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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第五章 引キ篭モリ聖女ト逃亡者ノ集イ旗
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第三話 未知の楽園Ⅰ――救いの女神にゃ毒がある

 未知の楽園(アンノウンエデン)は地下七七七メートルの地点に作られた神の能力者(ゴッドスキラー)を保護・管理・研究する実験都市だ。

 都市を統治・管理するのは『操世会』という組織で、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の『創世会』同様に全ての利権、権限を集中させた最重要機関“だった”事は疑いようもない。


 が、今から三年前。とある『Sオーバー』の反乱によって『操世会』は崩壊。

 それ以降、未知の楽園(アンノウンエデン)では三年以上もの間無政府状態が続いているのだと言う。


「……だから警備も警戒もユルユルな所を楽に侵入できる……って話じゃなかったのかよ」


 若干辟易したようにそうこぼした少年、東条勇麻は、ある程度現状を整理しつつ未知の土地をゆっくりと散策していた。


 脳裏に思い出されるのは、エレベーターの扉が開くと同時に向けられていた数多の銃口だ。

 断言できる。あれは明らかに待ち伏せされていた。それもしっかりと統率のとれた何らかの組織に、だ。


「体調も良くない気がする……なんか妙に頭がくらくら変な感じがするし。これが時差ボケってやつなのかなぁ?」


 頭が妙に重い。なにか、電波が混線していて処理落ちしているような……? とでも例えればいいのか。単純な頭痛とも違う。未知の楽園(アンノウンエデン)に来てからというものの、言葉にできないような違和感とそれに基づく不安にずっと襲われているのだ。

 否、それは焦燥感と言い換えてもいいかも知れない。何か、重大なナニカを間違えているような……気が付かなければならないナニカがあるような……。

 旅行先で玄関の鍵の閉め忘れを心配するのに似ている気がした。

 今まで海外旅行の経験のない勇麻には、この症状が時差ボケなのかそれとも違うモノなのか、よく分からない。

 単にアリシアが心配だから、という可能性も十分に考えられる。というか、多分そのせいなのだろう。


 地下七〇〇メートルを超えるというのに頭上で照りつける謎の太陽に目を細め、電柱の代わりに聳え立つサボテンや見覚えのない街路樹に視線を移していく。


 街はどこか荒れて閑散としていて、お昼時だというのに人通りは少ない。というか、ぶっちゃけると人っ子一人見当たらない。

 活気がない以前に、打ち捨てられたゴーストタウンのような印象だ。俗に言うスラム街……というヤツなのだろうか。

 比較的裕福な天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)に暮らしている勇麻には、一生縁がないだろうと思っていた光景が目前には広がっていた。

 ひび割れた家の壁。

 乾き、雑草の生えた整備されていない荒れた路面。散乱するゴミさえなく、カラカラと干からびた風の音が耳を打つ。

 反乱によって『操世会』が崩壊した結果がこの有り様だと言うのなら、そんな反乱に果たして意味はあったのだろうか。

 反乱を起こした『Sオーバ』。すなわち、神の子供達(ゴッドチルドレン)側にどんな意図があり、どんな理由があったのかは分からない。

 だが、少なくとも。こんな風に錆びれて風化していくような世界を望んだ訳ではなかったのだと勇麻は信じたかった。

 だって、それではあまりにも救いがなさすぎる。


 散策を初めておよそ三十分。ここで勇麻が気が付いたのは、住民の存在だった。

 人がいないと思っていたがそれは間違いで、暗がりや物影から、様子を窺うように勇麻を眺めている視線が複数ある事に気付く。

 しかも、その視線のどれもこれもがようやく小学生になったような幼い子供ばかりなのだ。逆に言えば、彼らの世話をする事ができるような年齢の住民が全く見当たらないのだ。

 子供たちの為に働きに出ている……ような訳でもないことは、彼らの貧困ぶりを見れば容易に理解出来てしまえた。


「……」

 

 勇麻は思わず押し黙って、力任せに一発己の頬をはたいた。

 その音と行動に驚いたのか、物陰から様子を窺っていた子供達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「……。ごめん。でも、今の俺じゃどうしてやることもできない……」 


 苦虫を噛み潰したような顔で逃げるように吐き捨て、意図的に意識を切り替える。

 生じた想いは胸にとっておく。これを吐き出すべき、ぶつけるべき相手と対峙した時に、存分にぶちまけてやろう。

 そう心に決めた。

 

 渇いた街を歩く。

 西部劇でよく転がっている、ふさふさした転がる草の塊みたいなヤツの行方を適当に視線で追いかけながらも勇麻は思案する。 


(どの段階からかは知らないけど、俺達の存在は奴らに完全にバレていた。縛った連中が何らかの組織に定期連絡を入れてたなら、連絡がない事を不審に思って動いたか。もしくは、縛った奴らが何らかの神の力(ゴッドスキル)で脱出したか連絡したか。……でも、肝心の『操世会』は壊滅しているはず。この街には他に何かがあるってのか? 『操世会』の代わりに未知の楽園(アンノウンエデン)を統治する組織みたいな物が……?)


 と。

 そこまで考えて一度思考を打ち切った勇麻は、


「……とりあえず、腹ごしらえと情報収集かな」


 空腹を誤魔化し切れずに鳴ったお腹と。

 はぐれたスピカとレインハート及び未知の楽園(アンノウンエデン)に関する情報を集める事を基本方針として決定したのだった。



☆ ☆ ☆ ☆



 聞き込み調査の結果勇麻が得られたのは、顔面に投げつけられた石ころ数個と、異国の言葉での意味不明な罵倒の数々。それから恐怖と怯えの視線のみだった。

 とはいえ、あの年齢の子供達相手に聞きこみ調査などしていても絵面が完全に不審者一直線だったので、怖がられるのも無理はないのかもしれないが。


「ってて……、とりあえず言葉が通じないのが痛すぎるな。意思疎通も図れないんじゃ、情報を集めようがねえじゃんかよ」


 ここに来て一番勇麻を困らせたのは言語の壁だ。

 天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)は、地理的にも日本に近く、また日本人の神の能力者(ゴッドスキラー)を多く受け入れていた為、半共通語として日本語が使われていた。

 だが未知の楽園(アンノウンエデン)は違う。

 基本的に南北アメリカ大陸の神の能力者(ゴッドスキラー)を多く受け入れているこの街では、基本的に英語かスペイン語が使用されているのだ(と、ここへ来る前にレインハートが言っていた)。

 英語の成績は毎度ギリギリ。個人的鎖国中の東条勇麻の英語力では、まともに意思疎通をこなす事すら出来ない。スペイン語などもってのほかである。

 きっと未知の楽園(アンノウンエデン)出身のスピカが居たらこんな事にはならなかったんだろうなーと、途方に暮れながら意味もない現実逃避を始める勇麻。

 

 そんな勇麻の耳に、


「あなた東洋人? 珍しい……というか、見ない顔ね。もしかしてこの人が兄さんの言っていた人かしら?」

 

 わざわざご丁寧に日本語で幻聴が飛び込んできた。


 ……はあ。自分も疲れているんだなぁ、とか思いつつも会話自体が恋しくなっていた勇麻は、幻の日本語相手に投げやりに会話をし始めた。


「いえすいえす。あいあむ日本人おぶ日本人の東条勇麻さんですよー。あいどんとすぴーくいんぐりっしゅーっ! ほわいどんちゅー???」

「……なんだか面倒くさそうなヤツに声を掛けちゃったみたいね……」

 

 勢いよく捲し立てて振り返ったその先、


「……あれ? 本、物?」


 そこに立っていたのは幻でも何でもなく、


「初対面の相手を上から下までジロジロ見て失礼な人ね。もしかして新手の変態さんかしら? ……いや、瞳を涙でうるうるさせられても困るんですけど……って、え、え、ええっ泣いてるっ!? わ、私そんな酷い事言ったかしら!?」


 まだ幼さの残る可愛らしい童顔に、ギャップのあるツンとした凛々しい青い瞳。黒と白の混じった(マーブル)のショートヘア―。浅くかぶった黒のキャップにはちょこんと猫耳が付いていて、全体的に鋭利な少女の印象を和らげることに一役買っている。

 上着はシンプルなタンクトップに簡単なパーカーを羽織りボーイッシュさを。下は可愛らしくフリル付きのミニスカート。おしゃれなブーツと合わせて、可愛らしく着飾っているのが分かる。


 ボーイッシュながら我流に洗練された、少女らしさとカッコよさを両立させたようなスタイルの少女――幻聴でも幻覚でもない、紛れもない日本語を操るホンモノの少女がそこには立っていた。


 ぶわっっっ! と、両の瞳と鼻から透明な液体をダダ漏れにした勇麻は、くわっと顔を歪めて、


「――地獄に女神とはこの事か!!!!」


 こうして東条勇麻は地獄に仏ならぬ女神様と出会ったのだった!!



☆ ☆ ☆ ☆



 崩れかけた民家の玄関口。使われなくなって久しいその段差に腰掛けるようにして、少女と少年とが座ってる。


 行われているのは秘密の話し合い――というか、ほぼ一方的に勇麻の事情を聴いてもらっているような状況だった。

 何せ今の勇麻は文字通り右も左も言葉も分からないという、へたな迷子よりなお酷い状況にあると言える。大変はた迷惑な話ではあるが、誰かの助けを借りなければ現状を打破できそうにないのである。  

 勿論、色々と伏せておかなければマズそうなところは伏せてある。

 でないと、情報漏えいだ何だで後々背神の騎士団(アンチゴッドナイト)から恐ろしい刺客が送られてくる事請け合いだ。

 特に死の淵から蘇った姉様大好き(シスコン)変態金髪野郎レアード・カルヴァートとか。


「なるほどね、とりあえず大まかな事情は分かったから……その涙と鼻水をなんとかしなさいな……」


 呆れたように告げたツンツン系クール少女の言葉に頷き、勇麻はポケットから取り出したティッシュで色々と汚くなった顔面をふきふきする。


「それにしてもホントに良かった……。まさかこんな所で同じ日本人に会えるなんて」


 会話が成立するだけでここまで精神的に安らぎを覚える日が来るなんて……。

 きっと天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)に籠っていたら一生感じなかったであろう感傷に浸る勇麻。

 まるで秘境で発見した天然の露天風呂に浸かったサラリーマンのおじさんのように、心はさっぱり爽やかに晴れ渡っていた。

 言葉の通じない不安と孤独から解放されてどこか有頂天な勇麻に、少女は胡散臭い物を見る目を向けて、 


「何やらおかしな感慨に浸ってるところ悪いんだけど、話を先に進めてもいいかしら? 私も一応、暇って訳じゃないの」

「あ、ああ。悪い悪い。こっちから話を聞いて貰っといて、投げっ放しは失礼だよな」


 ようやく心が現実世界に帰還した勇麻を見て、少女はその場から立ち上がると、数歩進んでからくるっとターン。勇麻の方に振り返る。

 そのまま顔の横に指を立てて、

 

「まあいいわ。それじゃ、話をまとめましょうか。……要するに、あなたの知り合いが何らかの理由でこの街に連れてこられ、あなたはそれを二人の仲間と共に探していた。紆余曲折あってその仲間二人とも離れ離れになり、完全に孤立。右も左も分からず、言葉も通じない。……あなた、これ完全に詰んでるわよね?」

「ぐっ」


 勇麻の現状を指折り数えながら確認していくクール少女。

 三本目――中指を折る頃には洒落にならないダメージが勇麻を襲っていた。

 そして少女は、追撃の手を緩めない。


「まさかとは思うけど、協力者の二人に完全におんぶにだっこだったんじゃないでしょうね?」

「うっっ」

「その様子だと図星みたいね。……はぁ。で、これからどうするの? 何かアテはあるのかしら?」

「ぐぅっ……ない、です……」


 見事な死体蹴りである。


 返す言葉もなかった。

 魂を絞り出すようにして完全敗北を認めるザ無計画男東条勇麻。


 元々、準備期間など無いに等しかったのだ。海外旅行に向けて英語の勉強をするリッチなマダムのような時間もお金も無ければ、街の地図を頭に叩き込んでいる余裕もなかった。

 何せ勇火との命懸けの兄弟喧嘩から休む間もなく天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)を出発したのだ。飛行機の中では治療と体力回復に努め、おかしな器具を付けたままほとんど寝ていた。

 車での移動中も似たような物だ。

 疲労が溜まっているであろう勇麻がリラックスできるようにと、二人がいちいち気を使ってくれていた事くらい鈍い勇麻でも気が付いている。

 勇麻はそんな二人の好意に甘え、自分でするべき用意をしていなかった。

 今回の作戦の殆どをスピカとレインハートにまかせっきりだった代償が、一人になった途端に重くのしかかってきたという訳だ。


 最初は一人で未知の楽園(アンノウンエデン)に乗り込む気満々だった勇麻だが、現状を見ると一人ではここまで辿り着けたかさえ怪しい物である。


 そんな自分の無力さを痛感して肩を落とし、割と本気で落ち込む少年があまりにも惨めだったのか、少女は軽やかに息を一つ吐くと今にも地面にのめり込みそうな勢いでしょげかえっている少年の肩をポンと叩いた。


「でもあなた、運だけはいいわ。つまり、三人に増えた迷子を捜す為に案内人と情報が欲しいんでしょ? だったらとっておきを紹介してあげる。超優秀で超美少女の超超大人気の情報屋をね。……その代わり、代金も高くつくけれど」

「……ほ、本当か!? こんな現在地も分からないような怪しい人間に、何も考えてなかった愚かな無計画男に協力してくれる、そんな天使のような女の子がいるってのか……?」


 半信半疑の勇麻に少女は自信たっぷりに頷くと、親指で己の(薄めの)胸を指差し、


「ええ、ここで会ったのも何かの縁よ。未知の楽園(アンノウンエデン)一の情報屋、この九ノ瀬(ここのせ)和葉かずはに任せておきなさい。勿論、お金は頂くけれどね」


 ドーンと。そんな効果音でも付きそうな感じで、堂々とない胸を張って高らかに少女は宣言したのだった。


「……」


 世界に微妙な沈黙が流れる。

 とっておきを紹介すると大見得切って、まさか直後に自分を紹介し始めるとは……。

 しかも超優秀だの美少女だの、自分から尾ひれを着けまくっていた始末。

 この女の子、見た目に反して割と図太い神経しているな、と勇麻は思うのだった。


「……ええっと、もしかして君自身がその、“とっておき”……?」

「ええそうよ。何か文句がおありかしら? 右も左も分からない無知蒙昧の侵入者さん?」

「それを言われると何も言い返せない……っ! でも何だろう、嵌められたって感想しか浮かばないっ! やだよーやだよー、すげーぼったくられそうな予感がビンビンだよー。高くつくとか自分で言ってやがったし」

「何言ってるの。私は実績がある分良心的な方よ? 素人丸出しの筋肉ダルマに金だけ払ってパチモンの情報を掴まされたい訳? それとも私なんかよりスタイル抜群のお姉さまがよろしかったかしら? その場合は色仕掛けにやられて一文無しコースが見えている訳だけど」

「色仕掛けにやられるって何だよ! 俺を何だと思っていやがるっ!?」 

「え、変態でしょ? 出会って早々、私の事を上から下まで視姦してきたじゃない」

「違うだろ! 身体搔き抱きながら誤解を招くような事を言うんじゃねえ! あれは単に幻だと思……って、だからそうじゃなくてぼったくりの方を否定してくれよ……!」

「小さい男ね。別にいいじゃない、地獄で出会った女神様なんでしょ? 私」

「ああああああああああああああああああああッ!!?」



 ぷくく……と、含み笑いを浮かべる和葉。

 からかうのに丁度いい玩具を見つけた、と若干の嗜虐を秘めたその青い瞳が語っていた。

 女神は女神でも、とんだ邪神を見つけてしまったのかもしれない。

 その場の勢いと感情に任せて放った言葉を掘り返されて、羞恥で憤死しそうになり悶えている勇麻を余所に、和葉はどんどん先に進んでいく。


「ほら、はやくしないと置いてくわよ――って……そう言えばまだ、あなたの名前を聞いてなかったわね、依頼人さん?」

「……東条勇麻だ。まあ、日本語喋れるヤツに会えたのもすげー偶然だしな。それに何より、アンタは俺の話をちゃんと聞いてくれた。だから、アンタを信じてみるよ。九ノ瀬……でいいんだよな?」

「はいはい。一々カッコいい感じに締めようとしないでいいわよ東条くん。現状あなたが頼れるのは私だけなんだから、ヒモに選択肢なんてないの。ほら、さっさと行くわよ東条くん」

「なんか言い回しが色々と酷くないか!?」


 勇麻が魂の叫びを発している間に、ずんずんと和葉は先に進んでいってしまう。

 何だか色々と釈然としない勇麻だったが、彼女の言う通り今この場で頼る事ができるのは九ノ瀬和葉のみ。

 となると取る手は。


「……なるようになるか」


 選択肢が一つしかない現状では、慌ててその背中を追いかける事しかできないのだった。



「なあ、そういえば俺らってどこに向かっているんだ?」

「あら、言ってなかったかしら。用心棒よ」

「用心棒? なんでまた」

「だって、あなたって頼りなさそうじゃない? 私も戦闘向きの神の能力者(ゴッドスキラー)じゃないから、上位の神の能力者(ゴッドスキラー)に襲われたら全滅必須。だから頼りになる用心棒を雇おうと思って。名案でしょ?」

「うん、九ノ瀬の中で俺の評価がどうなってるのか一度問い詰めたい所ではあるけど……。否定はできないのが辛い。……つーか、もしかしなくとも用心棒さんを雇う費用って俺持ち?」

「当然でしょ?」

「うん。知ってた」


 和葉は歩きながら勇麻に未知の楽園(アンノウンエデン)に関する様々な事について教えてくれた。

 

 遥か頭上で輝く『人工太陽』は、外の太陽と動きが同期しているらしい。

 また、人工の雨を降らせる事も可能だという事。

 電力はそのほぼ全てを再生可能エネルギー。水力発電や風力発電や、(人工)太陽光発電で賄っているのだそうだ。

 ちなみに水力発電で地上から引っ張ってきた水はそのまま|未知の楽園の浄水場を通って各区画へ流れるようになっているのだとか。


 また、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)と違い未知の楽園(アンノウンエデン)では円では無くドルが通貨として使われている、というのも初耳だ。後で換金をしなければ、と勇麻は心のメモに記しておく。


 東西南北中央五つの『ブロック』と、さらに各『ブロック』ごとに第一から第五までの五つの『エリア』。計二十五の区分に区切られていた天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)とは違い、未知の楽園(アンノウンエデン)はバウムクーヘンや樹木の年輪のように同心円状の壁による物理的な仕切りがあって、内側に行けば行く程経済的に豊かになる。という話を聞いた時は耳を疑ったが同時に納得もしたものだ。

 今勇麻達がいるのは一番端の外周区。

 となれば、あの閑散とした道路や、荒れ果てた家屋も経済的格差故の物なのだろう。


 そして、未知の楽園(アンノウンエデン)で起こった反乱や、その反乱を起こした聖女様についても話してくれた。


「元々、未知の楽園(アンノウンエデン)を統治していた『操世会』の連中は放任主義だったの。神の能力者(ゴッドスキラー)の自主性を重んじる、とかなんとか宣っていたわね。勿論、ルールや条約はあったけれど、それが厳守されるような事はなかったわ。例え破っても上が動かないんだから、当然よね。……学級崩壊、なんて揶揄する人もいたかしらね」

「そんな……。冗談、だろ? 『操世会』の連中は、ルールも何も与えずにここの人達を放置したっていうのか!?」

「言ったでしょ自主性を重んじたって。それにあくまでルール自体は存在する。だから大抵の人達は、きちんとそれに従って平穏に暮らしていたわね。でも、処罰されない事を良い事に付け上がった愚か者たちがいた。権力を笠に着て、私利私欲を満たそうとする馬鹿どもがね。反乱を起こした『神の子供達ゴッドチルドレン』は、そいつらに――っと、と。悠長にお話をしてる場合でもなさそうね」

  

 それは、突然の出来事だった。

 話の途中で言葉を切った和葉の視線が音も無く鋭く細められたかと思うと、猫科動物を彷彿とさせる身のこなしで颯爽と物影に隠れる。

 何が何だか分からず、慌ててその後を追い物影に隠れる勇麻。


「おい、いきなり何だって言うんだよ」

「しっ、静かに。見えるかしら? あいつ、この辺りを仕切ってるスラムのボスよ。名前はスペンサー=ソーン。干渉レベルはBマイナス。パッと見じゃ分からないけれど、あいつの腕――肘から手首までの間――は触れたモノを両断する切れ味鋭い刃物になっているわ」


 和葉が指した先に視線を送ると、そこには大柄なスキンヘッドの西洋人と、サングラスを掛けた小柄な黒人が二人。

 寄ってたかって五十代とおぼしき男性を襲っていた。

 言葉は分からないが似たような光景に覚えがある。路地裏で見かけるカツアゲと全くもって一緒だった。


 そして恐らく、あの一際偉そうな態度のデカいスキンヘッド西洋人がスペンサー=ソーンで間違いないだろう。

 

 隣の和葉は、目の前で起きている集団リンチ(じじつ)を認識していないかのように、スペンサーを見て苛立たしげに目を細めている。

 

「……見つかったら身ぐるみ全部剥されるってお決まりのパターンね。チィ、タイミングが悪い。うちの馬鹿がいれば怖くもなんとも無いってのに――って、ちょっ!? 何やってるのあなた!? 何でわざわざ自分から連中の中に飛び込んで──ああっ! もう! どうでもいいから戻りなさいってば!!」


 声が背中を叩いた時には、既に勇麻は物陰から飛び出し、中年男を襲っている集団の真ん中に飛び込んでいた。

 面食らったように固まる西洋系スキンヘッドが、スペイン語で何か喋ったその刹那。


「なんだお前──」

「あいきゃんどんといんぐりっしゅ」


 えげつない音を響かせた踏込みと共に容赦ない鉄拳が顔面深く突き刺さった。

 日の光を反射するスキンヘッドは、まるでバレーのスパイクのように凄まじい勢いで吹っ飛ぶと、そのまま手近な壁に突っ込んだ。

 壁が倒壊する轟音が勝利のファンファーレの如く響き渡る。

 悲しいかなスキンヘッドの男は意味も分からないまま昏倒してしまっていた。


「……ったく、くだらねえ事しやがって。スペンサー=ソーン、お前みたいな馬鹿には札束のプールよりレンガのベッドがお似合いだ──」


 勇麻がそう吐き捨てようとした直前、やや遠慮がちな和葉の声がそれを遮った。


「あのー、東条くん? 格好付けてるとこ悪いのだけれど、ブッ飛ばした禿げ頭(ソレ)、別の人なんだけど──」

「え、」


 一瞬、言葉の意味が分からずに硬直する勇麻。その背後で、ポキポキと指を鳴らす音が聞こえるのはまたしても幻聴だろうか。

 ギチギチと音を立ててゆっくりと振り返った視線の先、本物のスペンサー=ソーンが額に青筋を浮かべながら言う。


「……誰がなんだって?」

「のぉー!!? あいきゃんとすぴーくいんぐりーっしゅっ!!!!!」

「どうでもいいけれど、スペイン語よ。ソレ」


 一周回って冷静になった和葉のツッコミを聞き流しつつ、黒い肌にサングラスを掛けた小柄な若い男スペンサー=ソーンとの激闘が幕を開けるのだった!

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