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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第五章 引キ篭モリ聖女ト逃亡者ノ集イ旗
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第九話 殴り込みⅠ――白昼堂々の宣戦布告《ドアノック》

 一歩。また一歩と踏みしめる。その度に世界の軋む音がした。

 小さな一歩に、けれど巨人と見紛うような力が宿る。踏み込む音が轟音と変わる。

 心の熱が右の拳を起点に身体を逆流し、駆け巡る。湧き上がる力を抑えることなく放出し、この一歩へと変換していく。


 視界を流れる景色を置き去りに、東条勇麻は走る。 

 後方を必死に追いすがる九ノ瀬兄妹の事も頭に入らないくらいに、視界が熱を帯びている。

 原因など分かり切っていた。


「待ってろ、アリシア……!」


 『神門審判ゴッドゲート』。

 それは、とある一人の少女を示す呼び名の一つだ。

 正直に言って勇麻はその呼び名があまり好きではなかったが、それでも間違いようがなく彼女を構成する一要素ではある。


 蒼いサファイアのような碧眼、アルビノのように光りを受けてプラチナのように美しく輝く純白の髪。そして処女雪のような純白の肌。それらをこれまた純白のワンピースに包み、首から下げた古書がトレードマークの、どこか儚げで幻想的な雰囲気を持つ純白の少女。

 アリシア。 

 彼女が実は『神の子供達(ゴッドチルドレン)』と呼ばれる最強の一角の一人である事も、『天智の書』との契約によって六歳までの記憶を全て失っている事も勇麻は知っている。

 『創世会』によって長年実験動物のように研究施設に監禁され、その身に宿す力の貴重さ強力さ故にありとあらゆる組織から狙われ、様々なしがらみや運命に囚われた少女である事を勇麻は知っている。


 でも勇麻は知っているのだ。


 『神門審判ゴッドゲート』でも『巫女』でもない。まして『天智の書の契約者』なんかでも無い。ただのアリシアは笑うのが下手くそで、感情が表情によく表れず、怒ってるのか悲しんでるのか楽しんでるのか分かりにくいヤツで、でも接している内にコロコロ感情と表情が移り変わっているのが分かるようになってくるそんな人間臭いヤツで、その癖どこか天然ボケ気味で抜けていて、おっちょこちょいでドジで、現世離れしているせいで常識知らずで、最新鋭の機械なんかに弱くて駅の改札に引っ掛かったりするようなレベルで、だけど好奇心旺盛で引き篭もり気味の癖に無駄に行動力があったりして、一人が嫌いで、独りが苦手で、誰かと何かを共有したがっていて、皆と食べるカレーが大好きで、皆が大好きで、自分が誰よりも辛い思いをしてる癖に微塵もそれを表に出さないで、我慢して、その癖他人の心配ばかりしやがるお節介でお人好しの大馬鹿野郎で、まるで聖女のように他者の為に自分を犠牲にする癖に、後からその事を後悔して涙を流してしまうような強くて弱い女の子でもあって、それで東条勇麻なんかを自分のヒーロだと信じて疑わない夢見がちな部分もある、そんな、本当にただそれだけの、どこにでもいる女の子なのだ。


 そうだ。勇麻は知っている。“白髪碧眼の少女アリシア”は生まれてからずっと何かに縛られ続けてきた。

 だから彼女は自由に憧れていた。

 ずっとずっと、暗く寒い研究所の地下に幽閉され、研究素材として一生を終えるのは嫌だと、確かに彼女はそう言っていた。自分の意志で、助けを求めていた。

 

 彼女の願いは本当に何て事のない――いっそ道行く人に話せばくだらないと鼻で笑われ一蹴されてしまうような――ただ普通の少女のように、当たり前の日常を謳歌していたい。そんな願いを子供みたいに本気で願っている事を、東条勇麻は知っている。


 勇麻はそれを知って。少女の願いを知って。叶えたいと、そう思った。

 だから勇麻は、彼女の日常であろうとした。

 アリシアが孤独を嫌うならば、共にあろう。

 アリシアが笑顔を好むのなら、共に笑おう。

 アリシアが友達を望むなら、共に遊ぼう。


 そして彼女が当たり前の幸福と日常を得られるような、そんな世界を守りたいと、そう思った。


 だから。許せなかった。


神門審判ゴッドゲート』という単語が載った糞くだらない資料の文面を思い出すだけで吐き気がする。

 自分の顔面を全力でぶん殴りたい気分だった。

 もっと最初からこうしていれば良かったのだ。

 諸悪の根源が逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)だと分かっているのならば、回りくどい情報収集などせずに、最初から一直線にアリシアに害なす組織ごと潰してしまえば良かったのだ。

 平和ボケしていた。思考は周回遅れ。愚かで救いようのない馬鹿だ。アリシアの苦しみを、どうしてもっと考えてやらなかった。また何もかもが手遅れになってから走り出すところだった。


 逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の連中が何を考え、何を目的としているのか。そんな事は知らない。分からない。いっそどうでもいい。いや、本当に心の底からどうでもいい。

 ただ、一つだけ分かる事がある。 

 アリシアの日常が、また何者かの悪意によって脅かされようとしている。

 文面を見れば分かる。

 アリシアはやはり何者かに脅されているか、無理やり協力させられている。

 あのお人好しの少女が、子供を使って戦争を始めようとするような連中の元に自ら進んで向かうハズがないのだから。


「ちょ――まって……。待ってってばっ。東条くん! いきなり走り出してどこにいくつもりなのよっ!」


 糞くだらない資料を目にした途端、唐突に走り出した勇麻に追いついた九ノ瀬和葉――兄におんぶして貰ってる――が、横に並んで何か必死の形相で叫んでいる。

 勇麻は、それに答えるのもまどろっこしいと思いながらも、


「決まってるだろ。逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)だ。くだらねえ野望ごと連中をぶっ潰す」 

「なんで!? アリシアって子を見つける事ができれば、別に連中と事を構える必要はないじゃない!」


 確かに、和葉の言う通りだろう。

 アリシアの居場所さえ掴む事ができれば、別に逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の連中と無理に戦う必要はない。それは、東条勇麻の勝利条件には含まれていない。

 けれど。


「あいつらが何をしようとしているのかは知らない。興味もない。正直言ってどうでもいい。でも、許せない事が一つだけある。あいつらは、アリシアを巻き込もうとしてる。ようやく『創世会』やら『巫女』なんて物から解放されて、幸せな日常ってヤツを掴んだアリシアを、また騒乱の渦中に叩き込もうとしているんだ。それは駄目なんだよ。絶対に許されない事なんだ。“アリシアの力を利用して誰かを傷つけようとしてる”。そんな計画は、絶対に実行させちゃいけない。だいたい無関係の子供を大量に巻き込んで争いの道具にしようとしてる時点で何もかもが論外だ。だから俺が全力でブッ潰す!」

「……結局許せない事一つ以上あるじゃない! このお人好しお馬鹿!!」


 悲鳴のような和葉の絶叫はあえて無視した。

 優先順位を確認する。

 アリシアを助ける為には、まず何が何でも逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の野望を完全な形で潰す必要がある。

 アリシアを何らかの計画に絡ませようとしている限り、その計画が終わるまではアリシアの身に危険が及ぶ可能性は低い。

 逆に言えば、計画が成功した瞬間からアリシアを傷つけることなく手元に置いておく理由が無くなってしまう可能性が高いという訳だ。そうなったら身の安全は保障できない。最悪の場合、口封じで消される可能背も考えられる。

 そして、そういった打算や計算をかなぐり捨てた部分で、東条勇麻はアリシアが争いの道具として利用されようとしている現状が許せない。

 だから、想いのまま感情のままに壊す。ぶち破る。ぶっ潰す。そう決めた。

 なんて事はない、いつも通り。ただ認められない結末へと抗い立ち向かおうとした結果だった。

 

 そんな勇麻の決意と言葉に、和葉を背負いながら勇麻の速度に付いてきている九ノ瀬拳勝は心の底から愉しげに犬歯を剥き出しにして笑った。


「ハッ、いいね旦那ァ! やっぱり旦那はそうでなくちゃつまらねえよ! いいぜ、その心意気、俺も乗ったぜ。期間限定サービスだ。……この九ノ瀬拳勝が今から旦那の左腕だ。逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)だろうが何だろうが関係ねえ、旦那の敵全て殴り倒してやんよ!」

「ああ……! 足を引っ張るなよ、拳勝!」

「抜かせ、東条の旦那! こちとらずぅっと消化不良起こしてんだ。さっきの喧嘩で溜まったフラストレーション、ここぞとばかりに放出大出血サービスだぜ!!」

「ね、ねえっ! なに二人だけで勝手に話を進めているのよ!? 相手は逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)よ? 本当に分ってる? 私達は今この街そのものに喧嘩を売ろうとしているのよ? きちんとした勝算はあるんでしょうね!?」

「「んなもん無いッ!」」

「あーもう!! どうして私の周りにはこんな馬鹿しかいないのよ!」


 背負われている状態の和葉が何を叫んだところで、状況は変わらない。

 真っ直ぐ前だけを見据える馬鹿と、心の底から愉しげに次の闘争へと心躍らせる馬鹿。

 正真正銘の馬鹿二人に引かれた暴走列車は、止まるという事を知らなかった。

 

 真円上の中心区を凄まじい速度で走り抜け、見えてきたのは元『操世会』の本部にして現逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の本拠地である、寺院と礼拝堂を融合させたような横に巨大な建造物。

 見張りの人員が、勇麻達の姿を肉眼で捉えた時には、けれど全てが遅かった。

 ――跳躍。

 全力で地を踏み切って、陸上走り幅跳び金メダリストをゆうに超えるような大跳躍を見せた勇麻は、見張りと護衛の頭上を跳び越え、そのまま全力で拳を振りかぶって、

 真っ正面――護衛のいる正面玄関――つまりは無骨で巨大な寺院の朱い正門へと、盛大なノックをぶちかました。

 ――直撃、赤黒い光の明滅。そして――耳を劈くような轟音が鳴りひびく。


「よう。殴り込みに来たぜ、逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)


 広大な敷地全てをぐるりと取り囲むようにして作られていた石造りの巨大な城壁のような門は、東条勇麻の文字通りの挨拶代りの一撃を受けて木端微塵に粉砕され倒壊したのだった。



☆ ☆ ☆ ☆



 その時。

 執務室で計画の実行へ向けて最後の詰めを行っていたリコリスの耳にも、その轟音は届いた。


「くッ!? ……爆発音? 一体何事だ!?」


 苛立たしげに叫ぶリコリスに、部下達は答える事ができない。

 何が起きたか分からなかったから、では無い。

 むしろその逆。

 リコリスの背後……つまるところ部下の男の視線の先。真っ正面の窓の外、そこで今しがた起こった衝撃の出来事と、結果出来上がった光景を前に、口を開け呆けて言葉を失ってしまっていたからだ。


 部下の反応を怪訝に思い、ようやく遅れてリコリスも背後、窓の外へと目を向ける。

 そこにあったのは、


「なっ……!?」


 見る影もなく崩壊し瓦礫の山と化した正門と、


「よう。殴り込みに来たぜ、逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)


 声も高々に宣戦布告をかまして堂々と境内に侵入してきた少年の姿と、その後ろに続く二人の少年少女の姿だった。

 ここからではやや遠くてその顔形までは判別できない。

 だが、たった三人の子供に、逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の本拠地の正門が落とされた。 

 その事実だけで受け入れがたい物があった。

 そのあり得ない、あってはいけない光景に、リコリスは急速に己の頭が過熱されていくのを感じる。

 この一番大事な時に、よりによってたった三人の小僧に計画を邪魔された。その事実にレンジで加熱し破裂する寸前の卵のように、リコリスの感情のボルテージが上昇していく。

 リコリスの声が怒りに震える。

 

「どこの馬鹿だい……。この街で! 逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)に真正面から盾突く命知らずのアイツらは一体どこの馬鹿なんだッッッ!!?」


 震える身体で問うリコリスの絶叫に、今度こそ答えられる者はいなかった。

 誰もが唖然とし、想像だにしなかった事態に首を横に振る。

 そしてリコリスは己の身体を震わせるそれが単純な怒りでない事に気が付かない。

 自分が致命的な猛獣の尻尾を踏みつけてしまっているその事実に。



 ――さあ、知らず舞台は整った。一気に加速する戦場に、最後まで立ち続けるのは一体誰だ?



☆ ☆ ☆ ☆



 正門を殴り壊して真っ正面から堂々と敷地内に侵入した結果、『操世会』の本拠地は蜂の巣を突いたような大騒ぎへと変化した。

 広大な敷地を活かした緑の庭園に、どこからともなくわらわらと黒服に身を包んだ敵兵が湧き出し始める。


「止まれ! 何者だ貴様ら……うぐぁ!?」

「当たり前の事だけどさ、……止まれと言われて止まる馬鹿がいると思ってんのか!?」


 テンプレートな言葉にテンプレートで応じつつ石畳を駆け抜け、直線距離で聖堂の扉へと向かう。

 勇麻達の進路上に立ち塞がる、未だに寝ぼけた警告を続ける槍兵の懐に一瞬で潜り込むと、鳩尾に一撃を入れ速やかに意識を奪う。

 さらに背後から囲むように襲いかかってきた二人の顔面を、振り向きざまの回し蹴りが連続して打ち抜く。

 瞬時に三人、手も足も出ずに昏倒させられる。

 だがこれは別段勇麻が強いという訳でもない。

 何せ今この戦場は隣に並ぶ九ノ瀬拳勝の『痛みの王(ペイン・エンペラー)』によって痛覚が数倍に引き上げられている状況だ。一撃でもまともな攻撃を当てる事が出来れば、その猛烈な痛みで敵を失神させ無力化するのは容易い事だった。

 だがそんな事は勇麻達以外の人間には分からない。


「……こいつ、強いぞ!」

「安易に距離を詰めるな! やられるぞ!」

「囲め! 数で潰せば怖い敵じゃない!」


 その圧巻の光景を見た黒服の兵士達がただ者ではないと勇麻に対する警戒を新たにする。だがそれは言い換えれば恐怖でもある。竦み足が止まった瞬間を見逃す事なく、勇気の拳(ブレイヴハンド)による身体強化で得た速度でもって瞬時に間合いを詰めた東条勇麻の拳が炸裂する。

 新たな敵兵を蹴散らしながら、勇麻は仲間達の様子を窺い周囲を見渡して、


「拳勝――は、うん。妹を守る気はないな。よし、和葉、俺の後ろにいろ。絶対に離れるんじゃないぞ!」

「兄さんの馬鹿! 人でなし! ろくでなし! もう知らないっ! というか何でこんな事になってるのかほんとに意味が分からない!!?」 


 先陣を切る勇麻の少し後方では、遊ぶのに邪魔だと言わんばかりに妹を背中から下ろした拳勝が、複数人を相手に大立ち回りを演じていた。

 爛々と目を輝かせ、まるで遊園地で遊ぶ子供のように、


「はっはァーッ! 足りねえ、足りねえよ! おたくらこの喧嘩屋九ノ瀬拳勝を止めようってんだろ!? ならそんなんじゃダメだ。そんな柔な壁じゃないのと変わんないぜ!!」


 愉しげにそう嘯く拳勝は多勢に無勢。

 だがこの男は神の力(ゴッドスキル)頼みの勇麻とは違い、剥き出しの身体能力と正真正銘のステゴロの喧嘩で勝ち上がり成り上がった男だ。

 たかが刀剣を持った程度の神の能力者(ゴッドスキラー)では、まともな勝負になるハズもない。

 剣を持った兵士の袈裟切りをすれすれ紙一重で、けれど余裕を持って躱し、背後からの心臓を狙った鋭い突きは拳勝の不意を突いてなお宙を突く。

 どんな手品か脅威のバランス感覚で槍の穂先に飛び乗った拳勝が、獰猛な笑みを浮かべて驚愕に目を見開く槍使いの顎を蹴り飛ばす。

 さらに唖然と固まる剣士に密着すると、突き上げるような頭突きが顎を揺らし意識を奪う。

 左右同時に挟み撃ちの要領で襲いかかってきた敵兵を限界スレスレで躱し、両者の頭を左右の掌でそれぞれ鷲塚む。そのままタンバリンを打ち鳴らすような勢いで頭と頭をかち割り同士討ちを誘発。

 金槌で頭蓋を叩き割られたような激痛に、兵士達が白目を剥き地に崩れ落ちる。

 嵐のような暴力に混乱する敵の足が止まった瞬間を見逃さずに、拳勝の拳がさらに猛威を振るう。

 そして拳勝によって打倒されたその誰もが、経験したことのないような激痛に呻き、喘ぎ、叫び、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

 そして一方その頃、勇麻の後ろに続く九ノ瀬妹は割と本気の涙目で頭を抱えて喚いていた。


「だから私は戦闘向きの神の能力者(ゴッドスキラー)じゃないって言ってるのに!」


 兄にいきなり地面に下ろされたのがよっぽど怖かったらしい。

 そして普段は冷静でややドSなこの子。不測の事態には割とすぐパニックに陥るとこがあるので、目を離すと本気で危なかったりする。


 勝手に勘違いし己の恐怖を煽り、動きを悪くし自滅していく兵士達を次々と蹴散らし、勇麻達は前に進む。

 扉まであと僅か十メートル。

 ──銃声が鳴りひびいたのは、そのタイミングだった。

 建物の二階、多くの窓から覗く銃口に勇麻は思わず歯噛みする。


「くっ、連中、同士打ちが怖くないってのかよ……!」


 足元に鉛玉が撃ち込まれたのを見て勇麻の背筋を冷や汗が伝う。

 おそらくは牽制だ。相手もマシンガンや散弾銃で弾をばら撒き弾幕を張るような事をしてこない様子を見るに、狙いはこちらの足止め。そして動きが悪くなった所を地上の兵士達で仕留める算段なのだろう。

 いや、狙撃ライフルが紛れているのも見える。足を止めたところでの本命はそちらか。

 東条勇麻も、九ノ瀬拳勝も、超近距離の接近戦でこそ真価を発揮するタイプの神の能力者(ゴッドスキラー)だ。中・遠距離攻撃とは相性が悪い。

 とりあえず勇麻は、今にも泣きそうながら懸命に後ろを付いて来る和葉を庇うように腕を広げ一歩後ろへと下がる。

 勇気の拳(ブレイヴハンド)のコンディションによっては銃弾を見切る事もできなくはないが、和葉はどうあがいても音速で迫る弾丸を回避できない。

 敵兵達を圧倒してきた速度と勢いが失われ、じりじりと包囲網が狭まる。

 騙し騙しやってきた、ピアノ線を綱渡りするようなバランスが、見せかけの圧倒が、崩れる。


 ハズだった。


「……!?」


 ――二階からこちらを狙って銃器を構えていた兵士数人が、短い悲鳴と共に倒れ、窓枠に圧し掛かるように突っ伏していた。

 一瞬の出来事で、周りの兵士達は何が起きたのか理解できていない。

 だが勇麻は違った。勇気の拳(ブレイヴハンド)によって五感を含める身体能力を強化している勇麻は、何が起きたかを正確に理解したが故に、驚愕していた。 

 そいつは、何の気なしに言う。


「的当てゲームか? それなら俺は得意だぜ、よく祭りで屋台のおっちゃんから出禁喰らってたくらいにはな」


 じゃりじゃり、と。石ころと石ころがぶつかりあうような音が聞こえる。

 ──投石。

 九ノ瀬拳勝は、寸分狂わぬ精密な狙いで敵兵の額へと豪速球の石を命中させたのだ。

 手の中で手ごろなサイズの石を弄ぶようにしながら、拳勝がその口元を引き裂いた。


「旦那、援護は任せろ。建物ん中への道はとりあえず俺が開いてやる。和葉連れて直線距離でこのまま扉に突っ込め」

「……信じて、いいんだな?」

「おいおい、誰に物言ってんだよ旦那。大船に乗ったつもりで居ていいぜ」

「今更怪物めいたお前に出来るかどうかを疑ってる訳じゃねえよ。そうじゃなくて、……ちゃんと追いついて来るんだよな?」


 勇麻の真剣な表情での問いかけに、拳勝は一瞬固まったようにその目を真ん丸く見開いて、


「……、くっ、あっははははは!! 旦那、やっぱりアンタは最高だわ。おうよ、こんな楽しい喧嘩に最後まで加われないなんて死んでも死にきれねえからな。すぐに追いついて見せるとも!」

「……というか何で私まで突撃する流れになっているのか、本当に謎なんだけれど……」

「ん? 理由は簡単だぜ、妹よ。今の兄ちゃんには足手まといのお前を守るつもりが全くないからだ! だから俺が愉しんでる間は適当に旦那に守られててくれや」

「なんて頼りにならない人でなしなのかしら!? 兄さんの馬鹿! もっとかわいい妹に優しくしろ!」

「……一応ツッコんどくけど、そいつお前がお勧めした頼れる用心棒だからな?」


 息ピッタリの兄妹漫才も見慣れてきた勇麻が適当にそんな事を言うと、和葉の頬が不満げに膨れた。


「さて、と。それじゃあ意見も纏まったところで……スリーカウントで突撃ってコトでどうだ? 旦那」

「分かった。それで行こう」

「私はまだ何一つとして納得していないのだけれど!?」


 未だに未練がましく文句を言う和葉を背中に乗せ、勇麻と拳勝の視線が一度だけ交わされる。

 そして、拳勝が大きく口を開けると、


「スリー、」


 突如始まったカウントダウンに、勇麻達を取り囲む敵兵達が武器を構えなおすようにして身構える。


「ツー、」


 和葉を背中に背負ったまま、勇麻が姿勢を低くする。拳勝は相変わらず好戦的な笑みを張り付けて、手の中の石ころをお手玉のようにして弄んでいる。


「ワン、」


 足の裏が地面をしっかりと噛む、勇気の拳(ブレイヴハンド)によって普段の数倍にも引き上げられた力がふくらはぎへと伝播するのが自分でも分かる。

 しかし周囲の敵兵達はその致命的な僅かな変化に気づかない。

 周回遅れの全ては手遅れに、何もかもを置き去りに、東条勇麻の身体が──


「「ゴーッ!!」」


 ──その掛け声と共に、弾丸の如きスピードで射出された。

 慌てて銃器を構え、それぞれの武器を構えなおす兵士達。


 だが何もかもが遅すぎた。


 狙撃兵が慌てて引き金に指を掛けようとした瞬間、鋭い軌跡を描いて飛来する礫が兵士の意識を奪う。

 大慌てで振り下ろした鉄斧や刀剣、槍の類は地面に食い込むばかりで、駆け抜けるその残像すら捉えられない。

 何が起きたか分からずに進路上でボケッと突っ立っている兵は、勇麻の突進で薙ぎ倒され、その接近に気が付いた兵士達も、武器を構える頃には全て終わってしまっている。

 

 そして立ち塞がる全てを蹴散らして――東条勇麻は逃亡者の集い旗(エスケイプ・フラッグ)の本拠地。扉を開きその建物の中へと、足を踏み入れた。

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