第零話 聖女の朝に死の祝砲を
――なあ、正義ってのは結局何なんだろうな?
独善的な言葉を返すならばきっとそれは……信じ貫く妄想の刃なんじゃないかな?
きっと掲げる正義なんてのは、誰も彼もがてんでバラバラで、本当の正解なんて一つも存在しない。
であれば、強く強く己の中にある『それ』を信じ続け、貫き通した者だけに宿るモノなんだよ。唯一無二の我儘ってヤツはさ。
例えそれがどれだけ独りよがりな物だとしても、当人が信じ続ける限り、決して間違いにはならないのだから。
――これは、一人の少年が他の何よりも尊い『己の正義』を知る、そんなどこにでもある物語。
☆ ☆ ☆ ☆
──朝を告げる祝砲が、今日も盛大に鳴り響く。
いつもと同じ。何一つとして変わらない、停滞した日常の幕開けに、少女は嫌そうに眉を顰め寝ぼけ眼をこする。
まるでお城のお姫様のような豪勢なベッドの上で一人、心の底からどうでもいいと言うような、気のない呟きを零す。
「……懲りないのですね、本当に」
『それはこっちの台詞だぜ聖女サマよぉ。俺の『悪魔の一撃』は距離射程ガン無視の防御不可能な一撃のハズだっつーのに、何なんだよその硬さはさぁ。近頃の尻軽女にしちゃガード堅すぎだろうがぁ』
「私と貴方では世界に干渉する力が違う。この街では私が一位で貴方がニ位。これ以上説明が必要ですか?」
『ケッ、つまらん女のつまらん解答ほど萎えさせるモンもねえよなぁ』
当たり前のように返ってくる粗野な返事にも、もう慣れてしまった。
そして、慣れとは本当に怖いもので、かれこれ三年間。毎朝のように降り注ぐ致死の一撃にも、今では眉一つ動かす事さえ無くなってしまった。
いくら無敵を誇る鉄壁とはいえ、慢心も良いところだとは自分でも思う。
それでも己の行動を改善しないのは、心のどこかでそれが届く事を望んでいるからだろうか。
自分でそんな事を考え、ありないと鼻で笑って否定する。
……望みなんて、そんな物を抱くわけがないと言うのに。
朝から自分の命を狙ってきた相手に対して、まるで何事もなかったかのようにくだらない会話を続けてしまうのも、いつもの習慣というやつだ。
特に他意はない。
ただ呆れて、相手に行動を正させるのを諦めただけだ。無関心を突き詰めると、それは相手に優しくすることもできるようになるらしい。
「……乙女の寝室に無断で立ち入って、五体満足でいられるだけ感謝したらどうです?」
本当ならば今すぐにでも討ち滅ぼしてやりたいと語る女に、
『ハっ、アンタの寝室に入ったのは俺じゃねぇ。俺の凶暴なマグナム砲だけだ』
遥か彼方から世界の全てに風穴を穿つ砲を持つ男は、悪びれもせずに下品な言葉で答える。
「はぁ……。しつこい男性は嫌われるらしいですよ」
『らしいってなんだよ。アンタも女だろうがぁ』
「あぁ、そういう事なら貴方だって知っているでしょう。私が世界の全てに興味がないことを」
『……頑固な女も嫌われるらしいぜぇ?』
「らしい、とは。またらしくない事を言いますね。貴方も男なのではないのですか?」
『俺はそういう女、嫌いじゃないんでなぁ』
世界なんてどうでもいい。
何もかも、泥の詰まったドブ川のように淀んで濁って停滞すればいい。
なのにどうしてか、その会話はなかなか終わりを見いだせない。
まるで何かを名残惜しむかのように。
「貴方の一撃は絶対に私には届かない」
『そんなモン、明日もやってみなきゃ分からねぇだろうがぁ』
「一ミリ。貴方と私を遮る壁の厚さです。ですがこの一ミリは、果てしなく途方もない一ミリだと言う事をお忘れなく」
「ケッ、言ってろ女。吠え面かく練習でもしながらなぁ」
距離を無視した通信が切れる。
これもいつも通り。
きっと明日もまた同じ時間、同じ場所で、同じような会話をするのだろう。
意味なんてないのに。
必要なんてないのに。
ただ、停滞した不変にこそ意味を見いだすかのようにダラダラと同じ事を繰り返す。
それこそが平穏の象徴であると信じているから。
世界の全てが一人で完結していたならば。
こんな煩わしさを抱えずに済むのに。
今日も少女は一人。己に向けられる何もかもを拒絶して、自分の殻に閉じこもり続ける。
ノックの音さえ聞こえない程に耳を塞ぎ、差し伸べられる手も見えない程に強く目を瞑って。




