したし、アリシアって子の居場所も見つかった。後は残党狩りみたいに囚われた子供達を解放して、東条くんとアリシアって子とが再会を果たす……。それだけでしょう? なのに、それがどうしてこんな雰囲気になるの……? 兄さんも、意味の分からない事ばかり言ってないで――」

「どうしてって、そりゃお前。俺が逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)だからに決まってるだろ。かわいい妹よ」


 躊躇い、言い淀む勇麻に代わって和葉へと事実を突き付けたのは、他の誰でもない九ノ瀬拳勝自身だった。

 不理解に固まった和葉の顔が、時間の経過と共に溶解するように青ざめていく。


「……ごめん兄さん、紛らわしい冗談は後にしてくれない? 意味が分からな過ぎて反応に困るわ」

「冗談じゃねえよ、和葉。これは紛れもないホントの話だぜ。俺は逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)のメンバーの一人だ。……てか、あれ? お前には言った事なかったんだっけか?」 

「……嘘。でしょ? そんな馬鹿な話が……」

 

 まるで、親の死を知った子供のような顔だった。

 否定を求めてこちらを見る和葉の縋るような視線に、勇麻は応えてやることができない。

 実の兄の口から告げられた真実に揺れる和葉に、掛けてやれる言葉など見つかる訳がなかった。

 呆然と立ち尽くす和葉を置き去りに、拳勝は何事もなかったかのように勇麻へと視線を戻す。

 その態度が、実の妹をないがしろにしているようにも見えて、勇麻はふつふつとした怒りを覚えた。


「……拳勝、お前……ッ!」

「さあて、俺の役割は『案内人』だ。今からここで熱い第二ラウンドをおっぱじめてぇのは山々だが、『招待客』である東条の旦那が、この都合の良い世界を受け入れずに拒絶した時点で正体を明かし、旦那を“向こう側”へ案内する契約になっている。だからこっから先は俺の欲求じゃなく旦那のご期待に応えるお時間だ。……ああ、そうさ。旦那の抱いた疑念の通り、俺達の今いるこの世界はマトモじゃねえ。ここは既にかの聖女様の腹ン中。未知の楽園(アンノウンエデン)最強の『神の子供達(ゴッドチルドレン)』によって造られた『多重次元空間』。同座標上に存在しながらも次元の異なる多数の空間が折り重なった世界の一つなんだからな!」


 拳勝の口から放たれる荒唐無稽な言葉の数々に、理解が追い付かない。

 『多重次元空間』という言葉の意味する所も、案内人、招待客、契約、向こう側、意味深な単語の数々も、その何もかもが理解できない。

 だが、それでも。


「旦那の求める『神門審判ゴッドゲート』は“向こう側”にいる。だから行けよ、東条の旦那。それに、チンケな俺のじゃあ届かなかったが、旦那の拳ならあの頑固女の分厚い殻もこじ開けられるかもしれねえしな」


 拳勝が何の気なしに視線を虚空へ向けた瞬間。


 地鳴りのような音を響かせて、ひとりでに空間が割れた。


 何の脈絡もなく突如として眼前に発生した、稲妻のような赤黒い亀裂の“向こう側”。そこにアリシアが居るという事だけは、何故か直感的に理解できて。 

 ぶわっっっ!!! と、

 抗うことのできない不可視の引力が、勇麻の身体を亀裂の“向こう側”へと引き摺り込み始める。


「……ッ!? まてよ拳勝! 契約とか、案内人とか、意味が分からねえ! これは、誰の思惑だ!? お前の目的は何だ! 答えろ。俺は、まだ何も――」

「おっと、悪いな旦那。俺はあくまで『案内人』。俺から言えるのはここまでだ。それに分かっただろ? 真実ってのは己の手で手繰り寄せなきゃ意味がねえ。旦那が求めるものは、旦那自らの手で探して掴むべきだ。それがこの心地良いぬるま湯の停滞を拒絶し、現状の変化と打破を願った旦那の背負うべき務めってヤツだよ」


 必死でその場に留まろうとする勇麻の意志を無視して、身体がずるずると亀裂へ進んでいく。

 足の裏が上滑りして、自分の身体を支える事ができない。隣の和葉の悲鳴が、どこか遠くに聞こえた。


「死ぬなよ旦那。出来る事なら、旦那が最強に――」


 東条勇麻の身体が、完全に亀裂の奥へ。“向こう側”へと呑み込まれた。



☆ ☆ ☆ ☆



 亀裂が完全に閉じ、停滞した不変な世界に静寂が戻る。

 東条勇麻はもうこの世界には存在しない。

 同じ空間、同じ座標上、同じ未知の楽園(アンノウンエデン)という都市にいながら、東条勇麻と九ノ瀬拳勝がまじわる事はない。

 なぜならあの少年は亀裂の向こう側……聖女の造り上げた『多重次元空間』。その大元となるオリジナルの未知の楽園(アンノウンエデン)へと飛ばされたのだから。


「……なに、旦那ならきっと問題ねえ。あの人の拳ならきっと届くさ」


 言葉に信頼と興奮を滲ませ、拳勝は感慨に耽るように目を瞑る。

 かつて九ノ瀬拳勝は、とある『Sオーバー』の少女の元へと辿り着いた。

 最強に会いたかった少年が、ついに巡り合った最強。

 けれど少年の拳は、一度だって届かなかった。戦いにすらならない惨敗。命すら奪って貰えなかった敗者に言い渡された条件こそが、停滞を望む少女とのある種の契約だった。


 不変の世界へ風穴を穿つ人間の餞別。


 腐ったどぶ川のような不変の停滞を望む聖女の敵足りえる者を見極め、聖女の元へと連れて行く『案内人』という名の死刑執行人。

 それこそが大敗を喫しながら再戦を熱望した、身の程知らずの馬鹿に与えられた役割だった。


「契約は果たした。お望み通り今度のアンタの敵は最高に熱いぜ、聖女様よ。……あぁ、愉しみで仕方がねえぜ、旦那。次に俺が戦う時、誰が『最強』の座に立ってんだろうな? ま、どっちが相手でも退屈しねえ事に違いはねえだろうが」


 結局のところ、九ノ瀬拳勝はどこまでも自分の事しか考えていなかった。

 善悪などというくだらない概念に囚われず、どこまでも自分本位に、ただ血の滾るような闘争を永久に追い求めている。

 強い相手と、最高に激しく熱い命の削り合いを、命を燃やして互いをぶつけ合う、そんな身も心も沸騰するような激闘を欲している。

 それこそが九ノ瀬拳勝という神の能力者(ゴッドスキラー)の核だ。

 だから、それ以外の事など全てが二の次でしかなくて、


「……っと、いつまでも此処に居ても仕方ねえか。おーい、和葉、そろそろ帰ろうぜ……って、ありゃ」

 

 妹の姿が見当たらない事に今更のように気が付き、


「あっちゃー、俺が逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)だって言ってなかった事、そんなに怒ってんのか、あいつ。……ま、いっか。旦那と一緒なら平気だろ」


 まるで、妹が近所の友達の家へ家出した、くらいの調子でそう言った。

 自分の言葉が九ノ瀬和葉の心をどれだけ動揺させたかなどまるで理解していない。

 否、感心があまりないが故にそもそも理解しようとする気がない。

 九ノ瀬拳勝とは、そういう戦闘狂おとこだった。


「……へぇ。そんでこっちもか。帰るついでに期間限定の旦那の左腕最後の一仕事として、後始末くらいやってこうかと思ったんだがな。……でも、あっさりやられた割りには中々骨があるじゃねえかよ、おもしれぇ」


 さらに一人。

 この場に残っていなければおかしい人物が消えているのを見て、拳勝は他人ごとにも面白くなってきたと、愉快な笑みを零すのだった。  

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