第零話 到来を告げる血雨
ついに物語も第四章だそうだ。……いいね、中々いいよ、いい塩梅だ。私好みに荒んでいるみたいじゃないか、少年。
――そうでなくては面白くない。
「のうじいや。この街には吾輩が遊べる玩具はあるのじゃろうか?」
「さあ、どうでしょう。爺めにはお嬢様の尊大なお考えは図り損ねまする故……」
「ふむ……。相変わらずお前はつまらん答えしか返さないのう、じいや」
それは少女の形をしていた。
「そういえば、この前の『てれびげーむ』とやらは中々に愉快であったぞ。じいや」
「ですがお嬢様、既に古今東西ありとあらゆる種類とタイトルを『箱』の内部空間にて通常時間換算百年足らずで全てクリアされております。もう、お嬢様が触れたことの無いゲームは存在しないかと……」
「分かっておるわそんな事! だからこそわざわざ『探求者』などの戯言にこうして乗ってやっておるのではないか」
外見年齢は一〇にも満たない。が、その身なりはとてもじゃないが普通の小学生からは遠くかけ離れていた。
後々に絶世の美女になれる可能性を秘めた、ダイヤモンドの原石のような輝きを持つ少女だった。
健康的な浅黒い褐色の肌。そしてその肌に映える、美しくアメジスト色に輝く、肩までかかる程度の流れるような髪の毛。
そしてこれもまた宝石のように儚く美しい――輝かしい光と昏い艶めかしさを内包した――薄紫色に輝く瞳。イタズラげに笑うその目が、元気で活発的な印象を周囲に与えていた。
少女は申し訳程度の双丘のあるその汚れなき肢体を、その年齢にしてはあまりにも露出度の高い、黒を基調とした衣装で覆い隠していた。
彼女は、自分の傍に侍らせた礼服の如何にも執事然とした白髪の好々爺に、不躾に文句を言い散らす。
「くだらぬ時の流れから取り残され、時間の外側を歩く者の宿命というヤツでのう、吾輩は心底暇なのじゃ。故にな、じいやよ。吾輩は吾輩を楽しませるものを好む。吾輩を愛するものを吾輩は愛すし、吾輩を憎むものを吾輩もまた憎もう。希望も絶望も入り乱れ、かくて人の好奇心のもとに吾輩はこの名を轟かせようではないか」
「心得ておりますお嬢様。遊び相手の捜索はこの爺めにお任せください」
老執事は恭しく頭を垂れて、我が主の我儘を快諾する。
その仕草と口調からは、目の前の幼き外見の少女への忠誠と慈愛が溢れ出ている。
執事と主人。雇い主と雇用人。その垣根を越えた見えない絆が、そこには確かに存在していた。
「……のうじいや」
「なんでしょうお嬢様」
「さっそくミニイベント発生なのじゃ」
「お言葉ですがお嬢様。現実世界での出来事を、無理やりゲームの中の出来事と重ねるのはいかがな物かと……」
「うるさいやかましい聞きとうない! 吾輩がそうだと言ったらそうなのじゃ! お前もそう心得よ!」
「かしこまりました、お嬢様。では……いかがいたしましょうか?」
柔和な笑みを浮かべる執事の視線の先、全身を防弾チョッキやベスト、さらには戦闘用防具の類で固めた二、三十人からなる武装集団が、少女と老人を取り囲んでいた。
その手元には普通の科学技術では実現不可能な類の重火器が構えられ、その銃口は弱者二人の眉間に油断なく照準させられている。
本気の殺意を滲み出す彼らがその気になれば僅か一秒で少女と老執事は見るも無残な肉の破片と化すであろう。
そんな、絶体絶命の絶望的状況で、しかし少女の笑みは一ミリも揺らがない。
「“よい、吾輩がやる”」
少女が歩き出す為にほんのすこし足を上げたその瞬間――雷撃のような銃撃音と共に、幾重もの銃口が一斉に火を噴いた。
ズガガガッガガガガッガガッガガガガッガガッガガッガガガガッガガガッガガガガガッガガガッッッッ!!!
と、硬いアスファルトをも豆腐の如く砕く轟音が連続して響き、世界からそのほかの音を排斥する。
殺戮と暴力の嵐が吹き乱れ、その爆心地にいる少女は当然の如く汚い肉塊に――なってはいなかった。
「ふむ。『しゅーてぃんぐげーむ』も色々なものをやったが……吾輩、鉛弾の撃ち合いよりもイカのヤツの方が好きなのじゃが……」
奇妙な、それこそ絶対にありえないであろう現象が、起こっていた。
別に凄まじい挙動でもって全ての銃弾を躱しているとか、全ての銃弾を右手の親指と人差し指とで摘まみ取っただとか、目に見えて派手なそういう事をした訳ではない。
ただ、放たれた銃弾が少女に直撃すると少女ではなく銃弾の方が硬い壁にぶつかったかのように潰れたのだ。
いや、それも正確な表現ではない。
正確には少女の柔らかな素肌に直撃するその寸前、薄い膜のように張られたフィールドに、全ての攻撃が阻まれている。
「だからそうだのう……、ペンキがないのなら、今ここで作ってしまえば問題あるまいなぁ?」
ニカッ、と。その顔を凄惨な笑みに歪めると同時、小さなお人形のような手が横薙ぎに振るわれた。
ただそれだけ。
派手な音と共に爆発が起きたり、閃光が瞬く訳でもない。
それなのに。
べちゃり、と。水っぽい音だけを残して、少女を囲んでいた武装した男達――神狩り――が、内側から弾けてただの血だまりとなった。
まるで水風船をえんぴつでつついて破裂させたかのように、凄まじい勢いで真っ赤な血が飛び散って、美しい少女の薄チョコレート色の肌を赤く染めていく。
真っ赤な雨の中、少女は己の頬に付いた鮮血をペロリと舌でなめとって、
「ふむ。これなら腕前Sは固いかの」
「見事な腕前でございました、“パンドラお嬢様”」
太平洋上に浮かぶ孤島天界の箱庭の正面玄関の警備を皆殺しにした少女――パンドラは、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「ふん、本当にこんな所に吾輩を楽しませてくれる面白い玩具があるのかのう、じいやよ。吾輩、少しばかり不安になってきたのじゃ」
「『探求者』殿が仰ることです。そこまで真に受けぬのがよろしいかと存じ上げます……」
「分かっておるわいそんな事! べ別に、知らないところに来れてわくわくなどしておらぬからな!」
「お嬢様、失礼ながら誰もそこまでは言っておりません」
「う、うるさいぞじいや! 吾輩が言ったと言ったらそれはもう事実なのじゃ! そう心得よ!」
「……かしこまりました、お嬢様」
本来なら特別な許可証が無ければ入れない正面玄関を堂々と跨いで島内に入る二人の侵入者。
微笑ましいその会話が、やたら血みどろの生臭い物に思えてしまう程には、その二人は“外れ
ていた”。
「ああ、一つ言い忘れておりましたお嬢様」
「む、なんじゃ? 叱りはせぬから言ってみるがよいぞ」
「天界の箱庭内では、くれぐれもそのお力をお使いになられぬようにお願いいたしまする」
「えー、面倒だのう……。なぜじゃ? 理由を言うてみい」
「お嬢様のお力を使われては、落ち着いて玩具探しも出来ませぬ」
「ふむ……。それもそうじゃの。じゃあ、中では完全に魔力を封じて過ごしてみるかのう……。うむ、こうした変わった趣向もまた一興じゃの!」
正体不明。だが、明らかに常識の埒外に立っているであろうその両名の後ろ姿は、天界の箱庭の人ごみに紛れるようにして、溶けて消えて行った。




