第二話 いざ未開の地へⅡ――出会い頭に銃口を
美しい大自然の荒野の中にポツンと一つ、異質な建造物が立っていた。
サボテンが群生する乾いた大地に紛れる形で聳え立つポールのような鋼鉄の人工物の正体は、地下へと続く超巨大エレベーターの頂点部分である。
つまりは此処が入口にして始点。
ここから先、箱に乗り込んだ者達は遥か彼方の地下世界へとノンストップで降下していく事になるのだ。
そんな異質な建造物の前、ここでもまた本来ならあり得ないようなイレギュラーが発生していた。
「ええっと……お嬢ちゃん、一人かい?」
若い兵士の呼び掛けに、黄色のショートヘアーの少女が元気よくこくりと頷いた。
十歳程度の少女は目が見えないのか、両の目を覆うように頭にぐるりと包帯を巻いている。
荒野の彼方から唐突に現れたその盲目の少女は、驚く事にたった一人でここまでやって来たのだと言う。
そもそも此処は、世界に三つしかない神の能力者を保護、管理研究する実験都市の一つ。未知の楽園の正面玄関だ。
その立地も相まって、一般の人間はまず近づく事さえできないような場所であった。
それを盲目の、しかも年端もいなかい少女がたった一人でここまで歩いてやって来たというのは、極めて異質な事態だと言えるだろう。
端的に言うと、あまりにも怪しい。
「……ええっと、お嬢ちゃん。ここがどういう場所だか、知ってはいるのかい?」
腰を屈め、少女と視線を合わせた兵士の問いかけに、少女は服のポケットをまさぐり始める。
何事かと一瞬警戒に身をのけ反らした兵士に向けて少女が取り出したのは――未知の楽園の住民である事を示すカード型情報端末だった。
読み取り機に翳す事で己の身分を証明する事のできる、身分証のような物である。
若い兵士は、動揺しながらも端末を読み取り機に翳す。すると。
「……驚いた。間違いなく未知の楽園の神の能力者だ……」
驚きを隠せない様子の兵士に、少女は早く早くーと、最速するように軍服の裾を引っ張り足踏みをする。
どうやら、扉を開けろと言っているらしい。
「……まいったな」
なにせ近頃は特定の神の能力者しか出入りしておらず、その特性上、検問は愚かいちいち身分の確認さえ行っていないような状況なのだ。
若い兵士も三六五日休まず『扉』の門番を務めている訳ではないので確証は持てないが、そもそもこんな小さな女の子が街から外へ出て行ったという話も聞いた事がない。
このまま通しても構わないのか。何か特別な措置を取るべきなのか。
ぶっちゃけ、その辺りのマニュアルさえあやふやなのだ。
どちらにしても、こんな幼い少女を一人扉の外側のただっ広い荒野に放置しておくのは、兵士の良心が痛む。
苦心した兵士は、困り切った様子で頭を搔くと、ひとまず最低限。門番としての役目を果たそうとする。
「そもそも君は、どうして街の外に出てたんだい?」
「……?」
問いかけに、少女は眉を顰めて首を傾げるばかりだ。
まるで童謡の犬のおまわりさんにでもなった気分だった。
門番を務めている若いその兵士は、傍で壁に寄り掛かるようにして状況を見守っていたもう一人の同僚に助けを乞うように視線を向けた。
相方は肩を竦めて適当にお手上げのポーズ。そもそも仕事にも少女にもあまり関心はないのか、俺知らね、のていである。
ほとほと、頼りにならないヤツだ。
兵士は何かを諦めたように少し長めの溜め息を吐いて、無理やりに理由をでっちあげるように言う。
「仕方ない。こんな些末事で逃亡者の集い旗の方々の手を煩わせる訳にもいかないしな。お嬢ちゃんだけ特別だ。どうして一人で街の外へ出てたのかは知らないが、今度からは一人で外に出ちゃダメだからね? 分ったかい?」
そう優しく声を掛け、エレベーターホールへと繋がる扉を開錠したその瞬間だった。
「――ごほんっ、……ええっと、お取り込中すんません。この場合、保護者の同伴って認められたりもしますかね?」
「ッ!? 何者だ貴様――」
重々しい扉の開閉音が響く中、背後で聞こえた声に鋭く振り返った若い兵士が見たのは視界一杯に広がる拳だった。
鈍い音が痛みと共に頭一杯に広がったと思った時には、兵士の意識は既に闇の底へと落ちていた。
☆ ☆ ☆ ☆
「ほんとに何とかなっちまったよ……」
気を失った門番の兵士を引き摺りながら、勇麻は呆れたようにそう零した。
作戦は至って簡単、単純明快だ。
スピカの身分証を利用して鍵を開けさせ、後ろから忍び寄って門番の兵士をぶん殴って気絶させる。
ただこれだけである。
「にしてもこんな布一枚被ってるだけでバレないもんなんだな。この年になって忍法隠れ身の術を披露する羽目になるとは思わなかったけど」
「兵士の気が抜けているから、というのも大きいです。絶対に存在しない、と頭が思い込んでいると、例え視界に入っていたとしても認識することはできない物なのですよ。人間の脳というのは」
「自分に都合が良くできてんのか、悪くできてんのか。良く分かんないな、それ」
必殺! 忍びマント(砂漠用の迷彩柄の巨大な布)を放り捨てながら、勇麻は適当にそう返した。
ちなみにスピカの持っていたカード型情報端末は本物だ。実際に未知の楽園所属のスピカの住民データが入っている。
スピカは少々特殊な生い立ちを持っているらしく、なんと四歳までは両親と共に『未知の楽園』で暮らしていたらしい。
何があって天界の箱庭に流れ着き、背神の騎士団という物騒な組織に身を置く事になったのか。
気にはなるが、それをわざわざ本人に尋ねて知ろうとする程勇麻は愚か者ではない。
(……それに、この子が四歳っていうとおそらく四~六年前。確かその頃はメキシコで大規模な内乱があった時期だ。それと重なるって事は……)
勇麻は心の中で首を横に振ると、思考を中断させた。
掘り返されたくない過去というのは、誰にでもある物なのだから。
隣では、同じように意識を奪った兵士を抱えたレインハートが、黙々とワイヤーで手足を縛り扉の前へ捨て置く
。ついでにエレベーターホールの扉を開錠する為の鍵と、通信用の無線機も拝借した。目が覚めて侵入者云々について通報されると厄介だ。
「……よしっと、こんなもんか?」
勇麻もそれに続き、三人がエレベーターホール内へ。ゴゴゴと再び重苦しく豪快な音を立てて、二人の兵士を取り残したまま扉は完全に閉まった。
エレベーターホールへと侵入した勇麻達を出迎えたのは、まるでダンスホールのように広大な空間だった。五百人は詰め込めそうな規模のエレベーターが所狭しと並んでいる様は、ある種異様で圧倒される光景だ。
そのエレベーターの一つ一つに宮殿の調度品のような細工や意匠が施されているのだから、圧巻だとしか言いようがない。
今時のデジタルなモニターではなく、階数を表示する扇形の時計のような文字盤と針は黄金で形作られ、頑強なドアには壮大な裸の男性の彫刻が施されている。どこぞの西洋の芸術作品をモデルにしているようだが、勇麻にはよく分からない。
デパートでよく見かける矢印型のボタンの変わりに、宝石で周りを象った紋章のような物が取り付けてある。
庶民派の勇麻としては移動手段の一つでしかないエレベーターにここまでお金と手間を掛ける意味が理解できないが、それでもその煌びやかな美しさには目を奪われる物があった。
とはいえ、感動している暇など勇麻達にはない。
改めて気を引き締めるように深く深く息を吐く。なにせ今から勇麻達は堂々と不正な方法で未知の楽園へと侵入し、どこにいるかも分からないアリシアを探し出さなければならないのだ。
緊張するな、という方が無理のある話だ。
と、そんな真面目モードの勇麻の視界に、ぴょこんと飛び込んでくる影が一つあった。
本日大手柄の絶好調スピカちゃんだった。
「ふっふーん、だから言ったでしょ? スピカが全部やったげるって。ねえねえ、どうだったどうだった? スピカ迫真の演技!? すごい? カッコいい? つよい?」
「強いかとカッコいいかはちょっと分からんが……、正直言うとかなり侮ってたわ。予想以上に完璧だった。騙す相手がちょっとアレだったのを抜きにしてもあの落ち着きっぷりはすげえと思うぞ」
「じゃあ『アカデミー主演女優賞』取れる!?」
「……あの、いきなりとんでもないトコまで飛躍してませんかね? そっち方面本職で生きてくつもりなの?」
「女は誰しも『女優』なんだって! ジルニアが言ってたよ」
「またその手の腹芸から一番遠そうな人が出て来たな」
「……腹芸? ジルニアは腹踊りなんてしないよ? あ、でもねでもね。ジルニアとテイラーが裸でプロレスごっこしてるのならスピカ見たこと――」
「わあーーーーーっ! はいそれ以上はいけませんっ! スピカちゃんお口チャック!! というかあのバカップルはアジトで堂々といちゃついてるのか!?」
「あ、そいえばシャルトルのおねーちゃんも得意なんだって! 顔芸!」
「腹芸な? あと多分それシャルトルに直接言ったら怒られるからね? ……といか、うん。流石だぜスピカ。公園のガキンチョ並に話があっちいったりこっち行ったり! やっぱりお前が小学校六年生ってのは実は嘘だろ!?」
そんな風に二人仲良くじゃれ合っていると、横合いからどこまでも冷静な声が飛んでくる。
「……二人とも、お喋りはそのくらいで。エレベーターが到着次第、急いで乗り込みます。一応表の兵士から鍵と無線機は奪っておきましたが、もし定期連絡が行われていた場合は一定時間で侵入者の存在に勘付かれます。できるだけ急ぎましょう」
このメンツだと引率の先生的な雰囲気のあるレインハートに引き連れられ、一行は手早く巨大なエスカレーターに乗り込む。
後はノンストップ。地下数百メートルもの位置に作られた実験都市『未知の楽園』へと文字通り一直線である。
正方形の箱の中は、エレベーターというよりも絶叫マシンか少し小さめの旅客機内を彷彿とさせる造りとなっていた。
エレベーター内だというのに百近い座席が用意されており、ご丁寧にシートベルトまで用意されている。
しかもその座席のどれもがベッドのようにふかふかで、座り心地は最高。座ったままで眠れるんじゃないかと思ってしまう程に快適だ。
勇麻とスピカはシートに腰掛けシートベルトをしっかり閉める。レインハートは最前列の右端にある座席に座った。レインハートの座った座席の目の前に操作パネルのような物があるのを見るに、どうやらその座席に座った人がエレベーターガールのようにボタンを押してこの巨大エレベーターを操作するらしい。
何やらショッピングモールとかにあるような普通の押しボタン式を、無駄に複雑そうにした操作パネルを冷静にタッチしていくレインハート。
そんな彼女を横目に、勇麻は漠然とした事を呟いた。
「というか、さっきから気になってたんだけどさ」
「? なんでしょうか」
「此処、本当に未知の楽園への唯一の入口なんだよね?」
「ええ、そうですが」
勇麻の問いにレインハートはいつも通りに淡々と答える。
そうする間にも必要な作業は終わったのか、巨大なエレベータが静かに動き出す。
小さなモニターに表示された数字のみが移り変わり、凄まじい速度で降下しているのだという事実を告げていた。
「天界の箱庭と同程度の規模の実験都市なんだろ? それにしては警備がザルすぎないか?」
天界の箱庭と同程度。
ホワイトハウスを落とす覚悟で挑んでもまだ足りない。
事前にそこまで言われていて、コレだ。
未知の楽園に続く唯一の出入り口。防御の要。正面玄関の警備は僅かに兵士が二人。
それもやる気も練度も設備も装備も、その事如くが欠如している有り様だ。
拍子抜けもいいところというか、これでは自分達が今から侵入しようとしている場所が実は未知の楽園側が用意したダミーやデコイの施設だったと言われたほうがまだ納得ができるくらいだ。
そんな勇麻のごくごく当然の疑問に対するレインハートの回答は、勇麻の予想を遥か斜めに突き破っていた。
「もっともな疑問ですね。とはいえ、当然ではあるんですよ。何せ『未知の楽園』を統治管理していた組織『操世会』は、三年前に起きたとある『Sオーバー』の反乱によって壊滅しているのですから」
「……は?」
目を白黒させる勇麻。
難しい話には微塵も興味なさげにキョロキョロと辺りを“聞き回し”周囲の音の移り変わりを追うスピカ。
そして当然のように頷き話を続けるレインハート。
自分以外の二人の様子を見ていると、何だか今言われた衝撃の事実が別段大したことではないかのように思えるから不思議だ。
勇麻はそんな現実逃避気味な感想を思い浮かべて、
……いや、ちょっと待ってくれ。
今彼女は何と言った?
「知らないのも無理はありません。未知の楽園が神の能力者の反乱によって陥落したなどと世間に知り渡れば、三大都市にとって――ひいては我々神の能力者にとって都合の悪い展開になる事は目に見えています。故に、天界の箱庭も新人類の砦も事実を黙秘している。……未知の楽園の現状を知っているのは街の住民たち当人と、残る二つの都市の上層部の一部だけ。公にされてはいない事実ですので信じられないかも知れませんが、今の未知の楽園は無政府状態のような物なのです。街全体が無法地帯と考えてよいでしょう」
「……マジかよ」
勇麻の察しが悪かっただけで、よくよく考えればおかしな点は他にもあった。
奇操令示が天界の箱庭を攻めてきた際、新人類の砦と天界の箱庭は事態を収束させる為に水面下で何らかの取引を行ったという。
だが今回、事実が未だはっきりしないとはいえ、天界の箱庭側は未知の楽園に対して何の接触も交渉も図っていない、というのが背神の騎士団の斥候からの情報だった。
シーカーにとっては重要な駒であるはずのアリシアの行方が分からなくなっているというのに、だ。よくよく考えれば、疑ってしかるべき話である。
(……確かにクライム=ロットハートは忙しくてアリシアを探す手間も惜しいとは言っていたけど、それでも未知の楽園に対して何のアプローチもしないのは不自然だと思ってた。でも、無政府状態でそもそも交渉が成立しないっていうのなら一応の納得はできる)
だいたい、スピカが未だに未知の楽園の住民として登録されている事自体がおかしい。
スピカが未知の楽園を出たのは彼女が四歳の時。彼女の(推定)年齢から推測するに、おそらく四~六年前。
そんな昔に脱走した住民のデータが消去されず、ましてや脱走者としてブラックリストなり何なりに登録されて無いなんて事は普通はあり得ない。
神の能力者とは、それ自体が歩く機密情報の塊だ。
そんな杜撰な管理体制を、三大都市の一角と称される未知の楽園が行っている訳がない。
「でもそれって、俺らにとってはいい知らせ……って思って良いんだよな?」
「微妙な所ですね。逆に言えば、私達を守る公的な条約は一切通用しないという事でもあります。他都市の神の能力者だから安易に殺す事はできない……なんてルールはこの街では通用しません。いつものような綺麗ごとは、通用しないと考えた方がいいかもしれません」
ぴしゃりと言い放たれた言葉に、勇麻はゴクリと生唾を呑み込む。
そうだ。ここはもう天界の箱庭ではないのだ。今までの常識など通用しない、何が起きるか分からない戦場だ。
もしかしたらレインハートの言うように、勇麻の甘い考えでは生き残る事さえ難しいのかも知れない。
だがそれでも、と。勇麻は握りしめた拳をじっと見据えた。
例え失敗して、敗北を重ねる事になったとしても。
東条勇麻は、今までのやり方を貫かねばならない。
義務ではないし、強制力がある訳でもない。ただ、勇麻自身がそうありたいと望むから。
(失敗も敗北も恐怖も、そのどれも罪なんかじゃない。大切なのは、立ち止まらない事。立ち止まればそこで何もかもが終わっちまう。俺みたいな出来損ないは、走り続けないとダメなんだ。じゃないと、永久に無力なまま、何も出来ずに終わっちまう)
そんなどこか気落ちしたようにも見える勇麻を見て失言だったと思ったのか、レインハートは表情を一切変えずに、しかし勇麻を慮ったような言葉を掛けてくる。
「……とは言え、今はその事に感謝すべきです。おかげでこうして苦も無く未知の楽園の内部へと侵入できるのですから」
「スピカは難しい事はよく分かんないけど……。でも大丈夫! スピカの耳ならアリシアのおねーちゃんだってすぐに見つけられるから!」
「……あぁ、大丈夫だ。怖気づいた訳じゃない。ただ、俺のやるべき事ってヤツを再確認してただけだ。――行こう、俺達でアリシアを必ず連れ帰るぞ」
二人分の励ましを受けて決意を新たにする勇麻に、頭上のモニターの数字が目的地――地下七七七メートルまで到達した事を告げる。
制動すら感じさせずに停止したエレベーターの扉が、ゆったりとなめらかな動作で開いて――差し込む光に多量の人影が乗った。
「――待ち伏せ……?」
茫然と呟いたのは勇麻だったかレインハートだったか。
当たり前のようにこちらへと向けられた銃口。その数は五〇を超えていた。
来訪者に対する熱烈な歓迎、鉛弾の雨のプレゼント。
まさかのサプライズに思考は白に染まり、勇麻の身体は完全に硬直してしまっていた。
そうして何もできないまま数多の銃口が火を噴く、その間際。
「――わっっっ!!!!」
誰よりも早く動いたのはスピカだった。
――音。人間の可聴域から外れた高周波、低周波すら使いこなし、聞き分ける事ができるスピカの索敵能力は背神の騎士団内でも群を抜いている。
彼女はエレベーターが地下に到着し、その扉が完全に開き切る前に不審な人影を察知。勇麻やレインハートよりも早く臨戦態勢に入っていたのだ。
スピカから放たれる特別な指向性を持った音の壁は、レインハートと勇麻を素通りし、銃火器を構えた黒服の男達に叩き付けられた。
鼓膜を突き破り、平行感覚を思いっきり狂わす音の暴力に、多くが膝を突き、その手から無骨なアサルトライフルを取り落とす。
先制攻撃をぶちかますハズが、逆に奇襲を受けた男達に生じた隙は甚大だった。
そして硬直状態からいち早く復帰したレインハートが片腕で勇麻を座席から放り投げると、大声で叫ぶ。
「何をしてるんですッ!? 今の内です。逃げますよ!!」
「くっ――!?」
勇麻は転がるように跳ね起き、駆けだしたレインハートを追う形で走り出す。すぐ隣をその小さい身体からは想像もできないような速度でスピカが追走する。
目の見えない彼女に、このままの速度での逃走は厳しいのではないのか。
そう思った瞬間、横合いから勇麻のこめかみ目掛けて矢が飛来し、それをスピカが短く一拍「わっ」っと鋭く発した音波で叩き落とした。
「おにーちゃん、スピカに気を使ってる暇あったら自分の心配する!」
「ッ!? すまん、助かった!」
とんだ見当違いだった。思い上がりも甚だしい。
レインハートとスピカに気を使ってもらっているのは、二人の足を引っ張っているのは、完全に自分の方ではないか。
勇麻は歯を食いしばって前を走るレインハートの背中を見る。
ここにいる二人は勇麻と違いプロだ。自分より幼いスピカでさえ、自分の身を守る術を心得ている。
素人の勇麻にできるのは、なるべく二人に迷惑を掛けないように逃げる事に集中する事。余計なことは考えず、ただ足を動かせ……!
三人は、空港のエントランスのような広大なスペースから抜け出し、エレベーターホールだと思われる巨大な施設から外へ。
目の前の大通りではなく、入り組んだ路地裏へと駆けこむ。
「スピカ! 敵の数は!?」
「六〇! 数が多い、ここで戦闘したらジリ貧になって捕まるかも!」
「なら陽動は私が。スピカは東条勇麻と共に戦線から離脱――ッ!!?」
瞬間、左右の建物が崩れた。咄嗟に飛び退き瓦礫に押し潰されることは回避するも、最悪なことに倒れた建物によって三人はそれぞれバラバラに分断される形となってしまう。
偶然にしては出来が良すぎる、その最悪の展開に、
「くっ――東条勇麻! とにかく今は逃げてください!! 必ず、後で合流します! ですから――」
台詞の最後は、銃声とそれをぶった切る金属音とにかき消された。
「……くそ」
見知らぬ土地の路地裏だ。
どこに繋がっているのか検討もつかない。今すぐ合流しようにも、後ろからは差し迫る多量の敵。
アリシアに関する手掛かりさえないこの段階で、拘束されるワケにはいかない。
考える時間も何もなかった。
「……ちくしょうっ!」
逃げるしかない。
不安と焦燥の中、勇気の拳を焚き付けるように勇気を奮い起こして、東条勇麻は全力で追手に背を向け遁走した。




