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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第四章 悪意ノ伝道師
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第二話 欠けた月Ⅱ――けれども変化は確かに

『――いよいよ来月末に迫った『三大都市対抗戦』。現在大会六連覇中の我らが天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)代表チームには、今大会も優勝に期待がかかっており、また大会に出場する選手たちへの注目も集まっていて――」


 巨大なモニターをお腹にぶら下げ飛ぶ、さらに巨大な飛行船が垂れ流すニュースに、既に『ネバーワールド』で起きたとある事件に関する物は無い。

 当事者達の感覚とは反比例するかのように、世界の時計の流れは激流の如くせわしなく、少しばかり窮屈だ。


「……」


 気味が悪いほど自然な抑揚で朝のニュースを垂れ流す人工音声を聞き流しながら、曇天を舞う飛行船の巨大なシルエットの下で、天風楓は憂鬱に瞳を閉じた。

 思い浮かべるは一つの単語。


 ――『三大都市対抗戦』。


 その開催が、ついに約一か月後にまで迫っていたのだった。


 三大都市。この場合その単語が指し示すのは、神の力(ゴッドスキル)に関連するとある三つの研究都市だ。

 今現在、国連公認の神の力(ゴッドスキル)独立研究都市機関は世界に三つしか存在しない。


 日本の首都東京からおよそ五〇〇キロの位置、太平洋上に浮かぶ無人島を開拓して造り上げられた『天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)』。

 

 アメリカ大陸、メキシコの南バハカリフォルニアの自然保護区の地下深くに存在する『未知の楽園(アンノウン・エデン)』。


 そしてロシア軍基地を解体してセヴェルヌイ島に築き上げられた『新人類の砦アドバンスフォートレス』。


 この三つの都市以外の国や地域には、基本的に神の脳力者(ゴッドスキラー)は住んでいない。

 自身に神の力(ゴッドスキル)が宿っている事が判明していない潜在的な神の脳力者(ゴッドスキラー)を除いて、今現在国連のリストに登録されている神の脳力者(ゴッドスキラー)の九九パーセントが上記の三都市の内どこかで暮らしているという訳だ。

 別にその三つの都市で暮らさなければならない、という確固たる法律や国際法がある訳ではないが、世間にずっしりと蔓延する暗黙のルールがそれを許さない。それになにより、神の能力者(ゴッドスキラー)だというだけで各種保険に入れなかったり、生活保護や年金、その他さまざまな社会的サービスを受け取れなかったりと、日常生活に様々な弊害が出るのは確かだ。周囲からの冷たい――を通り越した偏見と差別と怯えの――目線だってある。

 神の能力者(ゴッドスキラー)にとって、三大都市以外の街で暮らすなど百害あって一利無しなのである。

 ならば残る一パーセントは何なのかと言うと、これは無法者や行方不明者、神の能力者(ゴッドスキラー)である事実を公にはできない超大物など、まあ様々だ。

 何にせよ、探りを入れても碌な事にならないのは確かだろう。


 随分遠回りをしたが、『三大都市対抗戦』とはその名の通り神の力(ゴッドスキル)の秘奥を扱いし三つの都市の中で、その頂点に立つ街はどこなのかを決める年に一度のお祭りなのだ。

 サッカーのワールドカップや、オリンピックのような物だと考えれば分かりやすい。


 楓や勇麻の暮らすこの街、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の代表チームは現在大会六連覇中。

 今回も、優勝に期待がかかっているのだが……。


「はぁ……」


 楓にしてはめずらしく、心の底から鬱憤を吐き出すような溜め息だ。 

 とはいえ、この状況では憂鬱にならざるを得ないだろう。


 なにせ、約一か月後に迫った『三大都市対抗戦』に天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)代表チームの一員として天風楓が参加する事が決定してしまったのだから。


 話を持ちかけられた時、楓としては勿論すぐに辞退するつもりだった。

 だが、楓の耳に話が届く前に学校側が独断で話を受けてしまっていたらしく、上との交渉が難航、複雑化してしまった。結果、なし崩し的に代表チームの一人として参加せざる負えない状況になってしまったのである。

 正直言ってモチベーションは限りなくゼロに近いし、勝手に許可を出した学校に文句の一つや二つをぶつけてついでに退学届でも叩き付けてやりたいような気分ではあった。が……それを実行に移せないのが天風楓の美点であり欠点でもあるのだ。

 自分の行動の結果誰かに迷惑が掛かるかもしれないと考えてしまうと、自分一人の都合を優先するワケにはいかない、かな……という気持ちになってしまうのである。

 結果、不満に思いつつもそれを曝け出す術すら無く、時折こうして誰もいない空目掛けて息を吐くしかなくなっていた。

 

 ネバーワールドを襲ったテロ事件は、今もなお楓達の心に深い傷を残している。

 ここ一、二週間は周囲との温度差に困惑し違和感を覚えるような日々だった。僅か数か月でこの有り様なのだ。本格的にお祭り騒ぎが始まったら、それこそタイムスリップしてきたみたいに、周りの流れから取り残されるに違いない。

 大体、あんなことがあった後にすぐさまこのお祭り騒ぎに加われなどと言うのが無理な話なのだ。

 それもよりにもよって、代表チームの一人として三大都市対抗戦に参戦するなど、とてもじゃないが楓の心が着いて行かない。


 それになにより――


「――今日も、ダメ……か」


 握った拳を開き、また握って、さらに握る。

 そんな風に幾度となく開閉した己の震える掌を眺めて、楓は力なくそう呟いた。

 

 ネバーワールドでの出来事は、今なお多大な影響を被害者達に与えている。

 

 あの日以来。

 寄操令示の創り出した昆虫達によって身体を乗っ取られた天風楓が、己の神の力(ゴッドスキル)で東条勇麻を傷つけたあの日以来、天風楓は神の力(ゴッドスキル)が使えなくなっていた。

 寄操令示に身体を乗っ取られていた後遺症がある訳ではない。

 力が消えてしまった訳でもない。

 使い方を忘れてしまった訳でもない。

 こうしている今も、楓の内側ではその身を焦がすようなエネルギーが行場を求めて渦巻いている。

 『最強の優等生』と評され、“公の記録上では”天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)最強の戦闘力と干渉レベルを誇る彼女の暴風御手ストームマニュピュレーターは、あの日以来一度も使われていない。


 おそらくは、そう……天風楓の精神的な問題で。

 

 病院の診断書を片手に、彼女は数時間遅れの憂鬱な登校を再開した。

 


 目に見える傷跡は、まるで映像を巻き戻しをするかのように綺麗さっぱり元通りに修復されていく。

 この街も人も世界も。

 けれど、目に見えぬ爪痕ばかりが奇妙な存在感を持ったまま、彼ら彼女らの心の真ん中に鎮座していた。



☆ ☆ ☆ ☆



 最新型3Dテレビから流れるニュース映像には、珍しく“外の世界”で撮影されたであろう映像が流れていた。

 独自のテレビ局をいくつも抱え、ドラマからニュース番組、果てはバラエティまで独自の番組を作って流してしまう天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)では一部有料放送と化している外の世界のチャンネルだ。

 どこか穏やかじゃない光景だった。

 殺気立った大集団が頭の悪そうな言葉を並べたプラカードを頭上に掲げ、口やかましくヒステリックに騒ぎ立て車の通行を阻害しながら、道のど真ん中を行進している。

 一部では警官隊との戦闘になり、鎮圧されている人達も見られた。

 

神の脳力者(ゴッドスキラー)に対する不満が爆発ってか? にしても、面倒くせー事にどうにも人為的な色を感じるんだがな」 


 自室のソファの上で朝のコーヒーを呑気に飲みながら、数学教師の槙原萌はもじゃもじゃの天パ頭を搔いてそう言った。

 既に学校は始まっている時間ではあるが、勝手に自主休暇を取っている彼には特に関係の無い話だ。

 そっちはともかく、画面の中で進行中のこちらの話題の方は、自分とは無関係……とはいかなそうなのが実に面倒臭い。


「……デモね。まー働きたくない気持ちは分かるけどさ。だったら大人しく家に籠ってりゃいーのによ。っっても、“それは無理な話”か」 


 世界各地で爆発的な勢いで蔓延しつつある神の脳力者(ゴッドスキラー)に対するデモ活動。

 具体的な要求にバラ付きはあるものの、その大部分が世界から神の脳力者(ゴッドスキラー)を排除する事を望む声だ。


 それには勿論、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)の解体などの話も含まれている。


「最後の楽園を解体バラして、残った大量の知恵の実(きんき)を一体どーするつもりなんだか……。もっとも、そこまで何かを考えるだけの理性も残されてねえんかも知れねえが……。おー、怖い怖い……おっそろしいねー」


 くだらなそうに呟いた彼は、再び己の頭をぼんやりと包む眠気にその身を任せた。



☆ ☆ ☆ ☆



 突如襲来した『のじゃロリ』の脅威によって、東条勇麻は退院後最大のピンチを迎えていた!



「……」

「返せよぉー、俺らのだぞー!!」

「いやじゃ。これは吾輩が見つけた玩具なのじゃ! 誰にも渡してなるものかっ!!」

「独り占めはいけないんだってゆうまお兄ちゃんも言ってたもん!」

「そーだそーだ!」

「みんなで使わなきゃダメなんだよーっ!」

「……」

「みんななど知らん。吾輩はカミサマだから特別なのじゃ。はいカミサマばりあーっ! ドーン。ここから先には進めませーん」

「俺、だいあくまカード持ってるからカミサマバリア効かないもんねー」

「あたしもー、ばりあむこー」

「むこー」

「うぐぬぬ……! な、ならばかくなるうえは……」

「……いい加減に……しろぉおおおおお!!」


 子供の大群に群がられ愉快な人間アスレチックにされていた東条勇麻がついに爆発したのは、引っ張られ過ぎた耳たぶが大分赤くなってきた頃だった。

 ベンチに座る勇麻の頭に、首周りに、胴体に、ふくらはぎに、太腿に、それぞれコアラみたいにへばり付いていた子供達が容赦なく地面に振り落される。

 加減無く髪の毛を掴んだ馬鹿がいた為頭皮のダメージが心配なのが何より悲しい。

 

「テんメェらよってたかって人の身体によじ登ってあちこちところ構わず引っ張りまくりやがって……! いつから俺がお前らの所有物になったんじゃぁーい!」


 ぐわっ! っと怪獣みたいに顔の横に広げた掌をくわくわさせながら脅すように叫ぶと、きゃっきゃっと悲鳴のような笑い声をあげつつ三々五々に散らばっていく子供達。


「へんな鬼がきたーっ!」

「へんたいな鬼がきたぞーっ!」

「ロリコンな鬼にたべられるーっ!」

「おい最後の! それはちょっと洒落にならんから辞めて!! ただでさえ真昼間からお宅の子はアレね~的なアレがあるんだから!」


 ちゃっかり紛れ込んでる謎ののじゃロリも加わって、ますます賑やかになった子供達との仁義なき鬼ごっこが再開された。


 

「つ、疲れた……。アイツらの体力は一体どこから出てくるんだ……」


 たまらず一時休憩を申し出たのは、鬼ごっこが始まって一時間が経過した時の事だった。

 割と本気でぜえはあしながら膝に手をついた勇麻は、やや汗で湿った額を軽く拭いつつ呼吸を整える。

 この中で一番体力があるはずの最年長がこの様だ。いくら病院暮らしが長かったからとは言え、情けないにもほどがある。

 子供達の無尽蔵のスタミナと遊びへのモチベーションには、いつも驚かされるばかりだ。

 

「あー、これ夏場だったら俺倒れてるぞ……っわひッッ!?」


 不意に首筋に冷たい感触があてがわれ、我ながら気持ち悪い悲鳴と共に屈んでいた勇麻の背筋がピンッと伸びる。

 ぶるりと身体を震わせて反射的に顔を上げて振り返ると、『そーれお茶』のペットボトルが視界いっぱいに出現する。


「びっくりしたか? 勇麻」

「……ああびっくりしたよ。いつの間に自販機の使い方をマスターしたんだ?」


 どうやらアリシアが自販機で飲み物を買ってきてくれたらしい。

 イタズラが成功した事に気を良くしているのか、いつものぼんやりとした無表情ではなく、やや含みのある微笑がその顔には浮かんでいた。


「む。勇麻の中で私が文明人以下の存在になっている気がするのだ。おかしい……そこまでポンコツぶりを発揮させた覚えはないのに」

「アリシア、自覚がないのがもうヤバいからな? 文明人は駅の改札を下から潜り抜けようとはしないし、洗濯機に残りの洗剤を全部ぶち込んだりも、押しボタン信号の前で三時間以上信号が変わるのを待ち続けたりもしない」

「全く、一体いつの事を言っているのだ勇麻は。確かに昔はそんな事もあったかもしれないが、今ではしっかりと都会色に染まっていると言うのに。今の私はオサレな都会人としての人生を歩んでいるのだぞ? ざぎんですーしーなのだぞ?」

「いや、天界の箱庭(ヘヴンズガーデン)にざぎんもすーしーも無いから。それ死語だから。つーか、少なくとも駅の改札潜り抜けようとしたのは数日前の話だ! 勝手に遠い過去の話にしようとしてんじゃねえ」

「む、だってバスはともかく『でんしゃ』に乗るのはこの前が初めてだったのだ……」


 心なしか少ししょんぼりとした様子のアリシアに、勇麻は「あー、」と言葉を濁しながら頭を掻いて、


「ま、あれだ。俺はそういうところもアリシアの良いところだと思うぞ。初めてだとしてもあれはなかなか尋常じゃない、普通の人間には真似できない業だ。いっそ天才的で芸術的だな」

「本当か? 私のそういうところが勇麻は好きなのか?」

「ぶっ!? 好きってお前な……」


 口に含んでいたお茶を吹き出しかけた勇麻は、しかしキラキラと無邪気に目を輝かせるアリシアを見て毒気を抜かれたように嘆息して、

 

「……ああ、そうだよ。そういうところも、お前の個性で魅力だ」


 わしわしとペットにやるように頭を撫でると、アリシアは少しくすぐったそうに身を捩るのだった。


 頭を撫でられるアリシアは笑顔で、そして何より幸せそうだ。


 アリシアが笑っている。


 地獄のように辛い過去を経験し、さらにはその中でようやく得られた救いや大切な絆、思い出までも喪失してしまったアリシア。

 その彼女が、こうして当たり前の日常を享受している。そんなごくごく普通でありふれた事が、どんな奇跡よりも嬉しい。

 嬉しい事……なはずだ。

 はずなのだ。

 なのに、


 ズキリ。


(またこれだ。また、……痛い)

 

 アリシアの笑顔を見ると、刺されるように胸の奥が疼く。

 『ネバーワールド』でも同じような現象があったが、この胸に突っかかるような異物感と痛みは一体……。


(なんだ? 俺は、何かを恐れている……? でも、アリシアの笑顔を見て一体何を──)


 思考の泥沼にハマり掛けていた勇麻の意識を、


「――い、おい! ……ええい、このたわけ! 吾輩を無視するな!」


 という言葉と共に繰り出された頭突きが、現実へと引き戻した。

 下から上へ飛び上がるようなロケット頭突きは勇麻の顎へ直撃し、見事に舌を噛む。痛みに悶える暇もなく、勇麻はひっくり返るように後ろに倒れた。

 

 涙目で下手人の方を振り返ると、アメジスト色の髪の毛を靡かせた褐色の少女が、どこか得意げに(ない)胸を張っている。

 さっきの『のじゃロリ』だ。


「やっと気が付いたか。このたわけ」

「お前な、人の顎にクリーンヒットかましておいてこのたわけは無いだろ……」


 頭を撫でる勇麻と撫でられるアリシア。その間に割り込むようにして自分のポジションを確保した、初対面からかなり図々しい少女は得意げな笑みを崩す事なく、


「ふん、吾輩がせっかく喋りかけてやっておるのに聞いてないお前が悪いのじゃ」

「……なんだこいつ。清々しいくらいに自分中心で世界回ってるんだけど。なんなの? カミサマなの?」

「うむ! いかにも吾輩、神様なのじゃ」

 

 皮肉たっぷりテイストで言ったつもりだったのに、なにやら大喜びされたうえに胸を張って肯定されてしまった。

 ニコリと笑い何かを諦めたような顔になる勇麻。ここでまた否定から入るのも面倒くさいという結論に達し、もうカミサマでも大魔王でも何でもどんと来いや! 的な心境になっていた。

 ようするに投げやりである。


「ああそうか。分かった分かった。カミサマなー。うん。お前はカミサマだ。んで、そのカミサマめがこの卑しい一般市民東条勇麻に一体何の御用時で?」

「うむ。そうじゃ。お前は中々面白いから吾輩のしもべになる事を許すぞ!」


 自信満々。胸を張りすぎてむしろ逸らすような勢いでそう断言した少女あらためカミサマ。三名の間に微妙な数秒の沈黙が流れて……。

 ズベシ! っと、容赦のない手刀がカミサマの脳天に振るわれた。


「痛っ! い、いきなり何をするのじゃ!?」

「いきなりなんだはお前だ自称カミサマ。なーにがしもべだ。いい加減にしないとお兄さん怒っちゃうぞ」

「……吾輩のしもべはいやなのか?」

「あのな、嫌とかそうゆうのじゃなくてだな……」

「なら奴隷はどうじゃ!? 吾輩のおみあしで踏まれたいほうだいじゃぞ?」

「ざっけんな! つーか根本的な所で僕も奴隷も大差ねえだろうが! あとお前みたいなお子ちゃまがおみ足を自称するな!」

「ガ、ガーン……。そっそんな……。な、ならば従者でガマ」

「却下」


 とりつく島もない様子の勇麻に、少女は何やら本気で肩を落として、


「そうか、吾輩は……嫌われてしまったのか……。楽しかったのは、吾輩だけだったのじゃな……」


 目頭に涙を溜めながら、チョップを喰らった頭を押さえて本気でしょぼくれるカミサマあらため少女。

 どうやら、少女にとってはしもべになる事を断られたのが本気でショックだったようだ。 

 頭を押さえて、俯き震えるその姿は、とてもじゃないけど見ていられない。

 そんな少女の様子に、アリシアと勇麻は目を見合わせて溜め息を吐き、

 にゅ、っと。少女の前に、アリシアの小さく柔らかな手が差し出された。


「……?」

「そんな言い方をしていては友達はできないのだぞ」

「とも……だち……?」

「うむ。しもべは確かに便利なのかもしれないな。でも、しもべは言う事を聞いてくれるだけで一緒に遊んではくれない。一緒に笑う事も、一緒に泣く事も、ケンカをする事もできないのだ。でも、友達は違う、友達となら、何だって一緒にできるのだ」

「一緒……に? 何でもか? 一緒にてれびげーむも出来るのか!?」

「うむ。勿論なのだ。それだけじゃない。嬉しいも悲しいも楽しいも辛いも苦しいも嬉しいも。もっと、もっともーっと一たくさんの事を分け合い助け合えるが友達のいいところなのだ」

「そ、その“ともだち”というヤツは、どうやったら出来るのじゃ? 吾輩にも、それができるのか……?」


 唇を引き結び、眉間にしわを寄せ、今にも泣き出しそうなほどの不安を秘めた表情で、少女は上目使いにそう問いかけてきた。

 友達の作り方も、そもそも友達という言葉が何なのかも分からない。そう少女は言っているのだ。

 その言動から普通じゃない環境で育ってきたであろう事は明白。これだけで何かしらの厄介事を抱えているであろう事まで想像できてしまう。

 見ず知らずの他人の事情には深入りすべきではないし、この少しばかり変わった少女とも関わり合いにならない方が懸命な判断なのかも知れない。

 でも、けれども、そんなくだらない常識の一切合財を無視して――東条勇麻は呆れたような息を吐いていた。

 まるで、重大発表があると言われたから楽しみにしていたのに、いざ聞いてみたら全然大した事ない情報を掴まされたような、そんな脱力感。

 だって、その問いかけが、余りにも愚かでくだらない物だったから。

 勇麻は一足す一ができない子供に諭すように、こう言った。


「あのな、お前は馬鹿か?」

「え? ……え、えっ!?」

「……一緒に泥だらけの汗まみれになってグラウンドを走りまわって、くだらない軽口叩きあって、同じ思い出を共有したんだ。これで俺らが友達じゃないなら何だって言うんだ……?」


 何を今更当たり前な事を、とでも言いたげな勇麻に対して、少女は開いたその口が塞がらない。

 呆然とする少女は、どこか放心したように首を傾げて、


「じゃあ、吾輩はもう……お前達と友達なのか……?」

「だから今更確認するような事かよ」


 それでも、少女は自分の状況を自分で信じられないのか、


「吾輩は……吾輩は……」

「うむ。私達とお主は友達なのだ」


 再び誇示するように差し出した手を揺らすアリシア。

 少女がそれに気づいて、何かを確かめるようにアリシアを見て、そして再び手に視線が落ちる。恐る恐る、ゆっくりとした動作で、少女がその手を掴んだ。


「私の名前はアリシア。ただのアリシアなのだ。よろしく」

「俺は東条勇麻だ。……で、自称カミサマ改め、俺の友達の素敵な名前を教えてくれよ」


 さらに重ねるように差し出されたごつごつとした掌を掴み、そして少女は……ぱあっと満面の弾けるような笑みと共にこう言った。


「吾輩は……。吾輩の名は、パンドラ。ただのパンドラなのじゃ。よろしくな、アリシア、ゆうま!」

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