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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第三章 災厄ノ来訪者ト死ノ狂宴
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第三十九話 捲土重来Ⅱ――魔王と囚われの姫

 神の能力者(ゴッドスキラー)の両親を持つ寄操令示は、生まれながらに異常なまでに高い干渉レベルを持つ稀有な赤ん坊として、この世に生を受けた。


 世界中に三つしかない神の能力者(ゴッドスキラー)関連の研究都市の一つ、ロシア国内部に存在する新人類の砦アドバンスフォートレスにおいても彼の存在は極めて希少価値、研究価値共に高かった。

 沢山の研究施設から『多額の報酬を出すので是非引き取らせて欲しい』との声があがったが、寄操の両親はそれを断った。

 一人目の愛息子をみすみす手放すなどと言う馬鹿な真似をするはずがなかった。それに、いくら干渉レベルが高いとはいえ、自分達も神の能力者(ゴッドスキラー)なのだ。この無垢なる命に恐れを抱くようなこともなく、ただただ愛おしかったのだろう。


 それでも結局――紆余曲折あって――寄操令示は物心つく前に、専門の研究施設によって引き取られる事になる。

 ――その引き取りの話が持ち上がる数か月前に、彼の両親が謎の変死を遂げた事は、公には知られていない事実だ。

 

 物心つく前から高いレベルで神の力(ゴッドスキル)を扱えた寄操は、その特殊な生活環境もあって『普通』を知らない生まれながらの異常者として育った。


 研究員達はどれも事務的で、幼い寄操の遊び相手は己の神の力(ゴッドスキル)で生み出した昆虫達だけ。

 とはいえ、寄操は自らの生み出した生命と特別な友情を結んだ訳ではなかった。


 生み出しては殺し。

 殺しては生み出す。

 

 幼く、純粋無垢で無知な寄操は、それ故に禁忌を知らずどこまでも残虐だった。

 子供がアリの巣を水没させて遊ぶような物だ。寄操が築き上げた死骸の山は、僅か一日で己の背丈を越えていた。

 無邪気さは、時に毒だ。


 特に、生命の神秘に触れる禁断の力を持つ寄操にとって、死と生に触れ続けたその時間は、他のどんな物よりも濃密で、心躍る物だった。

 命という瑞々しい輝きに触れる度に、その瑞々しき生を奪う刺激ばかりを寄操令示は覚えてしまった。

 いつしか寄操は身も心も魅了されてしまっていたのだ。


 命の尊さ――ではなく、その散り際の、魂の光り輝く脈動に。


 幼かった寄操は、やけに興奮した顔で研究者にこう語ったと言う。「僕には、生き物の魂が見えるんだ」と。

 

 死の瞬間、命を散らす魂は、まるで燃え上がるように一層強く光り輝き、そして空気に溶けるように消えていく。

 その儚い輝きは、どんな宝石や芸術作品、夜空の輝きにも勝る究極の美だった。

 だから寄操は不思議でたまらなかった。


 そんな美しい物を内包した生き物ってヤツは、それなのにどうしてこんなにも醜いのだろう、と。


 既に研究施設でも御しきれない存在になっていた寄操は、暴走を恐れた研究者達の手によって、特殊な神の能力者(ゴッドスキラー)のみを集めた小学校へと今更ながら通わされた。

 上層部は同世代の子供と触れ合う事で寄操令示にまともな倫理観を身に付けさせて、その手綱をどうにか握ろうとしたらしいが……その選択は些か遅すぎたのかもしれない。


 転入生として教室に投げ込まれた寄操を待っていたのは、生まれて初めての同世代の人間という、“新品の魂の入った肉塊”だった。

 少なくとも寄操は、自分の周りを動くソレを、そういう風にしか見ていなかった。


 不気味な笑みを湛えて、気味の悪い昆虫達を携え、それを殺して遊ぶ寄操。そんな少年を誰もが不気味がり、恐怖し、そして拒絶した。


 『気持ち悪い』


 どうしてその言葉が自分に向けられたのか、その理由は良く分からなかったけれど、それが極めて不快な感情を内包している事には気が付いたし、周囲の人間が自分を疎ましく思っている事は理解できた。

 だから寄操は、『気持ち悪い』を出来るだけ排除しようとした。

 排除する為に、綺麗な物で世界を埋め尽くそうとして――目につく物全てを殺した。

 無邪気に、心躍るままに、我儘に自儘に、惨殺した。

 その魂の散りざまをただ見たくて。『気持ち悪い』のだと言うのなら、綺麗な物を見せてあげようと、心からの親切心で、全てをグロテスクな赤と黒に染めあげた。

 

 燃え上がるように光を失っていく同級生たちの血肉の海の中で、寄操は酔いしれるように、こう思ったのだ。

 ……命って、なんて醜く脆弱で、そしてなんて美しいんだろう。



☆ ☆ ☆ ☆



 ――獣だ

 手傷を負い、ボロボロになるまで追い詰められた少年は、鬼神の如き形相で怒りに吠える。

 その姿からは、己が傷つくことを一切(かえり)みず、ただ眼前の怨敵を滅するまでは止まらないという、強固な意志を感じる。

 それはまるで呪いか何かのように少年を縛る。雁字搦めに。首も回らないくらい、深く強く。それは浸透する。

 そんな少年の姿はまさに――手負いの獣同然だった。

  

 今にも途切れそうな意識の中、高見秀人は眼前で繰り広げられる殺し合いに身を投じる友人を、そう評した。

 

「ゆう……、ま」


 上下反転した世界の中、それでも必死に想いで言葉を紡ぐ。

 だけれども声は届かない。

 届かないところまで彼を進ませてしまったのは、一体何だったのだろうか。

 その答えを考える間も無く、高見秀人の目蓋は重く、意識は再び闇に沈んでいった。



☆ ☆ ☆ ☆


 

 理性が声を上げている。

 静止か、それとも続行か。

 どれでもいいし、何でもいい。もとよりそんな警鐘に従ってやる義理もない。


 勇麻の中の何かが、声を上げているのが分かる。

 喜び誘う声か、嘆きと警告の言葉か。

 でも、そんな事は本当にどうでも良かった。


 目の前の男の息の根さえ止める事ができればそれで。


 他に何もいらない。

 善悪も正誤も正邪も是非も可不可も理性も理解も理論も何もかも。

 何も無くていい。何者でなくとも。何者になれなくとも。どうでもいい。些細な事だ。

 

 東条勇麻が今この瞬間求めるのはたった一つ。寄操令示の死、それのみ。ただそれだけの為に、勇麻は全ての感情と力を乗せて拳を振るう。

 なのに。


「どうしたのさ、東条勇麻くん。うん。僕を殺してくれるんじゃなかったの? 許せないんでしょ、僕が。命を適当に扱う僕を、君は殺したいんでしょ?」

「げほっ、がほ……っ!?」


 神の子供達(ゴッドチルドレン)。そんな傲慢にも神様の子供を名乗る存在の、本気――なのかどうかも分からない、気紛れのような圧倒的力の前に、勇麻は膝を屈しかけていた。

 

 強い。

 実力差が、あり過ぎる。

 そもそも同じ次元で実力を語る事がおこがましい。目の前の少年が、人類とはまた別のフィールドに立っている異物としか思えない。

 例えるならそう、自転車のロードレーサーと、自動車のレーサーで速さを競うような物だ。

 そもそも立つべきステージからして違うのだ。勝敗などわざわざ語るまでもない。競う、というレベルにすら達さない。


 今まで目の前の存在がいかに手を抜いて勇麻達の相手をしてくれていたのか、それが嫌でも分かってしまう。

 今の今まで勇麻達が存命しているのは奇跡でも何でも無い。寄操令示の慈悲だ。

 もはや殺さない方が難しいような力量差で、寄操は勇麻達を弄んでいたのだ。 


「それとも、やっぱり……トモダチがピンチにならないと、力が湧いてこなかったりするのかな? うん。友情パワー的なさ」


 こくりと可愛らしい仕草で寄操が小首を傾げる。

 すると、高見の首まで伸びかけて静止していたはず蔦が、ゆっくりと、その細い首を這い始める。


「テメェッ、やめろ!」

「東条勇麻くん。僕は楽しみたいんだよ。僕ってほら殺人鬼とかそんなんじゃないからさ。別に人を殺す事を特別おもしろい事だなんて思わないけど、でも、死に至るまでの反応には興味があるんだ。うん。だから僕はゲームは好きだよ。誰かの生き死にが関わった途端、どうしてか人って剥き出しの感情を見せてくれるんだもの。その時の魂の輝きも、死の間際に負けないくらい綺麗で好きだなぁ僕は。うん」


 ミシミシと、高見の首に巻き付いた蔦が音を立てる。

 意識を失っているはずの高見が口から泡を吹き、苦しそうにビクンビクンと跳ねる。

 再び己の全身の毛が逆立つような激しい怒りが湧き上がり、痛みもダメージもその全てを無視して跳ねるように立ち上がる。


「やめろって……言ってるだろ!!」


 弾かれるように勇麻の姿が霞んだ。

 かと思えば、寄操までの数メートルの距離は既にゼロにまで縮まっており、懐深くに踏み込んだ勇麻の拳が、裂帛の気合と共に放たれる。

 ゴッ!! と、凄まじい拳圧を伴った剛拳が寄操に迫り、それを何でもない顔で背中の触手が絡め取るように受け止める。

 それは防御――ではない。

 寄操はそのまま勇麻の力を利用し、巴投げの要領で背後に投げ飛ばす。

 激しく錐もみ回転しながら硬い床面に叩き付けられた勇麻は、しかし止まらない。痛みも無視して転がるように立ち上がると、再び格上の少年へと喰らい付く。

 

 背後からその背中に跳びかかるようにして放つ跳び蹴りを、寄操は振り向きもせずに六ある肉の触手の一つで受け止めた。

 返す刀で一撃。伸縮自在の触手が、十分な速度と距離を得て上から下へと振り下ろされる。

 死にもの狂いでバックステップを踏み直撃を回避した勇麻に、砕かれた床の破片が、散弾の如く襲いかかる。

 続けての回避は出来ず、そもそも防御は選択肢に存在しない。

 数えきれない破片に身体を叩かれ、血反吐を吐きながらその身体が吹き飛ばされる。ボールのように大理石の床を跳ねまわり、壁に衝突してやっと止まる。


「がぁっ!? …………。く……そっ! がぁっ!!」


 勇麻が止まったのを見計らったかのように、息つく間もなく追撃が開始。

 おそらくはワザとギリギリ回避できるレベルに加減されたそれを、それでも本当に限界ギリギリのところで回避。 

 自分が遊ばれているという事実に無力さを痛感するも、その感情をドス黒い怒りが塗りつぶすように上書きする。

 

 許さない。絶対に。

 だって、許せるハズがない。

 コイツは何人も何人も何人も、何の罪もない人を殺した。それを悪いとも何とも思っていないような人間だ。

 大層な目的も理由も動機も過去も理屈も理論も背景も無く。ただ、そうしたいからという幼稚で原始的な欲求に従って、命を弄ぶ正真正銘の屑野郎。

 その上コイツは今、勇麻の大切な仲間までもを気紛れのゲーム感覚で殺そうとしているのだ。

 許せない。

 絶対に。


「うん。東条勇麻くん。実は僕ね、最初に見たときから君に興味があったんだよ。うん」


 眼前から迫る、槍のように突き出された二本の触手による長射程の攻撃を、左右の拳で裏拳気味に側面を叩いてやり過ごす。

 そのまま地面を蹴って、直線的な軌道で寄操へと接近を図る。


「君の魂は、どうしてだろう。今まで見たことの無い色と形をしているんだ。不思議だよね。あんなに沢山の魂を見てきたのに、君のそれは他のどれとも違う。うん。何だろうね、そもそも霞んで良く見えないんだよ。まるで中身の分からないびっくり箱みたいにね。うん」


 突如、五メートル以上の距離があったはずの寄操が目の前に現れる。

 瞬間移動かと錯覚するような速度だが、違う。

 大理石の床に深く突き刺した触手を起点に、巻き取るようにして己の身体を移動させたのだ。

 おそらくは先ほどの突き攻撃をそのまま利用したのだろう。虚を突かれた勇麻は、咄嗟の事にまともに反応する事ができない。

 驚愕に固まった身体を嘲笑うかのように、寄操の掌底が叩き込まれる。

 

「う……ぐっ」

 

 さほど威力の無い一撃は、しかし人体の急所を的確についていた。

 息を詰まらせ身体をくの字に折る勇麻の目の前で、踊るように寄操が一回転。当然寄操に合わせて振り回される六本の触手が、勇麻の身体を野球ボールのように打ち飛ばす。

 視界がまたも上下左右滅茶苦茶になり、痛みが思考を阻害する。やけに遠くの方から聞える寄操の言葉も、今の勇麻には何の意味も持たない雑音にしか聞こえなかった。


「僕は君の中身を知りたいんだ。うん。魂の色を、その輝きを……。だからもっと、もっと見せておくれよ!」


 まるで手足のように自在にうねる触手が地面を強く叩き、その反動を利用した寄操が飛ぶように勇麻を追う。

 地面に落下する前に空中で追いつかれ、寄操の顔が一瞬、嗜虐しぎゃくに満ちた笑みを帯びる。

 次の瞬間、ハンマーのように振り下ろされた触手の一撃が炸裂し、強引に勇麻を地面に縫いとめた。


 轟音と共に大理石を砕き、床にめり込んだ身体はピクリとも動かない。

 苦しげな喘ぎと、それに混じる鉄錆の赤。

 もはや赤に染まっていない部分を見つけるのが難しいくらい、東条勇麻は血塗れだった。

 だらりと、脱力したように伸びた両腕の先。握った拳が力なく解けていく。


「ふ、ざけん……な。まだっ、俺、は……」


 二言、三言言葉を紡ぐのでさえ、血管が浮かび上がるような労力を要した。

 戦意はある。 

 怒りの炎は未だ激しく熱々と燃え盛っている。

 持てる力の限りを尽して寄操令示を殺す。

 それを成し遂げるまでは、終われない。

 それなのに、身体が、動かない。

 握った拳は解け、叫ぼうとした端から空気が漏れ出て行く。


「ねえ? もう終わりなの? うん」


 立ち上がろうと足掻きもがき続ける勇麻を、寄操の冷たい双眸が見下ろす。

 笑わない瞳に感情は映らず、いつも気味の悪い笑みを浮かべている口元も、つまらなげに閉ざされていた。

 寄操は、まるで興味のない路傍の石を眺めるようにして、


「うん。全然見えなかったよ、君の魂。うん。僕がこんなに期待してたのに、こんなに楽しみだったのに。どうして? まだ足りないの? それともやっぱり、殺さないと見えない?」


 ぐちゅり、と。

 勇麻の左腕を鋭く尖った触手の先端が貫いた。

 痛みより驚きより何より、困惑が真っ先に訪れて、思い出したかのように痛覚が悲鳴をあげた。


「がぁっっ……!? ぅぎィ、っぐぁああああああああああああああああああああッ!!!」


 上腕と前腕を繋ぐ関節部分をこじ開けるように差し込まれた異物に、勇麻の全身が拒否反応を起こしている。異常な量の脂汗が流れる。勝手に溢れ出る涙を、止める事もできない。無我夢中で己の腕を貫く触手を右手で掴むも、それで何が出来るという訳でもない。

 痛み、というより痛烈な刺激のような熱が身体の中で暴れ狂い、勇麻の頭を狂わせる。

 痛みにのた打ち回ろうにも、昆虫の標本のように地面に縫いとめられた腕が、自由に動き回る事を許さない。

 傷口から噴き出すような血が、寄操の頬をまだらに赤く染め、それを美味しそうに寄操の長い舌が舐めとる。ゾッとしない。

 

「楓ちゃんの時は上手くいったんだけどなー。うん。どうしたら君はもっと絶望してくれるんだい? どうすれば君は、もっとありのままの叫びを聞かせてくれるんだい? どうしたら君は、その魂をさらけ出してくれるんだい? 教えておくれよ。うん」

「がぁああ……っ! うぐっ、ぎィぎ……はあっ!? はぁ、うっ……がはっ、ごぉあッ!?」

 

 ぐちゅぐちゅと、傷口をえぐるように触手を上下させながら、折れそうなほどに首を傾げる寄操。しかし勇麻は頭を支配する激しい痛みで、何かを答えるどころではない。

 貫かれた左腕にもはや感覚は残っておらず、どれだけ力を籠めようともピクリとも動かず、もはや飾りにしかなりそうにない。

 勇麻に背を向けスキップを踏む寄操の視線は、未だ上下逆さで宙吊りにされている高見へと伸びていた。

 

「はぁっ、ぜぇ。はぁはぁ……」

「やっぱりタカミン殺しちゃおっかな。うん。そうすれば君の魂を、きちんと見る事ができるのかな? それとも――」


 寄操は高見の方に向けた視線を、意味ありげに背後の勇麻に一度だけ移し、


「――こういうゲームの方が好みだったりするかい?」


 嫌な予感がした。


 その言葉の先を寄操令示に喋らせてはいけないという、確信にも似た警告があった。

 しかしそれを聞いたところで、縫い付けられ地に沈む勇麻にできることなど何も無い。

 無力な少年はただ、寄操令示が致命的な境界ラインに踏み込むところを、見上げるようにして眺めているしかなかった。 


 だから。

 そんな寄操の言葉と共に瓦礫から再び植物の蔦のような触手が伸びた時は、心臓が止まるような想いだった。

 高見を拘束するソレと全く同じ種類の昆虫なのであろう、蔦や蔓のような、深い緑色をした触手のその先端。

 その用途が、拘束や捕獲に使われるであろうその触手の先には、当然囚われの身となった人間が居て然るべきだ。


 予想しておかなければいけなかった。 

 でも、それを勇麻は拒んだ。

 拒んだからこそ、緩和しようの無い莫大な衝撃がその胸を襲った。

 だって、こんな事になる前に、手遅れになってしまう前に、全てを終わらせるはずだったのだ。

 スネークだって言ってた。まだ間に合うのだと。

 だから勇麻はその言葉を信じて、無事を信じて、全てが台無しになる前に、決着をつけてしまうつもりだったのだ。

 “失敗”した時の事なんて、何も考えていない。やる前から負けた時の事など、想像する訳がないのだから。

 

 勇麻の瞳が、千切れんばかりに見開かれる。

 涙も出ない絶望が、勇麻の心を底なし沼に叩き込んだ。

 ゆっくりと、冷たい感触が身体を這いあがってゆく――否、違う。これは、勇麻が沈んでいるだけだ。

 底なしの絶望へと。


「アリシア……?」


 真っ白な少女。

 記憶を失い、自由を奪われ続けていた、どこまでも純白な汚れなき少女。

 かつて東条勇麻がその身に背負った義務感と罪悪感から、彼女を助けようとして、けれども逆に心を救われた――そんな勇麻にとってとても大切な、女の子。

 ようやく当たり前の日常を手に入れて、まだまだ下手くそだけど、ようやく心の底から笑えるようになって、独りが嫌いで、みんなで何かをするのが大好きで、ちょっと天然ボケなところがあって、でもとても優しい、どこにでもいるような女の子。

 なのに。


「さぁさぁさぁッ!! 皆さんお待ちかねボーナスステージの時間だぜぇえええええッッッ!!? いえーいっ☆」


 両手を広げ、寄操はまるで感情の籠っていない絶叫を天高くあげて、


「どうだい勇麻くん。愛しのアリシアちゃんと再会できた感想は? うん。どうせなら死んじゃう前に会いたいのかなーって思ってね! 気を利かせてみたんだけど、喜んでもらえたかな? うん」

 

 瓦礫から伸びる触手のその先端。

 そこには、ぴくりとも身じろぎのしない、純白の少女――アリシアが囚われていた。

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