第七話 探索開始Ⅱ――物理で行う情報収集
逃亡者の集い旗の本拠地へ殴り込み、アリシアを奪還。もしくはアリシアへと至る手掛かりを掴む。
……明確な目的が決定してからは本当にあっという間だった。
「喜びなさい東条くん。かなり信憑性の高い情報を入手したわ」
意外な事にこの世紀末都市未知の楽園にも路線バスはきちんと通っていた。一時間ほどバスに揺られ辿り着いたのは街の中央に位置する同心円の中心……ではなく、そのやや外れ。
バスが通っていたのは第一内周区と中心区を区切る壁の目の前まで。何でも、身分を証明できる人間のみが中心区への立ち入りを許されるらしく、壁の一部を切り抜くようにして生じた出入り口には門番のような人間が複数名立っている。
不法侵入者の勇麻がいる時点でまっとうな方法では中に入れない一行は、物理的(主に拳勝の拳)に門番を突破すると壁を越えて真円状の『中心区』に侵入した。
そして現在、逃亡者の集い旗の本拠地へと向かう傍らに九ノ瀬兄妹を中心として情報収集を行っている真っ最中だ。
逃亡者の集い旗の本拠地については既に場所が割れている為、今の勇麻達が行っているのは本筋からやや外れた、脇を固める作業のような物だ。
求めるのはもちろん『逃亡者の集い旗』について。そしてアリシアへ繋がりそうな情報だ。
どうして本拠地が分かっているのにこんな回りくどい事をするのかと拳勝は怒っていたが、出来るだけ情報は多いに越した事はない。
何せ逃亡者の集い旗は本拠地以外にも数多くの拠点を持っていて、和葉でもその全ては把握仕切れていないと言う。
さらに言えばアリシアがどの拠点にいるのかも、現状では分からない。
ならば目的地へと向かうまでの道のりで、なるべく多くの情報を収集しておいた方がいい。
逃亡者の集い旗の連中の狙いや目的が分かれば、アリシアが天界の箱庭を離反――もとい連中に連れ去られた理由だって分かるかもしれない。
さらにアリシアを助け出す為の条件──何らかのタイムリミットや、特殊な環境、その他複雑な事情や状態──も、何か判明するかも知れない。
とにかく、今は可能であれば少しでも情報が欲しいのは事実だ。
それに、
『さっきはつい勢いに任せて本拠地に殴り込むだんなて言ってたけど、別に逃亡者の集い旗と事を構える必要だってないわ。適当な拠点を制圧して末端の連中から情報を巻き上げてしまえば、幹部連中とやり合うことなくアリシアちゃんとやらを奪還する事も十分可能なんだもの。スマートな情報屋の私としてはこのやり方がベストね。――あーはいはい、うるさいうるさい。兄さんの反論は聞きませんからちょっとあっちで遊んでて』
とは和葉の談だ。
そんな期待もあって、勇麻達は情報収集を行っていた。
……のだが。
事態は勇麻の予想を超えた方向へと転がりつつあった。
結論から言って、九ノ瀬兄妹は有能だった。
短時間で、移動しながらもなるべくタイムロスを出さずに、次々とめぼしい情報を入手して行った。
「……えげつねぇ……」
方法は至極単純だ。
「ねえ、そこのオニイサン。『逃亡者の集い旗』って知ってる?」
妹が尋ね、
「し、しらなっぶべっゴォ!!?」
「知ってる事全部吐いてくれりゃあ、これ以上痛い目みなくて済むぜ? 俺としても喧嘩以外で振るう暴力なんざ楽しくもねぇからよ。さっさと済ましてえんだ」
それっぽい反応をしながらも、平然としらばっくれようとしたヤツを兄がぶん殴る。勿論、『痛みの王』は常時発動している状態で、だ。
情報収集というか、もう拳の痛みによる簡単な尋問だった。
そして後はこれを繰り返すだけである。
ただこれだけの作業で、常識の埒外の痛みに耐えきれずに音をあげた情報提供者達が次々と口を開いていく。
「……なあ、未知の楽園の人間って皆頭のネジがニ、三個トンじゃってるの?」
じっとりとした半眼で尋ねる勇麻。
この十数分を見ての率直な感想がそれだった。
文化の違いとか価値観がどうのこうのとか言っていられない。やっぱり変だ。というかおかしい。頭が。
そんな猜疑と恐れの目を向けられ、先の情報収集については流石に些かやり過ぎの自覚があるのか、和葉はそっぽを向きながら頬を染めて、
「し、しょうがないでしょう。あれが一番手っ取り早かったのよ。そ、それに、きちんと情報を提供してくれた人や何も知らなかった人は私の神の力で治療してるんだし……うん、やっぱり私のやり方に大きな問題はないわね。むしろ効率的で効果的な素晴らしい方法だったわ我ながら」
「胸を張って自画自賛するんじゃねえよ馬鹿野郎。問題大ありだ」
最終的に開き直った結論を展開する情報屋(物理)の頭へ、水平チョップ式のツッコミを軽く入れておく。
もしやこの情報屋、普段からこんな暴力的な感じで情報を強奪してるんじゃないだろうか。そんな心配さえ抱き始めた勇麻に、
「いやいや、旦那。和葉を止めずに傍観してた時点でアンタも丸っと同罪だぜ?」
「超正論だけどお前に言われるのが一番腹立つな主犯格」
「というかこんな見目麗しい女の子に向かって野郎だなんて、ホントに野蛮な人ね東条くんは」
「うん、お前ら兄妹は仲良く俺の事を悪者にする気まんまんだな!」
けらけらと笑う拳勝の言うとおりではあるが、納得がいかない勇麻なのだった。
まあ確かに、最終的に和葉の神の力で治癒する事が前提とは言え、彼らの行動を止めなかったのも事実なのだ。
勇麻に強く言い返す事ができる訳もない。
「……それで、掴んだ情報ってのは何なんだ?」
「未確認の逃亡者の集い旗の拠点の一つを掴んだわ」
反論を諦めて問う勇麻に、得意げに答えたのは和葉だった。
「この中心区でやけに子供の出入りが多い施設が一つあるの――おそらくは例の『子供狩り』でしょうね。時間帯は深夜だったり、一度に連れる人数を分けたりと、いくらか偽装を施そうとしたみたいだけど、半年って長い期間続けてればボロも出るわ。このあたりをザッと洗っただけでも目撃者がそれなりに居た。おそらくそこが逃亡者の集い旗の拠点の一つよ」
☆ ☆ ☆ ☆
未知の楽園中心区。
『中心区』とは文字通り街の中心であり、国の首都のような大都市を想像するかも知れない。が、意外な事にこの地下に造られた実験都市の中で最も緑が多く豊かな自然に恵まれているのがこの『中心区』だ。
この区画に住まう神の能力者はそう多くはない。
人口の集中度で言えば第二内周区がぶっちぎりのトップ。
いくらか贔屓目に見ても、第一内周区よりも少し少ないくらいである。
先述したとおり、豊かな緑に囲まれている為、背の高い建物もそう多くはない。
唯一天に聳えるように立つ尖塔は、その一つだけスケールが違う為完全に周囲から浮いてしまっている。
巨大すぎて遠近感が狂うのか、自分がその建物に近づいてるから離れているのかも分からず、ランドマークとしてもあまり役に立たない。そんなはた迷惑な巨塔だった。
では他にこの中心区には何があるのか? 答えは簡単。
街で一番まとまった面積を取る事のできる中心区では農業が盛んに行われているのである。
未知の楽園という都市は今現在ほぼ全ての外交を遮断しているような状況だ。唯一、他国やよその都市と交流するのが『三大都市対抗戦』の時。あとの期間は『操世会』の崩壊という事実を隠ぺいする為にできるだけ表へ顔を出さないようにしている。輸入や輸出などに関しても最新の注意を払い、必要最低限のみ行う、というのが今のスタイルである。
食料自給率は脅威の八割越え。
そんな未知の楽園を支えているのが農業や酪農といった第一次産業なのだ。
中心区は内周区や外周区と比べて治安が良く、畑から作物を盗むような輩が少ない。
さらに水力発電を兼任する形で地上から引かれている水路は浄水場通過後はまず初めに中心区を通るように設計されている為、多くの水路が密集する地域であり、水に困らないというのも農業が盛んな要因の一つだ。
そして何より、弱肉強食が蔓延るこの街では食材とはそのまま富であり力の象徴でもある。
中心区、第一内周区、第二内周区、外周区、の順番で当然市場に回る食物の鮮度や質は落ちていく。一番うまい物を食えるというのは、そのまま巨大な力を持つことの証明に他ならないのだ。
そんな他都市とは一風変わった未知の楽園の中枢たる中心区。
かつて『操世会』という組織の本部があったこの場所は、三年前のとある『Sオーバー』の少女の反乱と共に一度は崩壊し、廃墟の山へと変わったという。
だがそれも昔の話。
外を眺めれば一面の美しい緑を一望できる、東洋の寺院と礼拝堂とを融合させたような趣のこの建物は、とある組織の根城として活用されていた。
執務室のような一室だった。以前はここに『操世会』のトップが座っていたのかもしれない、そんな事を起想させる豪勢な肘掛椅子と、黒檀のデスクが鎮座している。
だが今の部屋の主は、そういった調度品の価値などどうでもいいと言わんばかりに、乱雑に椅子に腰かけ、山のような書類や資料をデスクのうえに広げていた。
窓から差し込む陽光を照明代わりに、大柄な女が手元の資料を捲っている。
浅黒い肌に、白濁色に染めた髪がよく映える女の名はリコリス。
“聖女様”を慕い旗に掲げる組織逃亡者の集い旗の幹部メンバーの一人だ。
「……ん、何だ。アンタか、天パーノ」
扉の開閉音に過剰に反応して振り向いて、瞬間リコリスは脱力した。
ずけずけと中に踏み入ってきた男の顔には、残念ながらとてもよく見覚えがあったからだ。
チェンバーノ=ノーブリッジ。
リコリスと同じく逃亡者の集い旗の幹部メンバーの一人にして直接戦闘員の男だ。
リコリスと同じ浅黒い褐色の肌に、やや癖のある髪の毛を短く刈り上げた精悍な顔つきのその少年は、リコリスの反応に嫌そうに眉を曲げると開口一番抗議の声をあげた。
「リコリス、僕の名前はチェンバーノ=ノーブリッジだ。天パーノなんて愉快な名前を名乗った覚えは一度もない」
「なんだ、愉快な頭をしてる自覚はあるんだな」
「確かに、僕の髪の毛はやや特徴的な癖っ毛である事は認めよう。その唯一無二の魅力に、自然と世の中の女性の目が向かって行ってしまう事も。だからリコリス。君が僕の髪の毛に見とれていた照れ隠しにそんな事を言ってしまうという事もちゃんと理解しているつもりさ。だからそんなに自分を責めないで――ぎゃふんっ!?」
勢いよく投擲された万年筆の切っ先が、チェンバーノの眼球を貫きかけた。
頬を薄く斬り裂くに留まったのは、あまりの怒りに手元が狂ったからか。
「もういいもう喋るなポジティブ馬鹿。テメェの頭の中の花畑で永久にその世の中の女性とやらと楽しい追いかけっこでも演じていやがれ脳内ナルシ花畑野郎」
がくがくと、リコリスのあまりの恐ろしさに目元に涙を浮かべながら震えていたチェンバーノは、だが次の瞬間。ふと何を思ったのか真顔になって、
「……あれ? でもちょっと待ってくれ。花畑で追いかけっことかそういうシチュが真っ先に浮かんでくるって事はもしかしてリコリスってそういう乙女チックなのが好みなのか? なんだか意外性があってそのギャップに可愛らしさを感じてときめき――ぎゃわぶはっ!?」
「いいかチェンバーノ=ノーブリッジ。アタシはアンタに“黙れ”と言ったんだ。この意味が分かるな?」
本日二本目の万年筆を消費したリコリスは怒りに肩を震わせながらこう言っていた。
三度目はないぞ? と。
振りまかれる殺気と鬼の形相に追い詰められ、こくこくと首を縦に振り続ける壊れた人形みたいになっているチェンバーノにリコリスはようやく息を吐いた。
ただそれだけの仕草で一気に部屋の中の緊張が弛緩していく。
「……ったく、計画も大詰めでこっちは気が立ってるってのに……。で、何の用だい? まさか軽口叩く為に来た訳じゃないんだろ?」
「あ、ああ。そうだった。僕はリコリスに報告する事があって来たんだった。ごほんっ、……例の部隊『フェンリル』の編成は順調に進んでる。数も予定していた三〇〇人を大きく上回る七〇〇人が集結したしね、いつでもいけるよ」
「……そうか。アタシら以外の幹部連中の声明はどうなってる?」
「そっちはダメだね。どいつもこいつも『シーカー』って名前なんざにビビッて動く気配もない腰抜けばかりだ。というか、聖女様のご期待に応えようという気概もない塵屑共なんて居ても邪魔にしかならないよ。僕らだけで充分さ、リコリス」
「……アンタのそういう所は素直に尊敬するよ、ホント」
何を尊敬されたのか全く分からずに首を捻るチェンバーノを置き去りに、リコリスは再び思考に没頭する。
──シーカーを殺す算段は既についている。
未知の楽園の内外を走り回り苦労して手に入れた三つの『神器』。使い捨ての駒も多数揃えた。そして『神門審判』という切り札もある。
リコリス達に負ける要素など微塵も存在し無い。そのはずだ。
「……なあチェンバーノ。『シーカー』の野郎が『創世会』の本部ビルに引き篭もって出てこないのは何故だと思う? あの『神門審判』の持つ『天智の書』にさえ『創世会』の情報が記されていない理由は?」
「? リコリス……?」
それは既に答えの出た問いだ。
誰に向けた物でもない、再確認しほつれた思考を整理する為の自問自答。
故に他者による回答も、回答を用意する時間も必要ない。
矢継ぎ早に言葉を繰り出していく。
「怖れてるんだよ、あいつは。自分の敵対者どもに見つかって殺されるのを。だからあの野郎は閉じこもり続け、自分の居場所さえも隠したがってる。それは野郎も死ぬのが恐ろしいからだ」
もし『シーカー』が絶対の存在ならば、恐怖する必要などありはしない。
もし『シーカー』が無敵の存在ならば、情報を隠す事など意味がない。
もし『シーカー』が不死身の存在ならば、暗い部屋の隅に引き篭もっている必要など断じて無い。
敗北の可能性がある事を、『シーカー』を守る堅牢な防御が証明してしまっている。
つまり、
「『シーカー』それ自体はそう問題じゃない。問題なのは攻略法の存在しない迷宮とまで言われた『創世会』本部ビルと、ヤツの側近である『三本腕』。コイツらをスキップして『シーカー』に辿り着く方法があるのならば、『シーカー』を殺すのは十分に可能だ」
そう。そのための切り札。『神門審判』だ。
「……『神門審判』の力を利用し、野郎のいる部屋へ直接『扉』を繋ぎ大戦力でもって奇襲する。陽動の為の使い捨ての手駒七〇〇と、不死者殺しに特化した『神器』が二つ。たったこれだけの戦力で、アタシがそれを証明してやる。この『シーカー暗殺計画』を成功させて」
そう断言する女の目は何かに取り憑かれたかのように、昏い光を湛えていた。




