第四十五話 宴の終焉Ⅲ――伸ばす手、掴むは奇跡か必然か
薄衣透花という少女は、かつてこの世界に確かに存在した。
『認識不可』という神の力を持って生まれてしまった彼女は、両親からさえもその存在をたびたび忘れられかける程に存在感の薄い少女だった。
肉親にさえ関心を抱かれる事のなかった彼女は当然孤独で、どんなコミュニティに所属そうとも、最終的にはその存在を忘れられ、存在しない物として処理される。まるで一種の都市伝説のような存在だったそうだ。
そして彼女が一八になった冬のある日、ついにそれは訪れた。
家族の認識の中から彼女の存在が消えた。
自分の部屋だったはずの空間は物置に。
少女の衣服や皿やコップも、いつの間にか他の誰かが使っている。
写真の中に写る少女が誰なのか、誰も追求しようとしない。そもそも目に止まってすらいない。人一人、自分の愛娘一人を忘却しておいて誰も違和感に気が付かない。
話しかけても、騒ぎ立てても、誰の瞳も少女を捉えない。いるのにいない。確かにそこにあるハズなのに存在しないと定義づけられた者。己の全てを否定されたような身を割く痛み。
悲しくて、怖くて、居場所がなくて、辛くて、現実から目を背け、逃げ出すように家を飛び出した。
一人になって、独りになって。誰もがその目に少女を留めてはくれなくて、死にたくなるような疎外感と孤独の中でたった一人だった。
そんな薄衣透花の存在を認めてくれる人が現れたのは、その数年後の事だった。
『うん。君、こんなところで一体何をやっているんだい? 寒くないの? お腹減った? 僕の食べかけのガム食べる?』
そんなふざけきった、どこか狂ったようにさえ思える言葉が嬉しかった。
……認識不能の力が働かないという事はすなわち、同じ人間として見らてすらいないという事なのだけれど、そんな些細な事はどうでもいいと感じるくらいに少女は嬉しかったのだ。
それから少女は寄操に付き従い、寄操の為にその身全てを捧げた。捧げて、捧げて、捧げ続けて……身体の内側――臓器が次々と寄操の創った虫に挿げ替えられ、見た目形は人のままに、どんどんと内側から自分を失っていった。
ただでさえ存在感が希薄で薄っぺらな自分が、自分の色さえ失くしていく。その恐怖に気が付いた時には、もう後戻りできる段階は超えてしまっていた。
そして気が付けば、薄衣透花の身体には薄衣透花だと呼べる部位が存在しなくなっていた。
数々の臓器から脳髄、皮膚から流れる血潮から、何から何まで。全てが寄操令示の造り上げた無数の昆虫で形作られた物へと、成り果てていた。
遅すぎる後悔に意味などなく、自分を見つけてくれた男の子は白馬の王子様などでは無かった。
かつていた薄衣透花という人間は、もうこの世界のどこにも存在しない。
あるのは無数の昆虫によって模られた薄衣透花という少女の形と、その人格と意識の残滓のような僅かな残り香だけ。
それでも薄衣透花だったナニカは、見つけて欲しかったのだ。
見つけて、全てに終止符を打って欲しかった。殺しと言う名の救いを求めていた。
もう自分が、誰かを殺してしまう命を生み出さないで済むように。
……最初に私を見つけてくれたあの人が、もうこれ以上無垢なる罪を重ねないで済むように。
☆ ☆ ☆ ☆
「なんで……だよ。高見ィぃいいいいいいいいッ!!?」
少年の絶叫がネバーワールド中に響き渡る。
夕暮れ時までまだ少し時間があるというのに、赤く染まった視界。
その赤越しに眺めた友の背中も、みるみる内に赤に染まっていく。
「どうして、そんな……馬鹿かよ、お前はッ! なんで、意味ないだろっ! どうしてこんな死にかけの馬鹿を庇ったんだよ! お前なら、お前だったら……ッ!」
勇麻の責めるような問いに高見は後ろをちらりと一瞥して、ニヤリと口の端を歪めてみせた。
それで返事は十分だろ? とでも言うかのように。
……遠い。
立ち上がる事も這いずる事さえもできない東条勇麻には、その笑みは、その背中は遠すぎた。
伸ばした手は、空を切るのみ。
届かない。
隣に並び立っていたはずのその男は、遥か前を歩いて行ってしまう。
二度と手が届かない場所へと。
いってしまう。
「いつ、気が付いたんだい?」
そう問いかけたのは薄衣透花――の皮を被った寄操令示だった。
気味の悪い笑みを消し去り、真顔で首を傾げてそう尋ねる姿は、それはそれで底の知れない恐怖を内包している。
「いや、そんな事はどうでもいい事なのかな。うん。今重要なのは、君は“僕”の真相に辿り着いてしまったという事。そして“僕”はそれを決して許容できないという事だ。うん」
「ごほっ、げほ……っ。そんなにその人形が、大事か? 寄操令示」
「あいにく“僕”は寄操令示ほど楽観主義者じゃなくてね。“僕”は“僕”の命を大事にするタチなんだ」
「……寄操令示の心臓――つまりはヤツの“核”の生存本能の具現化。……お前って人格の正体は、げほっ、……そんなところか。心臓職人」
「何とでも想像するといいよ。うん。東条勇麻くんを殺すのを邪魔したのは腹立たしいけれど、順番が変わっただけさ。別に痛くも痒くもない。……そういえば君は随分風通しがよくなったみたいだけど、身体に風穴あくってどんな気持ちなんだい?」
気を取り直すように再び腐った笑みを前髪の奥に浮かべる薄衣透花。
しかしこれでは薄衣の――寄操の言う通りだ。
高見の胸に空いたその風穴は素人目に見ても致命的だ。
そして満身創痍の勇麻には、寄操令示に抵抗する力がもう何も残っていない。
犠牲になるのは死にかけの勇麻で良かったのだ。そうすれば、高見はまだ戦う事ができたのに。希望を繋げたのに。
なのにどうして、こんな何の価値も無い人間を助ける為に命を張ってしまったのか。
その命を無駄に散らした高見は、
「……つーか、さ」
「うん。なんだい? 遺言くらいは聞いてあげない事もないけど? うん」
「いつまで狩る側を気取ってるつもりなんだ? 寄操令示」
「?」
口の端から泡混じりの血を流しながら、不敵に笑っていた。
ガシっと、己の胸を貫く病人のように細く白い腕を掴む。
「今から俺っちが思い出させてやるぜい。……狩られる側の恐怖ってヤツを」
犬歯を剥き出しにして笑う高見秀人は、どこまでも勝利を確信したようにこう告げる。
「――『凍てつく時の零』!!」
瞬間。
高見秀人の身体を中心に、莫大な冷気が放出された。
夏真っ盛りの蒸し暑い空間を視覚化された白銀の冷気が覆い尽し、ほんの一瞬で床や壁面には分厚い霜が降り、一面が銀世界へと変貌する。
吐く息は白く、真夏だというのに肌寒い。背筋がこうも震えるのはきっと怖気だけが要因ではない。
「こ、これは……!?」
高見に腕を掴まれた薄衣透花が素っ頓狂な叫び声を上げた。
理由は簡単だ。高見に掴まれた部分から浸食されるように薄衣の身体がぺきぺきと音を立てて凍りつき始めたからだ。
――高見秀人の奥の手。
三つあるストックの内、まだ高見秀人が手の内を明かしていなかった最後の一つ。
射程ゼロ。対象と接触するのが絶対条件の、強力であるが故に扱いづらく、それ相応のリスクが伴う対寄操令示用の最後の切り札。
『凍てつく時の零』
とある神の子供達から高見が複製した神の力、その似て非なる力。
オリジナルとは比べものにならないくらいに貧弱で、複製できたとは口が裂けても言えないような劣化ならぬ退化品。
だがそれでも、これだけの密着状態で放てば寄操令示を一度くらい殺すだけの力はある。
そして、核を司るこの寄操令示を一度殺しきれば、もう二度と寄操令示が復活する事はない……!!
高見は己の痛みさえ掻き消すように不敵に笑って見せた。
「言ったろ? お前を殺すのは俺っちだって……!」
「……ッ!!?」
ここまであからさまに寄操令示が狼狽し、青ざめた様子を見せるのは初めてだった。
薄衣は圧倒的な冷気を放出する高見から必死で逃れようと、肉に埋まった左腕を引き抜こうとする。が、高見がその鍛え抜かれた肉体に力を込めるだけで、出口で突っかかったようにその腕はピクリとも動かなくなる。
「お前さえ封じちまえば寄操令示に次はない。ノコノコと出てくるべきじゃなかったな。“心臓”!」
「く……ッ! まだだっ、“僕”はまだ終わってない!」
薄衣透花は高見高見を貫いたのとは逆――すなわち右手の五指を目一杯まで広げると、その掌を目掛けて紫の光りが集まり始める。
干渉レベルSオーバーの神の力。
冒涜の創造主の力が行使され、薄衣の右手の上に新たな生命が芽吹こうとする。
「チッ! この期に及んで悪あがきか! あんまりみっともない真似で俺っちを失望させてくれてんじゃねーよラスボス!!」
血反吐を吐きながら高見が語気を強めると同時、放出される冷気がさらに勢いを増した。
薄衣透花を内部から凍てつかせる絶対零度の氷の浸食速度が速まり、薄衣の華奢な左肩までを完全に氷が覆う。
しかし、どうしても接触部位から伝うように侵食していく必要がある為、左腕と離れた右腕まで凍結し切るにはどうしても時間が掛かってしまう。
「くっ……!!」
「残念だったねタカミン!! たとえ“僕”が死んでも寄操令示さえ残っていれば、何度だって“僕”は蘇る! 結局、君の命を賭した行いにも意味なんてないのさ!」
間にあわない。
勇麻は確信する。あの右手で創造されているのは十中八九寄操の新しい“心臓”だ。
それを寄操令示が捕食すれば今度こそ終わる。
しかしこのままでは高見が薄衣透花を氷の彫像にする前に、心臓は完成してしまう。
新たな心臓が寄操令示に渡る事だけは阻止しなければ、『ネバーワールド』にいる人々――否、天界の箱庭に暮らす人々の命だって危険にさらされるだろう。
誰かが、何とかしないと。
――誰が?
高見はどう考えても無理だ。
重傷を負っている泉は問題外。
アリシアもその泉の治癒に専念している。
シャルトルとスカーレは目を覚ます気配はない。
……分かっている。
そんなの、一人しかいない。
他人任せにして、誰かに縋る事で解決できることなんて、何一つないのだから。
(俺が、俺がやらなきゃ……)
考えるまでも無く、他の誰かに頼るべき事でもない。だって、言ったから。
“俺が終わらせてやる”と。
約束したから。必ずみんなで帰ると。全ての元凶、寄操令示をぶっ飛ばすと。
だから。
「誰が……ッ! やるんだァ!!」
蹲る事しかできないボロボロの身体をどうにか起こそうとする。
それだけで焼けるような激痛が走った。
ピクリとも動かず、少し触れただけで弾けるような疼痛が左足を襲い、勇麻の身体中を駆け抜ける。
「ぐっ!? がぎぃっ……!! あ、ぁあああああッ!?」
「ッ!? 東条勇麻くん……君は、その傷で動けるのか!?」
左腕を失いバランスも取れない。右手の力だけでどうにか上半身を持ち上げ、右ひざを地面につく。
汗に濡れた右の掌が何度も滑りそうになり、その度に全身全霊を注いで腕に力を入れ直す。
左脚を僅かに接地させただけで頭が真っ白になりそうな激痛がよぎり、意識が明滅する。
「ぜひゅ……はぁ、はぁ……ぐっ、ぁ……くっ!」
痛みが痛みを塗りつぶし、立ち上がろうとする勇麻の脳裏を諦めと絶望が誘う。
逃げてしまおう。辛い事、苦しい事から、全部全部、目を背けて、逃げて逃げて逃げてしまえばいいんだ、と。
(馬鹿が……、そんな問いかけ、もう何回も何回も繰り返してきたってんだよ! 俺がそれで折れるようなら、元からこんな所に居る訳ねえだろうが……ッ!)
そんな己の内に潜む弱さに抗う。
抗おうとするその想いこそが、勇麻に力を与えてくれる。
勇気の拳が、死に体になってなお立ち上がろうとする勇麻を祝福するかのように、そのボロボロの身体に活力を与える。
右足と右腕に全ての力を注ぎこみ、死力を尽くして立ち上がる。
左足は地面に着けることもできず、こうしてる今も意識を奪いかねない激痛が絶えず身体に響く。
瞳からは無意識に涙が滝のようにこぼれ、流れる鼻水で顔を汚し、口からはみっともない嗚咽が漏れる。
けれど立ち上がれた。
ならば、後は進むだけ。
僅か数メートルの距離を、詰める。それだけ。ただそれだけの事が、こんなにも難しい。
「ォォオオオオおおおおおおおおおおッ!!? 凍り付けぇえええ……ッ!!」
既に薄衣透花は左半身のほとんどが凍結している。
しかし右手のうえの心臓は、既に拙い脈動を刻み始めていた。
だが薄衣も心臓の創造に全力を絞り出しているのか、まるっきり無防備な勇麻や高見に反撃を加える様子もない。
勝負は五分と五分。まだどちらに転がるか分からない。
「届け……、届けぇッ!!」
まるで壊れたカカシのように、一本足で跳びながら前に進む勇麻。
傍から見たら酷く滑稽な姿だったが、それでも彼は命を懸けていた。
一歩、一歩と進むたび、着地の衝撃が傷に響き顔を歪ませる。
涙を流し歯を噛み砕くほどに奥歯を噛んで、痛みに耐える。
あと、少し。
ほんの、二歩――
「くはっ……、あは、あひゃはははははっははははははははははははははははははははははははははははははははははっははッ!!?」
――薄衣透花の狂ったような哄笑が、全てにおいて東条勇麻が間に合わなかったことを無情に知らせた。
薄衣の掌の上。そこには、生き生きと命の鼓動を刻む、気味の悪い羽根の生えた肉塊が鎮座している。
『心臓』が、寄操令示を再び動かす核が、完成してしまっていた。
痛みと苦しみに歪んだ顔に絶望を浮かべる勇麻に、勝ち誇るように身体の半分を凍てつかせた薄衣が叫ぶ。
「残念だったねタカミン、東条勇麻くん! でもこれで……、『コンティニュー』だ! うん!」
「届けぇぇぇぇええええええええええええええ!!」
最後の最後まで足掻いて見せる!
勇麻の決意と強い意志を反映した勇気の拳が唸りを上げ勇麻の身体能力をさらに高める。
爆裂寸前の力を込めた右足一本で大地を蹴りだし跳躍し、伸ばした右手の指先は――しかし飛翔する肉塊を掠めるだけ。
受け身も取れずに地面に倒れ込む勇麻の脳裏に響くのは、あまりに無情な事実。
目を見開く勇麻の視線の先、翼を得た心臓はどんどん勇麻から離れていく。
届かない。
間にあわなかった。
全部、終わった――
そんな脱力にも似た諦観を勇麻が自覚し、勇気の拳から全ての力が失われるその直前。
凄まじい勢いで殺到した白銀の輝きが、寄操令示目掛けて一直線に飛ぶその心臓を叩き落とした。
飛翔を阻害され地面に落とされた“心臓”を縫いとめるように、薄気味悪い羽根に数本のフォークが突き刺さっている。
「ッ!?」
完全に予想外の反撃に薄衣の声が詰まる。
そして敗北の空気を切り裂くような一喝が、勇麻の耳朶に叩き込まれた。
「いいザマだな東条。ヒーロー気取りは所詮ヒーロー気取り止まりか?」
「才気……義和……?」
崩れた大聖堂の元入り口付近。そこに立っていたのは、勇麻と同じ高校生くらいの男だった。
髪を茶色に染め、どこにでもいるような風貌のその男、東条勇麻と殴り合い、そして敗北した少年。
才気義和。
おそらく先ほど心臓を撃ち落した攻撃は、貴金属限定の念動力を持つ才気の放った一撃。
そして……
「……勇火、」
「一泡吹かせにきたよ、“兄貴”」
ユニークとの戦いを恐れ、脱落したはずの東条勇火がそこには居た。
勇火が勇麻に向けてその手を翳すと、見上げるような位置にある勇火の顔に不敵な笑みが刻まれた。
「いいか“東条勇麻”。俺は、……東条勇火は、アンタの横に並び立てる! だから……」
バヂバヂィ! と暴れ狂うような放電音が響く。
音源は己の背中。
東条勇麻の背中に、四対計八枚の青白い光の紋様が刻まれた木の葉型の雷の翼――『雷翼』が展開されていた。
「兄貴のアンタが、こんなところで諦めてんじゃねええええ!」
背中の『雷翼』はバチバチと青白い火花を散らし、地に倒れ伏している勇麻の身体が、重力に逆らって宙に浮かぶ。
尋常じゃないエネルギーの高まりを背中に感じて、それが爆発する。
「いっけぇぇぇぇええええええええええええええええええええええ!!」
拳を握りしめた勇火が空高く叫ぶと同時、東条勇麻の身体が猛烈な加速度を伴って、地面を舐めるように超低空を飛翔した。
勿論背中の『雷翼』を操作しているのは勇麻ではない。
勇火が勇麻の思考を読み、狙いを感じ取って、真っ先に潰すべき物へと向かって全力で勇麻の身体を進めさせているのだ。
視界の先、捩じるようにしてフォークの切っ先から逃れた寄操の“心臓”が、勇麻の数メートル前で再び飛翔を開始している。
上半身のみとなって地面に倒れている寄操まで、あと一〇メートルも無い。
だが、
(絶対に間に合う。だって、これで間に合わない訳がないだろ……ッ! そんな事があっちゃ、いけないんだよッ!)
もう終わりだと、そう諦めてしまう所だった。
どれだけ頑張っても、歯を食いしばって理不尽に耐え、たった一つの希望を掴みたいともがく事に意味などないのだと、そう思ってしまう所だった。
でも違う。そうじゃない。
奇跡は起きる。
それも、偶然だとか、運命だとか、そんな曖昧で信憑性の無い物では無い。
傲慢だと思われようとも、自意識過剰だと罵られようとも構わない。それでも勇麻はこの時この瞬間、ある確信を持った。
決意の込められた人の行動は、他の誰かを動かす事ができるのだ。
勇麻の示した意志を、しっかりと受け止めてくれた人が居たように。
受け止め、そしてその上で。自分に抗おうと、立ち上がってくれた人がいたように。
奇跡とは起きるのを待つ物ではない。人の行動が、心が、そしてその積み重ねが作り上げる物なのだ。
(これは、この一撃は絶対に届く、いや……例え、本当は届かない物なんだとしても、届かせてみせるッ! それが、皆の気持ちを託された俺の、全うすべき事だから……!)
加速する。
背中の『雷翼』が燃えるような輝きと共に次々と燃焼し、空に消えていく。
視界の景色は既に意味をなさず、流れるように後方に消えていく。
限界を突破するような速度に、背中の放電音が一際その大きさと激しさを増す。
……さらに速く! もっと、もっと加速しろ!
縋り付く。
目の前を飛ぶ心臓との距離が縮まる。
文字通り、手を伸ばせば……届く!
背後で勇火の叫ぶ声が、高見の絶叫が、才気の咆哮が、アリシアの祈りの声が聞えた。
「勇麻ぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
「ラストォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォオオォォオオオオオ――ッッ!!」
その全てを背中に乗せ、東条勇麻は最後の一撃を放つ。
超絶的な速度で飛翔しながら放たれたその一撃は、脈打つその肉塊を一撃のもとに木端微塵に粉砕。
全てを打ち砕いた少年は、そのまま勢いを殺しきれずに跳ねるように床面をバウンドすると瓦礫の山に頭から突っ込んで、ようやく停止した。
瓦礫に突っ込んだ勇麻の背後。薄衣透花はその全身を完全に氷に包まれ、動かぬ彫像と化した。




