第三十五話 VS.冒涜の創造主《プラスハディア・クレアトール》Ⅰ――反撃の咆哮
高見秀人は非常に非凡な戦闘センスの持ち主である。
彼の背神の騎士団における主任務は諜報や密偵、情報操作などの特殊工作がほとんどだ。
とは言えそれは、彼が戦闘が苦手であることの根拠にはなりえない。
戦闘ができないから、仕方が無く諜報員として活動している訳ではない。
理由は単純。背神の騎士団の団員の中に、諜報員として高見以上の適役がいなかったからだ。
高見秀人の神の力、『劣化複製』の柔軟性と応用力の高さは騎士団随一だ。元からのスペックに加え数多の神の力の映像を保存したメモリーカードと、そのデータを閲覧する為の片眼鏡型映像再生端末。これらによる補助を受ける事で、高見秀人はほぼ全ての状況に対応する事ができると言っても過言ではないだろう。
相手に合わせて、場所に合わせて、状況に応じて、己の操る神の力を変幻自在に換装する事ができる高見は、例え突発的に予期しない危機的状況に陥ったとしても、それを打破する為の条件を自在に整える事ができる。
そしてそれは、戦闘に置いても同様だ。
例えるならばそれは、後出しじゃんけんのような物だ。
相手の弱点に合わせて好みの『組み合わせ』で戦える高見は、常に戦場の主導権を後から奪い、握る事ができる存在なのだ。
「はぁ、はぁ、げっほッ、ごほっ!?」
だからこそ、高見秀人は今回の任務──寄操令示という超大物を含む『ユニーク』の殲滅──に単身挑むという決断をする事ができた。
例え相手が『神の子供達』などと呼ばれる規格外の怪物の一人であろうとも、高見の優位に変わりはない。どれだけ格上だろうとも、自分の領域に引きずり込んでしまえさえすれば勝機はある。
これまでの経験に裏付けされた、そんな自負があった。
「ねえねえタカミン。僕最近好きな子ができたんだけどさー、その子はどうやら僕以外の男の子に想いを寄せてるらしいんだよね。うん。その子を手っ取り早く振り向かせる為にはどうしたらいいと思うかな? うん」
誰にも真似出来ない、高見秀人にしか出来ないコト。
それを成し遂げて、自身の存在価値を証明する。
そうしなければ高見秀人に生きる価値など存在しない。
彼にとっては今回の任務が一世一代の大舞台であり、だからこそ負ける訳にはいかない戦いだった。
「うん。でもさ、結局のところ男の子が女の子と付き合いたい理由なんてさ、その子とヤリたいからでしょ? だったら別に僕の方に無理して振り向かせる必要なんてないよね! うん。僕に一生逆らえないくらい滅茶苦茶に犯しちゃえばいいんだもの。うん。そうだ、そうしよう! きっとそれが一番いい!」
色鮮やかなステンドグラスから漏れる日の光が、まるで絵画のような幻想的な光景を造り出す中、神聖な領域を穢すように邪悪で醜悪な声が空間を侵食していく。
――そこはまるで、別世界のような場所であった。
先述した美麗なステンドグラスも勿論の事。
大きな扉から入って真正面には、立派な装飾の施されたパイプオルガンが、ずっしりとした存在感を放って鎮座している。
その空間の四隅には巨大な彫像が飾られており、壁一面に施された意匠をこらした複雑怪奇な紋様や壁画は、いちいち見る者の目を奪う。
ぴかぴかに磨かれた大理石の床は、まるで鏡面のように高見の顔を映していた。
西洋の大聖堂をイメージして作られたであろうこの建物は、アトラクションの一部であるそうだ。
一部、とは言ってもアトラクション本体ではない。この建物をさらに奥に進んだ先に搭乗口があり、つまりこの荘厳な聖堂はアトラクションに並んだ人達が通過する通路の一種なのだ。
ここまでの作り込みをしているのは、待っている間にもゲストに退屈な思いをさせない為の配慮でもあり、パーク側の遊び心でもあるのだろうが、それにしたってここまでやるか? と呆れたくなるほどのクオリティの高さだ。
大聖堂とはいっても神父さんのお話を聞くための座席は設置されていない。あくまでここはアトラクションの一部であり通路なので、人を収容できる場所を取られるのを嫌ったのだろう。
その代わりに、大理石の床にはいくつか穴があけられており、そこに駐車場で見かけるような金属製のポールが収納されている。
待機列を誘導するためにあちこちに点在している金属のポールとポールの間は、本来はロープで繋がれ道を作っているのだろうが、今はポール自体が床の穴の中に沈み、その役割を果たさずにいた。
とはいえ誘導するような客もいないのだから、それは当然の事だろう。
ましてや、ネバーワールドの破壊を望むようなテロリストをご丁寧に案内してやる義理など、何も無いのだから。
「あ、そうだ。タカミンの話も聞かせてよ。うん。恋バナしようぜ恋バナ。ほら、修学旅行とかでお決まりのヤツだよ。うん。僕って昔いた学校のトモダチを間違って皆殺しにしちゃったりしてるからさー、やった事ないんだよね修学旅行も恋バナも。うん。ほらほら、次はタカミンの番だよ! タカミンは誰を滅茶苦茶にしたいの? それとも、もしかしてされたい派?」
寄操令示と高見秀人の戦闘は、既に終局を迎えようとしていた。
数多の犠牲を出したうえで決行された奇襲の失敗。嘘やブラフにハッタリ、それら高見の領域での敗北。そして手の内をほぼ明かした状態での、正面切っての一対一。
そんな防戦一方の高見が寄操令示に追い詰められ、この大聖堂まで撤退するのにそう時間は掛からなかった。
肩で息をする高見の衣服は血の赤が滲み、顔には疲労と痛みの色が見て取れる。
片眼鏡はひび割れ、大聖堂の床のうえを無造作に転がっている。
完全敗北の事実に唇を噛み締め、大聖堂の壁に半ばめり込むようにして凭れ掛かる少年は、敗北者以外の何者でもなかった。
負けられない戦いのハズだった。
負けてはいけない戦いのハズだった。
なのに。
「あれれ? どうしたのタカミン。うん。僕退屈なんだけど。ほら早く話してよー。……というかさ、確か猿真似の神髄を見せるとか何とかカッコよく言ってた気もするんだけど。うん。どうかしたの? 具合でも悪い? それともそういう前フリの壮大なギャグかなにか?」
高見秀人の攻撃は寄操令示には届かなかった。
通用しなかった、ではない。もはや届きさえもしないのだ。
どれだけ強烈な一撃を放とうとも、どれだけ苛烈に攻め立てようとも、その全てが寄操令示が創造し続ける大小様々な虫達の前に阻まれてしまう。
さながら真夏の路面に揺らぐ陽炎の如く、寄操令示は無数の昆虫のカーテンの向こう側にあって捉えられない。
距離にしておよそ十五メートル。それが、永遠に縮まらない標的までの距離だった。
無駄な努力。骨折り損のくたびれ儲け。徒労。そんな言葉ばかりが虚しく脳裏に浮かぶ。
「うん。ねえねえ、なんか喋ってよ。言ったでしょ? うん。僕けっこう退屈してるんだけど。それとももう終わりなのかな? それなら僕、もう君の事殺しちゃってもイイって事だよね?」
ニタリと、闇を引き裂くような笑みが零れた。
退屈を紛らわせることができないなら殺す。まるで待ちに待ったメインディッシュが、テーブルの上に運ばれてきたかのように、寄操令示は嬉しげだ。
そんな寄操に、しかし高見はまともな返事を返す余力も無い。
だから極めて思ったままの感想を、シンプルに述べた。
「……まえ。が、……ね」
「うん? 何だい、何て言ったか聞こえなかったんだけど」
「お前。が、死ね……って。言ったんだぜい、虫ケラ野郎……」
寄操の周囲を侍るように飛ぶ虫の羽音が耳障りだ。
自然界ではありえないほど巨大な、スズメバチとクワガタを掛け合せたような化け物にその針の切っ先を向けられながら、高見は現実逃避気味にそんな事を思った。
「やっぱりもういいや。なんか飽きちゃったし、そろそろ殺そうか。……でも大丈夫だよタカミン安心してね。君みたいに何のとりえも無い退屈な男でも、死ぬときはきっと花火みたいで綺麗だもの。だから、僕に感謝しながら死ぬといいよ」
それは処刑宣告にも等しい言葉だった。
寄操令示の指示によって、およそ三メートルはあろう巨大な昆虫が重厚な羽音を響かせて動き出す。
それも一匹や二匹などという数では無い。
パッと辺りを見渡しただけで十数匹はいる。その全てが、高見秀人に向けて死の矛先を向けていた。
高見の顔面を正確に照準した巨大な針からは、滲みだすように粘液が滴り落ちていて、それが大理石の床に触れた瞬間、煙をあげて深い穴を穿った。
おそらくは強酸のような物質を分泌しているのだろう。
こんな凶器で串刺しにでもされれば、気の触れるような激痛と共に死が訪れるのは明らかだ。
迫り来る死の気配に、高見は抗う術も持たず諦観したような笑みを浮かべるしかなかった。
弱音も悲鳴もあげてなどやらない。
それがせめてもの、最後の抵抗だ。
(俺っちも、これで終わり、か……)
結局のところ、高見秀人という男の人生に価値などあったのだろうか。
どこまでいっても誰かの真似をする事でしか生きては行けず、誰かに必要とされなければ生きてはいけない弱い男。
猿真似という二つ名は、なんとも高見秀人という道化にお似合いの蔑称だろう。
所詮は猿真似。土台、他者の神の力のコピーによって成り立っている高見の強さなど、借り物の強さでしかない。
他人の努力を、希望を、力を、奪い、模倣する事しかできない卑怯者。寄生虫。
そんな卑怯者が、誰かに認められようとする事自体が間違いだったのだろうか。
高見秀人という人間にしか出来ない事を求め、唯一無二のオリジナルであることを願った。そうする事で、自身の存在価値を、自分は生きていても良いのだという事を、自分自身に証明したかった。
でもそれは、行き過ぎた思い上がりだったのかもしれない。
その思い上がりの尻拭いを背神の騎士団の仲間達に任せるのは心苦しいが、だからと言って今のこの状況を、自分のような弱者にどうにかできるとも思わなかった。
(……へへっ、そういえば今の俺っちは『ユニーク』に寝返った裏切り者って扱いなんだっけか)
もはや己の死を悼む人間など一人もいないのだ、という思い出したくもない事実を今更のように思い出して、皮肉気にその口角がわずかに吊り上がる。
思わず天を仰いでも、青い空など見えはしない。
堅く閉ざされた行き止まり、石と鋼で出来た天井があるだけだ。
(東条勇麻達には、悪い事をしたぜい……。ホント、無事だといいけどな)
騙し、裏切って、傷つけたのに。あれだけの事をしておいて今更彼らの心配をするなど、我ながら都合の良すぎる思考回路に嫌悪感すら感じる。
この期に及んで善人気取りもいいとこだ。
思い返してみれば最後の最後まで非情にもなりきれず、高見秀人のする事は全てが中途半端だった。
そんな自身への侮蔑を込めて、心の中で吐き捨てる。
(……何が猿真似だ)
巨大な針を携えて、スズメバチとクワガタを掛けあわせたような化け物が高見秀人目掛けて一直線に飛翔する。
死のカウントダウンが始まる。
(スネークにあれだけ大口叩いといて、結局このザマとか……。我ながら情けなくて涙が出そうだぜい)
東条勇麻の監視。
勇麻の心を乱す嘘でも何でも無く、それ自体は確かに実在した任務だ。
かつて、あのスネークが絶対の信頼を寄せたというある少年の逸話は、背神の騎士団内でも有名な都市伝説だ。
そう昔の事でも無いにも関わらず“都市伝説”扱いなのは、その少年を知るのが団長と副団長のみというその特殊さに所以している。
正式な団員だったかどうかも定かではないスネークの『切り札』。
高見が背神の騎士団の一員に加わった時は既に、彼はこの世の人ではなくなっていたようだが。
そんな曰くつきの男が死の直前に希望を託した、何の変哲も無いその少年の監視は、入団とほぼ同時にスネークから託された任務だったのだ。
とは言え、何か特別な事を要求された訳でも、した訳でもない。
ただ友達のように一緒に過ごし、一緒に笑い、一緒に泣き、同じ時間を共有していただけだった。
……もしかしたらスネークは任務を建前に、高見に友達との普通の暮らしを送らせようとしたのかもしれない。
本人は否定するだろうが、お節介焼きなあのおっさんの事だ。今となって思い返せば、あながち間違った予測でもないように思えた。
彼らとの何気ない日常は、高見にとっては眩しいくらいに心地よく、そして何より楽しかった。
まるで昔に戻ったみたいに、毎日が喜びと驚きそして楽しさに満ち溢れていたと今でも思う。
……そう、それはまるで本当の友達みたいで、けれどそんな感情は勘違いでしかないのだと、高見は頑なに自分に言い聞かせてきた。
高見の視線の先、触れる物全てを溶かす強酸の飛沫が、巨大昆虫の通り道に穴を穿つ。巨体に見合わない凄まじい加速力で、巨大な針を前に突き出すようにして進むソレは、もはや一本の槍だった。
カウントダウンの数字は碌に残されていない。もうすぐそこまで、迫っている。
目の前にいる彼らはあくまで監視対象なのであって、友達などという物ではない。
任務だったから、ずっと一緒にいた。
それ以上でもそれ以下でもない。
深い意味など何もない。
そのはずだった。
それなのに。
『高見!! お前はっ、お前は本当に俺達の事を何とも思っていないって言うのかよ!?』
沈痛な面持ちでこちらを見ていた東条勇麻を見て、心が痛んだのは何故なのだろう。
『俺や泉に楓や勇火……他の皆も! お前を、お前の事を好きだったヤツなんて沢山いたんだ! なのにお前は、あの日常全部が嘘だったって、そう言うのかよ!』
東条勇麻の叫びを思い出して、こんなにも苦しくなるのはどうしてなのだろう。
『学校で馬鹿ばっかやった事も! 楽しかった思い出も、ケンカした時の息苦しさも、ブチ切れた泉から二人で逃げた時のスリルも、思い出の全部が全部嘘だったのかよ! お前を友達だと思っていた俺達の四年間は……全部間違いだったのかよ!?』
楽しかった学園生活ばかりが脳裏に蘇るのは、どうしてなのだろう。
『答えろよ。……答えてみせろよ! 高見秀人ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!』
彼らは友達などでは無いと、高見秀人は頑ななまでにそう信じてきた。否、そう信じなければ一緒になどいられなかったのだ。
怖かった。また嫌われるのが怖かった。生々しい感情をぶつけられるのを、恐れていた。
友達になってしまったら、心の底からそう認めてしまったら、また見放された時が、辛すぎるから。
臆病に、そんな事ばかり考えていて。
(ああ、そうか。俺っちは――あいつらの事が……)
そんなどこまでも単純で、分かり切った事に気が付いた時には、もう全てが遅かった。
終わりを齎す死槍の一撃が、高見秀人を壁ごと貫く――
――その寸前。
「――ォォオオオおおおああああああああおおおおおおおッ!!?」
ゴバッッッ!!!
壁をぶち破る轟音と共に、赤黒いオーラを纏った破壊の鉄槌が猛スピードで割り込み、迫る死槍を真正面から粉々に打ち砕いたのを、高見は見た。
振り切った拳が振りまく拳圧の衝撃波、それだけで残りの昆虫達の動きが牽制される。
甲高い破砕音が響き、一人の少年の絶叫が木霊した。
でもそれは、絶望と悲しみの咆哮では無い。
猛々しいその咆哮はきっと、反撃の狼煙だ。
高見秀人の正面、まるで友を庇うように躍り出てその一撃を叩き込んだ少年は、嫌に緩やかな時間の流れの中で寄操令示と視線を交錯させて、
瞬きの直後、眼前の少年の姿がブレるようにして高見の視界から掻き消えた。
タンッ! という軽い足音が、少年が既に駆け出している事を周囲に伝える。
少年は低姿勢のまま滑るように寄操の懐に入り込むと、半歩踏み込み、右、左と連続で拳を繰り出す。
軽いジャブのようなその攻撃を、しかし寄操は避けようともしない。音も無く横から飛び出した二匹の昆虫が左右それぞれの拳撃を受けて身代わりと散る。
グロテスクな体液が飛び散るが、少年は無視。怯まず追撃をかける。
寄操の左側に鋭い動きで大きく回り込み、右足を軸にした死角からの回し蹴り。
風を切る音に乗って、左のかかとが寄操のこめかみを撃ち抜くその寸前。またもいきなり湧いて出た硬い甲殻を持つ甲虫が蹴りの一撃を瞬間的に受け止め、稼いだ時間で寄操は蹴りのルートから悠々と外れてしまう。
大技で隙のできた少年を狙って、今度は巨大な鋏を持ったトンボのような大きな虫が猛スピードで突っ込んでくる。
少年は体長一メートルはあるであろう質量の突撃にも慌てる事なく対応した。追突の間際、顔の前に拳を構え腰を落とす。相手の突撃のルートを逸らす為、裏拳で昆虫を弾くように受け流した。
あくまでも防御ではなく、こちらからの攻撃による受け流し。
それは、その少年の特性上必要な体捌きであった。
攻撃をやり過ごした少年は一度大きく後方に飛びずさるようにして、間合いを測る。再び両者の間に距離が生じる。
仕切り直しだ。
ここまでの攻防はあくまで様子見でしかなかったのか、両者に息の乱れはない。
「やあ、こんにちは東条勇麻くん。壁をぶち破ってショートカットで間一髪……なんて、なかなか常識に欠けたご都合主義の登場だね。うん。王道でベタでそれっぽい、実にありきたりな二番煎じ感が君らしいよ。うん。偽物くん」
興奮した様子を隠そうともせずに、寄操令示はニタァっと嫌な笑みを横に広げる。
何の警戒もせずにゆっくりと勇麻に歩み寄るその姿は、まるで楽しみにしていたプレゼントの包みを開ける子供にも見えた。
寄操令示にとっては東条勇麻如きは取るに足らない有象無象に過ぎず、ゲーム感覚で楽しむ相手の一人でしかないのだ。
「あ、そういえば、僕からのプレゼントは気に入ってくれたかな? うん」
「……」
「ほら、天風楓ちゃんだよ。いやー、彼女も僕の友達になってくれてさ、一緒に君の事をびっくりさせようと思ったんだけど……。その様子だと、彼女を見捨ててここまで来たみたいだね。うん。あははははっ、酷い話だなー。可愛そうな楓ちゃん。きっと君の事を信じていただろうに、君はそんないたいけな女の子を置いて、こんな退屈な男を助けに来たって言うのかい? それとも全ての元凶である僕を潰すのが最優先? うん。正義の味方は大変だね。絶望し泣き叫ぶ独りぼっちの女の子よりも、爆発の恐怖におびえるその他大勢有象無象を助けるのが、正義の味方って奴だもんね! はははっ、ホントあまりにも愚かで笑っちゃうよ!」
対する少年は全てを無視して、一言。
「返して、貰うぞ」
「うん? 返すって僕が何――」
無自覚に人を嘲るような寄操の言葉は、続かなかった。
「――ぐぉぶがっ!??」
理由は単純だ。
爆発的に膨れ上がった勇麻の下肢部が火を噴き、
目にも止まらぬ速さで両者の距離はゼロに。そして、その右の拳が寄操令示の顔面に深くめり込んでいたからだ。
莫大な運動量を加えられ、まるでゴムボールのように歪んだ寄操の顔面が、正常な時間の流れを取り戻すように、元の形状へと戻ろうとしながら身体諸共凄まじい勢いで後方に吹き飛んだ。
大聖堂の床を跳ねるように転がり、壁に激しく叩き付けられようやく寄操の動きが止まる。
少年――東条勇麻は、燃え盛るように拳を握りしめ、もう一度だけこう言った。
「返して貰うぞテロリスト。お前が踏みにじった物全部」




