第四十四話 宴の終焉Ⅱ――勝利に捧げる心臓
終わった。
今度の今度こそ本当に終わった。
ぐにゃりと歪む左半分の視界の先、完全に意識を失ったらしい寄操令示は死にかけの虫みたいにビクビクと痙攣していた。
下半身を失い、腰から上しか残っていないにも関わらず未だに息があるあたり、流石の生命力と言ったところか。
とはいえ下半身を失った今の寄操に、ここから反撃するだけの力は残されていないだろう。
勇麻の、勇麻達の掴んだ勝利だった。
「く――っ」
そこまで考えるのが限界だった。
勝利の味に酔いしれる暇もなく、神経に直接図太い針を突き刺すような激痛が勇麻を襲っていたからだ。
「ぎ……っ、ぐぅ……ッ!」
左腕を庇うように押さえ、その場に蹲る勇麻。
誤魔化しようのない喪失感と、どうしようもない痛みが、そこに本来あるべき部位を襲う。
そう……、そこにあるべきはずの物が今の勇麻にはなかった。
東条勇麻の左腕は、先の爆発によって肘から先が吹き飛んでいた。
無理やり引き千切ったかのように粗削りな断面は焼け焦げていて、出血はそこまで酷くないのがまだ救いか。
千切れた左腕はどこぞに飛んで行ったようだが、もし原型が残っていれば、くっつけられるかも……などと、どこか現実逃避気味にそんな事を考えて、すぐにその思考さえも痛みで吹き飛んだ。
爆風の煽りを受けたのか左脚も通常とは真逆の方向に捻じ曲がっていて、踵が正面をつま先が後ろを向いている始末だ。
――肉を切らせて骨を断つ。
寄操令示の放った爆撃を敢えて受ける事によってその拳を届かせた一撃の、代償がこれだった。
まさに己が身を賭した一度限りの一撃。
今の勇麻は歩く事はおろか、まともに立ち上がることさえも不可能だろう。
微かにでも動けば激しい痛みが勇麻を襲い、その場から這いずる事もできない。
負傷を負った瞬間はアドレナリンで誤魔化せていた痛みが、今になって怒涛のように押し寄せていた。
ひたすらに熱い。身体中が高熱を持ったように発熱し、今にも炎上しそうな熱が、左腕と左脚を包んでいる。悶え転げるような刺激に、しかし脚が捻じ曲がった勇麻はその場で転げまわる事も許されない。
苦しい。このまま死ぬんじゃないかと錯覚してしまいそうな苦痛が勇麻を襲っていた。
でも、
「ぜぇはぁ……これ、で。俺の……勝ちだっ! ……寄操令示、お前が……踏みにじった物。全部、取り返させて貰う、ぜ……」
同じ轍を踏むつもりは毛頭ない。
寄操令示にトドメを指す事に意味はない。新たな心臓を捕食してしまえば、それだけで寄操令示は何度でも蘇り立ち上がるからだ。
ならば、どうにかして新しい心臓の捕食さえ防ぐ事ができれば、寄操令示はもう復活しないはずだ。
物理的に口を縛って封じるなり、何かしらの対策を取らねばならない。
しかし今の勇麻に寄操の捕食を封じる手段はない。
身動き一つさえ取れないような状況なのだ。それも当然だろう。
となると、勇麻が頼れる人物は限られてくる。
「た……かみ……」
勇麻の記憶が正しければ、アリシアも応急処置のスキルを持っていたはず。
一度彼女に泉を預けて、高見がこちらに来てくれさえすれば、事情を説明して、寄操の処理を任せる事もできる。
それに高見だって勇麻が寄操令示を倒した事に気付いているはずだ。ならば、勇麻のもとに駆けつけてもなんらおかしくはない。
だから、
ザッ、という足音が勇麻の背後で鳴った時。心底勇麻はホッとした。
安堵の吐息と共に、安心の言葉が零れる。
「高、見。よかった、来てくれて。……まだ寄操は、死んじゃいないんだ。あいつが死なないタネが……わか――」
そうして背後を振り返って――
――絶句した。
驚愕の声を上げる暇さえなかった。
びゅるんっ! と、その人物の手がしなるように伸び、勇麻の首筋をがしりと掴む。
がりがりと爪が食い込む。痛い。息が、苦しい。
緊急信号が脳内で鳴り響き、ただでさえ不足しがちな酸素がどんどんとその残量を減らしていく。
下手人はそのまま凄まじい握力で勇麻の首を締め上げつつ、立ち上がる事さえままならない勇麻の身体を、強引に引っ張り上げて持ち上げる。
「お……え、はっ。……たし…………か、」
壊れた足が宙に浮かびぷらぷらと行場なく揺れる中、東条勇麻は腫れて開かない右の目蓋の下でその瞳を精一杯瞠目させて、必死の思いでこう紡いだ。
「……う、すい。とう………………っか…………?」
勇麻の首を右手一つでワシ掴みにして締め上げていたのは、どこまでも希薄で、存在感が薄っぺらで、まるで空気に溶け込むかのような、そんな黒髪ロングの女性だった。
こてりと首を横に可愛らしく傾げる彼女の表情は、長く垂れ下がった前髪で見えない。
「……私、……薄衣透花、……心臓……」
「な……、ん?」
ボソボソとこもったように喋る薄衣の言葉は、不明瞭で不鮮明なためこの距離でも聞き取るのは困難だ。
だが、もし勇麻が正確に聞き取る事ができていたなら、その言葉はこう聞こえていた事だろう。
『私は薄衣透花という名の器。寄操令示の心臓――“核の器”』
☆ ☆ ☆ ☆
ぎりぎり、と。
ゆっくり、ゆっくり。ゆっくりゆっくりゆっくり。いたぶるように絞められていく首。抗おうにも左腕は肘から先が無く、抜け出そうにも捻じ曲がった左足はぷらぷらと揺れて思うように動かない。
何がどうなったか分からない。
順当に考えれば、寄操令示の危機に仲間が立ち上がったと、そう捉えるべきだ。
でも、それなのに、目の前の女は何かがおかしい。
まるで鏡越しに覗き込んだ世界のように、どこかあべこべなのだ。
薄衣透花。
もとより目立たない女性だった。
だがこうして目の前に立つと分かる。その目立たなさには、どこか人為的に仕組まれたような人工物的な雰囲気があるのだ。
寄操令示が引き連れていた仲間の中で、もっともインパクトが弱く、だが得体の知れない違和感を勇麻に与えるこの女性。
この女の正体は……一体……?
「アナタは、知り過ぎた。……寄操令示の核……辿り着いた、アナタは……排除しなければ……ならないい……」
ぼそぼそとした不明瞭な声が、だんだんと確かな音を取り戻していく。
次第にそれは、明確な意味を持つ言の葉として、勇麻の耳へと届けられる。
「……寄操令示は、……アナタの破壊を望まない……けれど、これは決定事項。……寄操令示の意志と核の意志とはまた別。……核がわたっ……“僕”。に与えた役割は核の守護なんだよね。だから……」
意志なき薄っぺらな言葉から、確かな邪悪の宿る言葉へと変貌を遂げて。
「……そう、だから“僕”としては非情に残念ではあるのだけれど、それも仕方ないよね! うん。もう充分に楽しませて貰ったし、そろそろフィナーレと行こうか! 東条勇麻くん!?」
「!?」
声色は変わらない。内気で自信なさげな根暗な女性の――薄衣透花の声だ。
でも、一瞬前と後とでは目の前の女性は明確に違う。
違う何かへと変貌――否、回帰していた。
「君は“僕”の不死のネタに辿り着いたみたいだけれど……残念! あと、もう一歩足りなかったね! うん。確かに“心臓”は寄操令示の核を成す物だけど、そこまで気が付いておいて、どうして“僕”まで辿り着かなかったんだい? ……あっ、この場合の“僕”って言うのは、そこの下半身ぶった切れて臓物丸見えで倒れている寄操令示じゃなくて、薄衣透花の“僕”だから。そこ重要ね? うん。……あっ、臓器丸見えは流石に恥ずかしいからあんま見ちゃやだからね? 後ろ振り返るの禁止!」
「おま……は……なん……」
「あ、ごめんね東条勇麻くん。もう質問は受け付けてないんだよ。カスタマーセンターのお客様サービス期間は終了さ。うん。でも、そうだな。寄操令示をここまで楽しませてくれたお礼として、“僕”の方から少しだけ教えてあげようかな」
間違いない。
間違えるはずがない。
この女は、薄衣透花などではない。
楓の身体を乗っ取り、アリシアを攫い、泉の身体に風穴を開け、高見を追い詰め、ネバーワールドを襲い乗っ取った大災厄。
干渉レベル『Sオーバー』にして冒涜の創造主の使い手。神の子供達、寄操令示だ。
「君が殺した寄操令示はね。うん。寄操令示であって“僕”ではない物さ。うん。まあ簡単に言うならばハズレクジさ。残念だったね? くたびれ儲けの骨折り損さん」
薄衣透花の皮を被った寄操令示は、髪の毛で表情の見えない顔をニヤリと横に引き裂いて、
「それじゃあさようなら。寄操令示が楽しかったってさ、うん。とても喜んでたよ? また来世、遊んでね!?」
宙に吊り上げられた勇麻の首から手を放すと、落下する勇麻の心臓目掛けて左の抜き手が放たれた。
一種の凶器と化した鋭い手刀が瑞々しい肉を貫く生々しい水音が響いて、パッと、血飛沫が舞った。
「げぶ……っ」
多量の喀血。
薄衣透花の左手は一切の容赦なく、己が目の前の男の肉を貫き風穴を開けた。
絶望がじんわりと広がり、背中を震わせる。
目の前がまっくらになるような感覚。取り返しのつかない事態が進行し、そしてもう戻る事はできないのだと、直感がそう告げている。
命を失う。これで終わり、死。死亡……。死ぬ……? 本当に……?
喪失の恐怖が加速度的に膨れ上がる。
勇麻の心を押しつぶすように、逃れようのない絶望が少年を掴んで離さない。
「……は?」
だが。当の薄衣透花――寄操令示は、致命的な手傷を負わせたと言うのに、しかし勝ち誇ってなどいなかった。
歓喜と勝利によって歪められるハズの笑みは崩れ、困惑と驚愕、そして少しの怒気を孕んだ視線で、己の左手が貫いた人物を凝視している。
そもそもの話。
その魔手の犠牲になったのは、“東条勇麻などではなかった”。
「……なあ。嘘、だろ?」
未だ現実が抜け落ちたように覚束ない喪失の感覚の中、大量の返り血で真っ赤に染めた顔を泣き笑いに歪めながら、そう東条勇麻は問いかけた。
勇麻を庇うように虚空を渡って現れ、目の前で盾になるように胸から背中を貫かれた友人へと向かって。
「なんで……だよ。高見ィぃいいいいいいいいッ!!?」
☆ ☆ ☆ ☆
時間は少しばかり遡る。
飛翔する肉塊を寄操令示が捕食した。
その瞬間を目の当たりにしていた高見秀人の脳内を駆け抜けた衝撃は、同じ光景を目にした東条勇麻が受けた物の比ではなかった。
文字通り電撃の走り抜けるようなショックに呼吸をすることさえ忘れ、高見は超高速で頭を回転させる。
(今のは……心臓? それを寄操令示が捕食した、だと!?)
目の前の状況を整理する事も儘ならず、しかし事態は高見を待つことなくどんどん最悪の方向へと進行していく。
心臓を捕食した途端寄操の背から生じていた触手が引っ込み、代わりとなる羽根が生えてきたのだ。
あれだけ苦しみ悶えていた死にかけの寄操令示が、明らかに生気を取り戻しているのが分かる。
さらに……。
(何だ? 何かを吐き出した、のか? あれも……心臓? ……寄操令示は心臓を取り換える事で、その生命を保っていた……!?)
しかしこれで結論ではない。
寄操令示が心臓を捕食し取り換える事でその命を繋いでいるというのは、流石に無理がある。
致死量を完全に超えた出血も、鼓動を止め、完全に生命活動の停止した肉体も、所詮は臓器の一つでしかない心臓を取り換えた程度で再び命が動き出すとは思えない。
考え、考え、考えて、自分の扱ってきた多種多様な力と比較検証し、頭に残る資料や情報の数々と条件を照らし合わせて最終確認をしてそして結論に至る。
寄操令示は、そもそも一度も死んでなどいない、と。
死者蘇生を可能にする神の力など、どれだけ治癒に特化した神の力でも聞いた事がない。
これは、数多の神の力を模倣し扱ってきた高見だからこそ分かる、職人技的な微細なバランス感覚による判断だった。
他にもっともらしい根拠はない。
だが高見は、これまで数々の任務を成功に導いてきた己のその推測を信じぬく。
唯一無二に成りたくて、でもなりきれなかった彼の、それは最後の意地でもあった。
(寄操令示はそもそも生き返ってなんかいない。そう仮定したとしよう。だとしたらあの肉体は俺っちが一度殺した寄操と同じ偽物で、あの“心臓”を動力源に動く空っぽの器と見るのが妥当なところか?)
とそこまで考えてから、気持ちの悪い引っ掛かりがある事に気が付く。
(……ちょっと待て、空っぽの器で偽物、そこまではいい。あっているハズだぜい。なら俺っちは、一体何を見落とした? 何か、考えるべき何かを、見落としている気が……)
心臓を一度は確実に停止させたのにも関わらずに蘇る異常性。
致死量を超えた出血。
数多の負傷を受け、しかし死なない。異常なまでの――いっそ不死と言っていい次元の――耐久性。
生と死に関する異常な観念。
正気とは思えない狂気的な態度と言葉。
自分の命さえも軽んじるような姿勢。
それらを鑑みて見えてくるのは、己の死をいっさい考える必要がないが故に、他者の命を弄び蹂躙しようというどこまで行っても他人事だからこその残虐性。安全席から好奇心によって戦争を眺める子供のような、無垢なる邪悪。
ならばそれを支える寄操の不死性は?
キーワードは心臓の捕食。
取り込まれた新たな心臓と吐き出された古い心臓。
目に見えない極小サイズの虫達で形造られた偽物。
空っぽの器。
空っぽの器を動かす為には動力、すなわち心臓が必要で。心臓はおそらく寄操令示の神の力で製造されて………………………………。
……………………………………………………………………………………心臓?
(おいおいちょっと待て、……心臓は? その心臓はどこから降って湧いてきやがったんだ……!?)
そうだ。
あの心臓が寄操の神の力によって造られた物だと言うのなら、それは一体どこからやってきた?
戦闘中の寄操令示に己の心臓を生成していた素振りはない。
そもそもあの心臓は、勇麻の横を通って寄操令示の元まで飛翔していたのだ。つまり、出所は……。
(勇麻の背後、最初にシュウちゃんが崩した瓦礫の山? でも、あそこには何も……………………………)
……無い。そう断言しかけて、しかし幼き日に神童と謳われた高見秀人の脳がほんの僅かに隙間の生じた記憶の引き出しから、一攫千金の可能性を引き当てる。
(いやあるっ、いや、いる! あの女……薄衣透花が!!)
それは、曲がりなりにも『ユニーク』に所属していた高見だからこそ気が付けた可能性だった。
『ユニーク』潜入の際に高見秀人は寄操令示を含めたメンバー全員の神の力とその特性や弱点、さらには性格や行動パターンまでを調べ尽し頭に叩き込んでいた。
さらに言えば、高見秀人はここ数週間、彼らと常に行動を共にしていたのだ。
そしてこの場合は、薄衣透花の神の力に“慣れていた”、というのが一番大きな要因だった。
でなければ、己の存在を可能な限り希釈する事に特化した薄衣透花の存在をこうして思い出す事すらできなかっただろう。
思えば薄衣透花という女はもとより『ユニーク』という組織において不自然な存在であった。
彼女の神の力は『認識不可』。干渉レベルCプラス程度の、さして強力とは言えないような中途半端な力だった。
相手の神の力を食い尽くす咀道満漢の『万食晩餐』や、片方の瞳で視認した相手の攻撃をもう片方の瞳の視線の先に肩代わりさせる野呂伊草の『咎の視線』と比べると彼女の神の力は格段に見劣りする。
かと言って、神の力を活かした近接戦闘が得意なのかと言われればそういう訳でもなく、戦闘も鈍器などに頼らなければならないレベルで貧弱だ。
……事実薄衣は『最大火力』の反動で神の力を使えない泉修斗や、本来の力の半分以上を喪失していたシャルトルやスカーレ達に対して多対一とはいえ圧倒的なアドバンテージを持ちながら敗北している。
寄操令示以外とはほとんどコミュニケーションを取らず、同じ『ユニーク』のメンバーでも彼女の現在位置を把握している者はいない。
そのうえ、寄操令示は薄衣透花の自由行動を半ば黙認している節まである。
正直に言って高見は、なぜ寄操令示がこの女を『ユニーク』の正式なメンバーとして扱っているのか分からなかった。
だが、そもそも薄衣透花という神の能力者が存在しないのだとしたら?
薄衣透花の正体が寄操令示の造り上げた創造物なのだとしたら。
彼女という存在は、寄操令示の何らかの核――すなわち心臓の隠れ蓑として機能していて、存在を薄めるというその力は神の力などではなく、寄操令示が己の創造した虫に与える特性……風除けの特性によって楓の風を全て無効化したように――例えば“擬態”のような特性を与えられていたとは言えないだろうか。
そして、薄衣透花が寄操令示の創造物であるとするならば、彼女という個体が宿主と同じく冒涜の創造主の力を使えても何ら不自然ではない。なにせ、数多の見えざる昆虫で形作られた本物(?)と遜色ない実力を誇る寄操令示の偽物という前例がある。
そうすれば、勇麻達が寄操令示と戦う陰で新たな心臓を創造し、殺された寄操を蘇らせることだって容易な事だ。
ここまで来ると薄衣透花が泉達に敗れて早々に退場したのも、認識を自分から逸らす為の行為だったとしか思えない。
(これで全てに辻褄が付く……! 薄衣透花の力があれば、寄操令示は誰にも気づかれる事無く心臓を創造して、安全地帯から無限に空の虫人形の動力を入れ替えられる!)
が、それが分かったところで薄衣透花を探すという行為は、砂漠に落ちた一本の針を探すように困難な所業であることに違いはない。
薄衣透花の存在を思い出す事ができたとは言え、それは彼女の力から完璧に逃れられたという訳ではないのだ。あくまで防壁の一つを破った、と見るのが妥当。
友の命を懸けたかくれんぼは未だ続いている。
見つけられなければ、待っているのは蹂躙と全滅。
全神経を集中させ辺りを見渡すが、当然黒髪ロングの女性の姿は見当たらない。
(……薄衣透花が自らその存在を隠匿している限り、俺っちにはどうする事もできない。でも、寄操令示が致命傷を負って倒れれば、あいつはまた心臓を創造せざるを得なくなる。その瞬間、ヤツの意識が外界に僅かでも漏れ出た瞬間なら俺っちにでも捉える事は可能なはずだぜい!)
鋭く細めた高見の視線の先、勇麻は今も決死の闘いを続けている。
何度も地に膝をついて、それでも歯を食いしばって立ち上がる。どこからそんな力が出てくるのか、東条勇麻は満身創痍の身体で、それでも寄操令示に喰らい付きていく。
その懸命な姿に湧き上がる衝動を、奥歯を噛み締めて黙殺するしかなかった。
「ユーマ……耐えてくれ……っ」
今すぐ援護してやりたかった。
高見も戦闘に加わり、東条勇麻の力になりたかった。
だができない。
高見が戦闘に参加してしまっては、薄衣透花の動くその決定的な瞬間を見逃してしまうだろう。
高見秀人は、決死の覚悟で戦っている友の為に、友への助力という選択肢を断腸の思いで捨てる。
少年は機を待った。
待って、待って待って待って待って待って待って待って………………全てに決着が着いて。
そしてついに――彼女が動いた。




