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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第五章 引キ篭モリ聖女ト逃亡者ノ集イ旗
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第一話 いざ未開の地へⅠ――ミイラ取りの憂鬱

 そろそろ十二月に突入するというのに、うだるような暑さだった。


「あづい……」


 途方に暮れたようにぽつりとそう呟いた少年の名は、東条勇麻。

 天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)に暮らす、極めて平凡な神の能力者(ゴッドスキラー)である。


「そもそも此処地下なんだよな? だってのに何だって天井に気持ちいい青空が広がっていて、こんなにも陽射しが眩しいんだ? ……全体的に色々おかしくね?」


 ちなみに平均気温は年間を通して二〇度後半あるらしい。

 冬場とはいえ暑く乾燥している気候ではあるのだが、分っていても文句は言いたくなる物なのである。

 

 独り言にしては些か声量の大きい勇麻のぼやきに反応を返してくれる人物は辺りに見当たらない。

 数十分前までは隣を歩いていたはずのその人物と、今現在勇麻ははぐれてしまっているのだ。


「……迷子を連れ戻しに来たはずが、捜索開始そうそうこっちが迷子って幸先悪すぎじゃね? まさにミイラ取りがミイラって感じなんだけど、これ本当に大丈夫なのかよ……」


 そう、東条勇麻は今現在、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)にいない。

 青い空に、照りつける太陽。そして青々と生い茂る緑やキラキラと陽射しを受けて輝く果実。電柱の代わりに聳え立ち並ぶ異国の樹木。“そのどれもが地下数百メートルに存在しているという異様な現実”。

 どこを切り取っても明らかに異質なこの都市の名は『未知の楽園(アンノウンエデン)』。

 天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)と同じ、神の能力者(ゴッドスキラー)達を保護、研究している世界に三つある実験都市の一つである。

 そう。東条勇麻は今、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)を離反したアリシアを追って、遠くアメリカ大陸はメキシコ、南バハカリフォルニアの自然保護区の地下深く。そんな異形の実験都市へと潜り込んでいたのだった。

 

「何とか追手は撒けたけど、はぐれちまったスピカとレインハートが心配だ。どうにかしてさっさと合流しねえと……」


 スマホは当然の如く圏外。

 天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)未知の楽園(アンノウンエデン)では利用している通信会社も異なってくるのだろう。専用の設定をしなければ海外でスマホを使えないのと同じような理由だろうか。


 話を聞いてくれる人もいないのにわざわざ声に出す、という作業を繰り返すのは、そうしていないと不安に押しつぶされそうになるからだ。

 なにせここは異国の地。

 勇麻が今まで暮らしてきた街とは、何もかもが異なっているのだから。

 

 そもそもどうしてこうなったのか。

 それを説明するには、少しばかり時間を遡る事になる。



☆ ☆ ☆ ☆



 十一月末某日。

 

 クライム=ロットハートによる暴動騒ぎから一夜明けた混乱冷めやらぬ早朝。

 東条勇麻は、南ブロック第四エリアを訪れていた。

 天界の楽園(ヘヴンズガーデン)の南端に位置するこのエリアは、エリア一帯全てが空港として機能している特殊なエリアだ。天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)最大かつ唯一の空港でもあるといえば、その盛況ぶりも想像できる事だろう。

 こうしている今も巨大な輸送機や旅客機の数々が大空を飛びかい、荷物や人を空から空へとひっきりなしに運んでいるのが見える。

 

「何をぼーっとしているのです? 東条勇麻。我々には一刻の猶予も残されていないと、そう説明したはずなのですが」

「……あ、いや。悪い。ただ、何というか。その……正直意外でさ、アンタにはもっと怒られると思ってたから」


 勇麻が言葉を濁したのには訳がある。

 それもそのはず、勇麻の隣を並んで歩いているのは、レインハート=カルヴァートその人なのだから。

 流れるような金髪が美しい、スタイル抜群のその美女は笑うでもなく鉄仮面のように凝り固まった表情のまま、少しだけ悲しそうに眉を緩める。


「レアードの事を言っているのでしたら、それは無用な心配です。今回の件はあれの独断専行が招いた部分も多大にあります。アナタに責はない。……それになにより、生きていますから」


 最期の言葉に込められた思いの強さに、勇麻は言葉を失った。

 普段は感情の見えにくいこの姉から弟への愛の深さを改めて垣間見た、そんな気分だった。

 なんてことはない。ともすればシスコン気味の弟からの一方通行に見えなくもない深い愛情は、姉から弟へも与えられていた、それだけのごくごく当然の話だ。

 生きている、ただそれだけで嬉しいのだと断言する姉に、しかし勇麻は複雑な心境を抱いていた。

 レアードが独断専行に走ったその理由を、あの騒動の後に勇麻は副団長のテイラーから軽く聞かされていたからだ。


「……なんつーか、その。聞いたよ、テイラーさんから。色々と、アンタら姉弟の事」

「そうですか。別段、隠すような事でもないのですけれどね。それにこの街ならよくある悲劇コトです」


 ばつの悪さを誤魔化そうとしてしどろもどろになる勇麻に対して、レインハートは簡潔に、ただそれだけを答えた。

 だが勇麻は、その話を聞いてから今までずっと胸につかえていたしこりのような物があった。

 だから。


「悪かった」

「?」

「俺、アンタと初めて会った時にさ、事情も知らない癖にロボット野郎とか、その……めちゃくちゃ酷い事を言って悪かった。ほんとうにごめん!」


 ガバっと、勢いよく頭を下げた勇麻にレインハートは驚いたように目を丸くして、それからやはりいつもの無表情へと戻る。

 相手を慮るように眉根を少しだけ下げて、


「アナタにはいつも、謝られてばかりですね」

「……言われてみれば、確かにそうだな」

「その謝罪の気持ちだけで十分です。きっとレアードも救われます」

「……あの、なんかその言い方だとおたくの弟さん死んじまったみたいに聞こえるんだけど?」

「さあ、そんな事より早く搭乗をすませてしまいましょう。これ以上スピカを待たせると、後で大変面倒なことになりそうです」


 レインハートがくいっと顎で指し示すようにした先に視線を送ると、そこには両目を覆い隠すように包帯を頭に巻いた黄色のショートヘア―が特徴的な褐色の小柄な少女が居た。

 少女は「はやくはやく」と二人を急かすように手を振りつつ、飛行機の搭乗口の前で待ち構えている。

 今回の任務を海外旅行くらいに考えているのか、先ほどからずっとこんな調子でテンションが高い。


 今回の件――アリシアが天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)を離反し、未知の楽園(アンノウンエデン)へ向かったという衝撃の事実に揺れたのは、勇麻達だけでもなかった。

 彼女の所属する背神の騎士団(アンチゴッドナイト)もまた、真偽の定かではないその一報を受けて組織内部に少なくない衝撃が走っていた。


 今回の件については、本来ならアリシアの警護とその周辺を監視する任務についている黒米さんが“優先度の高い別任務に駆り出されていた”のが痛かった。

 黒米さんの代役としてアリシアの警護についていた数名の団員が、完全に意識を失った状態で発見された事から見てもアリシアに対して何らかの奇襲があった事は明らかだ。

 仲間の危機を、家族の危機を見捨ててはおけない。

 絶対に俺達のアリシアを取り返すぞ。

 そんな声がすぐさま溢れ、背神の騎士団(アンチゴッドナイト)で直ちにアリシア奪還作戦が決行される事となったのだ。

 だがここで一つ、問題が生じる。

 何でも背神の騎士団(アンチゴッドナイト)では今現在優先度の高い重要な任務に団員の大半が出払っており、アジトの守りも考えるとアリシア奪還作戦にあまり人数をかけることができない状況なのだそうだ。

 端的に言って、人手不足なのである。


 そこで少数精鋭の先遣隊に混じる形で、一応何かと協力的関係にあり、ある程度の実績を有している勇麻の同行が許可された、という訳なのである。

 数日後、アリシアの所在や状況が確認でき次第、帰還したメンバーから数名を選抜し再編成した部隊を増援として突入させる予定らしい。

 人手不足が深刻な今の状況下における戦力の運用方法としては、最も効率的な策だと言えるだろう。

 

 勇麻としては元から単身未知の楽園(アンノウンエデン)に乗り込む気満々だったので、確実な交通手段を用意してもらえるだけで願ったりかなったりであるので文句は何もない。


 それに、アリシアを心配する声が多くあがっていて嬉しい気持ちになっていたくらいだ。

 誰もがこの作戦に参加したがっていた事を知れば、アリシアだってきっと喜ぶに違いない。

 未だにアリシアが何者かによって連れ去られたのか、自らこの街を離れたのかは分からないが、少女の帰りを待っている人がこんなにもいるのだという事実を何が何でも知らせなければと思った。


「にしても大丈夫なのか? あの子、まだ小学生なんだろ?」

「はい、索敵能力でスピカの右に出る者など、背神の騎士団(アンチゴッドナイト)にもそうは居ません。私が知る限りですとほぼ互角の力を持つ者が一人だけ……。どちらにしてもスピカは間違いなくトップクラスの索敵、探知能力を持っています」

「いや、こんな物騒な組織に所属してる時点で能力それ自体に対する心配はないんだけどさ、そうじゃなくて、小学生をこんな危険な事に駆り出して平気なのかって意味だったんだけど……」

「む、勇麻おにーちゃんまでスピカの事子供だって馬鹿にするのかーっ!? スピカはなぁー、もう小六なんだぞーっ!! お風呂だって一人で入れるんだぞー!」


 と、小声で喋っていた勇麻の耳に飛び込んでくるのは、幼い少女特有のキンキン声。見れば十メートル程先にいる少女から壊れたスピカーのような大音量が流れてきた。

 というか、この距離で勇麻たちの会話を的確にキャッチしている。地獄耳とか、そんなレベルでは説明をつけられない。

 つまりは、これが彼女の神の力(ゴッドスキル)

音響領域アコースティカ・レルム』。

 干渉レベルはCプラス。

 人間の可聴域から外れた高周波、低周波すら使いこなす事によって、極めて高い精度の三次元的な索敵、探知などに秀でた神の力(ゴッドスキル)だ。

 そんな訳だから勿論耳も良い。


 耳鳴りを誘発させそうな勢いだったというのに、周囲は全く気にする素振りがない事から鑑みて、おそらくは自身の声におかしな指向性でも持たせて勇麻達にだけ聞こえるようにしたのだろう。

 流石の応用力と言うか、大声でひそひそ話をしたい時にぴったりの力だ。その場合彼女からの一方通行になってしまうのが難点かも知れないが。


 だが、そんな事よりも、だ。

 勇麻としてはどうしても彼女に物申したいことが一つだけあった。

 音を操る神の力(ゴッドスキル)など持たない勇麻は、しっかりと声を張り上げて、周りにドン引きされるのも構わずに、アリシアより二回りも三回りも小さな少女目掛けてこう言い切った。


「お前みたいなちびっこが小学六年生な訳あるか馬鹿野郎! るにしても限度があるわ小学三年生!!」


  

☆ ☆ ☆ ☆



 乾燥した――けれど峻厳かつ美しい大地が眼前に広がっていた。

 屹立するサボテンの群れが、照りつける太陽を背に受けてギラギラと熱に輝く。遥か天まで聳え立つ雄大な山脈と、どこまでも続く地平線。マングローブや湖など、乾いた砂漠の荒野と対比するかのような雄大な景色。海辺にいけば自然は此処とはまた違った一面を覗かせ、貴重なコクジラの繁殖地としても有名な場所なのだそうだ。

 この視界一面どこを見渡しても永遠に広がる広大な大地に、大自然のふてぶてしさ、そして雄大さが一杯に詰まっているような気がして勇麻は迷わず心のシャッターにこの光景を焼けつけようとする。


 天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)製の高性能ジェット機に揺られること数時間。


 本来の三分の一程度の時間で海を渡った勇麻達はそのまま現地で調達したレンタカーに乗り換えて、メキシコ西部バハカリフォルニア半島へと渡る。そしてそのまま半島中央にある『エル・ビスカイノ生物圏保護区』へと侵入していた。

 勿論、正規の手続きなど取っていない。背神の騎士団(アンチゴッドナイト)お得意の不法侵入である。


 まるで西部劇にでも出てきそうなサボテンに覆われた荒野をレンタカーで走りながら、勇麻はレインハートに問う。

 ちなみに座席はレインハートが運転席。助手席にスピカ。後部座席に勇麻。という形になっている。

 

「でさ、改めて確認するけどこんな雑な方法で大丈夫なのか?」

「十中八九ダメでしょうね。未知の楽園(アンノウンエデン)天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)と同程度の規模や技術力を持った実験都市です。神の力(ゴッドスキル)に関する貴重なデータを守護する役目もありますし、警備だって当然厳重です。ホワイトハウスを落とす程度の覚悟ではこちらが食われるでしょうね。――本来ならば」

「?」


 言葉尻に付け加えられた意味深な呟きに勇麻は首を傾げるが、それ以上レインハートは答えてくれなかった。

 代わりに助手席に座っているスピカが、ニコニコと零れんばかりの笑みを湛えて後ろに振り返って、


「勇麻おにーちゃんってばそんなに心配しなくても大丈夫だからね! スピカがぜーんぶやったげるから! おにーちゃんは大船にのった感じでドカッと座ってればいいんだよーっ!」


 ドンとぺったんこな胸を張り、盲目の少女はそう堂々と言い切った。

 犬耳とブンブン楽しげに揺れる尻尾が幻視できそうな勢いで意気込むスピカに、勇麻は思わず頬が緩むのを感じた。

 勇麻の緊張を嗅ぎ取って、スピカなりにそれをほぐそうとしてくれているのかもしれない。

 勇麻はスピカの黄色い髪の毛を上からわしゃわしゃと撫でつけて、

 

「ありがとなスピカ。でもちびっ子に全部まかせて踏ん反り返ってるだけじゃ格好もつかないんでな、やるべき事はきっちりこなさせて貰うとするぜ」

「あー、またスピカをお子様扱いしてーっ! ……って、なっ、なでなでするなーっ!! もうスピカは子供じゃ……ひゃっ、どっ、どこ触っっっ!?」

「あははは、照れるな照れるな。ほれほれほれ、ここがいいんかここがー。この不登校児東条勇麻、伊達に学校サボって公園でガキンチョどもと戯れてないからな! 貴様らの喜ぶポイントなぞお見通しなのだぞガハハハハッ!! 」


 小さな子供を喜ばせる、というよりはまるでペットを撫でまわすような感じだった。

 しかし、確実に弱点をついてくる的確さとその指使いから、スピカは頬を朱に染めて成すすべなく撫でまわされ続けている。

 勇麻のテクニックにドッと脱力してしまい、抵抗しようにも身体に力が入らなといった様子だ。

 端から見ると、なんだかいかがわしい行為をしているように見えなくもない。

 が、わしゃわしゃするのに夢中な勇麻は色々と全体的に危ういこの状況に気が付いていないのだった。


「……言動共に完全にアウトの領域に踏み込んでいる事に一切の自覚がない、ですって……ッ!?」  

 

 運転席で一人戦慄するレインハートは、けれどハンドルから手を離す事が出来ない為ツッコミを入れる事も出来ずにあわあわしていた。 


 やたらと気の抜けたやり取りをしながらも、車はどんどん目的地へと進んでいく。


 ――和気あいあいとしいた雰囲気のやり取りの中、誰もが感じていた。

 殺伐とした気配を。

 これから起こるであろう争いと、そこに己が身を投げ出すのだという事実を、行動とは裏腹に心の中で再認識する。

 準備はとっくの昔にできていた。

 さあ、もうすぐだ。


 未知なる世界という戦場が、少年たちを待っているのだから。

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