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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第四章 悪意ノ伝道師
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第四話 欠けた月Ⅳ――水面下、蠢く影

 キャッチボールで遊んでいたパンドラが、ボールを茂みの中に取りに行ったきりなかなか戻ってこない。

 かれこれ一分は経っているのだが、一体何をしているのだろう。


「……?」


 勇麻とアリシアは顔を見合わせて、肩を竦めると、パンドラが歩いて行った茂みへと近づいていく。

 パンドラはすぐに見つかった。

 じぃっと、何かを観察している……? ようだ。

 こちらに背を向けてしゃがみ込んでいる為、その表情までは見えない。

 そもそも迷子になりようの無い距離なので、心配はしてなかったが、まさかボール探しをほっぽり出していたとは。

 ある程度分かってはいたが、なかなかにマイペースな子だ。

 おーい。ボール見つからないのかー、と勇麻が声を掛けようとして、その前にパンドラがこちらも見ずに声を上げた。


「おいゆうま、これは何なのじゃ?」

「ん、なんか見つけたのか?」


 質問に、パンドラの横から覗きこむようにしてそれを見る。

 パンドラが見ていたもの、それは……


「捨て犬……か?」

「そうか、お前はステイヌと言うのか」

「いや、名前じゃないからな」


 ボロ布の敷き詰められたダンボール箱の中にいたのは、一匹の仔犬だった。

 柴犬に近い気もするが、おそらくは雑種だろう。


「む、勇麻。この子、あまり元気が無いのだ」


 身を屈めて横から覗き込むようにしていたアリシアが言うように、捨て犬はどこかぐったりと顔を伏せている。

 パンドラやアリシアが触っても、視線を向けるだけで特に反応を示さない。

 元気が無いのは確かだが、ケガをしているとか、何かの病気に苦しんでいる、といった様子には見えないが……。


「うーん、怖がってる? それともお腹が減ってるのか? 見た感じそこまで痩せ細ってる訳でもないし、毛なみも綺麗。捨てられてからそんなに時間は経ってなさそうだな……。なら、俺らでも何とかできるか?」


 勇麻は一度何かを考えるように目を瞑ってから、


「よし、パンドラとアリシアはちょっとこの子を見ててくれ」

「? 勇麻はどこかに行くのか?」

「まあ、ちょっとな」

「「?」」


 シンクロした動作で首を傾げる二人を尻目に、足取り軽く勇麻は走り出した。



☆ ☆ ☆ ☆



 予定外の出費で財布の中身が寂しくなった事を除けば、買い出しは大いに成功したと言えるだろう。

 

「おぉ、おお……っ! 凄い! ほら、見て! また食べたのじゃ! 吾輩の手からちゃんと餌を食べたぞコヤツ!! お~よしよし、ういやつじゃの~」

「む。むむ、凄い食欲なのだなお前は。お腹が減っていたのか? ならちゃんと食べるのだ。なくなっても勇麻がまた買って来てくれるからな」

「あのねアリシアさん、その考え方は色々と危ういぞ。主に俺の財布が破滅を迎える」

 

 そしてその場合は食卓に並ぶ人間用のご飯も悲惨な事になるのだが、おそらくこの真っ白い少女はその辺りの事情を理解していない気がする。

 苦笑を浮かべながら釘を指す勇麻の言葉になど見向きもせずに、アリシアとパンドラはもふもふ毛玉改め仔犬と戯れている。

 彼女たちの無邪気な様子に、苦笑を浮かべていた勇麻も思わずその顔が綻んだ。

 まあ、この笑顔と等価交換ならば犠牲になった英世さんも報われる事だろう。

 

 今時ペットフードくらい、わざわざ専門店に行かなくてもちょっとしたスーパーやコンビニで買える。

 仔犬用の餌と、レジャー用の折りたたみ式簡易餌入れ。 

 とりあえずこれだけ買って戻ってみれば、そこから先はある意味予想通りの展開となった。

 アリシアがおっかなびっくり掌の上にのせた餌を食べさせてからは、尻に火がついたような勢いだった。

 アリシアもパンドラも我先にと仔犬に餌をあげようとするのだ。おかげで入れ食い状態の食べ放題。餌が消える端からまた出てくる親切仕様だ。


「おいおい、あんまり餌あげすぎんなよ。食べすぎは食べすぎで、身体によくはねえんだからな?」


 幸いな事に、空腹以外に目立った外傷や体調不良を抱えている様子はなく、たらふく餌を貰った仔犬は元気を取り戻していた。

 尻尾を高速回転させ、息荒く餌に食らいついている。

 勇麻の予想通りという訳だ。

 もっとも、確実をきすなら後で獣医に見せる必要はあるだろうが。

 

 言いながら頭をくしゃくしゃと撫でてやると、嬉しそうに尻尾が揺れる。

 もふもふしたさわり心地といい、悔しいが反則級にかわいい。

 しばらく三人でもふもふ感を楽しんでいると、唐突にアリシアがこんな事を言い出した。


「なあ勇麻。私の記憶が正しければなのだが、犬というやつはボールを投げたら取ってきたりするのではないのか?」

「え、でもそれってちゃんと躾しねえとダメなんじゃねえの」

 

 よしんば犬を飼った経験がないので分からないが、そういう芸当はきちんと一から躾をしなければならないような気がする。

 しかしパンドラは、そんな話など全く持って聞いていなかった。 

 キラキラと超絶無邪気に瞳を輝かせながら、

 

「はい! やりたい! 吾輩それやりたいのじゃ!」

「だから出来るかどうかは……ってもう聞いてないし……」


 パンドラは既に見つけていたらしいゴムボールをお宝のように右手に握りしめると、匂いを確認させるように仔犬の顔に近づける。

 楽しそうに尻尾を振りながら、すんすんとボールの匂いを嗅ぐ仔犬。

 自然とパンドラとアリシアの期待が高まる。

 そしてそのまま「取ってこーい! エルピスー!」という掛け声とともにボールを空高く投擲した。

  

「お! おぉう!? 走った! 走ったのじゃ! わーい!」

「む、勇麻、勇麻! 見るのだ、ほら。ほら、走った。走ったぞ!」

「ちょっ、ばか分かったから引っ張るな。ってかエルピスってお前それ名前か!?」


 左右方向から割と勢いよく袖を引っ張られ、危うく転びかける勇麻。

 しかし二人は投げられたゴムボールを追いかける仔犬……あらためエルピスに夢中で勇麻の訴えなど気に留める素振りもない。 

 懸命に小さな足を回転させてゴムボールを追い回すエルピスは、男の勇麻が見ても保護欲を刺激する愛らしさがある。

 そんな事を思っていると、勇麻の台詞の後半部分だけ耳聡く拾ったらしいパンドラがしたり顔で、 


「ふふん、カルピスみたいで美味しそうじゃろ?」

「保護欲より食欲!?」

「吾輩、あの犬好きじゃ。だから大好きな物の名前に似せてみた」


 しっかりとボールを咥えて持ってきたエルピスを皆で撫でまわして褒めてやると、嬉しそうに尻尾がびゅんびゅん動く。

 十数分前の元気の無さが嘘のようだ。

 勇麻は、そんな遊んでもらえる事が嬉しいのだと尻尾で語る仔犬に優しい視線を向けて、


「そうか。お前、嬉しかったんだな……」


 捨てられた仔犬には何の罪もない。

 自分の都合しか考えられない身勝手名な飼い主が、生まれたばかりのこの子を捨てたのだ。

 寂しかったハズだ。

 怖かったハズだ。

 悲しかったハズだ。

 訳が分からなかったハズだ。 

 けれどそんな感情は、当然のごとく無視された。

 動物だから? 人じゃないから? 言葉も通じなければ、意志疎通もできない、所詮は人間の道楽の為につくられた愛玩動物だから?

 そんなふざけた理由で、この子は存在全てを否定されたのだ。

 誰かに拾ってもらえる確証も、命が助かる保障も何も無いのにかかわらず。

 ペットだから、所詮は動物だし、死んだって別にいいじゃないか。だって、いらないし。私には、僕には、関係ない。きっと誰かが助けてくれる。

 そんな無責任で血も涙も無い非情な言葉が不意に脳裏に浮かんでは消えた。

 勇麻は名も顔も知れないそんな誰かを想像して、


「──悪だ。それは、“俺が憎むべき悪だ”」

「……勇麻?」

「――え?」


 不安そうにこちらを覗き込むアリシアと目があった時、東条勇麻は口の端まで裂けるような凄惨な笑みを、その顔に浮かべていた。


「どうか、したのか? 今の勇麻。物凄く怖い顔をしている……」 

「………………………………な、何を言ってるんだよ。アリシア。俺はほら、この通り全然平気だ。あれだよ、あれ。予定外の出費にちょっと心を痛めてただけだよ。あーこれで今夜からは夕飯のおかずが一品減だなーとか。また勇火に怒られるのかなー、とか。だから、な、気にすんなって。何も無いから」


 どうしてアリシアがそんな心配するような顔でこちらを見ているのか、その原因に気が付くまでに十秒も掛かった。

 慌ててまともな笑顔を作り直すが、アリシアはその瞳に浮かべる疑惑の色を濃くするだけ。誤魔化しきるどころか、完全に逆効果だ。

 けれど、それ以上の詮索をするつもりはないらしい。

 アリシアは未だ納得できない、と書いてある顔で、


「……そうか。勇麻がそう言うのなら、いいのだ。私は勇麻を信じよう」

「ああ、そうだよ。俺は大丈夫だ」


 その台詞は、まるで自分に言い聞かせているかのようで、妙に切羽詰まった声色で勇麻の頭に響いた。

 ここ最近――正確にはネバーワールドを巡る一連の事件の直後から――よく夢を見るようになった。

 そして、それとほぼ同時期に、自意識を手放すような……言い方を少し変えれば誰かに身体と意識を乗っ取られるような感覚を一時的に覚えるようになっていた。

 とは言え、数日置きに一回程度、しかもほんの数秒にも満たない僅かな時間の事だ。

 きっと、勇麻も精神的に疲れているのだ。だからそんな、幻聴や幻覚のように掴みどころの無い、不可思議な感覚に襲われるのだ。

 自分は大丈夫。

 おかしい所なんて、何も無い。

 呪文のように頭の中で繰り返し呟くその言葉が、勇麻の不安を何よりも浮彫りにしている事に、他の誰でもない勇麻自身が一番気が付いていた。

 気が付いていて、ただ見て見ぬふりをしているだけ。


 辛く厳しいだけの現実と向き合うには、今は少しだけ勇気が足りていないから。


 きゃっきゃとはしゃぐパンドラとエルピスの無邪気な姿を眺めている今この瞬間も、何か取り返しのつかない出来事が進行しているのかもしれない。

 

 見上げた空は快晴とは言い難く、どこかどんよりと汚く淀んで見えた。



☆ ☆ ☆ ☆



 天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)は東西南北中央の五つのブロックと、さらに各ブロックを五つのエリアに分割した五ブロック二五エリアからなる、太平洋上に浮かぶ神の力(ゴッドスキル)専門の独立研究都市である。

 

 そんな天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)のブロックにまつわるある噂があるのをご存知だろうか?

 曰わく、とある神の能力者(ゴッドスキラー)によって形成された非公式の新ブロック……実在しないはずの六つ目のブロックが、この街のどこかに存在している、という噂を。



 人工的で、生活感が欠如したその空間には人の気配が全くもって感じられない。

 鏡張りの高層ビルが、まるで設置されたオブジェか何かのように一定間隔で並んでいる。

 端をつつけば、ドミノ倒しが出来そうだ。

 他にも用途不明の実用性皆無な形状をした建造物が所狭しと並んでいたり、まるで街全体が一つの芸術品であるかのようだ。

 

 が、その鉄とコンクリートのジャングルを抜けた先には、やけに今までの景色とは不釣り合いな鉄筋剥き出しの建設途中のビルが立っていた。

 全てが美しく、美麗に完璧に完全的に整えられたこの空間で、そのビルだけが不完全で不釣り合いだった。


「ほぉ、随分とまぁ良い所に住んでるじゃねえか」


 興味深々の様子で辺りを見渡したスネークの口から、そんな関心したような言葉が漏れた。

 今スネークが立っているこの場所は、本来天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)には存在しない空間だ。通称『裏ブロック』。

 とある神の能力者(ゴッドスキラー)によって無から形成された、その神の能力者(ゴッドスキラー)専用の城でもある訳だ。


「にしてもお前さんの方から顔を出すなんてな、珍しい事もあるじゃねえか『設定使い』」


 鉄筋剥き出しの建設途中のビルの屋上から飛び降りて来たのは、モデルのような細めの体型を純白のスーツに包んだ、中性的な美しさを合せ持った金髪の美青年だった。


「……ふん、相変わらず白々しい男だ。護衛の一人も付けずに貴様がこんな場所を訪れた時点で、私に用があるのは明白だ」

「さぁって、何の事だか。俺は一人で散歩を楽しんでただけだぜ」

「ふん、くだらん理由付け(せってい)だな。狡猾の蛇(スネーク)


 金髪の美男子『設定使い』は苦虫を噛み潰すような顔でそう吐き捨てると、虚空から生み出した黄金のさかづきをスネークに放った。

 殺気さえ込めて投げられたソレを視線も向けずに片手で受け止めると、空だった杯の中身が湧き水のように湧き出し始める。鼻を近づけると、ワインレッドの液体からは、芳醇な香りが立ち昇っている。


「おいおい、朝っぱらから酒か?」

「察せ。朝から貴様の顔を見るのだ、酒でもなければやってられん」

 

 からかうように言ったスネークの言葉をにべなく躱し、『設定使い』は杯の中身をグイッと一息に煽る。

 スネークも同様に液体を喉の奥に流し込んだ。かなり上物なのか、めちゃくちゃ美味く思わず舌鼓を打つ。

 ややあって、設定使いが重々しくその口を開いた。


「……東条勇麻の『性質せってい』を弄ったのは貴様らだな」

「ほう、随分とあのボウズに入れ込んでるんだな」


 のらりくらりとするスネークとは対照的に、怒りに柳眉を釣り上げ瞳を細めた設定使いはその全身に怒気を漲らせる。

 設定使いの周囲の空間が、彼の抱える膨大なエネルギーの余波で歪み、幻影のように揺れる。

 設定使いは本気だ。本気でスネーク相手にここで戦争を起こそうとしている。 


「はぐらかすなよ狡猾の蛇(スネーク)。私は世界せっていの守護者だ。例え半神たる貴様が相手だろうが関係ない。これ以上世界(せってい)の崩壊を助長するようならば、私も黙ってはいないぞ」


 常人ならその末端に触れただけで卒倒しかねない怒気に当てられ、しかしスネークは余裕の笑みを崩さない。

 スネークは設定使いの言葉を鼻で笑って一蹴し、肩を竦めると、


世界せっていの崩壊の助長? おいおい、勘弁してくれよ設定使い。お堅いお前さんには似合わんジョークだ。そして当然面白くもない」

「……要点を言え、蛇」

「俺はむしろここまで来て動かないお前が不自然だって言ってんだよ。喪名ネームレス。名前だけじゃなく、自分の存在意義まで見失ったか? それとも……命の恩人に牙を剥くのは『設定』じゃないってか?」

「……災厄の元凶がよくここまでのうのうと御託を並べた物だな。狡猾の蛇(スネーク)


  災厄の元凶。

 そう罵られたスネークは、しかし否定はしなかった。


「安心してくれ、自覚はある。だからこそ俺はこうして動いてるんだからな」

「そもそも貴様のような存在が干渉しなければ、ここまでの悲劇は生まれなかったはずだ。あの人……『探求者』は“解を求める式”に辿り着けず、我々のような被害者が出る事もなかった。……違うか?」

「否定はできねえが、特別肯定する気もない。俺が関わらなくとも遅かれ早かれヤツは結論に辿り着いただろうからな。……まぁ、ifの話に意味なんざねえ。重要なのは、俺達が生きる今この瞬間をどうするかだ」


 そう、もしもの歴史に意味などない。

 “彼女”が助かったかもしれない世界も。全てが上手く行ってハッピーエンドを迎えられた世界も、この世界ではないのだから。

 いかにスネークと言えども、過ぎ去り終わった時間を元に戻す事はできない。

 それが出来るのはスネークのような半端な紛い物ではない、本物の神だけだ。


「私に……恩師を──恩神おんじんを討て、と?」

「恩神か、ははっ、ソイツはいいや。洒落が効いてやがる」


 設定使いのその問いかけに、しかしスネークは明確な回答を避けた。


「──近々、戦争が起きるかもしれねえ」

「……」

「設定使い。お前さんの力が必要だ。『探求者』を……俺の糞ったれな馬鹿兄を止める為に」

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 ※※※叡智の蒐集・更新停止に伴い、『天智の書』の余剰リソースを用いた新章が公開されました。
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『天智の書:人ノ章(ベータ版)』
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